伊勢ノ海部屋の歴代力士一覧|全関取の戦歴と優勝・三賞記録

伊勢ノ海(いせのうみ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する伊勢ノ海部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では伊勢ノ海部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

現役の伊勢ノ海部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

9月場所10日目の取組結果はこちら。

9月場所11日目の取組予定はこちら。

9月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?



伊勢ノ海部屋の基本情報
一門
:伊勢ノ海一門
創設
:宝暦年間(1751~1764年)
創設者
:初代・伊勢ノ海 五太夫 (元上取り力士・伊勢ノ海 五太夫)
現師匠
:第12代・伊勢ノ海 準人 (元前頭3枚目・北勝鬨 準人)
所在地
:東京都文京区千石1-22-2 📍地図
サイト

昭和初期に2度ほど部屋が途絶えたことがありますが、所属していた力士によって再興されているので、今回はひと続きとしました。

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伊勢ノ海部屋の優勝力士

伊勢ノ海部屋 歴代幕内優勝力士一覧

伊勢ノ海部屋では柏戸が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて5回になります。

初優勝は、65年8ヶ月前の昭和36年(1961年)1月場所で、直近の優勝は59年2ヶ月前の昭和42年(1967年)7月場所になります。

場所年月四股名番付成績年齢出身地最高位部屋備考
昭和42年7月
(1967年)
S42.7
1967
柏戸
[5回目]
西横綱14勝1敗28歳7ヶ月山形県横綱伊勢ノ海
昭和41年1月
(1966年)
S41.1
1966
柏戸
[4回目]
西横綱(張出)14勝1敗27歳2ヶ月山形県横綱伊勢ノ海
昭和40年9月
(1965年)
S40.9
1965
柏戸
[3回目]
東横綱(張出)12勝3敗26歳9ヶ月山形県横綱伊勢ノ海
昭和38年9月
(1963年)
S38.9
1963
柏戸
[2回目]
西横綱全勝15勝0敗24歳9ヶ月山形県横綱伊勢ノ海
昭和36年1月
(1961年)
S36.1
1961
柏戸
[初]
西大関13勝2敗22歳1ヶ月山形県横綱伊勢ノ海

伊勢ノ海部屋 幕内優勝回数ランキング

伊勢ノ海部屋の幕内優勝回数ランキングです。柏戸は横綱として4回、大関として1回、合計で5回優勝しています。優勝した場所での本割の成績は68勝7敗で、勝率は.907となっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位柏戸横綱5回4100068勝7敗.907伊勢ノ海山形県

伊勢ノ海部屋の三賞受賞力士

伊勢ノ海部屋 歴代三賞受賞力士一覧

伊勢ノ海部屋では、これまでに6人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて37回になります。

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受賞の内訳は、技能賞が10回、殊勲賞が12回、敢闘賞が15回となっています。

また、ダブル受賞は柏戸と藤ノ川が2回、土佐ノ海(土佐ノ海)が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和8年7月
(2026年)
R8.7
(2026)
東前頭筆頭東前頭筆頭藤ノ川殊勲賞 [初]8勝7敗21歳5ヶ月京都府伊勢ノ海令和5年1月
(2023年)
平成17年2月22日
(2005年)
令和8年3月
(2026年)
R8.3
(2026)
東前頭2東前頭2藤ノ川技能賞 [初]8勝7敗21歳1ヶ月京都府伊勢ノ海令和5年1月
(2023年)
平成17年2月22日
(2005年)
令和7年7月
(2025年)
R7.7
(2025)
西前頭14西前頭14藤ノ川敢闘賞 [初]10勝5敗20歳5ヶ月京都府伊勢ノ海令和5年1月
(2023年)
平成17年2月22日
(2005年)
令和6年9月
(2024年)
R6.9
(2024)
西前頭13西前頭13錦木敢闘賞 [初]11勝4敗34歳0ヶ月岩手県伊勢ノ海平成18年3月
(2006年)
平成2年8月25日
(1990年)
令和5年7月
(2023年)
R5.7
(2023)
東前頭筆頭東前頭筆頭錦木殊勲賞 [初]10勝5敗32歳10ヶ月岩手県伊勢ノ海平成18年3月
(2006年)
平成2年8月25日
(1990年)
平成27年11月
(2015年)
H27.11
(2015)
東前頭4東前頭4敢闘賞 [4回目]12勝3敗29歳1ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成27年9月
(2015年)
H27.9
(2015)
東前頭12東前頭12敢闘賞 [3回目]11勝4敗28歳11ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成26年5月
(2014年)
H26.5
(2014)
西前頭5西前頭5敢闘賞 [2回目]11勝4敗27歳7ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成25年11月
(2013年)
H25.11
(2013)
西前頭6西前頭6敢闘賞 [初]11勝4敗27歳1ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成15年11月
(2003年)
H15.11
(2003)
西前頭2西前頭2土佐ノ海殊勲賞 [7回目]10勝5敗31歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成14年7月
(2002年)
H14.7
(2002)
西小結西小結土佐ノ海殊勲賞 [6回目]10勝5敗30歳5ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成11年11月
(1999年)
H11.11
(1999)
西小結西小結土佐ノ海殊勲賞 [5回目]10勝5敗27歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成11年7月
(1999年)
H11.7
(1999)
東小結東小結土佐ノ海敢闘賞 [5回目]11勝4敗27歳5ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成11年5月
(1999年)
H11.5
(1999)
東前頭筆頭東前頭筆頭土佐ノ海殊勲賞 [4回目]8勝7敗27歳3ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成10年11月
(1998年)
H10.11
(1998)
東前頭9東前頭9土佐ノ海敢闘賞 [4回目]12勝3敗26歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成10年3月
(1998年)
H10.3
(1998)
東前頭6東前頭6土佐ノ海敢闘賞 [3回目]10勝5敗26歳1ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成9年5月
(1997年)
H9.5
(1997)
西関脇西関脇土佐ノ海敢闘賞 [2回目]10勝5敗25歳3ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成9年1月
(1997年)
H9.1
(1997)
東前頭筆頭東前頭筆頭土佐ノ海殊勲賞 [3回目]9勝6敗24歳11ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成8年11月
(1996年)
H8.11
(1996)
西前頭筆頭西前頭筆頭土佐ノ海殊勲賞 [2回目]8勝7敗24歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成7年11月
(1995年)
H7.11
(1995)
西前頭筆頭西前頭筆頭土佐ノ海
ダブル
殊勲賞 [初]9勝6敗23歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
技能賞 [初]
平成7年9月
(1995年)
H7.9
(1995)
東前頭8東前頭8土佐ノ海敢闘賞 [初]11勝4敗23歳7ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
昭和44年7月
(1969年)
S44.7
(1969)
東前頭5東前頭5藤ノ川
ダブル
敢闘賞 [2回目]12勝3敗22歳9ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
技能賞 [4回目]
昭和44年3月
(1969年)
S44.3
(1969)
西小結西小結藤ノ川技能賞 [3回目]8勝7敗22歳5ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
昭和44年1月
(1969年)
S44.1
(1969)
西前頭2西前頭2藤ノ川技能賞 [2回目]9勝6敗22歳4ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
昭和43年5月
(1968年)
S43.5
(1968)
東前頭5東前頭5藤ノ川敢闘賞 [初]10勝5敗21歳8ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
昭和42年3月
(1967年)
S42.3
(1967)
東前頭4東前頭4藤ノ川
ダブル
殊勲賞 [初]12勝3敗20歳6ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
技能賞 [初]
昭和35年7月
(1960年)
S35.7
(1960)
東関脇東関脇柏戸
ダブル
殊勲賞 [2回目]11勝4敗21歳7ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
技能賞 [4回目]
昭和35年5月
(1960年)
S35.5
(1960)
西関脇西関脇柏戸技能賞 [3回目]10勝5敗21歳5ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和35年3月
(1960年)
S35.3
(1960)
西関脇張出西関脇張出柏戸殊勲賞 [初]9勝6敗21歳3ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和35年1月
(1960年)
S35.1
(1960)
東小結東小結柏戸技能賞 [2回目]9勝6敗21歳1ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和34年9月
(1959年)
S34.9
(1959)
東前頭3東前頭3柏戸敢闘賞 [2回目]12勝3敗20歳9ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和34年3月
(1959年)
S34.3
(1959)
西前頭13西前頭13柏戸
ダブル
敢闘賞 [初]13勝2敗20歳3ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
技能賞 [初]

伊勢ノ海部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が土佐ノ海(土佐ノ海)で13回(殊勲賞7回・技能賞1回・敢闘賞5回)、2位が柏戸で8回(殊勲賞2回・技能賞4回・敢闘賞2回)、3位が藤ノ川で7回(殊勲賞1回・技能賞4回・敢闘賞2回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 土佐ノ海
(土佐ノ海)
13回 1 7 5 関脇 伊勢ノ海 高知県
2位 柏戸 8回 4 2 2 横綱 伊勢ノ海 山形県
3位 藤ノ川 7回 4 1 2 関脇 伊勢ノ海 北海道
4位 4回 0 0 4 関脇 伊勢ノ海 大阪府
5位 藤ノ川 3回 1 1 1 前頭筆頭 伊勢ノ海 京都府
6位 錦木 2回 0 1 1 小結 伊勢ノ海 岩手県
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伊勢ノ海部屋力士を検索

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伊勢ノ海部屋の最高位:関脇

三杉礒 善七

昭和3年1月場所では大関と10勝1敗で並ぶ好成績だったが上位である大関の優勝となった。ところが大関には導入間もない不戦勝があり、以前であれば三杉磯が優勝となるはずだったので、浸透していない不戦勝制度が議論の的となる。これを契機に制度徹底が図られた

  • 四股名 :三杉礒 善七(みすぎいそ ぜんしち)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:9代花籠
  • 出身地 :北海道爾志郡
  • 本 名 :小西 善七
  • 生年月日:明治25年(1892)11月26日
  • 没年月日:昭和26年(1951)4月22日(享年58歳)
  • 所属部屋:尾車⇒峰崎⇒片男波⇒伊勢ノ海部屋
  • 初土俵 :明治44年(1911)6月(18歳7ヵ月)
  • 新十両 :大正6年(1917)1月(24歳2ヵ月)
  • 新入幕 :大正7年(1918)1月(25歳2ヵ月)
  • 新三役 :大正9年(1920)1月(27歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和4年(1929)3月(36歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:144勝125敗62休8分8預/284出場(40場所)
  • 生涯勝率:53.5%
  • 優勝等 :幕内次点1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:102勝108敗62休7分6預(27場所)勝率:48.6%
  •   関脇:11勝15敗1休3預(3場所)勝率:42.3%
  •   小結:1勝5敗5休(1場所)勝率:16.7%
  •   前頭:90勝88敗56休7分3預(23場所)勝率:50.6%
  • 十両戦歴:9勝2敗1預(2場所)勝率:81.8%

関ノ戸 億右衞門

強豪力士として名高く、師匠としても谷風梶之助を指導した初代関ノ戸、のちの2代伊勢ノ海

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  • 四股名 :関ノ戸 億右衞門(せきのと おくえもん)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:初代関ノ戸⇒2代伊勢ノ海
  • 出身地 :岩手県西磐井郡
  • 本 名 :熊谷 重蔵
  • 生年月日:元文元年(1736)
  • 没年月日:天明2年(1782)4月17日(享年46歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :関ノ戸⇒伊勢ノ海
  • 初土俵 :宝暦7年(1757)10月・上段筆頭(21歳)
  • 新三役 :宝暦10年(1760)10月(24歳)
  • 最終場所:安永6年(1777)10月(41歳)
  • 生涯戦歴:107勝23敗73休13分4預10無/157出場(34場所)
  • 生涯勝率:82.3%
  • 優勝等 :優勝相当3回
  • 幕内戦歴:107勝23敗73休13分4預10無(33場所)勝率:82.3%
  •   関脇:49勝7敗35休7分2預2無(13場所)勝率:87.5%
  •   小結:11勝1敗23休3分1預(7場所)勝率:91.7%
  •   前頭:47勝15敗15休3分1預8無(13場所)勝率:75.8%

藤ノ川 武雄

北海道河東郡音更町出身、伊勢ノ海部屋の元力士で最高位は関脇。土俵を目一杯使った暴れっぷりは「今牛若」と称されるほどで上位陣を苦しめた。昭和46年名古屋場所で左足を痛め、持ち前の機敏な動きが活かせなくなり26歳の若さで引退。先代の没後に伊勢ノ海部屋を継承、理事としても事務能力を大いに発揮し、いまに続く「敢闘精神評価」アンケートの発案者としても知られる。

  • 四股名 :藤ノ川 武雄(ふじのかわ たけお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:10代立川⇒11代伊勢ノ海⇒12代勝ノ浦
  • 出身地 :北海道河東郡音更町
  • 本 名 :森田 武雄⇒森田 祥玄⇒森田 武雄
  • 生年月日:昭和21年(1946)9月26日
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :森田⇒藤ノ川
  • 初土俵 :昭和36年(1961)5月(14歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和41年(1966)1月(19歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和41年(1966)11月(20歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和42年(1967)5月(20歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和47年(1972)11月(26歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:403勝378敗23休/779出場(69場所)
  • 生涯勝率:51.6%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞4回,金星4個
  • 幕内戦歴:209勝240敗16休(31場所)勝率:46.5%
  •   関脇:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%
  •   小結:23勝52敗(5場所)勝率:30.7%
  •   前頭:175勝169敗16休(24場所)勝率:50.9%
  • 十両戦歴:81勝62敗7休(10場所)勝率:56.6%

土佐ノ海 敏生

土佐ノ海 敏生 (とさのうみ としお)高知県安芸市出身、伊勢ノ海部屋の元力士で、最高位は関脇

平成6年(1994)3月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(38歳10ヶ月)。

通算成績は732勝735敗16休1466出場。生涯勝率.499。通算102場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.510)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝2回(同点1)、幕下優勝1回殊勲賞7回、敢闘賞5回、技能賞1回、金星11個(貴乃花4個、曙3個、若乃花3個、武蔵丸1個)

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昭和47年(1972)2月16日生まれ。本名は山本 敏生。

同志社大相撲部時代には「東の尾曽(武双山)、西の山本(土佐ノ海)」と称されていた。入門から期待されていた土佐ノ海は、前頭7枚目で迎えた新入幕で初日大関若乃花、2日目横綱貴乃花との対戦が組まれた。結果は2連敗だったが初土俵から9場所目での横綱・大関戦だった。

四股名
土佐ノ海 敏生 (とさのうみ としお)
最高位
関脇
年寄名跡
13代立川 敏生(伊勢ノ海)
出身地
高知県安芸市
本名
山本 敏生
生年月日
昭和47年(1972)2月16日(54歳)
出身高校
高知高校
出身大学
同志社大学
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
土佐ノ海 敏生
初土俵
平成6年(1994)3月 幕下60枚目付出(22歳0ヶ月)
新十両
平成6年(1994)11月(所要4場所)
22歳8ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新入幕
平成7年(1995)7月(所要8場所)
23歳4ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新小結
平成8年(1996)1月(所要11場所)
23歳10ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)5月(所要19場所)
25歳2ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)1月場所(38歳10ヶ月)
大相撲歴
102場所(16年10ヶ月)
通算成績
732勝735敗16休1466出場(勝率.499)
通算102場所
勝ち越し52場所(勝ち越し率.510)(勝ち越し星166)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝2回(同点1),幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞7回,敢闘賞5回,技能賞1回,金星11個(貴乃花4個、曙3個、若乃花3個、武蔵丸1個)
持給金
196円(勝ち越し星166個 金星11個)
幕内戦歴
569勝615敗16休1183出場(勝率.481)
在位80場所(在位率.784)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.450)
三役戦歴
148勝152敗0休300出場(勝率.493)
在位20場所(在位率.196)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.550)
関脇戦歴
44勝61敗0休105出場(勝率.419)
在位7場所(在位率.069)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
小結戦歴
104勝91敗0休195出場(勝率.533)
在位13場所(在位率.127)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
前頭戦歴
421勝463敗16休883出場(勝率.477)
在位60場所(在位率.588)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.417)
十両戦歴
141勝114敗0休255出場(勝率.553)
在位17場所(在位率.167)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.706)
関取戦歴
710勝729敗16休1438出場(勝率.494)
在位97場所(在位率.951)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.495)
幕下以下歴
22勝6敗0休28出場(勝率.786)
在位5場所(在位率.049)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)

土佐ノ海 敏生の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(233回 / 31.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:叩き込み(172回 / 23.4%)
  • ✅ 得意な相手:琴龍(11勝3敗 / 勝率.786)
  • ✅ 苦手な相手:武蔵丸(6勝28敗 / 勝率.176)

勢 翔太

勢 翔太 (いきおい しょうた)大阪府交野市出身、伊勢ノ海部屋の元力士で、最高位は関脇

平成17年(2005)3月場所に18歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)5月場所を最後に引退(34歳7ヶ月)※番付上は令和3年(2021)7月場所

通算成績は546勝545敗14休1090出場。生涯勝率.501。通算96場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.537)。

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主な成績は幕内(次点1)、十両優勝2回(同点2)、序二段(同点1)敢闘賞4回、金星5個(白鵬2個、鶴竜2個、稀勢の里1個)

昭和61年(1986)10月11日生まれ。本名は東口 翔太。

平成から令和にかけて伊勢ノ海部屋に所属し、長身を活かした力強い右四つからの相撲で活躍した元関脇。幕内上位に定着して数々の金星や三賞を獲得するなど確かな足跡を残したものの、晩年は度重なる怪我や病気に苦しみながらも土俵に上がり続けた。また、相撲甚句の名手としても広く知られ、土俵内外で多くのファンを魅了した。

わんぱく相撲からの躍進と挫折

大阪府交野市に生まれ、小学3年生の時に未経験で地元のわんぱく相撲大会に出場して優勝を果たす。この活躍をきっかけに、同学年であった澤井(のちの大関・豪栄道)の父から体格の良さを見込まれて勧誘を受け、澤井とともに古市道場へ通い始めた。小学4年生の時にはわんぱく相撲全国大会で準優勝を果たすなど実績を重ね、小学5年生の頃には、実家が営む寿司店の常連客からの紹介で11代伊勢ノ海(元関脇・藤ノ川)と出会っている。

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しかし、相撲の名門である報徳学園高校の受験に失敗したことで、中学卒業後は実家の家業を手伝い、一時は一人暮らしでフリーター生活を送るなど相撲から離れた時期があった。そのような中、急逝した祖母の葬儀に11代伊勢ノ海が参列したことに心を動かされ、再び相撲に本腰を入れることを決意する。平成17年(2005年)3月場所、18歳で伊勢ノ海部屋へ入門し、本名の「東口」で初土俵を踏んだ。

「勢」への改名と十両優勝

初土俵から約1年で幕下へ昇進したものの、その後は幕下上位の壁に阻まれ、約5年半にわたり一進一退の星が続いた。しかし、地道な稽古で力をつけ、平成23年(2011年)11月場所で待望の新十両昇進を果たす。

これを機に、四股名を「勢」へと改めたが、漢字一文字の四股名を持つ力士の関取昇進は、14年ぶりのことであった。新十両として迎えた同場所では持ち味の右四つからの攻めが冴え渡り、14日目の段階で初の十両優勝を確定させる。最終的に12勝3敗の好成績を挙げた。

幕内定着と思い出の金星

平成24年(2012年)3月場所で新入幕を果たす。その後は幕内に定着し、長身から繰り出す威力のある立ち合いと上手投げを武器に上位陣を脅かす存在となった。平成25年(2013年)11月場所では11勝4敗の好成績で初の敢闘賞を受賞する。平成26年(2014年)11月場所で新小結へ昇進し、平成28年(2016年)5月場所には自己最高位となる西関脇へ昇進を果たした。しかし、新関脇場所は4勝11敗と大きく負け越して関脇在位は1場所で終わった。

平成29年(2017年)3月場所は、場所前に右腕を負傷し万全の状態ではなかったが、4日目の横綱・白鵬戦では立合いから得意の右を差し込み、渾身の攻めで寄り倒して見事に金星を獲得した。のちに「思い出の取組」として挙げた白鵬からの大金星ではあったが、この大勝利と引き換えに右腕の負傷をさらに悪化させてしまい、その後の取組は苦しい展開が続いて5勝10敗で場所を終えた。

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1090回の連続出場と現役引退

幕内上位で長く活躍を続けていたが、平成30年(2018年)頃から蜂窩織炎やアキレス腱の負傷といった深刻な怪我や病気に苦しめられるようになる。休場せずに強行出場を続けながら土俵に上がり続けたものの、令和元年(2019年)5月場所には十両へ降下した。同年9月場所では西十両12枚目の地位で12勝3敗の成績を挙げ、2度目の十両優勝を果たして幕内復帰への執念を見せた。

しかし、その後も負傷の影響は深刻であった。令和3年(2021年)1月場所、左手親指付近の骨折が判明し、ついに千秋楽を休場する。これにより、初土俵から続いていた連続出場記録が1090回でストップした。翌3月場所には幕下へ陥落し、さらに全休が続いたことで同年7月場所には三段目まで降下する。最高位が関脇の力士が三段目に陥落したのは史上3人目のことであった。土俵復帰を目指して現役に留まっていたものの、ついに怪我が回復することはなく、同場所の直前に現役引退を発表した。

引退後は年寄「24代春日山」を襲名し、伊勢ノ海部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。引退会見では「決してあきらめない、強い力士を育てたい」と指導者としての抱負を語った。また、現役時代から相撲甚句の名手として知られており、令和8年(2026年)6月からは相撲教習所において相撲甚句の授業の講師を務めている。

四股名
勢 翔太 (いきおい しょうた)
最高位
関脇
年寄名跡
24代春日山 翔太(伊勢ノ海)
出身地
大阪府交野市
本名
東口 翔太
生年月日
昭和61年(1986)10月11日(39歳)
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
東口 翔太 → 勢 翔太
初土俵
平成17年(2005)3月 前相撲(18歳5ヶ月)
新十両
平成23年(2011)11月(所要39場所)
25歳1ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)3月(所要41場所)
25歳5ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新小結
平成26年(2014)11月(所要57場所)
28歳1ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
新関脇
平成28年(2016)5月(所要66場所)
29歳7ヶ月(初土俵から11年2ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)5月場所(34歳7ヶ月)※番付上は令和3年(2021)7月場所
大相撲歴
96場所(16年2ヶ月)
通算成績
546勝545敗14休1090出場(勝率.501)
通算96場所
勝ち越し51場所(勝ち越し率.537)(勝ち越し星173)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝2回(同点2),序二段(同点1)
受賞・金星
敢闘賞4回,金星5個(白鵬2個、鶴竜2個、稀勢の里1個)
持給金
139円50銭(勝ち越し星173個 金星5個)
幕内戦歴
308勝352敗0休660出場(勝率.467)
在位44場所(在位率.458)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.500)
三役戦歴
15勝30敗0休45出場(勝率.333)
在位3場所(在位率.031)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
4勝11敗0休15出場(勝率.267)
在位1場所(在位率.010)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
11勝19敗0休30出場(勝率.367)
在位2場所(在位率.021)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
293勝322敗0休615出場(勝率.476)
在位41場所(在位率.427)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.537)
十両戦歴
87勝78敗0休164出場(勝率.530)
在位11場所(在位率.115)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
関取戦歴
395勝430敗0休824出場(勝率.479)
在位55場所(在位率.573)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.509)
幕下以下歴
151勝115敗14休266出場(勝率.568)
在位40場所(在位率.417)
勝ち越し23場所(勝ち越し率.575)

勢 翔太の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(124回 / 22.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(109回 / 19.9%)
  • ✅ 得意な相手:臥牙丸(10勝3敗 / 勝率.769)
  • ✅ 苦手な相手:豪栄道(1勝17敗 / 勝率.056)

藤ノ川 成剛

藤ノ川 成剛(ふじのかわ せいごう)は京都府 京都市西京区出身、伊勢ノ海部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる西 関脇。

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父は伊勢ノ海部屋の10代甲山(元前頭11枚目・大碇)。5歳の頃から父も指導に携わる東京の小松竜道場で相撲を始め、埼玉栄高校へと進学。2年次から関東大会の個人戦で優勝するなど頭角を現し、3年次には相撲部の主将を務めながら、全国高校相撲宇佐大会で個人ベスト8、国民体育大会で個人ベスト16などの実績を残した。高校での実績から複数の大学から勧誘を受けたが、父からの「早く入門したほうが良い」という助言もあり、高校卒業を待たずに伊勢ノ海部屋へ入門した。

初土俵からの躍進と親子関取

令和5年(2023年)1月場所において、父の四股名から一字を取った「若碇」の四股名で初土俵を踏む。新序出世披露では、父が現役時代に使用していた化粧廻しを締めて土俵に上がった。機動力を活かした押し相撲を武器に順調に番付を上げ、同年7月場所では7戦全勝とし、優勝決定戦を制して三段目優勝を飾る。その後も幕下でコンスタントに勝ち越しを続け、令和6年(2024年)11月場所で新十両へ昇進。大相撲史上13組目となる「親子関取」の快挙を達成した。

伝統の四股名襲名と新入幕

十両を4場所で通過し、令和7年(2025年)7月場所で新入幕を果たす。この新入幕を機に、伊勢ノ海部屋の伝統ある名跡「藤ノ川」の6代目を襲名した。この改名は、機動力のある相撲ぶりが元関脇・藤ノ川(11代伊勢ノ海)の現役時代(「今牛若丸」の異名を取った)に重なることから、先代藤ノ川本人より「幕内に上がったら藤ノ川に改名だな」と直接声をかけられていた縁に由来する。

新入幕の場所では10勝5敗の好成績を収め、自身初となる三賞(敢闘賞)を獲得。その後も幕内上位へと番付を上げ、上位陣と互角の戦いを繰り広げている。持ち前の機動力と突き押しにさらに磨きをかけ、技能賞や金星を獲得するなど、次代を担う若手力士として大相撲の土俵で目覚ましい活躍を続けている。

💡 京都府出身一覧💡 伊勢ノ海部屋の力士

四股名
藤ノ川 成剛(ふじのかわ せいごう)
最高位
関脇
最新番付
西 関脇
出身地
京都府 京都市西京区
本名
齋藤 成剛
生年月日
平成17年(2005)2月22日(21歳)
身長・体重
177cm・125kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
齋藤→若碇 → 藤ノ川
初土俵
令和5年(2023)1月(17歳11ヵ月)
新十両
令和6年(2024)11月(19歳9ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)7月(20歳5ヵ月)
新関脇
令和8年(2026)9月(21歳7ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星4個
通算成績
151勝91敗3休/241出場(勝率:62.7%)
直近7場所
56勝44敗
7場所勝率
56.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
藤ノ川が勝ちの決まり手(56勝)※不戦勝1含む
押し出し11
掬い投げ9
寄り切り8
突き落とし6
引き落とし5
押し倒し4
その他12
藤ノ川が負けの決まり手(44敗)
押し出し14
寄り切り5
押し倒し4
叩き込み3
寄り倒し3
送り出し3
その他12
令8年9月
西 関脇(1枚半上昇・最高位更新)
8勝2敗
○●○●○|○○○○○|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 前頭筆頭(変動なし)
8勝7敗(殊勲賞・金星2個)
●○○●○|●●●○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭筆頭(1枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
○□●○●|●○●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 前頭2枚目(5枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗(技能賞・金星2個)
●●○○●|○●●○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭7枚目(4枚半上昇・最高位更新)
10勝5敗
●○○○○|○●○○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭12枚目(2枚半降下)
9勝6敗
○○○○○|●○●●●|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭9枚目
6勝9敗
●●●○○|●○●●●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

伊勢ノ海部屋の最高位:小結

有明 吾郎

長崎県島原市宇土町出身、伊勢ノ海部屋の元力士で最高位は小結。上背には恵まれずアンコ型で突っ張りを得意としていたが、技量はあまりなく相撲ぶりは単調で四つに組むと分が悪かった。しかし明朗快活であり心優しく愛嬌もあったので贔屓にする者が多かった。大食漢としても有名で板垣退助伯の前で鰻飯を7杯も平らげて驚かせたこともある。明治36年(1903)6月の東西合併場所では10戦全勝の好成績をあげた。引退後に養父の跡を継ぎ5代式守秀五郎を襲名。

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  • 四股名 :有明 吾郎(ありあけ ごろう)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:5代式秀
  • 出身地 :長崎県島原市宇土町
  • 本 名 :山中⇒大家 八五郎
  • 生年月日:明治8年(1875)3月23日
  • 没年月日:昭和18年(1943)2月19日(享年67歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 初土俵 :明治27年(1894)5月・序ノ口(19歳2ヵ月)
  • 新十両 :明治32年(1899)5月(24歳2ヵ月)
  • 新入幕 :明治34年(1901)5月(26歳2ヵ月)
  • 新三役 :明治39年(1906)5月(31歳2ヵ月)
  • 最終場所:大正2年(1913)5月(38歳2ヵ月)
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:70勝98敗38休16分8預(23場所)勝率:41.7%
  •   小結:2勝5敗1休1分1預(1場所)勝率:28.6%
  •   前頭:68勝93敗37休15分7預(22場所)勝率:42.2%
  • 十両戦歴:20勝13敗1分(5場所)勝率:60.6%

柏戸 宗五郎

新潟県東頸城郡出身、伊勢ノ海の元力士で最高位は小結。日露戦争では砲兵として従軍。恵まれた体から繰り出す上突っ張りは強烈で将来を期待されていたが病気がちで大成できなかった。9代伊勢ノ海として部屋を率いたが、部屋付きの9代花籠(元関脇・三杉磯)の独立に呼応して所属力士が大量離脱、これが影響して伊勢ノ海部屋をいったん閉じることになるも、9年後に悲願の再興を果たした。

  • 四股名 :柏戸 宗五郎(5代)(かしわど そうごろう)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:9代伊勢ノ海
  • 出身地 :新潟県東頸城郡
  • 本 名 :江口 富太郎⇒伊勢ノ海 富太郎
  • 生年月日:明治14年(1881)10月10日
  • 没年月日:昭和21年(1946)8月13日(享年64歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :八國山⇒柏戸
  • 初土俵 :明治40年(1907)1月・幕下付出(25歳3ヵ月)
  • 新十両 :明治42年(1909)6月(27歳8ヵ月)
  • 新入幕 :明治43年(1910)1月(28歳3ヵ月)
  • 新三役 :大正3年(1914)1月(32歳3ヵ月)
  • 最終場所:大正7年(1918)5月(36歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:52勝35敗77休9分4預/100出場(19場所)
  • 生涯勝率:59.8%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 幕内戦歴:41勝29敗77休9分4預(16場所)勝率:58.6%
  •   小結:0勝0敗10休(1場所)勝率:0%
  •   前頭:41勝29敗67休9分4預(15場所)勝率:58.6%
  • 十両戦歴:11勝6敗(3場所)勝率:64.7%

錦木 徹也

錦木 徹也(にしきぎ てつや)は岩手県 盛岡市出身、伊勢ノ海部屋の力士で最高位は小結。令和8年9月場所の番付は西 十両14枚目。

岩手県盛岡市に生まれ育つ。父親は国体に3回出場した実績を持つアマチュア相撲選手であったが、自身は盛岡市立米内中学校時代に卓球部のエースとして活躍した。当時から極度の近視により、トレードマークとなる眼鏡をかけている。

中学卒業を控え、伊勢ノ海部屋の部屋付きであった10代甲山(元前頭11枚目・大碇)が相撲健康体操の指導で岩手県を訪れた際に勧誘を受けた縁から、角界入りを決断する。平成18年(2006年)3月場所、伊勢ノ海部屋から本名の「熊谷」で初土俵を踏んだ。

恵まれた体格を持ちながらも出世は決して早くはなく、序ノ口から幕下まで地道に番付を上げていく長い下積み生活を経験することになる。

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伝統の四股名と関取昇進

幕下の土俵で一進一退の攻防を続けていたが、平成24年(2012年)7月場所より四股名を「錦木」へ改名する。この四股名は、文化年間に活躍した伊勢ノ海部屋の大関であり、のちに初代二所ノ関となった同郷の先達・錦木塚右エ門に由来する由緒ある名である。

歴史ある四股名を頂いたことで「おめおめと故郷には帰れない。絶対に関取にならなければ」と覚悟を決め、同年11月場所では7戦全勝の見事な成績で幕下優勝を飾った。

この優勝を機に幕下上位へと定着してさらに実力を磨き、平成27年(2015年)5月場所で念願の新十両昇進を果たす。初土俵から所要54場所という苦労の末に掴み取った関取の座であり、盛岡市出身の力士としては実に63年ぶりの快挙であった。

幕内定着と遅咲きの三役昇進

十両の土俵を1年間務め上げ、平成28年(2016年)5月場所で新入幕を果たす。その後は幕内と十両の往復も経験したが、平成29年(2017年)5月場所では千秋楽に取り直しの熱戦を制して十両優勝を飾り、同時に通算300勝という節目に花を添えた。これを機に徐々に幕内の土俵へと定着していった。

幕内でも地道に努力を重ね、東前頭筆頭で迎えた令和5年(2023年)7月場所で大きな飛躍を見せる。横綱・照ノ富士から金星を獲得し、関脇陣にも全勝する活躍で10勝5敗の成績を収め、自身初となる殊勲賞を受賞した。初土俵から所要103場所での初三賞は、制度制定以降で最も遅い受賞記録であった。

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続く同年9月場所では、初土俵から所要104場所というスロー記録で新三役となる小結へ昇進する。昇進会見では自身の歩みを「記録に名前が残ることはうれしい」と喜びを噛み締めた。令和6年(2024年)9月場所でも11勝4敗の好成績で敢闘賞を受賞するなど、ベテランの域に達してからも上位陣を脅かす確かな存在感を示した。

剛腕の左四つと愛される素顔

取り口は、左四つからの寄りや押しを主体とする。立ち合いの遅さを指摘されることもあるが、それを補って余りある並外れた腕力と重い腰を最大の持ち味としている。長年の課題であった脇の甘さもベテランとなってから克服し、相撲の質をさらに高めた。

コンタクトレンズを敬遠しており、土俵外や花道では常に眼鏡を着用している。取組後に相手を気遣う優しさや、いも焼酎を愛する素朴な酒豪エピソードも相まって、多くの相撲ファンから愛されている。

近年は十両への陥落も味わうなど苦しい土俵が続いているが、日々の朝稽古を欠かさない生真面目さで、由緒ある四股名を胸に地道に奮闘を続けている。

💡 岩手県出身一覧💡 伊勢ノ海部屋の力士

四股名
錦木 徹也(にしきぎ てつや)
最高位
小結
最新番付
西 十両14枚目
出身地
岩手県 盛岡市
本名
熊谷 徹也
生年月日
平成2年(1990)8月25日(36歳)
身長・体重
186cm・184kg
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
熊谷 → 錦木
初土俵
平成18年(2006)3月(15歳7ヵ月)
新十両
平成27年(2015)5月(24歳9ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)5月(25歳9ヵ月)
新小結
令和5年(2023)9月(33歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
通算成績
673勝711敗2休/1383出場(勝率:48.7%)
直近7場所
35勝50敗(幕内:2勝13敗)
7場所勝率
37.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
錦木が勝ちの決まり手(37勝)
寄り切り16
押し出し10
押し倒し2
寄り倒し2
引き落とし2
送り出し1
その他4
錦木が負けの決まり手(63敗)
寄り切り22
押し出し13
叩き込み12
上手投げ3
上手出し投げ2
引き落とし2
その他9
令8年9月
西 十両14枚目(変動なし)
4勝6敗
●●○●○|●●○●○|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両14枚目(3枚降下)
7勝8敗
●●○○○|●○●●○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両11枚目(半枚上昇)
5勝10敗
●●●●○|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両12枚目(変動なし)
8勝7敗
●●●○○|●●●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両12枚目(5枚半降下)
7勝8敗
●○●●○|○●○●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両6枚目(7枚半降下)
4勝11敗
○●○●●|●●●●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭16枚目
2勝13敗
●●●●●|●●○●●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

他の番付を見る

伝統の「柏戸」

江戸時代から存在していた伊勢ノ海部屋ですが、昭和初期には不遇の時代があり2度途絶えてしまいました。しかし、いずれも再興され現在に至っています。

伊勢ノ海部屋では昔から「柏戸」を名乗った力士が部屋を継ぐという伝統がありました。しかしこの伝統は10代伊勢ノ海が亡くなった際、既に独立して鏡山部屋を興していた47代横綱・柏戸が11代伊勢ノ海の襲名を固辞したことにより途絶えました。ちなみに「柏戸」とい名も8代伊勢ノ海までは年寄名跡(二枚鑑札)だったようです。

伊勢ノ海部屋の歴代師匠

初代・伊勢ノ海 五太夫 (元上取り力士・伊勢ノ海)

在任期間(1756年12月~1774年7月9日)

第2代・伊勢ノ海 億右衛門 (元関脇・関ノ戸)

在任期間(1774年10月~1782年4月17日)

第3代・伊勢ノ海 村右衛門 (元前頭3枚目・柏戸)

在任期間(1782年4月18日~1796年5月20日)

第4代・伊勢ノ海 宗五郎 (元大関・3代・柏戸)

在任期間(1814年~1818年1月14日)

第5代・伊勢ノ海 利助 (元大関・4代・柏戸)

在任期間(1825年1月~1830年10月27日)

第6代・伊勢ノ海 宗五郎 (元前頭2枚目・5代・柏戸)

在任期間(1835年1月~1842年11月17日)

第7代・伊勢ノ海 五太夫 (元前頭筆頭・6代・柏戸 宗五郎(外ヶ濱)

在任期間(1849年~明治22年(1889年)3月2日)

第8代・伊勢ノ海 五太夫 (元前頭2枚目・7代・柏戸 宗五郎(狭布里)

在任期間(明治22年(1889年)5月~明治41年(1908年)7月26日)

第9代・伊勢ノ海 五太夫 (元小結・柏戸)

在任期間(大正7年(1918年)5月~昭和21年(1946年)8月13日)

新潟県東頸城郡出身、伊勢ノ海の元力士で最高位は小結。日露戦争では砲兵として従軍。恵まれた体から繰り出す上突っ張りは強烈で将来を期待されていたが病気がちで大成できなかった。9代伊勢ノ海として部屋を率いたが、部屋付きの9代花籠(元関脇・三杉磯)の独立に呼応して所属力士が大量離脱、これが影響して伊勢ノ海部屋をいったん閉じることになるも、9年後に悲願の再興を果たした。

  • 四股名 :柏戸 宗五郎(5代)(かしわど そうごろう)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:9代伊勢ノ海
  • 出身地 :新潟県東頸城郡
  • 本 名 :江口 富太郎⇒伊勢ノ海 富太郎
  • 生年月日:明治14年(1881)10月10日
  • 没年月日:昭和21年(1946)8月13日(享年64歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :八國山⇒柏戸
  • 初土俵 :明治40年(1907)1月・幕下付出(25歳3ヵ月)
  • 新十両 :明治42年(1909)6月(27歳8ヵ月)
  • 新入幕 :明治43年(1910)1月(28歳3ヵ月)
  • 新三役 :大正3年(1914)1月(32歳3ヵ月)
  • 最終場所:大正7年(1918)5月(36歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:52勝35敗77休9分4預/100出場(19場所)
  • 生涯勝率:59.8%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 幕内戦歴:41勝29敗77休9分4預(16場所)勝率:58.6%
  •   小結:0勝0敗10休(1場所)勝率:0%
  •   前頭:41勝29敗67休9分4預(15場所)勝率:58.6%
  • 十両戦歴:11勝6敗(3場所)勝率:64.7%

第10代・伊勢ノ海 裕丈 (元前頭筆頭・柏戸)

在任期間(昭和24年(1949年)5月~昭和57年(1982年)12月11日)

第11代・伊勢ノ海 裕己茂~五太夫 (元関脇・藤ノ川)

在任期間(昭和57年(1982年)12月15日~平成23年(2011年)9月24日)

北海道河東郡音更町出身、伊勢ノ海部屋の元力士で最高位は関脇。土俵を目一杯使った暴れっぷりは「今牛若」と称されるほどで上位陣を苦しめた。昭和46年名古屋場所で左足を痛め、持ち前の機敏な動きが活かせなくなり26歳の若さで引退。先代の没後に伊勢ノ海部屋を継承、理事としても事務能力を大いに発揮し、いまに続く「敢闘精神評価」アンケートの発案者としても知られる。

  • 四股名 :藤ノ川 武雄(ふじのかわ たけお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:10代立川⇒11代伊勢ノ海⇒12代勝ノ浦
  • 出身地 :北海道河東郡音更町
  • 本 名 :森田 武雄⇒森田 祥玄⇒森田 武雄
  • 生年月日:昭和21年(1946)9月26日
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :森田⇒藤ノ川
  • 初土俵 :昭和36年(1961)5月(14歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和41年(1966)1月(19歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和41年(1966)11月(20歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和42年(1967)5月(20歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和47年(1972)11月(26歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:403勝378敗23休/779出場(69場所)
  • 生涯勝率:51.6%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞4回,金星4個
  • 幕内戦歴:209勝240敗16休(31場所)勝率:46.5%
  •   関脇:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%
  •   小結:23勝52敗(5場所)勝率:30.7%
  •   前頭:175勝169敗16休(24場所)勝率:50.9%
  • 十両戦歴:81勝62敗7休(10場所)勝率:56.6%

第12代・伊勢ノ海 準人 (元前頭3枚目・北勝鬨)

在任期間(平成23年(2011年)9月25日~  )

平成10年(1998)7月場所での幕内陥落により66年間続いた北海道出身幕内力士在籍が途絶えた。同郷である先代の停年に伴い、伊勢ノ海の名跡とともに部屋を継承

  • 12代・伊勢ノ海 準人
  • 四股名 :北勝鬨 準人(きたかちどき はやと)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 年寄名跡:11代勝ノ浦⇒12代伊勢ノ海
  • 出身地 :北海道帯広市
  • 本 名 :久我 準人
  • 生年月日:昭和41年(1966)1月1日(60歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :久我⇒北勝鬨
  • 初土俵 :昭和56年(1981)5月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和62年(1987)1月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)1月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)9月(34歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:708勝731敗29休/1438出場(117場所)
  • 生涯勝率:49.2%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:331勝389敗15休(49場所)勝率:46.0%
  • 十両戦歴:244勝251敗(33場所)勝率:49.3%

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カテゴリー : 時津風一門

公開日:2018-07-29
投稿者:レイ

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