大相撲用語解説。今回は「勝ち越し」「負け越し」について解説します。
大相撲中継を見ていると、「今日勝てば勝ち越しが決まります」「痛い負け越しとなりました」といった言葉をよく耳にします。力士たちにとって勝ち越し・負け越しはなぜこれほど重要なのでしょうか。勝敗を「星」と呼ぶ理由から、「給金相撲」と呼ばれる由来、番付や給料への影響まで分かりやすく紐解きます。
この記事の目次
そもそも大相撲で勝敗をなぜ「星」と呼ぶのか?
大相撲では、勝利することを「勝ち星」「白星」、敗北することを「負け星」「黒星」と呼び、勝ち負けそのものを総称して「星(ほし)」と表現します。
日本では古来、丸印(○や●)のことを「星」に見立てて呼ぶ風習がありました。相撲の勝敗を記録する際に、勝った取組に「○(白丸)」、負けた取組に「●(黒丸)」を付けて表したことから、それぞれ「白星(しろぼし)」「黒星(くろぼし)」と呼ぶようになり、その勝敗を一覧にまとめた一覧表を「星取表(ほしとりひょう)」と呼ぶようになったのです。
- 白星(しろぼし):勝利した取組を表す「○(白丸)」のこと。
- 黒星(くろぼし):敗北した取組を表す「●(黒丸)」のこと。
このように、丸印を星になぞらえた伝統的な表記法が定着し、現在の大相撲でも勝ち負けの数を「星」と表現しています(※ちなみに相撲界の独特な隠語として、女性や恋人のことを「星」と呼ぶこともあります)。
大相撲の「勝ち越し」「負け越し」とは
大相撲の本場所において、取組の総数のうち勝ち星が負け星を上回ることを「勝ち越し(かちこし)」、逆に負け星が勝ち星を上回ることを「負け越し(まけこし)」と呼びます。
ただし、休場した場合を考慮する必要があるため、例えば6勝5敗4休では勝ち越したとはいえません。
大相撲では地位(関取か幕下以下か)によって本場所で取る取組の数が異なるため、勝ち越し・負け越しが決まる勝敗ラインも明確に分かれています。
関取(十両・幕内)は「8勝以上」で勝ち越し
十枚目(十両)以上の関取は、15日間の本場所中に毎日1番ずつ、合計15番の相撲を取ります。
- 勝ち越し:8勝以上(8勝7敗、9勝6敗〜15戦全勝)
- 負け越し:8敗以上(7勝8敗、6勝9敗〜15戦全敗)
15日間のうち過半数となる「8勝」を挙げた時点で勝ち越しが確定し、逆に「8敗」を喫した時点で負け越しが決まります。
幕下以下(力士養成員)は「4勝以上」で勝ち越し
幕下、三段目、序二段、序ノ口の力士養成員は、15日間の本場所中に原則として7番の相撲を取ります。
- 勝ち越し:4勝以上(4勝3敗、5勝2敗、6勝1敗、7戦全勝)
- 負け越し:4敗以上(3勝4敗、2勝5敗、1勝6敗、7戦全敗)
こちらも7番のうち過半数となる「4勝」を挙げた時点で勝ち越し、「4敗」となった時点で負け越しが決まります。
なぜ勝ち越しの一番を「給金相撲」と呼ぶのか?
相撲界では、その場所であと1勝すれば勝ち越しが決まる取組のことを「給金相撲(きゅうきんずもう)」と呼びます。
給金相撲は千秋楽の7勝7敗(幕下以下なら3勝3敗)の対決だけに限りません。例えば、初日から7連勝して中日(8日目)に8勝目を狙う一番や、11日目や12日目に勝ち越しをかける一番であっても、すべて力士にとっての「給金相撲」となります。また、その一番に勝って勝ち越しを決めることを、相撲界の言葉で「給金を直す(給金直し)」とも言います。
なぜ「給金(給料)」という言葉が使われるのでしょうか。その理由は、勝ち越すことで力士の「持ち給金(力士褒賞金の支給標準額)」が増額される仕組みにあります。
「勝ち越し星」の数だけ褒賞金が増える!
千秋楽を終えた時点で、勝ち越した力士の「勝ち数と負け数の差」のことを「勝ち越し星」と呼びます。
- 関取が8勝7敗の場合:8勝 − 7敗 = 勝ち越し星「1番」
- 関取が9勝6敗の場合:9勝 − 6敗 = 勝ち越し星「3番」
- 関取が10勝5敗の場合:10勝 − 5敗 = 勝ち越し星「5番」
十両以上の関取には本場所ごとに基本月給とは別に「力士褒賞金」が支給されますが、この支給額は過去からの勝ち越し星の積み重ねによって決まります。
持ち給金「50銭」が「4,000倍」されて2,000円になる仕組み
勝ち越し星が1番増えるごとに、力士の「持ち給金(支給標準額)」が50銭加算されます。
日本相撲協会の寄附行為施行細則(第9章 賞罰)では、本場所ごとに支給される力士褒賞金の計算方法として「支給標準額(持ち給金)を4,000倍した金額を支給する」と定められています。
つまり、勝ち越し星1番につき増額される持ち給金「50銭(0.5円)」は、本場所ごとの手当に換算すると以下のようになります。
0.5円(50銭) × 4,000倍 = 2,000円
勝ち越し星が1つ増えるごとに、翌場所から支給される力士褒賞金のベース(基準額)が1場所あたり2,000円(年6場所で1万2,000円)底上げされます。そして何より重要なのは、一度増額された持ち給金は、その後にどれだけ負け越しても現役を引退するまで減額されることが一切ないという点です。
勝ち越すことは「力士としての生涯の給金ベースが上がる」ことを意味するため、勝ち越しをかけた一番が「給金相撲」と呼ばれるようになりました。
なお、幕下以下の力士養成員には場所ごとの褒賞金支給はありませんが、持ち給金の加算計算自体は同様に行われています。厳しい下積みを経て十両に昇進した際、それまでに積み立ててきた持ち給金が初めて実際の給料(力士褒賞金)として活きてくる仕組みになっています。
力士の給料や十両昇進の条件については、以下の解説記事もあわせてご覧ください。
勝ち越し・負け越しが番付に与える影響
勝ち越しと負け越しは、翌場所の番付(地位)を大きく左右します。
原則は「勝ち越せば昇進、負け越せば降格」
大相撲の番付編成において、原則として勝ち越した力士は翌場所の番付が上がり、負け越した力士は番付が下がります。勝ち越し星が多いほど大きく番付を上げることができ、逆に負け越し星が多いほど大きく番付を落とすことになります。
地位による特殊なルール(横綱・大関・三役)
ただし、番付上位陣には通常の昇降格とは異なる特別なルールや慣例が存在します。
- 横綱:大相撲の最高位である横綱には「降格(陥落)」という制度が存在しません。どれだけ負け越したり休場が続いたりしても大関に落ちることはなく、相撲が取れなくなれば「現役引退」のみとなります。
- 大関(カド番制度):大関は1場所負け越しただけでは降格しません。翌場所が「カド番」となり、2場所連続で負け越した場合に初めて関脇へ降格となります。
- 関脇・小結(三役):
- 関脇:負け越した場合は降格となりますが、7勝8敗などの1点差の負け越しであれば平幕まで落ちず「小結」にとどまるのが通例です。大幅な負け越し(4勝11敗など)を喫した場合に平幕(前頭)へ陥落します。
- 小結:負け越した場合は原則として平幕へと降格します(※ただし、負け越しが7勝8敗にとどまり、平幕上位で三役昇進に値する力士が不在の場合など、枠の兼ね合いで極めて稀に小結に据え置かれた例もあります)。
知る人ぞ知る豆知識「勝ち得(負け得)」とは?
幕下以下の力士養成員の取組において、ファンの間でもあまり知られていない独特の制度に「勝ち得(かちどく)」と「負け得(まけどく)」があります。
幕下以下の取組は原則「1場所7番」ですが、奇数人数の端数が出たり、公傷・休場による人数の調整が必要になったりした場合、取組編成上の都合で一部の力士が例外的に「8番目の相撲(八番相撲)」を取ることがあります。
この8番目の相撲を取った場合、力士には以下のような非常に有利なルールが適用されます。
- 勝ち得(勝った場合):8番目の相撲に勝った場合、その白星は翌場所の番付編成において正式にプラス材料として加味されます。
- 負け得(負けた場合):8番目の相撲に負けてしまった場合でも、その黒星は翌場所の番付編成に一切反映されず、不問(ノーカウント)とされます。
協会側の編成都合で余分に土俵へ上がってもらう力士への配慮として、「勝てば評価され、負けても番付には響かない」という力士にとって損のない仕組みになっており、相撲界ではこれを「勝ち得(負け得)」と呼んでいます。
「勝ち越し・負け越し」のまとめ
大相撲の「勝ち越し」「負け越し」は、力士の地位や生涯の給金(力士褒賞金)を左右する勝負の世界の生命線です。
古来の星取表に記される白星と黒星のせめぎ合いのなかで、関取の「8勝7敗」と「7勝8敗」の間には、番付の昇降だけでなく、生涯の持ち給金や力士としての誇りを巡る決定的な差が存在します。だからこそ、序盤・中盤・終盤を問わず、勝ち越しがかかる「給金相撲」には、土俵に人生を懸ける力士たちの凄まじい気迫とドラマが凝縮されているのです。
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