熊本県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

熊本出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する熊本県の大相撲力士まとめ!この記事では熊本出身の関取を中心に、熊本の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の熊本出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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熊本出身の優勝力士

熊本県出身 歴代幕内優勝力士一覧

熊本県出身では正代が令和2年(2020年)9月場所で幕内優勝を達成しています。いまから5年9ヶ月前のことです。

場所年月四股名番付成績年齢部屋出身地最高位備考
令和2年9月
(2020年)
R2.9
2020
正代
[初]
東関脇13勝2敗28歳9ヶ月時津風熊本県大関
熊本出身力士として初の幕内優勝。時津風部屋としても北葉山以来57年ぶりの賜杯。

熊本県出身 幕内優勝回数ランキング

熊本県出身力士の幕内優勝回数ランキングです。正代は関脇で1回優勝しています。優勝した場所での本割の成績は13勝2敗で、勝率は.867となっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位正代大関1回010013勝2敗.867時津風熊本県

熊本出身の三賞受賞力士

熊本県出身 歴代三賞受賞力士一覧

熊本県出身では、これまでに10人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて34回になります。

受賞の内訳は、技能賞が5回、殊勲賞が7回、敢闘賞が22回となっています。

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また、ダブル受賞は正代と草野(義ノ富士)が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
令和8年5月
(2026年)
R8.5
(2026)
東前頭2東前頭2義ノ富士敢闘賞 [2回目]11勝4敗24歳10ヶ月伊勢ヶ濱熊本県令和6年5月
(2024年)
平成13年6月25日
(2001年)
令和8年3月
(2026年)
R8.3
(2026)
西前頭13西前頭13藤青雲敢闘賞 [初]10勝5敗28歳3ヶ月藤島熊本県令和3年3月
(2021年)
平成9年12月5日
(1997年)
令和8年1月
(2026年)
R8.1
(2026)
西前頭筆頭西前頭筆頭義ノ富士殊勲賞 [初]8勝7敗24歳7ヶ月伊勢ヶ濱熊本県令和6年5月
(2024年)
平成13年6月25日
(2001年)
令和7年11月
(2025年)
R7.11
(2025)
東前頭5東前頭5義ノ富士技能賞 [2回目]9勝6敗24歳4ヶ月伊勢ヶ濱熊本県令和6年5月
(2024年)
平成13年6月25日
(2001年)
令和7年7月
(2025年)
R7.7
(2025)
東前頭14東前頭14草野
ダブル
敢闘賞 [初]11勝4敗24歳1ヶ月伊勢ヶ濱熊本県令和6年5月
(2024年)
平成13年6月25日
(2001年)
技能賞 [初]
令和7年5月
(2025年)
R7.5
(2025)
西前頭13西前頭13佐田の海敢闘賞 [3回目]10勝5敗38歳0ヶ月境川熊本県平成15年3月
(2003年)
昭和62年5月11日
(1987年)
令和4年5月
(2022年)
R4.5
(2022)
西前頭12西前頭12佐田の海敢闘賞 [2回目]11勝4敗35歳0ヶ月境川熊本県平成15年3月
(2003年)
昭和62年5月11日
(1987年)
令和2年9月
(2020年)
R2.9
(2020)
東関脇東関脇正代
ダブル
敢闘賞 [6回目]13勝2敗
優勝
28歳10ヶ月時津風熊本県平成26年3月
(2014年)
平成3年11月5日
(1991年)
殊勲賞 [初]
令和2年7月
(2020年)
R2.7
(2020)
東関脇東関脇正代敢闘賞 [5回目]11勝4敗28歳8ヶ月時津風熊本県平成26年3月
(2014年)
平成3年11月5日
(1991年)
令和2年1月
(2020年)
R2.1
(2020)
西前頭4西前頭4正代敢闘賞 [4回目]13勝2敗28歳2ヶ月時津風熊本県平成26年3月
(2014年)
平成3年11月5日
(1991年)
令和元年11月
(2019年)
R1.11
(2019)
西前頭10西前頭10正代敢闘賞 [3回目]11勝4敗28歳0ヶ月時津風熊本県平成26年3月
(2014年)
平成3年11月5日
(1991年)
平成28年11月
(2016年)
H28.11
(2016)
西前頭3西前頭3正代敢闘賞 [2回目]11勝4敗25歳0ヶ月時津風熊本県平成26年3月
(2014年)
平成3年11月5日
(1991年)
平成28年1月
(2016年)
H28.1
(2016)
西前頭12西前頭12正代敢闘賞 [初]10勝5敗24歳2ヶ月時津風熊本県平成26年3月
(2014年)
平成3年11月5日
(1991年)
平成26年5月
(2014年)
H26.5
(2014)
東前頭17東前頭17佐田の海敢闘賞 [初]10勝5敗27歳0ヶ月境川熊本県平成15年3月
(2003年)
昭和62年5月11日
(1987年)
平成17年7月
(2005年)
H17.7
(2005)
西前頭3西前頭3普天王技能賞 [初]10勝5敗24歳10ヶ月出羽海熊本県平成15年1月
(2003年)
昭和55年8月28日
(1980年)
平成17年5月
(2005年)
H17.5
(2005)
東前頭10東前頭10普天王敢闘賞 [初]11勝4敗24歳8ヶ月出羽海熊本県平成15年1月
(2003年)
昭和55年8月28日
(1980年)
平成6年7月
(1994年)
H6.7
(1994)
東前頭2東前頭2濱ノ嶋殊勲賞 [初]8勝7敗24歳3ヶ月三保ヶ関熊本県平成4年1月
(1992年)
昭和45年3月21日
(1970年)
平成5年11月
(1993年)
H5.11
(1993)
西前頭2西前頭2智ノ花技能賞 [2回目]8勝7敗29歳4ヶ月立浪熊本県平成4年3月
(1992年)
昭和39年6月23日
(1964年)
平成5年9月
(1993年)
H5.9
(1993)
東前頭10東前頭10智ノ花技能賞 [初]9勝6敗29歳3ヶ月立浪熊本県平成4年3月
(1992年)
昭和39年6月23日
(1964年)
昭和49年11月
(1974年)
S49.11
(1974)
西前頭10西前頭10福の花敢闘賞 [7回目]10勝5敗34歳4ヶ月出羽海熊本県昭和33年1月
(1958年)
昭和15年7月1日
(1940年)
昭和47年11月
(1972年)
S47.11
(1972)
東前頭14東前頭14福の花敢闘賞 [6回目]11勝4敗32歳4ヶ月出羽海熊本県昭和33年1月
(1958年)
昭和15年7月1日
(1940年)
昭和47年1月
(1972年)
S47.1
(1972)
西前頭3西前頭3福の花敢闘賞 [5回目]10勝5敗31歳6ヶ月出羽海熊本県昭和33年1月
(1958年)
昭和15年7月1日
(1940年)
昭和46年3月
(1971年)
S46.3
(1971)
西前頭6西前頭6福の花敢闘賞 [4回目]10勝5敗30歳8ヶ月出羽海熊本県昭和33年1月
(1958年)
昭和15年7月1日
(1940年)
昭和45年11月
(1970年)
S45.11
(1970)
西前頭4西前頭4福の花敢闘賞 [3回目]11勝4敗30歳4ヶ月出羽海熊本県昭和33年1月
(1958年)
昭和15年7月1日
(1940年)
昭和45年5月
(1970年)
S45.5
(1970)
西前頭4西前頭4福の花敢闘賞 [2回目]8勝7敗29歳10ヶ月出羽海熊本県昭和33年1月
(1958年)
昭和15年7月1日
(1940年)
昭和42年11月
(1967年)
S42.11
(1967)
西前頭5西前頭5福の花敢闘賞 [初]11勝4敗27歳4ヶ月出羽海熊本県昭和33年1月
(1958年)
昭和15年7月1日
(1940年)
昭和37年5月
(1962年)
S37.5
(1962)
西関脇張出西関脇張出栃光殊勲賞 [3回目]13勝2敗28歳8ヶ月春日野熊本県昭和27年5月
(1952年)
昭和8年8月29日
(1933年)
昭和37年3月
(1962年)
S37.3
(1962)
西小結西小結栃光殊勲賞 [2回目]10勝5敗28歳6ヶ月春日野熊本県昭和27年5月
(1952年)
昭和8年8月29日
(1933年)
昭和36年7月
(1961年)
S36.7
(1961)
東小結張出東小結張出栃光敢闘賞 [2回目]10勝5敗27歳10ヶ月春日野熊本県昭和27年5月
(1952年)
昭和8年8月29日
(1933年)
昭和36年3月
(1961年)
S36.3
(1961)
西前頭3西前頭3栃光殊勲賞 [初]8勝7敗27歳6ヶ月春日野熊本県昭和27年5月
(1952年)
昭和8年8月29日
(1933年)
昭和34年5月
(1959年)
S34.5
(1959)
西前頭4西前頭4潮錦殊勲賞 [初]9勝6敗34歳7ヶ月時津風熊本県昭和16年1月
(1941年)
大正13年9月25日
(1924年)
昭和34年5月
(1959年)
S34.5
(1959)
西関脇西関脇栃光敢闘賞 [初]10勝5敗25歳8ヶ月春日野熊本県昭和27年5月
(1952年)
昭和8年8月29日
(1933年)

熊本県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が正代と福の花の2人で7回ずつ、3位が義ノ富士と栃光の2人で5回ずつ、5位が佐田の海で3回(敢闘賞3回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 正代 7回 0 1 6 大関 時津風 熊本県
1位 福の花 7回 0 0 7 関脇 出羽海 熊本県
3位 栃光 5回 0 3 2 大関 春日野 熊本県
3位 義ノ富士
(草野)
5回 2 1 2 前頭筆頭 伊勢ヶ濱 熊本県
5位 佐田の海 3回 0 0 3 前頭筆頭 境川 熊本県
6位 普天王 2回 1 0 1 小結 出羽海 熊本県
6位 智ノ花 2回 2 0 0 小結 立浪 熊本県
8位 潮錦 1回 0 1 0 小結 時津風 熊本県
8位 濱ノ嶋 1回 0 1 0 小結 三保ヶ関 熊本県
8位 藤青雲 1回 0 0 1 前頭6 藤島 熊本県
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熊本県出身の最高位:小結

義ノ富士 直哉

義ノ富士 直哉(よしのふじ なおや)は熊本県 宇土市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士。令和8年7月場所の番付は最高位更新となる東 小結。

5歳の時に地元の宇土少年相撲クラブ(熊本県)で相撲を始め、宇土市立鶴城中学校3年次には全国中学生相撲選手権大会で優勝し、「中学生横綱」のタイトルを獲得した。強豪の文徳高校へ進学し、3年次に全国高校総体(インターハイ)の個人戦で準優勝したほか、世界ジュニア相撲選手権大会では団体優勝に貢献する。

日本大学での実績と幕下付出

高校卒業後は日本大学へ進学し、4年次に全国学生相撲選手権大会で個人優勝を果たして「学生横綱」に輝いた。また、同年の世界相撲選手権大会でも重量級を制している。全国学生相撲選手権での優勝実績により幕下最下位格付出(幕下60枚目格付出)の資格を取得。当初は旧・宮城野部屋へ入門する予定であったが、同部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋へと合流する形で入門し、大相撲の土俵へ進んだ。

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記録的な十両通過

令和6年(2024年)5月場所に本名の「草野」を名乗り、幕下最下位格付出で初土俵を踏む。この場所を6勝1敗の好成績で終えると、以降も連続して勝ち越しを重ね、令和7年(2025年)3月場所での新十両昇進を決めた。

この十両昇進場所では、初日から12連勝を記録して新十両としての歴代最多連勝記録を更新。最終的には14勝1敗の成績で十両優勝を飾った。続く同年5月場所でも13勝2敗で連続となる十両優勝を果たし、わずか2場所で十両を通過した。

新入幕での躍進と四股名改名

令和7年(2025年)7月場所で新入幕を果たすと、11勝4敗の好成績を挙げて優勝力士に次ぐ成績を収め、敢闘賞と技能賞のダブル受賞を果たした。その後も幕内上位へと番付を上げ、同年11月場所より四股名を本名から「義ノ富士」へと改名する。この場所でも9勝6敗と勝ち越し、2度目の技能賞に加えて自身初となる金星を獲得した。

右四つからの力強い寄りや投げを武器に、その後も上位陣と互角の戦いを繰り広げている。持ち前の地力を存分に発揮して殊勲賞や金星を獲得するなど、幕内上位の土俵で目覚ましい活躍を続けている。

💡 熊本県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
義ノ富士 直哉(よしのふじ なおや)
最高位
小結
最新番付
東 小結
出身地
熊本県 宇土市
本名
草野 直哉
生年月日
平成13年(2001)6月25日(25歳)
身長・体重
185cm・157kg
出身高校
文徳高校
出身大学
日本大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
草野 → 義ノ富士
初土俵
令和6年(2024)5月・幕下60付出(22歳11ヵ月)
新十両
令和7年(2025)3月(23歳9ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)7月(24歳1ヵ月)
新小結
令和8年(2026)7月(25歳1ヵ月)
優勝
十両優勝2回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星3個
通算成績
105勝50敗0休/155出場(勝率:67.7%)
直近7場所
54勝36敗
7場所勝率
60.0%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
義ノ富士が勝ちの決まり手(43勝)※不戦勝1含む
寄り切り17
上手投げ6
押し出し5
寄り倒し4
掬い投げ2
突き落とし2
その他6
義ノ富士が負けの決まり手(32敗)
寄り切り4
叩き込み4
押し出し4
上手投げ3
寄り倒し3
突き出し3
その他11
令8年7月
東 小結(2枚上昇・最高位更新)
0勝0敗
令8年5月
東 前頭2枚目(半枚降下)
11勝4敗(敢闘賞)
○●●●○|○○○○○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭筆頭(変動なし)
7勝8敗
●○●□●|●○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 前頭筆頭(3枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗(殊勲賞・金星2)
●●○○○|○●●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭5枚目(1枚半上昇・最高位更新)
9勝6敗(技能賞・金星)
○●○○○|○○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭6枚目(7枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
●●○○●|●○○○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭14枚目
11勝4敗(技能賞・敢闘賞)
○○●○○|○○○●○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

熊本県出身の最高位:前頭

八方山 計

大きな腹を活かしての寄りが武器

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  • 四股名 :八方山 計(やかたやま かずえ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:9代不知火
  • 出身地 :熊本県菊池郡
  • 本 名 :安武 計
  • 生年月日:大正6年(1917)5月5日
  • 没年月日:昭和52年(1977)3月4日(享年59歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :安武⇒八方山
  • 初土俵 :昭和9年(1934)5月(17歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和15年(1940)5月(23歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和16年(1941)5月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和28年(1953)1月(35歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:212勝228敗44休1預/439出場(42場所)
  • 生涯勝率:48.2%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:143勝174敗28休1預(26場所)勝率:45.1%
  • 十両戦歴:27勝26敗7休(4場所)勝率:50.9%

肥後ノ海 直哉

熊本県の旧河内芳野村白浜地区(現在は熊本市)出身、三保ヶ関部屋の元力士で最高位は前頭筆頭。小学生の頃から相撲を始め、熊本工大高等学校(現・文徳高校)では全国大会に出場するなど実績を積んだ。大学は日本大学に進学し4年次には主将を務める。全国学生相撲選手権では尾曽(のちの武双山)を破って優勝、学生横綱の栄冠を手にした。

幕下最下位格付出の資格を得た坂本は三保ヶ関部屋へと入門すると、幕下3場所目で全勝優勝をあげて平成4年7月場所での新十両昇進を決めた。十両でも勝ち越しを積み上げて平成5(1993)年3月場所で新入幕、左四つの相撲で期待されたが攻めの遅さもあって三役への昇進は叶わなかった。

新入幕から平成13(2001)年11月場所までの約9年間、実に53場所連続平幕在位という記録を持つ。

平成14(2002)年11月場所を最後に現役を引退、11代木村瀬平を襲名して三保ヶ関部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、平成15(2003)年12月に分家独立して木瀬部屋を興した。

  • 11代・木村 瀬平
  • 四股名 :肥後ノ海 直哉(ひごのうみ なおや)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:11代木瀬11代木瀬11代木瀬
  • 出身地 :熊本県熊本市
  • 本 名 :坂本 直人
  • 生年月日:昭和44年(1969)9月23日(56歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:三保ヶ関部屋
  • 改名歴 :坂本山⇒肥後ノ海
  • 初土俵 :平成4年(1992)1月・幕下60付出(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成4年(1992)7月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :平成5年(1993)3月(23歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成14年(2002)11月(33歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:407勝476敗80休/878出場(66場所)
  • 生涯勝率:46.1%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 成 績 :金星2個
  • 幕内戦歴:335勝417敗43休(53場所)勝率:44.5%
  • 十両戦歴:53勝57敗37休(10場所)勝率:48.2%

吉王山 修

大きな体ながら気の弱さで伸び悩んだ

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  • 四股名 :吉王山 修(よしおうやま おさむ)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:17代小野川
  • 出身地 :熊本県八代市
  • 本 名 :吉村 修
  • 生年月日:昭和24年(1949)5月20日
  • 所属部屋:三保ヶ関部屋
  • 初土俵 :昭和40年(1965)3月(15歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和43年(1968)11月(19歳6ヵ月)
  • 新入幕 :昭和44年(1969)11月(20歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和51年(1976)1月(26歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:403勝396敗/799出場(66場所)
  • 生涯勝率:50.4%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回(同点1),三段目優勝1回,序二段同点1回
  • 幕内戦歴:99勝141敗(16場所)勝率:41.3%
  • 十両戦歴:210勝195敗(27場所)勝率:51.9%

佐田の海 貴士

佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)は熊本県 熊本市東区出身、境川部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年7月場所の番付は西 十両2枚目。

右四つの速攻相撲で活躍した出羽海部屋所属の元小結・佐田の海の長男として東京都に生まれ育つ。幼稚園の頃から力士を志していたが、父親からは「勉強はしなくていいから、何でも好きなことをやれ」と言われ、あえて相撲のアマチュア経験を積まずに野球に打ち込んでいた。小学6年次から中学2年次までは父親の相撲協会退職に伴い愛知県犬山市で過ごした。

中学卒業が近づくと父親の現役時代に憧れ、角界入りを決意する。本人は当初、当然のように父親の古巣である出羽海部屋へ進むものと考えていた。しかし、父親から「男を磨くならこの部屋だ」と熱心な説得を受け、出羽海部屋時代に父親の弟弟子であった13代境川(元小結・両國)が師匠を務める境川部屋への入門を決断した。

平成15年(2003年)3月場所において、本名の「松村」で初土俵を踏む。日本相撲協会には父親の故郷である熊本県熊本市(現在の東区)を出身地として届け出ている。入門当初は軽量に苦労しながらも、師匠の厳しくも愛情あふれる指導のもとで着実に実力を身につけていった。

父の四股名継承と怪我の試練

平成16年(2004年)1月場所において、父親の現役時代の四股名である「佐田の海」を継承した。本人は当初「名乗るのは恐れ多い」と遠慮したものの、師匠から「来場所から佐田の海で行くぞ。親父さんには俺から言っておくから」と力強く背中を押され、父親の四股名を背負うこととなった。

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長らく幕下の土俵で実力を磨き、平成22年(2010年)1月場所において幕下優勝を飾り、同年7月場所において念願の新十両昇進を果たす。栃東親子以来14年ぶりとなる史上9組目の親子関取誕生であった。十両昇進後は8場所にわたり十両に定着したが、平成23年(2011年)9月場所千秋楽に大きな悲劇が襲う。7勝7敗で迎えたこの一番で、寄り倒されそうになりながらも勝ち越しへの執念から無理な体勢で残そうとした結果、右足首を脱臼骨折する大怪我を負い、十両からの陥落を余儀なくされた。

陥落後は豪栄道の付け人やちゃんこ番をこなす生活へと戻り、関取経験者でありながら雑務をこなす惨めさや辛さを味わったが、父親からの温かい励ましを受けて再起を図っていた。ところが、平成25年(2013年)3月場所では左目の眼底骨折という更なる不運に見舞われ、一度は引退も頭をよぎった。しかし、懸念された手術が無事に成功したことに加え、知人から浴びせられた手厳しい叱咤の言葉に発奮して現役続行を決断する。本人は怪我の要因を「下がりながらの投げ技が足首に負担をかけていた」と分析し、稽古を重ねて出足を重視した相撲へと磨き上げ、翌平成26年(2014年)1月場所に13場所ぶりとなる十両復帰を果たした。

新入幕と史上初の「親子三賞」

十両復帰後は好調を維持し、平成26年(2014年)5月場所において初土俵から所要66場所で新入幕を果たした。これにより史上8組目の親子幕内力士となる。幕内昇進会見では「父を超えることが親孝行」と意欲を語り、師匠の13代境川も「お父さんから15歳の彼を預かった時からの男の約束だった」と感慨深げに語った。

新入幕の同場所では、持ち味を存分に発揮して10勝5敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞した。父親も新入幕の場所に敢闘賞を受賞しており、この受賞によって大相撲史上初となる「親子での新入幕場所三賞獲得」という歴史的な快挙を成し遂げた。

幕内の土俵に定着した翌平成27年(2015年)5月場所では、東前頭3枚目の地位で横綱・日馬富士を取り直しの末に破り、自身初となる金星を獲得して場内を大いに沸かせた。

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ベテランとしての存在感と取り口

その後も長く幕内と十両の土俵を務め、平成30年(2018年)3月場所では11勝4敗の好成績で自身初の十両優勝を飾っている。令和4年(2022年)5月場所では西前頭12枚目で千秋楽まで優勝争いに絡み、11勝4敗の優勝次点の成績を残して2度目の敢闘賞を受賞した。さらに令和7年(2025年)5月場所でも西前頭13枚目で10勝5敗の好成績を挙げて3度目の敢闘賞を受賞するなど、衰えぬ実力を証明し続けている。

取り口は、父親と同じく右四つに組んでからの速攻や力強い寄り、真っ向勝負を最大の持ち味とする。一方で父親よりも手足が長いため、「俺にはない投げがある」と父親から評されている。厳しい稽古で培われた足の裏の感覚が良く、土俵際での並外れた粘り腰を見せることから「行司泣かせ」の異名をとることもある。

ベテランとなってからは引き技に沈む場面も指摘されるが、父親譲りの四股名と伝統の相撲型を胸に、持ち前のしぶとさと豊富な経験を生かして最高峰の土俵で長きにわたり奮闘を続けている。

💡 熊本県出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)
最高位
前頭筆頭
最新番付
西 十両2枚目
出身地
熊本県 熊本市東区
本名
松村 要
生年月日
昭和62年(1987)5月11日(39歳)
身長・体重
183cm・146kg
所属部屋
境川部屋
改名歴
松村 → 佐田の海
初土俵
平成15年(2003)3月(15歳10ヵ月)
新十両
平成22年(2010)7月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成26年(2014)5月(27歳0ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞3回,金星1個
通算成績
786勝807敗22休/1593出場(勝率:49.3%)
直近7場所
23勝22敗(幕内:14勝31敗)
7場所勝率
41.1%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
佐田の海が勝ちの決まり手(30勝)
寄り切り12
押し出し5
突き落とし2
上手投げ2
寄り倒し2
引っ掛け1
その他6
佐田の海が負けの決まり手(45敗)
寄り切り15
押し出し5
突き出し5
叩き込み5
掬い投げ3
小手投げ2
その他10
令8年7月
西 十両2枚目(半枚降下)
0勝0敗
令8年5月
東 十両2枚目(半枚降下)
7勝8敗
●●●○○|●○○●●|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両筆頭(2枚半上昇)
7勝8敗
○●●○●|●○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 十両4枚目(4枚半降下)
9勝6敗
○○○○●|●○○○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭16枚目(2枚半降下)
4勝11敗
●○●●●|●○●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭14枚目(6枚降下)
6勝9敗
○●○○●|●●●●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭8枚目
4勝11敗
●●●○●|●○●●●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

白田山 秀敏

引退までの17年8ヶ月間、連続出場1202番

  • 四股名 :白田山 秀敏(しらたやま ひでとし)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:10代谷川
  • 出身地 :熊本県八代郡鏡町
  • 本 名 :白田 秀敏
  • 生年月日:昭和18年(1943)12月25日
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 初土俵 :昭和34年(1959)7月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和43年(1968)1月(24歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和46年(1971)3月(27歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)5月(33歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:594勝608敗/1202出場(108場所)
  • 生涯勝率:49.4%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:88勝122敗(14場所)勝率:41.9%
  • 十両戦歴:314勝316敗(42場所)勝率:49.8%

千代白鵬 大樹

怪我が多く出世は遅かったが十両優勝で一気に入幕、6場所幕内を務めた。野球賭博問題や八百長問題で引退

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  • 四股名 :千代白鵬 大樹(ちよはくほう だいき)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 出身地 :熊本県山鹿市
  • 本 名 :柿内 大樹
  • 生年月日:昭和58年(1983)4月21日
  • 所属部屋:九重部屋
  • 改名歴 :柿内⇒千代白鵬
  • 初土俵 :平成11年(1999)3月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)3月(21歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)7月(25歳3ヵ月)
  • 最終場所:平成23年(2011)5月(28歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:343勝296敗50休/636出場(72場所)
  • 生涯勝率:53.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段同点1回
  • 幕内戦歴:41勝39敗10休(6場所)勝率:51.3%
  • 十両戦歴:120勝127敗23休(18場所)勝率:48.6%

藤青雲 龍輝

藤青雲 龍輝(ふじせいうん たつき)は熊本県 熊本市西区出身、藤島部屋の力士で最高位は前頭6枚目。令和8年7月場所の番付は最高位に並ぶ西 前頭6枚目。

大学卒業後に一度は就職するも、大相撲への情熱を捨てきれずに23歳で角界へ飛び込んだ異色の経歴を持つ藤青雲。大怪我による長期休場を味わいながらも、不屈の闘志で這い上がり、28歳にして悲願の幕内の土俵を掴み取った苦労人である。

「脱サラ」からの角界入りと快進撃

熊本市立河内小学1年の頃から中村相撲道場で相撲を始めたものの、中学3年生までは野球や柔道と並行しており、本格的に相撲一本に絞ったのは熊本県の文徳高校に進学してからであった。その後、明治大学へ進学し全国大会でベスト16に入るなどの実績を残す。大学卒業後は実業団相撲の強豪である凸版印刷(現TOPPAN)に就職したが、コロナ禍の影響で全く相撲が取れない日々が続いた。相撲への思いを断ち切れず退職を決意し、令和2年(2020年)に23歳で藤島部屋の門を叩いた。

令和3年(2021年)3月場所に前相撲で初土俵を踏むと、培ってきた実力を遺憾なく発揮する。序ノ口から3場所連続、各段で7戦全勝を記録するなど破竹の勢いで番付を駆け上がり、令和5年(2023年)5月場所に25歳で新十両昇進を果たした。

右膝の大怪我と、どん底からの復活劇

順調な出世街道を歩んでいた矢先、新十両翌場所となる7月場所前の稽古で、右膝前十字靱帯を損傷する大怪我に見舞われる。これにより3場所連続の全休を余儀なくされ、番付は三段目まで大きく降下する挫折を味わった。

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しかし、心は決して折れていなかった。令和6年(2024年)1月場所に西三段目26枚目で復帰すると、7戦全勝で三段目優勝を飾り復活の狼煙を上げる。続く5月場所でも東幕下11枚目で7戦全勝の幕下優勝を果たし、同年7月場所で関取の座への復帰を成し遂げた。

28歳での新入幕と「同時昇進」の歴史的快挙

十両復帰後は持ち前の地力を発揮して着実に白星を重ねていく。昇進を懸けた令和8年(2026年)1月場所については「落ち着いて取れた」と本人が語るように、西十両筆頭で11勝4敗の好成績を収め、翌3月場所において初土俵から所要30場所、28歳で悲願の新入幕を決めた。

この場所は、同部屋の弟弟子である藤凌駕も新入幕を果たしており同時昇進となった。同部屋から2人の新入幕力士が誕生するのは、平成23年(2011年)11月場所で、境川部屋の妙義龍・佐田の富士が同時昇進したとき以来14年ぶりであり、ともに学生相撲出身の力士としては史上初という歴史的快挙として大きな話題を呼んだ。

得意とする右四つからの力強い寄りには、年齢と苦労を重ねたからこその重みがある。度重なる試練を乗り越え、最高峰の舞台へとたどり着いたその歩みは、これからも揺るぎない相撲道として続いていく。

💡 熊本県出身一覧💡 藤島部屋の力士

四股名
藤青雲 龍輝(ふじせいうん たつき)
最高位
前頭6枚目
最新番付
西 前頭6枚目
出身地
熊本県 熊本市西区
本名
東 龍輝
生年月日
平成9年(1997)12月5日(28歳)
身長・体重
185cm・150kg
出身高校
文徳高校
出身大学
明治大学
所属部屋
藤島部屋
初土俵
令和3年(2021)3月(23歳3ヵ月)
新十両
令和5年(2023)5月(25歳5ヵ月)
新入幕
令和8年(2026)3月(28歳3ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝2回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
186勝114敗29休/300出場(勝率:62%)
直近7場所
17勝13敗(十両:38勝22敗)
7場所勝率
61.1%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
藤青雲が勝ちの決まり手(48勝)
寄り切り21
押し出し11
送り出し5
突き落とし2
切り返し1
叩き込み1
その他7
藤青雲が負けの決まり手(27敗)
叩き込み5
押し出し4
寄り切り4
突き落とし3
上手投げ2
押し倒し2
その他7
令8年7月
西 前頭6枚目(変動なし)
0勝0敗
令8年5月
西 前頭6枚目(7枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
○●○○○|●○●●●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭13枚目(5枚上昇・最高位更新)
10勝5敗(敢闘賞)
○●○○●|○●○○○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 十両筆頭(変動なし)
11勝4敗
○○○○○|●○●○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両筆頭(4枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
●●○○○|○●●●●|○○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両5枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○●○●○|○○○○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両8枚目
9勝6敗
○○○●●|●●○○○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

天鎧鵬 貴由輝

天鎧鵬 貴由輝 (てんかいほう たかゆき)熊本県玉名市出身、尾上部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

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平成19年(2007)1月場所に22歳3ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)3月場所を最後に引退(34歳5ヶ月)。

通算成績は367勝365敗4休731出場。生涯勝率.502。通算73場所中、40場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。

主な成績は幕下(同点1)、三段目優勝1回

昭和59年(1984)10月14日生まれ。本名は南 貴由輝。

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190キロに迫る巨体を活かした右四つからの寄りを武器に、幕内の土俵で活躍した元前頭8枚目・天鎧鵬。大相撲八百長問題による混乱期に新十両昇進を果たし、幕内と十両で堅実な相撲を見せた。引退後は特例措置によって年寄名跡を襲名し、後進の指導にあたりながら日本相撲協会を退職するまで角界に貢献した。

アマチュア時代の実績と尾上部屋への入門

小学校1年次にはすでに体重が60キロに達するなど、幼少期から恵まれた体格を活かして相撲を始めた。熊本市立河内中学校時代には九州中体連の個人戦で3位に入り、全国中体連にも出場して頭角を現した。文徳高校へ進学すると3年連続で全国高等学校総合体育大会に出場し、2年次にベスト8、3年次にはベスト16入りを果たした。その後は日本大学へ進学して同校の相撲部で腕を磨き、平成19年(2007年)1月場所、熊本の同郷であり、高校と大学の先輩にもあたる17代尾上(元小結・濱ノ嶋)が率いる尾上部屋へ入門し、本名の「南」を四股名として初土俵を踏んだ。

序ノ口、序二段をそれぞれ1場所で通過し、同年7月場所には7戦全勝で三段目優勝を飾るなど、順調に番付を上げた。ここまですべて勝ち越しで幕下上位へ進出したものの、西幕下5枚目で迎えた平成20年(2008年)7月場所で自身初の負け越しを経験した。その後は幕下中位での土俵が続いたが、平成22年(2010年)11月場所では東幕下11枚目で6勝1敗の好成績を残し、優勝決定戦へ進出した。決定戦では妙義龍(のちの関脇)に敗れて優勝同点に終わったが、翌平成23年(2011年)1月場所で自己最高位となる西幕下筆頭まで番付を上げた。しかし、この場所は3勝4敗と負け越して関取昇進を逃した。

八百長問題の余波と新十両昇進

同年5月の技量審査場所において、東幕下6枚目で4勝3敗と勝ち越した。通常であれば関取昇進の望みが薄い成績であったが、大相撲八百長問題の影響により多数の引退者が出たため、翌7月場所での新十両昇進が決定した。

昇進に合わせて四股名を「天鎧鵬」と改めた。四股名は父親の考案によるもので、出身地である熊本県玉名市天水町から「天」の字を取り、「鎧(よろい)のように力強く」という願いと、父親が好んだ「鵬」の字を組み合わせた。

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新十両として迎えた7月場所では10勝5敗の好成績を残した。巨体を活かした右四つからの堅実な寄りを武器に勝ち越しを続け、十両を所要3場所で通過した。

新入幕と度重なる怪我との戦い

平成24年(2012年)1月場所で新入幕を果たした。しばらくは十両と幕内を往復する土俵が続いたが、平成25年(2013年)7月場所で10勝を挙げて3回目の入幕を果たすと、続く9月場所は8勝7敗とし、新入幕の場所以来となる幕内での勝ち越しを決めた。同年11月場所には自己最高位となる西前頭8枚目まで番付を上げた。

しかし、4回目の入幕となった平成26年(2014年)3月場所の10日目、旭天鵬(のちの6代大島)戦で右足関節を捻挫し、翌日から休場を余儀なくされた。この故障の影響は大きく、翌5月場所に十両へ陥落すると、続く7月場所でも負け越し、新十両昇進以降19場所にわたって守り抜いた関取の座を手放すこととなった。

それでも1場所の幕下陥落を経て十両へ復帰し、同年11月場所では中日まで7勝1敗と好調を維持して10勝5敗の好成績を残すなど、再び十両に定着した。

特例規定による年寄襲名と引退

その後、平成28年(2016年)5月場所において東十両14枚目で大きく負け越して再び幕下へ陥落すると、以降は関取の座へ復帰することは叶わなかった。翌7月場所以降は幕下での相撲が続き、西幕下52枚目で迎えた平成31年(2019年)3月場所を最後に現役を引退した。

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引退にあたっては、関取在位通算28場所以上の力士が対象となる特例規定を利用し、理事会の承認を経て秀ノ山(琴奨菊からの借株)を襲名した。引退会見では「やりきった」と晴れやかな表情を見せ、家族や親方への感謝とともに「自分がお客さんを沸かせるような相撲を取れていないので、お客さんに喜んでもらえるような力士を育てたい」と指導への抱負を語った。

引退後は音羽山、佐ノ山、北陣と数々の年寄名跡を変更しながら部屋で後進の指導にあたった。令和7年(2025年)10月26日付で日本相撲協会を退職した。通算73場所、約12年にわたる土俵生活であった。

四股名
天鎧鵬 貴由輝 (てんかいほう たかゆき)
最高位
前頭8枚目
年寄名跡
13代秀ノ山 貴由輝(尾上) → 23代音羽山 貴由輝(尾上) → 24代佐ノ山 貴由輝(尾上) → 22代北陣 貴由輝(尾上)
出身地
熊本県玉名市
本名
南 貴由輝
生年月日
昭和59年(1984)10月14日
出身高校
文徳高校
出身大学
日本大学
所属部屋
尾上部屋
改名歴
南 貴由輝 → 天鎧鵬 貴由輝
初土俵
平成19年(2007)1月 前相撲(22歳3ヶ月)
新十両
平成23年(2011)7月(所要26場所)
26歳9ヶ月(初土俵から4年6ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)1月(所要29場所)
27歳3ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
最終場所
平成31年(2019)3月場所(34歳5ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年2ヶ月)
通算成績
367勝365敗4休731出場(勝率.502)
通算73場所
勝ち越し40場所(勝ち越し率.556)(勝ち越し星102)
優勝等
幕下(同点1),三段目優勝1回
持給金
54円(勝ち越し星102個)
幕内戦歴
38勝63敗4休100出場(勝率.380)
在位7場所(在位率.096)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
前頭戦歴
38勝63敗4休100出場(勝率.380)
在位7場所(在位率.096)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
十両戦歴
160勝170敗0休330出場(勝率.485)
在位22場所(在位率.301)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
198勝233敗4休430出場(勝率.460)
在位29場所(在位率.397)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.448)
幕下以下歴
169勝132敗0休301出場(勝率.561)
在位43場所(在位率.589)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.628)

天鎧鵬 貴由輝の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(188回 / 50.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り倒し(73回 / 19.9%)
  • ✅ 得意な相手:隆の山(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:富士東(2勝12敗 / 勝率.143)

濵錦 竜郎

引退後、春日山部屋を継承するも先代との名跡トラブル、更に部屋での指導が十分ではないと相撲協会より師匠辞任勧告が。最終的には角界を去ることに

  • 四股名 :濵錦 竜郎(はまにしき たつろう)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 年寄名跡:21代春日山
  • 出身地 :熊本県熊本市
  • 本 名 :高濵 竜郎
  • 生年月日:昭和51年(1976)11月23日
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 改名歴 :高濵⇒濵錦⇒高濵⇒濵錦
  • 初土俵 :平成11年(1999)3月・幕下60付出(22歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)7月(23歳8ヵ月)
  • 新入幕 :平成13年(2001)5月(24歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成24年(2012)3月(35歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:360勝365敗30休/723出場(77場所)
  • 生涯勝率:49.7%
  • 優勝等 :十両同点2回
  • 幕内戦歴:44勝61敗(7場所)勝率:41.9%
  • 十両戦歴:133勝157敗10休(20場所)勝率:45.9%

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