高知県出身の力士一覧!過去から現在、高知の主な関取を網羅しました

高知出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する高知県の大相撲力士まとめ!この記事では高知出身の関取を中心に、高知の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の高知県出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら


相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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高知県出身の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、2人の高知県出身の幕内最高優勝力士が誕生しています。

高知県出身初優勝はいつで誰?

高知県出身の初優勝力士は、昭和4年(1929)1月場所で東関脇だった玉錦です。

高知県出身の優勝力士一覧

では高知県出身の幕内優勝力士を年月順で一覧表にして見てみましょう。

四股名 優勝場所 回数 優勝時の番付 部屋 出身地 最高位 成績 四股名 備考
1 玉錦 昭和4年1月 東関脇 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 10勝1敗 玉錦
2 玉錦 昭和5年10月 2回目 西大関(張出) 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 9勝2敗 玉錦
3 玉錦 昭和6年1月 3回目 東大関 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 9勝2敗 玉錦
4 玉錦 昭和6年3月 4回目 東大関 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 10勝1敗 玉錦
5 玉錦 昭和7年5月 5回目 東大関 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 10勝1敗 玉錦
6 玉錦 昭和8年5月 6回目 東横綱 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 10勝1敗 玉錦
7 玉錦 昭和10年1月 7回目 東横綱 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 10勝1敗 玉錦
8 玉錦 昭和10年5月 8回目 東横綱 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 10勝1敗 玉錦
9 玉錦 昭和11年1月 9回目 東横綱 二所ノ関
2013
高知県 32代横綱 11勝0敗 玉錦
10 朝潮(4代) 昭和60年3月 東大関(張出) 高砂 高知県 大関 13勝2敗 朝潮(4代)

高知県出身の優勝力士ランキング

次は高知県出身力士の優勝回数と成績のランキングです。

順位 四股名 優勝 最高位 部屋 出身地 勝数 敗数 横綱 大関 関脇 小結 前頭
1位 玉錦 9回 32代横綱 二所ノ関
2013
高知県 89勝 10敗 4回 4回 1回 0回 0回
2位 朝潮(4代) 1回 大関 高砂 高知県 13勝 2敗 0回 1回 0回 0回 0回
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高知県出身の最高位:横綱

第32代横綱 玉錦 三右エ門

  • 四股名 :玉錦 三右エ門(たまにしき さんえもん)
  • 最高位 :第32代横綱
  • 年寄名跡:6代二所ノ関
  • 出身地 :高知県高知市
  • 本 名 :西ノ内 彌寿喜
  • 生年月日:明治36年(1903)12月15日
  • 没年月日:昭和13年(1938)12月4日(享年34歳)
  • 所属部屋:二所ノ関部屋
  • 初土俵 :大正8年(1919)1月(15歳1ヵ月)
  • 新十両 :大正14年(1925)1月(21歳1ヵ月)
  • 新入幕 :大正15年(1926)1月(22歳1ヵ月)
  • 新三役 :昭和3年(1928)1月(24歳1ヵ月)
  • 新大関 :昭和5年(1930)5月(26歳5ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和8年(1933)1月(29歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和13年(1938)5月(34歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:350勝114敗17休3分1預/466出場(53場所)
  • 生涯勝率:75.4%
  • 優勝等 :幕内優勝9回(次点11)
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:308勝92敗17休3分(39場所)勝率:77.0%
  •   横綱:104勝18敗15休1分(12場所)勝率:85.2%
  •   大関:86勝20敗(11場所)勝率:81.1%
  •   関脇:67勝21敗(8場所)勝率:76.1%
  •   小結:14勝7敗1分(2場所)勝率:66.7%
  •   前頭:37勝26敗2休1分(6場所)勝率:58.7%
  • 十両戦歴:10勝3敗(2場所)勝率:76.9%

高知県出身の最高位:大関

國見山 悦吉

高知県土佐郡(現・高知市役知町)出身、友綱部屋の元力士で最高位は大関。恰幅がよく均整のとれた身体つきであり色白の美男子としても人気が高かった。非力ではあったが上突っ張りを得意とし、また右四つからの寄り身も鋭く、投げの切れ味もよかった。離れてよし組んでよしの相撲巧者。

入幕5場所目で小結に昇進すると、小結2場所で関脇へと昇進。さらに関脇5場所目の明治38年夏場所を9戦全勝(当時の幕内力士の慣習として千秋楽は休場)で大関へと昇進。その後の8年15場所にわたり大関を務めた。

小兵力士を扱うのがうまく、下位力士に対しての取りこぼしも少なく安定しており実力は横綱級とも評された。温厚な人柄で、実力、風格、品位を兼ね備えた名力士であった。

  • 四股名 :國見山 悦吉(くにみやま えつきち)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:9代放駒
  • 出身地 :高知県土佐郡(現・高知市役知町)
  • 本 名 :松下 悦吉⇒河野 悦吉⇒松下 悦吉
  • 生年月日:明治9年(1876)3月28日
  • 没年月日:大正13年(1924)9月25日(享年48歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 改名歴 :鏡川⇒國見山
  • 初土俵 :明治28年(1895)1月・序ノ口(18歳10ヵ月)
  • 新十両 :明治32年(1899)1月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :明治33年(1900)1月(23歳10ヵ月)
  • 新三役 :明治35年(1902)1月(25歳10ヵ月)
  • 新大関 :明治38年(1905)5月(29歳2ヵ月)
  • 最終場所:明治45年(1912)5月(36歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:125勝30敗91休26分5預/186出場(29場所)
  • 生涯勝率:80.6%
  • 優勝等 :幕内次点1回、優勝相当2回
  • 幕内戦歴:111勝29敗91休24分5預(26場所)勝率:79.3%
  •   大関:53勝12敗65休17分3預(15場所)勝率:81.5%
  •   関脇:34勝6敗8休2分(5場所)勝率:85.0%
  •   小結:9勝2敗6休2分1預(2場所)勝率:81.8%
  •   前頭:15勝9敗12休3分1預(4場所)勝率:62.5%
  • 十両戦歴:14勝1敗2分(2場所)勝率:93.3%

朝潮 太郎

近大で2年連続アマチュア横綱と学生横綱を獲得し高砂部屋に入門、その風貌と話術で人気力士となりCMにも起用された。引退後は若松部屋継承の後、高砂部屋を継ぐことに。

令和2年11月26日付で17代錦島(元関脇・朝赤龍)と名跡を交換し18代錦島として部屋付き親方になった。

  • 18代・錦島 太郎
  • 四股名 :朝潮 太郎(4代)(あさしお たろう)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:15代山響⇒11代若松7代高砂⇒18代錦島
  • 出身地 :高知県室戸市
  • 本 名 :長岡 末弘
  • 生年月日:昭和30年(1955)12月9日(70歳)
  • 出身高校:高知小津高校
  • 出身大学:近畿大学
  • 所属部屋:高砂部屋
  • 改名歴 :長岡⇒朝汐⇒朝潮
  • 初土俵 :昭和53年(1978)3月・幕下60付出(22歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和53年(1978)7月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和53年(1978)11月(22歳11ヵ月)
  • 新三役 :昭和55年(1980)5月(24歳5ヵ月)
  • 新大関 :昭和58年(1983)5月(27歳5ヵ月)
  • 最終場所:平成元年(1989)3月(33歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:564勝382敗43休/943出場(67場所)
  • 生涯勝率:59.6%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(同点3・次点1),十両同点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞10回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星5個
  • 幕内戦歴:531勝371敗43休(63場所)勝率:58.9%
  •   大関:294勝203敗43休(36場所)勝率:59.2%
  •   関脇:82勝53敗(9場所)勝率:60.7%
  •   小結:44勝16敗(4場所)勝率:73.3%
  •   前頭:111勝99敗(14場所)勝率:52.9%
  • 十両戦歴:20勝10敗(2場所)勝率:66.7%

高知県出身の最高位:関脇

海山 太郎

  • 四股名 :海山 太郎(かいざん たろう)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:5代二所ノ関
  • 出身地 :高知県高知市
  • 本 名 :笠井 兎之助(外之助)
  • 生年月日:明治2年(1869)9月10日
  • 没年月日:昭和6年(1931)6月6日(享年61歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 改名歴 :鏡川⇒海山
  • 初土俵 :明治23年(1890)5月・序二段付出(20歳8ヵ月)
  • 新十両 :明治26年(1893)5月(23歳8ヵ月)
  • 新入幕 :明治27年(1894)1月(24歳4ヵ月)
  • 新三役 :明治29年(1896)1月(26歳4ヵ月)
  • 最終場所:明治42年(1909)1月(39歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:91勝98敗77休45分9預/243出場(32場所)
  • 生涯勝率:48.1%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:85勝95敗77休45分8預(31場所)勝率:47.2%
  •   関脇:13勝9敗3休2分3預(3場所)勝率:59.1%
  •   小結:4勝6敗6休2分2預(2場所)勝率:40.0%
  •   前頭:68勝80敗68休41分3預(26場所)勝率:45.9%
  • 十両戦歴:6勝3敗1預(1場所)勝率:66.7%

玉乃海 太三郎

玉乃海 太三郎(たまのうみ だいさぶろう)大分県大分市出身、二所ノ関部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和12年(1937)5月場所に14歳4ヶ月で初土俵を踏み、昭和36年(1961)1月場所を最後に引退(38歳0ヶ月)。

通算成績は403勝331敗35休730出場。生涯勝率.549。通算56場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。

主な成績は幕内優勝1回(次点2),序ノ口優勝1回殊勲賞2回,敢闘賞3回,金星9個(羽黒山1個、栃錦4個、鏡里1個、吉葉山1個、千代の山2個)。

本名は三浦 朝弘。大正12年(1923)1月2日生まれ。昭和62年(1987)9月27日逝去(享年64歳)。

6代・二所ノ関(玉錦)率いる二所ノ関の巡業を見たことで力士を志望するようになる。はじめは郷土の大横綱・双葉山への弟子入りを希望していたが、二枚鑑札で玉錦が師匠を務めていた二所ノ関部屋に入門した。

順調に番付を上げていた福住(当時の四股名)だったが酒癖の悪さが祟った。幕下だった昭和15年(1940)の上海巡業で、酔いにまかせて憲兵を叩きのめしてしまい、駆け付けた仲間の憲兵が拳銃を抜く騒ぎであわや殺されそうになる。その場は当時大関だった羽黒山(のち横綱)と、亡くなった玉錦の後を継いだ7代・二所ノ関(玉ノ海)が懸命に詫びを入れてくれたお陰で収まったが、条件として協会からの破門を突き付けられた福住は除名処分となり大日本相撲協会を去った。

その後、太平洋戦争では海軍の軍属としてトラック諸島などで飛行場建設に従事。アメリカ軍の攻撃で大勢の犠牲者が出るなか僅かな生存者として救出されて帰国した。

昭和25年(1950)に二所ノ関から破門が解かれて協会への復帰が叶う。除名から約10年、このとき27歳であった。

昭和27年(1952)9月場所で新入幕。そして昭和28年(1953)5月場所2日目に組まれた相手は「命の恩人」横綱・羽黒山。玉乃海は殊勲の金星で恩返しができた。敗れた羽黒山は翌日から休場、結果的にこれが最後の土俵となった。

新小結昇進となった昭和31年(1956)9月場所を9勝6敗、さらに昇進した関脇で2場所連続11勝をあげた玉乃海は大関昇進でもおかしくなかったが、同じく活躍していた朝潮(のち横綱)の大関昇進に阻まれる形になった。

その後マラリアに罹り2場所連続の休場、さらに体重も落ちてしまった玉乃海は引退を覚悟。最後の土俵と聞いた時津風理事長(双葉山)から特別に許可を得て、金色のまわしを締めてあがった昭和32年(1957)九州場所ではなんと平幕全勝優勝を達成した。

慰留された玉乃海は現役を続行、昭和36年(1961)1月場所を最後に引退して12代・片男波を襲名した。

二所ノ関部屋からの分家独立は8代・二所ノ関(元大関・佐賀の花)が許さずに大いに揉めたが、先代二所ノ関の取りなしで何とか独立。横綱・玉の海をはじめ、関脇・玉ノ富士、小結・玉輝山、玉龍などを育て上げた。

四股名
玉乃海 太三郎(たまのうみ だいさぶろう)
最高位
関脇
年寄名跡
12代片男波 嶽太郎
出身地
高知県高知市 → 大分県大分市
本名
三浦 朝弘
生年月日
大正12年(1923)1月2日
没年月日
昭和62年(1987)9月27日(享年64歳)
所属部屋
二所ノ関部屋
改名歴
福住 朝廣 → 玉ノ海 朝弘 → 玉ノ海 大三郎 → 玉乃海 太三郎 → 玉乃海 代太郎
初土俵
昭和12年(1937)5月 前相撲(14歳4ヶ月)
新十両
昭和26年(1951)5月(所要11場所)
28歳4ヶ月(初土俵から14年0ヶ月)
新入幕
昭和27年(1952)9月(所要15場所)
29歳8ヶ月(初土俵から15年4ヶ月)
新小結
昭和31年(1956)9月(所要31場所)
33歳8ヶ月(初土俵から19年4ヶ月)
新関脇
昭和32年(1957)1月(所要32場所)
34歳0ヶ月(初土俵から19年8ヶ月)
最終場所
昭和36年(1961)1月(38歳0ヶ月)
大相撲歴
56場所(23年8ヶ月)
通算成績
403勝331敗35休730出場(勝率.549)
通算56場所
勝ち越し30場所(勝ち越し率.556)
優勝等
幕内優勝1回(次点2),序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞3回,金星9個
幕内戦歴
303勝280敗32休579出場(勝率.520)
在位41場所(在位率.732)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.488)
三役戦歴
67勝72敗11休137出場(勝率.482)
在位10場所(在位率.179)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.500)
関脇戦歴
35勝29敗11休62出場(勝率.547)
在位5場所(在位率.089)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
小結戦歴
32勝43敗0休75出場(勝率.427)
在位5場所(在位率.089)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.400)
前頭戦歴
236勝208敗21休442出場(勝率.532)
在位31場所(在位率.554)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.484)
十両戦歴
38勝20敗2休58出場(勝率.655)
在位4場所(在位率.071)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
341勝300敗34休637出場(勝率.532)
在位45場所(在位率.804)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.533)
幕下以下歴
62勝31敗1休93出場(勝率.667)
在位10場所(在位率.179)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)


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荒瀬 永英

  • 四股名 :荒瀬 永英(あらせ ながひで)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:17代間垣
  • 出身地 :高知県吾川郡伊野町
  • 本 名 :荒瀬 英生
  • 生年月日:昭和24年(1949)6月20日
  • 没年月日:平成20年(2008)8月11日(享年59歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:花籠部屋
  • 改名歴 :荒瀬⇒荒勢
  • 初土俵 :昭和47年(1972)1月・幕下60付出(22歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和47年(1972)11月(23歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和48年(1973)7月(24歳1ヵ月)
  • 新三役 :昭和49年(1974)11月(25歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和56年(1981)9月(32歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:420勝414敗11休/832出場(59場所)
  • 生涯勝率:50.4%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:351勝367敗2休(48場所)勝率:48.9%
  •   関脇:66勝69敗(9場所)勝率:48.9%
  •   小結:32勝43敗(5場所)勝率:42.7%
  •   前頭:253勝255敗2休(34場所)勝率:49.8%
  • 十両戦歴:42勝39敗9休(6場所)勝率:51.9%

土佐ノ海 敏生

土佐ノ海 敏生 (とさのうみ としお)高知県安芸市出身、伊勢ノ海部屋の元力士で、最高位は関脇

平成6年(1994)3月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(38歳10ヶ月)。

通算成績は732勝735敗16休1466出場。生涯勝率.499。通算102場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.510)。

主な成績は幕内(次点1)、十両優勝2回(同点1)、幕下優勝1回殊勲賞7回、敢闘賞5回、技能賞1回、金星11個(貴乃花4個、曙3個、若乃花3個、武蔵丸1個)

昭和47年(1972)2月16日生まれ。本名は山本 敏生。

同志社大相撲部時代には「東の尾曽(武双山)、西の山本(土佐ノ海)」と称されていた。入門から期待されていた土佐ノ海は、前頭7枚目で迎えた新入幕で初日大関若乃花、2日目横綱貴乃花との対戦が組まれた。結果は2連敗だったが初土俵から9場所目での横綱・大関戦だった。

四股名
土佐ノ海 敏生 (とさのうみ としお)
最高位
関脇
年寄名跡
13代立川 敏生(伊勢ノ海)
出身地
高知県安芸市
本名
山本 敏生
生年月日
昭和47年(1972)2月16日(54歳)
出身高校
高知高校
出身大学
同志社大学
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
土佐ノ海 敏生
初土俵
平成6年(1994)3月 幕下60枚目付出(22歳0ヶ月)
新十両
平成6年(1994)11月(所要4場所)
22歳8ヶ月(初土俵から0年8ヶ月)
新入幕
平成7年(1995)7月(所要8場所)
23歳4ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
新小結
平成8年(1996)1月(所要11場所)
23歳10ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)5月(所要19場所)
25歳2ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)1月場所(38歳10ヶ月)
大相撲歴
102場所(16年10ヶ月)
通算成績
732勝735敗16休1466出場(勝率.499)
通算102場所
勝ち越し52場所(勝ち越し率.510)(勝ち越し星166)
優勝等
幕内(次点1),十両優勝2回(同点1),幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞7回,敢闘賞5回,技能賞1回,金星11個(貴乃花4個、曙3個、若乃花3個、武蔵丸1個)
持給金
196円(勝ち越し星166個 金星11個)
幕内戦歴
569勝615敗16休1183出場(勝率.481)
在位80場所(在位率.784)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.450)
三役戦歴
148勝152敗0休300出場(勝率.493)
在位20場所(在位率.196)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.550)
関脇戦歴
44勝61敗0休105出場(勝率.419)
在位7場所(在位率.069)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
小結戦歴
104勝91敗0休195出場(勝率.533)
在位13場所(在位率.127)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
前頭戦歴
421勝463敗16休883出場(勝率.477)
在位60場所(在位率.588)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.417)
十両戦歴
141勝114敗0休255出場(勝率.553)
在位17場所(在位率.167)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.706)
関取戦歴
710勝729敗16休1438出場(勝率.494)
在位97場所(在位率.951)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.495)
幕下以下歴
22勝6敗0休28出場(勝率.786)
在位5場所(在位率.049)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)

土佐ノ海 敏生の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(233回 / 31.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:叩き込み(172回 / 23.4%)
  • ✅ 得意な相手:琴龍(11勝3敗 / 勝率.786)
  • ✅ 苦手な相手:武蔵丸(6勝28敗 / 勝率.176)

豊ノ島 大樹

豊ノ島 大樹(とよのしま だいき)高知県宿毛市出身、時津風部屋の元力士で、最高位は関脇

平成14年(2002)1月場所に18歳6ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)3月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)(※番付上は令和2年7月場所が最後)

通算成績は703勝641敗68休1337出場。生涯勝率.523。通算109場所中、57場所を勝ち越した(勝ち越し率.528)。

主な成績は幕内同点1回(次点4),十両優勝2回,三段目同点1回,序二段優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞4回,金星4個(白鵬1個、日馬富士3個)。

昭和58年(1983)6月29日生まれ。本名は梶原 大樹。

中学3年次に全国都道府県中学生相撲選手権大会で個人・団体優勝、この頃から菊次(元大関・琴奨菊)とはライバルであり親友。

第二新弟子検査合格者として初の関取であり三役。平成28年(2016)初場所では琴奨菊と千秋楽まで優勝を争った。しかし7月場所前の稽古中に左足アキレス腱を断裂、2場所休場により幕下にまで陥落。

そこから長い道のりとなったが西幕下筆頭だった平成30年(2018)9月場所で勝ち越しを決めて2年(13場所)ぶりとなる関取復帰を決めた。さらに西十両5枚目で迎えた平成31年(2018)1月場所で10勝5敗の好成績をあげ、翌3月場所には念願の再入幕を果たす。実に16場所ぶりの幕内復帰となった。

しかし、その後通算3場所務めた幕内では一度も勝ち越せず、十両でも1度の勝ち越しのみと思うような成績をあげることが出来ずに令和2年(2020)1月場所の負け越しで幕下陥落となった。

無観客場所となった3月場所も2勝5敗と負け越した豊ノ島は、令和2年(2020年)4月17日付で現役引退を発表、年寄・井筒を襲名することとなった。

令和5年(2023年)1月4日付で相撲協会を退職。今後はタレントとして活動していくことを発表した。

四股名
豊ノ島 大樹(とよのしま だいき)
最高位
関脇
年寄名跡
15代井筒 大樹
出身地
高知県宿毛市
本名
梶原 大樹
生年月日
昭和58年(1983)6月29日
出身高校
宿毛高校
所属部屋
時津風部屋
改名歴
梶原 大樹 → 豊ノ島 大樹
初土俵
平成14年(2002)1月 前相撲(18歳6ヶ月)
新十両
平成16年(2004)5月(所要14場所)
20歳10ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
新入幕
平成16年(2004)9月(所要16場所)
21歳2ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新小結
平成19年(2007)5月(所要32場所)
23歳10ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
新関脇
平成20年(2008)9月(所要40場所)
25歳2ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
最終場所
令和2年(2020)3月(36歳8ヶ月)※番付上は令和2年7月場所
大相撲歴
109場所(18年2ヶ月)
通算成績
703勝641敗68休1337出場(勝率.523)
通算109場所
勝ち越し57場所(勝ち越し率.528)
優勝等
幕内同点1回(次点4),十両優勝2回,三段目同点1回,序二段優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞4回,金星4個
幕内戦歴
493勝524敗48休1012出場(勝率.485)
在位71場所(在位率.651)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.423)
三役戦歴
75勝113敗7休187出場(勝率.399)
在位13場所(在位率.119)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.231)
関脇戦歴
27勝48敗0休75出場(勝率.360)
在位5場所(在位率.046)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
48勝65敗7休112出場(勝率.425)
在位8場所(在位率.073)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.375)
前頭戦歴
418勝411敗41休825出場(勝率.504)
在位58場所(在位率.532)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.466)
十両戦歴
97勝53敗15休150出場(勝率.647)
在位11場所(在位率.101)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
関取戦歴
590勝577敗63休1162出場(勝率.506)
在位82場所(在位率.752)
勝ち越し38場所(勝ち越し率.463)
幕下以下歴
113勝64敗5休175出場(勝率.638)
在位26場所(在位率.239)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.731)


栃煌山 雄一郎

栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)高知県安芸市出身、春日野部屋の元力士で、最高位は関脇

平成17年(2005)1月場所に17歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和2年(2020)3月場所を最後に引退(33歳0ヶ月)(※番付上は令和2年7月場所が最後)

通算成績は661勝598敗19休1255出場。生涯勝率.525。通算91場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.578)。

主な成績は幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個(白鵬1個、日馬富士1個、鶴竜1個、稀勢の里3個)。

昭和62年(1987)3月9日生まれ。本名は影山 雄一郎。

高知の安芸中学3年次に全国中学生選手権大会にて団体優勝、さらに個人優勝もあげ中学横綱のタイトルを獲得。明徳義塾高では世界ジュニア重量級などのタイトルも獲得した。少年時代から豪栄道とはライバル関係にあり初土俵も同じ。所要9場所で十両に昇進、14場所目には新入幕を果たしたスピード出世。令和2年7月場所を前に現役引退を発表(7月15日)、13代清見潟襲名となった。

年寄
13代・清見潟 雄一郎(春日野部屋)
四股名
栃煌山 雄一郎(とちおうざん ゆういちろう)
最高位
関脇
年寄名跡
13代清見潟 雄一郎
出身地
高知県安芸市
本名
影山 雄一郎
生年月日
昭和62年(1987)3月9日(39歳)
出身高校
明徳義塾高校
所属部屋
春日野部屋
改名歴
影山 雄一郎 → 栃煌山 雄一郎
初土俵
平成17年(2005)1月 前相撲(17歳10ヶ月)
新十両
平成18年(2006)9月(所要10場所)
19歳6ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新入幕
平成19年(2007)3月(所要13場所)
20歳0ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
新小結
平成21年(2009)5月(所要26場所)
22歳2ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
新関脇
平成22年(2010)9月(所要34場所)
23歳6ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
最終場所
令和2年(2020)3月(33歳0ヶ月)※番付上は令和2年7月場所
大相撲歴
91場所(15年2ヶ月)
通算成績
661勝598敗19休1255出場(勝率.525)
通算91場所
勝ち越し52場所(勝ち越し率.578)
優勝等
幕内同点1回,十両同点1回,三段目優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星6個
幕内戦歴
573勝563敗19休1132出場(勝率.504)
在位77場所(在位率.846)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.506)
三役戦歴
182勝186敗7休367出場(勝率.495)
在位25場所(在位率.275)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.440)
関脇戦歴
83勝75敗7休157出場(勝率.525)
在位11場所(在位率.121)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
小結戦歴
99勝111敗0休210出場(勝率.471)
在位14場所(在位率.154)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.357)
前頭戦歴
391勝377敗12休765出場(勝率.509)
在位52場所(在位率.571)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.538)
十両戦歴
38勝22敗0休60出場(勝率.633)
在位4場所(在位率.044)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
611勝585敗19休1192出場(勝率.511)
在位81場所(在位率.890)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.531)
幕下以下歴
50勝13敗0休63出場(勝率.794)
在位9場所(在位率.099)
勝ち越し9場所(勝ち越し率1.000)


高知県出身の最高位:小結

矢筈山 登

  • 四股名 :矢筈山 登(やはずやま のぼる)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:7代友綱
  • 出身地 :高知県高岡郡
  • 本 名 :西田 亀吉
  • 生年月日:明治21年(1888)12月27日
  • 没年月日:昭和38年(1963)4月7日(享年74歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 改名歴 :矢筈山⇒海山⇒矢筈山
  • 初土俵 :明治41年(1908)1月(19歳1ヵ月)
  • 新十両 :明治45年(1912)1月(23歳1ヵ月)
  • 新入幕 :大正7年(1918)5月(29歳5ヵ月)
  • 新三役 :大正11年(1922)1月(33歳1ヵ月)
  • 最終場所:大正15年(1926)1月(37歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:77勝88敗17休3分2預/170出場(22場所)
  • 生涯勝率:46.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:63勝82敗17休3分(16場所)勝率:43.4%
  •   小結:8勝11敗1分(2場所)勝率:42.1%
  •   前頭:55勝71敗17休2分(14場所)勝率:43.7%
  • 十両戦歴:14勝6敗2預(5場所)勝率:70.0%
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高知県出身の最高位:前頭

土州山 役太郎

  • 四股名 :土州山 役太郎(としゅうざん やくたろう)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:8代二子山
  • 出身地 :高知県香美郡
  • 本 名 :岡本 役太郎⇒永森 役太郎
  • 生年月日:明治21年(1888)10月5日
  • 没年月日:昭和35年(1960)3月26日(享年71歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 初土俵 :明治40年(1907)1月・(18歳3ヵ月)
  • 新十両 :明治41年(1908)5月(19歳7ヵ月)
  • 新入幕 :明治43年(1910)1月(21歳3ヵ月)
  • 最終場所:大正10年(1921)5月(32歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:83勝119敗39休1分11預/214出場(26場所)
  • 生涯勝率:41.1%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:77勝113敗39休1分10預(24場所)勝率:40.5%
  • 十両戦歴:6勝6敗1預(2場所)勝率:50.0%

土佐豊 祐哉

高知工業高校時代には高校横綱のタイトルを獲得。進学した東京農大時代にも4冠を達成、付出資格は取れなかったが大きな期待のなか時津風部屋へと入門した。

序二段、三段目、幕下と三場所連続優勝も達成、前相撲から所要6場所で十両へと昇進した。平成21年7月には新入幕を果たし前頭筆頭にまで番付を上げたが全治3か月の怪我を負ったまま強行出場を続けた結果、番付は急降下。結局、三段目にまで番付を下げることになった。

引退も頭をよぎったが奮起し手術とリハビリを行い復帰場所で三段目優勝、徐々に番付を上げて平成27年初場所で18場所ぶりとなる再入幕を果たした。

平成28年(2016)1月場所を最後に引退。安治川、佐ノ山、間垣と名跡を替えながら時津風部屋の部屋付親方として後進の指導に当たっていた。令和3年(2021)2月22日、先代時津風(元幕内・時津海)が不祥事により退職勧告処分を受け、これに伴い17代時津風を襲名することとなった。

  • 17代・時津風 祐哉
  • 四股名 :土佐豊 祐哉(とさゆたか ゆうや)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:7代安治川⇒21代佐ノ山⇒20代間垣⇒17代時津風
  • 出身地 :高知県土佐市
  • 本 名 :森下 祐哉
  • 生年月日:昭和60年(1985)3月10日(41歳)
  • 出身大学:東京農業大学
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :森下⇒土佐豊
  • 初土俵 :平成19年(2007)3月(22歳0ヵ月)
  • 新十両 :平成20年(2008)3月(23歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成21年(2009)7月(24歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成28年(2016)1月(30歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:294勝255敗71休/543出場(53場所)
  • 生涯勝率:53.6%
  • 優勝等 :幕下優勝2回,三段目優勝2回,序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:90勝111敗24休(15場所)勝率:44.8%
  • 十両戦歴:130勝116敗9休(17場所)勝率:52.8%

鏡川 正光

高知県吾川郡出身、友綱部屋の元力士で最高位は前頭2枚目。板垣退助に推薦されて同郷の元幕内・海山の友綱部屋に入門、四股名も板垣が付けてくれた。非常に稽古熱心な力士として知られており、雷部屋の名力士・玉椿が「お前ほど稽古したら、とても体がもたんだろう」と言い驚嘆したという。その激しい稽古のために前髪はいつも擦り切れていた。きびきびした土俵態度で、突っ張りと押しを中心の正攻法相撲だった。非常に真面目で温厚な人柄だったこともあり徳望があった。

  • 四股名 :鏡川 正光(かがみがわ まさみつ)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:7代鳴戸
  • 出身地 :高知県吾川郡仁淀川町峠ノ越
  • 本 名 :大野 定吉⇒大野 正光
  • 生年月日:明治12年(1879)11月1日
  • 没年月日:昭和16年(1941)4月20日(享年61歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 改名歴 :鏡川⇒八幡山⇒鏡川
  • 初土俵 :明治34年(1901)5月・(21歳6ヵ月)
  • 新十両 :明治40年(1907)1月(27歳2ヵ月)
  • 新入幕 :明治41年(1908)5月(28歳6ヵ月)
  • 最終場所:大正3年(1914)1月(34歳2ヵ月)
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:25勝51敗36休3分5預(12場所)勝率:32.9%
  • 十両戦歴:12勝7敗2分3預(3場所)勝率:63.2%

寳川 政治

  • 四股名 :寳川 政治(たからがわ まさはる)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 出身地 :高知県高岡郡
  • 本 名 :兵頭 亀松
  • 生年月日:明治32年(1899)2月8日
  • 没年月日:昭和48年(1973)12月2日(享年74歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 初土俵 :大正10年(1921)5月・幕下番付外(22歳3ヵ月)
  • 新十両 :大正14年(1925)1月(25歳11ヵ月)
  • 新入幕 :昭和2年(1927)5月(28歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和9年(1934)5月(35歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:167勝159敗5休1分/327出場(36場所)
  • 生涯勝率:51.2%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 幕内戦歴:102勝114敗4休(21場所)勝率:47.2%
  • 十両戦歴:40勝30敗1分(8場所)勝率:57.1%

土州山 好一郎

  • 四股名 :土州山 好一郎(としゅうざん こういちろう)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:11代大嶽
  • 出身地 :高知県香美郡
  • 本 名 :武内 好春
  • 生年月日:明治37年(1904)1月1日
  • 没年月日:昭和52年(1977)5月4日(享年73歳)
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :土佐ノ海⇒土佐ノ山⇒土州山
  • 初土俵 :大正11年(1922)5月(18歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和7年(1932)2月(28歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和8年(1933)1月(29歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和14年(1939)1月(35歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:89勝102敗/191出場(18場所)
  • 生涯勝率:46.6%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 幕内戦歴:65勝86敗(13場所)勝率:43.0%
  • 十両戦歴:24勝16敗(4場所)勝率:60.0%
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晴ノ海 弥太郎

  • 四股名 :晴ノ海 弥太郎(はれのうみ やたろう)
  • 最高位 :前頭12枚目
  • 出身地 :高知県土佐市
  • 本 名 :中西 弥太郎
  • 生年月日:明治31年(1898)12月6日
  • 没年月日:昭和45年(1970)12月23日(享年72歳)
  • 所属部屋:友綱部屋
  • 初土俵 :大正4年(1915)1月(16歳1ヵ月)
  • 新十両 :大正13年(1924)1月(25歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和3年(1928)5月(29歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和6年(1931)10月(32歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:159勝159敗6休4預/321出場(44場所)
  • 生涯勝率:50.0%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:9勝13敗(2場所)勝率:40.9%
  • 十両戦歴:99勝107敗3休(23場所)勝率:48.1%

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カテゴリー : 四国地方

公開日:2018-08-16
投稿者:レイ

2 thoughts on “高知県出身の力士一覧!過去から現在、高知の主な関取を網羅しました

  1. 上方話

    高知県出身力士に 東関丑蔵という人はいないでしょうか?
    「浪花の見物自慢三幅 明治十三年十一月十五日御届」という刷物に
    「猪名川門 土州出生 東関丑蔵」とあります。
    書体が古いので読み間違っているかも知れないのですが・・・

    返信
    1. レイ 投稿作成者

      上方話様、コメントをありがとうございます。

      勉強不足で「東関丑蔵」という力士については知りませんでしたが、少し調べてみました。

      まず「東関丑蔵」で検索してみるとこちらのページに名前が載っていました。
      森琴石「響泉堂」関連資料
      この中の(三)「大阪市中近傍案内 (おおさかしちゅう きんぼうあんない)」という欄に「相撲」の項目があり、
      そこに猫又三吉や眞鶴政吉、虎林虎吉などと一緒に「東関丑蔵」の名が載っています。

      これは明治21年に発行された書物のようで、おそらくですが大阪周辺の著名人が列挙されているものと思われます。

      私の手元にある『大相撲人物大辞典』によると眞鶴政吉や猫又三吉は大阪相撲で活躍した力士で、眞鶴は明治18年に、猫又は明治19年にそれぞれ大関に昇進しています。
      残念ながらこの辞典には東関丑蔵は載っていませんでしたが、おそらくは同時期に大阪相撲で活躍していた高知出身の力士だったのではないでしょうか。
      「猪名川」は大阪相撲の年寄り名跡ですので大阪相撲の力士ということは間違いなさそうです。
      因みにこの「猪名川」の名跡は東西合併で一時期廃家になっていましたが、その後、安治川に改名して現在にまで続いている名跡です。

      私が調べた限りではここまでしか分からず申し訳ありませんが、なにかの参考になりましたら幸いです。

      返信

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