境川部屋の歴代力士一覧|中立から境川までの全関取と優勝・三賞記録

境川(さかいがわ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する境川部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では境川部屋と、その前身である中立部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

現役の境川部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

5月場所千秋楽の取組結果はこちら。


5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

境川部屋の基本情報
一門
:出羽海一門
創設
:平成10年(1998年)5月25日 中立部屋として創設
創設者
:第12代・中立 秀昭 (元小結・両国 秀昭)
改称
:平成15年(2003年)1月27日 境川部屋へと改称
改称者
:第13代・境川 豪章 (元小結・両国 秀昭)
現師匠
:同上
所在地
:東京都足立区舎人4-3-16 📍地図
サイト
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境川部屋とは

境川部屋は、平成4(1992)年12月に現役を引退し、出羽海部屋の部屋付き親方を務めていた12代中立(元小結・両国:出羽海部屋)が、平成10(1998)年5月に内弟子2人を連れて独立して創設した中立部屋を前身とする相撲部屋です。

12代中立の師匠である12代境川(元横綱・佐田の海)が停年を迎える直前の平成15(2003)年1月に、お互いの名跡を交換して12代中立は13代境川を襲名、部屋の名を境川部屋と改めました。

境川部屋の系譜

境川部屋の成り立ちを系譜でご紹介します。

境川部屋の系譜

境川部屋の優勝力士

境川部屋 歴代幕内優勝力士一覧

境川部屋では豪栄道が平成28年(2016年)9月場所で幕内優勝を達成しています。いまから9年8ヶ月前のことです。

場所年月四股名番付成績年齢出身地最高位部屋備考
平成28年9月
(2016年)
H28.9
2016
豪栄道
[初]
東大関全勝15勝0敗30歳5ヶ月大阪府大関境川
86年ぶりの大阪府出身力士の優勝
全勝での初優勝は武蔵丸以来22年ぶり
境川部屋としても初の幕内優勝力士誕生

境川部屋 幕内優勝回数ランキング

境川部屋の幕内優勝回数ランキングです。豪栄道は大関として1回優勝しています。優勝した場所での本割の成績は15勝0敗で、勝率は.1000となっています。

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※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位豪栄道大関1回100015勝0敗.1000境川大阪府
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境川部屋の三賞受賞力士

境川部屋 歴代三賞受賞力士一覧

境川部屋と、その前身である中立部屋では、これまでに6人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて26回になります。

受賞の内訳は、技能賞が11回、殊勲賞が5回、敢闘賞が10回となっています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和7年5月
(2025年)
R7.5
(2025)
西前頭13西前頭13佐田の海敢闘賞 [3回目]10勝5敗38歳0ヶ月熊本県境川平成15年3月
(2003年)
昭和62年5月11日
(1987年)
令和6年7月
(2024年)
R6.7
(2024)
西小結西小結平戸海技能賞 [初]10勝5敗24歳3ヶ月長崎県境川平成28年3月
(2016年)
平成12年4月20日
(2000年)
令和4年5月
(2022年)
R4.5
(2022)
西前頭12西前頭12佐田の海敢闘賞 [2回目]11勝4敗35歳0ヶ月熊本県境川平成15年3月
(2003年)
昭和62年5月11日
(1987年)
令和3年9月
(2021年)
R3.9
(2021)
西前頭10西前頭10妙義龍技能賞 [6回目]11勝4敗34歳11ヶ月兵庫県境川平成21年5月
(2009年)
昭和61年10月22日
(1986年)
平成26年7月
(2014年)
H26.7
(2014)
東関脇東関脇豪栄道殊勲賞 [5回目]12勝3敗28歳3ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成26年5月
(2014年)
H26.5
(2014)
東前頭17東前頭17佐田の海敢闘賞 [初]10勝5敗27歳0ヶ月熊本県境川平成15年3月
(2003年)
昭和62年5月11日
(1987年)
平成26年5月
(2014年)
H26.5
(2014)
東関脇東関脇豪栄道殊勲賞 [4回目]8勝7敗28歳1ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成26年3月
(2014年)
H26.3
(2014)
東関脇東関脇豪栄道殊勲賞 [3回目]12勝3敗27歳11ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成25年9月
(2013年)
H25.9
(2013)
西関脇西関脇豪栄道殊勲賞 [2回目]11勝4敗27歳5ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成25年5月
(2013年)
H25.5
(2013)
東前頭筆頭東前頭筆頭妙義龍技能賞 [5回目]11勝4敗26歳7ヶ月兵庫県境川平成21年5月
(2009年)
昭和61年10月22日
(1986年)
平成24年11月
(2012年)
H24.11
(2012)
西関脇西関脇豪栄道技能賞 [3回目]11勝4敗26歳7ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成24年9月
(2012年)
H24.9
(2012)
東関脇東関脇妙義龍技能賞 [4回目]10勝5敗25歳11ヶ月兵庫県境川平成21年5月
(2009年)
昭和61年10月22日
(1986年)
平成24年7月
(2012年)
H24.7
(2012)
東小結東小結妙義龍技能賞 [3回目]8勝7敗25歳9ヶ月兵庫県境川平成21年5月
(2009年)
昭和61年10月22日
(1986年)
平成24年5月
(2012年)
H24.5
(2012)
東前頭2東前頭2妙義龍技能賞 [2回目]9勝6敗25歳6ヶ月兵庫県境川平成21年5月
(2009年)
昭和61年10月22日
(1986年)
平成24年5月
(2012年)
H24.5
(2012)
西関脇西関脇豪栄道殊勲賞 [初]8勝7敗26歳1ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成24年3月
(2012年)
H24.3
(2012)
西前頭6西前頭6豪栄道敢闘賞 [3回目]12勝3敗25歳11ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成24年1月
(2012年)
H24.1
(2012)
東前頭5東前頭5妙義龍技能賞 [初]9勝6敗25歳3ヶ月兵庫県境川平成21年5月
(2009年)
昭和61年10月22日
(1986年)
平成23年5月
(2011年)
H23.5
(2011)
東前頭筆頭東前頭筆頭豪栄道技能賞 [2回目]11勝4敗25歳1ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成22年1月
(2010年)
H22.1
(2010)
西前頭16西前頭16豊響敢闘賞 [3回目]12勝3敗25歳2ヶ月山口県境川平成17年1月
(2005年)
昭和59年11月16日
(1984年)
平成21年1月
(2009年)
H21.1
(2009)
西前頭3西前頭3豪栄道技能賞 [初]10勝5敗22歳9ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成20年9月
(2008年)
H20.9
(2008)
西前頭5西前頭5豪栄道敢闘賞 [2回目]10勝5敗22歳5ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成20年7月
(2008年)
H20.7
(2008)
東前頭13東前頭13豊響敢闘賞 [2回目]10勝5敗23歳8ヶ月山口県境川平成17年1月
(2005年)
昭和59年11月16日
(1984年)
平成19年9月
(2007年)
H19.9
(2007)
西前頭14西前頭14豪栄道敢闘賞 [初]11勝4敗21歳5ヶ月大阪府境川平成17年1月
(2005年)
昭和61年4月6日
(1986年)
平成19年7月
(2007年)
H19.7
(2007)
西前頭14西前頭14豊響敢闘賞 [初]11勝4敗22歳8ヶ月山口県境川平成17年1月
(2005年)
昭和59年11月16日
(1984年)
平成15年9月
(2003年)
H15.9
(2003)
東前頭5東前頭5岩木山技能賞 [初]11勝4敗27歳6ヶ月青森県境川平成12年7月
(2000年)
昭和51年3月2日
(1976年)
平成14年11月
(2002年)
H14.11
(2002)
西前頭11西前頭11岩木山敢闘賞 [初]10勝5敗26歳8ヶ月青森県中立平成12年7月
(2000年)
昭和51年3月2日
(1976年)

境川部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が豪栄道で11回(殊勲賞5回・技能賞3回・敢闘賞3回)、2位が妙義龍で6回(技能賞6回)、3位が佐田の海と豊響の2人で3回ずつとなっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 豪栄道 11回 3 5 3 大関 境川 大阪府
2位 妙義龍 6回 6 0 0 関脇 境川 兵庫県
3位 佐田の海 3回 0 0 3 前頭筆頭 境川 熊本県
3位 豊響 3回 0 0 3 前頭2 境川 山口県
5位 岩木山 2回 1 0 1 小結 境川 青森県
6位 平戸海 1回 1 0 0 小結 境川 長崎県

中立~境川部屋力士を検索

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境川部屋の最高位:十両

城ノ龍 康允

モンゴル・トゥブ市出身、境川部屋の元力士で最高位は十両筆頭。鳥取城北高校から師匠の人望に魅せられて入門。

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  • 四股名 :城ノ龍 康允(しろのりゅう やすまさ)
  • 最高位 :十両筆頭
  • 出身地 :モンゴル・トゥブ市
  • 本 名 :エレデンツォグト・オドゲレル⇒小林 光星
  • 生年月日:昭和58年(1983)9月7日
  • 出身高校:鳥取城北高校
  • 所属部屋:境川部屋
  • 改名歴 :城錦⇒城ノ龍
  • 初土俵 :平成15年(2003)1月(19歳4ヵ月)
  • 新十両 :平成22年(2010)9月(27歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成25年(2013)9月(30歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:261勝234敗18休/493出場(64場所)
  • 生涯勝率:52.7%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:51勝76敗8休(9場所)勝率:40.2%

西ノ龍 龍太朗

西ノ龍 龍太朗(にしのりゅう りゅうたろう)は大阪府 大阪市中央区出身、境川部屋の力士で最高位は十両4枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両9枚目。

父は出羽海部屋の元前頭12枚目・常の山(平成5年引退)。近畿大学附属中学校時代は陸上競技の砲丸投げに取り組んでいたが、相撲を志す思いが強く、中学2年の2学期に強豪の埼玉栄中学校へと転校した。そのまま埼玉栄高校へと進学して鍛錬を重ね、数々の大会で実績を残すと、高校卒業を待たずに平成30年(2018年)11月場所に境川部屋から本名の「下村」で初土俵を踏んだ。埼玉栄高校の出身者が多い環境に加え、父と師匠(13代境川・元小結両国)が出羽海部屋の兄弟弟子であり、父からの勧めもあったことが境川部屋入門の決め手となった。

父ゆかりの四股名と相撲の進化

序ノ口、序二段と順調に通過し、令和2年(2020年)3月場所より、父親が十両時代まで名乗っていた四股名を受け継ぎ「西乃龍」へと改名した。その後は左肩の不調により番付が伸び悩む時期もあったが、令和6年(2024年)5月場所より、父の考案により同郷(種子島)の第25代横綱・2代西ノ海にあやかり、表記を「西ノ龍」へと改める。同場所後には左肩鎖関節亜脱臼の手術に踏み切り、これを機に元来の持ち味である突き押し相撲だけでなく、左四つの型も磨いて相撲の幅を広げていった。

新十両昇進と史上14組目の親子関取

幕下の土俵で着実に地力を養っていった西ノ龍は、令和7年(2025年)に入ると幕下上位での戦いが続く。同年7月場所において東幕下5枚目で5勝2敗と勝ち越すと、場所後の番付編成会議を経て同年9月場所での新十両昇進が決定した。これにより、大相撲史上14組目となる「親子関取」の快挙を達成している。

新十両として迎えた9月場所を8勝7敗で勝ち越すと、以降もコンスタントに白星を重ねて十両の土俵に定着している。偉大な父の背中を追いかけ、突き押しと左四つを交えた自らの相撲にさらに磨きをかけながら、大相撲の土俵で奮闘を続けている。

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💡 大阪府出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
西ノ龍 龍太朗(にしのりゅう りゅうたろう)
最高位
十両4枚目
最新番付
東 十両9枚目
出身地
大阪府 大阪市中央区
本名
下村 龍太朗
生年月日
平成12年(2000)8月20日(25歳)
身長・体重
182cm・141kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
境川部屋
改名歴
下村⇒西乃龍 → 西ノ龍
初土俵
平成30年(2018)11月(18歳3ヵ月)
新十両
令和7年(2025)9月(25歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
190勝158敗0休/348出場(勝率:54.6%)
直近7場所
38勝37敗(幕下以下:9勝5敗)
7場所勝率
52.8%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
西ノ龍が勝ちの決まり手(40勝)※不戦勝1含む
押し出し10
上手投げ8
寄り切り6
突き落とし4
肩透かし3
掬い投げ2
その他6
西ノ龍が負けの決まり手(34敗)
寄り切り11
押し出し7
叩き込み5
寄り倒し4
送り出し2
浴せ倒し1
その他4
令8年5月
東 十両9枚目(5枚降下)
7勝8敗
○○●○○|●○●●○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両4枚目(2枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○●○●|●○●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両6枚目(3枚上昇・最高位更新)
9勝6敗
○○●○●|●○●○○|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両9枚目(5枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
○●○○●|●●○●●|○□○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両14枚目(4枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
○○●○●|○●●○○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下5枚目(3枚上昇)
5勝2敗
-●-○○|-○-●○|---○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下8枚目
4勝3敗
-○-○-|○-○●-|-●-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

對馬洋 勝満

對馬洋 勝満(つしまなだ まさみつ)は長崎県 諫早市出身、境川部屋の力士で最高位は十両9枚目。令和8年5月場所の番付は東 幕下34枚目。

諫早市立湯江小学校の頃から地元の両国少年相撲クラブに通い始めた。中学時代はバスケットボール部だったが引退後に出場した全国中学校相撲選手権大会で勝ち進んだことで諫早農業高校相撲より勧誘があり、同校へと進学して相撲を本格的に再開することとなった。

進学した日本大学では1年次に東日本学生相撲個人体重別選手権大会100㎏未満級優勝、2年次には東日本学生相撲競技会優勝、3年次には東日本学生相撲個人体重別選手権大会115㎏未満級優勝と順調に実績を積み上げていたが、4年次に出場した全日本大学選抜相撲宇和島大会で左膝半月板損傷と左膝前十字靭帯損傷という大怪我を負い、大学最後の年は満足な成績を残すことは出来なかった。

大学卒業後は同郷長崎出身で大学の先輩にもあたる境川親方(元小結・両国)の境川部屋へと入門。平成29年3月場所からは同じ長崎出身の大正時代の大関「對馬洋」の四股名を名乗ることに。直接の血縁関係はないが自身の父親は対馬出身。

💡 長崎県出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
對馬洋 勝満(つしまなだ まさみつ)
最高位
十両9枚目
最新番付
東 幕下34枚目
出身地
長崎県 諫早市
本名
梅野 勝満
生年月日
平成5年(1993)6月27日(32歳)
身長・体重
185.3cm・140.2kg
出身高校
諫早農業高校
出身大学
日本大学
所属部屋
境川部屋
改名歴
梅野 → 對馬洋
初土俵
平成28年(2016)5月(22歳11ヵ月)
新十両
令和4年(2022)11月(29歳5ヵ月)
優勝
無し
通算成績
243勝206敗23休/448出場(勝率:54.2%)
直近7場所
26勝23敗
7場所勝率
53.1%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
對馬洋が勝ちの決まり手(20勝)
叩き込み6
寄り切り4
上手投げ4
突き落とし3
送り出し1
寄り倒し1
その他1
對馬洋が負けの決まり手(22敗)
寄り切り4
押し出し4
叩き込み3
突き落とし3
送り出し1
つき手1
その他6
令8年5月
東 幕下34枚目(10枚半上昇)
6勝1敗(幕下同点)
-●-○-|○-○○-|-○○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 幕下44枚目(17枚半降下)
4勝3敗
○--●●|--○●-|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 幕下27枚目(8枚上昇)
2勝5敗
●-○-●|-○--●|-●●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 幕下35枚目(9枚上昇)
4勝3敗
●-○--|●-○●-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下44枚目(9枚半降下)
4勝3敗
-○-○○|-●-●-|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下34枚目(8枚降下)
3勝4敗
-●○-●|--●-○|-○-●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 幕下26枚目
3勝4敗
●-○-●|--○-●|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

境川部屋の最高位:幕下

諫誠 章道

長崎県諫早市出身、境川部屋の元力士で最高位は幕下3枚目。小学生の頃から相撲と空手を習い、わんぱく相撲へも出場したが本当は相撲もスポーツも嫌いだった。しかし、サポートしてくれていた母親のことを想うと「辞めたい」とはとても言えなかった。母子家庭で育てあげてくれた母親孝行のため、高校相撲部の大先輩でもある境川親方のもとへ入門。左膝の負傷による休場で、一時は番付を序ノ口にまで落としたが平成27初場所と3月場所で序ノ口、序二段全勝優勝を遂げ復活をアピールした。

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  • 四股名 :諫誠 章道(かんせい あきみち)
  • 最高位 :幕下3枚目
  • 出身地 :長崎県諫早市
  • 本 名 :三木 章道
  • 生年月日:平成元年(1989)8月25日
  • 所属部屋:境川部屋
  • 改名歴 :三木⇒諫乃國⇒諫誠
  • 初土俵 :平成20年(2008)3月(18歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成31年(2019)1月(29歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:233勝169敗46休/401出場(65場所)
  • 生涯勝率:58.0%
  • 優勝等 :序二段優勝1回,序ノ口優勝1回

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中立~境川部屋の歴代師匠

第12代・中立 秀昭~第13代・境川 豪章 (元小結・両国)

在任期間(平成10年(1998年)5月25日~  )

両国 梶之助 (りょうごく かじのすけ)長崎県長崎市出身、出羽海部屋の元力士で、最高位は小結

昭和60年(1985)3月場所に22歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成4年(1992)11月場所を最後に引退(30歳3ヶ月)※番付上は平成5年(1993)1月場所

通算成績は316勝313敗20休626出場。生涯勝率.505。通算47場所中、25場所を勝ち越した(勝ち越し率.532)。

主な成績は十両優勝1回(同点2)殊勲賞1回、敢闘賞1回、金星3個(千代の富士3個)

昭和37年(1962)7月30日生まれ。本名は小林 秀昭。

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日本大学相撲部で活躍し、幕下付出で角界入りした両国は、大横綱・千代の富士から3つの金星を奪うなど、持ち前の闘志あふれる相撲で幕内上位で活躍した力士である。引退後は自ら部屋を創設し、男気あふれる熱血親方として数多くの名力士を育て上げている。

アマチュア時代のライバルと角界への挑戦

長崎県長崎市で生まれ育ち、日本大学へ進学して相撲部で活躍する。同級生であり明治大学相撲部で活躍していた綛田(かせだ)(のちの関脇・栃乃和歌(11代春日野))とは、アマチュア時代から互いに鎬を削る良きライバル関係にあった。

大学時代の実績から幕下付出の資格を得て、出羽海部屋へ入門。昭和60年(1985年)3月場所において、本名を交えた「小林山」の四股名で、ライバルである綛田と共に幕下60枚目格付出として初土俵を踏んだ。

伝統の四股名襲名と新三役への飛躍

初めて大相撲の土俵に上がった場所は2勝5敗と負け越し、翌場所は三段目へ番付を落としたものの、そこから地力を発揮して一気に番付を駆け上がる。昭和61年(1986年)3月場所で新十両へ昇進。同年7月場所での再十両以降は関取の座に定着し、昭和62年(1987年)3月場所において新入幕を果たした。

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この新入幕を機に、出羽海部屋に代々伝わる伝統の四股名である「両国」を襲名した。幕内の土俵でも持ち味を遺憾なく発揮し、同年7月場所では新小結へと昇進して三役の座を掴み取る。大関候補として期待を集めたが関脇にはあと一歩届かず、その後は幕内中位から上位の土俵で激闘を演じることとなる。

大横綱との激闘と3つの金星

幕内上位の土俵では、絶対的な強さを誇っていた第58代横綱・千代の富士に対して無類の強さを発揮した。平成元年(1989年)9月場所より四股名を「両国 梶之助」へと改めると、続く11月場所では東前頭3枚目で10勝5敗の好成績を挙げ、千代の富士から自身初となる金星を獲得し、殊勲賞を受賞する。

さらに、翌平成2年(1990年)3月場所では11勝4敗で敢闘賞と金星を獲得し、同年7月場所においても金星を奪ってみせた。自身が獲得した通算3個の金星はすべて大横綱・千代の富士から挙げたものであり、「千代の富士キラー」として館内を大いに沸かせた。

怪我との闘いと現役引退

その後も再度の三役昇進を目指して奮闘したが、平成4年(1992年)7月場所で左大腿部を挫傷する重傷を負って途中休場を余儀なくされる。さらに、大学時代から抱えていた腰の怪我も悪化したことで本来の相撲が取れなくなり、同年9月場所では2勝13敗と大きく負け越して十両へと陥落してしまう。

続く11月場所は西十両7枚目で迎えたが、初日から1勝5敗としたのち休場し、翌場所の幕下陥落が確定的となった。このため、場所後の12月に現役引退を発表した。

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男気あふれる熱血親方として

引退後は年寄「中立」を襲名して出羽海部屋で後進の指導にあたったのち、平成10年(1998年)に独立して中立部屋を創設する。平成15年(2003年)には自身の名跡変更に伴い、部屋の名称を「境川部屋」へと改称した。

指導者としては、人情に厚い「熱血親方」として広く知られている。入門を志願した門元少年(のちの幕内・豊響)が母親にぞんざいな口を利いた際には激怒して入門を破談にしたが、2年後に非礼を詫びて再志願してきた際には「命を懸けて来い」と快く迎え入れた。また、「先人を敬う気持ち」を大切にし、部屋の旅行で訪れたサイパンで慰霊碑の落書きを見た際には、急遽予定を変更して弟子たちと共に汗だくになって清掃にあたったというエピソードも残る。

師匠としての矜持も強く、弟子に現役時代の番付を抜かれても「偉そうなことが言えなくなるからな」と奢られることは一切なかった。平成26年(2014年)7月、愛弟子である豪栄道の大関昇進を伝える使者を迎えた日は奇しくも自身の52歳の誕生日であったが、周囲が用意したケーキを「今日は豪太郎の日や」と固辞し、弟子の出世を祝うことを優先したという。厳しくも温かいその信念のもと、数多くの関取を育て上げ、現在も大相撲の発展に多大な貢献を果たしている。

四股名
両国 梶之助 (りょうごく かじのすけ)
最高位
小結
年寄名跡
12代中立 秀昭(出羽海) → 12代中立 秀昭12代中立 嗣人13代境川 豪章
出身地
長崎県長崎市
本名
小林 秀昭
生年月日
昭和37年(1962)7月30日(63歳)
出身高校
諫早農業高校
出身大学
日本大学
所属部屋
出羽海部屋
改名歴
小林山 秀昭 → 両国 秀昭 → 両国 梶之助
初土俵
昭和60年(1985)3月 幕下60枚目付出(22歳7ヶ月)
新十両
昭和61年(1986)3月(所要6場所)
23歳7ヶ月(初土俵から1年0ヶ月)
新入幕
昭和62年(1987)3月(所要12場所)
24歳7ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
昭和62年(1987)7月(所要14場所)
24歳11ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
最終場所
平成4年(1992)11月場所(30歳3ヶ月)※番付上は平成5年(1993)1月場所
大相撲歴
47場所(7年8ヶ月)
通算成績
316勝313敗20休626出場(勝率.505)
通算47場所
勝ち越し25場所(勝ち越し率.532)(勝ち越し星93)
優勝等
十両優勝1回(同点2)
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星3個(千代の富士3個)
持給金
79円50銭(勝ち越し星93個 金星3個)
幕内戦歴
217勝252敗11休467出場(勝率.465)
在位32場所(在位率.681)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.406)
三役戦歴
21勝39敗0休60出場(勝率.350)
在位4場所(在位率.085)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
21勝39敗0休60出場(勝率.350)
在位4場所(在位率.085)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
196勝213敗11休407出場(勝率.482)
在位28場所(在位率.596)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.464)
十両戦歴
64勝47敗9休110出場(勝率.582)
在位8場所(在位率.170)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)
関取戦歴
281勝299敗20休577出場(勝率.487)
在位40場所(在位率.851)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.475)
幕下以下歴
35勝14敗0休49出場(勝率.714)
在位7場所(在位率.149)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.857)

両国 梶之助の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(109回 / 38.5%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(125回 / 41.5%)
  • ✅ 得意な相手:薩洲洋(10勝2敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:大乃国(0勝12敗 / 勝率.000)

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カテゴリー : 出羽海一門

公開日:2018-08-16
投稿者:レイ

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