鹿児島県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

鹿児島出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する鹿児島県の大相撲力士まとめ!この記事では鹿児島出身の関取を中心に、鹿児島の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

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5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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鹿児島出身の優勝力士

鹿児島県出身 歴代幕内優勝力士一覧

鹿児島県出身では、これまでに5人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて10回になります。

最多優勝は朝潮(朝汐)で5回の幕内優勝を達成しています。

鹿児島県出身初の優勝力士は西ノ海で、いまから110年4ヶ月前の大正5年(1916年)1月場所のことでした。

また、直近の鹿児島県出身優勝力士は霧島で、いまから35年4ヶ月前の平成3年(1991年)1月場所です。

場所年月四股名番付成績年齢部屋出身地最高位備考
平成3年1月
(1991年)
H3.1
1991
霧島
[初]
東大関14勝1敗31歳9ヶ月井筒鹿児島県大関
初土俵から96場所目での幕内初優勝は当時歴代1位のスロー記録
昭和59年7月
(1984年)
S59.7
1984
若嶋津
[2回目]
東大関(張出)全勝15勝0敗27歳6ヶ月二子山鹿児島県大関
昭和59年3月
(1984年)
S59.3
1984
若嶋津
[初]
東大関14勝1敗27歳2ヶ月二子山鹿児島県大関
西ノ海(3代)以来、約59年ぶりの鹿児島出身力士の幕内優勝
昭和36年3月
(1961年)
S36.3
1961
朝潮
[5回目]
西横綱13勝2敗31歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
「大阪太郎」の大阪場所4度目の優勝
昭和33年11月
(1958年)
S33.11
1958
朝汐
[4回目]
西大関14勝1敗29歳0ヶ月高砂鹿児島県横綱
昭和33年3月
(1958年)
S33.3
1958
朝汐
[3回目]
東大関13勝2敗28歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
昭和32年3月
(1957年)
S32.3
1957
朝汐
[2回目]
西関脇13勝2敗27歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
1956
朝汐
[初]
東関脇12勝3敗26歳4ヶ月高砂鹿児島県横綱
のちに朝潮に改名
大正14年5月
(1925年)
T14.5
1925
西ノ海
[初]
東横綱9勝2敗34歳6ヶ月井筒鹿児島県横綱
大正5年1月
(1916年)
T5.1
1916
西ノ海
[初]
東大関8勝1分1休35歳11ヶ月井筒鹿児島県横綱
鹿児島出身力士初の幕内優勝。
平成24年(2012年)5月場所で旭天鵬が史上最高齢で優勝するまで、2代西ノ海が史上最高齢優勝だった。

鹿児島県出身 幕内優勝回数ランキング

鹿児島県出身力士の幕内優勝回数ランキングです。1位が朝潮で5回、2位が若嶋津で2回、3位が霧島、西ノ海、そして西ノ海の3人で1回ずつとなっています。

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※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位朝潮横綱5回1220065勝10敗.867高砂鹿児島県
2位若嶋津大関2回200029勝1敗.967二子山鹿児島県
3位霧島大関1回100014勝1敗.933井筒鹿児島県
3位西ノ海横綱1回100009勝2敗.818井筒鹿児島県
3位西ノ海横綱1回010008勝0敗.800井筒鹿児島県

鹿児島出身の三賞受賞力士

鹿児島県出身 歴代三賞受賞力士一覧

鹿児島県出身では、これまでに10人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて55回になります。

受賞の内訳は、技能賞が23回、殊勲賞が20回、敢闘賞が12回となっています。

また、ダブル受賞は鶴ヶ嶺、若島津(若嶋津)、そして霧島が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
令和5年5月
(2023年)
R5.5
(2023)
東前頭6東前頭6明生殊勲賞 [初]8勝7敗27歳10ヶ月立浪鹿児島県平成23年5月
(2011年)
平成7年7月24日
(1995年)
令和3年3月
(2021年)
R3.3
(2021)
東前頭3東前頭3明生敢闘賞 [初]10勝5敗25歳8ヶ月立浪鹿児島県平成23年5月
(2011年)
平成7年7月24日
(1995年)
平成7年3月
(1995年)
H7.3
(1995)
東前頭6東前頭6寺尾殊勲賞 [3回目]8勝7敗32歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成6年5月
(1994年)
H6.5
(1994)
西小結西小結寺尾殊勲賞 [2回目]8勝7敗31歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成6年3月
(1994年)
H6.3
(1994)
西前頭2西前頭2寺尾敢闘賞 [3回目]9勝6敗31歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成5年3月
(1993年)
H5.3
(1993)
東前頭2東前頭2旭道山殊勲賞 [2回目]9勝6敗28歳5ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成4年9月
(1992年)
H4.9
(1992)
東小結張出東小結張出旭道山敢闘賞 [2回目]8勝7敗27歳11ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成4年7月
(1992年)
H4.7
(1992)
東前頭2東前頭2旭道山殊勲賞 [初]9勝6敗27歳9ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成2年3月
(1990年)
H2.3
(1990)
東関脇東関脇霧島
ダブル
殊勲賞 [3回目]13勝2敗30歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
技能賞 [4回目]
平成2年1月
(1990年)
H2.1
(1990)
東小結東小結霧島殊勲賞 [2回目]11勝4敗30歳9ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
平成元年11月
(1989年)
H1.11
(1989)
西小結西小結霧島技能賞 [3回目]10勝5敗30歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
平成元年9月
(1989年)
H1.9
(1989)
西関脇西関脇寺尾敢闘賞 [2回目]8勝7敗26歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成元年7月
(1989年)
H1.7
(1989)
西前頭3西前頭3寺尾技能賞 [初]10勝5敗26歳5ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
平成元年5月
(1989年)
H1.5
(1989)
西前頭筆頭西前頭筆頭霧島殊勲賞 [初]8勝7敗30歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
平成元年1月
(1989年)
H1.1
(1989)
東前頭12東前頭12旭道山敢闘賞 [初]9勝6敗24歳3ヶ月大島鹿児島県昭和55年5月
(1980年)
昭和39年10月14日
(1964年)
平成元年1月
(1989年)
H1.1
(1989)
東関脇東関脇逆鉾技能賞 [4回目]9勝6敗27歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
平成元年1月
(1989年)
H1.1
(1989)
西前頭筆頭西前頭筆頭寺尾殊勲賞 [初]8勝7敗25歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
昭和63年11月
(1988年)
S63.11
(1988)
西前頭6西前頭6霧島技能賞 [2回目]10勝5敗29歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
昭和63年7月
(1988年)
S63.7
(1988)
東関脇東関脇逆鉾殊勲賞 [5回目]8勝7敗27歳0ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和63年1月
(1988年)
S63.1
(1988)
東関脇東関脇逆鉾殊勲賞 [4回目]9勝6敗26歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和62年11月
(1987年)
S62.11
(1987)
西関脇西関脇逆鉾殊勲賞 [3回目]8勝7敗26歳5ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和62年9月
(1987年)
S62.9
(1987)
西前頭4西前頭4逆鉾殊勲賞 [2回目]8勝7敗26歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和61年11月
(1986年)
S61.11
(1986)
東前頭7東前頭7霧島技能賞 [初]12勝3敗27歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
昭和61年9月
(1986年)
S61.9
(1986)
西小結西小結逆鉾技能賞 [3回目]8勝7敗25歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和61年9月
(1986年)
S61.9
(1986)
東前頭8東前頭8寺尾敢闘賞 [初]9勝6敗23歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和54年7月
(1979年)
昭和38年2月2日
(1963年)
昭和59年7月
(1984年)
S59.7
(1984)
西関脇西関脇逆鉾技能賞 [2回目]8勝7敗23歳0ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和59年7月
(1984年)
S59.7
(1984)
西前頭12西前頭12霧島敢闘賞 [初]8勝7敗25歳3ヶ月井筒鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和34年4月3日
(1959年)
昭和59年5月
(1984年)
S59.5
(1984)
東前頭3東前頭3逆鉾殊勲賞 [初]8勝7敗22歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和59年3月
(1984年)
S59.3
(1984)
西前頭10西前頭10逆鉾技能賞 [初]9勝6敗22歳9ヶ月井筒鹿児島県昭和53年1月
(1978年)
昭和36年6月18日
(1961年)
昭和57年11月
(1982年)
S57.11
(1982)
東関脇東関脇若島津技能賞 [3回目]12勝3敗25歳10ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
昭和57年9月
(1982年)
S57.9
(1982)
東関脇東関脇若島津
ダブル
敢闘賞 [2回目]12勝3敗25歳8ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
技能賞 [2回目]
昭和57年1月
(1982年)
S57.1
(1982)
西前頭2西前頭2若島津技能賞 [初]12勝3敗25歳0ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
昭和56年1月
(1981年)
S56.1
(1981)
東前頭12東前頭12若島津敢闘賞 [初]10勝5敗24歳0ヶ月二子山鹿児島県昭和50年3月
(1975年)
昭和32年1月12日
(1957年)
昭和45年3月
(1970年)
S45.3
(1970)
東前頭4東前頭4錦洋技能賞 [初]9勝6敗20歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和40年3月
(1965年)
昭和25年1月3日
(1950年)
昭和41年11月
(1966年)
S41.11
(1966)
西前頭10西前頭10鶴ヶ嶺敢闘賞 [2回目]11勝4敗37歳7ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和41年7月
(1966年)
S41.7
(1966)
東前頭11東前頭11鶴ヶ嶺
ダブル
敢闘賞 [初]11勝4敗37歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
技能賞 [10回目]
昭和40年11月
(1965年)
S40.11
(1965)
西前頭7西前頭7鶴ヶ嶺技能賞 [9回目]11勝4敗36歳6ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和39年3月
(1964年)
S39.3
(1964)
西前頭9西前頭9鶴ヶ嶺技能賞 [8回目]11勝4敗34歳10ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和38年5月
(1963年)
S38.5
(1963)
西前頭14西前頭14逆鉾敢闘賞 [初]11勝4敗20歳11ヶ月井筒鹿児島県昭和33年7月
(1958年)
昭和17年6月7日
(1942年)
昭和38年5月
(1963年)
S38.5
(1963)
西前頭筆頭西前頭筆頭鶴ヶ嶺技能賞 [7回目]9勝6敗34歳1ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和38年3月
(1963年)
S38.3
(1963)
西前頭6西前頭6鶴ヶ嶺技能賞 [6回目]10勝5敗33歳10ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和37年7月
(1962年)
S37.7
(1962)
西前頭7西前頭7鶴ヶ嶺技能賞 [5回目]11勝4敗33歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和36年1月
(1961年)
S36.1
(1961)
東前頭3東前頭3鶴ヶ嶺技能賞 [4回目]10勝5敗31歳8ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和34年9月
(1959年)
S34.9
(1959)
東前頭筆頭東前頭筆頭鶴ヶ嶺殊勲賞 [2回目]9勝6敗30歳5ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和34年7月
(1959年)
S34.7
(1959)
西前頭3西前頭3鶴ヶ嶺技能賞 [3回目]9勝6敗30歳2ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和33年5月
(1958年)
S33.5
(1958)
西前頭5西前頭5鶴ヶ嶺殊勲賞 [初]9勝6敗29歳0ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
(1956)
東小結張出東小結張出鶴ヶ嶺技能賞 [2回目]9勝6敗26歳10ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
(1956)
東関脇東関脇朝汐殊勲賞 [4回目]12勝3敗
優勝
26歳4ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)
昭和31年1月
(1956年)
S31.1
(1956)
東前頭10東前頭10鶴ヶ嶺技能賞 [初]14勝1敗26歳8ヶ月井筒鹿児島県昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和30年1月
(1955年)
S30.1
(1955)
東前頭筆頭東前頭筆頭朝潮殊勲賞 [3回目]8勝7敗25歳2ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)
昭和28年1月
(1953年)
S28.1
(1953)
東関脇東関脇朝潮殊勲賞 [2回目]11勝4敗23歳2ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)
昭和27年9月
(1952年)
S27.9
(1952)
西前頭2西前頭2朝潮殊勲賞 [初]10勝5敗22歳10ヶ月高砂鹿児島県昭和23年10月
(1948年)
昭和4年11月13日
(1929年)

鹿児島県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が鶴ヶ嶺で14回(殊勲賞2回・技能賞10回・敢闘賞2回)、2位が逆鉾で9回(殊勲賞5回・技能賞4回)、3位が霧島で8回(殊勲賞3回・技能賞4回・敢闘賞1回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

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順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 鶴ヶ嶺 14回 10 2 2 関脇 井筒 鹿児島県
2位 逆鉾 9回 4 5 0 関脇 井筒 鹿児島県
3位 霧島 8回 4 3 1 大関 井筒 鹿児島県
4位 寺尾 7回 1 3 3 関脇 井筒 鹿児島県
5位 若島津
(若嶋津)
5回 3 0 2 大関 二子山 鹿児島県
6位 朝汐
(朝潮)
4回 0 4 0 横綱 高砂 鹿児島県
6位 旭道山 4回 0 2 2 小結 大島 鹿児島県
8位 明生 2回 0 1 1 関脇 立浪 鹿児島県
9位 錦洋 1回 1 0 0 前頭筆頭 井筒 鹿児島県
9位 逆鉾 1回 0 0 1 前頭6 井筒 鹿児島県
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鹿児島県出身の最高位:十両

慶天海 孔晴

慶天海 孔晴(けいてんかい こうせい)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、阿武松部屋の力士で最高位は十両11枚目。令和6年3月場所の番付は西 三段目43枚目。

奄美大島の古仁屋相撲クラブ出身で高校は「名門」埼玉栄高校に相撲留学。四股名は亡くなった高校の恩師が遺してくれたもの。平成24年9場所に新十両昇進も2日目に膝を負傷し休場、右膝前十字靭帯断裂でその後5場所連続休場となった。序ノ口での復帰場所で全勝優勝、続く序二段でも全勝優勝を果たす

四股名
慶天海 孔晴(けいてんかい こうせい)
最高位
十両11枚目
最新番付
西 三段目43枚目
出身地
鹿児島県 大島郡瀬戸内町
本名
慶 孔晴
生年月日
平成2年(1990)3月10日(36歳)
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
阿武松部屋
改名歴
慶⇒慶天海
初土俵
平成20年(2008)1月(17歳10ヵ月)
新十両
平成24年(2012)9月(22歳6ヵ月)
優勝
序二段優勝2回,序ノ口優勝1回
通算成績
340勝255敗78休/587出場(勝率:57.9%)
直近7場所
24勝25敗
7場所勝率
57.1%
令6年3月
西 三段目43枚目(12枚降下)
4勝3敗
     |     |     
令6年1月
西 三段目31枚目(16枚半上昇)
3勝4敗
-●-●○|--○-○|-●-●-
令5年11月
東 三段目48枚目(11枚降下)
4勝3敗
●--○-|○○--○|●---●
令5年9月
東 三段目37枚目(16枚半降下)
3勝4敗
●--○●|-●-○-|●---○
令5年7月
西 三段目20枚目(18枚半降下)
3勝4敗
○-●--|●○-●-|-○●--
令5年5月
東 三段目2枚目(11枚上昇)
3勝4敗
-●-○●|-○--○|-●●--
令5年3月
東 三段目13枚目
4勝3敗
-○○-●|-●-○-|-○●--

藤天晴 真逢輝

藤天晴 真逢輝(ふじてんせい まある)は鹿児島県 奄美市出身、藤島部屋の力士で最高位は十両13枚目。令和8年5月場所の番付は西 幕下筆頭。

身長172センチと小柄ながら、持ち前の勝負度胸と力強い押し相撲で土俵を沸かせる藤天晴。高校卒業と同時に「幕下最下位格付出」の資格で角界へ飛び込み、わずか1年で関取の座を掴み取った奄美大島出身の若武者である。

多彩なスポーツ経験と、二つの「付出資格」獲得

相撲との出会いは3歳の頃、地元・奄美大島の「豊年祭」に遡る。5歳で初めて勝つ喜びを知ってから「住用相撲クラブ」で本格的に稽古を始めた。幼少期から中学時代にかけては相撲だけでなく、空手、ラグビー、ソフトテニスなど多彩な競技を経験し、総合的な身体能力と勝負勘を養った。

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相撲の名門・鹿児島県の樟南高校へ進学するとその才能が大きく花開く。高校3年次には国民スポーツ大会の相撲競技個人戦で優勝を果たし「三段目最下位格付出」の資格を獲得。さらに同年の全日本相撲選手権大会でもベスト8に進出する大躍進を見せ、高校生ながら「幕下最下位格付出」の資格までも手にした。

師匠の誘いと「同期の躍進」

高校2年次の全国大会入賞を機に大相撲を本格的に意識し始めた頃、以前から熱心に誘いを受けていた元大関・武双山が師匠を務める藤島部屋への入門を決意する。令和7年(2025年)3月場所、本名である福崎の四股名で、幕下最下位格付出として初土俵を踏んだ。

幕下の土俵では順調に勝ち越しを続けていたが、令和7年(2025年)9月場所に西幕下6枚目で自身初の負け越しを経験する。その一方で、同期入門の藤凌駕が先に十両へ昇進を果たした。この出来事はうれしい半面、強い悔しさとなって刺激になり、闘志に再び火をつけた。

歴史的な新十両昇進、そして「あっぱれ」な四股名

自己最高位の西幕下3枚目で迎えた令和8年(2026年)1月場所は、序盤で黒星が先行する苦しい展開となった。一時は諦めかけたというが、気持ちを切り替えて思い切りぶつかる自身の相撲に集中した結果、見事に5勝2敗で勝ち越す。この成績により翌3月場所での新十両昇進を決定づけた。

「高卒からの幕下付出」での関取誕生は史上初となる快挙。また、母校である樟南高校からの関取誕生は、昭和55年(1980年)3月場所の若島津(のちの大関・若嶋津)以来、実に46年ぶりという歴史的な出来事として故郷を大いに沸かせた。

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初土俵から1年で新十両昇進を果たした令和8年(2026年)3月場所、四股名を「藤天晴」へと改名する。これは師匠が入門前から温めていた四股名であり、「晴れ渡る空のように大きくなってもらいたい」という願いとともに、「天晴」を「あっぱれ」と読むことから、いい相撲を取って「ファンから『あっぱれ』と言われるような力士になってほしい」という期待が込められている。

師匠から「あまり緊張するタイプではなく、緊張感を力に変えられる」と評される物おじしない性格を武器に、目標とする師匠や同郷の先輩・明生のような真っ向勝負の相撲で、さらなる高みを目指していく。

💡 鹿児島県出身一覧💡 藤島部屋の力士

四股名
藤天晴 真逢輝(ふじてんせい まある)
最高位
十両13枚目
最新番付
西 幕下筆頭
出身地
鹿児島県 奄美市
本名
福崎 真逢輝
生年月日
平成19年(2007)1月9日(19歳)
身長・体重
172cm・139kg
出身高校
樟南高校
所属部屋
藤島部屋
改名歴
福崎 → 藤天晴
初土俵
令和7年(2025)3月・幕下60付出(18歳2ヵ月)
新十両
令和8年(2026)3月(19歳2ヵ月)
優勝
無し
通算成績
37勝27敗0休/64出場(勝率:57.8%)
直近7場所
27勝15敗(十両:5勝10敗)
7場所勝率
56.1%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
藤天晴が勝ちの決まり手(29勝)
寄り切り10
押し出し5
叩き込み3
引き落とし3
上手出し投げ2
突き落とし2
その他4
藤天晴が負けの決まり手(21敗)
叩き込み3
寄り切り3
押し出し3
突き落とし3
押し倒し3
送り出し2
その他4
令8年5月
西 幕下筆頭(2枚降下)
3勝4敗
●-○○-|-●-●-|○--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両13枚目(4枚上昇・最高位更新)
5勝10敗
○○○○●|●●●●●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下3枚目(11枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
○-●-●|-○-○-|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 幕下14枚目(8枚降下)
6勝1敗
○--○○|--●-○|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下6枚目(9枚上昇・最高位更新)
2勝5敗
●--●-|●-○-●|-○●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下15枚目(24枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
○-●-○|--●○-|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 幕下39枚目
6勝1敗
○--○○|--○○-|○-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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2 thoughts on “鹿児島県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

    1. レイ 投稿作成者

      あ様へ

      大変申し訳ありませんでした。誤って出生地である兵庫県の方へ記載しておりました。
      さっそく訂正し、鹿児島県の当ページに記載させて頂きました。

      ご指摘頂きましてありがとうございます。

      返信

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