歴代の横綱を一覧で!初代から73代横綱・照ノ富士までの詳細な横綱リスト-Part5

この記事の目次

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平成年間の横綱

旭富士 正也

旭富士 正也 (あさひふじ せいや)青森県西津軽郡木造町出身、大島部屋の元力士で、最高位は横綱

昭和56年(1981)1月場所に20歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成4年(1992)1月場所を最後に引退(31歳6ヶ月)。

通算成績は573勝323敗46休893出場。生涯勝率.642。通算67場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.788)。

主な成績は幕内優勝4回(同点2 次点7)、幕下優勝1回、三段目優勝1回、序ノ口優勝1回殊勲賞2回、敢闘賞2回、技能賞5回、金星2個(北の湖1個、双羽黒1個)

昭和35年(1960)7月6日生まれ。本名は杉野森 正也。

柔らかな身体と相撲勘のよさで横綱へと昇進、しかし膵炎などで思うように相撲が取れずに引退を決意。

四股名
旭富士 正也 (あさひふじ せいや)
最高位
横綱
年寄名跡
4代安治川 正也9代伊勢ヶ濱 正也 → 14代宮城野 正也(伊勢ヶ濱)
出身地
青森県西津軽郡木造町
本名
杉野森 正也
生年月日
昭和35年(1960)7月6日(65歳)
出身高校
五所川原商業高校
出身大学
近畿大学・中退(のちに再入学・卒業)
所属部屋
大島部屋
改名歴
杉野森 正也 → 旭富士 正也
初土俵
昭和56年(1981)1月 前相撲(20歳6ヶ月)
新十両
昭和57年(1982)3月(所要7場所)
21歳8ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
新入幕
昭和58年(1983)3月(所要13場所)
22歳8ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
新小結
昭和58年(1983)11月(所要17場所)
23歳4ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新関脇
昭和61年(1986)1月(所要30場所)
25歳6ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新大関
昭和62年(1987)11月(所要41場所)
27歳4ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
新横綱
平成2年(1990)9月(所要58場所)
30歳2ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
最終場所
平成4年(1992)1月場所(31歳6ヶ月)
大相撲歴
67場所(11年0ヶ月)
通算成績
573勝323敗46休893出場(勝率.642)
通算67場所
勝ち越し52場所(勝ち越し率.788)(勝ち越し星292)
優勝等
幕内優勝4回(同点2 次点7),幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞5回,金星2個(北の湖1個、双羽黒1個)
持給金
324円(勝ち越し星292個 優勝4回 金星2個)
横綱戦歴
71勝29敗35休98出場(勝率.724)
在位9場所(在位率.134)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.667)
大関戦歴
194勝61敗0休255出場(勝率.761)
在位17場所(在位率.254)
勝ち越し17場所(勝ち越し率1.000)
幕内戦歴
487勝277敗46休761出場(勝率.640)
在位54場所(在位率.806)
勝ち越し42場所(勝ち越し率.778)
三役戦歴
121勝104敗0休225出場(勝率.538)
在位15場所(在位率.224)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.533)
関脇戦歴
65勝40敗0休105出場(勝率.619)
在位7場所(在位率.104)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
小結戦歴
56勝64敗0休120出場(勝率.467)
在位8場所(在位率.119)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.375)
前頭戦歴
101勝83敗11休183出場(勝率.552)
在位13場所(在位率.194)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.846)
十両戦歴
50勝40敗0休90出場(勝率.556)
在位6場所(在位率.090)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
関取戦歴
537勝317敗46休851出場(勝率.631)
在位60場所(在位率.896)
勝ち越し46場所(勝ち越し率.767)
幕下以下歴
36勝6敗0休42出場(勝率.857)
在位6場所(在位率.090)
勝ち越し6場所(勝ち越し率1.000)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(210回 / 38.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(129回 / 40.3%)
  • ✅ 得意な相手:逆鉾(33勝6敗 / 勝率.846)
  • ✅ 苦手な相手:千代の富士(5勝30敗 / 勝率.143)

曙 太郎

曙 太郎(あけぼの たろう)アメリカ・ハワイ・オアフ島出身、東関部屋の元力士で、最高位は第64代横綱

昭和63年(1988)3月場所に18歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成13年(2001)1月場所を最後に引退(31歳8ヶ月)。

通算成績は654勝232敗181休882出場。生涯勝率.738。通算78場所中、62場所を勝ち越した(勝ち越し率.805)。

主な成績は幕内優勝11回(同点3,次点10)。殊勲賞4回,敢闘賞2回,金星4個(旭富士2個、大乃国1個、北勝海1個)。

昭和44年(1969)5月8日生まれ。本名は曙 太郎(ハワイ名はチャド・ジョージ・ハヘオ・ローウェン)。

外国人初となる横綱。謙虚で礼儀正しく「日本人以上に日本人らしい」と評された。長いリーチを活かした突っ張りが武器で、平成初期の大相撲ブームの一翼を担った

四股名
曙 太郎(あけぼの たろう)
最高位
第64代横綱
年寄名跡
五年年寄 曙 太郎
出身地
アメリカ・ハワイ・オアフ島
本名
チャド・ジョージ・ハヘオ・ローウェン→曙 太郎
生年月日
昭和44年(1969)5月8日
所属部屋
東関部屋
改名歴
大海 → 曙 太郎
初土俵
昭和63年(1988)3月 前相撲(18歳10ヶ月)
新十両
平成2年(1990)3月(所要12場所)
20歳10ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新入幕
平成2年(1990)9月(所要15場所)
21歳4ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新小結
平成3年(1991)3月(所要18場所)
21歳10ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
新関脇
平成3年(1991)5月(所要19場所)
22歳0ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
新大関
平成4年(1992)7月(所要26場所)
23歳1ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
横綱昇進
平成5年(1993)3月(所要30場所)
23歳10ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
最終場所
平成13年(2001)1月(31歳8ヶ月)
大相撲歴
78場所(12年10ヶ月)
通算成績
654勝232敗181休882出場(勝率.738)
通算78場所
勝ち越し62場所(勝ち越し率.805)
優勝等
幕内優勝11回(同点3,次点10)
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞2回,金星4個
幕内戦歴
566勝198敗181休760出場(勝率.741)
在位63場所(在位率.808)
勝ち越し48場所(勝ち越し率.762)
横綱戦歴
432勝122敗166休550出場(勝率.780)
在位48場所(在位率.615)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.750)
大関戦歴
36勝9敗15休45出場(勝率.800)
在位4場所(在位率.051)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
三役戦歴
56勝34敗0休90出場(勝率.622)
在位6場所(在位率.077)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
関脇戦歴
28勝17敗0休45出場(勝率.622)
在位3場所(在位率.038)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
小結戦歴
28勝17敗0休45出場(勝率.622)
在位3場所(在位率.038)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
前頭戦歴
42勝33敗0休75出場(勝率.560)
在位5場所(在位率.064)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
十両戦歴
30勝15敗0休45出場(勝率.667)
在位3場所(在位率.038)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
596勝213敗181休805出場(勝率.737)
在位66場所(在位率.846)
勝ち越し51場所(勝ち越し率.773)
幕下以下歴
58勝19敗0休77出場(勝率.753)
在位11場所(在位率.141)
勝ち越し11場所(勝ち越し率1.000)


貴乃花 光司

平成初期相撲ブームの立役者。引退後は二子山部屋を継承して改称、貴乃花部屋を率いて独自の「相撲道」を探求していたが平成30年(2018)10月1日付けで相撲協会を退職。伝統ある部屋は閉鎖となった

  • 四股名 :貴乃花 光司(たかのはな こうじ)
  • 最高位 :第65代横綱
  • 年寄名跡:一代年寄・貴乃花
  • 出身地 :東京都中野区
  • 本 名 :花田 光司
  • 生年月日:昭和47年(1972)8月12日(53歳)
  • 所属部屋:藤島⇒二子山部屋
  • 改名歴 :貴花田⇒貴ノ花⇒貴乃花
  • 初土俵 :昭和63年(1988)3月(15歳7ヵ月)
  • 新十両 :平成元年(1989)11月(17歳3ヵ月)
  • 新入幕 :平成2年(1990)5月(17歳9ヵ月)
  • 新三役 :平成3年(1991)7月(18歳11ヵ月)
  • 新大関 :平成5年(1993)3月(20歳7ヵ月)
  • 横綱昇進:平成7年(1995)1月(22歳5ヵ月)
  • 最終場所:平成15年(2003)1月(30歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:794勝262敗201休/1049出場(90場所)
  • 生涯勝率:75.2%
  • 優勝等 :幕内優勝22回(同点5・次点11),幕下優勝2回
  • 成 績 :殊勲賞4回,敢闘賞2回,技能賞3回,金星1個
  • 幕内戦歴:701勝217敗201休(75場所)勝率:76.4%
  •   横綱:429勝99敗201休(49場所)勝率:81.3%
  •   大関:137勝28敗(11場所)勝率:83.0%
  •   関脇:33勝27敗(4場所)勝率:55.0%
  •   小結:33勝12敗(3場所)勝率:73.3%
  •   前頭:69勝51敗(8場所)勝率:57.5%
  • 十両戦歴:44勝31敗(5場所)勝率:58.7%

若乃花 勝(3代)

若乃花 勝(わかのはな まさる)東京都中野区出身、藤島~二子山部屋の元力士で、最高位は第66代横綱

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昭和63年(1988)3月場所に17歳1ヶ月で初土俵を踏み、平成12年(2000)3月場所を最後に引退(29歳2ヶ月)。

通算成績は573勝286敗124休850出場。生涯勝率.667。通算73場所中、52場所を勝ち越した(勝ち越し率.722)。

主な成績は幕内優勝5回(同点3,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞3回,技能賞6回,金星2個(旭富士2個)。

昭和46年(1971)1月20日生まれ。本名は花田 勝。

小柄だったがおっつけと瞬発力、そして立ち合いの呼吸をはかる巧みさで横綱になった。

四股名
若乃花 勝(わかのはな まさる)
最高位
第66代横綱
年寄名跡
16代藤島 勝
出身地
東京都中野区
本名
花田 勝
生年月日
昭和46年(1971)1月20日
所属部屋
藤島~二子山部屋
改名歴
若花田 勝 → 若ノ花 勝 → 若乃花 勝
初土俵
昭和63年(1988)3月 前相撲(17歳1ヶ月)
新十両
平成2年(1990)3月(所要12場所)
19歳1ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新入幕
平成2年(1990)9月(所要15場所)
19歳7ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
新小結
平成3年(1991)11月(所要22場所)
20歳9ヶ月(初土俵から3年8ヶ月)
新関脇
平成5年(1993)5月(所要31場所)
22歳3ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
新大関
平成5年(1993)9月(所要33場所)
22歳7ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
横綱昇進
平成10年(1998)7月(所要62場所)
27歳5ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
平成12年(2000)3月(29歳2ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年0ヶ月)
通算成績
573勝286敗124休850出場(勝率.667)
通算73場所
勝ち越し52場所(勝ち越し率.722)(勝ち越し星318)
優勝等
幕内優勝5回(同点3,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,技能賞6回,金星2個
持給金
363円(勝ち越し星318個 優勝5回 金星2個)
幕内戦歴
487勝250敗124休728出場(勝率.661)
在位58場所(在位率.795)
勝ち越し40場所(勝ち越し率.690)
横綱戦歴
61勝38敗57休96出場(勝率.616)
在位11場所(在位率.151)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.364)
大関戦歴
274勝101敗60休372出場(勝率.731)
在位29場所(在位率.397)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.828)
三役戦歴
44勝26敗5休68出場(勝率.629)
在位5場所(在位率.068)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
関脇戦歴
23勝7敗0休30出場(勝率.767)
在位2場所(在位率.027)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
小結戦歴
21勝19敗5休38出場(勝率.525)
在位3場所(在位率.041)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
前頭戦歴
108勝85敗2休192出場(勝率.560)
在位13場所(在位率.178)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
十両戦歴
31勝14敗0休45出場(勝率.689)
在位3場所(在位率.041)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
518勝264敗124休773出場(勝率.662)
在位61場所(在位率.836)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.705)
幕下以下歴
55勝22敗0休77出場(勝率.714)
在位11場所(在位率.151)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.818)


武蔵丸 光洋

武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう)ハワイ・オアフ島出身、武蔵川部屋の元力士で、最高位は第67代横綱

平成元年(1989)9月場所に18歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)11月場所を最後に引退(32歳6ヶ月)。

通算成績は779勝294敗115休1068出場。生涯勝率.726。通算86場所中、74場所を勝ち越した(勝ち越し率.871)。

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主な成績は幕内優勝12回(同点6,次点8),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞2回

昭和46年(1971)5月2日生まれ。本名は武蔵丸 光洋(ハワイ名はフィアマル・ペニタニ)。

外国出身力士として2人目の横綱、ライバル貴乃花と数々の名勝負を生んだ「横綱の魂」。

年寄
15代・武蔵川 光偉
四股名
武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう)
最高位
第67代横綱
年寄名跡
五年年寄 武蔵丸 光洋 → 15代振分 光洋 → 3代大島 光洋 → 15代武蔵川 光偉
出身地
アメリカ・ハワイ・オアフ島
本名
フィアマル・ペニタニ → 武蔵丸 光洋
生年月日
昭和46年(1971)5月2日(55歳)
所属部屋
武蔵川部屋
改名歴
武蔵丸 光洋
初土俵
平成元年(1989)9月 前相撲(18歳4ヶ月)
新十両
平成3年(1991)7月(所要11場所)
20歳2ヶ月(初土俵から1年10ヶ月)
新入幕
平成3年(1991)11月(所要13場所)
20歳6ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
新小結
平成4年(1992)5月(所要16場所)
21歳0ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新関脇
平成4年(1992)9月(所要18場所)
21歳4ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
新大関
平成6年(1994)3月(所要27場所)
22歳10ヶ月(初土俵から4年6ヶ月)
横綱昇進
平成11年(1999)7月(所要59場所)
28歳2ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
最終場所
平成15年(2003)11月(32歳6ヶ月)
大相撲歴
86場所(14年2ヶ月)
通算成績
779勝294敗115休1068出場(勝率.726)
通算86場所
勝ち越し74場所(勝ち越し率.871)
優勝等
幕内優勝12回(同点6,次点8),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞2回
幕内戦歴
706勝267敗115休968出場(勝率.726)
在位73場所(在位率.849)
勝ち越し63場所(勝ち越し率.863)
横綱戦歴
216勝67敗115休278出場(勝率.763)
在位27場所(在位率.314)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.630)
大関戦歴
353勝127敗0休480出場(勝率.735)
在位32場所(在位率.372)
勝ち越し32場所(勝ち越し率1.000)
三役戦歴
108勝57敗0休165出場(勝率.655)
在位11場所(在位率.128)
勝ち越し11場所(勝ち越し率1.000)
関脇戦歴
89勝46敗0休135出場(勝率.659)
在位9場所(在位率.105)
勝ち越し9場所(勝ち越し率1.000)
小結戦歴
19勝11敗0休30出場(勝率.633)
在位2場所(在位率.023)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
29勝16敗0休45出場(勝率.644)
在位3場所(在位率.035)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
十両戦歴
21勝9敗0休30出場(勝率.700)
在位2場所(在位率.023)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
727勝276敗115休998出場(勝率.725)
在位75場所(在位率.872)
勝ち越し65場所(勝ち越し率.867)
幕下以下歴
52勝18敗0休70出場(勝率.743)
在位10場所(在位率.116)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.900)


朝青龍 明徳

朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり)モンゴル・ウランバートル市出身、若松~高砂部屋の元力士で、最高位は第68代横綱

平成11年(1999)1月場所に18歳3ヶ月で初土俵を踏み、平成22年(2010)1月場所を最後に引退(29歳3ヶ月)。

通算成績は669勝173敗76休838出場。生涯勝率.795。通算67場所中、57場所を勝ち越した(勝ち越し率.864)。

主な成績は幕内優勝25回(同点1,次点7),幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回序二段優勝1回殊勲賞3回,敢闘賞3回,金星1個(武蔵丸1個)。

昭和55年(1980)9月27日生まれ。本名はドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ。

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初土俵から25場所での横綱昇進、史上初の7連覇達成など、賛否はあるが圧倒的な強さと人間味溢れる人柄は記憶にも記録にも残る横綱

四股名
朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり)
最高位
第68代横綱
出身地
モンゴル・ウランバートル市
本名
ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ
生年月日
昭和55年(1980)9月27日
出身高校
明徳義塾高校
所属部屋
若松~高砂部屋
改名歴
朝青龍 明徳
初土俵
平成11年(1999)1月 前相撲(18歳3ヶ月)
新十両
平成12年(2000)9月(所要10場所)
19歳11ヶ月(初土俵から1年8ヶ月)
新入幕
平成13年(2001)1月(所要12場所)
20歳3ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新小結
平成13年(2001)5月(所要14場所)
20歳7ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
新関脇
平成14年(2002)1月(所要18場所)
21歳3ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
新大関
平成14年(2002)9月(所要22場所)
21歳11ヶ月(初土俵から3年8ヶ月)
横綱昇進
平成15年(2003)3月(所要25場所)
22歳5ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
最終場所
平成22年(2010)1月(29歳3ヶ月)
大相撲歴
67場所(11年0ヶ月)
通算成績
669勝173敗76休838出場(勝率.795)
通算67場所
勝ち越し57場所(勝ち越し率.864)
優勝等
幕内優勝25回(同点1,次点7),幕下優勝1回(同点1),三段目優勝1回序二段優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞3回,金星1個
幕内戦歴
596勝153敗76休745出場(勝率.796)
在位55場所(在位率.821)
勝ち越し47場所(勝ち越し率.855)
横綱戦歴
463勝91敗76休550出場(勝率.836)
在位42場所(在位率.627)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.833)
大関戦歴
38勝7敗0休45出場(勝率.844)
在位3場所(在位率.045)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
三役戦歴
67勝38敗0休105出場(勝率.638)
在位7場所(在位率.104)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.857)
関脇戦歴
42勝18敗0休60出場(勝率.700)
在位4場所(在位率.060)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
小結戦歴
25勝20敗0休45出場(勝率.556)
在位3場所(在位率.045)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
前頭戦歴
28勝17敗0休45出場(勝率.622)
在位3場所(在位率.045)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
十両戦歴
20勝10敗0休30出場(勝率.667)
在位2場所(在位率.030)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
616勝163敗76休775出場(勝率.791)
在位57場所(在位率.851)
勝ち越し49場所(勝ち越し率.860)
幕下以下歴
53勝10敗0休63出場(勝率.841)
在位9場所(在位率.134)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)


白鵬 翔

白鵬 翔 (はくほう しょう)モンゴル ウランバートル市出身、宮城野部屋の元力士で、最高位は横綱

平成13年(2001)3月場所に16歳0ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)9月場所を最後に引退(36歳6ヶ月)。

通算成績は1187勝247敗253休1424出場。生涯勝率.834。通算122場所中、103場所を勝ち越した(勝ち越し率.851)。

主な成績は幕内優勝45回(同点4 次点18)、十両優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞2回、金星1個(朝青龍1個)

昭和60年(1985)3月11日生まれ。本名はムンフバト・ダヴァジャルガル(日本名:白鵬 翔)。

優勝回数、勝利数共に史上最多、数々の記録を塗り替えた横綱。

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令和3年(2021)7月場所、全勝で45回目の優勝を達成。

四股名
白鵬 翔 (はくほう しょう)
最高位
横綱
年寄名跡
21代間垣 翔(宮城野) → 13代宮城野 翔 → 13代宮城野 翔(伊勢ヶ濱)
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ムンフバト・ダヴァジャルガル(日本名:白鵬 翔)
生年月日
昭和60年(1985)3月11日
所属部屋
宮城野部屋
改名歴
白鵬 翔
初土俵
平成13年(2001)3月 前相撲(16歳0ヶ月)
新十両
平成16年(2004)1月(所要17場所)
18歳10ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新入幕
平成16年(2004)5月(所要19場所)
19歳2ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
新小結
平成17年(2005)1月(所要23場所)
19歳10ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新関脇
平成17年(2005)3月(所要24場所)
20歳0ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
新大関
平成18年(2006)5月(所要31場所)
21歳2ヶ月(初土俵から5年2ヶ月)
新横綱
平成19年(2007)7月(所要38場所)
22歳4ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)9月場所(36歳6ヶ月)
大相撲歴
122場所(20年6ヶ月)
通算成績
1187勝247敗253休1424出場(勝率.834)
通算122場所
勝ち越し103場所(勝ち越し率.851)(勝ち越し星951)
優勝等
幕内優勝45回(同点4 次点18),十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞1回,技能賞2回,金星1個(朝青龍1個)
持給金
2191円50銭(勝ち越し星951個 優勝45回 金星1個)
横綱戦歴
899勝129敗232休1019出場(勝率.882)
在位84場所(在位率.689)
勝ち越し69場所(勝ち越し率.821)
大関戦歴
73勝17敗15休90出場(勝率.811)
在位7場所(在位率.057)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.857)
幕内戦歴
1093勝199敗253休1282出場(勝率.853)
在位103場所(在位率.844)
勝ち越し87場所(勝ち越し率.845)
三役戦歴
69勝30敗6休98出場(勝率.704)
在位7場所(在位率.057)
勝ち越し7場所(勝ち越し率1.000)
関脇戦歴
49勝20敗6休68出場(勝率.721)
在位5場所(在位率.041)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
小結戦歴
20勝10敗0休30出場(勝率.667)
在位2場所(在位率.016)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
52勝23敗0休75出場(勝率.693)
在位5場所(在位率.041)
勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
十両戦歴
21勝9敗0休30出場(勝率.700)
在位2場所(在位率.016)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
1114勝208敗253休1312出場(勝率.849)
在位105場所(在位率.861)
勝ち越し89場所(勝ち越し率.848)
幕下以下歴
73勝39敗0休112出場(勝率.652)
在位16場所(在位率.131)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.875)

白鵬 翔の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(357回 / 29.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(69回 / 27.5%)
  • ✅ 得意な相手:琴奨菊(56勝6敗 / 勝率.903)
  • ✅ 苦手な相手:追風海(1勝2敗 / 勝率.333)

日馬富士 公平

日馬富士 公平(はるまふじ こうへい)モンゴル・ゴビアルタイ県出身、安治川~伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は第70代横綱

平成13年(2001)1月場所に16歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成29年(2017)11月場所を最後に引退(33歳7ヶ月)。

通算成績は827勝444敗85休1265出場。生涯勝率.651。通算101場所中、82場所を勝ち越した(勝ち越し率.820)。

主な成績は幕内優勝9回(同点1,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回殊勲賞4回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星1個(朝青龍1個)。

昭和59年(1984)4月14日生まれ。本名はダワーニャミーン・ビャンバドルジ。

軽量ながら重心の低い鋭い立ち合いと向こう気の強さで横綱へと昇進

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四股名
日馬富士 公平(はるまふじ こうへい)
最高位
第70代横綱
出身地
モンゴル・ウランバートル市 → モンゴル・ゴビアルタイ県
本名
ダワーニャミーン・ビャンバドルジ
生年月日
昭和59年(1984)4月14日
所属部屋
安治川~伊勢ヶ濱部屋
改名歴
安馬 公平 → 日馬富士 公平
初土俵
平成13年(2001)1月 前相撲(16歳8ヶ月)
新十両
平成16年(2004)3月(所要19場所)
19歳11ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
新入幕
平成16年(2004)11月(所要23場所)
20歳7ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新小結
平成18年(2006)5月(所要32場所)
22歳0ヶ月(初土俵から5年4ヶ月)
新関脇
平成19年(2007)5月(所要38場所)
23歳0ヶ月(初土俵から6年4ヶ月)
新大関
平成21年(2009)1月(所要48場所)
24歳8ヶ月(初土俵から8年0ヶ月)
横綱昇進
平成24年(2012)11月(所要70場所)
28歳6ヶ月(初土俵から11年10ヶ月)
最終場所
平成29年(2017)11月(33歳7ヶ月)
大相撲歴
101場所(16年10ヶ月)
通算成績
827勝444敗85休1265出場(勝率.651)
通算101場所
勝ち越し82場所(勝ち越し率.820)
優勝等
幕内優勝9回(同点1,次点6),十両優勝1回三段目優勝1回序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星1個
幕内戦歴
712勝373敗85休1079出場(勝率.656)
在位78場所(在位率.772)
勝ち越し65場所(勝ち越し率.833)
横綱戦歴
285勝107敗73休388出場(勝率.727)
在位31場所(在位率.307)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.806)
大関戦歴
214勝105敗11休318出場(勝率.671)
在位22場所(在位率.218)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.955)
三役戦歴
108勝72敗0休180出場(勝率.600)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.833)
関脇戦歴
76勝44敗0休120出場(勝率.633)
在位8場所(在位率.079)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.875)
小結戦歴
32勝28敗0休60出場(勝率.533)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
前頭戦歴
105勝89敗1休193出場(勝率.541)
在位13場所(在位率.129)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
十両戦歴
36勝24敗0休60出場(勝率.600)
在位4場所(在位率.040)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
関取戦歴
748勝397敗85休1139出場(勝率.653)
在位82場所(在位率.812)
勝ち越し68場所(勝ち越し率.829)
幕下以下歴
79勝47敗0休126出場(勝率.627)
在位18場所(在位率.178)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.778)


鶴竜 力三郎

鶴竜 力三郎 (かくりゅう りきさぶろう)モンゴル スフバートル県出身、井筒 → 陸奥部屋の元力士で、最高位は横綱

平成13年(2001)11月場所に16歳3ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)3月場所を最後に引退(35歳7ヶ月)。

通算成績は785勝497敗231休1270出場。生涯勝率.618。通算115場所中、74場所を勝ち越した(勝ち越し率.649)。

主な成績は幕内優勝6回(同点2 次点6)、三段目優勝1回殊勲賞2回、技能賞7回

昭和60年(1985)8月10日生まれ。本名はマンガラジャラブ・アナンダ(日本名同じ)。

「日本で力士になりたい」との決意を手紙にしたためて日本相撲振興会の会長に送ったことで井筒部屋の入門が決まったが、線の細かった鶴竜に初めて会った親方は「床山にでもするか」と思ったほど華奢だった。

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平成29年(2017)は4場所連続休場と引退も危ぶまれたが、平成30年(2018)は自身初の連覇も達成し復活をアピール。師匠の急逝により令和元年(2019)9月27日付で陸奥部屋へと転属となった。

令和3年(2021年)3月場所10日目に引退を発表、5年年寄・鶴竜を襲名した。令和5年(2023年)12月に24代音羽山を襲名し、陸奥部屋より分家独立し、音羽山部屋を創設した。

四股名
鶴竜 力三郎 (かくりゅう りきさぶろう)
最高位
横綱
年寄名跡
5年年寄 鶴竜 力三郎(音羽山) → 24代音羽山 力三郎
出身地
モンゴル ウランバートル市 → モンゴル スフバートル県
本名
マンガラジャラブ・アナンダ(日本名同じ)
生年月日
昭和60年(1985)8月10日(40歳)
所属部屋
井筒 → 陸奥部屋
改名歴
鶴竜 力三郎
初土俵
平成13年(2001)11月 前相撲(16歳3ヶ月)
新十両
平成17年(2005)11月(所要24場所)
20歳3ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
新入幕
平成18年(2006)11月(所要30場所)
21歳3ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新小結
平成21年(2009)5月(所要45場所)
23歳9ヶ月(初土俵から7年6ヶ月)
新関脇
平成21年(2009)7月(所要46場所)
23歳11ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
新大関
平成24年(2012)5月(所要62場所)
26歳9ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
新横綱
平成26年(2014)5月(所要74場所)
28歳9ヶ月(初土俵から12年6ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)3月場所(35歳7ヶ月)
大相撲歴
115場所(19年4ヶ月)
通算成績
785勝497敗231休1270出場(勝率.618)
通算115場所
勝ち越し74場所(勝ち越し率.649)(勝ち越し星360)
優勝等
幕内優勝6回(同点2 次点6),三段目優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,技能賞7回
持給金
391円(勝ち越し星360個 優勝6回)
横綱戦歴
266勝117敗227休372出場(勝率.715)
在位41場所(在位率.357)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.537)
大関戦歴
119勝61敗0休180出場(勝率.661)
在位12場所(在位率.104)
勝ち越し12場所(勝ち越し率1.000)
幕内戦歴
645勝394敗231休1027出場(勝率.628)
在位85場所(在位率.739)
勝ち越し52場所(勝ち越し率.612)
三役戦歴
116勝79敗0休195出場(勝率.595)
在位13場所(在位率.113)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
関脇戦歴
71勝49敗0休120出場(勝率.592)
在位8場所(在位率.070)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
小結戦歴
45勝30敗0休75出場(勝率.600)
在位5場所(在位率.043)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
前頭戦歴
144勝137敗4休280出場(勝率.514)
在位19場所(在位率.165)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.474)
十両戦歴
41勝34敗0休75出場(勝率.547)
在位5場所(在位率.043)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関取戦歴
686勝428敗231休1102出場(勝率.623)
在位90場所(在位率.783)
勝ち越し56場所(勝ち越し率.622)
幕下以下歴
99勝69敗0休168出場(勝率.589)
在位24場所(在位率.209)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.750)

鶴竜 力三郎の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(219回 / 27.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(159回 / 31.9%)
  • ✅ 得意な相手:豪風(20勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:白鵬(8勝42敗 / 勝率.160)

稀勢の里 寛

稀勢の里 寛 (きせのさと ゆたか)茨城県牛久市出身、鳴戸~田子ノ浦部屋の元力士で、最高位は横綱

平成14年(2002)3月場所に15歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)1月場所を最後に引退(32歳6ヶ月)。

通算成績は800勝496敗97休1289出場。生涯勝率.621。通算101場所中、73場所を勝ち越した(勝ち越し率.730)。

主な成績は幕内優勝2回(次点12)、幕下優勝1回、三段目(同点1)殊勲賞5回、敢闘賞3回、技能賞1回、金星3個(朝青龍1個、白鵬2個)

昭和61年(1986)7月3日生まれ。本名は萩原 寛。

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左四つからの力強い寄りや突き押しを武器に第72代横綱にまで昇りつめた。不器用ながらも猛稽古で実直に自らを鍛え上げ、白鵬をはじめとする絶対的な横綱陣の前に立ちはだかった。幾度となく綱取りの壁に跳ね返される苦闘の末に悲願の賜杯を抱き、晩年は深刻な怪我と闘いながら土俵を務め上げるなど、人々の心を強く揺さぶる力士人生であった。

相撲との出会いと鳴戸部屋入門

初めて相撲を経験したのは小学2年のとき、地元に造られた通称「たつのこ公園」の落成式での相撲大会であった。親に説得されて嫌々ながら出場したものの、5人抜きを果たして優勝する。中学時代は野球部の投手として活躍し、強豪校から勧誘を受けたが、「自分は体が大きいだけ」と辞退した。

相撲への道を意識し始めたのは中学1年のときに観た大相撲中継で「角界一の稽古量」と紹介されていた鳴戸部屋に心を惹かれた頃から。中学2年の冬に13代鳴戸(元横綱・隆の里)の元を訪ねると「末は必ず大関横綱になる」と太鼓判を押され、両親を熱心に説得した師匠の情熱に応える形で入門を決意した。

厳格な師匠の教えとスピード出世

平成14年(2002年)3月場所において本名の「萩原」で初土俵を踏む。入門後は兄弟子の若の里(のちの12代西岩)の付け人を務め、周囲から止められるほどの猛稽古で力をつけた。さらに、13代鳴戸からは土俵上の技術以上に、礼儀作法や食事の順序に至るまで非常に厳格な指導を受け、相撲道における精神的な土台を徹底的に叩き込まれた。

平成15年(2003年)5月場所では三段目優勝を逃し、花道で涙を流していたところを、新横綱であった朝青龍から「その気持ちがあればお前は強くなる」と声をかけられる一幕もあった。

その成果は早くから表れ、平成16年(2004年)5月場所において、貴花田(のちの横綱・貴乃花)に次ぐ年少2番目の若さ(17歳9ヶ月)で新十両へ昇進する。続く同年11月場所では新入幕を果たし、これに合わせて四股名を「稀勢の里」へ改名した。この四股名は、13代鳴戸が自身の横綱昇進時に永平寺の高僧から贈られた掛け軸の「作稀勢(さくきせい)」、「稀有な勢いを作り出す」という意味の文字に由来し、「稀な勢いで駆け上がる」という師匠の強い祈りが込められていた。

朝青龍への「恩返し」と白鵬の連勝ストップ、そして師匠の急逝

幕内上位に定着した後は、不屈の闘志でモンゴル出身横綱たちと熱戦を繰り広げる。平成20年(2008年)1月場所では、三段目時代に励ましの言葉を受けた横綱・朝青龍を破り、自身初となる金星を獲得した。さらに平成22年(2010年)11月場所では、横綱・白鵬を寄り切りで破り、その連勝記録を「63」でストップさせる大金星を挙げた。普段は滅多に褒めない師匠が、この時ばかりは鯛を用意して褒め称えたという。

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大関昇進への機運が高まる中、平成23年(2011年)11月場所の直前、手塩にかけて育ててくれた13代鳴戸が急逝する事態に見舞われる。大関昇進という最大の恩返しを目前にしての突然の別れであった。深い悲しみと計り知れない重圧がのしかかる中、稀勢の里は土俵に立ち続け、同場所を東関脇筆頭で10勝5敗と勝ち越した。直近3場所で合計32勝の成績を残し、亡き師匠へ手向ける大関昇進を決定させた。

繰り返される綱取りの挫折と年間最多勝

大関昇進後は幾度となく優勝争いに絡み、11回の優勝次点を記録した(通算では12回優勝次点)。しかし、重圧からか勝負所での脆さを露呈し、幾度となく挑んだ綱取りの挑戦はことごとく失敗に終わる。もどかしい停滞が続く中、平成26年(2014年)1月場所の千秋楽には右足親指の負傷により休場し、初土俵からの連続出場が953回で途切れる試練も味わった。

それでも体幹トレーニング等で一から立て直し、平成28年(2016年)にはすべての場所で安定した成績を残す。度重なる綱取り失敗のプレッシャーに耐えながら年間を通じて自己最多となる69勝を挙げ、史上初となる「優勝なしでの年間最多勝」を獲得した。

悲願の初優勝と日本出身横綱の誕生

幾多の挫折を経て迎えた平成29年(2017年)1月場所、稀勢の里はついに殻を破る。重圧を跳ね返し、14勝1敗の成績で念願の幕内最高優勝を果たした。亡き師匠への思いを問われた優勝インタビューでは、堪えきれず大粒の涙を流した。場所後の番付編成会議および理事会を経て、7度目の綱取り挑戦でついに第72代横綱への昇進が決定。日本出身力士の横綱昇進は、実に19年ぶりのことであった。

横綱土俵入りは、不知火型であった師匠・13代鳴戸とは異なり、「元々憧れていた」という雲龍型を選択し、二所ノ関一門の先輩横綱である大乃国(のちの12代芝田山)から指導を受けた。師弟で異なる土俵入りの型を披露したのは、大師匠の初代若乃花と師匠・隆の里の例以来のことであった。

怪我を押しての連覇と引退、そして独立

新横綱として臨んだ同年3月場所では、13日目の日馬富士との取組で左大胸筋等に深刻な負傷を負う。休場が濃厚と見られたが強行出場を続け、千秋楽の本割と優勝決定戦で連勝を収め、13勝2敗で逆転による2場所連続優勝を飾った。

しかし、この負傷の影響は極めて大きく、横綱としてワーストとなる8場所連続休場を余儀なくされる。土俵復帰を目指したが本来の相撲を取り戻すには至らず、平成31年(2019年)1月場所4日目に現役引退を決断した。在位12場所と短命横綱に終わったが引退会見では「私の土俵人生において一片の悔いもございません」と涙ながらに、これまで支えてくれた人たちへの感謝の言葉を繰り返した。引退後は年寄・荒磯を襲名して後進の指導に当たり、令和3年(2021年)8月に田子ノ浦部屋から独立して荒磯部屋を創設。同年12月には、停年退職を控えていた12代二所ノ関(元大関・若嶋津)と名跡を交換する形で二所ノ関を襲名し、部屋名を二所ノ関部屋と改称している。

四股名
稀勢の里 寛 (きせのさと ゆたか)
最高位
横綱
年寄名跡
16代荒磯 寛(田子ノ浦) → 16代荒磯 寛13代二所ノ関 寛
出身地
茨城県牛久市
本名
萩原 寛
生年月日
昭和61年(1986)7月3日(39歳)
所属部屋
鳴戸~田子ノ浦部屋
改名歴
萩原 寛 → 稀勢の里 寛
初土俵
平成14年(2002)3月 前相撲(15歳8ヶ月)
新十両
平成16年(2004)5月(所要13場所)
17歳10ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
新入幕
平成16年(2004)11月(所要16場所)
18歳4ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新小結
平成18年(2006)7月(所要26場所)
20歳0ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
新関脇
平成21年(2009)3月(所要42場所)
22歳8ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新大関
平成24年(2012)1月(所要58場所)
25歳6ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
新横綱
平成29年(2017)3月(所要89場所)
30歳8ヶ月(初土俵から15年0ヶ月)
最終場所
平成31年(2019)1月場所(32歳6ヶ月)
大相撲歴
101場所(16年10ヶ月)
通算成績
800勝496敗97休1289出場(勝率.621)
通算101場所
勝ち越し73場所(勝ち越し率.730)(勝ち越し星365)
優勝等
幕内優勝2回(次点12),幕下優勝1回,三段目(同点1)
受賞・金星
殊勲賞5回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星3個(朝青龍1個、白鵬2個)
持給金
310円(勝ち越し星365個 優勝2回 金星3個)
横綱戦歴
36勝36敗97休66出場(勝率.545)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.250)
大関戦歴
332勝133敗0休464出場(勝率.716)
在位31場所(在位率.307)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.968)
幕内戦歴
714勝453敗97休1160出場(勝率.616)
在位85場所(在位率.842)
勝ち越し60場所(勝ち越し率.706)
三役戦歴
177勝153敗0休330出場(勝率.536)
在位22場所(在位率.218)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.636)
関脇戦歴
86勝64敗0休150出場(勝率.573)
在位10場所(在位率.099)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)
小結戦歴
91勝89敗0休180出場(勝率.506)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.583)
前頭戦歴
169勝131敗0休300出場(勝率.563)
在位20場所(在位率.198)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.650)
十両戦歴
26勝19敗0休45出場(勝率.578)
在位3場所(在位率.030)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
740勝472敗97休1205出場(勝率.614)
在位88場所(在位率.871)
勝ち越し63場所(勝ち越し率.716)
幕下以下歴
60勝24敗0休84出場(勝率.714)
在位12場所(在位率.119)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.833)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(328回 / 40.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(146回 / 29.4%)
  • ✅ 得意な相手:豊ノ島(33勝9敗 / 勝率.786)
  • ✅ 苦手な相手:白鵬(16勝45敗 / 勝率.262)

照ノ富士 春雄

照ノ富士 春雄 (てるのふじ はるお)モンゴル ウランバートル市出身、間垣 → 伊勢ヶ濱部屋の元力士で、最高位は横綱

平成23年(2011)5月場所に19歳5ヶ月で初土俵を踏み、令和7年(2025)1月場所を最後に引退(33歳1ヶ月)。

通算成績は523勝275敗231休785出場。生涯勝率.666。通算82場所中、51場所を勝ち越した(勝ち越し率.630)。

主な成績は幕内優勝10回(同点3 次点5)、十両優勝2回、幕下優勝1回、三段目(同点1)、序二段(同点1)殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞3回

平成3年(1991)11月29日生まれ。本名は杉野森 正山(旧名ガントルガ・ガンエルデネ)。

鳥取城北高校に相撲留学で来日し石浦外喜義監督に相撲を教わる。2代若乃花の間垣部屋に入門し若三勝の四股名で初土俵を踏んだ。

間垣部屋の閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと移籍すると一気に開花。移籍当初の幕下10枚目から小結を飛び越しての新関脇まではわずか12場所だった。ちなみに新十両昇進時に照ノ富士へと改名。

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関脇2場所目で初優勝、場所後に大関昇進とこの頃には綱取りも間近と思われたが平成27年(2015)9月場所の稀勢の里戦で右膝前十字靭帯損傷と外側半月板損傷の大怪我を負ってから歯車が狂い始めた。

約1年半の低迷期を経た平成29年(2017)3月場所では大復活、優勝目前だったがまさかの本割と優勝決定戦で稀勢の里に2連敗して逃した。翌場所も優勝次点と好成績を収めはしたが膝はすでに限界を超えており、平成29年9月場所で負け越して大関陥落。さらに糖尿病の影響もあり満足な相撲も取れないまま遂には幕下へと陥落、さらに休場が続いて番付は序二段にまで下がった。

平成31年(2019)3月場所、5場所ぶりに西序二段48枚目で復帰して7戦全勝。惜しくも優勝決定戦は狼雅に敗れたが順調な再スタートとなった。その後も着実に番付を上げていき、西幕下10枚目で迎えた令和元年(2019)11月場所を全勝優勝で飾り令和2年初場所での関取復帰を決めた。さらにその十両復帰場所でも13日連続勝利で十両優勝、復活を大いにアピールすることとなった。

東十両3枚目だった令和2年(2020)3月場所でも10勝5敗の好成績をあげた照ノ富士は、翌5月場所で念願だった再入幕を果たす。大関、幕内、そして幕内最高優勝経験者による序二段陥落からの幕内復帰は、どれもが史上初となる快挙。

その幕内復帰の令和2年(2020)7月場所。千秋楽で関脇・御嶽海を破り、平成27年(2015)5月場所以来2度目となる幕内最高優勝の栄誉に輝いた。

四股名
照ノ富士 春雄 (てるのふじ はるお)
最高位
横綱
年寄名跡
10代伊勢ヶ濱 春雄
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
杉野森 正山(旧名ガントルガ・ガンエルデネ)
生年月日
平成3年(1991)11月29日(34歳)
出身高校
鳥取城北高校
所属部屋
間垣 → 伊勢ヶ濱部屋
改名歴
若三勝 章明 → 若三勝 由章 → 照ノ富士 由章 → 照ノ富士 春雄
初土俵
平成23年(2011)5月 前相撲(19歳5ヶ月)
新十両
平成25年(2013)9月(所要14場所)
21歳9ヶ月(初土俵から2年4ヶ月)
新入幕
平成26年(2014)3月(所要17場所)
22歳3ヶ月(初土俵から2年10ヶ月)
新小結
令和2年(2020)11月(所要56場所)
28歳11ヶ月(初土俵から9年6ヶ月)
新関脇
平成27年(2015)3月(所要23場所)
23歳3ヶ月(初土俵から3年10ヶ月)
新大関
平成27年(2015)7月(所要25場所)
23歳7ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
新横綱
令和3年(2021)9月(所要61場所)
29歳9ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
令和7年(2025)1月場所(33歳1ヶ月)
大相撲歴
82場所(13年8ヶ月)
通算成績
523勝275敗231休785出場(勝率.666)
通算82場所
勝ち越し51場所(勝ち越し率.630)(勝ち越し星321)
優勝等
幕内優勝10回(同点3 次点5),十両優勝2回,幕下優勝1回,三段目(同点1),序二段(同点1)
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞3回
持給金
483円50銭(勝ち越し星321個 優勝10回)
横綱戦歴
114勝40敗151休148出場(勝率.770)
在位21場所(在位率.256)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.381)
大関戦歴
122勝91敗27休210出場(勝率.581)
在位16場所(在位率.195)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)
幕内戦歴
366勝207敗197休561出場(勝率.652)
在位52場所(在位率.634)
勝ち越し30場所(勝ち越し率.577)
三役戦歴
61勝19敗10休79出場(勝率.772)
在位6場所(在位率.073)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.833)
関脇戦歴
48勝17敗10休64出場(勝率.750)
在位5場所(在位率.061)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
小結戦歴
13勝2敗0休15出場(勝率.867)
在位1場所(在位率.012)
勝ち越し1場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
69勝57敗9休124出場(勝率.556)
在位9場所(在位率.110)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
十両戦歴
61勝38敗6休98出場(勝率.622)
在位7場所(在位率.085)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
関取戦歴
427勝245敗203休659出場(勝率.648)
在位59場所(在位率.720)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.593)
幕下以下歴
96勝30敗28休126出場(勝率.762)
在位22場所(在位率.268)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.727)

照ノ富士 春雄の更に詳細なデータは力士名鑑で!

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(224回 / 42.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(134回 / 47.9%)
  • ✅ 得意な相手:霧島(13勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:稀勢の里(3勝12敗 / 勝率.200)

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カテゴリー : 相撲データ

公開日:2018-11-15
投稿者:レイ

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