test15出羽海部屋の力士一覧!過去から現在、出羽海部屋の主な関取を網羅しました

出羽海(でわのうみ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する出羽海部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では出羽海部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の出羽海部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

令和2年初場所の振り返りにご活用ください。

幕内の取組をマトリックス表にした記事、そして15日間の全取組結果と日ごとの成績一覧です。

相撲部屋や出身地ごとの成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?


出羽海部屋の基本情報 一門 :出羽海一門
創設 :文久2年(1862年)
創設者:3代・出羽ノ海 桂川 立吉(元幕下)
現師匠:11代・出羽海 昭和(元前頭2枚目・小城ノ花)
現住所:東京都墨田区両国2-3-15

この記事の目次

スポンサーリンク



出羽海部屋の優勝力士

優勝制度が制定された明治42年(1909)6月場所以降、出羽海部屋の幕内最高優勝力士は15人が誕生しており、総優勝回数は50回にもなります。

出羽海部屋の初優勝はいつで誰?

出羽海部屋の初優勝力士は、明治43年(1910)1月場所のことで横綱・常陸山でした。常陸山の優勝はこの1回だけですが、それ以前にも優勝相当の成績を6度おさめています。その後は横綱・栃木山や常ノ花、そして千代の山など歴代の横綱たちが続いていきました。

出羽海部屋最後の優勝力士は?

出羽海部屋で最後の優勝力士は記憶に新しい関脇・御嶽海で、令和元年(2019)9月場所です。平成30年7月場所で果たした初優勝は長野県出身力士としても初であり、出羽海部屋としては昭和55年(1980)1月場所の横綱・三重ノ海以来、約38年ぶりの賜杯でした。

出羽海部屋の優勝力士一覧

優勝回数が多い順にご紹介しましよう。
スポンサーリンク


出羽海部屋の横綱

長い歴史を誇る名門、出羽海部屋では実に9人もの横綱が誕生しています。大関の時に九重部屋へと移籍し、のちに横綱へと昇進した北の富士も含めると実に10人もの横綱が育ったと言えるまさに名門です。

常陸山 谷右エ門

茨城県水戸市出身、出羽ノ海部屋の元力士で最高位は横綱。明治後期の相撲黄金時代を築いた「角聖」は一代で部屋を角界一の大部屋へ、国技館建設などにも尽力。

常陸山 谷右エ門(ひたちやま たにえもん)

最高位 :第19代横綱

年寄名跡:5代出羽ノ海

出身地 :茨城県水戸市

本 名 :市毛 谷⇒市毛 谷右衛門

生年月日:明治7年(1874)1月19日

没年月日:大正11年(1922)6月19日(享年48歳)

所属部屋:入間川⇒出羽ノ海⇒三ツ湊(名古屋)⇒中村(大阪)⇒出羽ノ海部屋

改名歴 :御西山⇒常陸山

初土俵 :明治25年(1892)6月・序ノ口(18歳5ヵ月)

新十両 :明治31年(1898)5月(24歳4ヵ月)

新入幕 :明治32年(1899)1月(25歳0ヵ月)

新三役 :明治33年(1900)5月(26歳4ヵ月)

新大関 :明治34年(1901)5月(27歳4ヵ月)

横綱昇進:明治37年(1904)1月(30歳0ヵ月)

最終場所:大正3年(1914)5月(40歳4ヵ月)

生涯戦歴:159勝15敗131休23分2預/199出場(33場所)

生涯勝率:91.4%

優勝等 :幕内優勝1回(次点2)優勝相当6回

幕内戦歴:150勝15敗131休22分2預(32場所)勝率:90.9%

  横綱:83勝10敗108休17分2預(22場所)勝率:89.2%

  大関:37勝3敗9休1分(5場所)勝率:92.5%

  関脇:15勝1敗2休2分(2場所)勝率:93.8%

  前頭:15勝1敗12休2分(3場所)勝率:93.8%

十両戦歴:9勝0敗1分(1場所)勝率:100.0%

大錦 夘一郎

大阪府大阪市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。無敵の太刀山を破る活躍で入幕わずか6場所で横綱へと昇進。

大錦 夘一郎(おおにしき ういちろう)

最高位 :第26代横綱

出身地 :大阪府大阪市

本 名 :細川 夘一郎

生年月日:明治24年(1891)11月25日

没年月日:昭和16年(1941)5月13日(享年49歳)

所属部屋:出羽海部屋

初土俵 :明治43年(1910)1月(18歳2ヵ月)

新十両 :大正3年(1914)1月(22歳2ヵ月)

新入幕 :大正4年(1915)1月(23歳2ヵ月)

新三役 :大正4年(1915)6月(23歳7ヵ月)

新大関 :大正5年(1916)1月(24歳2ヵ月)

横綱昇進:大正6年(1917)5月(25歳6ヵ月)

最終場所:大正12年(1923)1月(31歳2ヵ月)

生涯戦歴:134勝16敗32休3分2預/155出場(21場所)

生涯勝率:89.3%

優勝等 :幕内優勝5回(次点4),十両優勝1回,序二段優勝1回

幕内戦歴:119勝16敗32休3分(17場所)勝率:88.1%

  横綱:77勝9敗31休3分(12場所)勝率:89.5%

  大関:25勝5敗(3場所)勝率:83.3%

  小結:9勝1敗(1場所)勝率:90.0%

  前頭:8勝1敗1休(1場所)勝率:88.9%

十両戦歴:10勝0敗2預(2場所)勝率:100.0%

栃木山 守也

栃木県下都賀郡出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。序ノ口から驚異的なスピードで番付を駆け上がり所要8場所で新入幕、この間に喫した黒星はわずか3つだった。

入幕後も勢いが衰えることはなく新三役の場所で56連勝中だった横綱・太刀山を破るなど大活躍をみせた。さらに新大関昇進場所で初優勝、そして翌場所も優勝と連覇で場所後には横綱へと推移された。横綱在位中の勝率は93.5%で近代最強力士との声も。しかし3場所連続優勝の真っ只中で「今が華だと思うから」と突如の引退を表明し世間を驚かせた。

「分家を許さず」の出羽海部屋だったが生前の5代出羽ノ海(元横綱・常陸山)から異例の分家を認められていた栃木山は8代春日野を襲名すると独立して春日野部屋を興した。

8代・春日野 剛也

栃木山 守也(とちぎやま もりや)

最高位 :第27代横綱

年寄名跡:8代春日野

出身地 :栃木県下都賀郡

本 名 :横田 守也⇒中田 守也

生年月日:明治25年(1892)2月5日

没年月日:昭和34年(1959)10月3日(享年67歳)

所属部屋:出羽海部屋

初土俵 :明治44年(1911)2月(19歳0ヵ月)

新十両 :大正3年(1914)1月(21歳11ヵ月)

新入幕 :大正4年(1915)1月(22歳11ヵ月)

新三役 :大正5年(1916)5月(24歳3ヵ月)

新大関 :大正6年(1917)5月(25歳3ヵ月)

横綱昇進:大正7年(1918)5月(26歳3ヵ月)

最終場所:大正14年(1925)5月(33歳3ヵ月)

生涯戦歴:197勝26敗24休7分5預/235出場(30場所)

生涯勝率:88.3%

優勝等 :幕内優勝9回(次点4),幕下優勝1回

成 績 :金星2個

幕内戦歴:166勝23敗24休7分4預(22場所)勝率:87.8%

  横綱:115勝8敗22休6分3預(15場所)勝率:93.5%

  大関:19勝0敗1預(2場所)勝率:100.0%

  関脇:6勝3敗1休(1場所)勝率:66.7%

  小結:6勝3敗1休(1場所)勝率:66.7%

  前頭:20勝9敗1分(3場所)勝率:69.0%

十両戦歴:9勝2敗(2場所)勝率:81.8%

常ノ花 寛市

岡山県岡山市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。華やかな投技で人気だった横綱、戦後の混乱期には理事長として敏腕を振るい協会の礎を築く。

常ノ花 寛市(つねのはな かんいち)

最高位 :第31代横綱

年寄名跡:9代藤島⇒7代出羽海

出身地 :岡山県岡山市

本 名 :山野辺 寛一

生年月日:明治29年(1896)11月23日

没年月日:昭和35年(1960)11月28日(享年64歳)

所属部屋:出羽海部屋

初土俵 :明治43年(1910)1月(13歳2ヵ月)

新十両 :大正4年(1915)6月(18歳7ヵ月)

新入幕 :大正6年(1917)5月(20歳6ヵ月)

新三役 :大正8年(1919)1月(22歳2ヵ月)

新大関 :大正9年(1920)5月(23歳6ヵ月)

横綱昇進:大正13年(1924)5月(27歳6ヵ月)

最終場所:昭和5年(1930)10月(33歳11ヵ月)

生涯戦歴:263勝81敗66休8分10預/361出場(49場所)

生涯勝率:76.5%

優勝等 :幕内優勝10回(次点4),十両優勝1回

幕内戦歴:221勝58敗66休8分6預(34場所)勝率:79.2%

  横綱:131勝31敗52休3分1預(20場所)勝率:80.9%

  大関:52勝13敗10休4分2預(8場所)勝率:80.0%

  関脇:19勝6敗2休1分2預(3場所)勝率:76.0%

  前頭:19勝8敗2休1預(3場所)勝率:70.4%

十両戦歴:14勝8敗2預(4場所)勝率:63.6%

武藏山 武

神奈川県横浜市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。初土俵から一気に番付を駆け上がるも、痛めていた右肘は横綱で悲鳴をあげた。

武藏山 武(むさしやま たけし)

最高位 :第33代横綱

年寄名跡:10代出来山⇒7代不知火

出身地 :神奈川県横浜市

本 名 :横山 武

生年月日:明治42年(1909)12月5日

没年月日:昭和44年(1969)3月15日(享年59歳)

所属部屋:出羽海部屋

初土俵 :大正15年(1926)1月(16歳1ヵ月)

新十両 :昭和4年(1929)1月(19歳1ヵ月)

新入幕 :昭和4年(1929)5月(19歳5ヵ月)

新三役 :昭和5年(1930)5月(20歳5ヵ月)

新大関 :昭和7年(1932)1月(22歳1ヵ月)

横綱昇進:昭和11年(1936)1月(26歳1ヵ月)

最終場所:昭和14年(1939)5月(29歳5ヵ月)

生涯戦歴:240勝79敗71休2分/318出場(41場所)

生涯勝率:75.2%

優勝等 :幕内優勝1回(次点7),十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回

成 績 :金星2個

幕内戦歴:174勝69敗71休2分(29場所)勝率:71.6%

  横綱:15勝15敗70休(8場所)勝率:50.0%

  大関:76勝28敗2分(11場所)勝率:73.1%

  小結:50勝15敗1休(6場所)勝率:76.9%

  前頭:33勝11敗(4場所)勝率:75.0%

十両戦歴:20勝2敗(2場所)勝率:90.9%

安藝ノ海 節男

広島県広島市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。双葉山の連勝を止めた世紀の1番は前頭4枚目の時、のちに横綱へと昇進。

安藝ノ海 節男(あきのうみ せつお)

最高位 :第37代横綱

年寄名跡:8代不知火⇒10代藤島

出身地 :広島県広島市

本 名 :永田 節男

生年月日:大正3年(1914)5月30日

没年月日:昭和54年(1979)3月25日(享年64歳)

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :永田⇒安藝ノ海

初土俵 :昭和7年(1932)2月(17歳9ヵ月)

新十両 :昭和11年(1936)1月(21歳8ヵ月)

新入幕 :昭和13年(1938)1月(23歳8ヵ月)

新三役 :昭和15年(1940)1月(25歳8ヵ月)

新大関 :昭和16年(1941)1月(26歳8ヵ月)

横綱昇進:昭和18年(1943)1月(28歳8ヵ月)

最終場所:昭和21年(1946)11月(32歳6ヵ月)

生涯戦歴:209勝101敗38休/309出場(32場所)

生涯勝率:67.4%

優勝等 :幕内優勝1回(次点3),序ノ口優勝1回

成 績 :金星1個

幕内戦歴:142勝59敗38休(18場所)勝率:70.6%

  横綱:38勝19敗38休(8場所)勝率:66.7%

  大関:47勝13敗(4場所)勝率:78.3%

  関脇:24勝6敗(2場所)勝率:80.0%

  前頭:33勝21敗(4場所)勝率:61.1%

十両戦歴:28勝18敗(4場所)勝率:60.9%

千代の山 雅信

部屋の継承を巡って耐え忍んだが出羽海一門からの破門を条件に独立、大関だった北の富士らを連れて九重部屋を興す

千代の山 雅信(ちよのやま まさのぶ)

最高位 :第41代横綱

年寄名跡:横綱特権・千代の山⇒11代九重

出身地 :北海道松前郡

本 名 :杉村 昌治

生年月日:大正15年(1926)6月2日

没年月日:昭和52年(1977)10月29日(享年51歳)

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :杉村⇒千代ノ山⇒千代の山

初土俵 :昭和17年(1942)1月(15歳7ヵ月)

新十両 :昭和19年(1944)11月(18歳5ヵ月)

新入幕 :昭和20年(1945)11月(19歳5ヵ月)

新三役 :昭和22年(1947)6月(21歳0ヵ月)

新大関 :昭和24年(1949)10月(23歳4ヵ月)

横綱昇進:昭和26年(1951)9月(25歳3ヵ月)

最終場所:昭和34年(1959)1月(32歳7ヵ月)

生涯戦歴:407勝158敗147休2分/561出場(54場所)

生涯勝率:72.0%

優勝等 :幕内優勝6回(次点6),十両優勝2回

成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星3個

幕内戦歴:366勝149敗147休2分(46場所)勝率:71.1%

  横綱:239勝103敗137休1分(32場所)勝率:69.9%

  大関:67勝23敗(6場所)勝率:74.4%

  関脇:24勝14敗10休1分(4場所)勝率:63.2%

  前頭:36勝9敗(4場所)勝率:80.0%

十両戦歴:14勝3敗(2場所)勝率:82.4%

佐田の山 晋松

部屋では「不許分家独立」の不文律を取り払い、理事長としては改革案を掲げて孤軍奮闘

佐田の山 晋松(さだのやま しんまつ)

最高位 :第50代横綱

年寄名跡:9代出羽海⇒12代境川⇒13代中立

出身地 :長崎県南松浦郡有川町

本 名 :佐々田 晋松⇒市川 晋松

生年月日:昭和13年(1938)2月18日

没年月日:平成29年(2017)4月27日(享年79歳)

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :佐々田⇒佐田ノ山⇒佐田の山⇒佐田乃山⇒佐田の山

初土俵 :昭和31年(1956)1月(17歳11ヵ月)

新十両 :昭和35年(1960)3月(22歳1ヵ月)

新入幕 :昭和36年(1961)1月(22歳11ヵ月)

新三役 :昭和36年(1961)9月(23歳7ヵ月)

新大関 :昭和37年(1962)5月(24歳3ヵ月)

横綱昇進:昭和40年(1965)3月(27歳1ヵ月)

最終場所:昭和43年(1968)3月(30歳1ヵ月)

生涯戦歴:591勝251敗61休/837出場(71場所)

生涯勝率:70.2%

優勝等 :幕内優勝6回(同点3・次点7)

成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星2個

幕内戦歴:435勝164敗61休(44場所)勝率:72.6%

  横綱:188勝64敗33休(19場所)勝率:74.6%

  大関:176勝66敗13休(17場所)勝率:72.7%

  関脇:38勝22敗(4場所)勝率:63.3%

  前頭:33勝12敗15休(4場所)勝率:73.3%

十両戦歴:47勝28敗(5場所)勝率:62.7%

三重ノ海 剛司

三重県松阪市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は横綱。大関から陥落経験のある唯一の横綱、武蔵川部屋を興して数々の名力士を育てた。

三重ノ海 剛司(みえのうみ つよし)

最高位 :第57代横綱

年寄名跡:11代山科⇒14代武蔵川

出身地 :三重県松阪市

本 名 :石山 五郎

生年月日:昭和23年(1948)2月4日

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :石山⇒三重ノ海

初土俵 :昭和38年(1963)7月(15歳5ヵ月)

新十両 :昭和44年(1969)3月(21歳1ヵ月)

新入幕 :昭和44年(1969)9月(21歳7ヵ月)

新三役 :昭和45年(1970)7月(22歳5ヵ月)

新大関 :昭和51年(1976)1月(27歳11ヵ月)

横綱昇進:昭和54年(1979)9月(31歳7ヵ月)

最終場所:昭和55年(1980)11月(32歳9ヵ月)

生涯戦歴:695勝525敗56休1分/1214出場(105場所)

生涯勝率:57.0%

優勝等 :幕内優勝3回(同点1・次点5),三段目優勝1回

成 績 :殊勲賞5回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星5個

幕内戦歴:543勝413敗51休1分(68場所)勝率:56.8%

  横綱:55勝23敗30休(8場所)勝率:70.5%

  大関:180勝123敗12休(21場所)勝率:59.4%

  関脇:99勝73敗8休(12場所)勝率:57.6%

  小結:29勝16敗(3場所)勝率:64.4%

  前頭:180勝178敗1休1分(24場所)勝率:50.3%

十両戦歴:28勝17敗(3場所)勝率:62.2%

スポンサーリンク


出羽海部屋の大関

對馬洋 弥吉

長崎県下県郡出身、出羽海部屋の元力士で最高位は大関。当時としては非常な長身で吊りが武器。

對馬洋 弥吉(つしまなだ やきち)

最高位 :大関

出身地 :長崎県下県郡

本 名 :川上 彌吉

生年月日:明治20年(1887)8月19日

没年月日:昭和8年(1933)2月16日(享年45歳)

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :津島洋⇒対島洋⇒對馬洋

初土俵 :明治43年(1910)1月(22歳5ヵ月)

新十両 :大正2年(1913)5月(25歳9ヵ月)

新入幕 :大正3年(1914)1月(26歳5ヵ月)

新三役 :大正5年(1916)1月(28歳5ヵ月)

新大関 :大正8年(1919)5月(31歳9ヵ月)

最終場所:大正11年(1922)5月(34歳9ヵ月)

生涯戦歴:81勝49敗49休3分12預/145出場(22場所)

生涯勝率:62.3%

優勝等 :三段目優勝1回,序ノ口優勝1回

幕内戦歴:62勝46敗49休2分11預(17場所)勝率:57.4%

  大関:10勝10敗(2場所)勝率:50.0%

  関脇:17勝9敗19休5預(5場所)勝率:65.4%

  小結:10勝8敗2預(2場所)勝率:55.6%

  前頭:25勝19敗30休2分4預(8場所)勝率:56.8%

十両戦歴:9勝3敗1分1預(2場所)勝率:75.0%

大ノ里 萬助

青森県南津軽郡出身、出羽海部屋の元力士で最高位は大関。小さな身体ながら向上心と熱心な稽古で大関に。人望も厚かった。

大ノ里 萬助(おおのさと まんすけ)

最高位 :大関

出身地 :青森県南津軽郡

本 名 :天内 萬助

生年月日:明治25年(1892)4月1日

没年月日:昭和13年(1938)1月22日(享年45歳)

所属部屋:出羽海部屋

初土俵 :明治45年(1912)1月(19歳9ヵ月)

新十両 :大正5年(1916)5月(24歳1ヵ月)

新入幕 :大正7年(1918)5月(26歳1ヵ月)

新三役 :大正11年(1922)1月(29歳9ヵ月)

新大関 :大正14年(1925)1月(32歳9ヵ月)

最終場所:昭和7年(1932)1月(39歳9ヵ月)

生涯戦歴:262勝160敗22休8分4預/434出場(50場所)

生涯勝率:62.1%

優勝等 :幕内次点4回

成 績 :金星2個

幕内戦歴:217勝147敗22休6分4預(37場所)勝率:59.6%

  大関:145勝99敗20休(24場所)勝率:59.4%

  関脇:25勝13敗3分(4場所)勝率:65.8%

  小結:6勝3敗1分(1場所)勝率:66.7%

  前頭:41勝32敗2休2分4預(8場所)勝率:56.2%

十両戦歴:18勝7敗(4場所)勝率:72.0%

常陸岩 英太郎

東京都中央区出身、出羽海部屋の元力士で最高位は大関。昭和3年(1928)1月場所後に不戦勝制度が整備されたのは常陸岩の優勝がきっかけ。

常陸岩 英太郎(ひたちいわ えいたろう)

最高位 :大関

年寄名跡:9代境川

出身地 :東京都中央区

本 名 :櫻井 英太郎

生年月日:明治33年(1900)3月9日

没年月日:昭和32年(1957)7月21日(享年57歳)

所属部屋:出羽海部屋

初土俵 :大正6年(1917)5月・新序(17歳2ヵ月)

新十両 :大正11年(1922)5月(22歳2ヵ月)

新入幕 :大正12年(1923)5月(23歳2ヵ月)

新三役 :大正14年(1925)5月(25歳2ヵ月)

新大関 :昭和2年(1927)5月(27歳2ヵ月)

最終場所:昭和6年(1931)3月(31歳0ヵ月)

生涯戦歴:190勝93敗47休3分3預/288出場(37場所)

生涯勝率:67.1%

優勝等 :幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回

幕内戦歴:147勝74敗47休3分3預(25場所)勝率:66.5%

  大関:87勝53敗35休1分(16場所)勝率:62.1%

  関脇:25勝8敗11休(4場所)勝率:75.8%

  前頭:35勝13敗1休2分3預(5場所)勝率:72.9%

十両戦歴:11勝3敗(2場所)勝率:78.6%

五ツ嶋 名良男

長崎県南松浦郡出身、出羽海部屋の元力士で最高位は大関。

五ツ嶋 名良男(いつつしま ならお)

最高位 :大関

出身地 :長崎県南松浦郡

本 名 :金崎 伊佐一

生年月日:大正元年(1912)12月22日

没年月日:昭和48年(1973)5月6日(享年60歳)

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :金崎⇒肥州嶽⇒五ツ嶋

初土俵 :昭和5年(1930)5月(17歳5ヵ月)

新十両 :昭和9年(1934)5月(21歳5ヵ月)

新入幕 :昭和11年(1936)5月(23歳5ヵ月)

新三役 :昭和15年(1940)5月(27歳5ヵ月)

新大関 :昭和16年(1941)1月(28歳1ヵ月)

最終場所:昭和17年(1942)1月(29歳1ヵ月)

生涯戦歴:171勝113敗20休/283出場(30場所)

生涯勝率:60.2%

優勝等 :幕内次点1回

成 績 :金星1個

幕内戦歴:86勝58敗20休(12場所)勝率:59.7%

  大関:12勝13敗5休(2場所)勝率:48.0%

  関脇:13勝2敗15休(2場所)勝率:86.7%

  前頭:61勝43敗(8場所)勝率:58.7%

十両戦歴:26勝18敗(4場所)勝率:59.1%

増位山 大志郎

兵庫県姫路市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は大関。

増位山 大志郎(ますいやま だいしろう)

最高位 :大関

年寄名跡:三保ヶ関

出身地 :兵庫県姫路市

本 名 :澤田 國秋

生年月日:大正8年(1919)11月3日

没年月日:昭和60年(1985)10月21日(享年65歳)

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :濱錦⇒増位山

初土俵 :昭和10年(1935)1月(15歳2ヵ月)

新十両 :昭和15年(1940)1月(20歳2ヵ月)

新入幕 :昭和16年(1941)1月(21歳2ヵ月)

新三役 :昭和19年(1944)1月(24歳2ヵ月)

新大関 :昭和24年(1949)1月(29歳2ヵ月)

最終場所:昭和25年(1950)1月(30歳2ヵ月)

生涯戦歴:199勝126敗24休/322出場(32場所)

生涯勝率:61.2%

優勝等 :幕内優勝2回(次点1),十両優勝1回,幕下優勝1回

成 績 :殊勲賞1回,技能賞1回,金星2個

幕内戦歴:138勝95敗23休(20場所)勝率:59.2%

  大関:27勝20敗11休(4場所)勝率:57.4%

  関脇:14勝7敗(2場所)勝率:66.7%

  小結:22勝14敗10休(4場所)勝率:61.1%

  前頭:75勝54敗2休(10場所)勝率:58.1%

十両戦歴:21勝9敗(2場所)勝率:70.0%

汐ノ海 忠夫

汐ノ海 忠夫(しおのうみ ただお)

最高位 :大関

年寄名跡:13代出来山

出身地 :兵庫県姫路市

本 名 :岸本 忠夫

生年月日:大正7年(1918)3月1日

没年月日:昭和58年(1983)7月18日(享年65歳)

所属部屋:出羽海部屋

改名歴 :岸本⇒汐ノ海

初土俵 :昭和13年(1938)1月(19歳10ヵ月)

新十両 :昭和17年(1942)1月(23歳10ヵ月)

新入幕 :昭和18年(1943)1月(24歳10ヵ月)

新三役 :昭和19年(1944)11月(26歳8ヵ月)

新大関 :昭和22年(1947)6月(29歳3ヵ月)

最終場所:昭和26年(1951)5月(33歳2ヵ月)

生涯戦歴:184勝140敗16休/322出場(30場所)

生涯勝率:56.8%

優勝等 :幕内次点1回

成 績 :金星2個

幕内戦歴:125勝115敗16休(20場所)勝率:52.1%

  大関:41勝61敗16休(9場所)勝率:40.2%

  関脇:28勝20敗(4場所)勝率:58.3%

  小結:15勝5敗(2場所)勝率:75.0%

  前頭:41勝29敗(5場所)勝率:58.6%

十両戦歴:22勝8敗(2場所)勝率:73.3%

1 2
カテゴリー : 相撲部屋

公開日:2020-02-10
投稿者:レイ

コメントはお気軽にどうぞ

ユーザー様の視聴環境

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。