尾車(おぐるま)部屋の主な所属力士をご紹介する尾車部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では尾車部屋の主な関取を中心に紹介していきます。最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。
- 一門
- :二所ノ関一門
- 創設
- :昭和62年(1987年)3月23日
- 創設者
- :第8代・尾車 浩一 (元大関・琴風 豪規)
- 最終師匠
- :同上
- 閉鎖
- :令和4年(2022年)2月6日
この記事の目次
尾車部屋の系図
尾車部屋の成り立ちを図にしてみました。
尾車部屋の優勝力士
尾車部屋の優勝力士は1人もいませんでした。
尾車部屋の三賞受賞力士
尾車部屋 歴代三賞受賞力士一覧
尾車部屋では、3人の力士が三賞を受賞し、獲得数はあわせて13回でした。
受賞の内訳は、技能賞が4回、殊勲賞が3回、敢闘賞が6回となっています。
また、ダブル受賞は嘉風が1回ずつ達成しました。
| 場所年月 | 番付 | 受賞力士 | 受賞 | 成績 | 受賞時 年齢 |
出身地 | 部屋 | 初土俵 | 生年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 令和元年7月 (2019年)R1.7 (2019) | 西前頭7 | 西前頭7友風 | 殊勲賞 [初] | 11勝4敗 | 24歳7ヶ月 | 神奈川県 | 尾車 | 平成29年5月 (2017年) | 平成6年12月2日 (1994年) |
| 平成29年9月 (2017年)H29.9 (2017) | 西関脇 | 西関脇嘉風 | 技能賞 [4回目] | 8勝7敗 | 35歳6ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成29年5月 (2017年)H29.5 (2017) | 西小結 | 西小結嘉風 | 技能賞 [3回目] | 8勝7敗 | 35歳2ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成28年7月 (2016年)H28.7 (2016) | 西前頭5 | 西前頭5嘉風 | 殊勲賞 [2回目] | 10勝5敗 | 34歳4ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成27年11月 (2015年)H27.11 (2015) | 西小結 | 西小結嘉風 | 技能賞 [2回目] | 8勝7敗 | 33歳8ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成27年9月 (2015年)H27.9 (2015) | 西前頭筆頭 | 西前頭筆頭嘉風 ダブル | 殊勲賞 [初] | 11勝4敗 | 33歳6ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 技能賞 [初] | |||||||||
| 平成27年7月 (2015年)H27.7 (2015) | 東前頭8 | 東前頭8嘉風 | 敢闘賞 [4回目] | 12勝3敗 | 33歳4ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成26年3月 (2014年)H26.3 (2014) | 東前頭4 | 東前頭4嘉風 | 敢闘賞 [3回目] | 10勝5敗 | 32歳0ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成22年9月 (2010年)H22.9 (2010) | 西前頭11 | 西前頭11嘉風 | 敢闘賞 [2回目] | 11勝4敗 | 28歳6ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成22年9月 (2010年)H22.9 (2010) | 西前頭12 | 西前頭12豪風 | 敢闘賞 [2回目] | 12勝3敗 | 31歳3ヶ月 | 秋田県 | 尾車 | 平成14年5月 (2002年) | 昭和54年6月21日 (1979年) |
| 平成20年11月 (2008年)H20.11 (2008) | 東前頭12 | 東前頭12嘉風 | 敢闘賞 [初] | 11勝4敗 | 26歳8ヶ月 | 大分県 | 尾車 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和57年3月19日 (1982年) |
| 平成20年1月 (2008年)H20.1 (2008) | 東前頭7 | 東前頭7豪風 | 敢闘賞 [初] | 12勝3敗 | 28歳7ヶ月 | 秋田県 | 尾車 | 平成14年5月 (2002年) | 昭和54年6月21日 (1979年) |
尾車部屋 三賞受賞回数ランキング
受賞回数は、1位が嘉風で10回(殊勲賞2回・技能賞4回・敢闘賞4回)、2位が豪風で2回(敢闘賞2回)、3位が友風で1回(殊勲賞1回)となっています。
| 順位 | 四股名 | 三賞 合計 |
技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 最高位 | 部屋 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 嘉風 | 10回 | 4 | 2 | 4 | 関脇 | 尾車 | 大分県 |
| 2位 | 豪風 | 2回 | 0 | 0 | 2 | 関脇 | 尾車 | 秋田県 |
| 3位 | 友風 | 1回 | 0 | 1 | 0 | 前頭3 | 尾車 | 神奈川県 |
尾車部屋の歴代師匠
第8代・尾車 浩一 (元大関・琴風)
琴風 豪規 (ことかぜ こうき)は三重県津市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は大関。
昭和46年(1971)7月場所に14歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和60年(1985)11月場所を最後に引退(28歳6ヶ月)。
通算成績は561勝352敗102休940出場。生涯勝率.597。通算87場所中、60場所を勝ち越した(勝ち越し率.698)。
主な成績は幕内優勝2回(次点2)、十両優勝1回、幕下優勝1回、殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞1回、金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)。
昭和32年(1957)4月26日生まれ。本名は中山 浩一。
得意の「がぶり寄り」を武器に活躍し、度重なる大怪我による絶望的な淵から這い上がり大関の座を掴み取った不屈の力士である。愛嬌のある顔立ちから「ペコちゃん」の愛称で親しまれる一方、相撲界随一のインテリ力士としても知られた。現役時代のみならず親方時代にも生命に関わる大怪我から奇跡の生還を果たしており、現在もNHK専属解説者として角界に身を置いている。
マロングラッセと過酷な内弟子時代
三重県津市出身。海軍相撲で鍛えた相撲好きの父の縁で、幼稚園児の頃から佐渡ヶ嶽部屋一行と交流があった。中学時代は「体育以外はオール5」という秀才で料理学校への進学を希望していたが、巡業の際に当時大関の琴櫻(のちの第53代横綱)からちゃんこに誘われ、土産にもらったマロングラッセの味に「相撲取りになればこんな高級なものが食べられるのか」と感動し、角界入りを決意した。
琴櫻が引退・独立した際の弟子として密かにスカウトされ、入門までは内弟子として普通の中学生活を送るつもりで上京した。ところが当時の師匠・11代佐渡ヶ嶽(元小結・琴錦)に見つかり「内弟子なんか許さん」と怒られ、昭和46年(1971年)7月場所に本名をもじった「中ノ山」の四股名で強引に前相撲を取らされてしまう。翌9月場所には「琴風」へと四股名を改めた。琴櫻の「内弟子」という特別扱いのため、部屋では凄まじいいじめに遭ったが、現役力士だった琴櫻にはかばうことが出来ず、琴風は廃業も覚悟した。それでも「人をいじめて何が楽しいのか。周囲を絶対に見返してやる」という反発心をバネに猛稽古に励んだ。その後、昭和49年(1974年)7月に11代佐渡ヶ嶽が急逝。場所前に引退して11代白玉を襲名したばかりであった琴櫻が、12代佐渡ヶ嶽として部屋を継承すると、琴風へのいじめはなくなった。
覚醒と大怪我、不屈のがぶり寄り
地道に力をつけ、昭和50年(1975年)11月場所に新十両、昭和52年(1977年)1月場所で新入幕を果たす。同年11月場所では横綱・北の湖を右前まわしからの強烈な寄りで土俵下へもんどり打たせて初金星を獲得。この一番を機に重い腰からの速攻が開眼した。
下半身が硬い弱点を補うために身につけた「がぶり寄り」は、相手の懐に飛び込んでひたすら前に出るため投げを打たれにくい理想的な武器となった。一躍大関候補となったが、昭和53年(1978年)11月場所の麒麟児戦で左膝内側側副靱帯断裂の大怪我を負い、翌場所の復帰戦で同箇所を再発させてしまう。古傷の再発であったため公傷が適用されず、以後2場所連続全休を余儀なくされて西幕下30枚目まで転落し、絶望の淵に立たされる。
しかし決して諦めず、幕下全勝優勝や十両優勝を経て昭和55年(1980年)1月場所に幕内へ生還。一気に三役まで戻るが、同年7月場所の栃光戦で左膝半月板損傷など再び大怪我を負う。当時の春日野理事長(元横綱・栃錦)に「今度こそ駄目だろう」と言わしめ、初めて患部にメスを入れるほどの重症であったが、不屈の闘志で再び立ち上がった。
初優勝、そして大関昇進と引退
昭和56年(1981年)7月場所後、大関陣が不在となる事態が発生し、「なんとか大関を生み出したい」との思惑から巡業では北の湖との三番稽古で徹底的にしごかれた。「こんどが最後のチャンス」と背水で臨んだ9月場所で12勝3敗の好成績を挙げ、悲願の幕内初優勝を達成。直前3場所31勝と目安には届かなかったが、大関不在の事情や幾度の地獄からカムバックした不屈の精神力が評価され、場所後の理事会で満場一致で大関昇進が決まった。伝達式では満面の笑みを見せたが、その夜には「この膝で大関としてやっていけるか」という不安に襲われ、トレードマークの笑顔が消えたという。
大関としては昭和58年(1983年)1月場所で14勝1敗を挙げ2度目の優勝を飾り、7場所連続11勝以上と安定した時代も築いた。しかし「がぶり寄り」が膝に与える負荷は大きく、満身創痍となっていく。昭和60年(1985年)5月場所で致命傷となる右膝外側側副靱帯損傷などの大怪我を負い、大関から陥落。東前頭10枚目まで番付を落とした同年11月場所、初日から3連敗を喫したところで28歳の若さで現役引退を表明した。左膝の幾度の大怪我を乗り越えてきた男にとって、頼みの綱であった右膝の崩壊が致命傷となった。
名伯楽からの奇跡の生還、そして現在
引退後は昭和62年(1987年)3月に佐渡ヶ嶽部屋から独立して尾車部屋を創設。豪風や嘉風などの名力士を育て上げた。平成21年(2009年)に預かった弟子の不祥事で二階級降格処分を受け部屋の閉鎖を考えたが、嘉風ら弟子たちの「師匠が辞めるなら自分も引退する」という言葉に翻意し、裏方衆にまで土下座して再起を誓った。
平成24年(2012年)には巡業部長に就任したが、同年4月の巡業会場で転倒し頸髄を捻挫。一時は首から下が麻痺し握力ゼロの寝たきり状態となり、医師から「本来なら呼吸器をつけて寝たきり」と言われるほどの重症を負う。しかし、同じ病院に入院していた大鵬からの激励などもあり、過酷なリハビリの末に奇跡的な回復を見せて職務復帰を果たした。
令和4年(2022年)4月に定年の65歳を迎えるにあたり、同年2月に尾車部屋を閉鎖。令和6年(2024年)5月に再雇用の任期満了を待たずに67歳で相撲協会を退職した。同年11月場所からは「琴風 浩一」の名義でNHKの大相撲中継専属解説者に就任。波乱万丈な相撲人生で培われた温かくも的確な解説で、今もなおファンに声を届けている。
- 四股名
- 琴風 豪規 (ことかぜ こうき)
- 最高位
- 大関
- 年寄名跡
- 8代尾車 浩一(佐渡ヶ嶽) → 8代尾車 浩一 → 8代尾車 浩一(押尾川)
- 出身地
- 三重県津市
- 本名
- 中山 浩一
- 生年月日
- 昭和32年(1957)4月26日
- 所属部屋
- 佐渡ヶ嶽部屋
- 改名歴
- 中ノ山 → 琴風 豪規
- 初土俵
- 昭和46年(1971)7月 前相撲(14歳2ヶ月)
- 新十両
- 昭和50年(1975)11月(所要26場所)
- 18歳6ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 新入幕
- 昭和52年(1977)1月(所要33場所)
- 19歳8ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
- 新小結
- 昭和53年(1978)9月(所要43場所)
- 21歳4ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
- 新関脇
- 昭和53年(1978)1月(所要39場所)
- 20歳8ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
- 新大関
- 昭和56年(1981)11月(所要62場所)
- 24歳6ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
- 最終場所
- 昭和60年(1985)11月場所(28歳6ヶ月)
- 大相撲歴
- 87場所(14年4ヶ月)
- 通算成績
- 561勝352敗102休940出場(勝率.597)
- 通算87場所
- 勝ち越し60場所(勝ち越し率.698)(勝ち越し星250)
- 優勝等
- 幕内優勝2回(次点2),十両優勝1回,幕下優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)
- 持給金
- 248円(勝ち越し星250個 優勝2回 金星6個)
- 大関戦歴
- 212勝110敗8休321出場(勝率.660)
- 在位22場所(在位率.253)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.909)
- 幕内戦歴
- 395勝249敗80休639出場(勝率.618)
- 在位49場所(在位率.563)
- 勝ち越し36場所(勝ち越し率.735)
- 三役戦歴
- 75勝55敗35休129出場(勝率.581)
- 在位11場所(在位率.126)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
- 関脇戦歴
- 68勝47敗35休114出場(勝率.596)
- 在位10場所(在位率.115)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
- 小結戦歴
- 7勝8敗0休15出場(勝率.467)
- 在位1場所(在位率.011)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 108勝84敗37休189出場(勝率.571)
- 在位16場所(在位率.184)
- 勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)
- 十両戦歴
- 70勝50敗15休120出場(勝率.583)
- 在位9場所(在位率.103)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
- 関取戦歴
- 465勝299敗95休759出場(勝率.613)
- 在位58場所(在位率.667)
- 勝ち越し43場所(勝ち越し率.741)
- 幕下以下歴
- 96勝53敗7休181出場(勝率.530)
- 在位28場所(在位率.322)
- 勝ち越し17場所(勝ち越し率.607)
名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。
- ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(263回 / 55.8%)
- ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(107回 / 35.5%)
- ✅ 得意な相手:麒麟児(21勝4敗 / 勝率.840)
- ✅ 苦手な相手:北の湖(3勝20敗 / 勝率.130)
出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。
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