尾車部屋の歴代力士一覧|全関取の戦歴と優勝・三賞記録

尾車(おぐるま)部屋の主な所属力士をご紹介する尾車部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では尾車部屋の主な関取を中心に紹介していきます。最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。

尾車部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:昭和62年(1987年)3月23日
創設者
:第8代・尾車 浩一 (元大関・琴風 豪規)
最終師匠
:同上
閉鎖
:令和4年(2022年)2月6日
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尾車部屋の系図

尾車部屋の成り立ちを図にしてみました。 尾車部屋・相関図

尾車部屋の優勝力士

尾車部屋の優勝力士は1人もいませんでした。

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尾車部屋の三賞受賞力士

尾車部屋 歴代三賞受賞力士一覧

尾車部屋では、3人の力士が三賞を受賞し、獲得数はあわせて13回でした。

受賞の内訳は、技能賞が4回、殊勲賞が3回、敢闘賞が6回となっています。

また、ダブル受賞は嘉風が1回ずつ達成しました。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和元年7月
(2019年)
R1.7
(2019)
西前頭7西前頭7友風殊勲賞 [初]11勝4敗24歳7ヶ月神奈川県尾車平成29年5月
(2017年)
平成6年12月2日
(1994年)
平成29年9月
(2017年)
H29.9
(2017)
西関脇西関脇嘉風技能賞 [4回目]8勝7敗35歳6ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成29年5月
(2017年)
H29.5
(2017)
西小結西小結嘉風技能賞 [3回目]8勝7敗35歳2ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成28年7月
(2016年)
H28.7
(2016)
西前頭5西前頭5嘉風殊勲賞 [2回目]10勝5敗34歳4ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成27年11月
(2015年)
H27.11
(2015)
西小結西小結嘉風技能賞 [2回目]8勝7敗33歳8ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成27年9月
(2015年)
H27.9
(2015)
西前頭筆頭西前頭筆頭嘉風
ダブル
殊勲賞 [初]11勝4敗33歳6ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
技能賞 [初]
平成27年7月
(2015年)
H27.7
(2015)
東前頭8東前頭8嘉風敢闘賞 [4回目]12勝3敗33歳4ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成26年3月
(2014年)
H26.3
(2014)
東前頭4東前頭4嘉風敢闘賞 [3回目]10勝5敗32歳0ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成22年9月
(2010年)
H22.9
(2010)
西前頭11西前頭11嘉風敢闘賞 [2回目]11勝4敗28歳6ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成22年9月
(2010年)
H22.9
(2010)
西前頭12西前頭12豪風敢闘賞 [2回目]12勝3敗31歳3ヶ月秋田県尾車平成14年5月
(2002年)
昭和54年6月21日
(1979年)
平成20年11月
(2008年)
H20.11
(2008)
東前頭12東前頭12嘉風敢闘賞 [初]11勝4敗26歳8ヶ月大分県尾車平成16年1月
(2004年)
昭和57年3月19日
(1982年)
平成20年1月
(2008年)
H20.1
(2008)
東前頭7東前頭7豪風敢闘賞 [初]12勝3敗28歳7ヶ月秋田県尾車平成14年5月
(2002年)
昭和54年6月21日
(1979年)

尾車部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が嘉風で10回(殊勲賞2回・技能賞4回・敢闘賞4回)、2位が豪風で2回(敢闘賞2回)、3位が友風で1回(殊勲賞1回)となっています。

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順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 嘉風 10回 4 2 4 関脇 尾車 大分県
2位 豪風 2回 0 0 2 関脇 尾車 秋田県
3位 友風 1回 0 1 0 前頭3 尾車 神奈川県

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尾車部屋の最高位:十両

星風 芳宏

星風 芳宏(ほしかぜ よしひろ)モンゴル・トゥブ市出身、尾車部屋の元力士で、最高位は十両3枚目

平成14年(2002)11月場所に18歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(27歳1ヶ月)。

通算成績は225勝182敗0休407出場。生涯勝率.553。通算50場所中、32場所を勝ち越した(勝ち越し率.653)。

主な成績は幕下同点1回,序二段優勝1回

昭和58年(1983)12月15日生まれ。本名はボルド・アマラメンデ。

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高校は鳥取城北高校で相撲を学ぶ。平成21年(2009)9月場所で新十両昇進を果たした。

平成23年(2011)の大相撲八百長問題に関与したとされたが特別調査委員会では処分が決定されずに調査続行とされていた。しかし師匠の尾車親方(元大関・琴風)が「これだけ騒がれては、どちらにしても相撲は取れない」と調査委員会の調査を待たずに星風を引退させる意向を明らかにした。

その後、引退勧告処分が出されたが星風はこれを不服として訴訟を起こす。一時は相撲協会側が、解雇前の地位である十両と同額の給料を1年間支払うことで和解の可能性もあったが、結局は星風側が敗訴し解雇が決定した。

四股名
星風 芳宏(ほしかぜ よしひろ)
最高位
十両3枚目
出身地
モンゴル・トゥブ市
本名
ボルド・アマラメンデ
生年月日
昭和58年(1983)12月15日
出身高校
鳥取城北高校
所属部屋
尾車部屋
改名歴
星風 芳宏
初土俵
平成14年(2002)11月 前相撲(18歳10ヶ月)
新十両
平成21年(2009)9月(所要41場所)
25歳8ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)1月(27歳1ヶ月)
大相撲歴
50場所(8年2ヶ月)
通算成績
225勝182敗0休407出場(勝率.553)
通算50場所
勝ち越し32場所(勝ち越し率.653)
優勝等
幕下同点1回,序二段優勝1回
十両戦歴
58勝62敗0休120出場(勝率.483)
在位8場所(在位率.160)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.500)
幕下以下歴
167勝120敗0休287出場(勝率.582)
在位41場所(在位率.820)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.683)


富風 悟

愛知県海部郡弥富町出身、尾車部屋の元力士で最高位は十両8枚目。平成15年(2003)7月場所中に急性心筋梗塞で緊急入院も一命は取りとめ1年後に引退。

  • 四股名 :富風 悟(とみかぜ さとる)
  • 最高位 :十両8枚目
  • 出身地 :愛知県海部郡弥富町
  • 本 名 :平川 悟
  • 生年月日:昭和47年(1972)1月27日
  • 所属部屋:尾車部屋
  • 改名歴 :平川⇒富風
  • 初土俵 :昭和62年(1987)7月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成12年(2000)7月(28歳6ヵ月)
  • 最終場所:平成16年(2004)7月(32歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:357勝306敗108休/659出場(103場所)
  • 生涯勝率:53.8%
  • 優勝等 :幕下同点1回
  • 十両戦歴:36勝54敗15休(7場所)勝率:40.0%

舞風 昌宏

青森県十和田市出身、尾車部屋の元力士で最高位は十両10枚目。

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  • 四股名 :舞風 昌宏(まいかぜ まさひろ)
  • 最高位 :十両10枚目
  • 出身地 :青森県十和田市
  • 本 名 :佐藤 昌宏
  • 生年月日:昭和51年(1976)9月21日
  • 所属部屋:尾車部屋
  • 改名歴 :佐藤⇒舞風
  • 初土俵 :平成4年(1992)3月(15歳6ヵ月)
  • 新十両 :平成17年(2005)1月(28歳4ヵ月)
  • 最終場所:平成19年(2007)5月(30歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:329勝311敗21休/637出場(92場所)
  • 生涯勝率:51.4%
  • 優勝等 :三段目優勝1回
  • 十両戦歴:19勝26敗(3場所)勝率:42.2%

宮乃風 陽

宮乃風 陽(みやのかぜ よう)は沖縄県 名護市出身、中村部屋の力士で最高位は十両10枚目。令和8年7月場所の番付は西 三段目70枚目。

小1の頃から名護クラブで相撲を始める。また小学生の頃はレスリングでも身体を鍛えていた。名護市立大宮中学を経て沖縄県立北部農林高校へと進学、個人・団体共に活躍をみせる。大学は日本体育大学へと進学し2年次に全国学生85㎏未満級優勝をはじめ数々の大会で優秀な成績をおさめた。

💡 沖縄県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
宮乃風 陽(みやのかぜ よう)
最高位
十両10枚目
最新番付
西 三段目70枚目
出身地
沖縄県 名護市
本名
宮城 陽
生年月日
平成11年(1999)1月30日(27歳)
身長・体重
172cm・116.8kg
出身高校
北部農林高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
宮城 → 宮乃風
初土俵
令和3年(2021)5月(22歳4ヵ月)
新十両
令和7年(2025)5月(26歳4ヵ月)
優勝
無し
通算成績
119勝97敗18休/215出場(勝率:55.3%)
直近7場所
4勝6敗18休(十両:11勝19敗)
7場所勝率
38.5%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
宮乃風が勝ちの決まり手(15勝)
引き落とし2
下手捻り2
押し出し2
突き落とし2
送り出し2
寄り切り1
その他4
宮乃風が負けの決まり手(25敗)※不戦敗1含む
押し出し7
叩き込み4
寄り倒し3
寄り切り3
突き出し2
上手投げ2
その他3
令8年7月
西 三段目70枚目(60枚降下)
0勝0敗
令8年5月
西 三段目10枚目(41枚降下)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 幕下30枚目(22枚降下)
0勝0敗7休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 幕下8枚目(4枚降下)
1勝2敗4休
○--●-|■やややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下4枚目(8枚降下)
3勝4敗
○-●--|●●-○-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両10枚目(4枚上昇・最高位更新)
3勝12敗
●●●●●|○●●●○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両14枚目
8勝7敗
○○●○○|○●●●●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

政風 基嗣

長崎県長崎市出身、尾車部屋の元力士で最高位は十両12枚目。東洋大1年生での全国学生相撲選手権大会で団体優勝、3年次には全日本相撲選手権大会でベスト8。十両の土俵を3場所務めた。

  • 四股名 :政風 基嗣(まさかぜ もとつぐ)
  • 最高位 :十両12枚目
  • 出身地 :長崎県長崎市
  • 本 名 :北園 基嗣
  • 生年月日:昭和58年(1983)4月28日
  • 出身大学:東洋大学
  • 所属部屋:尾車部屋
  • 改名歴 :北園⇒政風
  • 初土俵 :平成18年(2006)3月(22歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成24年(2012)5月(29歳1ヵ月)
  • 最終場所:平成30年(2018)5月(35歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:256勝239敗32休/492出場(73場所)
  • 生涯勝率:51.7%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:15勝29敗1休(3場所)勝率:34.1%

尾車部屋の最高位:幕下

錦風 真悟

錦風 真悟 (にしきかぜ しんご)北海道石狩市出身、尾車部屋の元力士で、最高位は幕下筆頭

平成5年(1993)3月場所に15歳1ヶ月で初土俵を踏み、平成27年(2015)1月場所を最後に引退(36歳11ヶ月)※番付上は平成27年(2015)3月場所

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通算成績は461勝449敗0休910出場。生涯勝率.507。通算131場所中、66場所を勝ち越した(勝ち越し率.508)。

主な成績は幕下優勝1回、三段目優勝1回

昭和53年(1978)2月14日生まれ。本名は足達 康之。

小学生の頃から部屋の稽古に参加して角界へ進み、初土俵から引退直前まで一度も休場することなく土俵を務め上げた錦風は、その誠実な人柄で誰からも愛された力士である。最高位は幕下筆頭と関取の座にはあと一歩届かなかったが、その人間性の素晴らしさを買われて引退後は世話人となり、裏方として大相撲を支え続けている。

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尾車部屋への入門と四股名の由来

東京都江戸川区に生まれ、小学生の頃からすでに尾車部屋の稽古に参加するなど、早くから相撲に親しむ環境で育った。中学校卒業直前の平成5年(1993年)3月場所において、8代尾車(元大関・琴風)が率いる尾車部屋から初土俵を踏んだ。

入門に合わせて「錦風」の四股名を名乗った。この四股名は、同郷である江戸川区出身の第44代横綱・栃錦から「錦」の字を、師匠の四股名である琴風から「風」の字をそれぞれ頂戴したものである。なお、番付上の出身地は当初「東京都江戸川区」としていたが、のちに祖父の出身地である「北海道石狩市」へと変更している。

各段での優勝と幕下筆頭での大一番

初土俵から地道に番付を上げ、平成10年(1998年)3月場所では東三段目46枚目で7戦全勝とし、自身初となる三段目優勝を飾る。さらに平成13年(2001年)3月場所においては西幕下43枚目の地位で7戦全勝の幕下優勝を果たし、幕下上位へと大きく躍進した。

そして同年7月場所では、自己最高位となる西幕下筆頭まで番付を上げる。勝ち越せば関取(十両)昇進が確実となる地位であったが、この場所は3勝4敗と惜しくも負け越し、悲願の関取昇進は叶わなかった。

優しさと真面目さ、誰からも愛された人柄

関取の座を逃した後も決して腐ることなく、幕下や三段目の土俵で長く相撲を取り続けた。平成19年(2007年)3月場所からは下の名前の表記を「眞悟」から「真悟」へと改めている。

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稽古場での実力は誰もが認めるものであったが、土俵上では持ち前の優しさや真面目さが災いし、勝負どころで本来の力を出し切れない不器用な面もあったという。しかし、誰に対しても思いやりを持って接するその誠実な人柄は、師匠である尾車や、豪風や嘉風といった弟弟子たちから深く愛され、絶大な信頼を集めていた。

無事息災な土俵と最後の一番

初土俵を踏んだ平成5年(1993年)3月場所から、ただの1度も休場することなく土俵に立ち続けた。現役最後の土俵となった平成27年(2015年)1月場所の最後の一番では鳥羽の山と対戦して白星を挙げたが、奇しくも鳥羽の山もこの一番を最後に引退を決めており、「最後が錦風で良かった」と語るなど、力士仲間からの人望の厚さを物語るエピソードを残している。

世話人への転身と押尾川部屋への移籍

その真面目な人間性を高く評価され、翌3月場所を前に、師匠の尾車からの推薦で世話人への就任打診があったことを機に現役引退を決断。同年2月1日付で正式に採用され、22年にわたる現役生活に幕を下ろした。通算連続出場は910回を数えた。

世話人に就任してからは、自身が新弟子の頃から優しく接してくれた先輩世話人の友鵬を手本とし、協会の裏方業務や尾車部屋の若手力士のサポートに尽力した。その後、師匠の定年退職に伴って令和4年(2022年)2月7日付で尾車部屋が閉鎖されると、かつての弟弟子であり部屋付きの親方であった22代押尾川(元関脇・豪風)が新設した押尾川部屋へと移籍した。現在も大相撲の円滑な運営を支え続けている。

四股名
錦風 真悟 (にしきかぜ しんご)
最高位
幕下筆頭
出身地
東京都江戸川区 → 北海道石狩市
本名
足達 康之
生年月日
昭和53年(1978)2月14日
所属部屋
尾車部屋
改名歴
錦風 眞悟 → 錦風 真悟
初土俵
平成5年(1993)3月 前相撲(15歳1ヶ月)
最終場所
平成27年(2015)1月場所(36歳11ヶ月)※番付上は平成27年(2015)3月場所
大相撲歴
131場所(21年10ヶ月)
通算成績
461勝449敗0休910出場(勝率.507)
通算131場所
勝ち越し66場所(勝ち越し率.508)(勝ち越し星146)
優勝等
幕下優勝1回,三段目優勝1回
持給金
76円(勝ち越し星146個)
幕下以下歴
461勝449敗0休910出場(勝率.507)
在位130場所(在位率.992)
勝ち越し66場所(勝ち越し率.508)

錦風 真悟の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

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  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(187回 / 40.6%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(108回 / 24.1%)
  • ✅ 得意な相手:黒澤(8勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:出羽の郷(1勝7敗 / 勝率.125)

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尾車部屋の歴代師匠

第8代・尾車 浩一 (元大関・琴風)

在任期間(昭和62年(1987年)3月23日~令和4年(2022年)2月6日)

琴風 豪規 (ことかぜ こうき)三重県津市出身、佐渡ヶ嶽部屋の元力士で、最高位は大関

昭和46年(1971)7月場所に14歳2ヶ月で初土俵を踏み、昭和60年(1985)11月場所を最後に引退(28歳6ヶ月)。

通算成績は561勝352敗102休940出場。生涯勝率.597。通算87場所中、60場所を勝ち越した(勝ち越し率.698)。

主な成績は幕内優勝2回(次点2)、十両優勝1回、幕下優勝1回殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞1回、金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)

昭和32年(1957)4月26日生まれ。本名は中山 浩一。

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得意の「がぶり寄り」を武器に活躍し、度重なる大怪我による絶望的な淵から這い上がり大関の座を掴み取った不屈の力士である。愛嬌のある顔立ちから「ペコちゃん」の愛称で親しまれる一方、相撲界随一のインテリ力士としても知られた。現役時代のみならず親方時代にも生命に関わる大怪我から奇跡の生還を果たしており、現在もNHK専属解説者として角界に身を置いている。

マロングラッセと過酷な内弟子時代

三重県津市出身。海軍相撲で鍛えた相撲好きの父の縁で、幼稚園児の頃から佐渡ヶ嶽部屋一行と交流があった。中学時代は「体育以外はオール5」という秀才で料理学校への進学を希望していたが、巡業の際に当時大関の琴櫻(のちの第53代横綱)からちゃんこに誘われ、土産にもらったマロングラッセの味に「相撲取りになればこんな高級なものが食べられるのか」と感動し、角界入りを決意した。

琴櫻が引退・独立した際の弟子として密かにスカウトされ、入門までは内弟子として普通の中学生活を送るつもりで上京した。ところが当時の師匠・11代佐渡ヶ嶽(元小結・琴錦)に見つかり「内弟子なんか許さん」と怒られ、昭和46年(1971年)7月場所に本名をもじった「中ノ山」の四股名で強引に前相撲を取らされてしまう。翌9月場所には「琴風」へと四股名を改めた。琴櫻の「内弟子」という特別扱いのため、部屋では凄まじいいじめに遭ったが、現役力士だった琴櫻にはかばうことが出来ず、琴風は廃業も覚悟した。それでも「人をいじめて何が楽しいのか。周囲を絶対に見返してやる」という反発心をバネに猛稽古に励んだ。その後、昭和49年(1974年)7月に11代佐渡ヶ嶽が急逝。場所前に引退して11代白玉を襲名したばかりであった琴櫻が、12代佐渡ヶ嶽として部屋を継承すると、琴風へのいじめはなくなった。

覚醒と大怪我、不屈のがぶり寄り

地道に力をつけ、昭和50年(1975年)11月場所に新十両、昭和52年(1977年)1月場所で新入幕を果たす。同年11月場所では横綱・北の湖を右前まわしからの強烈な寄りで土俵下へもんどり打たせて初金星を獲得。この一番を機に重い腰からの速攻が開眼した。

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下半身が硬い弱点を補うために身につけた「がぶり寄り」は、相手の懐に飛び込んでひたすら前に出るため投げを打たれにくい理想的な武器となった。一躍大関候補となったが、昭和53年(1978年)11月場所の麒麟児戦で左膝内側側副靱帯断裂の大怪我を負い、翌場所の復帰戦で同箇所を再発させてしまう。古傷の再発であったため公傷が適用されず、以後2場所連続全休を余儀なくされて西幕下30枚目まで転落し、絶望の淵に立たされる。

しかし決して諦めず、幕下全勝優勝や十両優勝を経て昭和55年(1980年)1月場所に幕内へ生還。一気に三役まで戻るが、同年7月場所の栃光戦で左膝半月板損傷など再び大怪我を負う。当時の春日野理事長(元横綱・栃錦)に「今度こそ駄目だろう」と言わしめ、初めて患部にメスを入れるほどの重症であったが、不屈の闘志で再び立ち上がった。

初優勝、そして大関昇進と引退

昭和56年(1981年)7月場所後、大関陣が不在となる事態が発生し、「なんとか大関を生み出したい」との思惑から巡業では北の湖との三番稽古で徹底的にしごかれた。「こんどが最後のチャンス」と背水で臨んだ9月場所で12勝3敗の好成績を挙げ、悲願の幕内初優勝を達成。直前3場所31勝と目安には届かなかったが、大関不在の事情や幾度の地獄からカムバックした不屈の精神力が評価され、場所後の理事会で満場一致で大関昇進が決まった。伝達式では満面の笑みを見せたが、その夜には「この膝で大関としてやっていけるか」という不安に襲われ、トレードマークの笑顔が消えたという。

大関としては昭和58年(1983年)1月場所で14勝1敗を挙げ2度目の優勝を飾り、7場所連続11勝以上と安定した時代も築いた。しかし「がぶり寄り」が膝に与える負荷は大きく、満身創痍となっていく。昭和60年(1985年)5月場所で致命傷となる右膝外側側副靱帯損傷などの大怪我を負い、大関から陥落。東前頭10枚目まで番付を落とした同年11月場所、初日から3連敗を喫したところで28歳の若さで現役引退を表明した。左膝の幾度の大怪我を乗り越えてきた男にとって、頼みの綱であった右膝の崩壊が致命傷となった。

名伯楽からの奇跡の生還、そして現在

引退後は昭和62年(1987年)3月に佐渡ヶ嶽部屋から独立して尾車部屋を創設。豪風や嘉風などの名力士を育て上げた。平成21年(2009年)に預かった弟子の不祥事で二階級降格処分を受け部屋の閉鎖を考えたが、嘉風ら弟子たちの「師匠が辞めるなら自分も引退する」という言葉に翻意し、裏方衆にまで土下座して再起を誓った。

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平成24年(2012年)には巡業部長に就任したが、同年4月の巡業会場で転倒し頸髄を捻挫。一時は首から下が麻痺し握力ゼロの寝たきり状態となり、医師から「本来なら呼吸器をつけて寝たきり」と言われるほどの重症を負う。しかし、同じ病院に入院していた大鵬からの激励などもあり、過酷なリハビリの末に奇跡的な回復を見せて職務復帰を果たした。

令和4年(2022年)4月に定年の65歳を迎えるにあたり、同年2月に尾車部屋を閉鎖。令和6年(2024年)5月に再雇用の任期満了を待たずに67歳で相撲協会を退職した。同年11月場所からは「琴風 浩一」の名義でNHKの大相撲中継専属解説者に就任。波乱万丈な相撲人生で培われた温かくも的確な解説で、今もなおファンに声を届けている。

四股名
琴風 豪規 (ことかぜ こうき)
最高位
大関
年寄名跡
8代尾車 浩一(佐渡ヶ嶽) → 8代尾車 浩一 → 8代尾車 浩一(押尾川)
出身地
三重県津市
本名
中山 浩一
生年月日
昭和32年(1957)4月26日
所属部屋
佐渡ヶ嶽部屋
改名歴
中ノ山 → 琴風 豪規
初土俵
昭和46年(1971)7月 前相撲(14歳2ヶ月)
新十両
昭和50年(1975)11月(所要26場所)
18歳6ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
新入幕
昭和52年(1977)1月(所要33場所)
19歳8ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
新小結
昭和53年(1978)9月(所要43場所)
21歳4ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
新関脇
昭和53年(1978)1月(所要39場所)
20歳8ヶ月(初土俵から6年6ヶ月)
新大関
昭和56年(1981)11月(所要62場所)
24歳6ヶ月(初土俵から10年4ヶ月)
最終場所
昭和60年(1985)11月場所(28歳6ヶ月)
大相撲歴
87場所(14年4ヶ月)
通算成績
561勝352敗102休940出場(勝率.597)
通算87場所
勝ち越し60場所(勝ち越し率.698)(勝ち越し星250)
優勝等
幕内優勝2回(次点2),十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞2回,技能賞1回,金星6個(北の湖3個、輪島2個、若乃花1個)
持給金
248円(勝ち越し星250個 優勝2回 金星6個)
大関戦歴
212勝110敗8休321出場(勝率.660)
在位22場所(在位率.253)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.909)
幕内戦歴
395勝249敗80休639出場(勝率.618)
在位49場所(在位率.563)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.735)
三役戦歴
75勝55敗35休129出場(勝率.581)
在位11場所(在位率.126)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.545)
関脇戦歴
68勝47敗35休114出場(勝率.596)
在位10場所(在位率.115)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
小結戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.011)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
108勝84敗37休189出場(勝率.571)
在位16場所(在位率.184)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)
十両戦歴
70勝50敗15休120出場(勝率.583)
在位9場所(在位率.103)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.778)
関取戦歴
465勝299敗95休759出場(勝率.613)
在位58場所(在位率.667)
勝ち越し43場所(勝ち越し率.741)
幕下以下歴
96勝53敗7休181出場(勝率.530)
在位28場所(在位率.322)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.607)

琴風 豪規の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(263回 / 55.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(107回 / 35.5%)
  • ✅ 得意な相手:麒麟児(21勝4敗 / 勝率.840)
  • ✅ 苦手な相手:北の湖(3勝20敗 / 勝率.130)

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

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