福島県出身の歴代力士一覧|過去から現在までの全関取と優勝・三賞記録

福島出身の過去から現在までの主な力士をご紹介する福島県の大相撲力士まとめ!この記事では福島出身の関取を中心に、福島の郷土力士をご紹介していきます。

過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

なお、年寄名跡欄のマークは、その代で師匠(部屋持ち親方)になったことがあるという意味です。

現役の福島出身力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

5月場所千秋楽の取組結果はこちら。


5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

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福島出身の優勝力士

福島県出身 歴代幕内優勝力士一覧

福島県出身では、これまでに3人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて4回になります。

最多優勝は若隆景で2回の幕内優勝を達成しています。

福島県出身初の優勝力士は時津山で、いまから73年前の昭和28年(1953年)5月場所のことでした。

また、直近の福島県出身優勝力士は若隆景で、いまから0ヶ月前の令和8年(2026年)5月場所です。

場所年月四股名番付成績年齢部屋出身地最高位備考
令和8年5月
(2026年)
R8.5
2026
若隆景
[2回目]
東小結12勝3敗31歳5ヶ月荒汐福島県関脇
霧島との優勝決定戦を制して自身2度目の幕内優勝を決める。
令和4年3月
(2022年)
R4.3
2022
若隆景
[初]
東関脇12勝3敗27歳3ヶ月荒汐福島県関脇
優勝決定戦で高安を破って自身初の優勝
新関脇での優勝は昭和11(1936)年夏場所の双葉山以来、86年ぶりの快挙
福島県出身力士として昭和47(1972)年初場所の栃東以来、50年ぶり
荒汐部屋から初の幕内優勝力士となった
昭和47年1月
(1972年)
S47.1
1972
栃東
[初]
西前頭511勝4敗27歳4ヶ月春日野福島県関脇
昭和28年5月
(1953年)
S28.5
1953
時津山
[初]
東前頭6全勝15勝0敗28歳2ヶ月立浪福島県関脇

福島県出身 幕内優勝回数ランキング

福島県出身力士の幕内優勝回数ランキングです。1位が若隆景で2回、2位が時津山と栃東の2人で1回ずつとなっています。

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※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位若隆景関脇2回11024勝6敗.800荒汐福島県
2位時津山関脇1回00115勝0敗.1000立浪福島県
2位栃東関脇1回00111勝4敗.733春日野福島県

福島出身の三賞受賞力士

福島県出身 歴代三賞受賞力士一覧

福島県出身では、これまでに6人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて41回になります。

受賞の内訳は、技能賞が21回、殊勲賞が10回、敢闘賞が10回となっています。

また、ダブル受賞は栃東が4回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
部屋 出身地 初土俵 生年月日
令和8年5月
(2026年)
R8.5
(2026)
東小結東小結若隆景技能賞 [7回目]12勝3敗
優勝
31歳5ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
令和7年5月
(2025年)
R7.5
(2025)
西小結西小結若隆景技能賞 [6回目]12勝3敗30歳5ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
令和6年11月
(2024年)
R6.11
(2024)
東前頭2東前頭2若隆景技能賞 [5回目]10勝5敗29歳11ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
令和6年9月
(2024年)
R6.9
(2024)
東前頭7東前頭7若隆景殊勲賞 [初]12勝3敗29歳9ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
令和6年1月
(2024年)
R6.1
(2024)
東前頭筆頭東前頭筆頭若元春殊勲賞 [初]10勝5敗30歳3ヶ月荒汐福島県平成23年11月
(2011年)
平成5年10月5日
(1993年)
令和5年5月
(2023年)
R5.5
(2023)
西関脇西関脇若元春技能賞 [初]10勝5敗29歳7ヶ月荒汐福島県平成23年11月
(2011年)
平成5年10月5日
(1993年)
令和4年9月
(2022年)
R4.9
(2022)
東関脇東関脇若隆景技能賞 [4回目]11勝4敗27歳9ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
令和4年3月
(2022年)
R4.3
(2022)
東関脇東関脇若隆景技能賞 [3回目]12勝3敗
優勝
27歳3ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
令和3年5月
(2021年)
R3.5
(2021)
東前頭筆頭東前頭筆頭若隆景技能賞 [2回目]9勝6敗26歳5ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
令和3年3月
(2021年)
R3.3
(2021)
西前頭2西前頭2若隆景技能賞 [初]10勝5敗26歳3ヶ月荒汐福島県平成29年3月
(2017年)
平成6年12月6日
(1994年)
平成18年7月
(2006年)
H18.7
(2006)
東前頭10東前頭10玉乃島敢闘賞 [5回目]11勝4敗28歳10ヶ月片男波福島県平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成17年3月
(2005年)
H17.3
(2005)
西前頭7西前頭7玉乃島敢闘賞 [4回目]12勝3敗27歳6ヶ月片男波福島県平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成16年5月
(2004年)
H16.5
(2004)
西前頭5西前頭5玉乃島技能賞 [初]12勝3敗26歳8ヶ月片男波福島県平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成15年11月
(2003年)
H15.11
(2003)
西前頭3西前頭3玉乃島敢闘賞 [3回目]10勝5敗26歳2ヶ月片男波福島県平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成13年7月
(2001年)
H13.7
(2001)
西前頭7西前頭7玉乃島敢闘賞 [2回目]12勝3敗23歳10ヶ月片男波福島県平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成13年3月
(2001年)
H13.3
(2001)
東前頭10東前頭10玉乃島敢闘賞 [初]11勝4敗23歳6ヶ月片男波福島県平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
昭和47年1月
(1972年)
S47.1
(1972)
西前頭5西前頭5栃東技能賞 [6回目]11勝4敗
優勝
27歳4ヶ月春日野福島県昭和35年11月
(1960年)
昭和19年9月3日
(1944年)
昭和45年1月
(1970年)
S45.1
(1970)
東小結東小結栃東
ダブル
殊勲賞 [4回目]10勝5敗25歳4ヶ月春日野福島県昭和35年11月
(1960年)
昭和19年9月3日
(1944年)
技能賞 [5回目]
昭和44年11月
(1969年)
S44.11
(1969)
東小結東小結栃東技能賞 [4回目]8勝7敗25歳2ヶ月春日野福島県昭和35年11月
(1960年)
昭和19年9月3日
(1944年)
昭和44年9月
(1969年)
S44.9
(1969)
東前頭2東前頭2栃東
ダブル
殊勲賞 [3回目]9勝6敗25歳0ヶ月春日野福島県昭和35年11月
(1960年)
昭和19年9月3日
(1944年)
技能賞 [3回目]
昭和43年9月
(1968年)
S43.9
(1968)
西前頭3西前頭3栃東
ダブル
殊勲賞 [2回目]11勝4敗24歳0ヶ月春日野福島県昭和35年11月
(1960年)
昭和19年9月3日
(1944年)
技能賞 [2回目]
昭和43年5月
(1968年)
S43.5
(1968)
西前頭2西前頭2栃東
ダブル
殊勲賞 [初]10勝5敗23歳8ヶ月春日野福島県昭和35年11月
(1960年)
昭和19年9月3日
(1944年)
技能賞 [初]
昭和34年1月
(1959年)
S34.1
(1959)
東関脇東関脇時津山殊勲賞 [3回目]9勝6敗33歳10ヶ月立浪福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和33年9月
(1958年)
S33.9
(1958)
東関脇東関脇信夫山技能賞 [6回目]10勝5敗33歳6ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和33年9月
(1958年)
S33.9
(1958)
東前頭4東前頭4時津山殊勲賞 [2回目]12勝3敗33歳6ヶ月立浪福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和33年7月
(1958年)
S33.7
(1958)
西関脇西関脇信夫山敢闘賞 [初]9勝6敗33歳3ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和33年5月
(1958年)
S33.5
(1958)
西小結西小結信夫山技能賞 [5回目]10勝5敗33歳1ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和32年1月
(1957年)
S32.1
(1957)
西前頭筆頭西前頭筆頭信夫山殊勲賞 [初]9勝6敗31歳10ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和30年5月
(1955年)
S30.5
(1955)
西小結西小結信夫山技能賞 [4回目]9勝6敗30歳2ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和30年5月
(1955年)
S30.5
(1955)
西前頭筆頭西前頭筆頭時津山殊勲賞 [初]12勝3敗30歳2ヶ月立浪福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和30年1月
(1955年)
S30.1
(1955)
東小結東小結信夫山技能賞 [3回目]8勝7敗29歳10ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和30年1月
(1955年)
S30.1
(1955)
西前頭9西前頭9時津山敢闘賞 [4回目]12勝3敗29歳10ヶ月立浪福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和29年9月
(1954年)
S29.9
(1954)
東前頭4東前頭4信夫山技能賞 [2回目]10勝5敗29歳6ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和29年1月
(1954年)
S29.1
(1954)
東前頭6東前頭6信夫山技能賞 [初]10勝5敗28歳10ヶ月小野川福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月21日
(1925年)
昭和28年5月
(1953年)
S28.5
(1953)
東前頭6東前頭6時津山敢闘賞 [3回目]15勝0敗
優勝
28歳2ヶ月立浪福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和26年9月
(1951年)
S26.9
(1951)
西前頭8西前頭8時津山敢闘賞 [2回目]11勝4敗26歳6ヶ月立浪福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和25年9月
(1950年)
S25.9
(1950)
西前頭21西前頭21時津山敢闘賞 [初]12勝3敗25歳6ヶ月立浪福島県昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)

福島県出身 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が栃東で10回(殊勲賞4回・技能賞6回)、2位が若隆景と信夫山の2人で8回ずつ、4位が時津山で7回(殊勲賞3回・敢闘賞4回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

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順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 栃東 10回 6 4 0 関脇 春日野 福島県
2位 信夫山 8回 6 1 1 関脇 小野川 福島県
2位 若隆景 8回 7 1 0 関脇 荒汐 福島県
4位 時津山 7回 0 3 4 関脇 立浪 福島県
5位 玉乃島 6回 1 0 5 関脇 片男波 福島県
6位 若元春 2回 1 1 0 関脇 荒汐 福島県
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福島県出身の最高位:前頭

藤見嶽 虎之助

元11代木村庄太郎だった6代藤島の弟子。柔らかみのある体と出足、引き足の素早さで頭角を現した

  • 四股名 :藤見嶽 虎之助(ふじみだけ とらのすけ)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 出身地 :福島県二本松市
  • 本 名 :神田 久助
  • 生年月日:明治11年(1878)6月18日
  • 没年月日:大正12年(1923)7月15日(享年45歳)
  • 所属部屋:藤島部屋
  • 改名歴 :藤見嶽⇒藤嶌
  • 初土俵 :明治28年(1895)6月・(17歳0ヵ月)
  • 新十両 :明治34年(1901)1月(22歳7ヵ月)
  • 新入幕 :明治37年(1904)1月(25歳7ヵ月)
  • 最終場所:明治43年(1910)6月(32歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:61勝72敗28休21分9預/163出場(20場所)
  • 生涯勝率:45.9%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:29勝54敗28休15分4預(13場所)勝率:34.9%
  • 十両戦歴:32勝18敗6分5預(7場所)勝率:64.0%

平ノ石 辰治郎

名門玉垣部屋出身最後の幕内力士。三段目の時に師匠の玉垣が亡くなり二枚鑑札で12代を襲名。所属は尾車、峰崎部屋と転籍して現役を終え、次は玉垣部屋の再興をと尽力するも早逝して叶わず

  • 四股名 :平ノ石 辰治郎(ひらのいし たつじろう)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:12代玉垣
  • 出身地 :福島県いわき市
  • 本 名 :緑川 辰次郎
  • 生年月日:明治13年(1880)12月20日
  • 没年月日:大正14年(1925)11月9日(享年44歳)
  • 所属部屋:玉垣⇒尾車⇒峰崎部屋
  • 改名歴 :平ノ石⇒玉垣
  • 初土俵 :明治33年(1900)1月・(19歳1ヵ月)
  • 新十両 :明治41年(1908)5月(27歳5ヵ月)
  • 新入幕 :明治44年(1911)2月(30歳2ヵ月)
  • 最終場所:大正6年(1917)1月(36歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:41勝43敗35休14分5預/103出場(16場所)
  • 生涯勝率:48.8%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:22勝24敗35休8分1預(9場所)勝率:47.8%
  • 十両戦歴:19勝19敗6分4預(7場所)勝率:50.0%

双大竜 亮三

東京農大出身。軽量ながらも変化に頼ることなく、低さとスピードを活かした前さばきが得意の正攻法。平成25年3月場所では悲願の入幕を果たす。平成26年5月場所のポスターでは後ろ姿が採用された

  • 四股名 :双大竜 亮三(そうたいりゅう りょうぞう)
  • 最高位 :前頭15枚目
  • 出身地 :福島県福島市
  • 本 名 :高橋 亮三
  • 生年月日:昭和57年(1982)7月26日
  • 出身大学:東京農業大学
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :高橋⇒双大竜
  • 初土俵 :平成17年(2005)5月(22歳10ヵ月)
  • 新十両 :平成21年(2009)9月(27歳2ヵ月)
  • 新入幕 :平成25年(2013)3月(30歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成30年(2018)1月(35歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:351勝340敗20休/689出場(75場所)
  • 生涯勝率:50.8%
  • 優勝等 :幕下同点1回,三段目同点1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  • 十両戦歴:156勝178敗11休(23場所)勝率:46.7%

白熊 優太

白熊 優太(しろくま ゆうた)は福島県 須賀川市出身、二所ノ関部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両8枚目。

祖父の勧めで地元の相撲大会に出場したことがきっかけとなり、4歳頃から福島県郡山市の出羽竜道場に通って相撲の稽古に励んだ。高校は親元を離れて新潟県立海洋高校へと「相撲留学」し、のちに日本体育大学へと進学する。大学時代は相撲部の主将を務めるなど中心選手として活躍した。大学卒業後、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)が率いる二所ノ関部屋へ入門し、角界への道を歩み始めた。

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初土俵と各段での躍進

令和4年(2022年)5月場所に本名の「高橋」で初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌7月場所において、優勝決定戦を制して序ノ口優勝を飾ると、続く9月場所でも7戦全勝で序二段優勝を果たした。その後も順調に番付を上げ、令和5年(2023年)7月場所において西幕下4枚目で5勝2敗と勝ち越す。この成績が評価され、場所後の番付編成会議を経て同年9月場所での新十両昇進が決定した。

愛される四股名への改名と十両優勝

十両昇進後もコンスタントに星をまとめ、令和6年(2024年)1月場所を機に四股名を「白熊」へと改名する。この四股名は、色白で大きな体格という見た目の印象に加え、「土俵の上では力強く暴れ、誰からも愛される力士になってほしい」という師匠の願いが込められたものであった。改名後も得意の右四つからの攻めを武器に関取の土俵に定着し、同年7月場所においては12勝3敗の好成績を挙げて見事に十両優勝を飾った。

新入幕と上位定着への歩み

十両優勝の翌場所となる令和6年(2024年)9月場所で新入幕を果たす。しかし、この場所の取組で右足首を負傷し、途中休場(のちに再出場)を余儀なくされる試練も経験した。その後は怪我と向き合いながら、幕内と十両の土俵を往復する時期が続いている。

右四つからの力強い攻めには定評があり、持ち前の地力は確かなものがある。ファンから親しまれる四股名とともに、再び上位戦線へと定着すべく、大相撲の土俵で研鑽を重ねている。

💡 福島県出身一覧💡 二所ノ関部屋の力士

四股名
白熊 優太(しろくま ゆうた)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 十両8枚目
出身地
福島県 須賀川市
本名
高橋 優太
生年月日
平成11年(1999)5月25日(27歳)
身長・体重
185cm・155kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関部屋
改名歴
高橋 → 白熊
初土俵
令和4年(2022)5月(23歳0ヵ月)
新十両
令和5年(2023)9月(24歳4ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)9月(25歳4ヵ月)
優勝
十両優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
163勝137敗4休/298出場(勝率:54.7%)
直近7場所
48勝57敗
7場所勝率
45.7%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
白熊が勝ちの決まり手(41勝)
寄り切り18
押し出し14
突き落とし3
押し倒し2
掬い投げ2
上手投げ1
その他1
白熊が負けの決まり手(49敗)
寄り切り19
上手投げ4
押し出し4
掬い投げ4
叩き込み3
寄り倒し3
その他12
令8年5月
西 十両8枚目(3枚降下)
7勝8敗
○●●●●|●○○○●|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両5枚目(2枚降下)
7勝8敗
○●●●●|○●○○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両3枚目(4枚上昇)
6勝9敗
○●○●●|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両7枚目(1枚半上昇)
9勝6敗
○○○○●|○○●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両9枚目(4枚半降下)
8勝7敗
○●○●○|●●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両4枚目(1枚降下)
5勝10敗
●●●●●|●●●○○|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両3枚目
6勝9敗
○●○●●|●○●●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

福島県出身の最高位:十両

大日岳 栄隆

大日岳 栄隆 (おおひだけ えいりゅう)福島県双葉郡双葉町出身、春日野 → 玉ノ井部屋の元力士で、最高位は十両7枚目

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昭和57年(1982)5月場所に15歳7ヶ月で初土俵を踏み、平成15年(2003)11月場所を最後に引退(37歳1ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所

通算成績は461勝461敗5休922出場。生涯勝率.500。通算130場所中、67場所を勝ち越した(勝ち越し率.519)。

主な成績は三段目(同点1)

昭和41年(1966)10月12日生まれ。本名は井戸川 栄隆。

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バスケットボール部から未経験で角界へ飛び込み、初土俵から約11年の歳月をかけて関取の座を掴んだ大日岳は、のちの大横綱と語り継がれる熱戦を演じた不屈の力士である。長い下積みで培われた優しさを持ち、引退後は世話人として裏方から大相撲を支え続けている。

春日野部屋への入門と玉ノ井部屋の創設

福島県双葉郡双葉町に生まれ、中学時代はバスケットボール部に所属していた。相撲は未経験であったが、知人の紹介を通じて、同じ福島県の浜通り出身であった春日野部屋の部屋付き親方・13代玉ノ井(元関脇・栃東)と縁を持つ。その玉ノ井の内弟子として中学卒業後に春日野部屋へ入門し、昭和57年(1982年)5月場所において本名の「井戸川」で初土俵を踏んだ。

その後、平成2年(1990年)1月に玉ノ井が独立して玉ノ井部屋を創設すると、それに伴って春日野部屋から玉ノ井部屋へと移籍し、部屋の歴史の黎明期を支えることとなった。

貴花田との死闘と四股名の変遷

幕下時代には、本人が「思い出の一番」として振り返る大一番を経験している。東幕下55枚目で迎えた平成元年(1989年)9月場所、6戦全勝の快進撃で幕下優勝を懸けて7番相撲の土俵に上がったが、その相手は当時飛ぶ鳥を落とす勢いで出世していた17歳の新鋭・貴花田(のちの第65代横綱・貴乃花)であった。熱戦の末に寄り倒しで惜しくも敗れて全勝優勝は逃したものの、相撲史に名を残す大横綱の若き日と交わえたこの一番は、土俵人生に深く刻まれている。

四股名は昭和63年(1988年)11月場所から「栃日岳」と改め、さらに平成3年(1991年)1月場所からは、最終的な四股名となる「大日岳」へと改名している。

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悲願の新十両と付け人への思いやり

187センチ、160キロを超える長身と恵まれた体格を生かして地道に実力をつけ、平成5年(1993年)7月場所には東幕下筆頭の地位で4勝3敗と勝ち越しを決める。続く同年9月場所において新十両昇進を果たし、初土俵から約11年の歳月をかけて念願の関取の座を掴み取った。

自身が長く厳しい下積み生活を経験してきたからこそ付け人の苦労を誰よりも知っており、十両昇進時には「自分でやれることは自分でやっていきたい」と付け人を思いやる温かい言葉を残している。

新十両の場所は見事に9勝6敗で勝ち越して自己最高位となる十両7枚目まで番付を上げたが、続く11月場所と翌年1月場所で負け越し、関取在位は通算3場所で幕下へと陥落した。

幕下での奮闘と世話人への転身

幕下へ陥落した後も、再び十両へ復帰することを目指して決して土俵を諦めず、長く相撲を取り続けた。また、弟弟子にあたる大関・栃東の付け人を長く務めるなど、部屋の屋台骨として後進を支え続けた。

平成16年(2004年)1月場所から相撲協会の世話人の定員が増員されることとなり、場所前に現役引退を発表し、世話人へと転身した。初土俵から実に131場所、約21年半という非常に息の長い土俵人生であり、生涯戦歴は461勝461敗(12休)と、勝敗の数が全く同数の五分で現役を終えている。

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引退後は引き続き玉ノ井部屋に所属し、長年の土俵経験を活かして、現在も用具の運搬や管理、各種サポート業務など、協会の裏方として大相撲の円滑な運営に尽力している。

四股名
大日岳 栄隆 (おおひだけ えいりゅう)
最高位
十両7枚目
出身地
福島県双葉郡双葉町
本名
井戸川 栄隆
生年月日
昭和41年(1966)10月12日
所属部屋
春日野 → 玉ノ井部屋
改名歴
井戸川 栄隆 → 栃日岳 栄隆 → 大日岳 栄隆
初土俵
昭和57年(1982)5月 前相撲(15歳7ヶ月)
新十両
平成5年(1993)9月(所要68場所)
26歳11ヶ月(初土俵から11年4ヶ月)
最終場所
平成15年(2003)11月場所(37歳1ヶ月)※番付上は平成16年(2004)1月場所
大相撲歴
130場所(21年6ヶ月)
通算成績
461勝461敗5休922出場(勝率.500)
通算130場所
勝ち越し67場所(勝ち越し率.519)(勝ち越し星137)
優勝等
三段目(同点1)
持給金
71円50銭(勝ち越し星137個)
十両戦歴
19勝26敗0休45出場(勝率.422)
在位3場所(在位率.023)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
関取戦歴
19勝26敗0休45出場(勝率.422)
在位3場所(在位率.023)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
幕下以下歴
442勝435敗5休877出場(勝率.504)
在位126場所(在位率.969)
勝ち越し66場所(勝ち越し率.524)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(147回 / 55.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(93回 / 32.9%)
  • ✅ 得意な相手:梅乃里(5勝1敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:羽黒海(1勝6敗 / 勝率.143)

玉ノ国 光国

玉ノ国 光国(たまのくに みつくに)福島県西白河郡泉崎村出身、片男波部屋の元力士で、最高位は十両7枚目

平成10年(1998)3月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)1月場所を最後に引退(32歳0ヶ月)。

通算成績は244勝219敗31休461出場。生涯勝率.527。通算60場所中、32場所を勝ち越した(勝ち越し率.533)。

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主な成績は幕下優勝2回(同点1)。

昭和50年(1975)12月28日生まれ。本名は岡部 光国。

放駒親方(元関脇・玉乃島)の実兄で大関・清國の甥。育ったのは東京都文京区だが父親の故郷である福島県を出身地として名乗っていた。

東洋大学を卒業とともに片男波部屋から幕下60枚目格付出で初土俵を踏む。このとき実弟である玉乃島(当時は玉ノ洋)も東洋大学を中退して同部屋から初土俵を踏んでおり、これは史上初の兄弟同時幕下付け出しであった。

弟より1場所早い所要8場所で新十両昇進となったが椎間板ヘルニアを患ってからは精細を欠き、最高位は十両7枚目であった。あだ名は本名の光国(みつくに)にちなんで「黄門様」。

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四股名
玉ノ国 光国(たまのくに みつくに)
最高位
十両7枚目
出身地
福島県西白河郡泉崎村
本名
岡部 光国
生年月日
昭和50年(1975)12月28日
出身高校
目黒高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉ノ国 光国 → 玉光国 喜太郎
初土俵
平成10年(1998)3月 幕下60枚目格付出(22歳2ヶ月)
新十両
平成11年(1999)7月(所要8場所)
23歳6ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
最終場所
平成20年(2008)1月(32歳0ヶ月)
大相撲歴
60場所(9年10ヶ月)
通算成績
244勝219敗31休461出場(勝率.527)
通算60場所
勝ち越し32場所(勝ち越し率.533)
優勝等
幕下優勝2回(同点1)
十両戦歴
54勝80敗1休133出場(勝率.403)
在位9場所(在位率.150)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.111)
幕下以下歴
190勝139敗30休328出場(勝率.578)
在位51場所(在位率.850)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.608)


福島県出身の最高位:幕下

福轟力 浩城

荒汐部屋の「荒波3兄弟」と同じ学法福島高出身。3度もの頚椎骨折を乗り越えて現役を続けた鉄人。平成29年名古屋場所では三段目で全勝優勝。平成30年8月の稽古中に負傷し、医者からは胸椎ヘルニアとの診断が。このまま相撲を続けていると下半身不随になる可能性が高いと医者に宣告され、1年間悩んだ末に引退を決意

  • 四股名 :福轟力 浩城(ふくごうりき ひろき)
  • 最高位 :幕下5枚目
  • 出身地 :福島県福島市
  • 本 名 :赤井 浩城
  • 生年月日:昭和63年(1988)3月2日
  • 所属部屋:荒汐部屋
  • 改名歴 :赤井⇒福轟力
  • 初土俵 :平成17年(2005)11月(17歳8ヵ月)
  • 最終場所:令和元年(2019)9月(31歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:250勝192敗104休/441出場(81場所)
  • 生涯勝率:56.6%
  • 優勝等 :三段目優勝1回

若隆元 渡

若隆元 渡 (わかたかもと わたる)福島県福島市出身、荒汐部屋の元力士で、最高位は幕下7枚目

平成21年(2009)11月場所に17歳10ヶ月で初土俵を踏み、令和8年(2026)5月場所を最後に引退(34歳4ヶ月)。

通算成績は345勝289敗45休634出場。生涯勝率.544。通算98場所中、54場所を勝ち越した(勝ち越し率.557)。

平成3年(1991)12月29日生まれ。本名は大波 渡。

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元小結・若葉山を祖父に、元幕下・若信夫を父に持つ相撲一家の長男である若隆元は、弟の若元春、若隆景に先んじて平成21年(2009年)11月場所に荒汐部屋から初土俵を踏んだ。右四つ・寄りの相撲を武器に最高位は東幕下7枚目と関取まであと少しではあったが届かず、令和8年(2026年)5月場所限りで現役を引退。引退後は、若者頭(わかいものがしら)に就任した。

「大波三兄弟」の長男として荒汐部屋へ入門

愛知県名古屋市で育ち、5歳で福島県福島市へと移り住み、福島市内の相撲教室で相撲に親しんだ。学法福島高校相撲部在学中の平成21年(2009年)11月場所、三兄弟の先頭を切って初土俵を踏んだ。当時の師匠である7代荒汐(元小結・大豊)のもと、本名である「大波」の四股名で土俵に上がった。稽古を重ねて番付を上げ、平成24年(2012年)7月場所で新幕下へと昇進し、土俵で着実に経験を積んでいった。しかし、西幕下11枚目で迎えた平成28年(2016年)9月場所の3番相撲で左肩を負傷して途中休場、場所後には手術を受けたことで翌場所は全休となり、番付を三段目にまで下げてしまった。

「三本の矢」にちなむ「若隆元」への改名

平成29年(2017年)5月場所、三男の入門に合わせて兄弟3人同時に新たな四股名を名乗ることとなった。戦国武将・毛利元就の「三本の矢」の逸話に大波三兄弟をなぞらえ、長男である毛利隆元にちなんで「若隆元」へと改名。「若」の一字は祖父と父の四股名から受け継いだものである。当時の師匠・7代荒汐が「弟たちも、長男である彼の言葉には耳を傾けた」と述懐するように、部屋や兄弟の間でまとめ役を担った。改名後は兄弟たちと切磋琢磨し、平成30年(2018年)9月場所には、自己最高位となる東幕下7枚目まで番付を上げて、関取昇進あと一歩のところまで迫った。

度重なる膝の負傷と若者頭への転身

しかし、幕下上位の壁に加え、その後は首のヘルニアなどに悩まされた。令和8年(2026年)3月場所の取組で左膝前十字靱帯を断裂して途中休場、翌5月場所を西幕下52枚目で全休したのを最後に、16年余りに及ぶ現役生活を終えた。この場所、弟の若隆景は、千秋楽の優勝決定戦を制して自身2回目となる幕内最高優勝を果たした。

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引退後は、日本相撲協会の若者頭に就任。関取未経験者が若者頭に就任するのは、昭和37年(1962年)に就任した出羽ヶ崎(元幕下28枚目)以来2人目(元幕下2枚目の虎伏山は、世話人を経て若者頭に就任)。9代荒汐(元幕内・蒼国来)は、若者頭への推薦にあたり「人間性がいい。真面目だし、仕事もできると周りからも推していただいた」と評価を述べている。大波三兄弟を支えた長男は、今後は若者頭としての職務に専念する。

四股名
若隆元 渡 (わかたかもと わたる)
最高位
幕下7枚目
出身地
福島県福島市
本名
大波 渡
生年月日
平成3年(1991)12月29日
出身高校
学法福島高校
所属部屋
荒汐部屋
改名歴
大波 渡 → 若隆元 渡
初土俵
平成21年(2009)11月 前相撲(17歳10ヶ月)
最終場所
令和8年(2026)5月場所(34歳4ヶ月)
大相撲歴
98場所(16年6ヶ月)
通算成績
345勝289敗45休634出場(勝率.544)
通算98場所
勝ち越し54場所(勝ち越し率.557)(勝ち越し星122)
持給金
64円(勝ち越し星122個)
幕下以下歴
345勝289敗45休634出場(勝率.544)
在位97場所(在位率.990)
勝ち越し54場所(勝ち越し率.557)

若隆元 渡の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(65回 / 18.7%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(77回 / 26.6%)
  • ✅ 得意な相手:朝興貴(5勝1敗 / 勝率.833)
  • ✅ 苦手な相手:朝弁慶(0勝4敗 / 勝率.000)

朱雀 太

細身の身体ながら長らく幕下で渡り合った。隠岐の海とは同期、父も元大相撲力士でプロレスラーだった米村天心

  • 四股名 :朱雀 太(すざく ふとし)
  • 最高位 :幕下7枚目
  • 出身地 :福島県会津若松市
  • 本 名 :米村 太
  • 生年月日:昭和57年(1982)6月16日
  • 出身大学:東京農業大学
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :米村⇒朱雀
  • 初土俵 :平成17年(2005)1月(22歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成29年(2017)9月(35歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:266勝252敗/518出場(75場所)
  • 生涯勝率:51.4%
  • 優勝等 :なし

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★ 福島県での巡業予定

福島県巡業 郡山市(8/5)

「大相撲郡山場所」
開催日時:2026年8月5日(水)
巡業会場:宝来屋ボンズアリーナ(郡山総合体育館)(地図)
住  所:福島県郡山市豊田町3-10

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

サンライズプロモーション北陸

  • TEL:025-246-3939
  • 火~金 12:00~16:00 / 土 10:00~15:00

福島県巡業 喜多方市(8/6)

「JA会津よつば場所」
開催日時:2026年8月6日(木)
巡業会場:押切川公園レゾナック体育館
住  所:福島県喜多方市押切1-86

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チケット購入方法等

現在、チケット情報は未定または準備中です。


福島県巡業 須賀川市(8/13)

「大相撲須賀川場所」
開催日時:2026年8月13日(木)
巡業会場:円谷幸吉メモリアルアリーナ(地図)
住  所:福島県須賀川市牛袋町5

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲須賀川場所実行委員会

  • TEL:090-5818-8803

福島県巡業 福島市(8/22)

「大相撲福島場所」
開催日時:2026年8月22日(土)
巡業会場:福島トヨタクラウンアリーナ(地図)
住  所:福島県福島市仁井田字西下川原41-1

公式サイト・関連情報

チケット購入方法等

公演などに関するお問い合わせ先

大相撲巡業チケット事務局

  • TEL:0570-05-3366
  • 10:00~17:00

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