相撲の本場所は朝8時35分頃から序ノ口の取組が始まりますが、日によっては、それより早い時間から見れる相撲もあります。
それは「前相撲」といい、新弟子検査に合格した者が取る相撲です。
今回は前相撲とはどういうものか、その意味と仕組みを解説します。
この記事の目次
前相撲にはどういう意味がある?
相撲の世界は番付によって格付されています。この番付は表になっており、上は横綱から下は序ノ口まで実に600人以上の力士の四股名がびっしりと載っています。
では新弟子検査に合格した者も番付に載っているの?というと、これは載っていないんです。
新弟子たちが力士になるために
では、いつ番付に載るのでしょうか?これには前相撲を取って序ノ口昇進の資格を得る必要があります。
この資格のことを「出世」といい、出世が認められることで晴れて翌場所の番付に四股名が掲載されるのです。
そもそも、番付に載るためには「日本相撲協会に所属した力士」である必要があるのですが、新弟子はまだ力士ではないというわけです。
前相撲は、新弟子が「力士の入り口」序ノ口になるために取るんですね。
番付外に陥落した者も前相撲を取る
実は、新弟子以外にも前相撲を取る者がいます。それは序ノ口から番付外に陥落してしまった力士です。
序ノ口で全敗したとしても陥落しませんが、序ノ口力士が怪我や病気などで全休すると番付外に陥落してしまいます。
番付外ということは厳密に言えば「力士ではなくなる」ので、これは避けたいところ。この為、怪我の程度によっては一番だけ相撲を取って序ノ口の地位を保つ力士もいるようです。
最近では、怪我で十両から序ノ口まで落ちてしまった竜電もそのひとり。また十両まで戻ってこれて良かった! こうして番付外に陥落した力士が再度、序ノ口格にあがるためには、新弟子たちと一緒に前相撲を取る必要があるのです。
これを経て、ふたたび得た出世のことを「再出世」と呼びます。
竜電は序ノ口で4場所をそれぞれ一番だけ取ってすべて勝ち、5場所目はフル出場で全勝優勝しています。
翌場所は序二段で全勝優勝、翌々場所の三段目でも全勝で優勝と、地力の違いを見せつけました。
前相撲の仕組みはどうなっているの?
次に前相撲の仕組みをご説明していきます。
まず、前相撲は本場所中に行われています。年6場所のなかで3月場所(大阪)は2日目から、その他5場所では通常3日目から始まります。
なぜ3月場所だけ1日早く始まるかというと、力士を志願する新人が卒業時期である3月に集中するからなんです。このため3月場所のことを「就職場所」と呼ぶこともあるんですよ。
就職場所は新人が多いため2日目から始めないと間に合わないわけですね。 前相撲の取組は序ノ口の取組前、朝8時25分頃から行われています。
相撲会場の開場時間は通常朝8時から、つまり朝早くに行けば前相撲は実際観ることが出来るんです。
ただし、その場所の新弟子の数にもよりますので、もし観たいならば前相撲の初日である3日目が狙い目かも。
前相撲の流れ(3月場所)
さて、前相撲がどうやって行われていくのかを見ていきましょう。
新弟子の数が多い就職場所で説明すると概要が分かりやすいので、3月場所を例にとって紹介していきますね。
まず、前相撲の取組ですが、これは若者頭によって組まれます。なお初日は検査合格順のようです。
新弟子の人数が多い3月場所は、2班に分けて1日ごと交互で組んでいきます。土俵上での流れは、いちど仕切ると「待ったなし」となり相撲を取ることになります。
前相撲の初日となる本場所2日目~5日目までの4日間、連日取組が行われます。ひとり1日1番が基本ですが、場合によっては数番取ることも。ここで先に2勝した者から勝ち抜けていきます。
この5日目までに勝ち抜けた者たちを「一番出世」と呼び、5日目の三段目取組の途中、勝負審判が交代するタイミングを使って一番出世たちの「新序出世披露」が行われます。この新序出世披露についての詳細は別の記事で紹介しています。
残った新弟子たちは6日目~9日目と引き続き取組が行われ、ここで2勝に達した者は勝ち抜けて「二番出世」と呼ばれ、9日目に二番出世の新序出世披露が行われます。
さらに新弟子の数が多い場合は前相撲が続き、12日目にまとめて三番出世という扱いになります。
若者頭についての記事⇒【解説】若者頭とはどんな人?
新序出世披露の記事⇒【解説】新序出世披露と出世力士手打式とは?
前相撲全敗の新弟子はどうなる?
ここでひとつ疑問が。「もしも1勝も出来なかったら出世出来ないの?」と思いませんか?
これ、大丈夫なんです。
仮に一度も勝てなかったとしても三番出世での出世披露は受けることが出来ます。ただし、前相撲を全休していてはダメですが。
つまり、一度でも前相撲を取っていれば勝敗に関係なく翌場所には序ノ口格になれるわけです。
余談ですが、このような制度になったのは平成6年(1994)3月場所からで、以前は3勝で勝ち抜け、最低1勝できなければ出世は留置きと、ハードルの高かった時期もあったそうですよ。さらに昔はもっと厳しかった方式も。
これは後ほど紹介しますね。
一番出世と二番出世の違いは?
本題に戻ります。
では、前相撲を取るだけでいいのなら一番出世や二番出世、もっと言えば勝敗は関係ないのかな?と思った方もいるかもしれませんが、これらは翌場所の番付に反映されるんです。
出世順や成績によって序列がなされ、翌場所の番付に四股名が載ることになります。
ひとつでも番付を上の方へ載せるために、すでに戦いは始まっているわけですね。 出世の資格を得た新弟子たちの、お披露目の儀式である「新序出世披露」ですが、これは土俵上で行うので人数が多いといちどにはできません。
そのため、一番出世や二番、三番出世と出世披露の順序を決める意味合いもあるのです。こうして2~3回に日を分けて出世披露を行うわけです。
3月場所以外の前相撲
以上、3月場所を例にして前相撲の説明をしてきましたが、それ以外の場所のことも見てみましょう。
他の場所は新弟子の人数も少なくなりますので本場所の3日目から8日目の間に前相撲が行われます。
必ずしも毎日やっているわけではなく、その場所での新弟子の数によりますのでご注意を。
これは3月場所にもあてはまります。 3月場所以外の5場所での前相撲は3勝で勝ち抜けとなります。
ただし成績に関係なく8日目には前相撲を取った者すべての新序出世披露が行われます。3月場所とは違い、みんな一番出世と呼ばますが、翌場所の序列は出世の順番(勝ち抜けの順)や成績が反映されることになります。
前相撲を終えると新序出世披露へ
いかがでしたでしょうか。前相撲の意味と仕組みの理解の助けになれば幸いです。
前相撲を終えると新序出世披露を迎えることになります。そちらは別の記事でご紹介しておりますので、ぜひご覧ください。
この記事では次に、前相撲の変遷をご紹介していきます。
前相撲の変遷
まずは土俵上での所作、仕切りのことからです。
現在はちゃんと仕切ってから取っている前相撲ですが、以前は違っていました。昭和19年(1944)春場所までは、仕切ることなくいきなり組む「散らし取り」という方法でした。
これは「飛びつき」という、順番を決めずにわれがちに土俵に入り、仕切りをしないでいきなり対戦する稽古のようなので、前相撲のことを「飛びつき」と呼ぶこともあったそうです。
戦争のため、新弟子が少なくなった昭和19年夏場所からは、前相撲でもちゃんと仕切るように改められました。
戦後、新弟子が増えた時期にはまた「散らし取り」が復活したりもしましたが、昭和48年(1973)頃からは現在のように1回仕切る方式に定まったようです。
本中(ほんちゅう)とは?
現在は2勝(もしくは3勝)で勝ち抜け、さらには1勝せずとも前相撲を取りさえすれば出世できる前相撲ですが、これも昔は違っていました。
先ほどもご紹介しましたが、3月場所が2勝勝ち抜け方式になったのは、平成6年(1994)3月場所からで、それ以前は3勝で勝ち抜け、最低でも1勝できなければ出世は留置きでした。
しかしこれの比ではないほど厳しいのが本中(ほんちゅう)を経る方式です。 どういうものかと言うと、まず出世までの道のりが違います。
「前相撲」で勝つと「本中」へ、そして本中で勝つと「出世」というように、本中を経ることになります。
連勝で白星がひとつ?
一段階増えただけ?と思ったら大間違いで、いちばんの曲者は勝星の計算の仕方なんです。
前相撲で白星2つを得ると本中にあがるのですが、連勝してはじめて「白星が1つ」と数えられます。
……ん?ですよね。とりあえず説明を続けますよ。
この白星が2つになると(つまり連勝を2回)ようやく本中に上がれます。この本中での対戦でも同じく、連勝で白星1つと数えられ、白星2つを得ることで、ようやく出世となります。
番付までの遠い道のり
どうですか。いったい何勝すればいいの?って思いますよね。
この方式だと、いちばん最短で8勝ですが、この場合、8連勝が必要ということです。並大抵のことではないですよね。
このため、昔は番付に載るまでに時間がかかるのは当たり前だと思われていました。 昭和31年(1956)5月に関脇になった出羽錦で3場所・約1年(年2場所だった為)、昭和21年(1946)1月に横綱になった東富士は4場所と、実に1年以上も出世までにかかったそうですよ。
これだけ厳しい方式ですから番付に載らずに辞めていく者もたくさんいたようです。
さらに遡ると江戸の頃には前相撲→相中→本中→出世というように、「相中」なるものがあったそうです!この相中は明治の頃になくなり、本中も昭和48年頃にはなくなったそうです。
現在と違ってかなり厳しい世界ですね。
本中と相中は今もひっそりと
今はなくなった本中と相中ですが、番付表には痕跡が残っているんです。
それは、番付表の一番左下「千穐万歳大々叶(せんしゅうばんざいだいだいかのう)の横に「此外中前相撲東西ニ御座候(このほかちゅうまえずもうとうざいにござそうろう)」と書かれています。
意味としては「この番付に載っている者以外にも中前相撲を取る力士が東西にいるよ」という感じです。 この「中前相撲」の「中」は相中と本中を指しているわけです。
方式は変わりましたが、番付表のなかでは江戸から現在までずっと生き抜いているのです。 番付表は他にもいろんなことが書かれているので面白いですよ。
前相撲のまとめ
いかがでしたでしょうか。前相撲は相撲人生のスタート地点です。
前相撲のことを知ると、より相撲が楽しめるのではないかと思います。
このあとに続く出世新序披露については別の記事でまとめてみました。どうぞご覧ください。
- 前相撲は、新弟子たちが序ノ口格への資格「出世」を得るために取る。
- 序ノ口から陥落した力士も前相撲を取る。この場合は「再出世」となる。
- 3月場所は「就職場所」と新弟子の数が多いため、2日目~12日目の間で前相撲が行われる。2勝で勝ち抜け、5日目までが一番出世、9日目までが二番出世、さらに多い時には12日目で三番出世となる。
- その他の場所では通常3日目~8日目の間で前相撲が行われ、3勝で勝ち抜け、8日目に皆で新序出世披露を受ける。
- 勝ち抜け順である出世順や成績は、翌場所の番付に反映される。
- いずれの場所も新弟子の数によって、前相撲の終了日は変動する。
- 始まる時間は序ノ口の取組前、だいたい8時25分頃から。
新序出世披露の記事⇒【解説】新序出世披露と出世力士手打式とは?
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