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片男波部屋の歴代力士一覧|全関取の戦歴と優勝・三賞記録

片男波(かたおなみ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する片男波部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では片男波部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

現役の片男波部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

5月場所千秋楽の取組結果はこちら。


5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

片男波部屋の基本情報
一門
:二所ノ関一門
創設
:昭和36年(1961年)5月1日
創設者
:第12代・片男波 嶽太郎 (元関脇・玉乃海 太三郎)
現師匠
:第14代・片男波 良二 (元関脇・玉春日 良二)
所在地
:東京都墨田区石原1-33-9 📍地図
サイト

片男波部屋の優勝力士

片男波部屋 歴代幕内優勝力士一覧

片男波部屋では、これまでに2人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて8回になります。

最多優勝は玉の海(玉乃島)で6回の幕内優勝を達成しています。

連覇記録では、玉の海(玉乃島)が2連覇を1回達成しています。

片男波部屋初の優勝力士は玉乃島で、いまから58年前の昭和43年(1968年)5月場所のことでした。

また、直近の片男波部屋優勝力士は玉鷲で、いまから3年9ヶ月前の令和4年(2022年)9月場所です。

場所年月四股名番付成績年齢出身地最高位部屋備考
令和4年9月
(2022年)
R4.9
2022
玉鷲
[2回目]
東前頭313勝2敗37歳10ヶ月モンゴル関脇片男波
平成31年1月
(2019年)
H31.1
2019
玉鷲
[初]
西関脇13勝2敗34歳2ヶ月モンゴル関脇片男波
34歳2ヵ月での幕内初優勝(史上2位となる高齢記録)
初土俵から所要90場所、新入幕から所要62場所目でのスロー優勝
昭和46年7月
(1971年)
S46.7
1971
玉の海
[6回目]
西横綱全勝15勝0敗27歳5ヶ月愛知県横綱片男波
全勝優勝からわずか3か月後に27歳の若さで急逝
昭和46年3月
(1971年)
S46.3
1971
玉の海
[5回目]
東横綱14勝1敗27歳1ヶ月愛知県横綱片男波
昭和45年11月
(1970年)
S45.11
1970
玉の海
[4回目]
2連覇
東横綱14勝1敗26歳9ヶ月愛知県横綱片男波
昭和45年9月
(1970年)
S45.9
1970
玉の海
[3回目]
西横綱14勝1敗26歳7ヶ月愛知県横綱片男波
昭和44年9月
(1969年)
S44.9
1969
玉乃島
[2回目]
西大関(張出)13勝2敗25歳7ヶ月愛知県横綱片男波
のちに玉の海に改名
昭和43年5月
(1968年)
S43.5
1968
玉乃島
[初]
東大関13勝2敗24歳3ヶ月愛知県横綱片男波
愛知出身力士初の優勝

片男波部屋 幕内優勝回数ランキング

片男波部屋の幕内優勝回数ランキングです。1位が玉の海で6回、2位が玉鷲で2回となっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位玉の海横綱6回4200083勝7敗.922片男波愛知県
2位玉鷲関脇2回10126勝4敗.867片男波モンゴル

片男波部屋の三賞受賞力士

片男波部屋 歴代三賞受賞力士一覧

片男波部屋では、これまでに5人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて25回になります。

受賞の内訳は、技能賞が4回、殊勲賞が9回、敢闘賞が12回となっています。

また、ダブル受賞は玉鷲が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和7年7月
(2025年)
R7.7
(2025)
西前頭4西前頭4玉鷲殊勲賞 [3回目]11勝4敗40歳8ヶ月モンゴル片男波平成16年1月
(2004年)
昭和59年11月16日
(1984年)
令和4年9月
(2022年)
R4.9
(2022)
東前頭3東前頭3玉鷲殊勲賞 [2回目]13勝2敗
優勝
37歳10ヶ月モンゴル片男波平成16年1月
(2004年)
昭和59年11月16日
(1984年)
平成31年1月
(2019年)
H31.1
(2019)
西関脇西関脇玉鷲
ダブル
敢闘賞 [初]13勝2敗
優勝
34歳2ヶ月モンゴル片男波平成16年1月
(2004年)
昭和59年11月16日
(1984年)
殊勲賞 [初]
平成28年11月
(2016年)
H28.11
(2016)
西小結西小結玉鷲技能賞 [初]10勝5敗32歳0ヶ月モンゴル片男波平成16年1月
(2004年)
昭和59年11月16日
(1984年)
平成18年7月
(2006年)
H18.7
(2006)
西前頭12西前頭12玉春日技能賞 [2回目]11勝4敗34歳6ヶ月愛媛県片男波平成6年1月
(1994年)
昭和47年1月7日
(1972年)
平成18年7月
(2006年)
H18.7
(2006)
東前頭10東前頭10玉乃島敢闘賞 [5回目]11勝4敗28歳10ヶ月福島県片男波平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成17年3月
(2005年)
H17.3
(2005)
西前頭7西前頭7玉乃島敢闘賞 [4回目]12勝3敗27歳6ヶ月福島県片男波平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成16年5月
(2004年)
H16.5
(2004)
西前頭5西前頭5玉乃島技能賞 [初]12勝3敗26歳8ヶ月福島県片男波平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成15年11月
(2003年)
H15.11
(2003)
西前頭3西前頭3玉乃島敢闘賞 [3回目]10勝5敗26歳2ヶ月福島県片男波平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成13年7月
(2001年)
H13.7
(2001)
西前頭7西前頭7玉乃島敢闘賞 [2回目]12勝3敗23歳10ヶ月福島県片男波平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成13年3月
(2001年)
H13.3
(2001)
東前頭10東前頭10玉乃島敢闘賞 [初]11勝4敗23歳6ヶ月福島県片男波平成10年3月
(1998年)
昭和52年9月15日
(1977年)
平成9年5月
(1997年)
H9.5
(1997)
東前頭筆頭東前頭筆頭玉春日殊勲賞 [初]8勝7敗25歳4ヶ月愛媛県片男波平成6年1月
(1994年)
昭和47年1月7日
(1972年)
平成9年3月
(1997年)
H9.3
(1997)
東前頭6東前頭6玉春日敢闘賞 [2回目]10勝5敗25歳2ヶ月愛媛県片男波平成6年1月
(1994年)
昭和47年1月7日
(1972年)
平成8年5月
(1996年)
H8.5
(1996)
東前頭6東前頭6玉春日技能賞 [初]9勝6敗24歳4ヶ月愛媛県片男波平成6年1月
(1994年)
昭和47年1月7日
(1972年)
平成8年1月
(1996年)
H8.1
(1996)
東前頭16東前頭16玉春日敢闘賞 [初]10勝5敗24歳0ヶ月愛媛県片男波平成6年1月
(1994年)
昭和47年1月7日
(1972年)
昭和54年11月
(1979年)
S54.11
(1979)
東小結東小結玉ノ富士敢闘賞 [2回目]8勝7敗30歳0ヶ月栃木県片男波昭和42年5月
(1967年)
昭和24年11月24日
(1949年)
昭和54年9月
(1979年)
S54.9
(1979)
西前頭筆頭西前頭筆頭玉ノ富士殊勲賞 [初]8勝7敗29歳9ヶ月栃木県片男波昭和42年5月
(1967年)
昭和24年11月24日
(1949年)
昭和53年1月
(1978年)
S53.1
(1978)
西小結西小結玉ノ富士敢闘賞 [初]11勝4敗28歳1ヶ月栃木県片男波昭和42年5月
(1967年)
昭和24年11月24日
(1949年)
昭和41年9月
(1966年)
S41.9
(1966)
東関脇東関脇玉乃島殊勲賞 [4回目]11勝4敗22歳7ヶ月愛知県片男波昭和34年3月
(1959年)
昭和19年2月5日
(1944年)
昭和41年7月
(1966年)
S41.7
(1966)
西関脇西関脇玉乃島殊勲賞 [3回目]9勝6敗22歳5ヶ月愛知県片男波昭和34年3月
(1959年)
昭和19年2月5日
(1944年)
昭和41年5月
(1966年)
S41.5
(1966)
西関脇西関脇玉乃島敢闘賞 [2回目]10勝5敗22歳3ヶ月愛知県片男波昭和34年3月
(1959年)
昭和19年2月5日
(1944年)
昭和41年1月
(1966年)
S41.1
(1966)
西前頭8西前頭8玉乃島敢闘賞 [初]13勝2敗21歳11ヶ月愛知県片男波昭和34年3月
(1959年)
昭和19年2月5日
(1944年)
昭和40年5月
(1965年)
S40.5
(1965)
西小結西小結玉乃島殊勲賞 [2回目]8勝7敗21歳3ヶ月愛知県片男波昭和34年3月
(1959年)
昭和19年2月5日
(1944年)
昭和40年3月
(1965年)
S40.3
(1965)
東前頭3東前頭3玉乃島殊勲賞 [初]9勝6敗21歳1ヶ月愛知県片男波昭和34年3月
(1959年)
昭和19年2月5日
(1944年)

片男波部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が玉乃島と玉乃島(玉の海)の2人で6回ずつ、3位が玉鷲と玉春日の2人で5回ずつ、5位が玉ノ富士で3回(殊勲賞1回・敢闘賞2回)となっています。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 玉乃島
(玉の海)
6回 0 4 2 横綱 片男波 愛知県
1位 玉乃島 6回 1 0 5 関脇 片男波 福島県
3位 玉春日 5回 2 1 2 関脇 片男波 愛媛県
3位 玉鷲 5回 1 3 1 関脇 片男波 モンゴル
5位 玉ノ富士 3回 0 1 2 関脇 片男波 栃木県

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片男波部屋の最高位:横綱

第51代横綱 玉の海 正洋

玉の海 正洋(たまのうみ まさひろ)愛知県蒲郡市出身、二所ノ関 → 片男波部屋の元力士で、最高位は第51代横綱

昭和34年(1959)3月場所に15歳1ヶ月で初土俵を踏み、昭和46年(1971)9月場所後に現役のまま逝去(享年27歳)。

通算成績は619勝305敗0休924出場。生涯勝率.670。通算76場所中、64場所を勝ち越した(勝ち越し率.853)。

主な成績は幕内優勝6回(同点2,次点10),序二段優勝1回殊勲賞4回,敢闘賞2回,金星4個(栃ノ海2個、佐田の山2個)。

本名は谷口 正夫。昭和19年(1944)2月5日生まれ。昭和46年(1971)10月11日逝去(享年27歳)。

のちに12代片男波となる玉乃海 太三郎(元関脇)に誘われて二所ノ関部屋へと入門。12代が独立した時に片男波部屋へと移籍した。

大鵬の胸を借りて稽古に励み、大関で2度の優勝。昭和45年(1970)1月場所後に「盟友」北の富士と共に横綱へと昇進。昭和46年(1971)7月場所では自身6度目となる優勝を全勝で飾るが、その頃に急性虫垂炎を発症。しかし横綱の責任感から痛み止めを用いて9月場所も強行出場。大鵬の引退相撲でも横綱土俵入りで太刀持ちを務めるなど無理を重ねたことがたたり10月11日に肺血栓のため現役のまま27歳で急逝。

四股名
玉の海 正洋(たまのうみ まさひろ)
最高位
第51代横綱
出身地
愛知県蒲郡市
本名
善竹 正夫→谷口 正夫→竹内 正夫→谷口 正夫
生年月日
昭和19年(1944)2月5日
没年月日
昭和46年(1971)10月11日(享年27歳)
所属部屋
二所ノ関 → 片男波部屋
改名歴
玉乃嶋 正夫 → 玉乃島 正夫 → 玉の海 正洋
初土俵
昭和34年(1959)3月 前相撲(15歳1ヶ月)
新十両
昭和38年(1963)9月(所要27場所)
19歳7ヶ月(初土俵から4年6ヶ月)
新入幕
昭和39年(1964)3月(所要30場所)
20歳1ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新小結
昭和40年(1965)1月(所要35場所)
20歳11ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
新関脇
昭和40年(1965)7月(所要38場所)
21歳4ヶ月(初土俵から6年3ヶ月)
新大関
昭和41年(1966)11月(所要46場所)
22歳9ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
横綱昇進
昭和45年(1970)3月(所要66場所)
26歳1ヶ月(初土俵から11年0ヶ月)
最終場所
昭和46年(1971)9月(27歳7ヶ月)
大相撲歴
76場所(12年6ヶ月)
通算成績
619勝305敗0休924出場(勝率.670)
通算76場所
勝ち越し64場所(勝ち越し率.853)
優勝等
幕内優勝6回(同点2,次点10),序二段優勝1回
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞2回,金星4個
幕内戦歴
469勝221敗0休690出場(勝率.680)
在位46場所(在位率.605)
勝ち越し41場所(勝ち越し率.891)
横綱戦歴
130勝20敗0休150出場(勝率.867)
在位10場所(在位率.132)
勝ち越し10場所(勝ち越し率1.000)
大関戦歴
206勝94敗0休300出場(勝率.687)
在位20場所(在位率.263)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.950)
三役戦歴
49勝41敗0休90出場(勝率.544)
在位6場所(在位率.079)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
関脇戦歴
36勝24敗0休60出場(勝率.600)
在位4場所(在位率.053)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
小結戦歴
13勝17敗0休30出場(勝率.433)
在位2場所(在位率.026)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
前頭戦歴
84勝66敗0休150出場(勝率.560)
在位10場所(在位率.132)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)
十両戦歴
30勝15敗0休45出場(勝率.667)
在位3場所(在位率.039)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
499勝236敗0休735出場(勝率.679)
在位49場所(在位率.645)
勝ち越し44場所(勝ち越し率.898)
幕下以下歴
120勝69敗0休189出場(勝率.635)
在位26場所(在位率.342)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.769)


片男波部屋の最高位:関脇

玉ノ富士 茂

  • 四股名 :玉ノ富士 茂(たまのふじ しげる)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:11代湊川⇒13代片男波⇒16代楯山
  • 出身地 :栃木県那須郡小川町
  • 本 名 :阿久津 茂⇒大野 茂
  • 生年月日:昭和24年(1949)11月24日
  • 所属部屋:片男波部屋
  • 改名歴 :阿久津⇒玉ノ冨士⇒玉ノ富士
  • 初土俵 :昭和42年(1967)5月(17歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和48年(1973)11月(24歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和49年(1974)9月(24歳10ヵ月)
  • 新三役 :昭和51年(1976)9月(26歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和56年(1981)11月(32歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:431勝420敗23休/850出場(73場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :幕下同点1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,金星2個
  • 幕内戦歴:289勝326敗(41場所)勝率:47.0%
  •   関脇:44勝46敗(6場所)勝率:48.9%
  •   小結:40勝50敗(6場所)勝率:44.4%
  •   前頭:205勝230敗(29場所)勝率:47.1%
  • 十両戦歴:53勝50敗2休(8場所)勝率:51.5%

玉春日 良二

玉春日 良二(たまかすが りょうじ)愛媛県東宇和郡野村町出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇

平成6年(1994)1月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)9月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。

通算成績は603勝636敗39休1235出場。生涯勝率.487。通算89場所中、46場所を勝ち越した(勝ち越し率.517)。

主な成績は十両優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個(貴乃花3個、曙1個、若乃花2個、武蔵丸1個)。

昭和47年(1972)1月7日生まれ。本名は松本 良二。

小学生の頃から身体が大きく運動能力も高かったことから乙亥大相撲をはじめ様々な競技で活躍していた。中央大学時代は際立った成績を残せなかったが幕下最下位格付出で角界入りすると、徹底的に押し相撲を磨くことで頭角を現し、長らく幕内の土俵を務めることができた。

「玉春日」の四股名は小惑星の名として空に残されている。これは平成10年(1998)6月に愛媛県の久万高原天体観測館の職員が発見した小惑星で、当時活躍していた郷土力士にあやかって「(8432)Tamakasuga」として登録された。

引退後は15代楯山を襲名し部屋付親方として後進の指導にあたっていたが、平成12年(2010)2月に13代片男波(玉ノ富士)と名跡を交換、14代片男波を襲名して部屋を継承した。

年寄名跡
14代・片男波 良二
四股名
玉春日 良二(たまかすが りょうじ)
最高位
関脇
年寄名跡
15代楯山 良二 → 14代片男波 良二
出身地
愛媛県東宇和郡野村町
本名
松本 良二
生年月日
昭和47年(1972)1月7日(54歳)
出身高校
愛媛県立野村高校
出身大学
中央大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉春日 良二 → 玉春日 公二 → 玉春日 良二
初土俵
平成6年(1994)1月 幕下60枚目格付出(22歳0ヶ月)
新十両
平成7年(1995)3月(所要7場所)
23歳2ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
新入幕
平成8年(1996)1月(所要12場所)
24歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)7月(所要21場所)
25歳5ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
最終場所
平成20年(2008)9月(36歳8ヶ月)
大相撲歴
89場所(14年8ヶ月)
通算成績
603勝636敗39休1235出場(勝率.487)
通算89場所
勝ち越し46場所(勝ち越し率.517)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個
幕内戦歴
444勝537敗24休977出場(勝率.453)
在位67場所(在位率.753)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.418)
三役戦歴
15勝30敗0休45出場(勝率.333)
在位3場所(在位率.034)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.011)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
8勝22敗0休30出場(勝率.267)
在位2場所(在位率.022)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
429勝507敗24休932出場(勝率.458)
在位64場所(在位率.719)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.438)
十両戦歴
126勝83敗15休209出場(勝率.603)
在位15場所(在位率.169)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.733)
関取戦歴
570勝620敗39休1186出場(勝率.479)
在位82場所(在位率.921)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.476)
幕下以下歴
33勝16敗0休49出場(勝率.673)
在位7場所(在位率.079)
勝ち越し7場所(勝ち越し率1.000)


玉乃島 新

玉乃島 新 (たまのしま あらた)福島県西白河郡泉崎村出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇

平成10年(1998)3月場所に20歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)11月場所を最後に引退(34歳2ヶ月)。

通算成績は557勝583敗4休1138出場。生涯勝率.489。通算82場所中、36場所を勝ち越した(勝ち越し率.439)。

主な成績は幕内(次点2)、十両優勝1回敢闘賞5回、技能賞1回、金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)

昭和52年(1977)9月15日生まれ。本名は岡部 新。

父は元プロボクサーでチャンピオンのタートル岡部、母は元大関・清國の実妹、兄は元十両の玉ノ国。育ったのは東京都文京区だが父親の故郷である福島県を出身地として名乗っていた。

竹内(雅山)とは中学時代からのライバルで切磋琢磨してきた。兄が在学していた東洋大学に進学したが2年で中退して片男波部屋へと入門。この入門は4年で卒業した兄と一緒であり、史上初の兄弟同時幕下付出となった。

初土俵から約2年で新入幕、一度は跳ね返されたがすぐに再入幕、このとき四股名を「玉乃島」と改めた。これは現役中に亡くなった51代横綱・玉の海が大関時代まで名乗っていた四股名であり、それだけ期待されての改名だった。

しかしその期待に充分答えることは出来なかった。平成13年(2001)9月場所の新小結をはじめ都合4度三役の座についた玉乃島だったが、一度も勝ち越すことは出来ずに平幕での土俵が多かった。

停年を間近に控えた12代二所ノ関(元大関・若島津)から12月24日付で部屋を継承、放駒部屋として部屋を率いることになった。

四股名
玉乃島 新 (たまのしま あらた)
最高位
関脇
年寄名跡
10代西岩 新(片男波) → 18代放駒 新(片男波) → 18代放駒 新(松ヶ根) → 18代放駒 新(二所ノ関) → 18代放駒 新
出身地
福島県西白河郡泉崎村
本名
岡部 新
生年月日
昭和52年(1977)9月15日(48歳)
出身高校
金沢市立工業高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉ノ洋 新 → 玉乃島 新
初土俵
平成10年(1998)3月 幕下60枚目付出(20歳6ヶ月)
新十両
平成11年(1999)9月(所要9場所)
22歳0ヶ月(初土俵から1年6ヶ月)
新入幕
平成12年(2000)11月(所要16場所)
23歳2ヶ月(初土俵から2年8ヶ月)
新小結
平成13年(2001)9月(所要21場所)
24歳0ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
新関脇
平成16年(2004)1月(所要35場所)
26歳4ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)11月場所(34歳2ヶ月)
大相撲歴
82場所(13年8ヶ月)
通算成績
557勝583敗4休1138出場(勝率.489)
通算82場所
勝ち越し36場所(勝ち越し率.439)(勝ち越し星152)
優勝等
幕内(次点2),十両優勝1回
受賞・金星
敢闘賞5回,技能賞1回,金星2個(朝青龍1個、武蔵丸1個)
持給金
122円50銭(勝ち越し星152個 金星2個)
幕内戦歴
395勝441敗4休835出場(勝率.473)
在位56場所(在位率.683)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.375)
三役戦歴
25勝35敗0休60出場(勝率.417)
在位4場所(在位率.049)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
5勝10敗0休15出場(勝率.333)
在位1場所(在位率.012)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
20勝25敗0休45出場(勝率.444)
在位3場所(在位率.037)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
370勝406敗4休775出場(勝率.477)
在位52場所(在位率.634)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.404)
十両戦歴
117勝117敗0休233出場(勝率.502)
在位16場所(在位率.195)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.438)
関取戦歴
512勝558敗4休1068出場(勝率.479)
在位72場所(在位率.878)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.389)
幕下以下歴
45勝25敗0休70出場(勝率.643)
在位10場所(在位率.122)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.800)

玉乃島 新の更に詳細なデータは力士名鑑で!

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  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(217回 / 19.0%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(121回 / 31.0%)
  • ✅ 得意な相手:岩木山(15勝5敗 / 勝率.750)
  • ✅ 苦手な相手:朝青龍(4勝21敗 / 勝率.160)

玉鷲 一朗

玉鷲 一朗(たまわし いちろう)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は関脇。令和8年5月場所の番付は西 前頭13枚目。

モンゴル ウランバートル市に生まれ、モンゴル食糧技術大学でホテルマンを目指して学んでいた。相撲未経験であったが、大きな身体と腕力を生かして力士になろうと思い立ち、日本へ留学していた姉を頼って来日した。両国を訪れた際、たまたま自転車に乗った力士を見つけてついて行ったところ井筒部屋に辿り着き、そこで当時三段目で給仕をしていた同郷の鶴竜(のちの第71代横綱)と出会う。鶴竜に入門の相談を持ちかけ、旭鷲山の連絡先を教えられたことが縁となり、片男波部屋へ入門。平成16年(2004年)1月場所において初土俵を踏んだ。相撲に集中するため、入門後の3年間は他の部屋の力士と一言も会話せずに稽古に打ち込んだという。

スロー出世での新三役と初三賞

平成20年(2008年)1月場所で新十両へ昇進し、同年9月場所において新入幕を果たした。その後は幕内と十両の往復も経験しながら地道に実力をつけ、平成27年(2015年)3月場所において初土俵から所要66場所というスロー出世で新三役(小結)へ昇進する。昇進会見では、出世スピードが速いモンゴルの後輩力士たちに対抗意識を燃やし、かつて自身の付け人を務めていた輝の十両での活躍に大きな刺激を受けたことを明かした。

平成28年(2016年)11月場所では西小結の地位で10勝5敗の好成績を収め、自身初の三賞となる技能賞を受賞した。長いリーチを生かした重みのある突き押しや喉輪が評価されたものであり、新入幕から所要49場所での初受賞は外国出身力士として最も遅い記録であった。さらに翌平成29年(2017年)1月場所では新関脇に昇進している。

二度の幕内最高優勝と最年長記録

かねてより「大関昇進よりも優勝すること」を目標として公言していた中、西関脇で迎えた平成31年(2019年)1月場所において、13勝2敗の好成績を収め悲願の初優勝を飾った。奇しくも優勝を決めた千秋楽には第二子が誕生しており、二重の喜びとなった。

その後も幕内上位で長く活躍を続け、東前頭3枚目に名前を置いた令和4年(2022年)9月場所では、照ノ富士ら1横綱3大関全員を破る活躍を見せ、千秋楽に13勝2敗で自身2度目の幕内最高優勝を果たした。平幕力士による横綱・大関戦の全勝は昭和60年(1985年)の北尾以来37年ぶりの快挙であり、37歳10ヶ月での幕内優勝は旭天鵬を抜いて昭和以降の最年長記録となった。

角界の「鉄人」と家庭的な素顔

土俵外では手芸やお菓子作りを趣味とする非常に穏やかな素顔を持つ。角界きっての愛妻家としても知られており、初優勝を果たした千秋楽の早朝に第二子が誕生した際は、祝賀パーティーで酒を楽しむことなく長男の育児を優先させたという。なお、妻の弟は片男波部屋の玉正鳳である。

家庭での穏やかな一面とは対照的に、土俵上では強靭な肉体と卓越した腕力を生かした強烈な突き押し相撲を貫いている。怪我を抱えながらも決して休まず土俵に上がり続けるその姿から、角界の「鉄人」と称されるようになった。初土俵以来、一度も休場することなく連続出場を続け、歴代単独トップとなる通算出場回数を記録する。令和8年(2026年)1月場所後には、その通算連続出場記録(1763回)がギネス世界記録に公式認定された。さらに同年3月場所の4日目には、幕内出場回数が1471回に到達し、旭天鵬を抜いて歴代最多記録を更新するという偉業も成し遂げている。

💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉鷲 一朗(たまわし いちろう)
最高位
関脇
最新番付
西 前頭13枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
バトジャルガル・ムンフオリギル
生年月日
昭和59年(1984)11月16日(41歳)
身長・体重
189cm・176kg
所属部屋
片男波部屋
初土俵
平成16年(2004)1月(19歳2ヵ月)
新十両
平成20年(2008)1月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成20年(2008)9月(23歳10ヵ月)
新小結
平成27年(2015)3月(30歳4ヵ月)
新関脇
平成29年(2017)1月(32歳2ヵ月)
優勝
幕内優勝2回,十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞1回,技能賞1回,金星8個
通算成績
897勝897敗2休/1793出場(勝率:50%)
直近7場所
42勝63敗
7場所勝率
40.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
玉鷲が勝ちの決まり手(40勝)
押し出し21
寄り切り4
突き出し4
押し倒し4
突き落とし4
首捻り1
その他2
玉鷲が負けの決まり手(50敗)
寄り切り21
押し出し8
叩き込み5
突き落とし4
引き落とし4
下手投げ3
その他5
令8年5月
西 前頭13枚目(4枚降下)
2勝13敗
●●●●●|●●●●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭9枚目(4枚半降下)
5勝10敗
●●●●○|●○●●○|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭5枚目(1枚降下)
5勝10敗
●○●○●|●●●○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令7年11
東 前頭4枚目(3枚降下)
7勝8敗
●○○○●|○●●●●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭筆頭(3枚半上昇)
6勝9敗
●●○●○|○●●●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭4枚目(1枚半降下)
11勝4敗(殊勲賞・金星)
○○○○●|○○○●○|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭3枚目
6勝9敗
○●●○●|●●●○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

片男波部屋の最高位:小結

玉輝山 正則

玉輝山 正則(たまきやま まさのり)福岡県前原市出身、片男波部屋の元力士で、最高位は小結

昭和39年(1964)5月場所に13歳0ヶ月で初土俵を踏み、昭和59年(1984)3月場所を最後に引退(32歳10ヶ月)。

通算成績は652勝655敗15休1305出場。生涯勝率.499。通算120場所中、64場所を勝ち越した(勝ち越し率.542)。

主な成績は十両優勝2回幕下優勝1回

昭和26年(1951)4月29日生まれ。本名は萩尾 正則。

13歳で初土俵を踏み、兄弟子である玉の海の稽古で相撲を磨いた。その相撲ぶりや体付きから「玉の海2世」と期待された玉輝山は昭和46年(1971)9月場所で新十両昇進を果たす。

新十両場所を勝ち越して、兄弟子に少しでも恩返しができたと思った矢先、なんと場所後にその玉の海が急逝してしまう。このショックは大きく、しばらくは十両と幕下を往復して出世が遅れた。

弟弟子・玉ノ富士が躍進し始めるとようやく奮起をみせ昭和49年(1974)5月場所に新入幕、昭和54年(1979)7月場所には所要91場所で新小結昇進を遂げた。

四股名
玉輝山 正則(たまきやま まさのり)
最高位
小結
年寄名跡
16代北陣 正則
出身地
福岡県前原市
本名
萩尾 正則
生年月日
昭和26年(1951)4月29日
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉輝山 正則
初土俵
昭和39年(1964)5月 前相撲(13歳0ヶ月)
新十両
昭和46年(1971)9月(所要44場所)
20歳4ヶ月(初土俵から7年4ヶ月)
新入幕
昭和49年(1974)5月(所要60場所)
23歳0ヶ月(初土俵から10年0ヶ月)
新小結
昭和54年(1979)7月(所要91場所)
28歳2ヶ月(初土俵から15年2ヶ月)
最終場所
昭和59年(1984)3月(32歳10ヶ月)
大相撲歴
120場所(19年10ヶ月)
通算成績
652勝655敗15休1305出場(勝率.499)
通算120場所
勝ち越し64場所(勝ち越し率.542)
優勝等
十両優勝2回幕下優勝1回
幕内戦歴
153勝195敗12休347出場(勝率.440)
在位24場所(在位率.200)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.417)
小結戦歴
4勝11敗0休15出場(勝率.267)
在位1場所(在位率.008)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
149勝184敗12休332出場(勝率.447)
在位23場所(在位率.192)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.435)
十両戦歴
283勝284敗3休566出場(勝率.499)
在位38場所(在位率.317)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.474)
関取戦歴
436勝479敗15休913出場(勝率.477)
在位62場所(在位率.517)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.452)
幕下以下歴
216勝176敗0休392出場(勝率.551)
在位56場所(在位率.467)
勝ち越し36場所(勝ち越し率.643)


玉龍 大蔵

玉龍 大蔵(たまりゅう だいぞう)長崎県長崎市出身、片男波部屋の元力士で、最高位は小結

昭和45年(1970)1月場所に15歳5ヶ月で初土俵を踏み、平成4年(1992)1月場所を最後に引退(37歳6ヶ月)。

通算成績は700勝714敗14休1414出場。生涯勝率.495。通算133場所中、69場所を勝ち越した(勝ち越し率.523)。

主な成績は十両優勝1回幕下優勝1回(同点2)。金星1個(千代の富士1個)。

昭和29年(1954)7月22日生まれ。本名は永田 大蔵。

中学時代は柔道で身体を鍛え、12代片男波(元関脇・玉乃海)に勧誘されて入門を決めた。初土俵から9年4ヵ月をかけて新十両昇果たしたが3勝12敗と大きく負け越して1場所で陥落。再び十両に上がるまで約2年を費やした。昭和57年(1982)5月場所、初土俵から12年4ヵ月で新入幕。

東前頭2枚目で迎えた昭和62年(1987)11月場所は8勝7敗という平凡な成績ではあったが、上位陣で好成績者がいなかったこともあり、翌場所に小結初昇進を果たす。所要107場所での新三役は大相撲史上1位の三役スロー昇進記録であった。

四股名
玉龍 大蔵(たまりゅう だいぞう)
最高位
小結
出身地
長崎県長崎市
本名
永田 大蔵
生年月日
昭和29年(1954)7月22日
所属部屋
片男波部屋
改名歴
永田 大蔵 → 玉龍 大蔵
初土俵
昭和45年(1970)1月 前相撲(15歳5ヶ月)
新十両
昭和54年(1979)5月(所要56場所)
24歳9ヶ月(初土俵から9年4ヶ月)
新入幕
昭和57年(1982)5月(所要74場所)
27歳9ヶ月(初土俵から12年4ヶ月)
新小結
昭和62年(1987)11月(所要107場所)
33歳3ヶ月(初土俵から17年10ヶ月)
最終場所
平成4年(1992)1月(37歳6ヶ月)
大相撲歴
133場所(22年0ヶ月)
通算成績
700勝714敗14休1414出場(勝率.495)
通算133場所
勝ち越し69場所(勝ち越し率.523)
優勝等
十両優勝1回幕下優勝1回(同点2)
受賞・金星
金星1個
幕内戦歴
195勝255敗0休450出場(勝率.433)
在位30場所(在位率.226)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.433)
小結戦歴
3勝12敗0休15出場(勝率.200)
在位1場所(在位率.008)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
192勝243敗0休435出場(勝率.441)
在位29場所(在位率.218)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.448)
十両戦歴
246勝249敗0休495出場(勝率.497)
在位33場所(在位率.248)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.545)
関取戦歴
441勝504敗0休945出場(勝率.467)
在位63場所(在位率.474)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.492)
幕下以下歴
259勝210敗14休469出場(勝率.552)
在位69場所(在位率.519)
勝ち越し38場所(勝ち越し率.551)


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片男波部屋の歴代師匠

第12代・片男波 嶽太郎 (元関脇・玉乃海)

在任期間(昭和36年(1961年)5月~昭和62年(1987年)9月27日)

玉乃海 太三郎(たまのうみ だいさぶろう)大分県大分市出身、二所ノ関部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和12年(1937)5月場所に14歳4ヶ月で初土俵を踏み、昭和36年(1961)1月場所を最後に引退(38歳0ヶ月)。

通算成績は403勝331敗35休730出場。生涯勝率.549。通算56場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。

主な成績は幕内優勝1回(次点2),序ノ口優勝1回殊勲賞2回,敢闘賞3回,金星9個(羽黒山1個、栃錦4個、鏡里1個、吉葉山1個、千代の山2個)。

本名は三浦 朝弘。大正12年(1923)1月2日生まれ。昭和62年(1987)9月27日逝去(享年64歳)。

6代・二所ノ関(玉錦)率いる二所ノ関の巡業を見たことで力士を志望するようになる。はじめは郷土の大横綱・双葉山への弟子入りを希望していたが、二枚鑑札で玉錦が師匠を務めていた二所ノ関部屋に入門した。

順調に番付を上げていた福住(当時の四股名)だったが酒癖の悪さが祟った。幕下だった昭和15年(1940)の上海巡業で、酔いにまかせて憲兵を叩きのめしてしまい、駆け付けた仲間の憲兵が拳銃を抜く騒ぎであわや殺されそうになる。その場は当時大関だった羽黒山(のち横綱)と、亡くなった玉錦の後を継いだ7代・二所ノ関(玉ノ海)が懸命に詫びを入れてくれたお陰で収まったが、条件として協会からの破門を突き付けられた福住は除名処分となり大日本相撲協会を去った。

その後、太平洋戦争では海軍の軍属としてトラック諸島などで飛行場建設に従事。アメリカ軍の攻撃で大勢の犠牲者が出るなか僅かな生存者として救出されて帰国した。

昭和25年(1950)に二所ノ関から破門が解かれて協会への復帰が叶う。除名から約10年、このとき27歳であった。

昭和27年(1952)9月場所で新入幕。そして昭和28年(1953)5月場所2日目に組まれた相手は「命の恩人」横綱・羽黒山。玉乃海は殊勲の金星で恩返しができた。敗れた羽黒山は翌日から休場、結果的にこれが最後の土俵となった。

新小結昇進となった昭和31年(1956)9月場所を9勝6敗、さらに昇進した関脇で2場所連続11勝をあげた玉乃海は大関昇進でもおかしくなかったが、同じく活躍していた朝潮(のち横綱)の大関昇進に阻まれる形になった。

その後マラリアに罹り2場所連続の休場、さらに体重も落ちてしまった玉乃海は引退を覚悟。最後の土俵と聞いた時津風理事長(双葉山)から特別に許可を得て、金色のまわしを締めてあがった昭和32年(1957)九州場所ではなんと平幕全勝優勝を達成した。

慰留された玉乃海は現役を続行、昭和36年(1961)1月場所を最後に引退して12代・片男波を襲名した。

二所ノ関部屋からの分家独立は8代・二所ノ関(元大関・佐賀の花)が許さずに大いに揉めたが、先代二所ノ関の取りなしで何とか独立。横綱・玉の海をはじめ、関脇・玉ノ富士、小結・玉輝山、玉龍などを育て上げた。

四股名
玉乃海 太三郎(たまのうみ だいさぶろう)
最高位
関脇
年寄名跡
12代片男波 嶽太郎
出身地
高知県高知市 → 大分県大分市
本名
三浦 朝弘
生年月日
大正12年(1923)1月2日
没年月日
昭和62年(1987)9月27日(享年64歳)
所属部屋
二所ノ関部屋
改名歴
福住 朝廣 → 玉ノ海 朝弘 → 玉ノ海 大三郎 → 玉乃海 太三郎 → 玉乃海 代太郎
初土俵
昭和12年(1937)5月 前相撲(14歳4ヶ月)
新十両
昭和26年(1951)5月(所要11場所)
28歳4ヶ月(初土俵から14年0ヶ月)
新入幕
昭和27年(1952)9月(所要15場所)
29歳8ヶ月(初土俵から15年4ヶ月)
新小結
昭和31年(1956)9月(所要31場所)
33歳8ヶ月(初土俵から19年4ヶ月)
新関脇
昭和32年(1957)1月(所要32場所)
34歳0ヶ月(初土俵から19年8ヶ月)
最終場所
昭和36年(1961)1月(38歳0ヶ月)
大相撲歴
56場所(23年8ヶ月)
通算成績
403勝331敗35休730出場(勝率.549)
通算56場所
勝ち越し30場所(勝ち越し率.556)
優勝等
幕内優勝1回(次点2),序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞3回,金星9個
幕内戦歴
303勝280敗32休579出場(勝率.520)
在位41場所(在位率.732)
勝ち越し20場所(勝ち越し率.488)
三役戦歴
67勝72敗11休137出場(勝率.482)
在位10場所(在位率.179)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.500)
関脇戦歴
35勝29敗11休62出場(勝率.547)
在位5場所(在位率.089)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
小結戦歴
32勝43敗0休75出場(勝率.427)
在位5場所(在位率.089)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.400)
前頭戦歴
236勝208敗21休442出場(勝率.532)
在位31場所(在位率.554)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.484)
十両戦歴
38勝20敗2休58出場(勝率.655)
在位4場所(在位率.071)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
341勝300敗34休637出場(勝率.532)
在位45場所(在位率.804)
勝ち越し24場所(勝ち越し率.533)
幕下以下歴
62勝31敗1休93出場(勝率.667)
在位10場所(在位率.179)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)


第13代・片男波 大造 (元関脇・玉ノ富士)

在任期間(昭和62年(1987年)10月3日~平成22年(2010年)2月3日)
  • 四股名 :玉ノ富士 茂(たまのふじ しげる)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:11代湊川⇒13代片男波⇒16代楯山
  • 出身地 :栃木県那須郡小川町
  • 本 名 :阿久津 茂⇒大野 茂
  • 生年月日:昭和24年(1949)11月24日
  • 所属部屋:片男波部屋
  • 改名歴 :阿久津⇒玉ノ冨士⇒玉ノ富士
  • 初土俵 :昭和42年(1967)5月(17歳6ヵ月)
  • 新十両 :昭和48年(1973)11月(24歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和49年(1974)9月(24歳10ヵ月)
  • 新三役 :昭和51年(1976)9月(26歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和56年(1981)11月(32歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:431勝420敗23休/850出場(73場所)
  • 生涯勝率:50.6%
  • 優勝等 :幕下同点1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,金星2個
  • 幕内戦歴:289勝326敗(41場所)勝率:47.0%
  •   関脇:44勝46敗(6場所)勝率:48.9%
  •   小結:40勝50敗(6場所)勝率:44.4%
  •   前頭:205勝230敗(29場所)勝率:47.1%
  • 十両戦歴:53勝50敗2休(8場所)勝率:51.5%

第14代・片男波 良二 (元関脇・玉春日)

在任期間(平成22年(2010年)2月4日~  )

玉春日 良二(たまかすが りょうじ)愛媛県東宇和郡野村町出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇

平成6年(1994)1月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)9月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。

通算成績は603勝636敗39休1235出場。生涯勝率.487。通算89場所中、46場所を勝ち越した(勝ち越し率.517)。

主な成績は十両優勝1回殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個(貴乃花3個、曙1個、若乃花2個、武蔵丸1個)。

昭和47年(1972)1月7日生まれ。本名は松本 良二。

小学生の頃から身体が大きく運動能力も高かったことから乙亥大相撲をはじめ様々な競技で活躍していた。中央大学時代は際立った成績を残せなかったが幕下最下位格付出で角界入りすると、徹底的に押し相撲を磨くことで頭角を現し、長らく幕内の土俵を務めることができた。

「玉春日」の四股名は小惑星の名として空に残されている。これは平成10年(1998)6月に愛媛県の久万高原天体観測館の職員が発見した小惑星で、当時活躍していた郷土力士にあやかって「(8432)Tamakasuga」として登録された。

引退後は15代楯山を襲名し部屋付親方として後進の指導にあたっていたが、平成12年(2010)2月に13代片男波(玉ノ富士)と名跡を交換、14代片男波を襲名して部屋を継承した。

年寄名跡
14代・片男波 良二
四股名
玉春日 良二(たまかすが りょうじ)
最高位
関脇
年寄名跡
15代楯山 良二 → 14代片男波 良二
出身地
愛媛県東宇和郡野村町
本名
松本 良二
生年月日
昭和47年(1972)1月7日(54歳)
出身高校
愛媛県立野村高校
出身大学
中央大学
所属部屋
片男波部屋
改名歴
玉春日 良二 → 玉春日 公二 → 玉春日 良二
初土俵
平成6年(1994)1月 幕下60枚目格付出(22歳0ヶ月)
新十両
平成7年(1995)3月(所要7場所)
23歳2ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
新入幕
平成8年(1996)1月(所要12場所)
24歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
新関脇
平成9年(1997)7月(所要21場所)
25歳5ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
最終場所
平成20年(2008)9月(36歳8ヶ月)
大相撲歴
89場所(14年8ヶ月)
通算成績
603勝636敗39休1235出場(勝率.487)
通算89場所
勝ち越し46場所(勝ち越し率.517)
優勝等
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個
幕内戦歴
444勝537敗24休977出場(勝率.453)
在位67場所(在位率.753)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.418)
三役戦歴
15勝30敗0休45出場(勝率.333)
在位3場所(在位率.034)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
関脇戦歴
7勝8敗0休15出場(勝率.467)
在位1場所(在位率.011)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
小結戦歴
8勝22敗0休30出場(勝率.267)
在位2場所(在位率.022)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
429勝507敗24休932出場(勝率.458)
在位64場所(在位率.719)
勝ち越し28場所(勝ち越し率.438)
十両戦歴
126勝83敗15休209出場(勝率.603)
在位15場所(在位率.169)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.733)
関取戦歴
570勝620敗39休1186出場(勝率.479)
在位82場所(在位率.921)
勝ち越し39場所(勝ち越し率.476)
幕下以下歴
33勝16敗0休49出場(勝率.673)
在位7場所(在位率.079)
勝ち越し7場所(勝ち越し率1.000)


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