片男波(かたおなみ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する片男波部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では片男波部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。
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片男波部屋の優勝力士
片男波部屋 歴代幕内優勝力士一覧
片男波部屋では、これまでに2人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて8回になります。
最多優勝は玉の海(玉乃島)で6回の幕内優勝を達成しています。
連覇記録では、玉の海(玉乃島)が2連覇を1回達成しています。
片男波部屋初の優勝力士は玉乃島で、いまから58年前の昭和43年(1968年)5月場所のことでした。
また、直近の片男波部屋優勝力士は玉鷲で、いまから3年9ヶ月前の令和4年(2022年)9月場所です。
| 場所年月 | 四股名 | 番付 | 成績 | 年齢 | 出身地 | 最高位 | 部屋 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 令和4年9月 (2022年)R4.9 2022 | 玉鷲 [2回目] | 東前頭3 | 13勝2敗 | 37歳10ヶ月 | モンゴル | 関脇 | 片男波 | |
| 平成31年1月 (2019年)H31.1 2019 | 玉鷲 [初] | 西関脇 | 13勝2敗 | 34歳2ヶ月 | モンゴル | 関脇 | 片男波 | |
| 昭和46年7月 (1971年)S46.7 1971 | 玉の海 [6回目] | 西横綱 | 全勝15勝0敗 | 27歳5ヶ月 | 愛知県 | 横綱 | 片男波 | 全勝優勝からわずか3か月後に27歳の若さで急逝 |
| 昭和46年3月 (1971年)S46.3 1971 | 玉の海 [5回目] | 東横綱 | 14勝1敗 | 27歳1ヶ月 | 愛知県 | 横綱 | 片男波 | |
| 昭和45年11月 (1970年)S45.11 1970 | 玉の海 [4回目] 2連覇 | 東横綱 | 14勝1敗 | 26歳9ヶ月 | 愛知県 | 横綱 | 片男波 | |
| 昭和45年9月 (1970年)S45.9 1970 | 玉の海 [3回目] | 西横綱 | 14勝1敗 | 26歳7ヶ月 | 愛知県 | 横綱 | 片男波 | |
| 昭和44年9月 (1969年)S44.9 1969 | 玉乃島 [2回目] | 西大関(張出) | 13勝2敗 | 25歳7ヶ月 | 愛知県 | 横綱 | 片男波 | のちに玉の海に改名 |
| 昭和43年5月 (1968年)S43.5 1968 | 玉乃島 [初] | 東大関 | 13勝2敗 | 24歳3ヶ月 | 愛知県 | 横綱 | 片男波 | 愛知出身力士初の優勝 |
片男波部屋 幕内優勝回数ランキング
片男波部屋の幕内優勝回数ランキングです。1位が玉の海で6回、2位が玉鷲で2回となっています。
※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。
| 順位 | 四股名 | 最高位 | 優勝 回数 | 横綱 | 大関 | 関脇 | 小結 | 前頭 | 勝利 合計 | 敗戦 合計 | 勝率 | 部屋 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 玉の海 | 横綱 | 6回 | 4 | 2 | 0 | 0 | 0 | 83勝 | 7敗 | .922 | 片男波 | 愛知県 |
| 2位 | 玉鷲 | 関脇 | 2回 | — | — | 1 | 0 | 1 | 26勝 | 4敗 | .867 | 片男波 | モンゴル |
片男波部屋の三賞受賞力士
片男波部屋 歴代三賞受賞力士一覧
片男波部屋では、これまでに5人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて25回になります。
受賞の内訳は、技能賞が4回、殊勲賞が9回、敢闘賞が12回となっています。
また、ダブル受賞は玉鷲が1回ずつ達成しています。
| 場所年月 | 番付 | 受賞力士 | 受賞 | 成績 | 受賞時 年齢 |
出身地 | 部屋 | 初土俵 | 生年月日 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 令和7年7月 (2025年)R7.7 (2025) | 西前頭4 | 西前頭4玉鷲 | 殊勲賞 [3回目] | 11勝4敗 | 40歳8ヶ月 | モンゴル | 片男波 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和59年11月16日 (1984年) |
| 令和4年9月 (2022年)R4.9 (2022) | 東前頭3 | 東前頭3玉鷲 | 殊勲賞 [2回目] | 13勝2敗 優勝 | 37歳10ヶ月 | モンゴル | 片男波 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和59年11月16日 (1984年) |
| 平成31年1月 (2019年)H31.1 (2019) | 西関脇 | 西関脇玉鷲 ダブル | 敢闘賞 [初] | 13勝2敗 優勝 | 34歳2ヶ月 | モンゴル | 片男波 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和59年11月16日 (1984年) |
| 殊勲賞 [初] | |||||||||
| 平成28年11月 (2016年)H28.11 (2016) | 西小結 | 西小結玉鷲 | 技能賞 [初] | 10勝5敗 | 32歳0ヶ月 | モンゴル | 片男波 | 平成16年1月 (2004年) | 昭和59年11月16日 (1984年) |
| 平成18年7月 (2006年)H18.7 (2006) | 西前頭12 | 西前頭12玉春日 | 技能賞 [2回目] | 11勝4敗 | 34歳6ヶ月 | 愛媛県 | 片男波 | 平成6年1月 (1994年) | 昭和47年1月7日 (1972年) |
| 平成18年7月 (2006年)H18.7 (2006) | 東前頭10 | 東前頭10玉乃島 | 敢闘賞 [5回目] | 11勝4敗 | 28歳10ヶ月 | 福島県 | 片男波 | 平成10年3月 (1998年) | 昭和52年9月15日 (1977年) |
| 平成17年3月 (2005年)H17.3 (2005) | 西前頭7 | 西前頭7玉乃島 | 敢闘賞 [4回目] | 12勝3敗 | 27歳6ヶ月 | 福島県 | 片男波 | 平成10年3月 (1998年) | 昭和52年9月15日 (1977年) |
| 平成16年5月 (2004年)H16.5 (2004) | 西前頭5 | 西前頭5玉乃島 | 技能賞 [初] | 12勝3敗 | 26歳8ヶ月 | 福島県 | 片男波 | 平成10年3月 (1998年) | 昭和52年9月15日 (1977年) |
| 平成15年11月 (2003年)H15.11 (2003) | 西前頭3 | 西前頭3玉乃島 | 敢闘賞 [3回目] | 10勝5敗 | 26歳2ヶ月 | 福島県 | 片男波 | 平成10年3月 (1998年) | 昭和52年9月15日 (1977年) |
| 平成13年7月 (2001年)H13.7 (2001) | 西前頭7 | 西前頭7玉乃島 | 敢闘賞 [2回目] | 12勝3敗 | 23歳10ヶ月 | 福島県 | 片男波 | 平成10年3月 (1998年) | 昭和52年9月15日 (1977年) |
| 平成13年3月 (2001年)H13.3 (2001) | 東前頭10 | 東前頭10玉乃島 | 敢闘賞 [初] | 11勝4敗 | 23歳6ヶ月 | 福島県 | 片男波 | 平成10年3月 (1998年) | 昭和52年9月15日 (1977年) |
| 平成9年5月 (1997年)H9.5 (1997) | 東前頭筆頭 | 東前頭筆頭玉春日 | 殊勲賞 [初] | 8勝7敗 | 25歳4ヶ月 | 愛媛県 | 片男波 | 平成6年1月 (1994年) | 昭和47年1月7日 (1972年) |
| 平成9年3月 (1997年)H9.3 (1997) | 東前頭6 | 東前頭6玉春日 | 敢闘賞 [2回目] | 10勝5敗 | 25歳2ヶ月 | 愛媛県 | 片男波 | 平成6年1月 (1994年) | 昭和47年1月7日 (1972年) |
| 平成8年5月 (1996年)H8.5 (1996) | 東前頭6 | 東前頭6玉春日 | 技能賞 [初] | 9勝6敗 | 24歳4ヶ月 | 愛媛県 | 片男波 | 平成6年1月 (1994年) | 昭和47年1月7日 (1972年) |
| 平成8年1月 (1996年)H8.1 (1996) | 東前頭16 | 東前頭16玉春日 | 敢闘賞 [初] | 10勝5敗 | 24歳0ヶ月 | 愛媛県 | 片男波 | 平成6年1月 (1994年) | 昭和47年1月7日 (1972年) |
| 昭和54年11月 (1979年)S54.11 (1979) | 東小結 | 東小結玉ノ富士 | 敢闘賞 [2回目] | 8勝7敗 | 30歳0ヶ月 | 栃木県 | 片男波 | 昭和42年5月 (1967年) | 昭和24年11月24日 (1949年) |
| 昭和54年9月 (1979年)S54.9 (1979) | 西前頭筆頭 | 西前頭筆頭玉ノ富士 | 殊勲賞 [初] | 8勝7敗 | 29歳9ヶ月 | 栃木県 | 片男波 | 昭和42年5月 (1967年) | 昭和24年11月24日 (1949年) |
| 昭和53年1月 (1978年)S53.1 (1978) | 西小結 | 西小結玉ノ富士 | 敢闘賞 [初] | 11勝4敗 | 28歳1ヶ月 | 栃木県 | 片男波 | 昭和42年5月 (1967年) | 昭和24年11月24日 (1949年) |
| 昭和41年9月 (1966年)S41.9 (1966) | 東関脇 | 東関脇玉乃島 | 殊勲賞 [4回目] | 11勝4敗 | 22歳7ヶ月 | 愛知県 | 片男波 | 昭和34年3月 (1959年) | 昭和19年2月5日 (1944年) |
| 昭和41年7月 (1966年)S41.7 (1966) | 西関脇 | 西関脇玉乃島 | 殊勲賞 [3回目] | 9勝6敗 | 22歳5ヶ月 | 愛知県 | 片男波 | 昭和34年3月 (1959年) | 昭和19年2月5日 (1944年) |
| 昭和41年5月 (1966年)S41.5 (1966) | 西関脇 | 西関脇玉乃島 | 敢闘賞 [2回目] | 10勝5敗 | 22歳3ヶ月 | 愛知県 | 片男波 | 昭和34年3月 (1959年) | 昭和19年2月5日 (1944年) |
| 昭和41年1月 (1966年)S41.1 (1966) | 西前頭8 | 西前頭8玉乃島 | 敢闘賞 [初] | 13勝2敗 | 21歳11ヶ月 | 愛知県 | 片男波 | 昭和34年3月 (1959年) | 昭和19年2月5日 (1944年) |
| 昭和40年5月 (1965年)S40.5 (1965) | 西小結 | 西小結玉乃島 | 殊勲賞 [2回目] | 8勝7敗 | 21歳3ヶ月 | 愛知県 | 片男波 | 昭和34年3月 (1959年) | 昭和19年2月5日 (1944年) |
| 昭和40年3月 (1965年)S40.3 (1965) | 東前頭3 | 東前頭3玉乃島 | 殊勲賞 [初] | 9勝6敗 | 21歳1ヶ月 | 愛知県 | 片男波 | 昭和34年3月 (1959年) | 昭和19年2月5日 (1944年) |
片男波部屋 三賞受賞回数ランキング
受賞回数は、1位が玉乃島と玉乃島(玉の海)の2人で6回ずつ、3位が玉鷲と玉春日の2人で5回ずつ、5位が玉ノ富士で3回(殊勲賞1回・敢闘賞2回)となっています。
| 順位 | 四股名 | 三賞 合計 |
技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 最高位 | 部屋 | 出身地 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 玉乃島 (玉の海) |
6回 | 0 | 4 | 2 | 横綱 | 片男波 | 愛知県 |
| 1位 | 玉乃島 | 6回 | 1 | 0 | 5 | 関脇 | 片男波 | 福島県 |
| 3位 | 玉春日 | 5回 | 2 | 1 | 2 | 関脇 | 片男波 | 愛媛県 |
| 3位 | 玉鷲 | 5回 | 1 | 3 | 1 | 関脇 | 片男波 | モンゴル |
| 5位 | 玉ノ富士 | 3回 | 0 | 1 | 2 | 関脇 | 片男波 | 栃木県 |
片男波部屋の歴代師匠
第12代・片男波 嶽太郎 (元関脇・玉乃海)
玉乃海 太三郎(たまのうみ だいさぶろう)は大分県大分市出身、二所ノ関部屋の元力士で、最高位は関脇。
昭和12年(1937)5月場所に14歳4ヶ月で初土俵を踏み、昭和36年(1961)1月場所を最後に引退(38歳0ヶ月)。
通算成績は403勝331敗35休730出場。生涯勝率.549。通算56場所中、30場所を勝ち越した(勝ち越し率.556)。
主な成績は幕内優勝1回(次点2),序ノ口優勝1回。殊勲賞2回,敢闘賞3回,金星9個(羽黒山1個、栃錦4個、鏡里1個、吉葉山1個、千代の山2個)。
本名は三浦 朝弘。大正12年(1923)1月2日生まれ。昭和62年(1987)9月27日逝去(享年64歳)。
6代・二所ノ関(玉錦)率いる二所ノ関の巡業を見たことで力士を志望するようになる。はじめは郷土の大横綱・双葉山への弟子入りを希望していたが、二枚鑑札で玉錦が師匠を務めていた二所ノ関部屋に入門した。
順調に番付を上げていた福住(当時の四股名)だったが酒癖の悪さが祟った。幕下だった昭和15年(1940)の上海巡業で、酔いにまかせて憲兵を叩きのめしてしまい、駆け付けた仲間の憲兵が拳銃を抜く騒ぎであわや殺されそうになる。その場は当時大関だった羽黒山(のち横綱)と、亡くなった玉錦の後を継いだ7代・二所ノ関(玉ノ海)が懸命に詫びを入れてくれたお陰で収まったが、条件として協会からの破門を突き付けられた福住は除名処分となり大日本相撲協会を去った。
その後、太平洋戦争では海軍の軍属としてトラック諸島などで飛行場建設に従事。アメリカ軍の攻撃で大勢の犠牲者が出るなか僅かな生存者として救出されて帰国した。
昭和25年(1950)に二所ノ関から破門が解かれて協会への復帰が叶う。除名から約10年、このとき27歳であった。
昭和27年(1952)9月場所で新入幕。そして昭和28年(1953)5月場所2日目に組まれた相手は「命の恩人」横綱・羽黒山。玉乃海は殊勲の金星で恩返しができた。敗れた羽黒山は翌日から休場、結果的にこれが最後の土俵となった。
新小結昇進となった昭和31年(1956)9月場所を9勝6敗、さらに昇進した関脇で2場所連続11勝をあげた玉乃海は大関昇進でもおかしくなかったが、同じく活躍していた朝潮(のち横綱)の大関昇進に阻まれる形になった。
その後マラリアに罹り2場所連続の休場、さらに体重も落ちてしまった玉乃海は引退を覚悟。最後の土俵と聞いた時津風理事長(双葉山)から特別に許可を得て、金色のまわしを締めてあがった昭和32年(1957)九州場所ではなんと平幕全勝優勝を達成した。
慰留された玉乃海は現役を続行、昭和36年(1961)1月場所を最後に引退して12代・片男波を襲名した。
二所ノ関部屋からの分家独立は8代・二所ノ関(元大関・佐賀の花)が許さずに大いに揉めたが、先代二所ノ関の取りなしで何とか独立。横綱・玉の海をはじめ、関脇・玉ノ富士、小結・玉輝山、玉龍などを育て上げた。
- 四股名
- 玉乃海 太三郎(たまのうみ だいさぶろう)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
12代片男波 嶽太郎 - 出身地
- 高知県高知市 → 大分県大分市
- 本名
- 三浦 朝弘
- 生年月日
- 大正12年(1923)1月2日
- 没年月日
- 昭和62年(1987)9月27日(享年64歳)
- 所属部屋
- 二所ノ関部屋
- 改名歴
- 福住 朝廣 → 玉ノ海 朝弘 → 玉ノ海 大三郎 → 玉乃海 太三郎 → 玉乃海 代太郎
- 初土俵
- 昭和12年(1937)5月 前相撲(14歳4ヶ月)
- 新十両
- 昭和26年(1951)5月(所要11場所)
- 28歳4ヶ月(初土俵から14年0ヶ月)
- 新入幕
- 昭和27年(1952)9月(所要15場所)
- 29歳8ヶ月(初土俵から15年4ヶ月)
- 新小結
- 昭和31年(1956)9月(所要31場所)
- 33歳8ヶ月(初土俵から19年4ヶ月)
- 新関脇
- 昭和32年(1957)1月(所要32場所)
- 34歳0ヶ月(初土俵から19年8ヶ月)
- 最終場所
- 昭和36年(1961)1月(38歳0ヶ月)
- 大相撲歴
- 56場所(23年8ヶ月)
- 通算成績
- 403勝331敗35休730出場(勝率.549)
- 通算56場所
- 勝ち越し30場所(勝ち越し率.556)
- 優勝等
- 幕内優勝1回(次点2),序ノ口優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞2回,敢闘賞3回,金星9個
- 幕内戦歴
- 303勝280敗32休579出場(勝率.520)
- 在位41場所(在位率.732)
- 勝ち越し20場所(勝ち越し率.488)
- 三役戦歴
- 67勝72敗11休137出場(勝率.482)
- 在位10場所(在位率.179)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率.500)
- 関脇戦歴
- 35勝29敗11休62出場(勝率.547)
- 在位5場所(在位率.089)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
- 小結戦歴
- 32勝43敗0休75出場(勝率.427)
- 在位5場所(在位率.089)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率.400)
- 前頭戦歴
- 236勝208敗21休442出場(勝率.532)
- 在位31場所(在位率.554)
- 勝ち越し15場所(勝ち越し率.484)
- 十両戦歴
- 38勝20敗2休58出場(勝率.655)
- 在位4場所(在位率.071)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 341勝300敗34休637出場(勝率.532)
- 在位45場所(在位率.804)
- 勝ち越し24場所(勝ち越し率.533)
- 幕下以下歴
- 62勝31敗1休93出場(勝率.667)
- 在位10場所(在位率.179)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.600)
第13代・片男波 大造 (元関脇・玉ノ富士)
- 四股名 :玉ノ富士 茂(たまのふじ しげる)
- 最高位 :関脇
- 年寄名跡:11代湊川⇒
13代片男波 ⇒16代楯山 - 出身地 :栃木県那須郡小川町
- 本 名 :阿久津 茂⇒大野 茂
- 生年月日:昭和24年(1949)11月24日
- 所属部屋:片男波部屋
- 改名歴 :阿久津⇒玉ノ冨士⇒玉ノ富士
- 初土俵 :昭和42年(1967)5月(17歳6ヵ月)
- 新十両 :昭和48年(1973)11月(24歳0ヵ月)
- 新入幕 :昭和49年(1974)9月(24歳10ヵ月)
- 新三役 :昭和51年(1976)9月(26歳10ヵ月)
- 最終場所:昭和56年(1981)11月(32歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:431勝420敗23休/850出場(73場所)
- 生涯勝率:50.6%
- 優勝等 :幕下同点1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
- 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,金星2個
- 幕内戦歴:289勝326敗(41場所)勝率:47.0%
- 関脇:44勝46敗(6場所)勝率:48.9%
- 小結:40勝50敗(6場所)勝率:44.4%
- 前頭:205勝230敗(29場所)勝率:47.1%
- 十両戦歴:53勝50敗2休(8場所)勝率:51.5%
第14代・片男波 良二 (元関脇・玉春日)
玉春日 良二(たまかすが りょうじ)は愛媛県東宇和郡野村町出身、片男波部屋の元力士で、最高位は関脇。
平成6年(1994)1月場所に22歳0ヶ月で初土俵を踏み、平成20年(2008)9月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。
通算成績は603勝636敗39休1235出場。生涯勝率.487。通算89場所中、46場所を勝ち越した(勝ち越し率.517)。
主な成績は十両優勝1回。殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個(貴乃花3個、曙1個、若乃花2個、武蔵丸1個)。
昭和47年(1972)1月7日生まれ。本名は松本 良二。
小学生の頃から身体が大きく運動能力も高かったことから乙亥大相撲をはじめ様々な競技で活躍していた。中央大学時代は際立った成績を残せなかったが幕下最下位格付出で角界入りすると、徹底的に押し相撲を磨くことで頭角を現し、長らく幕内の土俵を務めることができた。
「玉春日」の四股名は小惑星の名として空に残されている。これは平成10年(1998)6月に愛媛県の久万高原天体観測館の職員が発見した小惑星で、当時活躍していた郷土力士にあやかって「(8432)Tamakasuga」として登録された。
引退後は15代楯山を襲名し部屋付親方として後進の指導にあたっていたが、平成12年(2010)2月に13代片男波(玉ノ富士)と名跡を交換、14代片男波を襲名して部屋を継承した。
- 年寄名跡
14代・片男波 良二 - 四股名
- 玉春日 良二(たまかすが りょうじ)
- 最高位
- 関脇
- 年寄名跡
- 15代楯山 良二 →
14代片男波 良二 - 出身地
- 愛媛県東宇和郡野村町
- 本名
- 松本 良二
- 生年月日
- 昭和47年(1972)1月7日(54歳)
- 出身高校
- 愛媛県立野村高校
- 出身大学
- 中央大学
- 所属部屋
- 片男波部屋
- 改名歴
- 玉春日 良二 → 玉春日 公二 → 玉春日 良二
- 初土俵
- 平成6年(1994)1月 幕下60枚目格付出(22歳0ヶ月)
- 新十両
- 平成7年(1995)3月(所要7場所)
- 23歳2ヶ月(初土俵から1年2ヶ月)
- 新入幕
- 平成8年(1996)1月(所要12場所)
- 24歳0ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新関脇
- 平成9年(1997)7月(所要21場所)
- 25歳5ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成20年(2008)9月(36歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 89場所(14年8ヶ月)
- 通算成績
- 603勝636敗39休1235出場(勝率.487)
- 通算89場所
- 勝ち越し46場所(勝ち越し率.517)
- 優勝等
- 十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星7個
- 幕内戦歴
- 444勝537敗24休977出場(勝率.453)
- 在位67場所(在位率.753)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.418)
- 三役戦歴
- 15勝30敗0休45出場(勝率.333)
- 在位3場所(在位率.034)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 関脇戦歴
- 7勝8敗0休15出場(勝率.467)
- 在位1場所(在位率.011)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 小結戦歴
- 8勝22敗0休30出場(勝率.267)
- 在位2場所(在位率.022)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 429勝507敗24休932出場(勝率.458)
- 在位64場所(在位率.719)
- 勝ち越し28場所(勝ち越し率.438)
- 十両戦歴
- 126勝83敗15休209出場(勝率.603)
- 在位15場所(在位率.169)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率.733)
- 関取戦歴
- 570勝620敗39休1186出場(勝率.479)
- 在位82場所(在位率.921)
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.476)
- 幕下以下歴
- 33勝16敗0休49出場(勝率.673)
- 在位7場所(在位率.079)
- 勝ち越し7場所(勝ち越し率1.000)
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初土俵から所要90場所、新入幕から所要62場所目でのスロー優勝