大相撲用語解説。相撲にまつわる言葉をご紹介!
大相撲の歴史のなかであった判定制度「預かり(あずかり)」について解説していきます。
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この記事の目次
預かり(あずかり)とは?
預かり(あずかり)とは、江戸の頃から大正末期まであった判定制度のひとつで、物言いで勝負判定が決しかねた場合に勝負を預かったものをいいます。
結果をその場で即決することもありましたが、あとで取締・検査役(現在の審判委員)が協議して決定する場合もあり、これを「協会さばき」と呼んでいました。
いつまで預かりがあった?
引き分け」と「預かり」は大正14年(1925)11月に廃止されており、以降は取り直し制度に改められました。しかし特例として昭和18年~19年にかけて預かりが6回認められたことがあります。
預かりには3つの種類がある
明治以降に預かりと判定されたものでみていきましょう。
預かりは次の3つに分かれていました。
丸預かり(まるあずかり)
双方が互角であったとするもので星取表には双方に△(預かりの記号)が記されました。いわゆる引き分けと同じ意味合いです。俗称では「ずぶ」ともよんでいました。
隠れ星(かくれぼし)
星取表には双方に△が記されますが、内実は勝ちに相当する「丸星」と、負けではないが分がわるい「半星」という評価が成されていました。
表向きには「預かり」として力士双方の顔を立てていますが、実際には丸星とされた力士は番付や給金が上がることもあり、半星にはそれらがありませんでした。
このように表立っては勝敗を決していませんが、その内実は勝星として勘定されていることから「隠れ星」や「陰星」とも呼ばれていました。
土俵預かり(どひょうあずかり)
勝敗を明らかにするもので行司差し違えとの判断が主ですが、その場の体裁を繕うような判定のこともありました。「体裁」とは物言いをつけた控え力士の顔を立てる場合や、負け力士に花を持たせるなど温情や微妙な機微によるものがあったようです。
江戸の相撲事情が「預かり」を生んだ?
ここまでで「預かり」という制度は勝敗よりもお互いの立場を重視する意図があったことが分かりました。
なぜ、これほどまでにお互いの「面子」を気にした制度が生まれたのか?実は大相撲の歴史が関係していたのです。
大名とお抱え力士
江戸の頃の幕内力士の多くは、各地の有力大名から禄を受けて召し抱えられた「お抱え力士」でした。
もともとは武術奨励という意味合いがあったお抱え力士ですが、次第に大名の自慢や優越感という側面が勝りだし、有力な力士がこぞって召し抱えられるようになっていきました。
こうして召し抱えられた力士は番付の頭書(出身地名)には、自分の本当の出身地ではなく大名家の国名が記されます。藩の印を意匠とした化粧廻しを用いて土俵にあがり、その大名家の威信を背負って戦うわけですから、これは大名同士の面子をかけた「戦い」だったのです。
このような背景があるため、大名の面子を傷つけないための配慮として「預かり」という判定制度が生まれたのです。
のちに廃藩置県により大名が消滅すると「お抱え力士」も消滅しましたが、預かりという制度は大正14年(1925)11月に廃止されるまで残ります。
かつては大名同士の面子を守るための預かりでしたが、やがて大部屋同士の意地や、大坂相撲と東京相撲の対抗心などから生じる諍いをなだめるために用いられたようです。