立浪部屋の歴代力士一覧|全関取の戦歴と優勝・三賞記録

立浪(たつなみ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する立浪部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では立浪部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

現役の立浪部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

立浪部屋の基本情報
一門
:出羽海一門
創設
:大正4年(1915年)1月1日
創設者
:第4代・立浪 彌右衞門 (元小結・緑嶌 友之助)
現師匠
:第7代・立浪 耐治 (元小結・旭豊 勝照)
所在地
:東京都台東区橋場1-16-5 📍地図
サイト
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立浪部屋の優勝力士

立浪部屋 歴代幕内優勝力士一覧

立浪部屋では、これまでに7人の力士が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて21回になります。

最多優勝は双葉山で8回の幕内優勝を達成しています。

連覇記録では、双葉山が5連覇を1回、2連覇を1回、羽黒山が4連覇を1回達成しています。

立浪部屋初の優勝力士は双葉山で、いまから90年1ヶ月前の昭和11年(1936年)5月場所のことでした。

また、直近の立浪部屋優勝力士は豊昇龍で、いまから1年5ヶ月前の令和7年(2025年)1月場所です。

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場所年月四股名番付成績年齢出身地最高位部屋備考
令和7年1月
(2025年)
R7.1
2025
豊昇龍
[2回目]
西大関12勝3敗25歳8ヶ月モンゴル横綱立浪
王鵬と金峰山との巴戦を制して2回目の幕内優勝を決める。
場所後に横綱に推挙され、74代横綱となった。
令和5年7月
(2023年)
R5.7
2023
豊昇龍
[初]
東関脇12勝3敗24歳2ヶ月モンゴル横綱立浪
優勝決定戦で北勝富士を破って自身初の幕内優勝を果たす
立浪部屋としては昭和43(1968)年3月場所の若浪以来、55年ぶりの優勝力士
昭和43年3月
(1968年)
S43.3
1968
若浪
[初]
東前頭813勝2敗27歳0ヶ月茨城県小結立浪
昭和34年11月
(1959年)
S34.11
1959
若羽黒
[初]
東大関13勝2敗24歳11ヶ月神奈川県大関立浪
昭和32年5月
(1957年)
S32.5
1957
安念山
[初]
西小結13勝2敗23歳3ヶ月北海道関脇立浪
のちに羽黒山へと改名
昭和28年5月
(1953年)
S28.5
1953
時津山
[初]
東前頭6全勝15勝0敗28歳2ヶ月福島県関脇立浪
昭和27年1月
(1952年)
S27.1
1952
羽黒山
[7回目]
東横綱(張出)全勝15勝0敗37歳2ヶ月新潟県横綱立浪
昭和22年11月
(1947年)
S22.11
1947
羽黒山
[6回目]
4連覇
東横綱10勝1敗32歳11ヶ月新潟県横綱立浪
昭和22年6月
(1947年)
S22.6
1947
羽黒山
[5回目]
3連覇
東横綱9勝1敗32歳6ヶ月新潟県横綱立浪
昭和21年11月
(1946年)
S21.11
1946
羽黒山
[4回目]
2連覇
西横綱全勝13勝0敗32歳0ヶ月新潟県横綱立浪
昭和20年11月
(1945年)
S20.11
1945
羽黒山
[3回目]
西横綱全勝10勝0敗31歳0ヶ月新潟県横綱立浪
昭和19年5月
(1944年)
S19.5
1944
羽黒山
[2回目]
東横綱全勝10勝0敗29歳6ヶ月新潟県横綱立浪
昭和16年5月
(1941年)
S16.5
1941
羽黒山
[初]
西大関14勝1敗26歳6ヶ月新潟県横綱立浪
昭和16年1月
(1941年)
S16.1
1941
双葉山
[8回目]
西横綱14勝1敗28歳11ヶ月大分県横綱立浪
昭和15年1月
(1940年)
S15.1
1940
双葉山
[7回目]
2連覇
東横綱14勝1敗27歳11ヶ月大分県横綱立浪
昭和14年5月
(1939年)
S14.5
1939
双葉山
[6回目]
東横綱全勝15勝0敗27歳3ヶ月大分県横綱立浪
昭和13年5月
(1938年)
S13.5
1938
双葉山
[5回目]
5連覇
東横綱全勝13勝0敗26歳3ヶ月大分県横綱立浪
昭和13年1月
(1938年)
S13.1
1938
双葉山
[4回目]
4連覇
西横綱全勝13勝0敗25歳11ヶ月大分県横綱立浪
昭和12年5月
(1937年)
S12.5
1937
双葉山
[3回目]
3連覇
東大関全勝13勝0敗25歳3ヶ月大分県横綱立浪
昭和12年1月
(1937年)
S12.1
1937
双葉山
[2回目]
2連覇
東大関全勝11勝0敗24歳11ヶ月大分県横綱立浪
昭和11年5月
(1936年)
S11.5
1936
双葉山
[初]
西関脇全勝11勝0敗24歳3ヶ月大分県横綱立浪

立浪部屋 幕内優勝回数ランキング

立浪部屋の幕内優勝回数ランキングです。1位が双葉山で8回、2位が羽黒山で7回、3位が豊昇龍で2回となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位双葉山横綱8回52100104勝2敗.981立浪大分県
2位羽黒山横綱7回6100081勝3敗.964立浪新潟県
3位豊昇龍横綱2回0110024勝6敗.800立浪モンゴル
4位時津山関脇1回00115勝0敗.1000立浪福島県
4位若羽黒大関1回100013勝2敗.867立浪神奈川県
4位安念山関脇1回01013勝2敗.867立浪北海道
4位若浪小結1回0113勝2敗.867立浪茨城県

立浪部屋の三賞受賞力士

立浪部屋 歴代三賞受賞力士一覧

立浪部屋では、これまでに18人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて67回になります。

受賞の内訳は、技能賞が22回、殊勲賞が21回、敢闘賞が24回となっています。

また、ダブル受賞は北ノ洋(北の洋)と北尾(双羽黒)が1回ずつ達成しています。

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場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和5年7月
(2023年)
R5.7
(2023)
東関脇東関脇豊昇龍敢闘賞 [初]12勝3敗
優勝
24歳2ヶ月モンゴル立浪平成29年11月
(2017年)
平成11年5月22日
(1999年)
令和5年5月
(2023年)
R5.5
(2023)
東前頭6東前頭6明生殊勲賞 [初]8勝7敗27歳10ヶ月鹿児島県立浪平成23年5月
(2011年)
平成7年7月24日
(1995年)
令和4年11月
(2022年)
R4.11
(2022)
西関脇西関脇豊昇龍技能賞 [2回目]11勝4敗23歳6ヶ月モンゴル立浪平成29年11月
(2017年)
平成11年5月22日
(1999年)
令和3年7月
(2021年)
R3.7
(2021)
西前頭5西前頭5豊昇龍技能賞 [初]10勝5敗22歳1ヶ月モンゴル立浪平成29年11月
(2017年)
平成11年5月22日
(1999年)
令和3年3月
(2021年)
R3.3
(2021)
東前頭3東前頭3明生敢闘賞 [初]10勝5敗25歳8ヶ月鹿児島県立浪平成23年5月
(2011年)
平成7年7月24日
(1995年)
平成7年1月
(1995年)
H7.1
(1995)
西前頭11西前頭11大翔鳳敢闘賞 [2回目]11勝4敗27歳8ヶ月北海道立浪平成2年1月
(1990年)
昭和42年5月7日
(1967年)
平成5年11月
(1993年)
H5.11
(1993)
西前頭2西前頭2智ノ花技能賞 [2回目]8勝7敗29歳4ヶ月熊本県立浪平成4年3月
(1992年)
昭和39年6月23日
(1964年)
平成5年9月
(1993年)
H5.9
(1993)
東前頭10東前頭10智ノ花技能賞 [初]9勝6敗29歳3ヶ月熊本県立浪平成4年3月
(1992年)
昭和39年6月23日
(1964年)
平成5年1月
(1993年)
H5.1
(1993)
西前頭14西前頭14大翔山敢闘賞 [初]12勝3敗26歳6ヶ月石川県立浪平成元年1月
(1989年)
昭和41年7月7日
(1966年)
平成4年9月
(1992年)
H4.9
(1992)
西前頭8西前頭8大翔鳳敢闘賞 [初]11勝4敗25歳4ヶ月北海道立浪平成2年1月
(1990年)
昭和42年5月7日
(1967年)
昭和60年11月
(1985年)
S60.11
(1985)
東関脇東関脇北尾殊勲賞 [5回目]12勝3敗22歳3ヶ月三重県立浪昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和60年9月
(1985年)
S60.9
(1985)
西関脇西関脇北尾殊勲賞 [4回目]11勝4敗22歳1ヶ月三重県立浪昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和60年7月
(1985年)
S60.7
(1985)
東前頭筆頭東前頭筆頭北尾
ダブル
殊勲賞 [3回目]12勝3敗21歳11ヶ月三重県立浪昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
技能賞 [2回目]
昭和60年3月
(1985年)
S60.3
(1985)
東小結東小結北尾殊勲賞 [2回目]10勝5敗21歳7ヶ月三重県立浪昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和60年1月
(1985年)
S60.1
(1985)
西小結西小結北尾技能賞 [初]10勝5敗21歳5ヶ月三重県立浪昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和59年11月
(1984年)
S59.11
(1984)
西前頭3西前頭3北尾殊勲賞 [初]8勝7敗21歳3ヶ月三重県立浪昭和54年3月
(1979年)
昭和38年8月12日
(1963年)
昭和54年3月
(1979年)
S54.3
(1979)
西前頭筆頭西前頭筆頭黒姫山殊勲賞 [4回目]8勝7敗30歳4ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和54年1月
(1979年)
S54.1
(1979)
西前頭3西前頭3黒姫山殊勲賞 [3回目]8勝7敗30歳2ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和53年11月
(1978年)
S53.11
(1978)
東前頭10東前頭10黒姫山敢闘賞 [3回目]9勝6敗30歳0ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和52年5月
(1977年)
S52.5
(1977)
東関脇東関脇黒姫山殊勲賞 [2回目]8勝7敗28歳6ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和51年3月
(1976年)
S51.3
(1976)
東関脇東関脇旭國技能賞 [6回目]13勝2敗28歳11ヶ月北海道立浪昭和38年7月
(1963年)
昭和22年4月25日
(1947年)
昭和51年1月
(1976年)
S51.1
(1976)
東関脇東関脇旭國敢闘賞 [初]12勝3敗28歳9ヶ月北海道立浪昭和38年7月
(1963年)
昭和22年4月25日
(1947年)
昭和50年9月
(1975年)
S50.9
(1975)
西関脇西関脇旭國技能賞 [5回目]9勝6敗28歳5ヶ月北海道立浪昭和38年7月
(1963年)
昭和22年4月25日
(1947年)
昭和50年7月
(1975年)
S50.7
(1975)
東小結東小結旭國技能賞 [4回目]11勝4敗28歳2ヶ月北海道立浪昭和38年7月
(1963年)
昭和22年4月25日
(1947年)
昭和50年5月
(1975年)
S50.5
(1975)
東前頭4東前頭4旭國技能賞 [3回目]11勝4敗28歳1ヶ月北海道立浪昭和38年7月
(1963年)
昭和22年4月25日
(1947年)
昭和49年3月
(1974年)
S49.3
(1974)
西前頭9西前頭9旭國技能賞 [2回目]11勝4敗26歳10ヶ月北海道立浪昭和38年7月
(1963年)
昭和22年4月25日
(1947年)
昭和48年11月
(1973年)
S48.11
(1973)
西前頭5西前頭5黒姫山敢闘賞 [2回目]11勝4敗25歳0ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和47年9月
(1972年)
S47.9
(1972)
西前頭3西前頭3旭國技能賞 [初]10勝5敗25歳4ヶ月北海道立浪昭和38年7月
(1963年)
昭和22年4月25日
(1947年)
昭和46年11月
(1971年)
S46.11
(1971)
西前頭2西前頭2黒姫山殊勲賞 [初]11勝4敗23歳0ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和46年7月
(1971年)
S46.7
(1971)
西前頭5西前頭5黒姫山技能賞 [初]10勝5敗22歳8ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和45年1月
(1970年)
S45.1
(1970)
東前頭5東前頭5黒姫山敢闘賞 [初]9勝6敗21歳2ヶ月新潟県立浪昭和39年3月
(1964年)
昭和23年11月12日
(1948年)
昭和44年1月
(1969年)
S44.1
(1969)
東前頭7東前頭7戸田敢闘賞 [初]11勝4敗22歳6ヶ月宮崎県立浪昭和36年5月
(1961年)
昭和21年6月30日
(1946年)
昭和43年3月
(1968年)
S43.3
(1968)
東前頭8東前頭8若浪技能賞 [2回目]13勝2敗
優勝
27歳0ヶ月茨城県立浪昭和32年3月
(1957年)
昭和16年3月1日
(1941年)
昭和42年7月
(1967年)
S42.7
(1967)
東前頭6東前頭6若浪技能賞 [初]11勝4敗26歳4ヶ月茨城県立浪昭和32年3月
(1957年)
昭和16年3月1日
(1941年)
昭和39年5月
(1964年)
S39.5
(1964)
西前頭8西前頭8若浪敢闘賞 [2回目]11勝4敗23歳2ヶ月茨城県立浪昭和32年3月
(1957年)
昭和16年3月1日
(1941年)
昭和39年3月
(1964年)
S39.3
(1964)
東前頭2東前頭2若見山敢闘賞 [初]8勝7敗20歳11ヶ月富山県立浪昭和32年11月
(1957年)
昭和18年4月16日
(1943年)
昭和38年7月
(1963年)
S38.7
(1963)
東前頭9東前頭9若浪敢闘賞 [初]10勝5敗22歳4ヶ月茨城県立浪昭和32年3月
(1957年)
昭和16年3月1日
(1941年)
昭和35年11月
(1960年)
S35.11
(1960)
東前頭10東前頭10羽黒花敢闘賞 [初]11勝4敗24歳7ヶ月北海道立浪昭和30年9月
(1955年)
昭和11年3月28日
(1936年)
昭和35年3月
(1960年)
S35.3
(1960)
東前頭筆頭東前頭筆頭北の洋技能賞 [5回目]9勝6敗37歳1ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和35年1月
(1960年)
S35.1
(1960)
東前頭3東前頭3北の洋殊勲賞 [4回目]9勝6敗36歳11ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和34年11月
(1959年)
S34.11
(1959)
西関脇張出西関脇張出安念山殊勲賞 [3回目]12勝3敗25歳8ヶ月北海道立浪昭和25年1月
(1950年)
昭和9年2月23日
(1934年)
昭和34年9月
(1959年)
S34.9
(1959)
西関脇張出西関脇張出若羽黒技能賞 [2回目]12勝3敗24歳10ヶ月神奈川県立浪昭和24年10月
(1949年)
昭和9年11月25日
(1934年)
昭和34年3月
(1959年)
S34.3
(1959)
西前頭筆頭西前頭筆頭北の洋殊勲賞 [3回目]8勝7敗36歳1ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和34年1月
(1959年)
S34.1
(1959)
東関脇東関脇時津山殊勲賞 [3回目]9勝6敗33歳10ヶ月福島県立浪昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和33年11月
(1958年)
S33.11
(1958)
東前頭筆頭東前頭筆頭北の洋殊勲賞 [2回目]8勝7敗35歳9ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和33年11月
(1958年)
S33.11
(1958)
東前頭2東前頭2安念山敢闘賞 [初]10勝5敗24歳9ヶ月北海道立浪昭和25年1月
(1950年)
昭和9年2月23日
(1934年)
昭和33年9月
(1958年)
S33.9
(1958)
東前頭4東前頭4時津山殊勲賞 [2回目]12勝3敗33歳6ヶ月福島県立浪昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和33年7月
(1958年)
S33.7
(1958)
西前頭4西前頭4安念山殊勲賞 [2回目]11勝4敗24歳4ヶ月北海道立浪昭和25年1月
(1950年)
昭和9年2月23日
(1934年)
昭和33年1月
(1958年)
S33.1
(1958)
西前頭筆頭西前頭筆頭北ノ洋技能賞 [4回目]9勝6敗34歳11ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和32年11月
(1957年)
S32.11
(1957)
東小結東小結若羽黒殊勲賞 [初]9勝6敗22歳11ヶ月神奈川県立浪昭和24年10月
(1949年)
昭和9年11月25日
(1934年)
昭和32年9月
(1957年)
S32.9
(1957)
東小結東小結北ノ洋殊勲賞 [初]11勝4敗34歳7ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和32年5月
(1957年)
S32.5
(1957)
西小結西小結安念山殊勲賞 [初]13勝2敗
優勝
23歳3ヶ月北海道立浪昭和25年1月
(1950年)
昭和9年2月23日
(1934年)
昭和32年3月
(1957年)
S32.3
(1957)
東前頭11東前頭11北ノ洋技能賞 [3回目]12勝3敗34歳1ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和31年9月
(1956年)
S31.9
(1956)
東前頭筆頭東前頭筆頭若羽黒技能賞 [初]9勝6敗21歳10ヶ月神奈川県立浪昭和24年10月
(1949年)
昭和9年11月25日
(1934年)
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
(1956)
東前頭15東前頭15若羽黒敢闘賞 [初]12勝3敗21歳4ヶ月神奈川県立浪昭和24年10月
(1949年)
昭和9年11月25日
(1934年)
昭和30年5月
(1955年)
S30.5
(1955)
西前頭筆頭西前頭筆頭時津山殊勲賞 [初]12勝3敗30歳2ヶ月福島県立浪昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和30年1月
(1955年)
S30.1
(1955)
西前頭9西前頭9時津山敢闘賞 [4回目]12勝3敗29歳10ヶ月福島県立浪昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和29年5月
(1954年)
S29.5
(1954)
東前頭10東前頭10北ノ洋
ダブル
敢闘賞 [初]11勝4敗31歳3ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
技能賞 [2回目]
昭和28年5月
(1953年)
S28.5
(1953)
東前頭6東前頭6時津山敢闘賞 [3回目]15勝0敗
優勝
28歳2ヶ月福島県立浪昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和28年5月
(1953年)
S28.5
(1953)
西前頭9西前頭9北ノ洋技能賞 [初]12勝3敗30歳3ヶ月北海道立浪昭和15年1月
(1940年)
大正12年2月1日
(1923年)
昭和27年9月
(1952年)
S27.9
(1952)
西前頭3西前頭3名寄岩敢闘賞 [2回目]9勝6敗38歳0ヶ月北海道立浪昭和7年5月
(1932年)
大正3年9月27日
(1914年)
昭和26年9月
(1951年)
S26.9
(1951)
西前頭8西前頭8時津山敢闘賞 [2回目]11勝4敗26歳6ヶ月福島県立浪昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和26年5月
(1951年)
S26.5
(1951)
東前頭14東前頭14大昇敢闘賞 [初]12勝3敗25歳9ヶ月長野県立浪昭和16年1月
(1941年)
大正14年8月1日
(1925年)
昭和25年9月
(1950年)
S25.9
(1950)
西前頭21西前頭21時津山敢闘賞 [初]12勝3敗25歳6ヶ月福島県立浪昭和15年5月
(1940年)
大正14年3月10日
(1925年)
昭和25年5月
(1950年)
S25.5
(1950)
西前頭14西前頭14名寄岩敢闘賞 [初]9勝6敗35歳8ヶ月北海道立浪昭和7年5月
(1932年)
大正3年9月27日
(1914年)

立浪部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が北の洋で10回(殊勲賞4回・技能賞5回・敢闘賞1回)、2位が黒姫山で8回(殊勲賞4回・技能賞1回・敢闘賞3回)、3位が北尾(双羽黒)、旭國、そして時津山の3人で7回ずつとなっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 北の洋
(北ノ洋)
10回 5 4 1 関脇 立浪 北海道
2位 黒姫山 8回 1 4 3 関脇 立浪 新潟県
3位 北尾
(双羽黒)
7回 2 5 0 横綱 立浪 三重県
3位 旭國 7回 6 0 1 大関 立浪 北海道
3位 時津山 7回 0 3 4 関脇 立浪 福島県
6位 若羽黒 4回 2 1 1 大関 立浪 神奈川県
6位 安念山 4回 0 3 1 関脇 立浪 北海道
6位 若浪 4回 2 0 2 小結 立浪 茨城県
9位 豊昇龍 3回 2 0 1 横綱 立浪 モンゴル
10位 名寄岩 2回 0 0 2 大関 立浪 北海道
10位 明生 2回 0 1 1 関脇 立浪 鹿児島県
10位 大翔鳳 2回 0 0 2 小結 立浪 北海道
10位 智ノ花 2回 2 0 0 小結 立浪 熊本県
14位 羽黒花 1回 0 0 1 関脇 立浪 北海道
14位 若見山 1回 0 0 1 関脇 立浪 富山県
14位 戸田
(羽黒岩)
1回 0 0 1 小結 立浪 宮崎県
14位 大昇 1回 0 0 1 前頭筆頭 立浪 長野県
14位 大翔山 1回 0 0 1 前頭2 立浪 石川県
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立浪部屋の最高位:横綱

第35代横綱 双葉山 定次

双葉山 定次 (ふたばやま さだじ)大分県宇佐市出身、立浪 → 双葉山相撲道場の元力士で、最高位は第35代横綱

昭和2年(1927)3月場所に15歳1ヶ月で初土俵を踏み、昭和20年(1945)11月場所を最後に引退(33歳9ヶ月)。

通算成績は348勝116敗33休1分463出場。生涯勝率.752。通算51場所中、36場所を勝ち越した(勝ち越し率.720)。

主な成績は幕内優勝12回(次点4)金星1個(武藏山1個)

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本名は穐吉 定次。明治45年(1912)2月9日生まれ。昭和43年(1968)12月16日逝去(享年56歳)。

大相撲史上最長となる69連勝の記録を樹立し、幕内最高優勝12回(うち全勝優勝8回)を誇る第35代横綱・双葉山。右目が半失明状態というハンデを背負いながらも、「後の先」の立合いと右四つの型を完成させ、昭和の相撲黄金期を築き上げた。現役時代に自身が興した双葉山道場を引退後に時津風部屋へと改称して後進を育て、日本相撲協会理事長としても角界の近代化に大きく貢献した不世出の大横綱である。

幼少期の事故と立浪部屋への入門

5歳の時に吹き矢が右目に直撃する事故に遭い、右目が半失明状態となるハンデを負った。当初は相撲に強い関心を持っていなかったが、初めて出場した相撲大会において、見物人からの声援を受けて相手を押し倒した一番が地元の新聞に掲載された。この記事を目にした大分県警察部長・双川喜一の勧誘を受け、立浪部屋へ入門。昭和2年(1927年)3月場所に初土俵を踏んだ。

四股名の「双葉山」は、「栴檀は双葉より芳し」という諺と、入門の世話役となった双川の一字から命名された。入門前に海運業で鍛え上げた肉体を土台に、午前4時から開始するほどの猛稽古を重ねた。当時の指導係であった高浪(のちの幕下・旭川)からは「相撲っぷりは平凡だが、どんなに叩きつけられても決して弱音を吐かない」と評されるなど、強靭な精神力で下積み時代を過ごした。

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春秋園事件による新入幕と「後の先」の開眼

昭和7年(1932年)1月場所を前に発生した春秋園事件において、天竜ら脱退力士の主張に同調しかけたものの、部屋の女将の慰留もあって残留を決意した。この大量脱退の余波を受けて番付が大幅に再編され、続く2月場所において西前頭4枚目で新入幕を果たした。

入幕初期は土俵際での逆転が多く「うっちゃり双葉」と皮肉られることもあったが、当時の第一人者であった玉錦だけはその素質を高く評価していた。その後、昭和10年(1935年)の蓄膿症の手術を機に体重が増加すると、相撲ぶりが一変する。相手より一瞬遅れて立ちながら先手を取る「後の先」の立合いと、右四つに組み止めてからの寄り、または左上手投げを武器とする盤石の型を完成させた。

前人未到の69連勝と「木鶏」の精神

昭和11年(1936年)1月場所の7日目から、歴史的な連勝街道が幕を開けた。翌5月場所で全勝優勝を果たして大関へ昇進すると、その後も他を圧倒して全勝優勝を重ね、昭和13年(1938年)1月場所において第35代横綱に推挙された。

同年5月場所には谷風の記録を抜き、連勝は「69」まで到達した。しかし、昭和14年(1939年)1月場所の4日目、西前頭3枚目の安藝ノ海(のちの横綱)と対戦する。双葉山の右目の死角を突く「右足を狙え」という出羽海一門の周到な対策の前に、外掛けからの掬い投げに屈し、ついに連勝が止まった。館内が座布団や火鉢が飛び交う騒乱状態となる中、敗れた双葉山は平然と一礼して土俵を下り、その夜、師と仰ぐ安岡正篤へ「イマダモッケイタリエズ(未だ木鶏たりえず)」と打電したエピソードは広く知られている。

二枚鑑札による道場設立と引退

現役のうちに自身の相撲を後進へ伝えたいという思いから、昭和16年(1941年)に特例(二枚鑑札)として内弟子を連れての独立が認められ、双葉山相撲道場を設立した。

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晩年は戦前の満州巡業で感染したアメーバ赤痢の後遺症などにより、体調を崩すことが増えた。さらに昭和20年(1945年)11月場所では、GHQの占領政策の影響で導入された16尺土俵(従来は15尺)に対し、「相撲の歴史を逆行させるもの」と異議を唱えて土俵への登場を拒否。直前の場所で東冨士(のちの横綱)に敗れて体力の限界を感じていたことも重なり、この場所を最後に現役を引退して年寄・時津風を襲名し、道場名も時津風部屋へ改称した。

引退後は日本相撲協会の理事長に就任し、相撲界の近代化と発展に大きく貢献した。昭和43年(1968年)12月16日、劇症肝炎により56歳で死去。

四股名
双葉山 定次 (ふたばやま さだじ)
最高位
第35代横綱
年寄名跡
特権年寄 双葉山 定次12代時津風 定次
出身地
大分県宇佐市
本名
穐吉 定次
生年月日
明治45年(1912)2月9日
没年月日
昭和43年(1968)12月16日(享年56歳)
所属部屋
立浪 → 双葉山相撲道場
改名歴
双葉山 定吉 → 双葉山 定治 → 双葉山 定兵衛 → 双葉山 定兵衞 → 双葉山 定兵衛 → 双葉山 定次
初土俵
昭和2年(1927)3月 前相撲(15歳1ヶ月)
新十両
昭和6年(1931)5月(所要17場所)
19歳3ヶ月(初土俵から4年2ヶ月)
新入幕
昭和7年(1932)2月(所要20場所)
20歳0ヶ月(初土俵から4年11ヶ月)
新小結
昭和10年(1935)1月(所要28場所)
22歳11ヶ月(初土俵から7年10ヶ月)
新関脇
昭和11年(1936)5月(所要31場所)
24歳3ヶ月(初土俵から9年2ヶ月)
新大関
昭和12年(1937)1月(所要32場所)
24歳11ヶ月(初土俵から9年10ヶ月)
新横綱
昭和13年(1938)1月(所要34場所)
25歳11ヶ月(初土俵から10年10ヶ月)
最終場所
昭和20年(1945)11月場所(33歳9ヶ月)
大相撲歴
51場所(18年8ヶ月)
通算成績
348勝116敗33休1分463出場(勝率.752)
通算51場所
勝ち越し36場所(勝ち越し率.720)(勝ち越し星245)
優勝等
幕内優勝12回(次点4)
受賞・金星
金星1個(武藏山1個)
持給金
598円(勝ち越し星245個 優勝12回 金星1個)
横綱戦歴
180勝24敗22休202出場(勝率.891)
在位17場所(在位率.333)
勝ち越し16場所(勝ち越し率.941)
大関戦歴
24勝0敗0休24出場(勝率1.000)
在位2場所(在位率.039)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
幕内戦歴
276勝68敗33休1分343出場(勝率.805)
在位31場所(在位率.608)
勝ち越し26場所(勝ち越し率.839)
三役戦歴
15勝6敗0休1分22出場(勝率.682)
在位2場所(在位率.039)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.500)
関脇戦歴
11勝0敗0休11出場(勝率1.000)
在位1場所(在位率.020)
勝ち越し1場所(勝ち越し率1.000)
小結戦歴
4勝6敗0休1分11出場(勝率.364)
在位1場所(在位率.020)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
57勝38敗11休95出場(勝率.600)
在位10場所(在位率.196)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.700)
十両戦歴
10勝12敗0休22出場(勝率.455)
在位3場所(在位率.059)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
関取戦歴
286勝80敗33休1分365出場(勝率.784)
在位34場所(在位率.667)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.794)
幕下以下歴
62勝36敗0休98出場(勝率.633)
在位16場所(在位率.314)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.562)

双葉山 定次の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(67回 / 24.2%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り倒し(11回 / 16.2%)
  • ✅ 得意な相手:笠置山(17勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:羽後響(1勝3敗 / 勝率.250)

第36代横綱 羽黒山 政司

  • 四股名 :羽黒山 政司(はぐろやま まさじ)
  • 最高位 :第36代横綱
  • 年寄名跡:横綱特権・羽黒山⇒5代立浪
  • 出身地 :新潟県西蒲原郡
  • 本 名 :小林 正治
  • 生年月日:大正3年(1914)11月18日
  • 没年月日:昭和44年(1969)10月14日(享年54歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和9年(1934)1月(19歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和12年(1937)1月(22歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和12年(1937)5月(22歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和13年(1938)5月(23歳6ヵ月)
  • 新大関 :昭和15年(1940)1月(25歳2ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和17年(1942)1月(27歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和28年(1953)9月(38歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:359勝99敗117休1分/452出場(46場所)
  • 生涯勝率:78.4%
  • 優勝等 :幕内優勝7回(次点6),十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:321勝94敗117休1分(39場所)勝率:77.3%
  •   横綱:230勝62敗114休(30場所)勝率:78.8%
  •   大関:46勝11敗3休(4場所)勝率:80.7%
  •   関脇:11勝4敗(1場所)勝率:73.3%
  •   小結:15勝10敗1分(2場所)勝率:60.0%
  •   前頭:19勝7敗(2場所)勝率:73.1%
  • 十両戦歴:9勝2敗(1場所)勝率:81.8%

第60代横綱 双羽黒 光司

双羽黒 光司(ふたはぐろ こうじ)三重県津市出身、立浪部屋の元力士で、最高位は第60代横綱

昭和54年(1979)3月場所に15歳6ヶ月で初土俵を踏み、昭和62年(1987)11月場所を最後に引退(24歳3ヶ月)(※番付上は昭和63年1月場所が最後)

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通算成績は348勝184敗24休529出場。生涯勝率.654。通算53場所中、43場所を勝ち越した(勝ち越し率.827)。

主な成績は幕内同点2回(次点5),十両優勝1回,幕下同点2回,序ノ口優勝1回殊勲賞5回,技能賞2回,金星3個(北の湖1個、千代の富士1個、隆の里1個)。

本名は北尾 光司。昭和38年(1963)8月12日生まれ。平成31年(2019)2月10日逝去(享年55歳)。

優勝経験がないまま横綱になった未完の大器。

四股名
双羽黒 光司(ふたはぐろ こうじ)
最高位
第60代横綱
出身地
三重県津市
本名
北尾 光司
生年月日
昭和38年(1963)8月12日
没年月日
平成31年(2019)2月10日(享年55歳)
所属部屋
立浪部屋
改名歴
北尾 光司 → 双羽黒 光司
初土俵
昭和54年(1979)3月 前相撲(15歳6ヶ月)
新十両
昭和59年(1984)1月(所要29場所)
20歳4ヶ月(初土俵から4年10ヶ月)
新入幕
昭和59年(1984)9月(所要33場所)
21歳0ヶ月(初土俵から5年6ヶ月)
新小結
昭和60年(1985)1月(所要35場所)
21歳5ヶ月(初土俵から5年10ヶ月)
新関脇
昭和60年(1985)5月(所要37場所)
21歳9ヶ月(初土俵から6年2ヶ月)
新大関
昭和61年(1986)1月(所要41場所)
22歳5ヶ月(初土俵から6年10ヶ月)
横綱昇進
昭和61年(1986)9月(所要45場所)
23歳1ヶ月(初土俵から7年6ヶ月)
最終場所
昭和62年(1987)11月(24歳3ヶ月)※番付上は昭和63年1月場所
大相撲歴
53場所(8年8ヶ月)
通算成績
348勝184敗24休529出場(勝率.654)
通算53場所
勝ち越し43場所(勝ち越し率.827)
優勝等
幕内同点2回(次点5),十両優勝1回,幕下同点2回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞5回,技能賞2回,金星3個
幕内戦歴
197勝87敗16休281出場(勝率.694)
在位20場所(在位率.377)
勝ち越し17場所(勝ち越し率.850)
横綱戦歴
74勝33敗13休105出場(勝率.692)
在位8場所(在位率.151)
勝ち越し6場所(勝ち越し率.750)
大関戦歴
46勝14敗0休60出場(勝率.767)
在位4場所(在位率.075)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
三役戦歴
49勝23敗3休71出場(勝率.681)
在位5場所(在位率.094)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関脇戦歴
29勝13敗3休41出場(勝率.690)
在位3場所(在位率.057)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
小結戦歴
20勝10敗0休30出場(勝率.667)
在位2場所(在位率.038)
勝ち越し2場所(勝ち越し率1.000)
前頭戦歴
28勝17敗0休45出場(勝率.622)
在位3場所(在位率.057)
勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
十両戦歴
40勝20敗0休60出場(勝率.667)
在位4場所(在位率.075)
勝ち越し4場所(勝ち越し率1.000)
関取戦歴
237勝107敗16休341出場(勝率.689)
在位24場所(在位率.453)
勝ち越し21場所(勝ち越し率.875)
幕下以下歴
111勝77敗8休188出場(勝率.590)
在位28場所(在位率.528)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.786)


第74代横綱 豊昇龍 智勝

豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)はモンゴル ウランバートル市出身。立浪部屋の横綱。

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モンゴルに生まれ、5歳から柔道を、11歳からレスリングを始めた。叔父に第68代横綱・朝青龍を持つ相撲に縁のある家系であったが、当初は日本体育大学柏高校(旧・柏日体高校)へレスリング留学のため来日した。しかし、高校1年の春に授業で両国国技館を訪れたことをきっかけに大相撲へ関心を持ち、叔父と相談のうえで相撲への競技転向を決断して立浪部屋へと入門した。

叔父からの金言と、四股名に込めた意志

角界入りに際してモンゴルへ帰郷した折、叔父からは「山の上じゃなくて、足の下の石を見ろ」というモンゴルのことわざを授けられた。「一歩一歩、地道に自分の力で強くなれ。引いてはダメだ」という言葉を胸に、厳しい勝負の世界へと足を踏み入れた。

平成29年(2017年)11月場所で初土俵を踏んだ。四股名の「豊昇龍」は、師匠(元小結・旭豊)の「豊」と叔父の「龍」に、「横綱まで昇り詰めたい」という自身の強い意志を示す「昇」の字を当てたものである。当初は「豊青龍」の予定であったが、師匠からの助言を受けて現在の四股名に決まった。

多彩な技による躍進と、大関昇進

足技や投げ技などの多彩な攻めを武器に順調に番付を上げ、令和元年(2019年)11月場所で新十両へ昇進した。令和2年(2020年)9月場所での新入幕以降も幕内上位で安定した成績を残し、令和4年(2022年)3月場所で小結へ昇進して新三役となった。令和5年(2023年)7月場所、東関脇の地位で12勝3敗の成績を収めて自身初となる幕内最高優勝を飾り、この実績が評価されて翌9月場所での大関昇進を果たした。

第74代横綱への昇進と、受け継がれた「雲龍型」

大関としては苦しい星の場所もあったが、次第に持ち前の勝負強さを発揮した。令和7年(2025年)1月場所では12勝3敗の成績で優勝決定戦に進出し、これを制して2度目の幕内最高優勝を果たした。場所後の横綱審議委員会において全会一致で推薦され、第74代横綱への昇進が決定した。昇進伝達式では「気魄一閃の精神で精進致します」と力強く口上を述べた。

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横綱土俵入りでは、叔父・朝青龍と同じ「雲龍型」を選択し、偉大な背中を追う覚悟を示した。

新横綱の重圧と、万能型への進化

最高峰の地位は決して平坦ではなかった。新横綱として臨んだ令和7年(2025年)3月場所は、右肘関節内遊離体および頸椎捻挫のため10日目から途中休場を余儀なくされた。この場所での3個の金星配給は昭和39年(1964年)の栃ノ海以来61年ぶり、新横綱の途中休場は昭和61年(1986年)の双羽黒以来39年ぶりという歴史的記録となり、横綱の重圧と厳しさを味わう結果となった。

しかし、休場明けの5月場所で横綱として初めて15日間皆勤して12勝3敗で優勝力士に次ぐ成績を残すと、同年9月場所と11月場所でも連続して優勝争いに加わるなど、確かな実力を証明した。

取り口は右四つを得意としつつ、足技や投げ技と多彩な引き出しを持っていた。一時は「型がない」と評されることもあったが、大関時代から立ち合いの突き押しに磨きをかけ、相手の体勢を瞬時に察知する鋭い相撲勘を加えた「組んで良し、離れて良し」の万能型の相撲を確立させた。偉大な叔父の背中を追い、最高峰の土俵で堂々たる存在感を示した。

💡 モンゴル出身一覧💡 立浪部屋の力士

四股名
豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)
最高位
横綱
最新番付
東 横綱
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
スガラグチャー・ビャンバスレン
生年月日
平成11年(1999)5月22日(27歳)
身長・体重
188cm・150kg
出身高校
日体大柏高校
所属部屋
立浪部屋
初土俵
平成30年(2018)1月(18歳8ヵ月)
新十両
令和1年(2019)11月(20歳6ヵ月)
新入幕
令和2年(2020)9月(21歳4ヵ月)
新小結
令和4年(2022)3月(22歳10ヵ月)
新関脇
令和4年(2022)9月(23歳4ヵ月)
新大関
令和5年(2023)9月(24歳4ヵ月)
横綱昇進
令和7年(2025)3月(25歳10ヵ月)
優勝
幕内優勝2回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞2回
通算成績
394勝228敗33休/614出場(勝率:64.2%)
直近7場所
47勝20敗23休
7場所勝率
72.3%
得意技
右四つ・寄り・投げ
決まり手傾向(直近7場所)
豊昇龍が勝ちの決まり手(47勝)※不戦勝1含む
寄り切り11
押し出し6
寄り倒し5
叩き込み4
掬い投げ3
上手投げ3
その他14
豊昇龍が負けの決まり手(19敗)※不戦敗2含む
叩き込み4
寄り切り4
押し出し3
上手投げ2
外掛け1
寄り倒し1
その他2
令8年7月
東 横綱(変動なし)
0勝0敗
令8年5月
東 横綱(変動なし)
0勝2敗13休
●■ややや|ややややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 横綱(変動なし)
11勝4敗
○○○●○|○○●○○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 横綱(半枚上昇)
10勝5敗
○○●○○|○○●●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 横綱(変動なし)
12勝3敗(幕内同点)
●○○○○|●○○○○|○○○●□
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 横綱(半枚降下)
13勝2敗(幕内同点)
○○○○○|○○○○○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 横綱
1勝4敗10休
○●●●■|ややややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

立浪部屋の最高位:大関

名寄岩 静男

「病気のデパート」と呼ばれるほど様々な病に苦しめられたが40歳まで土俵を務め上げた

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  • 四股名 :名寄岩 静男(なよろいわ しずお)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:15代春日山
  • 出身地 :北海道名寄市
  • 本 名 :岩壁 静雄
  • 生年月日:大正3年(1914)9月27日
  • 没年月日:昭和46年(1971)1月26日(享年56歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和7年(1932)5月(17歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和11年(1936)5月(21歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和12年(1937)1月(22歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和13年(1938)5月(23歳8ヵ月)
  • 新大関 :昭和18年(1943)1月(28歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和29年(1954)9月(40歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:337勝297敗33休/634出場(54場所)
  • 生涯勝率:53.2%
  • 優勝等 :幕下優勝1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回,金星2個
  • 幕内戦歴:292勝279敗33休(44場所)勝率:51.1%
  •   大関:26勝31敗22休(6場所)勝率:45.6%
  •   関脇:110勝73敗11休(15場所)勝率:60.1%
  •   小結:11勝4敗(1場所)勝率:73.3%
  •   前頭:145勝171敗(22場所)勝率:45.9%
  • 十両戦歴:9勝2敗(1場所)勝率:81.8%

若羽黒 朋明

粘っこい押し相撲を武器に番付をあげた若羽黒は新大関の場所で初優勝、一気に綱取りかと期待されたがその後は大の稽古嫌いと体調を崩したことにより失速。30歳で廃業後は若くして脳塞栓症により他界した

  • 四股名 :若羽黒 朋明(わかはぐろ ともあき)
  • 最高位 :大関
  • 出身地 :神奈川県横浜市
  • 本 名 :草深 朋明
  • 生年月日:昭和9年(1934)11月25日
  • 没年月日:昭和44年(1969)3月2日(享年34歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和24年(1949)10月(14歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和29年(1954)3月(19歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和30年(1955)3月(20歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和32年(1957)1月(22歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和34年(1959)11月(25歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和40年(1965)3月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:555勝480敗40休/1034出場(75場所)
  • 生涯勝率:53.6%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(同点1・次点2),十両同点1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞1回,技能賞2回,金星4個
  • 幕内戦歴:423勝381敗36休(56場所)勝率:52.6%
  •   大関:102勝78敗15休(13場所)勝率:56.7%
  •   関脇:75勝69敗6休(10場所)勝率:52.1%
  •   小結:53勝37敗(6場所)勝率:58.9%
  •   前頭:193勝197敗15休(27場所)勝率:49.5%
  • 十両戦歴:39勝21敗(4場所)勝率:65.0%

旭國 斗雄

北海道上川郡愛別町出身、立浪部屋の元力士で最高位は大関。研究熱心で「相撲博士」とよばれた、引退後は大島部屋を創設、横綱・旭富士や旭天鵬を育てた。

  • 四股名 :旭國 斗雄(あさひくに ますお)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:2代大島
  • 出身地 :北海道上川郡愛別町
  • 本 名 :太田 武雄
  • 生年月日:昭和22年(1947)4月25日
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和38年(1963)7月(16歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和44年(1969)3月(21歳11ヵ月)
  • 新入幕 :昭和44年(1969)7月(22歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和47年(1972)11月(25歳7ヵ月)
  • 新大関 :昭和51年(1976)5月(29歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和54年(1979)9月(32歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:635勝479敗57休/1108出場(98場所)
  • 生涯勝率:57.0%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点3回,十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞1回,技能賞6回,金星2個
  • 幕内戦歴:418勝330敗57休(54場所)勝率:55.9%
  •   大関:168勝122敗20休(21場所)勝率:57.9%
  •   関脇:46勝32敗12休(6場所)勝率:59.0%
  •   小結:22勝14敗9休(3場所)勝率:61.1%
  •   前頭:182勝162敗16休(24場所)勝率:52.9%
  • 十両戦歴:83勝52敗(10場所)勝率:61.5%

次ページ以降の番付を見る

立浪部屋の歴代師匠

第4代・立浪 彌右衞門 (元小結・緑嶌)

在任期間(大正5年(1916年)1月~昭和27年(1952年)12月16日)

富山県滑川市横道出身、春日山部屋の元力士で最高位は小結。はじめは京都力士だったが東上して幕下付出で番付についた。精悍な取り口で力もあり、鋭い出足の正攻法で押しに威力があった。引退後は春日山部屋から分家独立して立浪部屋を創設。横綱双葉山や羽黒山をはじめ数多くの力士を関取へと導いた。一代で角界屈指の名門部屋を築き上げた名伯楽。

  • 四股名 :緑嶌 友之助(みどりしま とものすけ)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:4代立浪
  • 出身地 :富山県滑川市横道
  • 本 名 :高木 友之助 ⇒ 高木 弥右衛門
  • 生年月日:明治11年(1878)1月12日
  • 没年月日:昭和27年(1952)12月16日(享年74歳)
  • 所属部屋:草風(京都)⇒春日山部屋
  • 初土俵 :明治31年(1898)1月・幕下付出(20歳0ヵ月)
  • 新十両 :明治34年(1901)5月(23歳4ヵ月)
  • 新入幕 :明治35年(1902)5月(24歳4ヵ月)
  • 新三役 :明治41年(1908)5月(30歳4ヵ月)
  • 最終場所:大正4年(1915)6月(37歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:89勝124敗46休20分7預/240出場(29場所)
  • 生涯勝率:41.8%
  • 優勝等 :なし
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:78勝120敗46休19分7預(27場所)勝率:39.4%
  •   小結:2勝6敗1休1分(1場所)勝率:25.0%
  •   前頭:76勝114敗45休18分7預(26場所)勝率:40.0%
  • 十両戦歴:11勝4敗1分(2場所)勝率:73.3%

第5代・立浪 政司 (元横綱・羽黒山)

在任期間(昭和27年(1952年)12月17日~昭和44年(1969年)10月14日)
  • 四股名 :羽黒山 政司(はぐろやま まさじ)
  • 最高位 :第36代横綱
  • 年寄名跡:横綱特権・羽黒山⇒5代立浪
  • 出身地 :新潟県西蒲原郡
  • 本 名 :小林 正治
  • 生年月日:大正3年(1914)11月18日
  • 没年月日:昭和44年(1969)10月14日(享年54歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :昭和9年(1934)1月(19歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和12年(1937)1月(22歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和12年(1937)5月(22歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和13年(1938)5月(23歳6ヵ月)
  • 新大関 :昭和15年(1940)1月(25歳2ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和17年(1942)1月(27歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和28年(1953)9月(38歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:359勝99敗117休1分/452出場(46場所)
  • 生涯勝率:78.4%
  • 優勝等 :幕内優勝7回(次点6),十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:321勝94敗117休1分(39場所)勝率:77.3%
  •   横綱:230勝62敗114休(30場所)勝率:78.8%
  •   大関:46勝11敗3休(4場所)勝率:80.7%
  •   関脇:11勝4敗(1場所)勝率:73.3%
  •   小結:15勝10敗1分(2場所)勝率:60.0%
  •   前頭:19勝7敗(2場所)勝率:73.1%
  • 十両戦歴:9勝2敗(1場所)勝率:81.8%

第6代・立浪 治 (元関脇・安念山)

在任期間(昭和44年(1969年)10月20日~平成11年(1999年)2月22日)

北海道上川郡下川町出身、立浪部屋の元力士で最高位は関脇。立浪部屋を継承したが横綱・双羽黒の廃業騒ぎや、後継者・旭豊との名跡を巡った裁判沙汰などトラブルが目立った。

  • 四股名 :安念山 治(あんねんやま おさむ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:9代追手風⇒6代立浪
  • 出身地 :北海道上川郡下川町
  • 本 名 :安念 治
  • 生年月日:昭和9年(1934)2月23日
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :安念⇒安念山⇒羽黒山
  • 初土俵 :昭和25年(1950)1月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和28年(1953)9月(19歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和29年(1954)5月(20歳3ヵ月)
  • 新三役 :昭和32年(1957)5月(23歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和40年(1965)3月(31歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:544勝506敗30休1分/1047出場(74場所)
  • 生涯勝率:51.8%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点1),幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞3回,敢闘賞1回,金星10個
  • 幕内戦歴:428勝427敗29休1分(59場所)勝率:50.1%
  •   関脇:101勝107敗2休(14場所)勝率:48.6%
  •   小結:49勝56敗(7場所)勝率:46.7%
  •   前頭:278勝264敗27休1分(38場所)勝率:51.3%
  • 十両戦歴:26勝19敗(3場所)勝率:57.8%

第7代・立浪 耐治 (元小結・旭豊)

在任期間(平成11年(1999年)2月23日~  )

旭豊 勝照 (あさひゆたか かつてる)愛知県春日井市出身、大島部屋の元力士で、最高位は小結

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昭和62年(1987)3月場所に18歳6ヶ月で初土俵を踏み、平成11年(1999)1月場所を最後に引退(30歳4ヶ月)。

通算成績は364勝341敗26休704出場。生涯勝率.517。通算71場所中、37場所を勝ち越した(勝ち越し率.544)。

主な成績は十両優勝1回、幕下優勝2回殊勲賞1回、敢闘賞1回、金星4個(貴乃花2個、曙2個)

昭和43年(1968)9月10日生まれ。本名は市川 耐治→安念 耐治。

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愛知県春日井市出身の旭豊は、端正な顔立ちと長身を生かした左四つからの力強い相撲で人気を集め、最高位は小結まで昇進した力士である。30歳という若さで余力を残して引退し、名門・立浪部屋を継承。引退後は先代との異例の法廷闘争や一門の移籍など、角界の激動を経験しながらも、横綱を育て上げるなど名伯楽として活躍している。

入門と度重なる休場からの再起

幼少期から空手に打ち込み、中学時代や東邦高等学校では水泳部で大会に入賞するなどの活躍を見せた。高校卒業と同時に父親の知人であった元大関・旭國が率いる大島部屋へ入門し、昭和62年(1987年)3月場所で初土俵を踏む。

しかし、リウマチ熱や左足の故障に悩まされて2度も番付外への陥落を経験し、一時は実家へ帰って廃業を考えるほどの苦難を味わう。当時は再出世の際にも出世披露を受ける規定であったため、初土俵時を含めて計3回の出世披露を受けた苦労人である。

十両昇進の壁と幕内での飛躍

着実に体格も大きくなり、幕下上位へと番付を上げる。平成4年(1992年)11月場所では西幕下16枚目で7戦全勝の幕下優勝を飾るが、「幕下15枚目以内の全勝者は翌場所十両昇進」という規定にわずか1枚届かず、昇進は見送りとなった。翌場所は東幕下筆頭で大きく負け越す悔しさを味わうも、平成5年(1993年)9月場所で再び全勝優勝を果たして待望の新十両昇進を決める。

平成7年(1995年)3月場所には新入幕を果たし、春日井市出身として初の関取および幕内力士となった。持ち前の左四つ・右上手からの相撲で上位を脅かし、平成8年(1996年)3月場所では横綱・貴乃花から金星を挙げて殊勲賞を獲得。翌5月場所では春日井市出身初の三役となる新小結へ昇進して勝ち越しを決めた。

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翌7月場所も東小結に留まり負け越しを喫して平幕へ降下したが、直後の9月場所では横綱・曙から金星を挙げて敢闘賞を受賞するなど、地力の高さを見せつけた。

名門継承と異例の法廷闘争

現役中であった平成7年(1995年)に、自身が所属する立浪一門の宗家であった6代立浪(元関脇・安念山)の長女と結婚して養子縁組を結び、名門・立浪部屋の後継者となる。その後も幕内力士として土俵を務めていたが、養父である6代立浪の停年が迫ったことに伴い、平成11年(1999年)1月場所を最後に現役を引退した。

準年寄・旭豊を経て同年2月に7代立浪を襲名し部屋の師匠となったものの、引退相撲の直後から先代と部屋経営などを巡る対立が表面化する。1年も経たずに別居状態となり、のちに離婚と養子縁組の解消、さらには巨額の年寄名跡譲渡代金の支払いを求められるなど泥沼の法廷闘争へと発展した。

この裁判は最高裁までもつれ込んだが、名跡の価値と対価の妥当性などが争われた結果、完全勝訴という形で決着を見ている。

一門の激動と横綱の育成

裁判を乗り越えたのちも、平成24年(2012年)の理事選での引責に端を発して長年所属した立浪一門から事実上の離脱となり、貴乃花グループ(のちの貴乃花一門)へ合流した。その後、同一門の消滅に伴う無所属期間を経て出羽海一門へ合流するなど、激動の道を歩んでいる。

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平成19年(2007年)に部屋を茨城県つくばみらい市へ移転し、困難な環境下でも地道に弟子の育成に尽力した。その結実として、令和7年(2025年)1月場所後には愛弟子の豊昇龍が第74代横綱へと昇進する快挙を成し遂げている。

現役時代から女性ファンが多く、現在も変わらぬスマートな体型と若々しさを維持しており、名門部屋の師匠として角界の発展に大きく貢献している。

四股名
旭豊 勝照 (あさひゆたか かつてる)
最高位
小結
年寄名跡
準年寄 旭豊 耐治(立浪) → 7代立浪 耐治
出身地
愛知県春日井市
本名
市川 耐治→安念 耐治
生年月日
昭和43年(1968)9月10日(57歳)
出身高校
東邦高校
所属部屋
大島部屋
改名歴
市川 耐治 → 旭豊 耐治 → 旭豊 勝照
初土俵
昭和62年(1987)3月 前相撲(18歳6ヶ月)
新十両
平成5年(1993)11月(所要39場所)
25歳2ヶ月(初土俵から6年8ヶ月)
新入幕
平成7年(1995)3月(所要47場所)
26歳6ヶ月(初土俵から8年0ヶ月)
新小結
平成8年(1996)5月(所要54場所)
27歳8ヶ月(初土俵から9年2ヶ月)
最終場所
平成11年(1999)1月場所(30歳4ヶ月)
大相撲歴
71場所(11年10ヶ月)
通算成績
364勝341敗26休704出場(勝率.517)
通算71場所
勝ち越し37場所(勝ち越し率.544)(勝ち越し星105)
優勝等
十両優勝1回,幕下優勝2回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星4個(貴乃花2個、曙2個)
持給金
109円(勝ち越し星105個 金星4個)
幕内戦歴
160勝198敗0休357出場(勝率.448)
在位24場所(在位率.338)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.417)
三役戦歴
20勝25敗0休45出場(勝率.444)
在位3場所(在位率.042)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
小結戦歴
20勝25敗0休45出場(勝率.444)
在位3場所(在位率.042)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.333)
前頭戦歴
140勝173敗0休312出場(勝率.449)
在位21場所(在位率.296)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.429)
十両戦歴
67勝53敗0休120出場(勝率.558)
在位8場所(在位率.113)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
関取戦歴
227勝251敗0休477出場(勝率.476)
在位32場所(在位率.451)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.469)
幕下以下歴
137勝90敗26休227出場(勝率.604)
在位36場所(在位率.507)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.611)

旭豊 勝照の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(70回 / 24.1%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(83回 / 28.7%)
  • ✅ 得意な相手:栃乃和歌(7勝1敗 / 勝率.875)
  • ✅ 苦手な相手:貴ノ浪(1勝11敗 / 勝率.083)

現役の立浪部屋力士の最新情報はこちら

ここまでは過去から現在までの立浪部屋の主な力士たちをご紹介してきましたが、立浪部屋の現役力士の最新番付や成績を知りたい方の為に最適な記事もご用意しています。相撲観戦と予習におススメです!

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

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カテゴリー : 出羽海一門

公開日:2018-08-20
投稿者:レイ

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