伊勢ノ海部屋の歴代力士一覧|全関取の戦歴と優勝・三賞記録

伊勢ノ海(いせのうみ)部屋の過去から現在までの主な所属力士をご紹介する伊勢ノ海部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では伊勢ノ海部屋の主な関取を中心に紹介していきます。過去の力士については最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。また、現役力士については最高位と昇進時期、主な成績などを載せています。

現役の伊勢ノ海部屋力士の最新番付や成績、詳細なデータをご覧になりたい方はこちら

5月場所千秋楽の取組結果はこちら。


5月場所の各段の成績順はこちらで確認ができます。

相撲部屋や出身地ごとの成績から、場所中はリアルタイムでランキングを作成しております。今場所好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

伊勢ノ海部屋の基本情報
一門
:伊勢ノ海一門
創設
:宝暦年間(1751~1764年)
創設者
:初代・伊勢ノ海 五太夫 (元上取り力士・伊勢ノ海 五太夫)
現師匠
:第12代・伊勢ノ海 準人 (元前頭3枚目・北勝鬨 準人)
所在地
:東京都文京区千石1-22-2 📍地図
サイト

昭和初期に2度ほど部屋が途絶えたことがありますが、所属していた力士によって再興されているので、今回はひと続きとしました。

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伊勢ノ海部屋の優勝力士

伊勢ノ海部屋 歴代幕内優勝力士一覧

伊勢ノ海部屋では柏戸が幕内優勝を達成しており、優勝回数はあわせて5回になります。

初優勝は、65年4ヶ月前の昭和36年(1961年)1月場所で、直近の優勝は58年11ヶ月前の昭和42年(1967年)7月場所になります。

場所年月四股名番付成績出身地最高位年齢部屋備考
昭和42年7月
(1967年)
S42.7
1967
柏戸
[5回目]
西横綱14勝1敗山形県横綱28歳7ヶ月伊勢ノ海
昭和41年1月
(1966年)
S41.1
1966
柏戸
[4回目]
西横綱(張出)14勝1敗山形県横綱27歳2ヶ月伊勢ノ海
昭和40年9月
(1965年)
S40.9
1965
柏戸
[3回目]
東横綱(張出)12勝3敗山形県横綱26歳9ヶ月伊勢ノ海
昭和38年9月
(1963年)
S38.9
1963
柏戸
[2回目]
西横綱全勝15勝0敗山形県横綱24歳9ヶ月伊勢ノ海
昭和36年1月
(1961年)
S36.1
1961
柏戸
[初]
西大関13勝2敗山形県横綱22歳1ヶ月伊勢ノ海

伊勢ノ海部屋 幕内優勝回数ランキング

伊勢ノ海部屋の幕内優勝回数ランキングです。柏戸は横綱として4回、大関として1回、合計で5回優勝しています。優勝した場所での本割の成績は68勝7敗で、勝率は.907となっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率最高位部屋出身地
1位柏戸5回4100068勝7敗.907横綱伊勢ノ海山形県

伊勢ノ海部屋の三賞受賞力士

伊勢ノ海部屋 歴代三賞受賞力士一覧

伊勢ノ海部屋では、これまでに6人の力士が三賞を受賞しており、獲得数はあわせて36回になります。

受賞の内訳は、技能賞が10回、殊勲賞が11回、敢闘賞が15回となっています。

また、ダブル受賞は柏戸と藤ノ川が2回、土佐ノ海(土佐ノ海)が1回ずつ達成しています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和8年3月
(2026年)
R8.3
(2026)
東前頭2東前頭2藤ノ川技能賞 [初]8勝7敗21歳1ヶ月京都府伊勢ノ海令和5年1月
(2023年)
平成17年2月22日
(2005年)
令和7年7月
(2025年)
R7.7
(2025)
西前頭14西前頭14藤ノ川敢闘賞 [初]10勝5敗20歳5ヶ月京都府伊勢ノ海令和5年1月
(2023年)
平成17年2月22日
(2005年)
令和6年9月
(2024年)
R6.9
(2024)
西前頭13西前頭13錦木敢闘賞 [初]11勝4敗34歳0ヶ月岩手県伊勢ノ海平成18年3月
(2006年)
平成2年8月25日
(1990年)
令和5年7月
(2023年)
R5.7
(2023)
東前頭筆頭東前頭筆頭錦木殊勲賞 [初]10勝5敗32歳10ヶ月岩手県伊勢ノ海平成18年3月
(2006年)
平成2年8月25日
(1990年)
平成27年11月
(2015年)
H27.11
(2015)
東前頭4東前頭4敢闘賞 [4回目]12勝3敗29歳1ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成27年9月
(2015年)
H27.9
(2015)
東前頭12東前頭12敢闘賞 [3回目]11勝4敗28歳11ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成26年5月
(2014年)
H26.5
(2014)
西前頭5西前頭5敢闘賞 [2回目]11勝4敗27歳7ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成25年11月
(2013年)
H25.11
(2013)
西前頭6西前頭6敢闘賞 [初]11勝4敗27歳1ヶ月大阪府伊勢ノ海平成17年3月
(2005年)
昭和61年10月11日
(1986年)
平成15年11月
(2003年)
H15.11
(2003)
西前頭2西前頭2土佐ノ海殊勲賞 [7回目]10勝5敗31歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成14年7月
(2002年)
H14.7
(2002)
西小結西小結土佐ノ海殊勲賞 [6回目]10勝5敗30歳5ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成11年11月
(1999年)
H11.11
(1999)
西小結西小結土佐ノ海殊勲賞 [5回目]10勝5敗27歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成11年7月
(1999年)
H11.7
(1999)
東小結東小結土佐ノ海敢闘賞 [5回目]11勝4敗27歳5ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成11年5月
(1999年)
H11.5
(1999)
東前頭筆頭東前頭筆頭土佐ノ海殊勲賞 [4回目]8勝7敗27歳3ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成10年11月
(1998年)
H10.11
(1998)
東前頭9東前頭9土佐ノ海敢闘賞 [4回目]12勝3敗26歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成10年3月
(1998年)
H10.3
(1998)
東前頭6東前頭6土佐ノ海敢闘賞 [3回目]10勝5敗26歳1ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成9年5月
(1997年)
H9.5
(1997)
西関脇西関脇土佐ノ海敢闘賞 [2回目]10勝5敗25歳3ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成9年1月
(1997年)
H9.1
(1997)
東前頭筆頭東前頭筆頭土佐ノ海殊勲賞 [3回目]9勝6敗24歳11ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成8年11月
(1996年)
H8.11
(1996)
西前頭筆頭西前頭筆頭土佐ノ海殊勲賞 [2回目]8勝7敗24歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
平成7年11月
(1995年)
H7.11
(1995)
西前頭筆頭西前頭筆頭土佐ノ海
ダブル
殊勲賞 [初]9勝6敗23歳9ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
技能賞 [初]
平成7年9月
(1995年)
H7.9
(1995)
東前頭8東前頭8土佐ノ海敢闘賞 [初]11勝4敗23歳7ヶ月高知県伊勢ノ海平成6年3月
(1994年)
昭和47年2月16日
(1972年)
昭和44年7月
(1969年)
S44.7
(1969)
東前頭5東前頭5藤ノ川
ダブル
敢闘賞 [2回目]12勝3敗22歳9ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
技能賞 [4回目]
昭和44年3月
(1969年)
S44.3
(1969)
西小結西小結藤ノ川技能賞 [3回目]8勝7敗22歳5ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
昭和44年1月
(1969年)
S44.1
(1969)
西前頭2西前頭2藤ノ川技能賞 [2回目]9勝6敗22歳4ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
昭和43年5月
(1968年)
S43.5
(1968)
東前頭5東前頭5藤ノ川敢闘賞 [初]10勝5敗21歳8ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
昭和42年3月
(1967年)
S42.3
(1967)
東前頭4東前頭4藤ノ川
ダブル
殊勲賞 [初]12勝3敗20歳6ヶ月北海道伊勢ノ海昭和36年5月
(1961年)
昭和21年9月26日
(1946年)
技能賞 [初]
昭和35年7月
(1960年)
S35.7
(1960)
東関脇東関脇柏戸
ダブル
殊勲賞 [2回目]11勝4敗21歳7ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
技能賞 [4回目]
昭和35年5月
(1960年)
S35.5
(1960)
西関脇西関脇柏戸技能賞 [3回目]10勝5敗21歳5ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和35年3月
(1960年)
S35.3
(1960)
西関脇張出西関脇張出柏戸殊勲賞 [初]9勝6敗21歳3ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和35年1月
(1960年)
S35.1
(1960)
東小結東小結柏戸技能賞 [2回目]9勝6敗21歳1ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和34年9月
(1959年)
S34.9
(1959)
東前頭3東前頭3柏戸敢闘賞 [2回目]12勝3敗20歳9ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
昭和34年3月
(1959年)
S34.3
(1959)
西前頭13西前頭13柏戸
ダブル
敢闘賞 [初]13勝2敗20歳3ヶ月山形県伊勢ノ海昭和29年9月
(1954年)
昭和13年11月29日
(1938年)
技能賞 [初]

伊勢ノ海部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が土佐ノ海(土佐ノ海)で13回(殊勲賞7回・技能賞1回・敢闘賞5回)、2位が柏戸で8回(殊勲賞2回・技能賞4回・敢闘賞2回)、3位が藤ノ川で7回(殊勲賞1回・技能賞4回・敢闘賞2回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

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順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位
1位 土佐ノ海
(土佐ノ海)
13回 1 7 5 関脇
2位 柏戸 8回 4 2 2 横綱
3位 藤ノ川 7回 4 1 2 関脇
4位 4回 0 0 4 関脇
5位 錦木 2回 0 1 1 小結
5位 藤ノ川 2回 1 0 1 前頭筆頭
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伊勢ノ海部屋力士を検索

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伊勢ノ海部屋の最高位:前頭

柏戸 宗五郎

新潟県柏崎市出身、伊勢ノ海の元力士で最高位は前頭2枚目。伊勢ノ海伝統の四股名となる「藤ノ川」の初代。無敵を誇った横綱・梅ケ谷と引き分けたことも。引退後は勝負検査役を長年にわたり務めた。

  • 四股名 :柏戸 宗五郎(4代)(かしわど そうごろう)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:柏戸⇒8代伊勢ノ海
  • 出身地 :新潟県柏崎市
  • 本 名 :北村 忠之助⇒村松 忠之助⇒伊勢ノ海 五太夫
  • 生年月日:嘉永元年(1848)6月10日
  • 没年月日:明治41年(1908)7月26日(享年60歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :藤ノ川⇒柏戸⇒伊勢ノ海
  • 初土俵 :明治2年(1869)4月・序ノ口(20歳10ヵ月)
  • 最終場所:明治22年(1889)5月(40歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:76勝96敗70休39分9預/220出場(30場所)
  • 生涯勝率:44.2%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:56勝72敗70休33分9預(24場所)勝率:43.8%
  • 十両戦歴:20勝24敗6分(6場所)勝率:45.5%

柏山 吾郎

山形県西村山郡出身、伊勢ノ海部屋の元力士で最高位は前頭7枚目。十両に昇進するまでは8年かかったが、そこから3場所で幕内に。しかし幕内では一度も勝ち越せずに、結局幕下まで陥落して引退した。このように現役では目立った成績を残せなかったが、8代山科としては門下より関脇・柏山を育てあげた。人望が厚く、木戸部長、勝負検査役、理事をつとめて協会隆盛に尽力した。

  • 四股名 :柏山 吾郎(かしわやま ごろう)
  • 最高位 :前頭7枚目
  • 年寄名跡:8代山科
  • 出身地 :山形県西村山郡河北町谷地
  • 本 名 :斎藤⇒相澤⇒斎藤 定五郎
  • 生年月日:明治12年(1879)12月8日
  • 没年月日:昭和8年(1933)1月8日(享年53歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :最上潟⇒柏山
  • 初土俵 :明治32年(1899)1月・序ノ口(19歳1ヵ月)
  • 新十両 :明治40年(1907)1月(27歳1ヵ月)
  • 新入幕 :明治41年(1908)5月(28歳5ヵ月)
  • 最終場所:大正2年(1913)1月(33歳1ヵ月)
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:7勝20敗21休2分(5場所)勝率:25.9%

柏戸 秀剛

岩手県九戸郡出身、春日山~伊勢ノ海~錦島部屋の元力士で最高位は前頭筆頭。久慈農林学校を卒業後に春日山部屋に入門。順調に番付を上げていき昭和15年(1940)1月場所で新十両、昭和16年(1941)5月場所で新入幕を果たした。

この場所、伊勢ノ海部屋を再興した9代伊勢ノ海(元小結・柏戸)について伊勢ノ海部屋へと移籍した藤ノ川は、四股名を部屋の伝統である「柏戸」へと改めた。長身を活かした取り口と美男子ぶりで人気を博したが、軽量力士であったことが災いし最高位は前頭筆頭に留まった。

9代の死去に伴い昭和21年(1946)からは錦島部屋所属。引退後に10代伊勢ノ海を襲名し、伊勢ノ海部屋を再興、47代横綱・柏戸や関脇・藤ノ川を育てあげた。

  • 四股名 :柏戸 秀剛(かしわど ひでたけ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:10代伊勢ノ海
  • 出身地 :岩手県九戸郡
  • 本 名 :佐々木 秀剛
  • 生年月日:大正7年(1918)5月3日
  • 没年月日:昭和57年(1982)12月11日(享年64歳)
  • 所属部屋:春日山⇒伊勢ノ海⇒錦島部屋
  • 改名歴 :藤川⇒藤ノ川⇒柏戸
  • 初土俵 :昭和11年(1936)5月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和15年(1940)1月(21歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和16年(1941)5月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和24年(1949)1月(30歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:136勝135敗6休/270出場(26場所)
  • 生涯勝率:50.2%
  • 優勝等 :序ノ口優勝1回
  • 成 績 :金星4個
  • 幕内戦歴:82勝108敗6休(16場所)勝率:43.2%
  • 十両戦歴:27勝18敗(3場所)勝率:60.0%

蔵玉錦 敏正

弟弟子の小沼と十両同時昇進で鏡山部屋生え抜きとして初の関取に。のちに四股名を改めた時、画数のために蔵王の「王」を「玉」にするも、これで「ざおう」と読むの?と問い合わせが殺到

  • 四股名 :蔵玉錦 敏正(ざおうにしき としまさ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:11代立川⇒7代富士ヶ根⇒12代枝川⇒14代中川⇒15代白玉⇒18代佐ノ山⇒16代錦島⇒13代武隈
  • 出身地 :山形県山形市
  • 本 名 :安達 敏正
  • 生年月日:昭和27年(1952)9月3日(73歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海⇒鏡山部屋
  • 改名歴 :安達⇒蔵玉錦
  • 初土俵 :昭和45年(1970)9月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和50年(1975)7月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和51年(1976)11月(24歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和58年(1983)1月(30歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:440勝446敗/886出場(75場所)
  • 生涯勝率:49.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:149勝211敗(24場所)勝率:41.4%
  • 十両戦歴:176勝154敗(22場所)勝率:53.3%

藤ノ川 成剛

藤ノ川 成剛(ふじのかわ せいごう)は京都府 京都市西京区出身、伊勢ノ海部屋の力士。令和8年5月場所の番付は最高位更新となる東 前頭筆頭。

父は伊勢ノ海部屋の10代甲山(元前頭11枚目・大碇)。5歳の頃から父も指導に携わる東京の小松竜道場で相撲を始め、埼玉栄高校へと進学。2年次から関東大会の個人戦で優勝するなど頭角を現し、3年次には相撲部の主将を務めながら、全国高校相撲宇佐大会で個人ベスト8、国民体育大会で個人ベスト16などの実績を残した。高校での実績から複数の大学から勧誘を受けたが、父からの「早く入門したほうが良い」という助言もあり、高校卒業を待たずに伊勢ノ海部屋へ入門した。

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初土俵からの躍進と親子関取

令和5年(2023年)1月場所において、父の四股名から一字を取った「若碇」の四股名で初土俵を踏む。新序出世披露では、父が現役時代に使用していた化粧廻しを締めて土俵に上がった。機動力を活かした押し相撲を武器に順調に番付を上げ、同年7月場所では7戦全勝とし、優勝決定戦を制して三段目優勝を飾る。その後も幕下でコンスタントに勝ち越しを続け、令和6年(2024年)11月場所で新十両へ昇進。大相撲史上13組目となる「親子関取」の快挙を達成した。

伝統の四股名襲名と新入幕

十両を4場所で通過し、令和7年(2025年)7月場所で新入幕を果たす。この新入幕を機に、伊勢ノ海部屋の伝統ある名跡「藤ノ川」の6代目を襲名した。この改名は、機動力のある相撲ぶりが元関脇・藤ノ川(11代伊勢ノ海)の現役時代(「今牛若丸」の異名を取った)に重なることから、先代藤ノ川本人より「幕内に上がったら藤ノ川に改名だな」と直接声をかけられていた縁に由来する。

新入幕の場所では10勝5敗の好成績を収め、自身初となる三賞(敢闘賞)を獲得。その後も幕内上位へと番付を上げ、上位陣と互角の戦いを繰り広げている。持ち前の機動力と突き押しにさらに磨きをかけ、技能賞や金星を獲得するなど、次代を担う若手力士として大相撲の土俵で目覚ましい活躍を続けている。

💡 京都府出身一覧💡 伊勢ノ海部屋の力士

四股名
藤ノ川 成剛(ふじのかわ せいごう)
最高位
前頭筆頭
最新番付
東 前頭筆頭
出身地
京都府 京都市西京区
本名
齋藤 成剛
生年月日
平成17年(2005)2月22日(21歳)
身長・体重
177cm・121kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
齋藤→若碇 → 藤ノ川
初土俵
令和5年(2023)1月(17歳11ヵ月)
新十両
令和6年(2024)11月(19歳9ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)7月(20歳5ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞1回,金星2個
通算成績
135勝82敗3休/216出場(勝率:62.5%)
直近7場所
50勝40敗(十両:12勝3敗)
7場所勝率
59.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
藤ノ川が勝ちの決まり手(56勝)※不戦勝2含む
押し出し11
掬い投げ7
寄り切り5
叩き込み5
押し倒し5
引き落とし4
その他17
藤ノ川が負けの決まり手(35敗)
押し出し12
寄り切り4
送り出し3
叩き込み3
押し倒し3
上手投げ2
その他8
令8年5月
東 前頭筆頭(1枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
○□●○●|●○●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 前頭2枚目(5枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗(技能賞・金星2個)
●●○○●|○●●○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭7枚目(4枚半上昇・最高位更新)
10勝5敗
●○○○○|○●○○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭12枚目(2枚半降下)
9勝6敗
○○○○○|●○●●●|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭9枚目(5枚上昇・最高位更新)
6勝9敗
●●●○○|●○●●●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭14枚目(8枚上昇・最高位更新)
10勝5敗(敢闘賞)
●●○○○|○○●○●|●○□○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 十両5枚目
12勝3敗
○○●●○|○○●○○|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

北勝鬨 準人

平成10年(1998)7月場所での幕内陥落により66年間続いた北海道出身幕内力士在籍が途絶えた。同郷である先代の停年に伴い、伊勢ノ海の名跡とともに部屋を継承

  • 12代・伊勢ノ海 準人
  • 四股名 :北勝鬨 準人(きたかちどき はやと)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 年寄名跡:11代勝ノ浦⇒12代伊勢ノ海
  • 出身地 :北海道帯広市
  • 本 名 :久我 準人
  • 生年月日:昭和41年(1966)1月1日(60歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :久我⇒北勝鬨
  • 初土俵 :昭和56年(1981)5月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和62年(1987)1月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)1月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)9月(34歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:708勝731敗29休/1438出場(117場所)
  • 生涯勝率:49.2%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:331勝389敗15休(49場所)勝率:46.0%
  • 十両戦歴:244勝251敗(33場所)勝率:49.3%

藤ノ川 祐兒

アマチュア横綱と学生横綱を各2回、同志社大の4年間で獲得したタイトルは17個に及び、アマチュア相撲史上最強との鳴り物入りで角界入り。しかし腰痛と精神面の脆さが災いして大成せず、26歳で引退となった

  • 四股名 :藤ノ川 祐兒(ふじのかわ ゆうじ)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 出身地 :愛知県大府市
  • 本 名 :服部 祐兒
  • 生年月日:昭和35年(1960)8月20日
  • 出身大学:同志社大学
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :服部⇒藤ノ川⇒服部
  • 初土俵 :昭和58年(1983)3月・幕下60付出(22歳7ヵ月)
  • 新十両 :昭和58年(1983)9月(23歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和60年(1985)3月(24歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和62年(1987)7月(26歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:169勝166敗7休/335出場(27場所)
  • 生涯勝率:50.4%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:75勝90敗(11場所)勝率:45.5%
  • 十両戦歴:75勝60敗(10場所)勝率:55.6%

鏡桜 秀興

鏡桜 秀興(かがみおう ひでおき)モンゴル・ウブルハンガイ県出身、鏡山 → 伊勢ノ海部屋の元力士で、最高位は前頭9枚目

平成15年(2003)7月場所に15歳4ヶ月で初土俵を踏み、令和5年(2023)3月場所を最後に引退(35歳1ヶ月)。

通算成績は437勝408敗65休834出場。生涯勝率.517。通算107場所中、50場所を勝ち越した(勝ち越し率.472)。

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主な成績は十両優勝1回(同点2),幕下優勝1回三段目優勝1回

昭和63年(1988)2月9日生まれ。本名はバットフー ナンジッダ。

十両昇進まで苦節10年。平成29年(2017)9月場所、全勝同士で迎えた幕下7番相撲の相手はモンゴルの後輩で幕下付出デビュー3場所目の水戸龍、結果は貫禄勝ち。以前名乗っていた下の名前「南二」はモンゴル名のナンジッダから。

鏡山部屋の閉鎖に伴い、伊勢ノ海部屋へと移籍した。

四股名
鏡桜 秀興(かがみおう ひでおき)
最高位
前頭9枚目
出身地
モンゴル・ウランバートル市 → モンゴル・ウブルハンガイ県
本名
バットフー ナンジッダ
生年月日
昭和63年(1988)2月9日
所属部屋
鏡山 → 伊勢ノ海部屋
改名歴
鏡桜 南二 → 鏡桜 秀興
初土俵
平成15年(2003)7月 前相撲(15歳4ヶ月)
新十両
平成25年(2013)1月(所要56場所)
24歳11ヶ月(初土俵から9年6ヶ月)
新入幕
平成26年(2014)1月(所要62場所)
25歳11ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
最終場所
令和5年(2023)3月(35歳1ヶ月)
大相撲歴
107場所(19年8ヶ月)
通算成績
437勝408敗65休834出場(勝率.517)
通算107場所
勝ち越し50場所(勝ち越し率.472)(勝ち越し星148)
優勝等
十両優勝1回(同点2),幕下優勝1回三段目優勝1回
持給金
74円(勝ち越し星148個)
前頭戦歴
43勝62敗0休105出場(勝率.410)
在位7場所(在位率.065)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.143)
十両戦歴
109勝92敗9休198出場(勝率.542)
在位14場所(在位率.131)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
152勝154敗9休303出場(勝率.497)
在位21場所(在位率.196)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.381)
幕下以下歴
285勝254敗56休531出場(勝率.529)
在位85場所(在位率.794)
勝ち越し42場所(勝ち越し率.494)


大碇 剛

大碇 剛 (おおいかり つよし)京都府京都市西京区出身、伊勢ノ海部屋の元力士で、最高位は前頭11枚目

平成7年(1995)3月場所に22歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成16年(2004)11月場所を最後に引退(32歳4ヶ月)。

通算成績は356勝336敗57休688出場。生涯勝率.517。通算59場所中、29場所を勝ち越した(勝ち越し率.492)。

主な成績は十両優勝2回(同点2)、幕下(同点1)

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昭和47年(1972)6月16日生まれ。本名は齋藤 剛。

同志社大学相撲部で実績を残して角界入りし、最高位は前頭11枚目まで昇進した。平成10年(1998年)に京都府出身力士として32年ぶりとなる新入幕を果たしたことで、故郷を大きく沸かせた力士である。引退後は年寄・甲山(かぶとやま)を襲名し、後進の指導や相撲の普及活動に尽力する傍ら、NHK大相撲中継の解説者としても親しまれている。

伝統の四股名と重き覚悟

高校は京都商業(在学中に京都学園へ校名変更)へ進み、全国大会で優勝を経験。その後進学した同志社大学でも全国の舞台で確かな実績を重ねた。周囲から二所ノ関部屋の元前頭2枚目・大文字以来となる同府出身関取の誕生を強く望まれたことも背中を押し、大学の先輩である土佐ノ海の後を追うように伊勢ノ海部屋へ入門する。平成7年(1995年)3月場所において幕下60枚目格付出で初土俵を踏み、入門と同時に伝統ある四股名「大碇」を与えられた。「おめおめと京都には帰れない」と、故郷に錦を飾るまでの並々ならぬ覚悟を抱いて土俵へ上がっている。

23年ぶりの関取誕生と新入幕

立合いから一気に押す正統派の突き押し相撲を武器としたが、幕下上位の壁に苦労する時期が続いた。それでも着実に地力を蓄え、平成9年(1997年)5月場所で待望の新十両昇進を果たす。これは大文字の引退以来、実に23年10か月ぶりとなる京都府出身関取の誕生であった。一時幕下へ陥落する苦労も味わったが、地道に実力をつけて関取に定着し、平成10年(1998年)5月場所において自身初となる十両優勝を飾る。勢いそのままに勝ち越しを続け、同年11月場所で新入幕を掴み取った。これもまた、同府出身力士として32年ぶりとなる歴史的な快挙であった。

幕内での苦闘と度重なる休場

幕内の土俵では上位の壁に阻まれ、1場所で十両への降格を経験する。十両上位での停滞期を経て、平成12年(2000年)1月場所で再入幕を果たし、8勝7敗で幕内での初勝ち越しを記録した。翌3月場所には自己最高位の東前頭11枚目まで番付を上げるが、ここで大きく負け越して再び降下してしまう。怪我による休場も重なり、平成13年(2001年)3月場所では全休の憂き目に遭う。それでも不屈の闘志で這い上がり、同年11月場所では11勝4敗の好成績で2度目の十両優勝を果たして、翌年の1月場所で3度目の入幕を遂げた。しかし、ここから幕内の土俵で4場所連続で負け越してしまい、幕内の地位を保つことができなかった。結果として幕内で勝ち越したのは、前述の1場所のみに留まっている。

晩年と引退後の活動

以後は幕内へ復帰することは叶わず、主戦場を十両に移して土俵を務め続けた。しかし怪我の影響から平成16年(2004年)9月場所で幕下へ陥落し、続く11月場所での負け越しを最後に、初土俵から59場所務めた土俵人生に幕を下ろした。引退後は準年寄を経て年寄名跡「甲山」を正式に取得する。現在は部屋付き親方として弟子たちの育成にあたる傍ら、相撲体操を通じたファンへの普及活動など幅広く角界に貢献。NHK大相撲中継の解説席にも座り、特徴的な低音の関西弁と落ち着いた語り口で、相撲の奥深さを視聴者へ伝えている。

四股名
大碇 剛 (おおいかり つよし)
最高位
前頭11枚目
年寄名跡
準年寄 大碇 剛(伊勢ノ海) → 10代甲山 剛(伊勢ノ海)
出身地
京都府京都市西京区
本名
齋藤 剛
生年月日
昭和47年(1972)6月16日(54歳)
出身高校
京都学園
出身大学
同志社大学
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
大碇 剛
初土俵
平成7年(1995)3月 幕下60枚目付出(22歳8ヶ月)
新十両
平成9年(1997)5月(所要13場所)
24歳10ヶ月(初土俵から2年2ヶ月)
新入幕
平成10年(1998)11月(所要22場所)
26歳4ヶ月(初土俵から3年8ヶ月)
最終場所
平成16年(2004)11月場所(32歳4ヶ月)
大相撲歴
59場所(9年8ヶ月)
通算成績
356勝336敗57休688出場(勝率.517)
通算59場所
勝ち越し29場所(勝ち越し率.492)(勝ち越し星91)
優勝等
十両優勝2回(同点2),幕下(同点1)
持給金
48円50銭(勝ち越し星91個)
幕内戦歴
45勝60敗0休105出場(勝率.429)
在位7場所(在位率.119)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.143)
前頭戦歴
45勝60敗0休105出場(勝率.429)
在位7場所(在位率.119)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.143)
十両戦歴
243勝232敗50休471出場(勝率.516)
在位35場所(在位率.593)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.514)
関取戦歴
288勝292敗50休576出場(勝率.500)
在位42場所(在位率.712)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.452)
幕下以下歴
68勝44敗7休112出場(勝率.607)
在位17場所(在位率.288)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.588)

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  • ✅ 勝った決まり手1位:押し出し(180回 / 50.3%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:押し出し(73回 / 21.5%)
  • ✅ 得意な相手:五剣山(6勝1敗 / 勝率.857)
  • ✅ 苦手な相手:皇司(5勝13敗 / 勝率.278)

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伝統の「柏戸」

江戸時代から存在していた伊勢ノ海部屋ですが、昭和初期には不遇の時代があり2度途絶えてしまいました。しかし、いずれも再興され現在に至っています。

伊勢ノ海部屋では昔から「柏戸」を名乗った力士が部屋を継ぐという伝統がありました。しかしこの伝統は10代伊勢ノ海が亡くなった際、既に独立して鏡山部屋を興していた47代横綱・柏戸が11代伊勢ノ海の襲名を固辞したことにより途絶えました。ちなみに「柏戸」とい名も8代伊勢ノ海までは年寄名跡(二枚鑑札)だったようです。

伊勢ノ海部屋の歴代師匠

初代・伊勢ノ海 五太夫 (元上取り力士・伊勢ノ海)

在任期間(1756年12月~1774年7月9日)

第2代・伊勢ノ海 億右衛門 (元関脇・関ノ戸)

在任期間(1774年10月~1782年4月17日)

第3代・伊勢ノ海 村右衛門 (元前頭3枚目・柏戸)

在任期間(1782年4月18日~1796年5月20日)

第4代・伊勢ノ海 宗五郎 (元大関・3代・柏戸)

在任期間(1814年~1818年1月14日)

第5代・伊勢ノ海 利助 (元大関・4代・柏戸)

在任期間(1825年1月~1830年10月27日)

第6代・伊勢ノ海 宗五郎 (元前頭2枚目・5代・柏戸)

在任期間(1835年1月~1842年11月17日)

第7代・伊勢ノ海 五太夫 (元前頭筆頭・6代・柏戸 宗五郎(外ヶ濱)

在任期間(1849年~明治22年(1889年)3月2日)

第8代・伊勢ノ海 五太夫 (元前頭2枚目・7代・柏戸 宗五郎(狭布里)

在任期間(明治22年(1889年)5月~明治41年(1908年)7月26日)

第9代・伊勢ノ海 五太夫 (元小結・柏戸)

在任期間(大正7年(1918年)5月~昭和21年(1946年)8月13日)

新潟県東頸城郡出身、伊勢ノ海の元力士で最高位は小結。日露戦争では砲兵として従軍。恵まれた体から繰り出す上突っ張りは強烈で将来を期待されていたが病気がちで大成できなかった。9代伊勢ノ海として部屋を率いたが、部屋付きの9代花籠(元関脇・三杉磯)の独立に呼応して所属力士が大量離脱、これが影響して伊勢ノ海部屋をいったん閉じることになるも、9年後に悲願の再興を果たした。

  • 四股名 :柏戸 宗五郎(5代)(かしわど そうごろう)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:9代伊勢ノ海
  • 出身地 :新潟県東頸城郡
  • 本 名 :江口 富太郎⇒伊勢ノ海 富太郎
  • 生年月日:明治14年(1881)10月10日
  • 没年月日:昭和21年(1946)8月13日(享年64歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :八國山⇒柏戸
  • 初土俵 :明治40年(1907)1月・幕下付出(25歳3ヵ月)
  • 新十両 :明治42年(1909)6月(27歳8ヵ月)
  • 新入幕 :明治43年(1910)1月(28歳3ヵ月)
  • 新三役 :大正3年(1914)1月(32歳3ヵ月)
  • 最終場所:大正7年(1918)5月(36歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:52勝35敗77休9分4預/100出場(19場所)
  • 生涯勝率:59.8%
  • 優勝等 :幕内次点1回,十両優勝1回
  • 幕内戦歴:41勝29敗77休9分4預(16場所)勝率:58.6%
  •   小結:0勝0敗10休(1場所)勝率:0%
  •   前頭:41勝29敗67休9分4預(15場所)勝率:58.6%
  • 十両戦歴:11勝6敗(3場所)勝率:64.7%

第10代・伊勢ノ海 裕丈 (元前頭筆頭・柏戸)

在任期間(昭和24年(1949年)5月~昭和57年(1982年)12月11日)

第11代・伊勢ノ海 裕己茂~五太夫 (元関脇・藤ノ川)

在任期間(昭和57年(1982年)12月15日~平成23年(2011年)9月24日)

北海道河東郡音更町出身、伊勢ノ海部屋の元力士で最高位は関脇。土俵を目一杯使った暴れっぷりは「今牛若」と称されるほどで上位陣を苦しめた。昭和46年名古屋場所で左足を痛め、持ち前の機敏な動きが活かせなくなり26歳の若さで引退。先代の没後に伊勢ノ海部屋を継承、理事としても事務能力を大いに発揮し、いまに続く「敢闘精神評価」アンケートの発案者としても知られる。

  • 四股名 :藤ノ川 武雄(ふじのかわ たけお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:10代立川⇒11代伊勢ノ海⇒12代勝ノ浦
  • 出身地 :北海道河東郡音更町
  • 本 名 :森田 武雄⇒森田 祥玄⇒森田 武雄
  • 生年月日:昭和21年(1946)9月26日
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :森田⇒藤ノ川
  • 初土俵 :昭和36年(1961)5月(14歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和41年(1966)1月(19歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和41年(1966)11月(20歳2ヵ月)
  • 新三役 :昭和42年(1967)5月(20歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和47年(1972)11月(26歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:403勝378敗23休/779出場(69場所)
  • 生涯勝率:51.6%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞4回,金星4個
  • 幕内戦歴:209勝240敗16休(31場所)勝率:46.5%
  •   関脇:11勝19敗(2場所)勝率:36.7%
  •   小結:23勝52敗(5場所)勝率:30.7%
  •   前頭:175勝169敗16休(24場所)勝率:50.9%
  • 十両戦歴:81勝62敗7休(10場所)勝率:56.6%

第12代・伊勢ノ海 準人 (元前頭3枚目・北勝鬨)

在任期間(平成23年(2011年)9月25日~  )

平成10年(1998)7月場所での幕内陥落により66年間続いた北海道出身幕内力士在籍が途絶えた。同郷である先代の停年に伴い、伊勢ノ海の名跡とともに部屋を継承

  • 12代・伊勢ノ海 準人
  • 四股名 :北勝鬨 準人(きたかちどき はやと)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 年寄名跡:11代勝ノ浦⇒12代伊勢ノ海
  • 出身地 :北海道帯広市
  • 本 名 :久我 準人
  • 生年月日:昭和41年(1966)1月1日(60歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :久我⇒北勝鬨
  • 初土俵 :昭和56年(1981)5月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和62年(1987)1月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)1月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)9月(34歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:708勝731敗29休/1438出場(117場所)
  • 生涯勝率:49.2%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:331勝389敗15休(49場所)勝率:46.0%
  • 十両戦歴:244勝251敗(33場所)勝率:49.3%

現役の伊勢ノ海部屋力士の最新情報はこちら

ここまでは過去から現在までの伊勢ノ海部屋の主な力士たちをご紹介してきましたが、伊勢ノ海部屋の現役力士の最新番付や成績を知りたい方の為に最適な記事もご用意しています。相撲観戦と予習におススメです!

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

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カテゴリー : 時津風一門

公開日:2018-07-29
投稿者:レイ

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