【大相撲の決まり手】外掛けとはどんな技?双葉山の69連勝を止めた歴史的大技

取組の見所である「決まり手」。大相撲には現在これだけの技が存在します。

82
決まり手
6
分類
5
非技
8
反則

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この記事では、全82手ある決まり手のうちのひとつ、「外掛け(そとがけ)」について解説していきます。

大きく6種類に分けられる決まり手のうち、外掛けは「掛け手(かけて)」に属します。

切れ味鋭く決まれば相手が派手に仰向けに倒れるため、場内が大いに沸く華のある技であり、相撲の歴史において伝説的な大番狂わせを生み出してきた決まり手でもあります。

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外掛けとはどんな技?

外掛けは、自分の足(右足なら相手の左足というように逆の足)を相手の足の外側から掛け、その掛けた足を強く手前に引きながら、自分の体重を預けて相手を仰向けに倒す技です。

がっぷり四つに組んだ状態から、相手が吊りや投げにきて腰が伸びたところを狙うのが最も有効だと言われています。


決まり手出現頻度
★★★★☆
(ランクB)
毎場所数回、または2・3場所に1回程度見られる決まり手。

※場所によっては一人の力士が連続して決めるケースも見られるなど、本場所でも比較的ポピュラーな技です。

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外掛けを極める技術と「三位一体」のコツ

単純に足を掛けるだけの技に見えますが、きれいな外掛けを決めるためには高度な技術が要求されます。

最大のターゲットは「かかと」

掛ける位置は、ヒザの裏側など高い位置であってはなりません。上に掛けすぎると自分の重心が上がってしまい、土俵際でうっちゃられるなど逆襲を食らいやすくなります。なるべく低い位置、特に「足首やかかと」を狙って掛けるのが効果的です。

「三位一体」の攻め

足の掛け方だけでなく、上半身の動きも重要です。積極的に前に出て主導権を奪い、「掛けた足を引きつける」「上手や下手を強く引きつける」「アゴで相手の肩口を押さえつける」という3つの動作が「三位一体」となることで、初めて完璧な外掛けが決まります。

「防御の手」としての外掛け

外掛けは、自ら攻め込むだけでなく、相手の攻めをしのぐ「防御の手」として使われることもあります。

相手に投げを打たれたり、吊り上げられたりして宙に浮いた際に、枝に蔦(ツタ)が巻くように自分の足を相手の足に外から絡ませることで、相手の技の威力を殺し、倒れるのを防ぐことができます。

似た掛け手「内掛け」「切り返し」との違い

決まり手の中には外掛けと似た動きを持つ掛け手が存在します。それぞれの判定基準となるポイントを解説します。

「内掛け」との違い

名前が対になっている「内掛け」との決定的な違いは、その名の通り「足を掛ける位置」です。相手の足の「外側」から自分の足を掛けるのが外掛け、「内側」から掛けるのが内掛けとなります。

「切り返し」との違い

別記事で解説している「切り返し」も相手の足の外側を攻めるため混同されやすいですが、見分けるポイントは「体の密着度」と「倒し方」です。
外掛けはがっぷり四つなど両者がしっかりと密着した状態で足を掛け、手前に引いて仰向けに倒すのが基本ですが、切り返しが決まるときは両者の体が離れており(軸足だけでしっかり支え)、相手のヒザを支点にして後ろへねじり倒すという明確な違いがあります。

力士の大型化による影響

かつては長身力士にとって大きな武器であった外掛けですが、近年ではまともに仕掛けるケースが少なくなってきていると言われています。
その背景には力士の「大型化」があります。体重が増加し、巨腹を抱える力士が多くなったため、足を飛ばして外掛けにいこうとしても、相手と自分の「腹」が邪魔をしてしまい、密着して技を掛けるのが難しくなっているという現代ならではの事情があります。

外掛けが飛び出した歴史的名勝負・名手

外掛けは、相撲史に燦然と輝く大一番で飛び出した技として語り継がれています。

  • 双葉山の連勝を「69」で止めた安藝ノ海:昭和14年(1939年)春場所(1月場所)4日目。空前絶後の69連勝と快進撃を続けていた横綱・双葉山に対し、当時西前頭3枚目の新鋭・安藝ノ海(あきのうみ)が挑んだ一番です。双葉山が再三のすくい投げに出たところを、安藝ノ海が左外掛けで見事に切り返し、無敵の横綱に土をつけました。この大番狂わせは、相撲史において最も有名な外掛けと言っても過言ではありません。
  • 北の富士(横綱)の攻撃型外掛け:北の富士は、強烈な上手投げと並んで外掛けをお家芸としていました。昭和45年(1970年)初場所の優勝決定戦では、玉乃島(のちの横綱・玉の海)が吊りに出た瞬間を捉え、上背を利した見事な右外掛けで優勝を決めています。
  • 貴ノ花との大激戦(北の富士の苦い記憶):一方で、外掛けによる苦い思い出もあります。昭和47年(1972年)初場所8日目、北の富士が貴ノ花(のちの大関)を左右の連続外掛けで攻め込みましたが、貴ノ花が倒れながら上手投げで逆襲。もつれて倒れた際、北の富士の右手をついたのが「かばい手(勝負が決まった後にケガを防ぐためにつく手)」か「つき手(負けとなる手)」かで猛烈な物言いがつき、最終的に北の富士の「かばい手」となり、軍配差し違えで北の富士の勝利となる大激戦がありました(決まり手は浴びせ倒し)。のちに北の富士は「あの大相撲は本当は俺の負け。俺の手は「かばい手」ではなく「つき手」で、しかも貴ノ花は完全な「生き体」だった。当時は認めたくなかったが、今は認める。生涯に残る相撲だ」と振り返っています。

決まり手解説記事一覧

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。


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