大相撲力士名鑑!四股名が「て」で始まる力士たち

大相撲力士名鑑。過去から現在までの大相撲の力士たちをまとめています。こちらは四股名の始まりが「て」の力士たちです。

力士名鑑の目次ページもご用意しております。

相撲部屋や出身地ごとの場所の成績からランキングを作成しております。初場所、好調な相撲部屋や力士の出身地はどこ?

2文字目が「た行」の力士

鐵雄山 卓

青森県十和田市出身、阿武松部屋の元力士で最高位は幕下17枚目。専修大を経て阿武松部屋へと入門。平成27年9月場所の幕下では8人による幕下優勝決定戦に出場した。

  • 四股名 :鐵雄山 卓(てつゆうざん すぐる)
  • 最高位 :幕下17枚目
  • 出身地 :青森県十和田市
  • 本 名 :相坂 卓
  • 生年月日:昭和61年(1986)8月15日
  • 出身大学:専修大学
  • 所属部屋:阿武松部屋
  • 改名歴 :相坂⇒鐵雄山
  • 初土俵 :平成21年(2009)5月(22歳9ヵ月)
  • 最終場所:平成30年(2018)9月(32歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:201勝170敗14休/371出場(56場所)
  • 生涯勝率:54.2%
  • 優勝等 :幕下同点1回,序ノ口優勝1回

2文字目が「ら行」の力士

寺尾海 大士

寺尾海 大士(てらおうみ だいし)は広島県 呉市出身、錣山部屋の力士で最高位は三段目6枚目。令和3年7月場所の番付は西 三段目81枚目。

瀬戸内高校を卒業。自身のブログ「寺尾海大士の『東海道中膝来るぜ!!』3」も好評。

四股名
寺尾海 大士(てらおうみ だいし)
最高位
三段目6枚目
最新番付
西 三段目81枚目
出身地
広島県 呉市
本名
吉田 大輔
生年月日
昭和62年(1987)8月7日(33歳)
出身高校
瀬戸内高校
所属部屋
錣山部屋
改名歴
吉田山⇒寺尾海
初土俵
平成18年(2006)1月(18歳5ヵ月)
優勝
無し
通算成績
304勝326敗7休/630出場(勝率:48.3%)
直近7場所
25勝24敗
7場所勝率
51.0%
令3年7月
西 三段目81枚目(17枚半降下)
4勝3敗
○-●-●|--○-●|-○-○-
令3年5月
東 三段目64枚目(22枚半降下)
3勝4敗
-●●--|○●--●|-○○--
令3年3月
西 三段目41枚目(37枚上昇)
2勝5敗
-○-●●|-●--●|-●--○
令3年1月
西 三段目78枚目(10枚半降下)
5勝2敗
○--○-|○-○○-|●---●
令2年11月
東 三段目68枚目(18枚半上昇)
3勝4敗
○--●-|○-○-●|●--●-
令2年9月
西 三段目86枚目(20枚上昇)
4勝3敗
●-●-○|-●-○-|○-○--
令2年7月
西 序二段6枚目
4勝3敗
○--○-|●○--●|-●-○-

寺尾翔 勝一

寺尾翔 勝一(てらおしょう かついち)は宮城県 登米市出身、錣山部屋の力士で最高位は三段目25枚目。令和3年7月場所の番付は東 序二段18枚目。

「チーム鶴竜」として横綱をサポートする。入門前はサッカーをやっており、サッカー通の鶴竜関にはピッタリ。

四股名
寺尾翔 勝一(てらおしょう かついち)
最高位
三段目25枚目
最新番付
東 序二段18枚目
出身地
宮城県 登米市
本名
金澤 久夫
生年月日
平成1年(1989)4月25日(32歳)
所属部屋
錣山部屋
改名歴
金澤⇒寺尾翔
初土俵
平成17年(2005)3月(15歳11ヵ月)
優勝
無し
通算成績
316勝310敗46休/625出場(勝率:50.6%)
直近7場所
16勝17敗16休
7場所勝率
48.5%
令3年7月
東 序二段18枚目(22枚半上昇)
1勝6敗
-●-●●|--●○-|-●--●
令3年5月
西 序二段40枚目(44枚上昇)
4勝3敗
-●○--|○●--○|-●-○-
令3年3月
西 序二段84枚目(43枚半上昇)
5勝2敗
●--○-|○○--●|-○--○
令3年1月
東 序ノ口21枚目(半枚降下)
4勝3敗
○--○-|○●--○|-●-●-
令2年11月
西 序ノ口20枚目(13枚降下)
1勝0敗6休
ややややや|ややややや|やや○--
令2年9月
西 序ノ口7枚目(70枚半降下)
1勝3敗3休
-○-●●|-●-やや|ややややや
令2年7月
東 序二段49枚目
0勝0敗7休
ややややや|ややややや|ややややや

寺尾 常史

寺尾 常史(てらお つねふみ)鹿児島県姶良郡加治木町出身、井筒部屋の元力士で、最高位は関脇

昭和38年(1963)2月2日生まれ、本名は福薗 好文。

昭和54年(1979)7月場所に16歳4ヶ月で初土俵を踏み、平成14年(2002)9月場所を最後に引退(39歳7ヶ月)。通算140場所中、70場所を勝ち越した(勝ち越し率.500)。

通算成績は858勝937敗58休1792出場。生涯勝率.478。

主な成績は十両優勝2回(同点1)。殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星7個(大乃国3個、千代の富士1個、北勝海1個、貴乃花1個、武蔵丸1個)。

甘いマスクと回転の速い突っ張りで人気だった井筒三兄弟の三男。四股名は入門前に亡くなった母方の姓

年寄
20代・錣山 瑛一
四股名
寺尾 常史(てらお つねふみ)
最高位
関脇
年寄名跡
20代錣山 常史 → 20代錣山 矩幸20代錣山 瑛一
出身地
鹿児島県姶良郡加治木町
本名
福薗 好文
生年月日
昭和38年(1963)2月2日(58歳)
所属部屋
井筒部屋
改名歴
寺尾 常史 → 源氏山 力三郎 → 寺尾 節男 → 寺尾 常史
初土俵
昭和54年(1979)7月 前相撲(16歳4ヶ月)
新十両
昭和59年(1984)7月(所要30場所)
21歳4ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新入幕
昭和60年(1985)3月(所要34場所)
22歳1ヶ月(初土俵から5年8ヶ月)
新関脇
平成元年(1989)3月(所要58場所)
26歳1ヶ月(初土俵から9年8ヶ月)
最終場所
平成14年(2002)9月(39歳7ヶ月)
大相撲歴
140場所(23年2ヶ月)
通算成績
858勝937敗58休1792出場(勝率.478)
通算140場所
勝ち越し70場所(勝ち越し率.500)
優勝等
十両優勝2回(同点1)
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星7個
幕内戦歴
626勝753敗16休1378出場(勝率.454)
在位93場所(在位率.664)
勝ち越し42場所(勝ち越し率.452)
三役戦歴
90勝105敗0休195出場(勝率.462)
在位13場所(在位率.093)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.538)
関脇戦歴
49勝56敗0休105出場(勝率.467)
在位7場所(在位率.050)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.429)
小結戦歴
41勝49敗0休90出場(勝率.456)
在位6場所(在位率.043)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
前頭戦歴
536勝648敗16休1183出場(勝率.453)
在位80場所(在位率.571)
勝ち越し35場所(勝ち越し率.438)
十両戦歴
113勝100敗42休211出場(勝率.531)
在位17場所(在位率.121)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.529)
関取戦歴
739勝853敗58休1589出場(勝率.464)
在位110場所(在位率.786)
勝ち越し51場所(勝ち越し率.464)
幕下以下歴
119勝84敗0休203出場(勝率.586)
在位30場所(在位率.214)
勝ち越し19場所(勝ち越し率.633)

寺尾 綱剛

寺尾 綱剛(てらお つなよし)は広島県 広島市南区出身、錣山部屋の力士で最高位は幕下10枚目。令和2年11月場所の番付は引退。

「寺尾丸は丸でころころ転がるからやめた」と、師匠が自らの四股名「寺尾」を授けた。

四股名
寺尾 綱剛(てらお つなよし)
最高位
幕下10枚目
最新番付
引退
出身地
広島県 広島市南区
本名
高野 剛
生年月日
昭和61年(1986)9月29日(34歳)
所属部屋
錣山部屋
改名歴
高野⇒寺尾丸⇒寺尾
初土俵
平成17年(2005)1月(18歳4ヵ月)
優勝等
無し
通算成績
317勝260敗60休/574出場(勝率:55.2%)
直近7場所
7場所勝率
53.6%
令2年11月
引退
0勝0敗
令2年9月
引退
0勝0敗
令2年7月
東 幕下27枚目(33枚半上昇)
0勝0敗7休
ややややや|ややややや|ややややや
令2年3月
西 幕下60枚目(31枚半降下)
6勝1敗
-○○-○|-○-○-|●-○--
令2年1月
東 幕下29枚目(4枚半上昇)
1勝6敗
-●-●●|--●○-|-●--●
令元年11月
西 幕下33枚目(7枚半上昇)
4勝3敗
○--○●|-●-○-|-●○--
令元年9月
東 幕下41枚目
4勝3敗
-○-●○|-●-●-|○--○-

寺沢 樹

寺沢 樹(てらさわ いつき)は新潟県 佐渡市出身、高砂部屋の力士で最高位は幕下4枚目。令和3年7月場所の番付は西 幕下6枚目。

佐渡少年相撲教室出身。金沢市立工業高を経て東洋大に進学、全国学生相撲選手権大会団体優勝や全日本大学選抜相撲大会での個人優勝など実績をあげて高砂部屋へ入門。しかし大学相撲引退後に痛めた腰痛により思うように相撲がとれず椎間板ヘルニアの手術を受けることに。

これにより番付外に落ちたが平成31年初場所で再び前相撲、そして翌3月場所は全勝で序ノ口優勝を飾り新たなスタートラインに立った。

四股名
寺沢 樹(てらさわ いつき)
最高位
幕下4枚目
最新番付
西 幕下6枚目
出身地
新潟県 佐渡市
本名
寺沢 樹
生年月日
平成7年(1995)6月22日(26歳)
出身高校
金沢市立工業高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
高砂部屋
初土俵
平成30年(2018)3月(22歳9ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
65勝36敗11休/101出場(勝率:64.4%)
直近7場所
30勝19敗
7場所勝率
61.2%
令3年7月
西 幕下6枚目(7枚上昇)
6勝1敗
-○-●-|○-○-○|-○--○
令3年5月
西 幕下13枚目(5枚上昇)
5勝2敗
-○-○-|○-○●-|-●-○-
令3年3月
西 幕下18枚目(11枚半降下)
4勝3敗
-●-●-|○○-●-|-○○--
令3年1月
東 幕下7枚目(2枚半降下)
2勝5敗
-○○--|●-●-●|●-●--
令2年11月
西 幕下4枚目(37枚半上昇・最高位更新)
3勝4敗
-●○-●|-●-○-|○---●
令2年9月
東 幕下42枚目(4枚降下)
7勝0敗(幕下優勝)
-○○--|○-○○-|○-○--
令2年7月
東 幕下38枚目
3勝4敗
●--●○|--●-○|-●--○

光風 貞太郎

  • 四股名 :光風 貞太郎(てるかぜ さだたろう)
  • 最高位 :小結
  • 年寄名跡:9代待乳山
  • 出身地 :秋田県本荘市
  • 本 名 :小番 貞藏
  • 生年月日:明治27年(1894)10月1日
  • 没年月日:昭和16年(1941)11月24日(享年47歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :光風⇒輝風⇒光風
  • 初土俵 :大正3年(1914)1月(19歳3ヵ月)
  • 新十両 :大正8年(1919)1月(24歳3ヵ月)
  • 新入幕 :大正11年(1922)1月(27歳3ヵ月)
  • 新三役 :大正15年(1926)1月(31歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和2年(1927)3月(32歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:88勝61敗48休5分2預/156出場(27場所)
  • 生涯勝率:59.1%
  • 優勝等 :序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:38勝39敗47休4分(12場所)勝率:49.4%
  •   小結:3勝7敗1休(1場所)勝率:30.0%
  •   前頭:35勝32敗46休4分(11場所)勝率:52.2%
  • 十両戦歴:21勝14敗1預(6場所)勝率:60.0%

照國 万藏

「桜色の音楽」と形容さた巧みな前さばきとリズミカルな寄り身は天才的。優勝のないまま横綱に昇進、その後もなかなか賜杯に届かなかったが実に昇進7年目にして初優勝を遂げた。引退後は10代荒磯、そして6代伊勢ヶ濱として大関・清國らを育てあげた

  • 四股名 :照國 万藏(てるくに まんぞう)
  • 最高位 :第38代横綱
  • 年寄名跡:10代荒磯6代伊勢ヶ濱
  • 出身地 :秋田県雄勝郡
  • 本 名 :菅 萬藏⇒大野 萬藏
  • 生年月日:大正8年(1919)1月10日
  • 没年月日:昭和52年(1977)3月20日(享年58歳)
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
  • 初土俵 :昭和10年(1935)1月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和13年(1938)1月(19歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和14年(1939)5月(20歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和15年(1940)5月(21歳4ヵ月)
  • 新大関 :昭和17年(1942)1月(23歳0ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和18年(1943)1月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和28年(1953)1月(34歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:318勝112敗74休/422出場(41場所)
  • 生涯勝率:74.0%
  • 優勝等 :幕内優勝2回(次点5),十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:271勝91敗74休(32場所)勝率:74.9%
  •   横綱:187勝70敗74休(25場所)勝率:72.8%
  •   大関:25勝5敗(2場所)勝率:83.3%
  •   関脇:36勝9敗(3場所)勝率:80.0%
  •   前頭:23勝7敗(2場所)勝率:76.7%
  • 十両戦歴:17勝9敗(2場所)勝率:65.4%

照櫻 弘行

  • 四股名 :照櫻 弘行(てるざくら ひろゆき)
  • 最高位 :前頭7枚目
  • 年寄名跡:16代浦風
  • 出身地 :大阪府箕面市
  • 本 名 :尾崎 弘行
  • 生年月日:昭和22年(1947)12月5日
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :照桜⇒照櫻⇒尾崎⇒照櫻
  • 初土俵 :昭和39年(1964)5月(16歳5ヵ月)
  • 新十両 :昭和44年(1969)9月(21歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和45年(1970)7月(22歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和51年(1976)1月(28歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:371勝352敗7休/722出場(71場所)
  • 生涯勝率:51.3%
  • 優勝等 :序二段優勝1回
  • 幕内戦歴:34勝41敗(5場所)勝率:45.3%
  • 十両戦歴:177勝196敗2休(25場所)勝率:47.5%

照強 翔輝

照強 翔輝(てるつよし しょうき)は兵庫県 南あわじ市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和3年7月場所の番付は西 前頭10枚目。

産まれたのは阪神大震災の日、淡路島の洲本市で産声をあげた。南あわじ市相撲道場で相撲を始めて以来数々の大会に出場。亡くなった祖父にたびたび「力士になれ」と言われていたこともあり、中学卒業と共に伊勢ヶ濱部屋へと入門。第二新弟子検査に合格して初土俵を踏んだ。西幕下9枚目で迎えた平成28年11月場所で全勝優勝を飾り翌場所での新十両昇進を決めた。大量にまく塩は吊り天井に届きそうな勢いで観客からも大歓声が

四股名
照強 翔輝(てるつよし しょうき)
最高位
前頭3枚目
最新番付
西 前頭10枚目
出身地
兵庫県 南あわじ市
本名
福岡 翔輝
生年月日
平成7年(1995)1月17日(26歳)
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
初土俵
平成22年(2010)3月(15歳2ヵ月)
新十両
平成29年(2017)1月(22歳0ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(24歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
360勝310敗0休/670出場(勝率:53.7%)
直近7場所
48勝57敗
7場所勝率
45.7%
令3年7月
西 前頭10枚目(変動なし)
8勝7敗
○●●●●|○●○○○|○○○●●
令3年5月
西 前頭10枚目(2枚半上昇)
7勝8敗
○●●●●|●●○○○|○●○●○
令3年3月
東 前頭13枚目(半枚降下)
8勝7敗
●●○○○|●○○○●|●●●○○
令3年1月
西 前頭12枚目(4枚降下)
7勝8敗
●●○○●|●○●●○|○●●○○
令2年11月
西 前頭8枚目(5枚降下)
5勝10敗
●●○●○|●●●●●|○●●○○
令2年9月
西 前頭3枚目(3枚半上昇・最高位更新)
5勝10敗
○○●●●|●●●○●|●●○●○
令2年7月
東 前頭7枚目
8勝7敗
○○●●●|●○○○●|●○○○●

照ノ海 照光

  • 四股名 :照ノ海 照光(てるのうみ てるみつ)
  • 最高位 :十両筆頭
  • 出身地 :高知県南国市
  • 本 名 :北村 照光
  • 生年月日:大正11年(1922)1月18日
  • 所属部屋:二所ノ関部屋
  • 改名歴 :玉ノ森⇒照ノ海
  • 初土俵 :昭和11年(1936)1月(14歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和16年(1941)5月(19歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和22年(1947)11月(25歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:105勝98敗7休/203出場(23場所)
  • 生涯勝率:51.7%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:62勝69敗7休(11場所)勝率:47.3%

輝の里 一輝

輝の里 一輝(てるのさと かずき)は愛媛県 四国中央市出身、田子ノ浦部屋の力士で最高位は三段目23枚目。令和3年7月場所の番付は東 序二段58枚目。

前身である鳴戸部屋(平成25年12月、田子ノ浦部屋に改称)からの最古参で大ベテラン。40歳を過ぎても丸々としたお腹は健在。

四股名
輝の里 一輝(てるのさと かずき)
最高位
三段目23枚目
最新番付
東 序二段58枚目
出身地
愛媛県 四国中央市
本名
長野 一輝
生年月日
昭和53年(1978)1月27日(43歳)
所属部屋
旧・鳴戸⇒田子ノ浦部屋
改名歴
長野⇒輝の里
初土俵
平成5年(1993)3月(15歳2ヵ月)
優勝
無し
通算成績
550勝593敗33休/1139出場(勝率:48.3%)
直近7場所
21勝28敗
7場所勝率
42.9%
令3年7月
東 序二段58枚目(46枚上昇)
2勝5敗
●--●-|○-●-●|●-○--
令3年5月
東 序二段104枚目(1枚上昇)
5勝2敗
○--○-|○-○○-|●-●--
令3年3月
東 序二段105枚目(4枚半降下)
3勝4敗
-●-○-|●●-○-|●---○
令3年1月
西 序二段100枚目(29枚半降下)
3勝4敗
●--●-|○○--●|-●-○-
令2年11月
東 序二段71枚目(33枚半上昇)
2勝5敗
-●●-●|--●○-|-○-●-
令2年9月
西 序二段104枚目(14枚半降下)
4勝3敗
●--●-|○-○-○|●--○-
令2年7月
東 序二段90枚目
2勝5敗
●-●--|○-●-●|○--●-

照の花 謙二

  • 四股名 :照の花 謙二(てるのはな けんじ)
  • 最高位 :十両6枚目
  • 出身地 :和歌山県海草郡下津町
  • 本 名 :道脇 謙二
  • 生年月日:昭和16年(1941)10月26日
  • 所属部屋:荒磯⇒伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :道脇⇒照ノ花⇒照の花
  • 初土俵 :昭和31年(1956)9月(14歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和39年(1964)1月(22歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)5月(25歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:259勝247敗12休/506出場(61場所)
  • 生涯勝率:51.2%
  • 優勝等 :三段目同点1回
  • 十両戦歴:74勝91敗(11場所)勝率:44.8%

照ノ富士 春雄

照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお)はモンゴル ウランバートル市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は大関。令和3年7月場所の番付は最高位に並ぶ東 大関。

鳥取城北高校に相撲留学で来日し石浦外喜義監督に相撲を教わる。2代若乃花の間垣部屋に入門し若三勝の四股名で初土俵を踏んだ。

間垣部屋の閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと移籍すると一気に開花。移籍当初の幕下10枚目から小結を飛び越しての新関脇まではわずか12場所だった。ちなみに新十両昇進時に照ノ富士へと改名。

関脇2場所目で初優勝、場所後に大関昇進とこの頃には綱取りも間近と思われたが平成27年(2015)9月場所の稀勢の里戦で右膝前十字靭帯損傷と外側半月板損傷の大怪我を負ってから歯車が狂い始めた。

約1年半の低迷期を経た平成29年(2017)3月場所では大復活、優勝目前だったがまさかの本割と優勝決定戦で稀勢の里に2連敗して逃した。翌場所も優勝次点と好成績を収めはしたが膝はすでに限界を超えており、平成29年9月場所で負け越して大関陥落。さらに糖尿病の影響もあり満足な相撲も取れないまま遂には幕下へと陥落、さらに休場が続いて番付は序二段にまで下がった。

平成31年(2019)3月場所、5場所ぶりに西序二段48枚目で復帰して7戦全勝。惜しくも優勝決定戦は狼雅に敗れたが順調な再スタートとなった。その後も着実に番付を上げていき、西幕下10枚目で迎えた令和元年(2019)11月場所を全勝優勝で飾り令和2年初場所での関取復帰を決めた。さらにその十両復帰場所でも13日連続勝利で十両優勝、復活を大いにアピールすることとなった。

東十両3枚目だった令和2年(2020)3月場所でも10勝5敗の好成績をあげた照ノ富士は、翌5月場所で念願だった再入幕を果たす。大関、幕内、そして幕内最高優勝経験者による序二段陥落からの幕内復帰は、どれもが史上初となる快挙。

その幕内復帰の令和2年(2020)7月場所。千秋楽で関脇・御嶽海を破り、平成27年(2015)5月場所以来2度目となる幕内最高優勝の栄誉に輝いた。

四股名
照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお)
最高位
大関
最新番付
東 大関
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ガントルガ・ガンエルデネ
生年月日
平成3年(1991)11月29日(29歳)
出身高校
鳥取城北高校・中退
所属部屋
間垣⇒伊勢ヶ濱部屋
改名歴
若三勝⇒照ノ富士
初土俵
平成23年(2011)5月(19歳6ヵ月)
新十両
平成25年(2013)9月(21歳10ヵ月)
新入幕
平成26年(2014)3月(22歳4ヵ月)
新小結
令和2年(2020)11月(29歳0ヵ月)
新関脇
平成27年(2015)3月(23歳4ヵ月)
新大関
平成27年(2015)7月(23歳8ヵ月)
優勝
幕内優勝4回,十両優勝2回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞3回,技能賞3回
通算成績
409勝235敗80休/637出場(勝率:64.2%)
直近7場所
83勝20敗2休
7場所勝率
81.4%
令3年7月
東 大関(1枚半上昇)
14勝1敗
○○○○○|○○○○○|○○○○●
令3年5月
西 大関2(半枚上昇)
12勝3敗(幕内優勝)
○○○○○|○○○○○|●○○●●
令3年3月
東 関脇(変動なし)
12勝3敗(幕内優勝・殊勲賞)
○○○○●|○○●○●|○○○○○
令3年1月
東 関脇(1枚上昇)
11勝4敗(技能賞)
○●○●○|●○○○●|○○○○○
令2年11月
東 小結(1枚上昇)
13勝2敗(優勝同点・技能賞)
○○○○○|○○●●○|○○○○○
令2年9月
東 前頭筆頭(16枚上昇)
8勝5敗2休
●●○○○|○○○○●|○●■やや
令2年7月
東 前頭17枚目
13勝2敗(幕内優勝/殊勲賞/技能賞)
○○○○●|○○○○○|○○○●○

輝昇 勝彦

美男子と攻めまくる相撲ぶりで人気があった、敢闘賞制定場所では受賞第一号となる

  • 四股名 :輝昇 勝彦(てるのぼり かつひこ)
  • 最高位 :関脇
  • 出身地 :北海道留萌市
  • 本 名 :小林 良彦
  • 生年月日:大正11年(1922)1月26日
  • 没年月日:昭和42年(1967)2月20日(享年45歳)
  • 所属部屋:高島部屋
  • 初土俵 :昭和12年(1937)5月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和16年(1941)1月(19歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和17年(1942)1月(20歳0ヵ月)
  • 新三役 :昭和18年(1943)5月(21歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和31年(1956)3月(34歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:289勝270敗50休/556出場(49場所)
  • 生涯勝率:51.7%
  • 優勝等 :十両優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
  • 成 績 :敢闘賞2回,金星1個
  • 幕内戦歴:222勝226敗33休(35場所)勝率:49.6%
  •   関脇:6勝13敗7休(2場所)勝率:31.6%
  •   小結:23勝20敗10休(5場所)勝率:53.5%
  •   前頭:193勝193敗16休(28場所)勝率:50.0%
  • 十両戦歴:38勝35敗17休(7場所)勝率:52.1%

照道 了

照道 了(てるみち りょう)は愛知県 豊川市出身、伊勢ヶ濱部屋の元力士で最高位は序二段2枚目。令和2年7月場所を最後に引退。

相撲経験はなかったが伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)に誘われたことで角界入りを決意した。チーカマが好物。

  • 四股名 :照道 了(てるみち りょう)
  • 最高位 :序二段2枚目
  • 出身地 :愛知県豊川市
  • 本 名 :藤田 了
  • 生年月日:平成9年(1997)4月9日(23歳)
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
  • 初土俵 :平成25年(2013)3月(15歳11ヵ月)
  • 最終場所:令和2年(2020)7月(23歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:122勝162敗17休/282出場(44場所)
  • 生涯勝率:43.0%
  • 優勝等 :なし

照美山 英實

  • 四股名 :照美山 英實(てるみやま ひでみ)
  • 最高位 :十両10枚目
  • 出身地 :兵庫県神戸市
  • 本 名 :榮枝 英實
  • 生年月日:昭和5年(1930)7月30日
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱⇒荒磯部屋
  • 改名歴 :榮枝⇒照美山
  • 初土俵 :昭和23年(1948)5月(17歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和27年(1952)1月(21歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和33年(1958)5月(27歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:190勝231敗1休/421出場(38場所)
  • 生涯勝率:45.1%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 十両戦歴:61勝74敗(9場所)勝率:45.2%

2文字目が「わ行」の力士

天一 俊哉

天一 俊哉(てんいち としや)は新潟県 南魚沼市出身、山響部屋の力士で最高位は幕下10枚目。令和3年7月場所の番付は西 序二段27枚目。

平成25年9月に35歳10ヶ月であげた三段目優勝は戦後最年長での各段優勝記録。

四股名
天一 俊哉(てんいち としや)
最高位
幕下10枚目
最新番付
西 序二段27枚目
出身地
新潟県 南魚沼市
本名
渡辺 俊哉
生年月日
昭和52年(1977)11月22日(43歳)
所属部屋
北の湖⇒山響部屋
改名歴
渡辺山⇒天一⇒天壱⇒天一
初土俵
平成5年(1993)3月(15歳4ヵ月)
優勝
三段目優勝2回
通算成績
579勝590敗7休/1168出場(勝率:49.6%)
直近7場所
22勝20敗7休
7場所勝率
52.4%
令3年7月
西 序二段27枚目(32枚上昇)
4勝3敗
○-○--|○●-●-|-○●--
令3年5月
西 序二段59枚目(変動なし)
5勝2敗
-○●--|○-○-○|-●--○
令3年3月
西 序二段59枚目(29枚降下)
0勝0敗7休
休場
令3年1月
西 序二段30枚目(42枚上昇)
2勝5敗
●--●○|--●-○|●---●
令2年11月
西 序二段72枚目(34枚半降下)
5勝2敗
-●○-●|-○--○|-○○--
令2年9月
東 序二段38枚目(31枚上昇)
2勝5敗
-○-●●|-○--●|●---●
令2年7月
東 序二段69枚目
4勝3敗
○--○-|●-●-○|-●-○-

天惠 清

天惠 清(てんえい きよし)は大阪府 東大阪市出身、高田川部屋の力士で最高位は三段目57枚目。令和3年7月場所の番付は東 三段目92枚目。

部屋の行司である式守伊之助に誘われて高田川部屋と入門。

四股名
天惠 清(てんえい きよし)
最高位
三段目57枚目
最新番付
東 三段目92枚目
出身地
大阪府 東大阪市
本名
面 清
生年月日
平成11年(1999)10月11日(21歳)
所属部屋
高田川部屋
初土俵
平成29年(2017)11月(18歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
74勝73敗0休/147出場(勝率:50.3%)
直近7場所
25勝24敗
7場所勝率
51.0%
令3年7月
東 三段目92枚目(35枚降下)
5勝2敗
-○○-●|-○-○-|-○●--
令3年5月
東 三段目57枚目(63枚上昇・最高位更新)
1勝6敗
●-●-●|-●-○-|-●--●
令3年3月
西 序二段19枚目(15枚半降下)
6勝1敗
-○○-●|-○--○|○-○--
令3年1月
東 序二段4枚目(16枚半降下)
3勝4敗
-○-●-|●●-○-|-○-●-
令2年11月
西 三段目87枚目(19枚上昇・最高位更新)
3勝4敗
-●●-○|--●-○|●---○
令2年9月
西 序二段6枚目(6枚半降下)
4勝3敗
-○●--|●○--○|○-●--
令2年7月
東 三段目100枚目
3勝4敗
-●○-●|--○-●|-○●--

天鎧鵬 貴由輝

天鎧鵬 貴由輝(てんかいほう たかゆき)熊本県玉名市出身、尾上部屋の元力士で、最高位は前頭8枚目

昭和59年(1984)10月14日生まれ、本名は南 貴由輝。

平成19年(2007)1月場所に22歳2ヶ月で初土俵を踏み、平成31年(2019)3月場所を最後に引退(34歳5ヶ月)。通算73場所中、40場所を勝ち越した(勝ち越し率.548)。

通算成績は367勝365敗4休731出場。生涯勝率.501。

主な成績は幕下同点1回,三段目優勝1回

熊本の同郷であり文徳高と日本大学の先輩でもある尾上親方のもとに入門。平成23年5月の技量審査場所では東幕下6枚目で4勝3敗だったが大相撲八百長問題で多数の引退者が出たこともあり翌7月場所での新十両昇進を決めた。

昇進とともに改めた四股名は、出身地である玉名市天水町の「天」と「鎧」のように力強くという想い、そして「鵬」の字を用いて父親が付けてくれた。

十両昇進後は巨体を活かした寄りを武器に堅実に勝ち越しを積み上げて所要3場所で新入幕を遂げる。平成31年3月場所を最後に引退。琴奨菊から年寄株を借りて13代秀ノ山を襲名。その後、令和2年2月1日付で23代音羽山を襲名。

年寄
23代音羽山 貴由輝(尾上部屋)
四股名
天鎧鵬 貴由輝(てんかいほう たかゆき)
最高位
前頭8枚目
年寄名跡
13代秀ノ山 貴由輝 → 23代音羽山 貴由輝
出身地
熊本県玉名市
本名
南 貴由輝
生年月日
昭和59年(1984)10月14日(36歳)
出身大学
日本大学
所属部屋
尾上部屋
改名歴
南 貴由輝 → 天鎧鵬 貴由輝
初土俵
平成19年(2007)1月 前相撲(22歳2ヶ月)
新十両
平成23年(2011)7月(所要26場所)
26歳8ヶ月(初土俵から4年6ヶ月)
新入幕
平成24年(2012)1月(所要29場所)
27歳2ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
最終場所
平成31年(2019)3月(34歳5ヶ月)
大相撲歴
73場所(12年2ヶ月)
通算成績
367勝365敗4休731出場(勝率.501)
通算73場所
勝ち越し40場所(勝ち越し率.548)
優勝等
幕下同点1回,三段目優勝1回
前頭戦歴
38勝63敗4休100出場(勝率.376)
在位7場所(在位率.096)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.286)
十両戦歴
160勝170敗0休330出場(勝率.485)
在位22場所(在位率.301)
勝ち越し11場所(勝ち越し率.500)
関取戦歴
198勝233敗4休430出場(勝率.459)
在位29場所(在位率.397)
勝ち越し13場所(勝ち越し率.448)
幕下以下歴
169勝132敗0休301出場(勝率.561)
在位44場所(在位率.603)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.614)

天剛山 隆清

  • 四股名 :天剛山 隆清(てんごうざん たかきよ)
  • 最高位 :十両5枚目
  • 出身地 :新潟県新潟市
  • 本 名 :佐藤 高志
  • 生年月日:昭和28年(1953)10月2日
  • 所属部屋:木瀬部屋
  • 初土俵 :昭和45年(1970)11月(17歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和56年(1981)11月(28歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和60年(1985)5月(31歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:350勝351敗4休/701出場(88場所)
  • 生涯勝率:49.9%
  • 優勝等 :なし
  • 十両戦歴:85勝95敗(12場所)勝率:47.2%

天山 久晴

  • 四股名 :天山 久晴(てんざん ひさはる)
  • 最高位 :十両5枚目
  • 出身地 :島根県邇摩郡温泉津町
  • 本 名 :嘉地 久治
  • 生年月日:昭和6年(1931)5月15日
  • 所属部屋:中村⇒二所ノ関部屋
  • 改名歴 :甲潟⇒天山
  • 初土俵 :昭和31年(1956)3月(24歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和35年(1960)11月(29歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和37年(1962)9月(31歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:197勝146敗14休/343出場(37場所)
  • 生涯勝率:57.4%
  • 優勝等 :序二段優勝1回
  • 十両戦歴:80勝85敗(11場所)勝率:48.5%

天王山 開

天王山 開(てんのうざん かい)は大阪府 交野市出身、阿武松部屋の力士で最高位は幕下23枚目。令和3年7月場所の番付は西 幕下31枚目。

大阪の「名門」古市道場出身。柳学園高相撲部では主将を務める。同部屋の天津は、道場と高校での先輩にあたる。

四股名
天王山 開(てんのうざん かい)
最高位
幕下23枚目
最新番付
西 幕下31枚目
出身地
大阪府 交野市
本名
篠原 開
生年月日
平成5年(1993)8月21日(27歳)
出身高校
柳学園高校
所属部屋
阿武松部屋
改名歴
篠原⇒天王山
初土俵
平成24年(2012)1月(18歳5ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
204勝168敗20休/371出場(勝率:55%)
直近7場所
28勝21敗
7場所勝率
57.1%
令3年7月
西 幕下31枚目(8枚降下)
4勝3敗
○-○--|○-●-○|●---●
令3年5月
西 幕下23枚目(15枚半上昇・最高位更新)
3勝4敗
-●○-○|--○-●|-●-●-
令3年3月
東 幕下39枚目(8枚半降下)
5勝2敗
-○-○-|○-○●-|●---○
令3年1月
西 幕下30枚目(17枚上昇)
3勝4敗
-●-●-|○●-○-|●---○
令2年11月
西 幕下47枚目(8枚半降下)
5勝2敗
●--○-|○●--○|○---○
令2年9月
東 幕下39枚目(25枚上昇)
3勝4敗
●--○○|-●-●-|-●--○
令2年7月
東 三段目4枚目
5勝2敗
-○-○○|-●--○|○---●

天竜 三郎

静岡県浜松市出身、出羽海部屋の元力士で最高位は関脇。相撲史に残る「春秋園事件」の中心人物。長身の美男子で吊りを得意とし人気があった。また知識人でもあった天竜は、角界の風雲児として大井町の「春秋園」に立て籠り相撲協会に対して改革を要求。これが物別れに終わると協会脱退を宣言、のちに関西角力協会を興して運営に尽力したが昭和12年暮れには解散となった。戦後は民放ラジオの相撲解説者としてその辛口な語り口が人気を博した。

  • 四股名 :天竜 三郎(てんりゅう さぶろう)
  • 最高位 :関脇
  • 出身地 :静岡県浜松市
  • 本 名 :和久田 三郎
  • 生年月日:明治36年(1903)11月1日
  • 没年月日:平成元年(1989)8月20日(享年85歳)
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :三方ヶ原⇒天竜
  • 初土俵 :大正9年(1920)1月(16歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和2年(1927)5月(23歳6ヵ月)
  • 新入幕 :昭和3年(1928)5月(24歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和5年(1930)5月(26歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和7年(1932)1月(28歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:171勝85敗18休6分/262出場(34場所)
  • 生涯勝率:66.8%
  • 優勝等 :幕内次点2回,十両優勝1回,三段目優勝1回
  • 幕内戦歴:98勝44敗11休1分(14場所)勝率:69.0%
  •   関脇:44勝21敗1分(6場所)勝率:67.7%
  •   前頭:54勝23敗11休(8場所)勝率:70.1%
  • 十両戦歴:26勝13敗(4場所)勝率:66.7%

天龍 源一郎

天龍 源一郎(てんりゅう げんいちろう)福井県勝山市出身、二所ノ関部屋の元力士で、最高位は前頭筆頭

昭和25年(1950)2月2日生まれ、本名は嶋田 源一郎。

昭和39年(1964)1月場所に13歳11ヶ月で初土俵を踏み、昭和51年(1976)9月場所を最後に引退(26歳7ヶ月)。通算77場所中、42場所を勝ち越した(勝ち越し率.545)。

通算成績は393勝355敗0休636出場。生涯勝率.525

主な成績は十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回(同点1)。

新十両昇進を機に四股名を天龍にあらためた。この四股名は師匠である8代・二所ノ関(元大関・佐賀ノ花)が付けてくれたもので、細くてすらっとしていた体型と反骨心のある気質がどこか元関脇・天竜を思わせると思っていた師匠が、関取になったら付けようと温めてくれていたもの。

昭和48年(1973)1月場所には新入幕も果たし「大鵬二世」と期待されていた天龍だったが、昭和50年(1975)3月に師匠が亡くなると歯車が狂いはじめた。

二所ノ関後継の座を巡り関脇・金剛、一代年寄・大鵬(元横綱)、そして17代・押尾川(元大関・大麒麟)の3者の争いが勃発。8代未亡人の意向もあり、金剛が現役を引退して二所ノ関を襲名することで一旦は収束しかけた。しかしこれを不服とした押尾川は天龍ら部屋の力士を引き連れて8代二所ノ関の墓所である瑞輪寺に立てこもり分家独立を要求。

この要求を一切認めない8代未亡人側との対立は平行線を辿り、最後は二所ノ関一門の実力者である11代・花籠(元幕内・大ノ海)が調停に入り、ようやく押尾川の分家独立と一部の力士の移籍が認められた。

しかし天龍の移籍は認められずに二所ノ関部屋残留となってしまった。これには天龍もすっかり意気消沈。さらに「裏切り者」扱いで部屋の力士には稽古相手をしてもらえないなど様々な嫌がらせを受け、これに嫌気がさした天龍は廃業を決意。8勝7敗で勝ち越した昭和51年(1976)9月場所を最後に角界を去り、プロレスへと舞台を移した。

四股名
天龍 源一郎(てんりゅう げんいちろう)
最高位
前頭筆頭
出身地
福井県勝山市
本名
嶋田 源一郎
生年月日
昭和25年(1950)2月2日
所属部屋
二所ノ関部屋
改名歴
島田 源一郎 → 嶋田 源一郎 → 島田 源一郎 → 天龍 源一郎
初土俵
昭和39年(1964)1月 前相撲(13歳11ヶ月)
新十両
昭和46年(1971)9月(所要46場所)
21歳7ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
新入幕
昭和48年(1973)1月(所要54場所)
22歳11ヶ月(初土俵から9年0ヶ月)
最終場所
昭和51年(1976)9月(26歳7ヶ月)
大相撲歴
77場所(12年8ヶ月)
通算成績
393勝355敗0休636出場(勝率.525)
通算77場所
勝ち越し42場所(勝ち越し率.545)
優勝等
十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回(同点1)
前頭戦歴
108勝132敗0休240出場(勝率.450)
在位16場所(在位率.208)
勝ち越し7場所(勝ち越し率.438)
十両戦歴
94勝71敗0休165出場(勝率.570)
在位11場所(在位率.143)
勝ち越し8場所(勝ち越し率.727)
関取戦歴
202勝203敗0休405出場(勝率.499)
在位27場所(在位率.351)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.556)
幕下以下歴
191勝152敗0休231出場(勝率.557)
在位50場所(在位率.649)
勝ち越し27場所(勝ち越し率.540)

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

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