『「き」で始まる力士』カテゴリー記事

大相撲力士名鑑!四股名が「き」で始まる力士たち

大相撲力士名鑑。過去から現在までの大相撲の力士たちをまとめています。こちらは四股名の始まりが「き」の力士たちです。

力士名鑑の目次ページもご用意しております。

この記事の目次

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2文字目が「あ行」の力士

起雲山 世志介

  • 四股名 :起雲山 世志介(きうんざん よしすけ)
  • 最高位 :前頭19枚目
  • 出身地 :新潟県長岡市
  • 本 名 :小川 美輔
  • 生年月日:昭和7年(1932)1月2日
  • 没年月日:昭和52年(1977)6月8日(享年45歳)
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 初土俵 :昭和26年(1951)5月(19歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和30年(1955)1月(23歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和31年(1956)3月(24歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和32年(1957)9月(25歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:157勝114敗/271出場(25場所)
  • 生涯勝率:57.9%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:27勝33敗(4場所)勝率:45.0%
  • 十両戦歴:61勝44敗(8場所)勝率:58.1%
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2文字目が「さ行」の力士

木崎海 伸之助

沖縄県うるま市出身、木瀬部屋。うるま市の智心館に小1から通い始めて小5でわんぱく相撲全国大会に出場。鳥取市立西中学へと相撲留学、さらに鳥取城北高校へと進学した。高校3年次に高校総体優勝、これにより高校横綱に。日本大学進学後も数々の大会で活躍し三段目付け出し資格を獲得。兄とおなじ木瀬部屋への入門を決めた。令和元年7月場所にて新十両昇進。史上21組目の兄弟関取誕生となった

  • 四股名 :木崎海 伸之助(きざきうみ しんのすけ)
  • 最高位 :十両3枚目
  • 出身地 :沖縄県うるま市
  • 本 名 :木崎 伸之助
  • 生年月日:平成7年(1995)5月5日(25歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:木瀬部屋
  • 初土俵 :平成30年(2018)3月・三段目100付出(22歳10ヵ月)
  • 新十両 :令和元年(2019)7月(24歳2ヵ月)

禧集院 昭広

鹿児島県日置市出身、木瀬部屋。明瀬山と希善龍は日本大学の同期。四股名の「禧」の字は高校時代の恩師である禧久昭広さんから頂いたもの。

  • 四股名 :禧集院 昭広(きじゅういん あきひろ)
  • 出身地 :鹿児島県日置市
  • 本 名 :山下 博嗣
  • 生年月日:昭和60年(1985)9月25日(34歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:木瀬⇒北の湖⇒木瀬部屋
  • 改名歴 :山下⇒禧勢ノ山⇒禧勢岳⇒禧集院
  • 初土俵 :平成20年(2008)1月(22歳4ヵ月)
  • 優勝等 :三段目優勝1回

木瀬ノ海 真宏

千葉県流山市出身、木瀬部屋。流山小学5年の頃から我孫子二階堂高校2年まで流山柔道会に通い柔道を続けた。得意技は払い腰と小外刈り。相撲経験は無かったが、角界入りを決意。稽古相手が豊富な木瀬部屋を選んだ。

  • 四股名 :木瀬ノ海 真宏(きせのうみ まひろ)
  • 出身地 :千葉県流山市
  • 本 名 :塩谷 真宏
  • 生年月日:平成13年(2001)4月12日(19歳)
  • 所属部屋:木瀬部屋
  • 改名歴 :塩谷⇒木瀬ノ海
  • 初土俵 :平成31年(2019)3月(17歳11ヵ月)

稀勢の里 寛

十両昇進に新入幕、ともに貴花田に次ぐ戦後2位の年少記録。四股名は「稀な勢いで駆け上がる」との想いで先代の師匠が名付けてくれた。しかし入幕から7年目での大関昇進を目前にして先代の師匠が急逝。また大関で5年も足踏みするなど、その名の通りにはいかなかったが平成29年1月場所でようやく悲願の初優勝をあげ横綱へと昇進。翌場所は怪我をおして奇跡の大逆転で連覇を果たした。しかしその代償はあまりにも大きく、平成31年1月場所で引退となった

  • 16代・荒磯 寛
  • 四股名 :稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)
  • 最高位 :第72代横綱
  • 年寄名跡:16代荒磯
  • 出身地 :茨城県牛久市
  • 本 名 :萩原 寛
  • 生年月日:昭和61年(1986)7月3日(34歳)
  • 所属部屋:鳴戸⇒田子ノ浦部屋
  • 改名歴 :萩原⇒稀勢の里
  • 初土俵 :平成14年(2002)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成16年(2004)5月(17歳10ヵ月)
  • 新入幕 :平成16年(2004)11月(18歳4ヵ月)
  • 新三役 :平成18年(2006)7月(20歳0ヵ月)
  • 新大関 :平成24年(2012)1月(25歳6ヵ月)
  • 横綱昇進:平成29年(2017)3月(30歳8ヵ月)
  • 最終場所:平成31年(2019)1月(32歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:800勝496敗97休/1289出場(101場所)
  • 生涯勝率:61.7%
  • 優勝等 :幕内優勝2回(次点12),幕下優勝1回,三段目同点1回
  • 成 績 :殊勲賞5回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星3個
  • 幕内戦歴:714勝453敗97休(85場所)勝率:61.2%
  •   横綱:36勝36敗97休(12場所)勝率:50.0%
  •   大関:332勝133敗(31場所)勝率:71.4%
  •   関脇:86勝64敗(10場所)勝率:57.3%
  •   小結:91勝89敗(12場所)勝率:50.6%
  •   前頭:169勝131敗(20場所)勝率:56.3%
  • 十両戦歴:26勝19敗(3場所)勝率:57.8%

希善龍 貴司

香川県善通寺市出身、木瀬部屋。幕下と十両を行き来して9度の十両昇進は史上単独1位。十両定着を目指す。

  • 四股名 :希善龍 貴司(きぜんりゅう たかし)
  • 最高位 :十両11枚目
  • 出身地 :香川県善通寺市
  • 本 名 :亀井 貴司
  • 生年月日:昭和60年(1985)4月30日(35歳)
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:木瀬⇒北の湖⇒木瀬部屋
  • 改名歴 :亀井⇒希善龍
  • 初土俵 :平成20年(2008)3月(22歳11ヵ月)
  • 新十両 :平成25年(2013)5月(28歳1ヵ月)
  • 優勝等 :幕下優勝1回,序二段優勝1回
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2文字目が「た行」の力士

北勝鬨 準人

平成10年(1998)7月場所での幕内陥落により66年間続いた北海道出身幕内力士在籍が途絶えた。同郷である先代の停年に伴い、伊勢ノ海の名跡とともに部屋を継承

  • 12代・伊勢ノ海 準人
  • 四股名 :北勝鬨 準人(きたかちどき はやと)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 年寄名跡:11代勝ノ浦⇒12代伊勢ノ海
  • 出身地 :北海道帯広市
  • 本 名 :久我 準人
  • 生年月日:昭和41年(1966)1月1日(54歳)
  • 所属部屋:伊勢ノ海部屋
  • 改名歴 :久我⇒北勝鬨
  • 初土俵 :昭和56年(1981)5月(15歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和62年(1987)1月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)1月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成12年(2000)9月(34歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:708勝731敗29休/1438出場(117場所)
  • 生涯勝率:49.2%
  • 優勝等 :幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:331勝389敗15休(49場所)勝率:46.0%
  • 十両戦歴:244勝251敗(33場所)勝率:49.3%

北桜 英敏

広島県広島市安佐北区出身、北の湖部屋の元力士で最高位は前頭9枚目。北の湖部屋2人目の幕内力士誕生は初土俵から約15年の遅咲き。大量の塩まきで「ソルトシェーカー」の異名を水戸泉から継いだ。時間前にも積極的に立っていくその熱い戦いぶりと、サービス精神旺盛なその姿勢で人気者だった。引退後は北の湖部屋の部屋付親方を経て式秀部屋を継承。

  • 9代・式守 秀五郎
  • 四股名 :北桜 英敏(きたざくら ひでとし)
  • 最高位 :前頭9枚目
  • 年寄名跡:26代小野川⇒9代式秀
  • 出身地 :広島県広島市安佐北区
  • 本 名 :向 英俊
  • 生年月日:昭和46年(1971)12月15日(48歳)
  • 所属部屋:北の湖部屋
  • 改名歴 :向⇒北桜⇒向⇒北桜
  • 初土俵 :昭和62年(1987)3月(15歳3ヵ月)
  • 新十両 :平成10年(1998)7月(26歳7ヵ月)
  • 新入幕 :平成13年(2001)7月(29歳7ヵ月)
  • 最終場所:平成22年(2010)3月(38歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:713勝711敗15休/1424出場(138場所)
  • 生涯勝率:50.1%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:70勝110敗(12場所)勝率:38.9%
  • 十両戦歴:350勝355敗15休(48場所)勝率:49.6%

北島 和樹

三重県志摩市出身、朝日山部屋。磯部中学時代はバスケットボール。伊勢工業高校ではレスリングで高1のとき県選手権グレコローマン120kg級で3位に。入門のきっかけは、朝日山親方(元関脇・琴錦)が新弟子を探していることを知ったレスリングの吉田沙保里さんが、地元の恩師であり、伊勢工高レスリング部監督の奥野さんに連絡したこと。

  • 四股名 :北島 和樹(きたじま かずき)
  • 出身地 :三重県志摩市
  • 本 名 :北島 和樹
  • 生年月日:平成12年(2000)9月13日(19歳)
  • 所属部屋:朝日山部屋
  • 初土俵 :平成31年(2019)3月(18歳6ヵ月)

北瀬海 弘光

北海道瀬棚郡北桧山町(現・久遠郡せたな町新成)出身、九重部屋の元力士で最高位は関脇。旭國、鷲羽山と共に「小兵トリオ」と呼ばれた。

出羽海部屋の部屋付親方だった11代九重(元横綱・千代の山)に勧誘されて出羽海部屋に入門、昭和39年(1964)7月場所で初土俵を踏んだ。のちに九重の独立に従って九重部屋へと移籍する。

稽古熱心で知られており、特に高砂部屋の富士櫻との猛稽古が有名であった北瀬海は、昭和44年(1969)9月場所で新十両へと昇進。その後、小兵故に苦労した時期もあったが昭和46年(1971)11月場所での十両優勝で弾みがつき、翌年3月場所には新入幕となった。

新入幕の昭和47年(1972)3月場所は9日目まで8勝1敗と絶好調。幕尻ながら三役との対戦も組まれたが、見事に関脇・三重ノ海(のち横綱)を倒している。昭和51年(1976)3月場所では横綱・輪島を破って金星と殊勲賞を受賞。同じく小兵の小結・鷲羽山が敢闘賞、関脇・旭國が優勝同点と技能賞受賞という活躍ぶりで小兵力士たちへの注目が高まった。翌場所、新小結に昇進、さらに7月場所には関脇昇進と北瀬海は全盛期を迎えていた。

昭和54年(1979)5月場所を最後に現役を引退。大銀杏を結えるのか?と、髪の薄さが話題になったこともあった北瀬海だが、これは鋭い立ち合いでのぶちかましを武器にしていたため髪が擦れてしまったことが原因であり、小兵力士の稽古量を物語るものでもあった。

  • 四股名 :北瀬海 弘光(きたせうみ ひろみつ)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:10代君ヶ濱
  • 出身地 :北海道瀬棚郡北桧山町(現・久遠郡せたな町新成)
  • 本 名 :土谷 孝
  • 生年月日:昭和23年(1948)7月2日
  • 所属部屋:出羽海⇒九重部屋
  • 改名歴 :土谷⇒若狭山⇒北瀬海
  • 初土俵 :昭和39年(1964)7月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和44年(1969)9月(21歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和47年(1972)3月(23歳8ヵ月)
  • 新三役 :昭和51年(1976)5月(27歳10ヵ月)
  • 最終場所:昭和54年(1979)5月(30歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:536勝526敗6休/1060出場(90場所)
  • 生涯勝率:50.5%
  • 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,技能賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:266勝310敗6休(39場所)勝率:46.2%
  •   関脇:6勝18敗6休(2場所)勝率:25.0%
  •   小結:10勝5敗(1場所)勝率:66.7%
  •   前頭:250勝287敗(36場所)勝率:46.6%
  • 十両戦歴:135勝120敗(17場所)勝率:52.9%

北太樹 明義

東京都町田市出身、北の湖~山響部屋の元力士で最高位は前頭2枚目。四股名は父親によって「地に根を張り、上に向かって大きく育つように」との想いで命名。北の湖親方急逝の平成27年九州場所・千秋楽では白星を師匠へと手向けた。

  • 29代・小野川 明義(山響部屋)
  • 四股名 :北太樹 明義(きたたいき あけよし)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:29代小野川
  • 出身地 :東京都町田市
  • 本 名 :讃岐 明義
  • 生年月日:昭和57年(1982)10月5日(37歳)
  • 所属部屋:北の湖⇒山響部屋
  • 改名歴 :讃岐⇒北大樹⇒北太樹
  • 初土俵 :平成10年(1998)3月(15歳5ヵ月)
  • 新十両 :平成19年(2007)7月(24歳9ヵ月)
  • 新入幕 :平成20年(2008)9月(25歳11ヵ月)
  • 最終場所:平成30年(2018)1月(35歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:649勝648敗2休/1297出場(118場所)
  • 生涯勝率:50.0%
  • 優勝等 :十両優勝2回
  • 幕内戦歴:255勝315敗(38場所)勝率:44.7%
  • 十両戦歴:174勝156敗(22場所)勝率:52.7%

北大地 豊

小学校低学年から相撲を始めて都道府県大会にも出場経験あり。ラップバトルの鑑賞が趣味

  • 四股名 :北大地 豊(きただいち ゆたか)
  • 出身地 :北海道夕張市
  • 本 名 :佐々木 大地
  • 生年月日:平成10年(1998)7月8日(22歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 初土俵 :平成26年(2014)3月(15歳8ヵ月)

北の湖 敏満

北海道有珠郡壮瞥町出身、三保ヶ関部屋の元力士で最高位は横綱。「怪童」と呼ばれ史上最年少での横綱昇進を果たす。「憎らしいほど強い」と評された。引退後は一代年寄を贈られて自身の部屋を創設、理事長としても手腕を発揮した。平成27年の九州場所中である11月20日に急逝、享年62歳。

  • 四股名 :北の湖 敏満(きたのうみ としみつ)
  • 最高位 :第55代横綱
  • 年寄名跡:北の湖
  • 出身地 :北海道有珠郡壮瞥町
  • 本 名 :小畑 敏満
  • 生年月日:昭和28年(1953)5月16日
  • 没年月日:平成27年(2015)11月20日(享年62歳)
  • 所属部屋:三保ヶ関部屋
  • 初土俵 :昭和42年(1967)1月(13歳8ヵ月)
  • 新十両 :昭和46年(1971)5月(18歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和47年(1972)1月(18歳8ヵ月)
  • 新三役 :昭和48年(1973)1月(19歳8ヵ月)
  • 新大関 :昭和49年(1974)3月(20歳10ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和49年(1974)9月(21歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和60年(1985)1月(31歳8ヵ月)
  • 生涯戦歴:951勝350敗107休/1293出場(109場所)
  • 生涯勝率:73.1%
  • 優勝等 :幕内優勝24回(同点5・次点11),序二段同点1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,金星1個
  • 幕内戦歴:804勝247敗107休(78場所)勝率:76.5%
  •   横綱:670勝156敗107休(63場所)勝率:81.1%
  •   大関:36勝9敗(3場所)勝率:80.0%
  •   関脇:24勝6敗(2場所)勝率:80.0%
  •   小結:12勝18敗(2場所)勝率:40.0%
  •   前頭:62勝58敗(8場所)勝率:51.7%
  • 十両戦歴:43勝32敗(5場所)勝率:57.3%

北ノ國 仁

  • 四股名 :北ノ國 仁(きたのくに ひとし)
  • 最高位 :前頭10枚目
  • 出身地 :北海道札幌市
  • 本 名 :斎藤 仁
  • 生年月日:昭和13年(1938)1月15日
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :斎藤⇒立ノ花⇒立乃花⇒大國⇒北ノ國
  • 初土俵 :昭和31年(1956)1月(18歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和37年(1962)5月(24歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和39年(1964)5月(26歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和43年(1968)3月(30歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:401勝360敗24休/761出場(71場所)
  • 生涯勝率:52.7%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:52勝68敗(8場所)勝率:43.3%
  • 十両戦歴:204勝201敗(27場所)勝率:50.4%

北の洋 昇

北海道網走市出身、立浪部屋の元力士で最高位は関脇。「白い稲妻」と評された速攻相撲で名横綱たちを悩ませた、奪った金星は10個。

  • 四股名 :北の洋 昇(きたのなだ のぼる)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:11代武隈
  • 出身地 :北海道網走市
  • 本 名 :緒方 昇
  • 生年月日:大正12年(1923)2月1日
  • 没年月日:平成14年(2002)1月8日(享年78歳)
  • 所属部屋:立浪部屋
  • 改名歴 :北ノ洋⇒北の洋
  • 初土俵 :昭和15年(1940)1月(16歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和23年(1948)10月(25歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和25年(1950)9月(27歳7ヵ月)
  • 新三役 :昭和29年(1954)9月(31歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和37年(1962)3月(39歳1ヵ月)
  • 生涯戦歴:494勝473敗29休/962出場(77場所)
  • 生涯勝率:51.1%
  • 優勝等 :幕内次点1回
  • 成 績 :殊勲賞4回,敢闘賞1回,技能賞5回,金星10個
  • 幕内戦歴:368勝388敗24休(52場所)勝率:48.7%
  •   関脇:12勝17敗1休(2場所)勝率:41.4%
  •   小結:44勝46敗(6場所)勝率:48.9%
  •   前頭:312勝325敗23休(44場所)勝率:49.0%
  • 十両戦歴:58勝43敗(7場所)勝率:57.4%

北の花 勝利

番付運が悪く東十両2枚目の9勝6敗、西十両筆頭の8勝7敗、さらに翌場所10勝5敗でも十両に留め置かれたことが

  • 四股名 :北の花 勝利(きたのはな かつとし)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 出身地 :北海道虻田郡留寿都村
  • 本 名 :国岡 治美
  • 生年月日:昭和19年(1944)5月22日
  • 所属部屋:出羽海部屋
  • 改名歴 :国岡⇒北の花
  • 初土俵 :昭和35年(1960)5月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和40年(1965)9月(21歳4ヵ月)
  • 新入幕 :昭和43年(1968)5月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和44年(1969)7月(25歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:302勝271敗4休/572出場(56場所)
  • 生涯勝率:52.7%
  • 優勝等 :なし
  • 幕内戦歴:28勝32敗(4場所)勝率:46.7%
  • 十両戦歴:147勝149敗4休(20場所)勝率:49.7%

北ノ花 吉保

  • 四股名 :北ノ花 吉保(きたのはな よしやす)
  • 最高位 :十両4枚目
  • 出身地 :青森県むつ市
  • 本 名 :藤井 光雄
  • 生年月日:昭和25年(1950)6月13日
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 改名歴 :藤井⇒北ノ花
  • 初土俵 :昭和44年(1969)5月(18歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和53年(1978)3月(27歳9ヵ月)
  • 最終場所:昭和55年(1980)5月(29歳11ヵ月)
  • 生涯戦歴:256勝230敗8休/486出場(67場所)
  • 生涯勝率:52.7%
  • 優勝等 :十両同点1回
  • 十両戦歴:26勝34敗(4場所)勝率:43.3%

北の富士 勝昭

北海道旭川市十条通出身、九重部屋の元力士で最高位は横綱。長身の美男子で左四つから一気に出る速攻相撲は大いにファンを魅了した。また引退後は九重親方として弟弟子でもあった千代の富士と直弟子の北勝海を横綱へと導いた。

野球少年だった竹沢少年は北海道巡業中の千代の山に「相撲をやって東京見物をしないか?」と誘われる。これがきっかけで相撲に興味を持ち始めた竹沢少年は中学卒業と共に上京、出羽海部屋の門を叩いた。

しかし出世は遅く序二段では2年間も足踏み状態。ようやく三段目に上がったが今度は北海道巡業中に急性虫垂炎と腹膜炎を併発してしまい入院生活を余儀なくされた。後輩たちにも追い抜かれていったんは力士を辞めようかとも思ったが奮起して復帰、四股名も北の冨士へと改めてからは順調に番付を上げていき昭和38年(1963)3月場所で新十両昇進となった。

十両5場所目となる昭和38年11月場所は15戦全勝で十両優勝をあげ翌場所での新入幕を決める。その新入幕場所では新入幕力士最多勝新記録となる13勝2敗をあげて敢闘賞を受賞、一気に小結へと番付を進めた。以降、三役と平幕を往復しながら地力を蓄えていった北の冨士は昭和41年(1966)7月の場所後に新大関昇進の使者を迎える。しかし直近3場所28勝で、本人もまさかの昇進であったため何の準備もしていなかった北の富士は、兄弟子の佐田の山から紋付きを、足袋は柏戸から借りて何とか大関昇進伝達式を迎えることができた。

大関3場所目の昭和42年1月場所後、11代九重(元横綱・千代の山)が出羽海部屋からの独立を申し入れたことから北の冨士の力士人生は大きく変わる。角界入りのきっかけをつくってくれた九重か、育ててくれた出羽海かで大きく揺れ動いた北の冨士だったが、九重と行動を共にすることを決意。出羽海一門からの破門を受けてのほろ苦い船出となった。

高砂一門の九重部屋として初めて迎えた昭和42年(1967)3月場所では大いに活躍、かつての兄弟子だった横綱・佐田の山への「恩返し」も果たすなど14勝1敗で初優勝を決めた。

「ライバル」である片男波部屋の玉乃島との切磋琢磨の猛稽古が実り、北の富士は昭和44年(1969)11月と翌1月場所で連続優勝、場所後に玉乃島改め玉の海とともに横綱へと推挙された。

  • 四股名 :北の富士 勝昭(きたのふじ かつあき)
  • 最高位 :第52代横綱
  • 年寄名跡:12代井筒12代九重⇒18代陣幕
  • 出身地 :北海道旭川市
  • 本 名 :竹沢 勝昭
  • 生年月日:昭和17年(1942)3月28日(78歳)
  • 所属部屋:出羽海⇒九重部屋
  • 改名歴 :竹沢⇒竹美山⇒北の冨士⇒北の富士
  • 初土俵 :昭和32年(1957)1月(14歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和38年(1963)3月(21歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和39年(1964)1月(21歳10ヵ月)
  • 新三役 :昭和39年(1964)3月(22歳0ヵ月)
  • 新大関 :昭和41年(1966)9月(24歳6ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和45年(1970)3月(28歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和49年(1974)7月(32歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:786勝427敗69休/1208出場(105場所)
  • 生涯勝率:64.8%
  • 優勝等 :幕内優勝10回(同点1・次点3),十両優勝1回,三段目同点1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星1個
  • 幕内戦歴:592勝294敗62休(64場所)勝率:66.8%
  •   横綱:247勝84敗62休(27場所)勝率:74.6%
  •   大関:208勝107敗(21場所)勝率:66.0%
  •   関脇:75勝60敗(9場所)勝率:55.6%
  •   小結:14勝16敗(2場所)勝率:46.7%
  •   前頭:48勝27敗(5場所)勝率:64.0%
  • 十両戦歴:49勝26敗(5場所)勝率:65.3%

北の峰 俵

福岡県福津市出身、八角部屋。父親は九重部屋の元力士、北の峰(元幕下39枚目)。小学生の頃はバスケットボール少年で相撲経験はなかったが、中学3年生の頃から相撲をやりたいと思い始め、入学した光陵高校を1年で中退して八角部屋の元を叩いた。父親の四股名を継いだからには父の番付を超えたい。

  • 四股名 :北の峰 俵(きたのみね たわら)
  • 出身地 :福岡県福津市
  • 本 名 :坂口 俵
  • 生年月日:平成5年(1993)4月22日(27歳)
  • 所属部屋:八角部屋
  • 改名歴 :坂口山⇒北の峰
  • 初土俵 :平成22年(2010)3月(16歳11ヵ月)

北の若 大輔

山形県酒田市出身、八角部屋。酒田市立宮野浦小学3年次から酒田相撲教室に通い始めて小4から3年連続でわんぱく相撲全国大会に出場。小4で3位、小6で2位に。高校は埼玉栄高校に相撲留学し、数々の大会で個人・団体の優勝を飾るなど実績をあげた。

わんぱく相撲全国大会に出場した時に八角部屋に泊まった事や、北の富士さんの親戚が酒田市で営んでいる ちゃんこ屋に、小さな頃から通っていたことが縁で八角部屋への入門となった。

  • 四股名 :北の若 大輔(きたのわか だいすけ)
  • 出身地 :山形県酒田市
  • 本 名 :齋藤 大輔
  • 生年月日:平成12年(2000)11月12日(19歳)
  • 所属部屋:八角部屋
  • 初土俵 :平成31年(2019)3月(18歳4ヵ月)

北磻磨 聖也

兵庫県龍野市出身、山響部屋。小学4年生までは柔道だったが、わんぱく相撲で全国大会にまで進んだことを機に相撲へと転向。稀勢の里とは同期生。非常に稽古熱心で周囲からも一目を置かれている。

  • 四股名 :北磻磨 聖也(きたはりま せいや)
  • 最高位 :前頭15枚目
  • 出身地 :兵庫県龍野市
  • 本 名 :嶋田 聖也
  • 生年月日:昭和61年(1986)7月28日(33歳)
  • 所属部屋:北の湖⇒山響部屋
  • 改名歴 :嶋田⇒北磻磨
  • 初土俵 :平成14年(2002)3月(15歳8ヵ月)
  • 新十両 :平成24年(2012)1月(25歳6ヵ月)
  • 新入幕 :平成28年(2016)7月(30歳0ヵ月)

北葉山 英俊

大関で年間46敗を記録したこともあったが30場所もの長きにわたって大関を務めた努力家

  • 四股名 :北葉山 英俊(きたばやま ひでとし)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:11代枝川
  • 出身地 :北海道室蘭市
  • 本 名 :山田 英俊
  • 生年月日:昭和10年(1935)5月17日
  • 没年月日:平成22年(2010)7月20日(享年75歳)
  • 所属部屋:時津風部屋
  • 改名歴 :山田⇒北葉山
  • 初土俵 :昭和29年(1954)5月(19歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和33年(1958)3月(22歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和33年(1958)11月(23歳6ヵ月)
  • 新三役 :昭和34年(1959)7月(24歳2ヵ月)
  • 新大関 :昭和36年(1961)7月(26歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和41年(1966)5月(31歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:525勝327敗21休/850出場(66場所)
  • 生涯勝率:61.6%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点3),十両優勝1回(同点1),幕下優勝1回,三段目優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞1回,敢闘賞2回
  • 幕内戦歴:396勝273敗21休(46場所)勝率:59.2%
  •   大関:250勝179敗21休(30場所)勝率:58.3%
  •   関脇:82勝53敗(9場所)勝率:60.7%
  •   小結:27勝18敗(3場所)勝率:60.0%
  •   前頭:37勝23敗(4場所)勝率:61.7%
  • 十両戦歴:45勝15敗(4場所)勝率:75.0%