陸奥部屋の歴代力士一覧|井筒から陸奥までの全関取と優勝・三賞記録

陸奥(みちのく)部屋の主な所属力士をご紹介する陸奥部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では陸奥部屋と、その前身である井筒部屋の主な関取を中心に紹介していきます。最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。

陸奥部屋の基本情報
一門
:時津風一門
創設
:昭和22年(1947年)6月1日 井筒部屋として創設
創設者
:第11代・井筒 友康 (元前頭2枚目・鶴ヶ嶺 道芳)
改称
:昭和49年(1974年)4月30日 陸奥部屋へと改称
改称者
:第7代・陸奥 良夫 (元前頭4枚目・星甲 昌男)
最終師匠
:第9代・陸奥 一博 (元大関・霧島 一博)
閉鎖
:令和6年(2024年)4月1日
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陸奥部屋創設の概略

陸奥部屋は、元を辿ると実は井筒部屋に繋がっています。

昭和22年(1947)11月に10代・井筒(元前頭2枚目・鶴ヶ嶺)が再興した井筒部屋は、関脇・鶴ヶ嶺や幕内・逆鉾、太刀風、星甲らを輩出します。

しかし昭和47年(1972)3月に10代が逝去すると、8代君ヶ濱(元関脇・鶴ヶ嶺)と5代陸奥(元前頭4・星甲)との間で後継者争いが勃発。この争いに敗れた8代君ヶ濱は分家独立して君ヶ濱部屋を興し、そこから紆余曲折あって井筒部屋へと改称しました。

では本家だった井筒部屋はどうなったのでしょうか?

こちらは5代陸奥が11代井筒を襲名し部屋を継承。その後、昭和49年(1974)4月月に井筒の名跡を返上して7代・陸奥を襲名し、部屋の名称も陸奥部屋へと改称したのです。

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つまり、陸奥部屋は元々は井筒部屋本家だったのですね。2本の糸が絡まったような関係性でいるのが、陸奥部屋と井筒部屋と言えそうです。

陸奥部屋の系譜

陸奥部屋の成り立ちを系譜でご紹介します。

陸奥部屋の系譜

陸奥部屋の優勝力士

陸奥部屋 歴代幕内優勝力士一覧

陸奥部屋では霧馬山が幕内優勝を達成し、優勝回数はあわせて2回でした。

初優勝は、3年3ヶ月前の令和5年(2023年)3月場所で、最後の優勝は2年7ヶ月前の令和5年(2023年)11月場所でした。

場所年月四股名番付成績年齢出身地最高位部屋備考
令和5年11月
(2023年)
R5.11
2023
霧馬山
[2回目]
西大関13勝2敗27歳7ヶ月モンゴル大関陸奥
令和5年3月
(2023年)
R5.3
2023
霧馬山
[初]
東関脇12勝3敗26歳11ヶ月モンゴル大関陸奥
大栄翔との優勝決定戦を制して自身初の優勝

陸奥部屋 幕内優勝回数ランキング

陸奥部屋の幕内優勝回数ランキングです。霧馬山は大関として1回、関脇で1回、合計で2回優勝しています。優勝した場所での本割の成績は25勝5敗で、勝率は.833となっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

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順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位霧馬山大関2回110025勝5敗.833陸奥モンゴル
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陸奥部屋の三賞受賞力士

陸奥部屋 歴代三賞受賞力士一覧

陸奥部屋と、その前身である井筒部屋では、5人の力士が三賞を受賞し、獲得数はあわせて21回でした。

受賞の内訳は、技能賞が14回、殊勲賞が2回、敢闘賞が5回となっています。

また、ダブル受賞は鶴ヶ嶺が1回ずつ達成しました。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
令和5年5月
(2023年)
R5.5
(2023)
東関脇東関脇霧馬山技能賞 [3回目]11勝4敗27歳1ヶ月モンゴル陸奥平成27年3月
(2015年)
平成8年4月24日
(1996年)
令和5年3月
(2023年)
R5.3
(2023)
東関脇東関脇霧馬山技能賞 [2回目]12勝3敗
優勝
26歳11ヶ月モンゴル陸奥平成27年3月
(2015年)
平成8年4月24日
(1996年)
令和5年1月
(2023年)
R5.1
(2023)
東小結東小結霧馬山技能賞 [初]11勝4敗26歳8ヶ月モンゴル陸奥平成27年3月
(2015年)
平成8年4月24日
(1996年)
令和2年1月
(2020年)
R2.1
(2020)
東前頭17東前頭17霧馬山敢闘賞 [初]11勝4敗23歳9ヶ月モンゴル陸奥平成27年3月
(2015年)
平成8年4月24日
(1996年)
平成16年7月
(2004年)
H16.7
(2004)
東前頭14東前頭14豊桜敢闘賞 [初]12勝3敗30歳4ヶ月広島県陸奥平成元年3月
(1989年)
昭和49年3月12日
(1974年)
昭和45年3月
(1970年)
S45.3
(1970)
東前頭4東前頭4錦洋技能賞 [初]9勝6敗20歳2ヶ月鹿児島県井筒昭和40年3月
(1965年)
昭和25年1月3日
(1950年)
昭和41年11月
(1966年)
S41.11
(1966)
西前頭10西前頭10鶴ヶ嶺敢闘賞 [2回目]11勝4敗37歳7ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和41年7月
(1966年)
S41.7
(1966)
東前頭11東前頭11鶴ヶ嶺
ダブル
敢闘賞 [初]11勝4敗37歳2ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
技能賞 [10回目]
昭和40年11月
(1965年)
S40.11
(1965)
西前頭7西前頭7鶴ヶ嶺技能賞 [9回目]11勝4敗36歳6ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和39年3月
(1964年)
S39.3
(1964)
西前頭9西前頭9鶴ヶ嶺技能賞 [8回目]11勝4敗34歳10ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和38年5月
(1963年)
S38.5
(1963)
西前頭14西前頭14逆鉾敢闘賞 [初]11勝4敗20歳11ヶ月鹿児島県井筒昭和33年7月
(1958年)
昭和17年6月7日
(1942年)
昭和38年5月
(1963年)
S38.5
(1963)
西前頭筆頭西前頭筆頭鶴ヶ嶺技能賞 [7回目]9勝6敗34歳1ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和38年3月
(1963年)
S38.3
(1963)
西前頭6西前頭6鶴ヶ嶺技能賞 [6回目]10勝5敗33歳10ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和37年7月
(1962年)
S37.7
(1962)
西前頭7西前頭7鶴ヶ嶺技能賞 [5回目]11勝4敗33歳2ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和36年1月
(1961年)
S36.1
(1961)
東前頭3東前頭3鶴ヶ嶺技能賞 [4回目]10勝5敗31歳8ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和34年9月
(1959年)
S34.9
(1959)
東前頭筆頭東前頭筆頭鶴ヶ嶺殊勲賞 [2回目]9勝6敗30歳5ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和34年7月
(1959年)
S34.7
(1959)
西前頭3西前頭3鶴ヶ嶺技能賞 [3回目]9勝6敗30歳2ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和33年5月
(1958年)
S33.5
(1958)
西前頭5西前頭5鶴ヶ嶺殊勲賞 [初]9勝6敗29歳0ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和31年3月
(1956年)
S31.3
(1956)
東小結張出東小結張出鶴ヶ嶺技能賞 [2回目]9勝6敗26歳10ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)
昭和31年1月
(1956年)
S31.1
(1956)
東前頭10東前頭10鶴ヶ嶺技能賞 [初]14勝1敗26歳8ヶ月鹿児島県井筒昭和22年6月
(1947年)
昭和4年4月26日
(1929年)

陸奥部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が鶴ヶ嶺で14回(殊勲賞2回・技能賞10回・敢闘賞2回)、2位が霧馬山(霧島)で4回(技能賞3回・敢闘賞1回)、3位が豊桜、錦洋、そして逆鉾の3人で1回ずつとなっています。

順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 鶴ヶ嶺 14回 10 2 2 関脇 井筒 鹿児島県
2位 霧馬山
(霧島)
4回 3 0 1 大関 陸奥 モンゴル
3位 錦洋 1回 1 0 0 前頭筆頭 井筒 鹿児島県
3位 豊桜 1回 0 0 1 前頭5 陸奥 広島県
3位 逆鉾 1回 0 0 1 前頭6 井筒 鹿児島県

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陸奥部屋の最高位:横綱

第71代横綱 鶴竜 力三郎

鶴竜 力三郎 (かくりゅう りきさぶろう)モンゴル スフバートル県出身、井筒 → 陸奥部屋の元力士で、最高位は横綱

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平成13年(2001)11月場所に16歳3ヶ月で初土俵を踏み、令和3年(2021)3月場所を最後に引退(35歳7ヶ月)。

通算成績は785勝497敗231休1270出場。生涯勝率.618。通算115場所中、74場所を勝ち越した(勝ち越し率.649)。

主な成績は幕内優勝6回(同点2 次点6)、三段目優勝1回殊勲賞2回、技能賞7回

昭和60年(1985)8月10日生まれ。本名はマンガラジャラブ・アナンダ(日本名同じ)。

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「日本で力士になりたい」との決意を手紙にしたためて日本相撲振興会の会長に送ったことで井筒部屋の入門が決まったが、線の細かった鶴竜に初めて会った親方は「床山にでもするか」と思ったほど華奢だった。

平成29年(2017)は4場所連続休場と引退も危ぶまれたが、平成30年(2018)は自身初の連覇も達成し復活をアピール。師匠の急逝により令和元年(2019)9月27日付で陸奥部屋へと転属となった。

令和3年(2021年)3月場所10日目に引退を発表、5年年寄・鶴竜を襲名した。令和5年(2023年)12月に24代音羽山を襲名し、陸奥部屋より分家独立し、音羽山部屋を創設した。

四股名
鶴竜 力三郎 (かくりゅう りきさぶろう)
最高位
横綱
年寄名跡
5年年寄 鶴竜 力三郎(音羽山) → 24代音羽山 力三郎
出身地
モンゴル ウランバートル市 → モンゴル スフバートル県
本名
マンガラジャラブ・アナンダ(日本名同じ)
生年月日
昭和60年(1985)8月10日(40歳)
所属部屋
井筒 → 陸奥部屋
改名歴
鶴竜 力三郎
初土俵
平成13年(2001)11月 前相撲(16歳3ヶ月)
新十両
平成17年(2005)11月(所要24場所)
20歳3ヶ月(初土俵から4年0ヶ月)
新入幕
平成18年(2006)11月(所要30場所)
21歳3ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
新小結
平成21年(2009)5月(所要45場所)
23歳9ヶ月(初土俵から7年6ヶ月)
新関脇
平成21年(2009)7月(所要46場所)
23歳11ヶ月(初土俵から7年8ヶ月)
新大関
平成24年(2012)5月(所要62場所)
26歳9ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
新横綱
平成26年(2014)5月(所要74場所)
28歳9ヶ月(初土俵から12年6ヶ月)
最終場所
令和3年(2021)3月場所(35歳7ヶ月)
大相撲歴
115場所(19年4ヶ月)
通算成績
785勝497敗231休1270出場(勝率.618)
通算115場所
勝ち越し74場所(勝ち越し率.649)(勝ち越し星360)
優勝等
幕内優勝6回(同点2 次点6),三段目優勝1回
受賞・金星
殊勲賞2回,技能賞7回
持給金
391円(勝ち越し星360個 優勝6回)
横綱戦歴
266勝117敗227休372出場(勝率.715)
在位41場所(在位率.357)
勝ち越し22場所(勝ち越し率.537)
大関戦歴
119勝61敗0休180出場(勝率.661)
在位12場所(在位率.104)
勝ち越し12場所(勝ち越し率1.000)
幕内戦歴
645勝394敗231休1027出場(勝率.628)
在位85場所(在位率.739)
勝ち越し52場所(勝ち越し率.612)
三役戦歴
116勝79敗0休195出場(勝率.595)
在位13場所(在位率.113)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.692)
関脇戦歴
71勝49敗0休120出場(勝率.592)
在位8場所(在位率.070)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
小結戦歴
45勝30敗0休75出場(勝率.600)
在位5場所(在位率.043)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
前頭戦歴
144勝137敗4休280出場(勝率.514)
在位19場所(在位率.165)
勝ち越し9場所(勝ち越し率.474)
十両戦歴
41勝34敗0休75出場(勝率.547)
在位5場所(在位率.043)
勝ち越し4場所(勝ち越し率.800)
関取戦歴
686勝428敗231休1102出場(勝率.623)
在位90場所(在位率.783)
勝ち越し56場所(勝ち越し率.622)
幕下以下歴
99勝69敗0休168出場(勝率.589)
在位24場所(在位率.209)
勝ち越し18場所(勝ち越し率.750)

鶴竜 力三郎の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(219回 / 27.8%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(159回 / 31.9%)
  • ✅ 得意な相手:豪風(20勝0敗 / 勝率1.000)
  • ✅ 苦手な相手:白鵬(8勝42敗 / 勝率.160)

陸奥部屋の最高位:大関

霧島 鐵力

霧島 鐵力(きりしま てつお)はモンゴル ドルンノット出身、音羽山部屋の力士で最高位は大関。令和8年7月場所の番付は最高位に並ぶ東 大関。

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モンゴルから来日し、師匠から受け継いだ四股名を背負って土俵に立つ霧島。天性の柔軟性とスピードを活かした相撲で大関へと昇り詰め、これまでに2度の幕内最高優勝を誇る。怪我による大関陥落という試練を味わいながらも、再び最高峰の地位を目指して熾烈な闘いを続ける現役の看板力士である。

未経験からの挑戦と、苦難を越えた十両昇進

遊牧民の家庭に育ち、幼少期から大自然の中で馬に乗り足腰を鍛え上げた。柔道経験はあったものの相撲は未経験であったが、平成26年(2014年)に知人からの誘いで、力士のテストを受けるために来日。陸奥部屋での稽古を経て入門を決意した。当初は日本出身者以外の弟子を取るつもりがなかった9代陸奥(元大関・霧島)だったが、「親孝行がしたい。将来は日本に両親を呼びたい」と述べるハグワスレン(のちの霧馬山)を弟子として受け入れることを決断。平成27年(2015年)3月場所において「霧馬山」の四股名で初土俵を踏んだ。

入門当初は長身ながら非常に細身の体格であり、幕下時代には左膝に力士生命に関わるほどの重傷を負うなど、昇進への道のりは決して平坦ではなかった。しかし、持ち前の驚異的な回復力で土俵へ復帰し、初土俵から約4年の歳月をかけて平成31年(2019年)3月場所で待望の新十両昇進を果たした。

食事稽古による飛躍と、歴史ある四股名の継承

十両昇進後、新入幕を目指す彼に大きな転機が訪れる。当時の部屋の横綱・鶴竜から直々に「食事稽古」の指導を受け、食の細さを克服。大幅な体重増加と肉体改造に成功した。幕下以前はモンゴル相撲や柔道仕込みの下手投げを得意としていたが、膝の負傷と体重増加に伴い、前廻しを引き、頭をつけて圧力をかける力強い攻めへと取り口を進化させた。令和2年(2020年)1月場所の新入幕でいきなり11勝を挙げて敢闘賞を獲得すると、その後も順調に三役へと定着していく。

角界を代表する実力者へと成長した令和5年(2023年)3月場所、東関脇の地位で自身初となる幕内最高優勝の栄冠に輝く。続く5月場所でも11勝を挙げ、直近3場所で合計34勝という申し分のない実績を残して、念願の大関昇進。昇進伝達式では「大関の名を汚さぬよう今まで以上に稽古して頑張ります」と力強く口上を述べた。これを機に、自身を育て上げた師匠の四股名を受け継ぎ「霧島」へと改名し、大相撲ファンを大いに沸かせた。

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新大関の試練から2度目の賜杯、そして部屋移籍

師匠の名を背負って臨んだ新大関の土俵だったが、直前の怪我により初日から休場を余儀なくされる。途中出場を果たしたものの負け越しとなり、いきなり高い壁と試練を味わった。しかし、初めてのカド番となった翌9月場所を見事に勝ち越して乗り切ると、続く11月場所では13勝2敗という圧巻の成績で2度目の幕内最高優勝を達成。この年の年間最多勝も獲得し、堂々たる成績で看板力士としての地位を確立した。

その後、令和6年(2024年)春に師匠が停年を迎えたことに伴い陸奥部屋が閉鎖され、肉体改造を支えてくれた恩人でもある音羽山親方(元横綱・鶴竜)が率いる音羽山部屋へと移籍。新たな環境でさらなる高みを目指して稽古に打ち込んだ。

大関陥落の試練と、再起を懸けた土俵

しかし、激しい土俵の代償として首の怪我などが彼を苦しめる。令和6年(2024年)5月場所では途中休場を余儀なくされ、在位6場所で無念の大関陥落。陥落後も不調が続き、一時は平幕まで番付を下げるどん底も味わった。

それでも、彼の闘志は決して失われてはいなかった。再び関脇へと番付を戻した令和8年(2026年)1月場所では、千秋楽まで優勝争いに絡む活躍を見せて11勝4敗の好成績を収め、前場所に続く三賞受賞を果たした。翌3月場所では14日目で幕内優勝を決め、場所後に大関復帰が決定した。好不調の波や周囲からの厳しい声を乗り越え、師匠から受け継いだ「霧島」の名を再び大関の地位で輝かせるため、決して諦めることなく大相撲の厳しい土俵で全力を尽くしている。

💡 モンゴル出身一覧💡 音羽山部屋の力士

四股名
霧島 鐵力(きりしま てつお)
最高位
大関
最新番付
東 大関
出身地
モンゴル ドルンノット
本名
ビョンブチュルン・ハグワスレン
生年月日
平成8年(1996)4月24日(30歳)
身長・体重
186cm・150kg
所属部屋
陸奥 → 音羽山部屋
改名歴
霧馬山 → 霧島
初土俵
平成27年(2015)3月(18歳11ヵ月)
新十両
平成31年(2019)3月(22歳11ヵ月)
新入幕
令和2年(2020)1月(23歳9ヵ月)
新小結
令和3年(2021)11月(25歳7ヵ月)
新関脇
令和5年(2023)3月(26歳11ヵ月)
新大関
令和5年(2023)7月(27歳3ヵ月)
優勝
幕内優勝3回,幕下優勝1回,三段目優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞4回,技能賞4回
通算成績
472勝307敗25休/776出場(勝率:60.8%)
直近7場所
64勝31敗
7場所勝率
67.4%
得意技
左四つ・寄り・投げ
決まり手傾向(直近7場所)
霧島が勝ちの決まり手(48勝)
寄り切り13
上手投げ6
押し出し6
叩き込み4
掬い投げ4
寄り倒し3
その他12
霧島が負けの決まり手(27敗)
寄り切り8
押し出し4
突き出し3
送り出し2
叩き込み2
上手投げ2
その他6
令8年7月
東 大関(1枚上昇)
4勝1敗
○○○○●|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 大関2(半枚上昇)
12勝3敗(幕内同点)
○○○○○|○○●○●|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 関脇(変動なし)
12勝3敗(幕内優勝・殊勲賞)
○●○○○|○○○○○|○○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 関脇(3枚上昇)
11勝4敗(敢闘賞)
○○○○●|○○○○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭2枚目(2枚半降下)
11勝4敗(敢闘賞)
●○●●○|○○●○○|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 関脇(変動なし)
6勝9敗
○○○○●|●●●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 関脇
8勝7敗
○○○○●|○○○●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

井筒部屋の最高位:関脇

鶴ヶ嶺 昭男

鹿児島県姶良郡加治木町出身、井筒部屋(現・陸奥部屋)の元力士で最高位は関脇。もろ差しの名人と呼ばれた技能相撲、師匠としては実子の「井筒三兄弟」を関取に、また霧島を大関にまで育てあげた名伯楽。

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  • 四股名 :鶴ヶ嶺 昭男(つるがみね あきお)
  • 最高位 :関脇
  • 年寄名跡:8代君ヶ濱13代井筒
  • 出身地 :鹿児島県姶良郡加治木町
  • 本 名 :福薗 昭男
  • 生年月日:昭和4年(1929)4月26日
  • 没年月日:平成18年(2006)5月29日(享年77歳)
  • 所属部屋:時津風⇒井筒部屋
  • 改名歴 :福薗⇒鶴嶺山⇒鶴ヶ嶺
  • 初土俵 :昭和22年(1947)6月(18歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和27年(1952)5月(23歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和28年(1953)3月(23歳11ヵ月)
  • 新三役 :昭和31年(1956)3月(26歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和42年(1967)7月(38歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:685勝678敗22休/1358出場(95場所)
  • 生涯勝率:50.3%
  • 優勝等 :幕内同点1・次点1回,十両優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 成 績 :殊勲賞2回,敢闘賞2回,技能賞10回,金星10個
  • 幕内戦歴:550勝583敗22休(77場所)勝率:48.5%
  •   関脇:14勝16敗(2場所)勝率:46.7%
  •   小結:49勝86敗(9場所)勝率:36.3%
  •   前頭:487勝481敗22休(66場所)勝率:50.3%
  • 十両戦歴:38勝22敗(4場所)勝率:63.3%

陸奥部屋の最高位:小結

白馬 毅

白馬 毅(はくば たけし)モンゴル・ウランバートル市出身、立田川 → 陸奥部屋の元力士で、最高位は小結

平成12年(2000)1月場所に16歳8ヶ月で初土俵を踏み、平成23年(2011)1月場所を最後に引退(27歳8ヶ月)(※番付上は平成23年5月場所が最後)

通算成績は347勝303敗12休650出場。生涯勝率.534。通算67場所中、40場所を勝ち越した(勝ち越し率.606)。

主な成績は十両同点1回,幕下優勝1回(同点1),序二段優勝1回

昭和58年(1983)5月5日生まれ。本名はアリオンバヤル・ウヌルジャラガラ。

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モンゴル相撲の経験は無かったが陸奥部屋に見習い生として身を寄せていた。外国人枠の影響により同じ時津風一門の立田川部屋に入門、平成12年(2000)1月場所に初土俵を踏んだ。同年9月に立田川部屋が閉鎖したため陸奥部屋へと移籍した。

平成19年(2007)1月場所で新十両昇進、平成20年(2008)5月場所で新入幕昇進を果たす。初顔で大関日馬富士と琴欧洲を破るなど大器の片鱗も見せたが、平成23年(2011)に発覚した大相撲八百長問題に関与した疑いで引退勧告を受け角界を去った。夫人は亡くなった時天空の妹。

四股名
白馬 毅(はくば たけし)
最高位
小結
出身地
モンゴル・ウランバートル市
本名
アリオンバヤル・ウヌルジャラガラ
生年月日
昭和58年(1983)5月5日
所属部屋
立田川 → 陸奥部屋
改名歴
白馬 毅
初土俵
平成12年(2000)1月 前相撲(16歳8ヶ月)
新十両
平成19年(2007)1月(所要42場所)
23歳8ヶ月(初土俵から7年0ヶ月)
新入幕
平成20年(2008)5月(所要50場所)
25歳0ヶ月(初土俵から8年4ヶ月)
新小結
平成22年(2010)7月(所要63場所)
27歳2ヶ月(初土俵から10年6ヶ月)
最終場所
平成23年(2011)1月(27歳8ヶ月)※番付上は平成23年5月場所
大相撲歴
67場所(11年0ヶ月)
通算成績
347勝303敗12休650出場(勝率.534)
通算67場所
勝ち越し40場所(勝ち越し率.606)
優勝等
十両同点1回,幕下優勝1回(同点1),序二段優勝1回
幕内戦歴
55勝65敗0休120出場(勝率.458)
在位8場所(在位率.119)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.625)
小結戦歴
4勝11敗0休15出場(勝率.267)
在位1場所(在位率.015)
勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
前頭戦歴
51勝54敗0休105出場(勝率.486)
在位7場所(在位率.104)
勝ち越し5場所(勝ち越し率.714)
十両戦歴
131勝124敗0休255出場(勝率.514)
在位17場所(在位率.254)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.588)
関取戦歴
186勝189敗0休375出場(勝率.496)
在位25場所(在位率.373)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.600)
幕下以下歴
161勝114敗12休275出場(勝率.585)
在位41場所(在位率.612)
勝ち越し25場所(勝ち越し率.610)


井筒部屋の最高位:前頭

大雄 辰實

もろ差しが得意だったが勝負に出るのが遅かった、引退後は陸奥部屋で部屋付親方をしていたが息子(元幕下・龍甲)の入門を機に甲山部屋を興した

  • 四股名 :大雄 辰實(だいゆう たつみ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:6代陸奥⇒9代甲山
  • 出身地 :鹿児島県肝属郡大根占町
  • 本 名 :柳田 辰実⇒横山 辰実
  • 生年月日:昭和15年(1940)5月27日
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :柳田⇒大根占⇒大雄
  • 初土俵 :昭和31年(1956)5月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和35年(1960)7月(20歳2ヵ月)
  • 新入幕 :昭和38年(1963)5月(23歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和47年(1972)9月(32歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:614勝596敗4休/1209出場(96場所)
  • 生涯勝率:50.7%
  • 優勝等 :十両優勝2回
  • 幕内戦歴:296勝349敗(43場所)勝率:45.9%
  • 十両戦歴:180勝161敗4休(23場所)勝率:52.8%

錦洋 幸治

師匠の独立で君ヶ濱部屋へと同行、井筒伝統の「錦洋」を返上して四股名を大峩に

  • 四股名 :錦洋 幸治(にしきなだ こうじ)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 出身地 :鹿児島県鹿屋市
  • 本 名 :川崎 悟
  • 生年月日:昭和25年(1950)1月3日
  • 没年月日:平成21年(2009)7月16日(享年59歳)
  • 所属部屋:井筒⇒君ヶ濱部屋
  • 改名歴 :川崎⇒錦洋⇒川崎⇒大峩
  • 初土俵 :昭和40年(1965)3月(15歳2ヵ月)
  • 新十両 :昭和43年(1968)11月(18歳10ヵ月)
  • 新入幕 :昭和44年(1969)7月(19歳6ヵ月)
  • 最終場所:昭和52年(1977)5月(27歳4ヵ月)
  • 生涯戦歴:446勝446敗19休/891出場(74場所)
  • 生涯勝率:50.0%
  • 優勝等 :十両優勝2回,幕下優勝1回,序ノ口同点1回
  • 成 績 :技能賞1回,金星2個
  • 幕内戦歴:183勝217敗5休(27場所)勝率:45.8%
  • 十両戦歴:170勝175敗(23場所)勝率:49.3%

星甲 良夫

井筒部屋源流となる9代井筒からの弟子、後継争いを経て11代井筒を襲名、のちに陸奥の名跡を再入手し部屋の名を改称した

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  • 四股名 :星甲 良夫(ほしかぶと よしお)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:7代君ヶ濱⇒5代陸奥⇒11代井筒7代陸奥
  • 出身地 :千葉県浦安市
  • 本 名 :小川 良夫
  • 生年月日:大正15年(1926)2月20日
  • 没年月日:平成12年(2000)12月5日(享年74歳)
  • 所属部屋:井筒⇒双葉山⇒時津風⇒井筒部屋
  • 改名歴 :小川⇒東都山⇒梅ヶ枝⇒小川⇒星甲⇒星兜⇒星甲
  • 初土俵 :昭和17年(1942)5月(16歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和27年(1952)9月(26歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和30年(1955)5月(29歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和39年(1964)5月(38歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:554勝585敗12休/1139出場(85場所)
  • 生涯勝率:48.6%
  • 優勝等 :十両優勝2回(同点1),三段目同点1回
  • 幕内戦歴:173勝217敗(26場所)勝率:44.4%
  • 十両戦歴:261勝264敗(35場所)勝率:49.7%

逆鉾 與治郎

将来を有望視されたが私生活の乱れにより21歳で廃業

  • 四股名 :逆鉾 與治郎(さかほこ よじろう)
  • 最高位 :前頭6枚目
  • 出身地 :鹿児島県薩摩川内市
  • 本 名 :山口 元行⇒古田 元行
  • 生年月日:昭和17年(1942)6月7日
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 改名歴 :川内⇒逆鉾
  • 初土俵 :昭和33年(1958)7月(16歳1ヵ月)
  • 新十両 :昭和37年(1962)7月(20歳1ヵ月)
  • 新入幕 :昭和38年(1963)5月(20歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和38年(1963)11月(21歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:181勝111敗15休/292出場(33場所)
  • 生涯勝率:62.0%
  • 優勝等 :三段目同点1回,序ノ口同点1回
  • 成 績 :敢闘賞1回
  • 幕内戦歴:24勝21敗15休(4場所)勝率:53.3%
  • 十両戦歴:44勝31敗(5場所)勝率:58.7%

太刀風 義経

幕内は1場所に終わったが長く十両の土俵を務める

  • 四股名 :太刀風 義経(たちかぜ よしつね)
  • 最高位 :前頭20枚目
  • 出身地 :鹿児島県薩摩郡
  • 本 名 :岩下 義経
  • 生年月日:昭和5年(1930)8月2日
  • 所属部屋:井筒部屋
  • 初土俵 :昭和24年(1949)5月(18歳9ヵ月)
  • 新十両 :昭和30年(1955)1月(24歳5ヵ月)
  • 新入幕 :昭和32年(1957)1月(26歳5ヵ月)
  • 最終場所:昭和35年(1960)1月(29歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:279勝290敗/569出場(45場所)
  • 生涯勝率:49.0%
  • 優勝等 :十両優勝1回,序ノ口優勝1回
  • 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  • 十両戦歴:143勝157敗(20場所)勝率:47.7%

次ページ以降の番付を見る

井筒~陸奥部屋の歴代師匠

第11代・井筒 友康 (元前頭2枚目・鶴ヶ嶺)

在任期間(昭和22年(1947年)11月~昭和47年(1972年)3月18日)

9代井筒の急逝で双葉山のもとに身を寄せたが、引退後に途絶えた井筒部屋を再興した10代井筒

  • 四股名 :鶴ヶ嶺 道芳(つるがみね みちよし)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 年寄名跡:10代井筒
  • 出身地 :鹿児島県熊毛郡
  • 本 名 :下家 道義
  • 生年月日:明治45年(1912)1月17日
  • 没年月日:昭和47年(1972)3月18日(享年60歳)
  • 所属部屋:井筒⇒双葉山⇒時津風部屋
  • 改名歴 :種子ヶ嶌⇒星甲⇒鶴ヶ嶺
  • 初土俵 :昭和6年(1931)5月(19歳4ヵ月)
  • 新十両 :昭和9年(1934)1月(22歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和12年(1937)5月(25歳4ヵ月)
  • 最終場所:昭和22年(1947)6月(35歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:181勝196敗24休/375出場(36場所)
  • 生涯勝率:48.0%
  • 優勝等 :なし
  • 成 績 :金星2個
  • 幕内戦歴:99勝139敗24休(20場所)勝率:41.6%
  • 十両戦歴:43勝34敗(7場所)勝率:55.8%

第12代・井筒 良夫 (元前頭4枚目・星甲)

在任期間(昭和47年(1972年)4月27日~昭和49年(1974年)4月29日)

第7代・陸奥 良夫 (元前頭4枚目・星甲)

在任期間(昭和49年(1974年)4月30日~平成3年(1991年)2月4日)

井筒部屋源流となる9代井筒からの弟子、後継争いを経て11代井筒を襲名、のちに陸奥の名跡を再入手し部屋の名を改称した

  • 四股名 :星甲 良夫(ほしかぶと よしお)
  • 最高位 :前頭4枚目
  • 年寄名跡:7代君ヶ濱⇒5代陸奥⇒11代井筒7代陸奥
  • 出身地 :千葉県浦安市
  • 本 名 :小川 良夫
  • 生年月日:大正15年(1926)2月20日
  • 没年月日:平成12年(2000)12月5日(享年74歳)
  • 所属部屋:井筒⇒双葉山⇒時津風⇒井筒部屋
  • 改名歴 :小川⇒東都山⇒梅ヶ枝⇒小川⇒星甲⇒星兜⇒星甲
  • 初土俵 :昭和17年(1942)5月(16歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和27年(1952)9月(26歳7ヵ月)
  • 新入幕 :昭和30年(1955)5月(29歳3ヵ月)
  • 最終場所:昭和39年(1964)5月(38歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:554勝585敗12休/1139出場(85場所)
  • 生涯勝率:48.6%
  • 優勝等 :十両優勝2回(同点1),三段目同点1回
  • 幕内戦歴:173勝217敗(26場所)勝率:44.4%
  • 十両戦歴:261勝264敗(35場所)勝率:49.7%

第8代・陸奥 祐二 (元前頭14枚目・星岩涛)

在任期間(平成3年(1991年)2月5日~平成9年(1997年)12月25日)

蹴手繰りが得意、十両が長かったが1場所だけ入幕が叶った。師匠の停年に伴い陸奥部屋を継承

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  • 四股名 :星岩涛 祐二(ほしいわと ゆうじ)
  • 最高位 :前頭14枚目
  • 年寄名跡:8代陸奥
  • 出身地 :鹿児島県揖宿郡開聞町
  • 本 名 :野口 祐二
  • 生年月日:昭和30年(1955)7月25日
  • 所属部屋:井筒⇒陸奥部屋
  • 改名歴 :野口⇒開聞嶽⇒星兜⇒薩摩冨士⇒薩摩富士⇒星薩摩⇒大岩涛⇒星岩涛⇒星甲⇒星岩涛
  • 初土俵 :昭和45年(1970)5月(14歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和56年(1981)11月(26歳4ヵ月)
  • 新入幕 :平成元年(1989)7月(34歳0ヵ月)
  • 最終場所:平成3年(1991)1月(35歳6ヵ月)
  • 生涯戦歴:552勝549敗15休/1101出場(125場所)
  • 生涯勝率:50.1%
  • 優勝等 :十両同点1回,幕下優勝1回
  • 幕内戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
  • 十両戦歴:208勝242敗(30場所)勝率:46.2%

第9代・陸奥 一博 (元大関・霧島)

在任期間(平成9年(1997年)12月26日~令和6年(2024年)4月1日)

霧島 一博 (きりしま かずひろ)鹿児島県姶良郡牧園町出身、君ヶ濱~井筒部屋の元力士で、最高位は大関

昭和50年(1975)3月場所に15歳11ヶ月で初土俵を踏み、平成8年(1996)3月場所を最後に引退(36歳11ヶ月)。

通算成績は754勝696敗40休1447出場。生涯勝率.521。通算127場所中、75場所を勝ち越した(勝ち越し率.595)。

主な成績は幕内優勝1回(同点1 次点6)殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞4回、金星2個(大乃国2個)

昭和34年(1959)4月3日生まれ。本名は吉永 一美。

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ウェイトトレーニングで鍛えあげた「和製ヘラクレス」、引退後は井筒部屋の部屋付親方を経て陸奥部屋を継承。

四股名
霧島 一博 (きりしま かずひろ)
最高位
大関
年寄名跡
18代錣山 一博(井筒) → 10代勝ノ浦 一博(井筒) → 9代陸奥 一博 → 9代陸奥 一博(音羽山)
出身地
鹿児島県姶良郡牧園町
本名
吉永 一美
生年月日
昭和34年(1959)4月3日(67歳)
所属部屋
君ヶ濱~井筒部屋
改名歴
吉永 一美 → 霧島 一美 → 霧島 一博 → 霧島 和博 → 霧島 一博
初土俵
昭和50年(1975)3月 前相撲(15歳11ヶ月)
新十両
昭和57年(1982)5月(所要43場所)
23歳1ヶ月(初土俵から7年2ヶ月)
新入幕
昭和59年(1984)7月(所要56場所)
25歳3ヶ月(初土俵から9年4ヶ月)
新小結
平成元年(1989)1月(所要83場所)
29歳9ヶ月(初土俵から13年10ヶ月)
新関脇
昭和62年(1987)1月(所要71場所)
27歳9ヶ月(初土俵から11年10ヶ月)
新大関
平成2年(1990)5月(所要91場所)
31歳1ヶ月(初土俵から15年2ヶ月)
最終場所
平成8年(1996)3月場所(36歳11ヶ月)
大相撲歴
127場所(21年0ヶ月)
通算成績
754勝696敗40休1447出場(勝率.521)
通算127場所
勝ち越し75場所(勝ち越し率.595)(勝ち越し星234)
優勝等
幕内優勝1回(同点1 次点6)
受賞・金星
殊勲賞3回,敢闘賞1回,技能賞4回,金星2個(大乃国2個)
持給金
185円(勝ち越し星234個 優勝1回 金星2個)
大関戦歴
139勝76敗25休212出場(勝率.656)
在位16場所(在位率.126)
勝ち越し12場所(勝ち越し率.750)
幕内戦歴
518勝507敗40休1022出場(勝率.507)
在位71場所(在位率.559)
勝ち越し41場所(勝ち越し率.577)
三役戦歴
50勝55敗15休105出場(勝率.476)
在位8場所(在位率.063)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.375)
関脇戦歴
21勝24敗15休45出場(勝率.467)
在位4場所(在位率.031)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.250)
小結戦歴
29勝31敗0休60出場(勝率.483)
在位4場所(在位率.031)
勝ち越し2場所(勝ち越し率.500)
前頭戦歴
329勝376敗0休705出場(勝率.467)
在位47場所(在位率.370)
勝ち越し26場所(勝ち越し率.553)
十両戦歴
42勝33敗0休75出場(勝率.560)
在位5場所(在位率.039)
勝ち越し3場所(勝ち越し率.600)
関取戦歴
560勝540敗40休1097出場(勝率.510)
在位76場所(在位率.598)
勝ち越し44場所(勝ち越し率.579)
幕下以下歴
194勝156敗0休350出場(勝率.554)
在位50場所(在位率.394)
勝ち越し31場所(勝ち越し率.620)

霧島 一博の更に詳細なデータは力士名鑑で!

名鑑ページでは、以下のような詳細な分析データをはじめ、豊富な表やグラフをご覧いただけます。

  • ✅ 勝った決まり手1位:寄り切り(186回 / 32.9%)
  • ✅ 負けた決まり手1位:寄り切り(195回 / 35.7%)
  • ✅ 得意な相手:隆三杉(26勝9敗 / 勝率.743)
  • ✅ 苦手な相手:千代の富士(2勝12敗 / 勝率.143)

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

大相撲用語について知りたい方は大相撲大事典をご活用ください。

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。

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カテゴリー : 時津風一門

公開日:2018-08-20
投稿者:レイ

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