大相撲用語解説。今回は「幕下」について解説します。
「関取」の座を巡り、毎場所のように激しい土俵が繰り広げられる「幕下」。番付のどこに位置し、十両以上の関取や下位の力士とはどんな違いがあるのでしょうか。その名称の由来から給料、まわしや座布団の差、身の回りの待遇や取組ルールまで分かりやすく解説します。
この記事の目次
幕下とは
大相撲の番付において、幕内、十両に次ぐ上から3番目の階級を幕下(まくした)と呼びます。
正式名称は「幕下二段目」といい、番付表では上から2段目に、十両力士の次に記載されています。
2段目にはまず「前頭」と記載された下に「十枚目(十両)の力士」が記載されていますが、十両力士の左側(東西それぞれ)に「同」が8文字連なっており、その下に十両力士よりも細い文字で幕下力士の四股名が並んでいます。
定員は東西60枚の計120名と定められており(昭和42年(1967年)5月場所以降)、関取の座を目指す全国の若手から再起を期すベテランまで、多くの力士たちがしのぎを削っています。
幕下の定員は120名、「幕下付出」は定員の枠外
幕下の定員は東西60枚の計120名ですが、学生相撲や実業団相撲で所定の実績を残して入門する「幕下付出」の力士がいる場合、この120名とは別の「定員枠外」として扱われます。
幕下付出で初土俵を踏む力士は、「初土俵」となる場所の「番付表」に四股名は記載されていません(見なし格として本場所に出場する)。前相撲からスタートする新弟子と同様に、初土俵場所の番付には名前の記載がなく、制度上120名の枠外として幕下の土俵に上がります。
幕下付出の制度や仕組みについては、以下の解説記事もあわせてご覧ください。
なぜ「幕下」と呼ばれるのか?その由来と歴史
現在の大相撲では「幕内」「十両」「幕下」という順序になっているため、「十両の下なのになぜ幕下と呼ぶのだろう?」と疑問に思う方も少なくありません。
この呼び名は、まだ「十両(十枚目)」という独立した階級が存在しなかった江戸時代から明治初期までの名残です。当時の番付は「幕内」のすぐ下が「幕下二段目」であったため、文字通り「幕の内側(幕内)の下」という意味で「幕下」と呼ばれていました。
明治21年(1888年)に十枚目(十両)が独立した階級として確立された後も、歴史ある「幕下」の呼称がそのまま受け継がれ、現在の上から3番目の階級を指す名称として定着しています。
「関取」と「力士養成員」の厳しい壁
大相撲の世界には、十両以上を指す「関取(せきとり)」と、幕下以下を指す「力士養成員(りきしようせいいん・通称「取的(とりてき)」)」の間に、天と地ほどの大きな待遇の差が存在します。
幕下力士は、どれほど土俵上で強い相撲を取っていても、制度上の立場はあくまで「養成員(修業中の身)」です。関取と幕下以下の間には、生活や身の回りにおいて極めて明確な格差が設けられています。
給料と生活環境の格差
最も大きな違いは金銭面と生活環境です。
- 給料の違い:十両以上の関取には日本相撲協会から毎月の月給が支給されますが、幕下力士に月給はありません。本場所ごとに支給される「力士養成員場所手当(幕下は1場所あたり16万5,000円)」や、本場所の成績に応じて支給される「幕下以下奨励金」などが主な収入となります(付け人を務める関取から個人的にお小遣いをもらう程度です)。
- 大部屋生活と付け人:関取になると相撲部屋で個室が与えられ、身の回りの世話をしてくれる「付け人」がつきます。一方、幕下力士は大部屋で寝起きし、ちゃんこ番や掃除といった部屋の雑務をこなしながら、関取の付け人を務めます(※ただし将来を有望視された力士は、稽古に専念させる目的で師匠の判断により雑用が免除される場合もあります)。
- 移動の扱い:地方場所への移動の際、関取は飛行機や新幹線での個別移動が認められますが、幕下以下は「相撲列車」などに乗り、全員で集団移動を行います。
まわし(稽古廻し・取り廻し)と下がりの違い
土俵上で身につける「まわし」にも、関取と幕下以下で決定的な違いがあります。
- 稽古廻し(けいこまわし):関取は「白色の木綿廻し」を締めて稽古を行いますが、幕下以下は「黒色の木綿廻し」を使用します。稽古場を見れば、誰が関取で誰が養成員かが一目で分かります。
- 本場所の取り廻し(締め込み):関取は本場所の土俵で「博多織の絹の締め込み(規定上は黒色ですが事実上は各力士好みの自由なカラー)」を締めます。一方、幕下以下の力士は本場所用の特別な締め込みを持たず、普段の稽古で使っている黒木綿の廻しをそのまま本場所の土俵でも使用します。
- 下がり(さがりの違い):まわしの前に挟む「下がり」について、関取のものは取り廻しと同じ布で作られ、ふのりなどでパリッと硬くのり付けされています。一方、幕下以下の下がりはのり付けされていない柔らかい紐状のもの(色は自由)を使用します。
土俵下の控え座布団(座布団と直座)の違い
土俵下で出番を待つ「控え席」の扱いにも、地位による明確な格式の差が存在します。
- 幕内:後援者などから贈られた「私物の座布団」(四股名や家紋が入った自由な色やデザイン)に座ることができます。
- 十両:相撲協会が用意した「紫一色の共用座布団」に座ります。
- 幕下以下:土俵下の控え席に座布団は用意されず、座布団なしで直接座って出番を待ちます。
ただし、後述する「幕下上位五番」に出場する力士や、十両力士との対戦(関取との対戦)が組まれた幕下力士に限り、特例として十両と同じ「紫色の共用座布団」に座ることが認められています(※日本相撲協会公式の大相撲クイズ No.1466でも、幕下上位五番が他の幕下取組と異なる点として「十両と同じ控え座布団を使用すること」が解説されています)。
力士養成員の中での優遇(服装と身なり規定)
関取との間には厳しい壁が存在する幕下ですが、三段目・序二段・序ノ口といった下位の階級と比べると、力士養成員の最上位として明確な身なりのステップアップが認められています。
履物と足袋のステップアップ(三段目と幕下の違い)
大相撲の伝統的な服装規定において、足元の装いは階級ごとに厳格に定められています。
- 序二段以下:素足に下駄を履きます。
- 三段目:下駄を卒業し、エナメル製の雪駄を履くことが許されます(原則として素足)。
- 幕下:エナメル製の雪駄に加えて、「黒足袋(足袋)」を履くことが許されます。
日本相撲協会公式サイトの公式解説(大相撲クイズ No.1168)でも、「序ノ口・序二段で下駄しか履けなかったのが三段目に雪駄が許され、幕下になると博多帯・番傘・足袋が許されます」と明記されており、足袋の着用は幕下に昇進して初めて得られる大きな特権と位置づけられています(※下駄から雪駄への昇進規定は、同公式の大相撲クイズ No.977でも解説されています)。
十両以上の関取になると「白足袋に畳張りの雪駄」となるため、幕下の「黒足袋にエナメル雪駄」といういでたちは、力士養成員の頂点として足元から引き締まった風格を漂わせます。
博多帯・外套・番傘の着用
足袋のほかにも、幕下に昇進することで解禁される身の回りの品々があります。
- 博多帯の着用:三段目以下の力士はベンベルグや縮緬などの帯を締めますが、幕下になると高級な博多帯(博多織の帯)を締めることが許されます。
- 冬場の外套(コート)・マフラー:寒い冬場には、着物や羽織の上からウールなどの外套(コート)やマフラー(襟巻き)を着用することが認められます。
- 番傘(蛇の目傘):雨天時に、洋傘やビニール傘ではなく、伝統的な番傘や蛇の目傘を差して歩くことが許されます。
髷(まげ)の原則と大銀杏を結える例外
幕下以下の力士の普段の髪型は「丁髷(ちょんまげ)」であり、扇のような形に広がる「大銀杏(おおいちょう)」を結うことは原則として関取だけの特権です。
しかし、以下のような特別な場面においては、幕下力士であっても大銀杏を結うことが公式に容認されています。
- 十両力士との対戦時:本場所で十両力士との対戦(関取との割)が組まれた場合。
- 本場所の弓取式:結びの一番の後に土俵上で弓取式を務める力士。
- 巡業での初切(しょっきり):巡業などで相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する初切を担当する場合。
- 床山の練習台:大銀杏を結う技術を磨くため、部屋の床山(とこやま)の練習台となる場合。
- 引退時の断髪式:現役を引退して土俵上で髷にハサミを入れる断髪式を行う場合。最高位が幕下の力士(一度も関取に上がれなかった力士)であっても、長年の精進と土俵生活への敬意・温情として、最初で最後の大銀杏を結うことが許されています。
幕下の本場所ルールと取組
本場所における幕下の取組には、十両以上とは異なる独自のルールが設けられています。
- 1場所7番の取組:15日間毎日土俵に上がる関取とは異なり、幕下力士は15日間の本場所中に原則として7番の相撲を取ります。4勝3敗以上で「勝ち越し」、3勝4敗以下で「負け越し」となります。
- 取組の制限時間:仕切りの制限時間は、幕内が4分、十両が3分であるのに対し、幕下以下は2分と短く設定されています。
- 塩と力水:土俵上での塩まきや力水は原則として十両以上の特権であり、幕下の取組では行われません(進行が著しく早く、時間調整が必要な場合に例外として塩をまくことがあります)。
- 優勝賞金:幕下で7戦全勝などを収めて各段優勝を果たした力士には、優勝賞金として50万円が授与されます。
制限時間の詳細や土俵上の塩に関するルールについては、以下の各解説記事も参考にしてください。
関取目前!白熱の「幕下上位五番」
幕下の取組の中でも、ファンの熱い視線が集まるのが「幕下上位五番(幕下上位)」です。
大相撲の本場所では、十両力士の支度や進行の都合上、幕下の取組を5番残したタイミングで「十両土俵入り」が行われます。この十両土俵入りの直後に行われる幕下の最後の5番が「幕下上位五番」と呼ばれます。
この土俵に上がるのは、十両昇進を目前にした幕下上位(主に15枚目以内)の実力者たちです。また、場所終盤(13日目〜千秋楽など)には、幕下中位・下位の力士であっても全勝対決などの「幕下優勝を争う注目の大一番」が上位五番に組み込まれることがあります。
場内では「幕下、上位の取組であります」とアナウンスされ、土俵下には十両力士と同じ紫色の共用座布団が用意され、十両格行司や十両呼出が進行を務めるなど、関取に準じた待遇が用意されます。給料の出る「関取」になれるかどうかの境界線で戦う力士たちの気迫は、幕内にも引けを取らない緊迫感に満ちています。
「幕下」のまとめ
幕下は、大相撲の番付において幕内・十両に次ぐ第3の階級であり、力士養成員の頂点に立つ地位です。
月給や個室、絹の締め込み、土俵下の座布団といった関取待遇こそありませんが、博多帯や番傘、そして黒足袋の着用が許されるなど、厳しい下積みを勝ち上がってきた実力者としての誇りが与えられます。東西60枚・計120名の力士たちが関取昇進という悲願を胸に土俵へ上がる7番の取組には、大相撲の厳しさと醍醐味が凝縮されています。
他にも気になる相撲言葉が調べたいときは、大相撲用語事典へぜひどうぞ。
また、当サイトでは出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。
決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。
当サイトのいろんな記事へのリンクをまとめたナビゲーションページです。
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