大相撲の塩(清めの塩)とは?撒く意味や銘柄・歴史と「関取の証」

大相撲用語解説。今回は土俵でおなじみの「塩(清めの塩)」について解説します。

力士が土俵いっぱいに豪快に塩を撒く姿は、大相撲中継でも屈指の華やかな見どころです。なぜ土俵に塩を撒くのか、どんな塩が使われているのか、その深い理由と歴史的な背景を分かりやすく紐解きます。

スポンサーリンク

大相撲の「塩(清めの塩)」とは

大相撲で力士が立ち合う前に土俵上へ撒く塩は、「清めの塩(きよめのしお)」と呼ばれています。

相撲は古来、豊作を祈る神事として発展してきた歴史を持ちます。そのため、土俵は神聖な神の宿る場所とされており、取組の前に塩を撒くことには「神聖な土俵を清めて邪気を祓う」「力士自身の心身を清める」「怪我なく無事に取組を終えられるよう安全を祈る」という厳粛な儀礼の意味が込められています。

「粗塩」を使う実用的な理由

塩を撒く所作には、神事としての清めだけでなく、激しいぶつかり合いを行う力士ならではの実用的な理由もあります。

土俵で使われる塩は、精製されたさらさらした食塩ではなく、ミネラル分を含んだ「粗塩(あらじお)」です。粗塩が用いられるのには、主に以下のような実利的なメリットがあります。

  • 手に適度な湿り気を持たせる:適度な水分と「にがり」を含んでいるため、力士の手にしっとりとなじみ、滑り止めとなり塩が掴みやすくなります。
  • 指の間からこぼれにくい:粒が大きいため、塩を掴んで撒く際に手からこぼれにくく、しっかりと土俵上へ届きます。
  • すり傷の消毒:土俵の土で皮膚を擦りむいた際、塩が傷口の自然な殺菌・消毒の役割を果たすといわれています。

塩を撒くことができるのは「十両以上」の特権

大相撲を観戦していると当たり前に見える「塩まき」ですが、実はすべての力士が自由に塩を撒けるわけではありません。

スポンサーリンク

本場所で土俵に塩を撒くことが許されているのは、原則として十枚目(十両)以上の関取に限られています。幕下以下の力士たちの取組では、原則として塩を撒く所作は行われません。

ただし、取組の進行状況によって時間に余裕がある場合に限り、十両との取組に出場する幕下力士や、幕下二段目(幕下のこと)の上位力士が例外的に塩を撒くことが認められる場合もあります。

一人前の関取になって初めて、土俵で力水をつけ、塩を掴んで撒くことができる――。塩まきは、厳しい土俵の世界における「関取の証」であり、力士たちの憧れでもあるのです。

スポンサーリンク

土俵の塩はどこの塩?銘柄と驚きの消費量

土俵の上で使われている塩は、一体どのような銘柄で、どれくらいの量が消費されているのでしょうか。

東京場所と名古屋場所では市販の「伯方の塩」を採用

両国国技館で行われる東京場所(一月場所・五月場所・九月場所)や名古屋場所(七月場所)の土俵で使われているのは、テレビCMでも広く知られる伯方塩業の「伯方の塩」です。特別な特注品ではなく、一般のスーパーなどで市販されているものと全く同じ粗塩が使われています。

スポンサーリンク

伯方の塩が採用されたのは、昭和62年(1987年)五月場所のことでした。きっかけは伯方の塩の2代目社長が、『日本の国技である相撲は“塩”と切っても切り離せない。相撲にとって大切なその塩を伯方の塩にしたい』と考え、日本相撲協会に売り込んだことでした。それ以前は塩化ナトリウム99%以上の精製塩が使われていましたが、さらさらして手からこぼれやすく、盛り塩にしにくいという難点がありました。そこで、ほどよい湿り気と粒の大きさを持つ伯方の塩との出会いは相撲協会にとっても渡りに船であり、採用に至ったという経緯があります。現在では七月の名古屋場所などでも使用されています。

1日に約45kg、1場所で600kg以上を消費

本場所では、十両以上の取組全体で1日に約45kgもの塩が消費されます。15日間の本場所全体では、実に600kg〜650kg前後にものぼる計算です。

土俵の赤房下(東方)と白房下(西方)の二ヵ所には、竹で編まれた「塩かご(塩籠)」が置かれており、呼出によって山のように塩が盛られます。この塩かごには、一度におよそ5kg前後の塩が用意されています。

仕切りの心理戦と「制限時間」のルール

力士が仕切り直しのたびに赤房下や白房下の塩かごへ塩を取りに行くことを、相撲界では「塩に行く」または「塩に分かれる」と言います。

塩を取りに行く数秒間は、力士にとって気持ちを落ち着かせ、呼吸を整え、相手との間合いを測る貴重な心理戦の時間でもあります。

スポンサーリンク

制限時間いっぱいを迎えると「塩取り」は禁止

仕切り制限時間内であれば、仕切り直すたびに何度でも塩を取りに戻ることができます。しかし、行司から「時間です」と声がかかり、制限時間いっぱいを迎えた後の仕切り直しでは、再び塩を取りに戻ることは禁止されています。

もし制限時間後に土俵の外へ出て塩を取ろうとすれば、その時点で「土俵の外へ出た」とみなされ、負けになってしまいます。仕切り制限時間のルールや歴史については、以下の記事で詳しく解説しています。

照明に映える「塩の華」と豪快な名物力士たち

力士が高々と撒いた塩が、吊り屋根からの照明を浴びてキラキラと白く舞い散る美しい情景は、報道やファンの間で「塩の華(しおのはな)」と表現されます。

塩の撒き方には力士それぞれの個性や美学が表れます。指先でほんの少量を慎重につまんで撒く力士もいれば、手のひらからこぼれんばかりの大量の塩を豪快に宙へ放り投げる力士もいます。

元関脇・水戸泉と「ソルトシェイカー」の系譜

大相撲史上、最も豪快な塩まきで館内を沸かせた代表格が、元関脇の水戸泉(10代錦戸)です。

スポンサーリンク

水戸泉が1回に掴む塩の量は約600gにも達し、右手を大きく振りかぶって土俵の天井高くへ撒き上げるパフォーマンスは、大相撲のロンドン公演(イギリス巡業)の際、現地メディアから「ソルトシェイカー」と称賛されて大人気を博しました。

この豪快な塩まきに憧れたのが、元幕内の北桜(現・式秀親方)です。平成12年(2000年)七月場所十四日目の十両戦で、対戦相手だった水戸泉の塩まきを真似て大量の塩を撒いて見事に勝利。その場所限りで水戸泉が引退したため、北桜はファンから「2代目ソルトシェイカー」の名を受け継ぎ、土俵を大いに盛り上げました。

近年でも、元幕内の照強が両手で雪玉を作るように塩を固め、土俵を真っ白に染める特大の塩まきを披露して館内を大歓声で包むなど、豪快な塩まきは時代を超えてファンに愛され続けています。

「塩」のまとめ

大相撲における「塩(清めの塩)」は、神聖な土俵を清め、力士の安全を祈る神事の伝統であると同時に、滑り止めや消毒といった激しい格闘のための実用的な知恵でもあります。

関取だけが許された特権であることや、昭和62年(1987年)から導入された「伯方の塩」の特性、そして制限時間いっぱいの緊迫した駆け引きを知ることで、仕切りのたびに舞う「塩の華」の美しさと迫力がより一層心に響くはずです。

スポンサーリンク

他にも気になる相撲言葉が調べたいときは、大相撲用語事典へぜひどうぞ。

また、当サイトでは出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。

当サイトのいろんな記事へのリンクをまとめたナビゲーションページです。

スポンサーリンク


コメントはお気軽にどうぞ

※当サイトは個人が運営するサイトであり、日本相撲協会及び、各相撲部屋とは関連がないことをご了承ください。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。※当サイトは個人が運営するサイトです。