東関(あずまぜき)部屋の主な所属力士をご紹介する東関部屋の大相撲力士まとめ!
この記事では東関部屋の主な関取を中心に紹介していきます。最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。
東関部屋の基本情報
- 一門
- :高砂一門
- 創設
- :昭和61年(1986年)2月1日
- 創設者
- :第12代・東関 大五郎 (元関脇・高見山 大五郎)
- 最終師匠
- :第14代・東関 大五郎 (元小結・高見盛 精彦)
- 閉鎖
- :令和3年(2021年)3月31日
東関部屋の概略
昭和59年(1984)5月場所を最後に現役を引退し、高砂部屋の部屋付き親方を務めていた12代・東関(元関脇・高見山)が、昭和61年(1986)2月に内弟子を連れて分家独立を果たし、東関部屋を創設しました。これは、外国出身者が興した史上初の相撲部屋です。
その後、同じ高砂一門である中村部屋が親方の停年を迎えるにあたって閉鎖される事が決まり、平成24年(2012)12月19日に同部屋から力士と床山を受け入れています。
12代東関の停年にともない平成21年(2009)5月場所を最後に現役を引退して13代東関を襲名した潮丸(元幕内)は、東関部屋のために精力的に活動、平成30年(2018)1月29日には、これまで墨田区だった部屋を葛飾区柴又へと移して新たなスタートとなりました。
ところが、その直後から体調を崩していた東関は令和元年(2019)12月13日、血管肉腫という非常に稀な癌のために夭逝されました。残された部屋の力士たちは八角部屋預かりとして直後の初場所に臨み、その後の処遇が懸念されていましたが場所後の1月30日、部屋付親方だった16代振分(元小結・高見盛)が14代東関を襲名し、部屋を継承することが発表されました。
しかし、そこから約1年。当初から柄ではないと断っていた14代東関に「師匠」という立場は重くのしかかり、最終的には部屋の力士にとって何が最良かを考えた結果、部屋の閉鎖を決断。親方と力士全員は八角部屋へ移籍となりました。
東関部屋の優勝力士
東関部屋 歴代幕内優勝力士一覧
東関部屋では曙が幕内優勝を達成し、優勝回数はあわせて11回でした。
初優勝は、34年1ヶ月前の平成4年(1992年)5月場所で、最後の優勝は25年7ヶ月前の平成12年(2000年)11月場所でした。
連覇記録では、曙が3連覇を1回、2連覇を1回達成しました。
| 場所年月 | 四股名 | 番付 | 成績 | 年齢 | 出身地 | 最高位 | 部屋 | 備考 |
|---|
平成12年11月 (2000年)H12.11 2000 | 曙 [11回目] | 西横綱 | 14勝1敗 | 31歳6ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成12年7月 (2000年)H12.7 2000 | 曙 [10回目] | 東横綱 | 13勝2敗 | 31歳2ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成9年5月 (1997年)H9.5 1997 | 曙 [9回目] | 西横綱 | 13勝2敗 | 28歳0ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成7年3月 (1995年)H7.3 1995 | 曙 [8回目] | 西横綱 | 14勝1敗 | 25歳10ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成6年3月 (1994年)H6.3 1994 | 曙 [7回目] | 東横綱 | 12勝3敗 | 24歳10ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成5年11月 (1993年)H5.11 1993 | 曙 [6回目] 3連覇 | 東横綱 | 13勝2敗 | 24歳6ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成5年9月 (1993年)H5.9 1993 | 曙 [5回目] 2連覇 | 東横綱 | 14勝1敗 | 24歳4ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成5年7月 (1993年)H5.7 1993 | 曙 [4回目] | 東横綱 | 13勝2敗 | 24歳2ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成5年1月 (1993年)H5.1 1993 | 曙 [3回目] 2連覇 | 東大関 | 13勝2敗 | 23歳8ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成4年11月 (1992年)H4.11 1992 | 曙 [2回目] | 西大関 | 14勝1敗 | 23歳6ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
平成4年5月 (1992年)H4.5 1992 | 曙 [初] | 西関脇 | 13勝2敗 | 23歳0ヶ月 | ハワイ | 横綱 | 東関 |
東関部屋 幕内優勝回数ランキング
東関部屋の幕内優勝回数ランキングです。曙は横綱として8回、大関として2回、関脇で1回、合計で11回優勝しています。優勝した場所での本割の成績は146勝19敗で、勝率は.885となっています。
※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。
| 順位 | 四股名 | 最高位 | 優勝 回数 | 横綱 | 大関 | 関脇 | 小結 | 前頭 | 勝利 合計 | 敗戦 合計 | 勝率 | 部屋 | 出身地 |
|---|
| 1位 | 曙 | 横綱 | 11回 | 8 | 2 | 1 | 0 | 0 | 146勝 | 19敗 | .885 | 東関 | ハワイ |
東関部屋の三賞受賞力士
東関部屋 歴代三賞受賞力士一覧
東関部屋では、2人の力士が三賞を受賞し、獲得数はあわせて11回でした。
受賞の内訳は、技能賞が2回、殊勲賞が5回、敢闘賞が4回となっています。
また、ダブル受賞は曙が1回ずつ達成しました。
| 場所年月 | 番付 | 受賞力士 | 受賞 | 成績 | 受賞時 年齢 | 出身地 | 部屋 | 初土俵 | 生年月日 |
平成15年9月 (2003年)H15.9 (2003) | 東前頭筆頭 | 東前頭筆頭高見盛 | 敢闘賞 [2回目] | 9勝6敗 | 27歳4ヶ月 | 青森県 | 東関 | 平成11年3月 (1999年) | 昭和51年5月12日 (1976年) |
平成15年7月 (2003年)H15.7 (2003) | 西前頭3 | 西前頭3高見盛 | 殊勲賞 [初] | 9勝6敗 | 27歳2ヶ月 | 青森県 | 東関 | 平成11年3月 (1999年) | 昭和51年5月12日 (1976年) |
平成15年3月 (2003年)H15.3 (2003) | 西前頭2 | 西前頭2高見盛 | 技能賞 [2回目] | 8勝7敗 | 26歳10ヶ月 | 青森県 | 東関 | 平成11年3月 (1999年) | 昭和51年5月12日 (1976年) |
平成14年7月 (2002年)H14.7 (2002) | 東前頭2 | 東前頭2高見盛 | 技能賞 [初] | 9勝6敗 | 26歳2ヶ月 | 青森県 | 東関 | 平成11年3月 (1999年) | 昭和51年5月12日 (1976年) |
平成12年7月 (2000年)H12.7 (2000) | 東前頭11 | 東前頭11高見盛 | 敢闘賞 [初] | 10勝5敗 | 24歳2ヶ月 | 青森県 | 東関 | 平成11年3月 (1999年) | 昭和51年5月12日 (1976年) |
平成4年5月 (1992年)H4.5 (1992) | 西関脇 | 西関脇曙 | 殊勲賞 [4回目] | 13勝2敗 優勝 | 23歳0ヶ月 | ハワイ | 東関 | 昭和63年3月 (1988年) | 昭和44年5月8日 (1969年) |
平成4年1月 (1992年)H4.1 (1992) | 西小結 | 西小結曙 ダブル | 敢闘賞 [2回目] | 13勝2敗 | 22歳8ヶ月 | ハワイ | 東関 | 昭和63年3月 (1988年) | 昭和44年5月8日 (1969年) |
| 殊勲賞 [3回目] |
平成3年3月 (1991年)H3.3 (1991) | 東小結 | 東小結曙 | 殊勲賞 [2回目] | 8勝7敗 | 21歳10ヶ月 | ハワイ | 東関 | 昭和63年3月 (1988年) | 昭和44年5月8日 (1969年) |
平成3年1月 (1991年)H3.1 (1991) | 西前頭筆頭 | 西前頭筆頭曙 | 殊勲賞 [初] | 8勝7敗 | 21歳8ヶ月 | ハワイ | 東関 | 昭和63年3月 (1988年) | 昭和44年5月8日 (1969年) |
平成2年11月 (1990年)H2.11 (1990) | 西前頭7 | 西前頭7曙 | 敢闘賞 [初] | 9勝6敗 | 21歳6ヶ月 | ハワイ | 東関 | 昭和63年3月 (1988年) | 昭和44年5月8日 (1969年) |
東関部屋 三賞受賞回数ランキング
受賞回数は、1位が曙で6回(殊勲賞4回・敢闘賞2回)、2位が高見盛で5回(殊勲賞1回・技能賞2回・敢闘賞2回)となっています。
| 順位 | 四股名 | 三賞 合計 | 技能賞 | 殊勲賞 | 敢闘賞 | 最高位 | 部屋 | 出身地 |
| 1位 | 曙 | 6回 | 0 | 4 | 2 | 横綱 | 東関 | ハワイ |
| 2位 | 高見盛 | 5回 | 2 | 1 | 2 | 小結 | 東関 | 青森県 |
文字サイズ:
五十音で絞り込む
最高位で絞り込む
該当力士:8 名
第64代横綱 曙 太郎
曙 太郎(あけぼの たろう)はアメリカ・ハワイ・オアフ島出身、東関部屋の元力士で、最高位は第64代横綱。
昭和63年(1988)3月場所に18歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成13年(2001)1月場所を最後に引退(31歳8ヶ月)。
通算成績は654勝232敗181休882出場。生涯勝率.738。通算78場所中、62場所を勝ち越した(勝ち越し率.805)。
主な成績は幕内優勝11回(同点3,次点10)。殊勲賞4回,敢闘賞2回,金星4個(旭富士2個、大乃国1個、北勝海1個)。
昭和44年(1969)5月8日生まれ。本名は曙 太郎(ハワイ名はチャド・ジョージ・ハヘオ・ローウェン)。
外国人初となる横綱。謙虚で礼儀正しく「日本人以上に日本人らしい」と評された。長いリーチを活かした突っ張りが武器で、平成初期の大相撲ブームの一翼を担った
- 四股名
- 曙 太郎(あけぼの たろう)
- 最高位
- 第64代横綱
- 年寄名跡
- 五年年寄 曙 太郎
- 出身地
- アメリカ・ハワイ・オアフ島
- 本名
- チャド・ジョージ・ハヘオ・ローウェン→曙 太郎
- 生年月日
- 昭和44年(1969)5月8日
- 所属部屋
- 東関部屋
- 改名歴
- 大海 → 曙 太郎
- 初土俵
- 昭和63年(1988)3月 前相撲(18歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成2年(1990)3月(所要12場所)
- 20歳10ヶ月(初土俵から2年0ヶ月)
- 新入幕
- 平成2年(1990)9月(所要15場所)
- 21歳4ヶ月(初土俵から2年6ヶ月)
- 新小結
- 平成3年(1991)3月(所要18場所)
- 21歳10ヶ月(初土俵から3年0ヶ月)
- 新関脇
- 平成3年(1991)5月(所要19場所)
- 22歳0ヶ月(初土俵から3年2ヶ月)
- 新大関
- 平成4年(1992)7月(所要26場所)
- 23歳1ヶ月(初土俵から4年4ヶ月)
- 横綱昇進
- 平成5年(1993)3月(所要30場所)
- 23歳10ヶ月(初土俵から5年0ヶ月)
- 最終場所
- 平成13年(2001)1月(31歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 78場所(12年10ヶ月)
- 通算成績
- 654勝232敗181休882出場(勝率.738)
- 通算78場所
- 勝ち越し62場所(勝ち越し率.805)
- 優勝等
- 幕内優勝11回(同点3,次点10)
- 受賞・金星
- 殊勲賞4回,敢闘賞2回,金星4個
- 幕内戦歴
- 566勝198敗181休760出場(勝率.741)
- 在位63場所(在位率.808)
- 勝ち越し48場所(勝ち越し率.762)
- 横綱戦歴
- 432勝122敗166休550出場(勝率.780)
- 在位48場所(在位率.615)
- 勝ち越し36場所(勝ち越し率.750)
- 大関戦歴
- 36勝9敗15休45出場(勝率.800)
- 在位4場所(在位率.051)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率.750)
- 三役戦歴
- 56勝34敗0休90出場(勝率.622)
- 在位6場所(在位率.077)
- 勝ち越し4場所(勝ち越し率.667)
- 関脇戦歴
- 28勝17敗0休45出場(勝率.622)
- 在位3場所(在位率.038)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
- 小結戦歴
- 28勝17敗0休45出場(勝率.622)
- 在位3場所(在位率.038)
- 勝ち越し2場所(勝ち越し率.667)
- 前頭戦歴
- 42勝33敗0休75出場(勝率.560)
- 在位5場所(在位率.064)
- 勝ち越し5場所(勝ち越し率1.000)
- 十両戦歴
- 30勝15敗0休45出場(勝率.667)
- 在位3場所(在位率.038)
- 勝ち越し3場所(勝ち越し率1.000)
- 関取戦歴
- 596勝213敗181休805出場(勝率.737)
- 在位66場所(在位率.846)
- 勝ち越し51場所(勝ち越し率.773)
- 幕下以下歴
- 58勝19敗0休77出場(勝率.753)
- 在位11場所(在位率.141)
- 勝ち越し11場所(勝ち越し率1.000)
高見盛 精彦
高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)は青森県北津軽郡板柳町出身、東関部屋の元力士で、最高位は小結。
平成11年(1999)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)1月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。
通算成績は563勝564敗46休1125出場。生涯勝率.500。通算83場所中、39場所を勝ち越した(勝ち越し率.470)。
主な成績は十両優勝1回。殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個(武蔵丸1個、朝青龍1個)。
昭和51年(1976)5月12日生まれ。本名は加藤 精彦。
独特の仕切りで「角界のロボコップ」と呼ばれた人気者。花道を退く際の姿でダイレクトに伝わってくるストレートな感情表現も魅力だった。
現役引退後は16代振分を襲名し、兄弟子でもあった13代東関(元幕内・潮丸)を支え続けていたが令和元年(2019)12月13日に13代が夭折。自身に「師匠」が務まるのか悩んだが、熟考の末に部屋を継承することを決意、14代東関を襲名し先代の意思を受け継ぐこととなった。
しかし師匠としての重責は大きく、令和3年(2021)4月1日付で東関部屋を閉鎖、所属力士らと共に八角部屋へ移籍した。
- 年寄
- 14代東関 精彦(八角部屋)
- 四股名
- 高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 16代振分 精彦 → 14代東関 大五郎 → 14代東関 大五郎 → 14代東関 精彦
- 出身地
- 青森県北津軽郡板柳町
- 本名
- 加藤 精彦
- 生年月日
- 昭和51年(1976)5月12日(50歳)
- 出身高校
- 青森県立弘前実業高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 東関部屋
- 改名歴
- 加藤 精彦 → 高見盛 精彦
- 初土俵
- 平成11年(1999)3月 幕下60枚目格付出(22歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成12年(2000)1月(所要5場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)7月(所要8場所)
- 24歳1ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新小結
- 平成14年(2002)9月(所要21場所)
- 26歳3ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成25年(2013)1月(36歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 83場所(13年10ヶ月)
- 通算成績
- 563勝564敗46休1125出場(勝率.500)
- 通算83場所
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.470)
- 優勝等
- 十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個
- 幕内戦歴
- 408勝446敗16休852出場(勝率.478)
- 在位58場所(在位率.699)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.431)
- 小結戦歴
- 9勝21敗0休30出場(勝率.300)
- 在位2場所(在位率.024)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 399勝425敗16休822出場(勝率.484)
- 在位56場所(在位率.675)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.446)
- 十両戦歴
- 111勝99敗30休210出場(勝率.529)
- 在位16場所(在位率.193)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.375)
- 関取戦歴
- 519勝545敗46休1062出場(勝率.488)
- 在位74場所(在位率.892)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.419)
- 幕下以下歴
- 44勝19敗0休63出場(勝率.698)
- 在位9場所(在位率.108)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)
潮丸 元康
静岡県静岡市出身、東関部屋の元力士で最高位は前頭10枚目。相撲経験はなかったが中学を卒業とともに東関部屋へと入門、堅実な努力により平成14年1月場所で新十両、9月場所で新入幕となった。これは東関部屋として曙、高見盛に次ぐ3人目の幕内力士。また静岡出身として昭和以降、天竜、天城山、駿河海、和錦に次ぐ5人目の幕内力士。
あんこ型の典型を活かした突き押し相撲が得意で、また差し身も良く、もろ差しからの寄りにも定評があった。相撲人形のような体型と童顔も愛された人気力士。
師匠の停年にあわせて引退し東関部屋を継承。頭脳明晰な13代東関は平成24年には平年寄から一気に勝負審判に抜擢された。原則としては現役時代の最高位が前頭2枚目以上の委員の年寄が勝負審判を務めるといわれていた為、これは異例のこと。ここからもその秀才ぶりが窺える。勝負審判としての土俵下の鋭い眼光は印象的だった。
血管肉腫という血管の内皮細胞から発生する極めて稀な癌の為、令和元年12月13日に永眠。亡くなる前日には平成30年1月場所後に移転したばかりだった柴又の東関部屋に戻り、弟子たちひとりひとりの手を握りながら名前を呼んで別れを惜しんだ。
- 四股名 :潮丸 元康(うしおまる もとやす)
- 最高位 :前頭10枚目
- 年寄名跡:24代小野川⇒13代東関
- 出身地 :静岡県静岡市
- 本 名 :佐野 元泰
- 生年月日:昭和53年(1978)5月11日
- 没年月日:令和元年(2019)12月13日(享年41歳)
- 所属部屋:東関部屋
- 改名歴 :高見佐野⇒天福⇒潮丸
- 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳10ヵ月)
- 新十両 :平成14年(2002)1月(23歳8ヵ月)
- 新入幕 :平成14年(2002)9月(24歳4ヵ月)
- 最終場所:平成21年(2009)5月(31歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:482勝448敗51休/927出場(92場所)
- 生涯勝率:51.8%
- 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
- 幕内戦歴:68勝92敗20休(12場所)勝率:42.5%
- 十両戦歴:222勝212敗31休(31場所)勝率:51.2%
華王錦 武志
華王錦 武志(かおうにしき たけし)は秋田県 仙北郡美郷町出身、東関部屋の力士で最高位は十両6枚目。令和3年3月場所の番付は東 三段目75枚目。
仙南中学相撲部では全国大会で個人団体ともにベスト8。東洋大では4年次に主将を務め、全国学生相撲選手権大会で団体優勝を果たした。平成23年7月には入門以来約10年、32歳での十両昇進も遂げた大ベテラン
- 四股名
- 華王錦 武志(かおうにしき たけし)
- 最高位
- 十両6枚目
- 最新番付
- 東 三段目75枚目
- 出身地
- 秋田県 仙北郡美郷町
- 本名
- 村田 武志
- 生年月日
- 昭和53年(1978)9月14日(47歳)
- 出身高校
- 大曲農業高校
- 出身大学
- 東洋大学
- 所属部屋
- 東関部屋
- 改名歴
- 村田⇒華王錦
- 初土俵
- 平成13年(2001)5月(22歳8ヵ月)
- 新十両
- 平成23年(2011)7月(32歳10ヵ月)
- 優勝等
- 序ノ口優勝1回
- 通算成績
- 404勝384敗54休/782出場(勝率:51.7%)
- 直近7場所
- 20勝18敗11休
- 7場所勝率
- 55.6%
- 令3年3月
- 東 三段目75枚目(13枚降下)
- 1勝1敗5休
- -■ややや|ややややや|やや○--
- 令3年1月
- 東 三段目62枚目(64枚上昇)
- 3勝4敗
- ○--●○|--○●-|●--■-
- 令2年11月
- 東 序二段26枚目(50枚半降下)
- 6勝1敗
- ○--●-|○○--○|-○-○-
- 令2年9月
- 西 三段目75枚目(14枚降下)
- 0勝1敗6休
- ●-ややや|ややややや|ややややや
- 令2年7月
- 西 三段目61枚目(28枚半降下)
- 2勝5敗
- -●-●●|-○--○|-●--●
- 令2年3月
- 東 三段目33枚目(59枚半上昇)
- 2勝5敗
- ●--○●|--●-○|-●--●
- 令2年1月
- 西 三段目92枚目
- 6勝1敗
- -●-○○|-○--○|○---○
大喜 進
曙に刺激を受けて来日も深刻なホームシックで若くして引退。帰国後、知人との金銭トラブルから刺殺される悲劇が
- 四股名 :大喜 進(だいき すすむ)
- 最高位 :十両10枚目
- 出身地 :アメリカ ハワイ州オアフ島
- 本 名 :キパパ・パアシィー・ポマイカイ
- 生年月日:昭和48年(1973)7月16日
- 没年月日:平成17年(2005)5月16日(享年31歳)
- 所属部屋:東関部屋
- 改名歴 :若大成⇒大喜
- 初土俵 :平成3年(1991)11月(18歳4ヵ月)
- 新十両 :平成7年(1995)9月(22歳2ヵ月)
- 最終場所:平成10年(1998)1月(24歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:153勝119敗19休/271出場(38場所)
- 生涯勝率:56.3%
- 優勝等 :幕下優勝2回
- 十両戦歴:26勝34敗(4場所)勝率:43.3%
高見藤 英希
学生横綱で付出デビューも、ギャンブルで多額の借金を抱えて師匠との口論の末、部屋を飛び出す
- 四股名 :高見藤 英希(たかみふじ ひでき)
- 最高位 :十両13枚目
- 出身地 :岡山県和気郡和気町
- 本 名 :横山 英希
- 生年月日:昭和55年(1980)5月15日
- 出身大学:東洋大学
- 所属部屋:東関部屋
- 初土俵 :平成16年(2004)3月・幕下15付出(23歳10ヵ月)
- 新十両 :平成19年(2007)3月(26歳10ヵ月)
- 最終場所:平成19年(2007)7月(27歳2ヵ月)
- 生涯戦歴:81勝66敗1休/146出場(20場所)
- 生涯勝率:55.1%
- 優勝等 :なし
- 十両戦歴:6勝9敗(1場所)勝率:40.0%
飛翔富士 廣樹
兵庫県神戸市兵庫区出身、中村部屋から後に東関部屋へと移籍。最高位は13枚目。兵庫中学卒業後に元関脇・富士櫻の中村部屋へと入門。西幕下11枚目で迎えた平成23年(2011)7月を6勝1敗で勝ち越し。通常であれば十両昇進圏外だが、大相撲八百長問題で減らされていた関取定員が翌9月場所から元に戻されるタイミングだったこともあり、新十両昇進を果たした。
しかしその9月場所は4勝11敗と大きく負け越して1場所で幕下へと陥落。結果的に関取としての土俵はこの1場所だけとなった。翌年、平成24年(2012)11月場所後に中村部屋は閉鎖となり東関部屋へと移籍。その後、右膝の靭帯を痛めたことで休場が続き、一時は番付外を経験したが最終的には幕下11枚目まで番付を戻した。
- 四股名 :飛翔富士 廣樹(ひしょうふじ ひろき)
- 最高位 :十両13枚目
- 出身地 :兵庫県神戸市兵庫区
- 本 名 :住 洋樹
- 生年月日:平成元年(1989)7月14日
- 所属部屋:中村⇒東関部屋
- 改名歴 :住⇒飛翔富士
- 初土俵 :平成17年(2005)3月(15歳8ヵ月)
- 新十両 :平成23年(2011)9月(22歳2ヵ月)
- 最終場所:平成29年(2017)1月(27歳6ヵ月)
- 生涯戦歴:234勝197敗47休/431出場(69場所)
- 生涯勝率:54.3%
- 優勝等 :三段目優勝1回,序二段同点1回,序ノ口優勝1回
- 十両戦歴:4勝11敗(1場所)勝率:26.7%
高三郷 勝義
長野県安曇野市出身、東関部屋の元力士で最高位は幕下16枚目。平成17年(2005)3月場所での初土俵から4年がかりでようやく三段目へと昇進、これを機に本名の和木から高三郷へと改名した。その後、閉鎖した中村部屋から同期入門の飛翔富士や白虎たちが移籍してくると「負けたくない」気持ちで稽古に集中することができ、序ノ口に番付が載ってからちょうど8年目となる平成25年(2013)5月場所での新幕下昇進となった。
平成26年(2014)頃から大山親方(元幕内・大飛)の勧めで巡業での初っ切りを担当することになった高三郷は、高田川部屋の勝武士(令和2年5月13日永眠)とコンビを組み、各地の会場を大いに沸かせる人気力士となった。
- 四股名 :高三郷 勝義(たかみさと かつよし)
- 最高位 :幕下16枚目
- 出身地 :長野県安曇野市
- 本 名 :和木 勝義
- 生年月日:平成2年(1990)3月30日
- 所属部屋:東関部屋
- 改名歴 :和木⇒高三郷
- 初土俵 :平成17年(2005)3月(15歳0ヵ月)
- 最終場所:平成30年(2018)5月(28歳2ヵ月)
- 生涯戦歴:275勝271敗/546出場(79場所)
- 生涯勝率:50.4%
- 優勝等 :なし
第12代・東関 大五郎 (元関脇・高見山)
在任期間(昭和61年(1986年)2月2日~平成21年(2009年)6月15日)
第13代・東関 大五郎 (元前頭10枚目・潮丸)
在任期間(平成21年(2009年)6月16日~令和元年(2019年)12月12日)
静岡県静岡市出身、東関部屋の元力士で最高位は前頭10枚目。相撲経験はなかったが中学を卒業とともに東関部屋へと入門、堅実な努力により平成14年1月場所で新十両、9月場所で新入幕となった。これは東関部屋として曙、高見盛に次ぐ3人目の幕内力士。また静岡出身として昭和以降、天竜、天城山、駿河海、和錦に次ぐ5人目の幕内力士。
あんこ型の典型を活かした突き押し相撲が得意で、また差し身も良く、もろ差しからの寄りにも定評があった。相撲人形のような体型と童顔も愛された人気力士。
師匠の停年にあわせて引退し東関部屋を継承。頭脳明晰な13代東関は平成24年には平年寄から一気に勝負審判に抜擢された。原則としては現役時代の最高位が前頭2枚目以上の委員の年寄が勝負審判を務めるといわれていた為、これは異例のこと。ここからもその秀才ぶりが窺える。勝負審判としての土俵下の鋭い眼光は印象的だった。
血管肉腫という血管の内皮細胞から発生する極めて稀な癌の為、令和元年12月13日に永眠。亡くなる前日には平成30年1月場所後に移転したばかりだった柴又の東関部屋に戻り、弟子たちひとりひとりの手を握りながら名前を呼んで別れを惜しんだ。
- 四股名 :潮丸 元康(うしおまる もとやす)
- 最高位 :前頭10枚目
- 年寄名跡:24代小野川⇒13代東関
- 出身地 :静岡県静岡市
- 本 名 :佐野 元泰
- 生年月日:昭和53年(1978)5月11日
- 没年月日:令和元年(2019)12月13日(享年41歳)
- 所属部屋:東関部屋
- 改名歴 :高見佐野⇒天福⇒潮丸
- 初土俵 :平成6年(1994)3月(15歳10ヵ月)
- 新十両 :平成14年(2002)1月(23歳8ヵ月)
- 新入幕 :平成14年(2002)9月(24歳4ヵ月)
- 最終場所:平成21年(2009)5月(31歳0ヵ月)
- 生涯戦歴:482勝448敗51休/927出場(92場所)
- 生涯勝率:51.8%
- 優勝等 :十両優勝1回,幕下優勝1回
- 幕内戦歴:68勝92敗20休(12場所)勝率:42.5%
- 十両戦歴:222勝212敗31休(31場所)勝率:51.2%
第14代・東関 大五郎 (元小結・高見盛)
在任期間(令和2年(2020年)1月30日~令和3年(2021年)3月31日)
高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)は青森県北津軽郡板柳町出身、東関部屋の元力士で、最高位は小結。
平成11年(1999)3月場所に22歳10ヶ月で初土俵を踏み、平成25年(2013)1月場所を最後に引退(36歳8ヶ月)。
通算成績は563勝564敗46休1125出場。生涯勝率.500。通算83場所中、39場所を勝ち越した(勝ち越し率.470)。
主な成績は十両優勝1回。殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個(武蔵丸1個、朝青龍1個)。
昭和51年(1976)5月12日生まれ。本名は加藤 精彦。
独特の仕切りで「角界のロボコップ」と呼ばれた人気者。花道を退く際の姿でダイレクトに伝わってくるストレートな感情表現も魅力だった。
現役引退後は16代振分を襲名し、兄弟子でもあった13代東関(元幕内・潮丸)を支え続けていたが令和元年(2019)12月13日に13代が夭折。自身に「師匠」が務まるのか悩んだが、熟考の末に部屋を継承することを決意、14代東関を襲名し先代の意思を受け継ぐこととなった。
しかし師匠としての重責は大きく、令和3年(2021)4月1日付で東関部屋を閉鎖、所属力士らと共に八角部屋へ移籍した。
- 年寄
- 14代東関 精彦(八角部屋)
- 四股名
- 高見盛 精彦(たかみさかり せいけん)
- 最高位
- 小結
- 年寄名跡
- 16代振分 精彦 → 14代東関 大五郎 → 14代東関 大五郎 → 14代東関 精彦
- 出身地
- 青森県北津軽郡板柳町
- 本名
- 加藤 精彦
- 生年月日
- 昭和51年(1976)5月12日(50歳)
- 出身高校
- 青森県立弘前実業高校
- 出身大学
- 日本大学
- 所属部屋
- 東関部屋
- 改名歴
- 加藤 精彦 → 高見盛 精彦
- 初土俵
- 平成11年(1999)3月 幕下60枚目格付出(22歳10ヶ月)
- 新十両
- 平成12年(2000)1月(所要5場所)
- 23歳7ヶ月(初土俵から0年10ヶ月)
- 新入幕
- 平成12年(2000)7月(所要8場所)
- 24歳1ヶ月(初土俵から1年4ヶ月)
- 新小結
- 平成14年(2002)9月(所要21場所)
- 26歳3ヶ月(初土俵から3年6ヶ月)
- 最終場所
- 平成25年(2013)1月(36歳8ヶ月)
- 大相撲歴
- 83場所(13年10ヶ月)
- 通算成績
- 563勝564敗46休1125出場(勝率.500)
- 通算83場所
- 勝ち越し39場所(勝ち越し率.470)
- 優勝等
- 十両優勝1回
- 受賞・金星
- 殊勲賞1回,敢闘賞2回,技能賞2回,金星2個
- 幕内戦歴
- 408勝446敗16休852出場(勝率.478)
- 在位58場所(在位率.699)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.431)
- 小結戦歴
- 9勝21敗0休30出場(勝率.300)
- 在位2場所(在位率.024)
- 勝ち越し0場所(勝ち越し率.000)
- 前頭戦歴
- 399勝425敗16休822出場(勝率.484)
- 在位56場所(在位率.675)
- 勝ち越し25場所(勝ち越し率.446)
- 十両戦歴
- 111勝99敗30休210出場(勝率.529)
- 在位16場所(在位率.193)
- 勝ち越し6場所(勝ち越し率.375)
- 関取戦歴
- 519勝545敗46休1062出場(勝率.488)
- 在位74場所(在位率.892)
- 勝ち越し31場所(勝ち越し率.419)
- 幕下以下歴
- 44勝19敗0休63出場(勝率.698)
- 在位9場所(在位率.108)
- 勝ち越し8場所(勝ち越し率.889)
出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。
大相撲用語について知りたい方は大相撲大事典をご活用ください。
決まり手の解説記事へのリンクは、以下の一覧ページをご覧ください。
おすすめの記事をご紹介
ここからは当サイトのおすすめ記事をご紹介します。
ネットでの大相撲観戦といえばAbemaTV!「AbemaTV」での視聴方法について解説しています。序ノ口から結びの一番まで完全無料生中継!ぜひ確認してみてください。
当サイトのいろんな記事へのリンクをまとめたナビゲーションページです。