対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

翔猿 正也 (追手風部屋・東京都江戸川区)

翔猿 正也(とびざる まさや)は東京都 江戸川区出身、追手風部屋の力士で最高位は小結。令和8年5月場所の番付は東 前頭15枚目。

東京都江戸川区に生まれ、江戸川区立上一色小学校1年の頃に、兄(のちの前頭6枚目・英乃海)が通っていた台東区立小松竜道場へついて行ったことをきっかけに相撲を始めた。幼少期は野球など他のスポーツにも親しみプロ野球選手や保育士を志した時期もあったが、葛飾区立大道中学校へ進学するとともに葛飾白鳥相撲教室へと移籍し、全国中学校相撲選手権大会で団体優勝したことで相撲の楽しさに目覚める。埼玉栄高校を経て日本大学へと進学し、3年次には団体優勝に貢献したが、右足首の骨折により1年間相撲が取れない苦労も味わった。

追手風部屋入門と兄弟関取

大学時代に満足のいく結果を残せなかったことからプロ入りを決意する。すでに木瀬部屋に入門して関取となっていた兄と同じ部屋では甘えが出ると考え、大学の先輩である遠藤(のちの小結)や、幼馴染の剣翔(のちの前頭6枚目)が所属する追手風部屋へ入門し、平成27年(2015年)1月場所において初土俵を踏んだ。

幕下の土俵で地力を蓄え、平成29年(2017年)7月場所において新十両への昇進を決める。別々の部屋に入門した兄弟が同時に十両以上の番付に在位するのは、大相撲史上3組目の事例であった。この関取昇進を機に、本名から「翔猿」へと改名した。この四股名は、師匠である11代追手風(元前頭・大翔山)の四股名から「翔」の一字を頂き、自身が申年生まれであることと、猿のように土俵上を素早く動き回る自身の相撲スタイルに由来する。昇進時には「他の力士がまねできない速い相撲を取りたい」と意気込みを語った。

新入幕と「猿からゴリラへ」

十両の土俵で実力を磨き、令和2年(2020年)9月場所において新入幕を果たした。新入幕会見では「相手を翻弄して速い相撲、トリッキーな相撲を見せたい」と語り、その言葉通りに持ち味を存分に発揮して11勝4敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞する活躍を見せた。

その後も幕内の土俵で存在感を示し、東前頭筆頭で迎えた令和4年(2022年)9月場所では横綱・照ノ富士を破り自身初となる金星を獲得する。この場所を10勝5敗で終えて殊勲賞を受賞し、続く同年11月場所において念願の新三役となる小結へ昇進した。初土俵から所要46場所での三役昇進について「少しずつコツコツやってきたので、それが実った」と実感を込めつつ、「翔猿からゴリラになるように、もっとパワーをつけたい」「ただ食べて太るのではなく鍛えて太りたい」とさらなる進化への意欲を見せた。

機動力を生かした相撲

幕内の中では決して大きな体格ではないものの、四股名の通り土俵を縦横無尽に素早く動き回る機動力と敏捷性を最大の武器としている。一方で上位陣とも真っ向から組み合う力強さも増しており、令和5年(2023年)7月場所では照ノ富士と56秒に及ぶ長い相撲の末に寄り切りで2つ目の金星を獲得し、「極度の疲労により視界がおぼつかなかった」と死闘を振り返っている。相手を翻弄する軽快な立ち回りと鍛え上げたパワーを融合させ、最高峰の土俵において上位陣を幾度となく苦しめる個性的な相撲を展開している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
翔猿 正也(とびざる まさや)
最高位
小結
最新番付
東 前頭15枚目
出身地
東京都 江戸川区
本名
岩崎 正也
生年月日
平成4年(1992)4月24日(34歳)
身長・体重
173cm・140kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
岩崎 → 翔猿
初土俵
平成27年(2015)1月(22歳9ヵ月)
新十両
平成29年(2017)7月(25歳3ヵ月)
新入幕
令和2年(2020)9月(28歳5ヵ月)
新小結
令和4年(2022)11月(30歳7ヵ月)
優勝
無し
受賞・金星
殊勲賞1回,金星3個
通算成績
439勝411敗4休/847出場(勝率:51.8%)
直近7場所
38勝50敗2休
7場所勝率
43.7%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
翔猿が勝ちの決まり手(38勝)
寄り切り8
叩き込み7
引き落とし5
押し出し5
掬い投げ2
寄り倒し2
その他9
翔猿が負けの決まり手(50敗)※不戦敗1含む
押し出し15
寄り切り13
叩き込み5
突き落とし3
押し倒し3
掬い投げ2
その他8
令8年5月
東 前頭15枚目(2枚降下)
0勝0敗
令8年3月
東 前頭13枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●●|●○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭13枚目(3枚半降下)
7勝8敗
○●●●●|●●○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭9枚目(5枚半上昇)
6勝9敗
○●●○●|○●○●●|●○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭15枚目(8枚降下)
9勝6敗
○○●○●|○○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭7枚目(半枚降下)
3勝10敗2休
●●○○●|●●○●●|●●■やや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭6枚目
7勝8敗
●○○○●|○●●○●|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク

千代翔馬 富士雄 (九重部屋・モンゴルウランバートル市)

千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)はモンゴル ウランバートル市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年5月場所の番付は東 前頭7枚目。

スポンサーリンク

父親はモンゴル相撲の大関であり、幼い頃はどこへ行くにも父親に同行し、柔道や相撲の練習に連れられて育った。第68代横綱・朝青龍の父親とも交友があり、いずれ角界入りする思いを抱いていたという。地元モンゴルを訪れていた13代九重(元横綱・千代の富士)の紹介を受け、明徳義塾高校へ相撲留学するために来日した。

九重部屋への入門と試行錯誤

高校2年次に同校を中退し、13代九重が率いる九重部屋へと入門。平成21年(2009年)5月場所において初土俵を踏んだ。入門当初の体重は87キロしかなく、初土俵が同じ田子ノ浦部屋の碧山(のちに春日野部屋の関脇)など、既に体格の出来上がっていた同期には全く歯が立たなかった。圧力に欠けるため上手投げ主体で引き技を多用し、まともな寄りや押しに屈する場面が多かったという。それでも、母国で人気を集めていた父親の顔を潰してはならないと諦めずに相撲に打ち込んだ。

初土俵からは「翔馬」を名乗っていたが、新三段目昇進に合わせて「千代翔馬」へ改名する。幕下に定着するまでは同い年の千代皇や千代丸に先を越されて悔しい思いをした時期もあったが、猛稽古によって体重が120キロに迫るようになると、次第に引き技が影を潜めた。代わって廻しを引いてのしぶとさが生きるようになり、特に両廻しを取った際の力強さには定評があった。稽古場ではその引き付けを生かして180キロの千代丸を圧倒することもあったが、一方で本場所に弱い一面があり、弟弟子の千代大龍から不思議がられることもあった。

先代の秘蔵っ子と恩師の急逝

師匠である13代九重は弟子を滅多に褒めないことで知られていたが、千代翔馬の際立った稽古熱心さに対しては「一番稽古するのは千代翔馬だ」と珍しく称賛の言葉を口にしていた。毎日師匠の現役時代の相撲を映像で見て勉強し、翌日の稽古で試す研究熱心さがあり、「先代の秘蔵っ子」として手塩にかけて育てられた。

平成28年(2016年)1月場所において新十両へ昇進。会見で13代九重から「まあ、しょせん無理だろうけど」と愛のある厳しい言葉で釘を刺されつつも、「親方のように前褌を取って攻める相撲を取りたい」と力強く抱負を語った。しかし、関取として歩み始めた矢先の同年7月、最大の理解者であり目標であった恩師・13代九重が急逝する。突然の悲報による深い喪失感と悲しみは計り知れないものであったが、その試練を乗り越え、直後の同年9月場所において見事に新入幕を果たした。14代九重(元大関・千代大海)が部屋を継承して初の入幕力士となり、新入幕の会見では「先代の相撲を毎日、映像で見て勉強していた」と亡き恩師への尽きせぬ思慕を語った。

幕内での長年の活躍と相撲スタイル

幕内に昇進して以降は、長きにわたって幕内の土俵に定着している。しぶとさと思い切りの良さで動きながら勝つ相撲を身上とする一方で、入幕当初は引き技や変化が多く、「投げばかり」と評されたり、「変化を減らして踏み込んで上手を早く取る相撲を」と注文を付けられたりすることもあった。本人も「立ち合いだけしっかり当たって、あとは体に任せる」「自分の持ち味がない」と語っており、得意の張り差しを多用しすぎて相手に読まれ、諸手突きで露骨に対処されるなど課題を露呈する場面もあった。

それでも、気迫あふれる闘志と長年培った技術を武器に、金星を獲得するなどベテランの域に達してからもなお上位陣を脅かす確かな存在感を示し続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 九重部屋の力士

四股名
千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)
最高位
前頭2枚目
最新番付
東 前頭7枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ガンバータル・ムンクサイハン→石橋 翔馬
生年月日
平成3年(1991)7月20日(34歳)
身長・体重
184cm・140kg
出身高校
明徳義塾高校・中退
所属部屋
九重部屋
改名歴
翔馬 → 千代翔馬
初土俵
平成21年(2009)7月(18歳0ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)9月(25歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
金星1個
通算成績
585勝569敗20休/1153出場(勝率:50.7%)
直近7場所
31勝44敗(十両:9勝6敗)
7場所勝率
44.4%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
千代翔馬が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り11
上手投げ5
押し出し4
叩き込み4
下手投げ2
送り出し2
その他12
千代翔馬が負けの決まり手(50敗)
寄り切り13
押し出し13
上手出し投げ4
掬い投げ3
押し倒し3
下手投げ2
その他12
令8年5月
東 前頭7枚目(7枚上昇)
0勝0敗
令8年3月
東 前頭14枚目(3枚降下)
10勝5敗
●○○●●|○○○●●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭11枚目(6枚上昇)
6勝9敗
●○○●●|●●○●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭17枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○●●●|○○○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両2枚目(10枚半降下)
9勝6敗
●○●○●|●○○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭9枚目(4枚降下)
1勝14敗
●●●●●|●●●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭5枚目
4勝11敗
●●●●●|○○●●●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)