対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

東方:友風 想大 (中村部屋・神奈川県川崎市川崎区)

友風 想大(ともかぜ そうだい)は神奈川県 川崎市川崎区出身、中村部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両5枚目。

神奈川県川崎市に生まれ、幼少期は極真空手やバスケットボール、中学時代は柔道に打ち込むなど多くのスポーツを経験した。中学の柔道部顧問が相撲経験者であった縁から大会に出場し、関東大会で団体優勝を経験する。進学した向の岡工業高校から本格的に相撲へ打ち込み、2年次に出場した全国選抜高校相撲弘前大会において準優勝を果たした。なお、この時の優勝者はアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)であった。

高校卒業後は日本体育大学へと進学し、4年次に全日本大学選抜宇和島大会で優勝を飾るなど数々の実績を残した。大学時代から同校の先輩にあたる嘉風(元関脇、のちの13代中村)より技術指導を受けており、その深い縁から尾車部屋への入門を決断する。入門にあたり「嘉風関と同じ、初土俵から所要9場所での十両昇進」という目標を掲げ、平成29年(2017年)5月場所において本名の「南」で初土俵を踏んだ。

驚異のスピード出世と大記録

翌場所から四股名を「友風 勇太」と改名して本格的に角界での歩みを開始し、序ノ口と三段目で全勝優勝を飾る。入門時の思いを胸に快進撃を続け、平成30年(2018年)11月場所において見事に目標通りの所要9場所で新十両への昇進を果たし、そのまま12勝3敗で新十両優勝を飾った。

さらに十両も所要2場所で通過し、平成31年(2019年)3月場所において初土俵から所要11場所という史上4位タイのスピード記録で新入幕を果たす。これは「嘉風関の所要12場所での新入幕記録を抜く」という目標を見事にクリアするものであった。令和元年(2019年)7月場所では横綱・鶴竜から初金星を獲得し、初土俵から所要14場所という当時の史上最速タイ記録を打ち立て、殊勲賞を受賞した。翌9月場所でも鶴竜を破って2場所連続で金星を獲得し、同場所中に引退した兄弟子・嘉風への恩返しを果たした。

凄絶な大怪我と絶望の淵

しかし、西前頭3枚目で迎えた令和元年(2019年)11月場所の2日目、取組中に土俵下へ転落して右膝に凄絶な大怪我を負ってしまう。4本の靭帯断裂や大腿骨・脛骨の骨折、半月板損傷などに加え、右膝から下は皮膚と内側側副靭帯、血管1本だけが繋がっているような状態であった。「切断寸前の重傷で、一生歩くことができない可能性もある」と医師から宣告されるほどの深刻な事態であった。

初土俵以来初の休場から計4回の大手術を受け、5ヶ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされる。腓骨神経麻痺の後遺症が残り、装具の支えがなければ日常の歩行にも支障をきたす状態で、後に身体障害者手帳の交付も受けた。当初は引退を疑わず、日常生活に戻れるかどうかの不安に苛まれる絶望の淵に立たされた。

不屈の復活劇と恩師との歩み

それでも、毎日看病に駆けつけた母親の献身的な支えや、リハビリ施設で懸命に頑張る小さな子供たちの姿に勇気をもらい、現役続行を決意する。過酷なリハビリ期間中には、同じく怪我で引退した13代中村からの科学的な指導にも支えられ、痛みに耐え抜いて再び土俵へと向かった。

令和3年(2021年)3月場所、1年4ヶ月の長期休場を経て西序二段55枚目の地位で土俵への復帰を果たす。その後、令和4年(2022年)2月に尾車部屋の閉鎖に伴って二所ノ関部屋へと移籍する。新しい師匠となった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)からも「ケガをしてなかったら三役に上がっていただろう」と何度も励まされ、恐怖心と闘いながら白星を重ねていった。

令和5年(2023年)1月場所後の番付編成会議で17場所ぶりとなる再十両昇進が決定し、幕内経験力士が序二段まで降格した後に再十両となる史上3人目の快挙を達成する。同年11月場所においてはついに幕内の土俵へと復帰し、大相撲史に残る奇跡の復活劇を成し遂げた。令和6年(2024年)6月には、恩師である13代中村が中村部屋を創設したことに伴い同部屋へと転籍している。四股名も「友風 想大」へと改め、大怪我の後遺症を抱えながらも押し相撲を主体としつつ、機を見た叩き込みなどの引き技を交えながら、不屈の精神で土俵を務め上げている。

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異色の「ピアノ力士」

趣味は小学2年次から始めたピアノの演奏である。一時は音楽大学への進学を勧められたほどの腕前を持ち、小学生時代に作曲した運動会の曲は卒業後も母校で使われ続けているという。トークショーで「引退後はピアニストを目指す」と語ったこともある。

リチャード・クレイダーマンやX JAPANのYOSHIKIを好み、大相撲入門後も巡業先の食事会場に置かれたピアノで見事な演奏を披露して関取衆からのリクエストに応えるなど、角界では異色の「ピアノ力士」として多くのファンに親しまれている。

💡 神奈川県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
友風 想大(ともかぜ そうだい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両5枚目
出身地
神奈川県 川崎市川崎区
本名
南 友太
生年月日
平成6年(1994)12月2日(31歳)
身長・体重
185cm・179kg
出身高校
向の岡工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
南 → 友風
初土俵
平成29年(2017)5月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)11月(23歳11ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,金星2個
通算成績
297勝220敗73休/515出場(勝率:57.7%)
直近7場所
25勝22敗(幕内:20勝25敗)
7場所勝率
48.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
友風が勝ちの決まり手(45勝)※不戦勝1含む
叩き込み28
押し出し10
寄り切り1
突き落とし1
上手投げ1
掬い投げ1
その他2
友風が負けの決まり手(45敗)
押し出し25
叩き込み5
引き落とし4
押し倒し4
寄り倒し2
寄り切り2
その他3
令8年5月
東 十両5枚目(2枚半降下)
0勝2敗
●●   |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両2枚目(6枚降下)
6勝9敗
●●○●●|○●●○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭13枚目(1枚降下)
4勝11敗
●○●●○|○●●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●●●●|○●○○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭16枚目(4枚上昇)
9勝6敗
○●○○○|○●●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両2枚目(4枚半上昇)
9勝6敗
○●○●○|○●○●○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両7枚目
10勝5敗
●○●○○|○○●○○|○●□●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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西方:朝翠龍 涼馬 (高砂部屋・大阪府四條畷市)

朝翠龍 涼馬(あさすいりゅう りょうま)は大阪府 四條畷市出身、高砂部屋の力士で最高位は十両2枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両4枚目。

大阪府四條畷市で生まれ育ち、3歳上の実兄(現在の朝紅龍)の背中を追うように幼少期から相撲に親しんだ。中学卒業後は兄と同じ明徳義塾高校へ進学し、日本体育大学でも相撲部で研鑽を積む。アマチュア時代には全日本相撲選手権大会において個人3位の成績を収め、幕下最下位格付出の資格を取得した。

高砂部屋への入門と幕下での試練

大学卒業後、先んじて角界入りしていた兄の所属する高砂部屋へ入門し、令和6年(2024年)7月場所に本名の「石崎」を名乗り、幕下最下位格付出で初土俵を踏んだ。この場所を6勝1敗で終えると、その後も勝ち越しを続けて順調に番付を上げていく。

令和7年(2025年)3月場所では西幕下筆頭まで番付を上げたが、3勝4敗と角界入り後初の負け越しを喫し、上位の壁に跳ね返された。それでも腐ることなく稽古に励み、続く5月場所で勝ち越して立て直すと、同年7月場所では東幕下2枚目で6勝1敗の好成績を挙げ、翌9月場所での新十両昇進を決めた。

「朝翠龍」への改名と兄弟関取の誕生

この昇進を機に、四股名を本名の「石崎」から「朝翠龍」へと改名した。「朝」は高砂部屋の伝統、「龍」は明徳義塾高校にちなみ、間には兄の「朝紅龍」と対になるような色鮮やかな「翠(みどり)」の字を据え、兄弟揃っての関取誕生となった。また、この場所は同部屋の朝白龍が新十両、朝乃山が再十両に昇進しており、高砂部屋から3人が同時に十両昇進を果たすという活気に満ちた話題の場所ともなった。

十両の土俵と持ち味の突き押し相撲

西十両12枚目で迎えた、令和7年(2025年)9月の新十両場所は7勝8敗と負け越したものの、続く11月場所では9勝6敗と関取として初めての勝ち越しを経験した。令和8年(2026年)1月場所でも10勝5敗と二桁の勝ち星を挙げるなど、関取の土俵にも定着している。

持ち味である出足の鋭さと、勢いのある速い相撲を武器に土俵を沸かせている。同じ部屋に所属する兄・朝紅龍と切磋琢磨しながら、自らの四股名のごとく瑞々しい躍動感にあふれる取り口を磨いている。

💡 大阪府出身一覧💡 高砂部屋の力士

四股名
朝翠龍 涼馬(あさすいりゅう りょうま)
最高位
十両2枚目
最新番付
西 十両4枚目
出身地
大阪府 四條畷市
本名
石崎 涼馬
生年月日
平成12年(2000)8月9日(25歳)
身長・体重
174cm・117kg
出身高校
明徳義塾高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
高砂部屋
改名歴
石崎 → 朝翠龍
初土俵
令和6年(2024)7月・幕下60付出(23歳11ヵ月)
新十両
令和7年(2025)9月(25歳1ヵ月)
優勝
無し
通算成績
67勝44敗0休/111出場(勝率:60.4%)
直近7場所
32勝30敗(幕下以下:10勝4敗)
7場所勝率
55.3%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
朝翠龍が勝ちの決まり手(42勝)
寄り切り24
押し出し10
寄り倒し4
下手投げ2
上手捻り1
掬い投げ1
朝翠龍が負けの決まり手(32敗)
叩き込み11
押し出し5
寄り切り3
小手投げ3
突き落とし2
押し倒し2
その他6
令8年5月
西 十両4枚目(2枚半降下)
0勝2敗
●●   |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両2枚目(5枚半上昇・最高位更新)
6勝9敗
●○●●○|●○○●●|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両7枚目(5枚上昇・最高位更新)
10勝5敗
●●●●○|○○○○○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両12枚目(変動なし)
9勝6敗
○●○●○|●○○●○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両12枚目(3枚半上昇・最高位更新)
7勝8敗
○●○●○|○●●○○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下2枚目(2枚上昇)
6勝1敗
-○○-○|-●-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下4枚目
4勝3敗
●-○-○|-○●--|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)