現在の大相撲では、モンゴルをはじめとする外国出身の力士たちが目覚ましい活躍を見せています。幕内上位を外国出身力士が占めることも珍しくありません。
しかし、相撲部屋に行けば誰でも(何人でも)外国出身の若者が入門できるわけではないのをご存知でしょうか。
今回は、大相撲における「外国出身力士枠」のルールの変遷と、「日本に帰化すれば日本人枠になるのでは?」という多くの人が抱く疑問について詳しく解説します。
この記事の目次
大相撲の「外国出身力士枠」とは?
現在、日本相撲協会は各相撲部屋に対して、外国出身力士の入門制限を設けています。
そのルールは非常にシンプルで、「外国出身力士は1部屋につき1人まで」というものです。
つまり、すでに外国出身の力士が1人でも所属している相撲部屋には、新たな外国出身の若者は入門することができません。大相撲の力士になるためには、まず「外国出身の力士がいない部屋」を探さなければならないという、非常に狭き門となっているのです。
なぜ厳しい制限があるのか?(ルールの歴史的背景)
もともと、大相撲において外国出身力士の人数制限はありませんでした。しかし、昭和50年代(1970年代)に起きたトンガ人力士6人の集団廃業(トンガ騒動)や、その後の外国人力士の素行問題、そして平成初期(1990年代)に入ってからのハワイ出身力士の急増といった歴史的な背景から、無制限に受け入れることへの危機感が生まれました。
大相撲は単なるスポーツ競技ではなく、日本の伝統文化や神事としての側面を色濃く残しています。
もし入門制限を完全になくしてしまえば、体格や身体能力に優れた外国出身の若者で番付が埋め尽くされてしまい、「日本の国技」としてのアイデンティティや伝統的なしきたりを維持することが難しくなるのではないか、という協会側の強い懸念がありました。
そこで、平成4年(1992年)に「1部屋につき原則2人まで」という制限が設けられ、その後、平成14年(2002年)にはさらに厳格な「1部屋につき1人」へとルールが変更され、現在に至っています。
引退を待つ「研修生」たちの過酷な待機期間
現在の「1部屋1人」という枠の適用は、年々厳しさを増しています。
平成30年(2018年)頃からは、入門前の「研修生」も外国出身枠の対象となるよう厳格化されました。つまり、入門を希望する部屋に現役の外国出身力士がすでに1人いる場合、その先輩力士が引退して枠が空くまで、新たな若者は正式な「研修生」としての手続きすらできないのです。
実際に、高校卒業後に荒汐部屋で生活していた大青山(中国・内モンゴル自治区出身)は、同郷の先輩である蒼国来が現役だったため、彼が引退して部屋を継承するまで正式な研修生になれず、新弟子検査を受けるまでに3年半以上の待機期間を要しました。
伊勢ヶ濱部屋のバトツェツェゲ・オチルサイハン(現・旭富士:モンゴル出身)に至っては、同郷の横綱・照ノ富士が現役であるため、高校卒業から新弟子検査まで5年以上も待機しなければならないという非常にシビアな状況が生まれています。
一方で「在留期間が長い」と最初から枠に縛られない
ここまで見てきたのは、外国籍で入門する力士が先輩の引退を待つケースですが、同じ外国籍でも入門する時点で日本での在留期間が長い力士は、この枠に縛られないとされています。目安としては在留10年以上で「日本出身」として扱われ、外国出身力士枠の対象から外れると報じられています。
実際の例が、モンゴル国籍のまま宮城野部屋(当時)に入門した北青鵬です。母親の語学留学に伴って5歳で札幌に移り住み、入門時点で日本での在留期間が10年を超えていたため、外国出身力士枠の対象とはなりませんでした。このため、すでに北青鵬が所属していた宮城野部屋に、後から別のモンゴル出身力士が入門できたと報じられています。北青鵬が「日本人と同じ扱い」だったことで、部屋の外国出身枠が埋まっていない状態になっていたわけです。
ただし、この「在留10年」という基準は、日本相撲協会が条文の形で公表しているものではなく、報道や個別のケースから読み取られている目安です。実際の運用にはケースバイケースの面もあると考えておくのがよいでしょう。
外国出身力士の「興行ビザ」と初土俵の遅れ
無事に受け入れ先の部屋が見つかっても、外国出身者には日本で力士として活動するための高いハードルがあります。
新弟子検査を受験する際、外国出身者は短期滞在ビザや留学ビザ(日本の高校・大学相撲部出身者の場合)で入国しています。新弟子検査に合格した後、日本相撲協会との合意のもとで、プロの興行に参加するための「興行ビザ」の申請を行わなければなりません。
このビザの取得手続きに時間がかかるため、外国出身力士は日本人力士と比べて、初土俵(デビュー)が「一場所遅れる」ことになります。
また、外国出身力士には通訳がつくことはなく、相撲部屋での共同生活を通じて、親方や兄弟子とコミュニケーションを取り、取組後のインタビューにも自らの口で答えられるだけの「日本語力」を身につけることが求められます。これも彼らに課せられた大きな壁の一つです。
そもそも「外国出身力士枠」の対象になるのは誰?
ここで先に押さえておきたいのが、この枠の対象になるかどうかは「生まれた場所」そのものではなく、「入門する時点での国籍」と「日本での在留年数」で判断されるという点です。外国にルーツがあれば一律に制限される、というわけではありません。
入門する前からすでに日本国籍を持っている人は、そもそもこの枠の対象になりません。たとえば御嶽海は、出生地こそフィリピンですが、父が日本人・母がフィリピン人で、本人も日本国籍を有しています。番付上の出身地も長野県であり、外国出身枠には数えられていません。同じく父が日本人・母がフィリピン人で茨城県に生まれた高安や、父がウクライナ(当時のソ連)出身で北海道に生まれた昭和の大横綱・大鵬なども、日本国籍を持つ力士として、枠とは関わりなく土俵を務めてきました。
また、外国籍のまま入門する場合でも、入門時点で日本での在留期間が長い力士は「日本出身」として扱われ、枠の対象から外れることがあります(前述の北青鵬のケース)。
ここで一点、国籍のしくみを補足します。日本の国籍は「親の国籍を受け継ぐ」血統主義を基本としており、父・母のどちらか一方が日本国籍であれば、生まれた場所が日本か外国かを問わず、子は生まれたときに日本国籍を取得します(相手国の国籍法によっては、子が外国籍も同時に取得して、後に国籍を一つ選ぶケースもある)。逆に、両親がともに外国籍であれば、日本で生まれても子の国籍は外国籍です。御嶽海や高安が枠の対象外なのは「日本で育ったから」ではなく、日本人の親を持ち、生まれたときから日本国籍を有しているからです(御嶽海は20歳のときに日本国籍を選択)。
いったん「外国出身」で入門した力士は、帰化しても枠は空かない
一方で、外国籍で入門して「外国出身力士」として一度枠に数えられた力士は、その後に日本国籍を取得(帰化)しても、枠から外れることはありません。「すでにいる外国出身力士が帰化すれば、枠が1つ空いて、もう1人受け入れられるのではないか?」と考える方は多いのですが、現在のルールではそれはできないのです。
このルールには、過去の「言葉の抜け道」を防ぐために厳格化された背景があります。
かつての「外国人枠」には抜け道があった
かつて、この制限ルールは「外国出身力士」ではなく「外国人力士枠」と呼ばれていました。
そのため、「国籍が日本になれば外国人ではない」と解釈し、所属する外国人力士が日本に帰化したタイミングで、新たな外国人の新弟子を入門させる相撲部屋がいくつか現れたのです。
事実上、日本のパスポートを持つ元外国人と、新たな外国人の2人が1つの部屋に所属する「抜け道」となっていました。
2010年のルール改定で「外国出身」へ文言を変更
この状況を重く見た日本相撲協会は、平成22年(2010年)2月23日の理事会において、ルールの名称と解釈を変更しました。
「外国人力士」という国籍を基準とした表現から、「外国出身力士」という表現へと申し合わせを変更したのです。
これにより、外国籍で入門した力士は、その後に日本国籍を取得(帰化)しても、外国で生まれ育った「外国出身」という区分は変わらないものとして扱われ、引き続き1部屋1人の制限の対象となるという整理になりました。つまり、この制限がかかるのは「外国籍の状態で角界の門を叩いた力士」であり、入門前から日本国籍だった力士とは扱いが異なるのです。こうして帰化による事実上の抜け道は塞がれました。
かつての「外国人枠」には抜け道があった
かつて、この制限ルールは「外国出身力士」ではなく「外国人力士枠」と呼ばれていました。
そのため、「国籍が日本になれば外国人ではない」と解釈し、所属する外国人力士が日本に帰化したタイミングで、新たな外国人の新弟子を入門させる相撲部屋がいくつか現れたのです。
事実上、日本のパスポートを持つ元外国人と、新たな外国人の2人が1つの部屋に所属する「抜け道」となっていました。
2010年のルール改定で「外国出身」へ文言を変更
この状況を重く見た日本相撲協会は、平成22年(2010年)2月23日の理事会において、ルールの名称と解釈を変更しました。
「外国人力士」という国籍を基準とした表現から、「外国出身力士」という表現へと申し合わせを変更したのです。
これにより、「たとえ日本国籍を取得(帰化)したとしても、外国で生まれた(外国出身である)という事実は変わらないため、1部屋1人の制限の対象となる」という厳格なルールが完成し、事実上の抜け道は完全に塞がれました。
外国出身の親方がいる部屋の枠はどうなる?
ここでよく誤解されがちなのが、「外国出身の親方(元力士)が師匠を務めている部屋は、すでに枠が埋まっているのでは?」という点です。
結論から言うと、外国出身の親方はこの制限枠には含まれません。現役を引退して「親方(年寄)」として日本相撲協会に残るためには、そもそも日本国籍の取得が必須条件です。引退して親方になれば「現役力士」の枠からは完全に外れるため、その部屋の外国出身枠は1つ空くことになります。
実際に、武蔵川部屋(元横綱・武蔵丸)や荒汐部屋(元幕内・蒼国来)、大島部屋(元関脇・旭天鵬)など、外国出身の親方が師匠を務める部屋にも、外国出身の若手力士が所属して活躍しています。
部屋の閉鎖などで移籍が絡んだ場合の特例
原則として「1部屋1人」という厳しい枠ですが、例外的に「1つの部屋に2人以上の外国出身力士が在籍する」ケースがあります。
それは、師匠の停年(定年)や死去、あるいは不祥事などによる「部屋の閉鎖」に伴い、所属力士が別の部屋へ移籍(引き取りや預かり)となった場合です。すでに外国出身力士がいる部屋に、閉鎖された部屋の外国出身力士が移籍してくる場合、どちらかに引退を強要することはできないため、特例として同部屋に複数人在籍することが認められています。
かつての例として、元々、栃ノ心が在籍していた春日野部屋に、田子ノ浦部屋から碧山が移籍してきたケースや、魁聖が在籍していた友綱部屋に、大島部屋から旭天鵬が移籍してきたケースなどがあります。
彼らは移籍後も、移籍前の師匠につけてもらった出自を表す四股名(大島部屋のルーツである「旭」の字がつく旭天鵬など)をそのまま名乗り続けながら、同じ部屋の所属力士として活躍しました。
伊勢ヶ濱部屋における「預かり」の興味深いケース
さらに複雑で興味深いのが、最近の伊勢ヶ濱部屋と宮城野部屋に絡むケースです。
令和6年(2024年)4月に宮城野部屋が無期限の閉鎖となり、所属力士たちは伊勢ヶ濱部屋へ転籍することになりました。これにより、伊勢ヶ濱部屋には元々いたモンゴル出身の横綱・照ノ富士と、移籍してきたモンゴル出身の聖白鵬が同部屋に在籍することになりました。
実は伊勢ヶ濱部屋には、前述した通り高校卒業後から入門を待機しているモンゴル出身の研修生、バトツェツェゲ・オチルサイハン(現・旭富士)がいました。宮城野部屋勢が移籍してきた時点で、オチルサイハンは「照ノ富士が引退して枠が空くまでの待機」という状態から、更に複雑な立場に立たされました。
問題となったのは、その後、照ノ富士が引退したタイミングです。
照ノ富士が引退して本来の枠が空いたものの、部屋には移籍組の聖白鵬がいるため、「これで外国出身力士枠が使い切られているとみなされ、オチルサイハンはさらに待機しなければならないのか?」という疑問が生じました。
しかし結論として、オチルサイハンの入門は正式に認められ、「旭富士」として初土俵を踏むことができました。これは、聖白鵬があくまで「宮城野部屋からの預かり」という特別なステータスであり、伊勢ヶ濱部屋の「外国出身枠」にはカウントされないという見解に基づくものです。
なお、預かりの身である聖白鵬ですが、移籍後、令和8年(2026年)1月場所前に四股名を「寿之富士」へと改名しています。
外国出身枠の是非と「相撲の国際化」
このような厳しい制限に対しては、時折「閉鎖的で国際化の流れにそぐわない」「人種差別ではないか」といった批判の声が上がることもあります。多様性が重んじられる現代において、どれが正しい意見なのかを一概に判断するのは非常に難しい問題です。
とりわけ議論になりやすいのが、帰化して日本国籍を得た元・外国出身力士まで、枠の対象とし続けることの是非です。日本の国籍法は国民に区分を設けておらず、帰化した人も同じ「日本国民」であることから、出身によって扱いを分けるのは日本国憲法第14条が定める「法の下の平等」の趣旨にそぐわないのではないか、という指摘があります。実際に、この観点から現在の運用を疑問視する声は以前から存在します。
一方で、この制限はあくまで各相撲部屋が新弟子を受け入れる際の人数の申し合わせであって、すでに土俵に立っている力士の地位や待遇、昇進の機会を国籍や出身で差別するものではない、という見方もあります。番付や給金、横綱・大関への昇進に外国出身であることによる不利益はなく、現に外国出身の横綱・大関が数多く誕生してきました。あくまで「新規入門の窓口をどう配分するか」という部屋運営上の枠組みだ、という整理です。どちらの見方に立つかで評価は分かれ、一概に結論づけるのは難しい問題だといえます。
こうした議論の中で一つのポイントとされるのが、「大相撲の立ち位置」についての見方です。
大相撲は単純なスポーツ競技というだけでなく、何百年も続く「伝統」を下敷きにした神事であり、「興行」であるという側面も強く持っています。そのため、伝統的なしきたりや文化の形を維持していくための仕組みとして、この制限枠が機能しているとも言われています。
一方で、純粋なスポーツとしての「相撲の国際化」が止まっているわけではないという見解もあります。
世界的な相撲の普及や、男女の国際大会の開催といった国際化の役割は、大相撲ではなく「アマチュア相撲(国際相撲連盟および日本相撲連盟)」が担っているという役割分担の考え方です。大相撲の枠組みの外で、相撲という競技自体は着実に世界へと広がりを見せているという声も聞かれます。
まとめ
現在の「1部屋に外国出身者は1人まで(研修生含む)」というルールは、日本の伝統文化である大相撲の形を守るために協会が苦心して定めたバランスの産物であるとも言えます。
平成22年(2010年)のルール改定によって帰化による抜け道は塞がれ、時には数年単位の「待機期間」やビザの取得、言葉の壁を越えてまで入門を志す若者もいます。異国の地からこの極めて狭き門をくぐり抜け、厳しい稽古に耐えて日本の土俵で活躍する力士たちには、心からの敬意を送りたいですね。