江戸時代の大相撲には、現在では考えられないような勝負判定が存在しました。
今回は、かつて行司が「勝負なし」と判定を下した歴史的な相撲用語「無勝負(むしょうぶ)」について解説します。
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無勝負(むしょうぶ)とは
大相撲における「無勝負(むしょうぶ)」とは、江戸相撲において安政年間(1854〜1860年)のころまで存在していた勝負判定の一つです。
力士の力が全く互角で、双方が同時に倒れるなどして完全に「同体」となり、一方に軍配を上げようがないと判断された際に行司が「勝負なし」と判定したものです。
当時、同じく決着をつけない判定方法をまとめた総称である「あらし(割れ)」に含まれる判定の一つでもありました。
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「行司は必ず軍配を上げる」ルールの誕生と消滅
この「無勝負」という判定は、明治時代に入る直前の慶応年間(1865〜1868年)に姿を消すことになります。
なぜなら、この時期に相撲のルールが厳格化され、「行司はいずれか一方に必ず軍配を上げなければならない」という規律が定められたからです。これにより、同体であっても行司は必ずどちらかに軍配を上げ、その後で審判(当時は検査役など)による物言いや協議が行われる現在のスタイルへと移行していきました。
なお、江戸相撲(東京)では早くに廃止されましたが、大阪相撲においては明治30年代前半までこの「無勝負」の判定が残っていたと伝えられています。
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