伊勢ヶ濱部屋の歴代力士一覧|荒磯から伊勢ヶ濱までの全関取と優勝・三賞記録

伊勢ヶ濱(いせがはま)部屋の主な所属力士をご紹介する伊勢ヶ濱部屋の大相撲力士まとめ!

この記事では伊勢ヶ濱部屋と、その前身である荒磯部屋の主な関取を中心に紹介していきます。最高位や改名歴、初土俵や各段の昇進時期と最終場所、さらに生涯戦歴と生涯勝率、成績等を中心にご紹介していきます。

伊勢ヶ濱部屋の基本情報
一門
:伊勢ヶ濱一門
創設
:明治38年(1905年)4月12日 荒磯部屋として創設
創設者
:第10代・荒磯 万藏 (元横綱・照國 万藏)
改称
:昭和36年(1961年)1月2日 伊勢ヶ濱部屋へと改称
改称者
:第6代・伊勢ヶ濱 万藏 (元横綱・照國 万藏)
最終師匠
:第8代・伊勢ヶ濱 敏郎 (元前頭筆頭・和晃 敏朗)
閉鎖
:平成19年(2007年)1月31日

この記事では平成19年(2007)1月に閉鎖された伊勢ヶ濱部屋の歴代関取を詳細な情報とともに紹介します。

昭和4年(1929)9月に5代伊勢ヶ濱(元関脇・清瀬川)により創設された伊勢ヶ濱部屋は、途中で荒磯部屋に名称を変更、再び伊勢ヶ濱部屋に改めて平成19年(2007)1月に閉鎖されました。

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伊勢ヶ濱部屋の優勝力士

伊勢ヶ濱部屋 歴代幕内優勝力士一覧

伊勢ヶ濱部屋では、3人の力士が幕内優勝を達成し、優勝回数はあわせて4回でした。

最多優勝は照國で2回の幕内優勝を達成しました。

連覇記録では、照國が2連覇を1回達成しました。

伊勢ヶ濱部屋初の優勝力士は備州山で、いまから81年2ヶ月前の昭和20年(1945年)6月場所のことでした。

また、最後の伊勢ヶ濱部屋優勝力士は清國で、いまから57年前の昭和44年(1969年)7月場所でした。

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場所年月四股名番付成績年齢出身地最高位部屋備考
昭和44年7月
(1969年)
S44.7
1969
清國
[初]
東大関12勝3敗27歳8ヶ月秋田県大関伊勢ヶ濱
昭和26年1月
(1951年)
S26.1
1951
照國
[2回目]
2連覇
東横綱全勝15勝0敗32歳0ヶ月秋田県横綱伊勢ヶ濱
昭和25年9月
(1950年)
S25.9
1950
照國
[初]
東横綱(張出)13勝2敗31歳8ヶ月秋田県横綱伊勢ヶ濱
昭和20年6月
(1945年)
S20.6
1945
備州山
[初]
東前頭筆頭7勝25歳7ヶ月広島県関脇伊勢ヶ濱

伊勢ヶ濱部屋 幕内優勝回数ランキング

伊勢ヶ濱部屋の幕内優勝回数ランキングです。1位が照國で2回、2位が備州山と清國の2人で1回ずつとなっています。

※勝利合計と敗戦合計・勝率は、幕内優勝場所での成績合計です。

順位四股名最高位優勝
回数
横綱大関関脇小結前頭勝利
合計
敗戦
合計
勝率部屋出身地
1位照國横綱2回2000028勝2敗.933伊勢ヶ濱秋田県
2位備州山関脇1回0017勝0敗.1000伊勢ヶ濱広島県
2位清國大関1回100012勝3敗.800伊勢ヶ濱秋田県

伊勢ヶ濱部屋の三賞受賞力士

伊勢ヶ濱部屋 歴代三賞受賞力士一覧

伊勢ヶ濱部屋と、その前身である荒磯部屋では、4人の力士が三賞を受賞し、獲得数はあわせて15回でした。

受賞の内訳は、技能賞が8回、殊勲賞が6回、敢闘賞が1回となっています。

場所年月 番付 受賞力士 受賞 成績 受賞時
年齢
出身地 部屋 初土俵 生年月日
昭和44年5月
(1969年)
S44.5
(1969)
西関脇西関脇清國技能賞 [4回目]12勝3敗27歳6ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年9月
(1956年)
昭和16年11月20日
(1941年)
昭和44年1月
(1969年)
S44.1
(1969)
西小結西小結清國殊勲賞 [3回目]10勝5敗27歳2ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年9月
(1956年)
昭和16年11月20日
(1941年)
昭和43年1月
(1968年)
S43.1
(1968)
西関脇西関脇清國殊勲賞 [2回目]9勝6敗26歳2ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年9月
(1956年)
昭和16年11月20日
(1941年)
昭和41年3月
(1966年)
S41.3
(1966)
東前頭2東前頭2淺瀬川技能賞 [初]8勝7敗23歳10ヶ月大阪府伊勢ヶ濱昭和32年5月
(1957年)
昭和17年5月4日
(1942年)
昭和40年7月
(1965年)
S40.7
(1965)
西小結西小結清國殊勲賞 [初]10勝5敗23歳7ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年9月
(1956年)
昭和16年11月20日
(1941年)
昭和40年3月
(1965年)
S40.3
(1965)
東小結東小結清國技能賞 [3回目]9勝6敗23歳4ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年9月
(1956年)
昭和16年11月20日
(1941年)
昭和40年1月
(1965年)
S40.1
(1965)
西前頭筆頭西前頭筆頭清國技能賞 [2回目]10勝5敗23歳2ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年9月
(1956年)
昭和16年11月20日
(1941年)
昭和39年9月
(1964年)
S39.9
(1964)
東前頭5東前頭5開隆山殊勲賞 [3回目]9勝6敗25歳0ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年3月
(1956年)
昭和14年8月28日
(1939年)
昭和39年3月
(1964年)
S39.3
(1964)
西前頭2西前頭2開隆山殊勲賞 [2回目]9勝6敗24歳6ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年3月
(1956年)
昭和14年8月28日
(1939年)
昭和39年1月
(1964年)
S39.1
(1964)
東前頭13東前頭13清國技能賞 [初]14勝1敗22歳2ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年9月
(1956年)
昭和16年11月20日
(1941年)
昭和36年11月
(1961年)
S36.11
(1961)
東前頭筆頭東前頭筆頭開隆山殊勲賞 [初]9勝6敗22歳2ヶ月秋田県伊勢ヶ濱昭和31年3月
(1956年)
昭和14年8月28日
(1939年)
昭和33年11月
(1958年)
S33.11
(1958)
東前頭6東前頭6若瀬川技能賞 [3回目]9勝6敗38歳9ヶ月兵庫県荒磯昭和10年1月
(1935年)
大正9年2月20日
(1920年)
昭和32年9月
(1957年)
S32.9
(1957)
西前頭10西前頭10若瀬川敢闘賞 [初]12勝3敗37歳7ヶ月兵庫県荒磯昭和10年1月
(1935年)
大正9年2月20日
(1920年)
昭和29年3月
(1954年)
S29.3
(1954)
東前頭6東前頭6若瀬川技能賞 [2回目]9勝6敗34歳1ヶ月兵庫県荒磯昭和10年1月
(1935年)
大正9年2月20日
(1920年)
昭和23年5月
(1948年)
S23.5
(1948)
西前頭7西前頭7若瀬川技能賞 [初]6勝5敗28歳3ヶ月兵庫県伊勢ヶ濱昭和10年1月
(1935年)
大正9年2月20日
(1920年)

伊勢ヶ濱部屋 三賞受賞回数ランキング

受賞回数は、1位が清國で7回(殊勲賞3回・技能賞4回)、2位が若瀬川で4回(技能賞3回・敢闘賞1回)、3位が開隆山で3回(殊勲賞3回)となっています。4位以下含む全順位の詳細は、以下の表をご覧ください。

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順位 四股名 三賞
合計
技能賞 殊勲賞 敢闘賞 最高位 部屋 出身地
1位 清國 7回 4 3 0 大関 伊勢ヶ濱 秋田県
2位 若瀬川 4回 3 0 1 小結 荒磯 兵庫県
3位 開隆山 3回 0 3 0 関脇 伊勢ヶ濱 秋田県
4位 淺瀬川 1回 1 0 0 前頭筆頭 伊勢ヶ濱 大阪府
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伊勢ヶ濱~荒磯~伊勢ヶ濱部屋力士を検索

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荒磯部屋の最高位:前頭

荒鷲 毅

平成14年に相撲の世界ジュニア選手権に出場した際に旭鷲山の目に留まり荒磯部屋への入門が決まった。平成20年9月場所後に荒磯親方(元小結・二子岳)の停年により荒磯部屋は閉鎖、花籠部屋へと移籍。その花籠部屋で迎えた平成23年5月技量審査場所では東幕下3枚目で負け越したが大量の引退・解雇力士の影響により、異例ながら翌場所での新十両昇進となった。平成24年5月場所後に経営難により花籠部屋は閉鎖、これにより峰崎部屋へと移籍。この峰崎部屋で大きく羽ばたくこととなった。負け越し場所で何故か金星が多かった「金星ハンター」。

  • 四股名 :荒鷲 毅(あらわし つよし)
  • 最高位 :前頭2枚目
  • 出身地 :モンゴル ホブド
  • 本 名 :エレヘバヤル・ドゥルゴゥーン
  • 生年月日:昭和61年(1986)8月21日(39歳)
  • 所属部屋:荒磯⇒花籠⇒峰崎部屋
  • 初土俵 :平成14年(2002)11月(16歳3ヵ月)
  • 新十両 :平成23年(2011)7月(24歳11ヵ月)
  • 新入幕 :平成26年(2014)5月(27歳9ヵ月)
  • 最終場所:令和2年(2020)1月(33歳5ヵ月)
  • 生涯戦歴:493勝461敗56休/951出場(103場所)
  • 生涯勝率:51.7%
  • 優勝等 :なし
  • 成 績 :金星3個
  • 幕内戦歴:138勝173敗4休(21場所)勝率:44.4%
  • 十両戦歴:117勝123敗(16場所)勝率:48.8%

廣瀬川 惣吉

  • 四股名 :廣瀬川 惣吉(ひろせがわ そうきち)
  • 最高位 :前頭3枚目
  • 出身地 :宮城県柴田郡
  • 本 名 :及川 惣吉⇒片岡 惣吉
  • 生年月日:大正8年(1919)2月28日
  • 没年月日:昭和54年(1979)8月6日(享年60歳)
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱⇒荒磯部屋
  • 初土俵 :昭和12年(1937)1月(17歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和16年(1941)1月(21歳11ヵ月)
  • 新入幕 :昭和18年(1943)1月(23歳11ヵ月)
  • 最終場所:昭和34年(1959)5月(40歳3ヵ月)
  • 生涯戦歴:403勝447敗24休/846出場(66場所)
  • 生涯勝率:47.4%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:263勝324敗19休(43場所)勝率:44.8%
  • 十両戦歴:107勝108敗5休(15場所)勝率:49.8%

櫻國 輝男

  • 四股名 :櫻國 輝男(さくらくに てるお)
  • 最高位 :前頭11枚目
  • 出身地 :北海道川上郡
  • 本 名 :犬養 輝雄
  • 生年月日:大正15年(1926)6月8日
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱⇒荒磯部屋
  • 改名歴 :犬養⇒櫻國
  • 初土俵 :昭和17年(1942)5月(15歳11ヵ月)
  • 新十両 :昭和23年(1948)5月(21歳11ヵ月)
  • 新入幕 :昭和26年(1951)1月(24歳7ヵ月)
  • 最終場所:昭和34年(1959)1月(32歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:319勝324敗31休1分/640出場(53場所)
  • 生涯勝率:49.6%
  • 優勝等 :十両同点1回
  • 幕内戦歴:66勝80敗18休1分(11場所)勝率:45.2%
  • 十両戦歴:214勝221敗5休(30場所)勝率:49.2%

白龍山 慶祐

  • 四股名 :白龍山 慶祐(はくりゅうやま けいすけ)
  • 最高位 :前頭12枚目
  • 出身地 :秋田県雄勝郡
  • 本 名 :金子 寅男
  • 生年月日:大正15年(1926)3月10日
  • 没年月日:昭和43年(1968)8月25日(享年42歳)
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱⇒荒磯部屋
  • 改名歴 :両邦山⇒白龍山
  • 初土俵 :昭和16年(1941)1月(14歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和22年(1947)11月(21歳8ヵ月)
  • 新入幕 :昭和26年(1951)5月(25歳2ヵ月)
  • 最終場所:昭和35年(1960)1月(33歳10ヵ月)
  • 生涯戦歴:361勝394敗11休/751出場(62場所)
  • 生涯勝率:47.8%
  • 優勝等 :十両優勝1回
  • 幕内戦歴:57勝89敗4休(10場所)勝率:39.0%
  • 十両戦歴:233勝247敗7休(33場所)勝率:48.5%

東海 稔

東海 稔(あずまうみ みのる)東京都品川区出身、伊勢ヶ濱~荒磯部屋の元力士で、最高位は前頭14枚目

昭和14年(1939)1月場所に14歳9ヶ月で初土俵を踏み、昭和34年(1959)5月場所を最後に引退(35歳2ヶ月)。

通算成績は305勝310敗18休614出場。生涯勝率.496。通算52場所中、25場所を勝ち越した(勝ち越し率.521)。

主な成績は十両同点1回。

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本名は近藤 稔。大正13年(1924)3月14日生まれ。昭和38年(1963)6月10日逝去(享年39歳)。

5代・伊勢ヶ濱(元関脇・清瀬川)の伊勢ヶ濱部屋に入門、出身地である北品川の山にちなんだ「御殿山」の四股名で初土俵を踏んだ。

幕下上位にまで進んだ昭和20年(1945)に応召され、昭和25年(1950)に復員。御殿山では「ゴテンゴテンと転がる」ようだと「東海(あずまうみ)」に改名して幕下付出で復帰した。

昭和27年(1952)1月場所で新十両に昇進、昭和28年(1953)3月場所には新入幕を果たす。しかし大きな身体のわりには非力で勝ちみが遅く、幕内在位8場所中、勝ち越しは1場所のみに終わった。

四股名
東海 稔(あずまうみ みのる)
最高位
前頭14枚目
出身地
東京都品川区
本名
近藤 稔
生年月日
大正13年(1924)3月14日
没年月日
昭和38年(1963)6月10日(享年39歳)
所属部屋
伊勢ヶ濱~荒磯部屋
改名歴
御殿山 → 東海 稔
初土俵
昭和14年(1939)1月 前相撲(14歳9ヶ月)
新十両
昭和27年(1952)1月(所要19場所)
27歳9ヶ月(初土俵から13年0ヶ月)
新入幕
昭和28年(1953)3月(所要23場所)
28歳11ヶ月(初土俵から14年2ヶ月)
最終場所
昭和34年(1959)5月(35歳2ヶ月)
大相撲歴
52場所(20年4ヶ月)
通算成績
305勝310敗18休614出場(勝率.496)
通算52場所
勝ち越し25場所(勝ち越し率.521)
優勝等
十両同点1回
前頭戦歴
44勝76敗0休120出場(勝率.367)
在位8場所(在位率.154)
勝ち越し1場所(勝ち越し率.125)
十両戦歴
180勝175敗5休354出場(勝率.507)
在位24場所(在位率.462)
勝ち越し14場所(勝ち越し率.583)
関取戦歴
224勝251敗5休474出場(勝率.472)
在位32場所(在位率.615)
勝ち越し15場所(勝ち越し率.469)
幕下以下歴
81勝59敗13休140出場(勝率.579)
在位16場所(在位率.308)
勝ち越し10場所(勝ち越し率.625)


他の番付を見る

伊勢ヶ濱~荒磯~伊勢ヶ濱部屋の歴代師匠

第10代・荒磯 万藏~第6代・伊勢ヶ濱 万藏 (元横綱・照國)

在任期間(昭和28年(1953年)3月~昭和52年(1977年)3月20日)

「桜色の音楽」と形容さた巧みな前さばきとリズミカルな寄り身は天才的。優勝のないまま横綱に昇進、その後もなかなか賜杯に届かなかったが実に昇進7年目にして初優勝を遂げた。引退後は10代荒磯、そして6代伊勢ヶ濱として大関・清國らを育てあげた

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  • 四股名 :照國 万藏(てるくに まんぞう)
  • 最高位 :第38代横綱
  • 年寄名跡:10代荒磯6代伊勢ヶ濱
  • 出身地 :秋田県雄勝郡
  • 本 名 :菅 萬藏⇒大野 萬藏
  • 生年月日:大正8年(1919)1月10日
  • 没年月日:昭和52年(1977)3月20日(享年58歳)
  • 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
  • 初土俵 :昭和10年(1935)1月(16歳0ヵ月)
  • 新十両 :昭和13年(1938)1月(19歳0ヵ月)
  • 新入幕 :昭和14年(1939)5月(20歳4ヵ月)
  • 新三役 :昭和15年(1940)5月(21歳4ヵ月)
  • 新大関 :昭和17年(1942)1月(23歳0ヵ月)
  • 横綱昇進:昭和18年(1943)1月(24歳0ヵ月)
  • 最終場所:昭和28年(1953)1月(34歳0ヵ月)
  • 生涯戦歴:318勝112敗74休/422出場(41場所)
  • 生涯勝率:74.0%
  • 優勝等 :幕内優勝2回(次点5),十両優勝1回,幕下優勝1回
  • 成 績 :金星1個
  • 幕内戦歴:271勝91敗74休(32場所)勝率:74.9%
  •   横綱:187勝70敗74休(25場所)勝率:72.8%
  •   大関:25勝5敗(2場所)勝率:83.3%
  •   関脇:36勝9敗(3場所)勝率:80.0%
  •   前頭:23勝7敗(2場所)勝率:76.7%
  • 十両戦歴:17勝9敗(2場所)勝率:65.4%

第7代・伊勢ヶ濱 忠雄~清之輔 (元大関・清國)

在任期間(昭和52年(1977年)4月7日~平成18年(2006年)11月18日)

入幕2場所目の前頭13枚目で初日から14連勝。優勝は逃したが翌場所は一気に関脇へと昇進した。きれいな立ち合いと美男子ぶりで人気力士に。引退後は伊勢ヶ濱部屋を継承。元関脇の玉乃島は甥にあたる

  • 四股名 :清國 勝雄(きよくに かつお)
  • 最高位 :大関
  • 年寄名跡:12代楯山⇒7代伊勢ヶ濱⇒11代若藤
  • 出身地 :秋田県雄勝郡雄勝町
  • 本 名 :佐藤 忠雄
  • 生年月日:昭和16年(1941)11月20日
  • 所属部屋:荒磯⇒伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :若い國⇒梅ノ里⇒清國
  • 初土俵 :昭和31年(1956)9月(14歳10ヵ月)
  • 新十両 :昭和38年(1963)5月(21歳6ヵ月)
  • 新入幕 :昭和38年(1963)11月(22歳0ヵ月)
  • 新三役 :昭和39年(1964)3月(22歳4ヵ月)
  • 新大関 :昭和44年(1969)7月(27歳8ヵ月)
  • 最終場所:昭和49年(1974)1月(32歳2ヵ月)
  • 生涯戦歴:706勝507敗32休/1210出場(103場所)
  • 生涯勝率:58.2%
  • 優勝等 :幕内優勝1回(次点5)
  • 成 績 :殊勲賞3回,技能賞4回,金星7個
  • 幕内戦歴:506勝384敗31休(62場所)勝率:56.9%
  •   大関:233勝147敗31休(28場所)勝率:61.3%
  •   関脇:95勝85敗(12場所)勝率:52.8%
  •   小結:52勝53敗(7場所)勝率:49.5%
  •   前頭:126勝99敗(15場所)勝率:56.0%
  • 十両戦歴:32勝13敗(3場所)勝率:71.1%

第8代・伊勢ヶ濱 敏郎 (元前頭筆頭・和晃)

在任期間(平成18年(2006年)11月19日~平成19年(2007年)1月31日)

先代の停年により伊勢ヶ濱部屋を継承するも自身も高齢の為、約2カ月で部屋は解散

  • 四股名 :和晃 敏朗(かつひかり としお)
  • 最高位 :前頭筆頭
  • 年寄名跡:10代若藤⇒8代伊勢ヶ濱⇒12代若藤
  • 出身地 :愛知県蒲郡市
  • 本 名 :杉浦 敏朗
  • 生年月日:昭和17年(1942)8月9日
  • 没年月日:平成30年(2018)1月1日(享年75歳)
  • 所属部屋:荒磯⇒伊勢ヶ濱部屋
  • 改名歴 :杉浦⇒駒國⇒杉浦⇒神山⇒和晃
  • 初土俵 :昭和33年(1958)11月(16歳3ヵ月)
  • 新十両 :昭和40年(1965)5月(22歳9ヵ月)
  • 新入幕 :昭和44年(1969)9月(27歳1ヵ月)
  • 最終場所:昭和48年(1973)3月(30歳7ヵ月)
  • 生涯戦歴:461勝426敗3休1分/888出場(87場所)
  • 生涯勝率:52.0%
  • 優勝等 :十両優勝1回(同点1),三段目同点1回
  • 幕内戦歴:33勝72敗(7場所)勝率:31.4%
  • 十両戦歴:214勝205敗1分(28場所)勝率:51.1%

出身地別、力士別、初土俵別など様々な方法で力士データをまとめています。

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