大相撲中継で、土俵際のもつれた勝負の直後に審判がサッと手を挙げる「物言い(ものいい)」。土俵上に親方衆が集まって協議をする間、館内は独特の緊張感に包まれます。
今回は、大相撲の勝負判定を揺るがす「物言い」の基本的なルールから、ビデオ判定の仕組み、そして行司の意地とプライドがぶつかり合った歴史的事件まで、奥深い裏側を解説します。
この記事の目次
「物言い」とは?
大相撲における「物言い(ものいい)」とは、取組が終わった直後に、行司が下した勝負判定(軍配)に対して疑問や異議を申し立てることを指します。
大相撲のルール上、どんなに両者が同時に倒れたように見える際どい勝負であっても、行司は必ず東西どちらかの力士に軍配を上げなければならないという厳格な決まりがあります。行司が自ら「同体(引き分け)」と判定することは許されていません。
そのため、行司が上げた軍配に対して「本当に今の力士が勝っていたか?」「同体ではなかったか?」という疑義が生じた場合、この「物言い」がつけられ、正しい勝敗を決めるための協議が行われます。
誰が「物言い」をつけることができる?
物言いをつけることができるのは、以下の人々です。
① 土俵下の審判委員(5名)
基本的には、土俵の四方と向正面に座っている5名の審判委員(勝負審判)が物言いをつけます。行司の軍配に疑問を持った場合、あるいは反則行為があったと判断した場合、1人でも手を挙げれば物言いが成立します。
② 出番を待つ「控え力士」
実は、審判委員だけでなく、土俵の下で出番を待っている「控え力士」にも物言いをつける権利が認められています。土俵のすぐそばで勝負を見守っている力士本人が「今の判定はおかしい」と感じた場合、手を挙げて異議を唱えることができるのです。
ただし、控え力士が物言いをつけることは可能ですが、その後の土俵上での協議に参加することはできません。実際の勝負判定は、あくまで審判委員たちの手に委ねられます。
行司は反則を判定しない?「禁手反則」と物言い
物言いがつくのは、単に「どちらが先に落ちたか」という際どい勝負の時だけではありません。力士がルール違反である「禁手反則(きんてはんそく)」を行った場合にも物言いがつけられます。
行司には「反則負け」を宣告する権限がない
相撲の勝負規則には、「頭髪(まげ)をつかむ」「両耳を同時に両手で張る」「握り拳で殴る」「前袋(急所を覆う部分の廻し)をつかむ」といった、やってはいけない8つの禁手反則が定められています。
実は、行司は自らの判断で「今のは反則だ」として反則負けの軍配を上げることはできません。
行司の役割は、あくまで競技を進行させ「どちらの体が先に土俵についたか(外に出たか)」を見極めて軍配を上げることに徹しています。反則があったかどうかを最終的に裁定するのは、土俵下の審判委員たちの専権事項なのです。
そのため、もし取組中にまげをつかむなどの反則行為があった場合でも、行司はそのまま勝負の決着がつくまで軍配を上げ、その直後に審判委員が「物言い」をつけて土俵上で協議を行い、結果として「反則負け」が宣告されるという手順を踏むことになります。
土俵上での協議と「主な判定結果」
物言いがつくと、5名の審判委員が土俵の中央に集まり、行司も交えて協議を行います。(※行司は協議に参加して自分の意見を述べることはできますが、最終的な判定を下す権利は持っていません)。
協議の結果、下される主な判定は以下のようになります。
- 行司軍配通り(ぎょうじぐんばいどおり): 協議の結果、行司が上げた軍配に間違いはなかったと判断された場合。軍配を受けた力士の勝ちとなります。
- 同体、取り直し(どうたい、とりなおし): 両者が倒れる、あるいは足が出るタイミングが完全に同時であったと判断された場合。もう一度立ち合いから相撲を取り直します。
- 行司差し違え(ぎょうじさしちがえ): 行司が軍配を上げた力士とは「逆の力士」が勝っていたと判断された場合。判定が覆り、行司にとっては大きな失態となります。
- 反則負け: 協議の結果、禁手反則(まげをつかむ等)があったと認められた場合。行司の軍配に関わらず、反則を行った力士の負けとなります。
協議が終わると、審判長がマイクを握り、場内やテレビ中継の視聴者に向けて判定結果の理由を説明します。このマイクによる場内説明は、昭和43年(1968年)の2月場所からファンへのサービスと分かりやすさを目的として導入されました。
「ビデオ判定」の仕組みと裏側
十両以上の関取の取組において、肉眼での判定が極めて難しいケースでは、審判長が土俵上から電話を使って館内にある「ビデオ室」を呼び出し、参考意見を求めます。
ビデオ室には、勝負の決まり手を判定する「決まり手係」などの親方衆が待機しており、NHKが撮影している複数アングルのスロー映像などをモニターで確認しています。
ただし、大相撲のビデオ判定はあくまで「土俵上の審判委員をサポートするための参考意見」という位置づけです。最終的な決定権は常に土俵上の5人の審判委員にあり、アナログな「人間の眼」による協議を最優先する伝統が守られています。
行司にとっての「差し違え」と切腹の覚悟
判定が覆る「行司差し違え」は、勝負を預かる行司にとって痛恨の極みであり、相撲界では別名「行司黒星」とも呼ばれる大変な不名誉とされています。
最高位の行司である立行司(木村庄之助・式守伊之助)が腰に「短刀」を差して土俵に上がっているのは、「もし判定を差し違えたら、切腹してお詫びをする」という強烈な覚悟の表れなのです。(※実際に切腹することはありませんが、差し違えをした場合、協会に「進退伺い(辞表)」を提出するのが慣例となっています)。
歴史的事件「髭の伊之助、涙の抗議」
行司の判定に対する強い誇りと意地がぶつかり合った、有名な事件があります。
昭和33年(1958年)の9月場所初日、平幕の北の洋と横綱・栃錦の取組での出来事です。
白い髭(ひげ)を蓄え、「髭の伊之助」としてファンから愛されていた19代・式守伊之助は、この取組で横綱・栃錦に軍配を上げました。しかし物言いがつき、協議の結果は「行司差し違え」で北の洋の勝ちと判定されたのです。
これに対し、自らの眼による判定に絶対の自信を持っていた伊之助は、なんと土俵を拳で叩いて涙を流しながら、十数分にわたって猛烈な抗議を続けました。
最終的に判定が覆ることはなく、伊之助はこの騒動により協会から出場停止処分を受けてしまいます。しかし翌日、新聞に掲載された取組の決定的な写真を見ると、明らかに北の洋の右肘の方が先に土俵に落ちており、伊之助の最初の軍配(栃錦の勝ち)が正しかったことが証明されたのです。
自らの引退を目前に控えた名行司のプライドと、写真判定のない時代の悲劇が交差したこの事件は、「伊之助涙の抗議」として今も大相撲の歴史に深く刻まれています。
まとめ
「物言い」は、土俵上の熱戦をより公平に裁くための重要なシステムであり、そこにはビデオ室との連携や、控え力士にまで与えられた権利など、さまざまなルールが存在します。
そして同時に、自らの眼とプライドをかけて一瞬の勝負を裁く行司たちの、切腹をも覚悟した真剣勝負の場でもあります。物言いがついた際は、土俵上の力士だけでなく、協議の行方を見守る行司の背中にもぜひ注目してみてください。
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