対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

\ この取組の注目ポイント /
  • 年の差12歳!32歳のベテラン【輝】と、20歳の【丹治】の対決!

丹治 純 (荒汐部屋・福島県福島市)

丹治 純(たんじ じゅん)は福島県 福島市出身、荒汐部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる西 十両10枚目。

ロシア出身で新体操経験者である母親の影響で、小学生時代は福島新体操クラブで新体操に取り組み、優秀な成績を収めた。一方で、市内でちゃんこ店を営む元幕下・若信夫(若隆景ら「大波三兄弟」の父)との縁をきっかけに、小学3年次から福島県県北相撲協会で相撲を始めた。小学4年次から3年連続でわんぱく相撲全国大会に出場し、6年次にはベスト16に進出する。さらに小学4年次で白鵬杯3位、5年次で全日本小学生相撲優勝大会ベスト16など早くから頭角を現した。

福島市立福島第一中学校へ進学した後も、3年次に東北大会3年生の部で個人優勝、全国中学校相撲選手権大会で個人ベスト16に入るなどの活躍を見せた。なお、のちに同じ荒汐部屋に所属した元幕下32枚目の大賀は実の兄である。

荒汐部屋入門とスピード出世

大会出場時の相撲部屋への宿泊や、兄と共に参加した荒汐部屋での体験入門を経て力士を志し、中学卒業後に同部屋へ入門した。令和4年(2022年)3月場所の前相撲において、本名である「丹治」の四股名で初土俵を踏んだ。

初めて番付に名前が載った翌5月場所は序ノ口で6勝1敗の好成績を収めて優勝決定戦に進出し、続く7月場所でも序二段で6勝1敗をマークする。順調に白星を重ね、17歳という若さで幕下へ昇進するなど早くから高い素質を示した。

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不戦敗の経験と精神的成長

幕下に昇進した当初は壁にぶつかって三段目への陥落も経験したが、着実に地力をつけて幕下の土俵へと定着していった。令和7年(2025年)9月場所では、取組当日に部屋で寝過ごして遅刻し、不戦敗を喫するという失態を起こしてメディアにも大きく報じられた。しかし、この経験を機に猛省して奮起し、同場所を勝ち越して自身の糧とした。

若隆景の付け人経験と新十両昇進

転機となったのは令和8年(2026年)5月場所である。同郷の兄弟子・若隆景の付け人を務め、支度部屋でのアップの仕方や花道でのルーティン、取組前の気持ちのつくり方などを間近で学んだ。自身も東幕下6枚目で6勝1敗の好成績を挙げ、7人による幕下優勝決定戦に進出する。決定戦は初戦で敗れたが、同場所で賜杯を抱いた若隆景の優勝決定戦も目に焼き付けた。

自己最高位の東幕下筆頭で臨んだ7月場所は、3勝1敗と勝ち越しまであと1勝に迫ってから相撲が硬くなり、同時に新十両を決めることになる時不動にも敗れて2連敗を喫した。それでも13日目の七番相撲では、若隆景に学んだ気持ちの高め方を生かして勝ち越しを決める。場所後の番付編成会議で新十両昇進が決まり、6月に20歳を迎えたばかりでの関取昇進となった。左脚の手術で全休していた若隆景からも祝福の言葉を受け、会見には兄弟子の四股名が入った浴衣で臨んでいる。

大鵬への憧れと関取としての決意

自身の顔立ちが昭和の大横綱・大鵬に似ていると言われることから、小学生時代から大鵬に関する本を読み漁るほど敬愛してきた。稽古場では大鵬を彷彿とさせる両腕をクロスする独特な立ち合いを試すなど、先達の相撲を研究する姿勢も見せる。新体操で培った柔軟性も持ち味のひとつである。

四股名は本名の「丹治」のまま、関取の土俵に上がる。新十両会見では、故郷・福島を背負う強い力士を目指すと語り、先に幕内で活躍する藤ノ川に早く追いつき、対戦したいと意気込んだ。

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💡 福島県出身一覧💡 荒汐部屋の力士

四股名
丹治 純(たんじ じゅん)
最高位
十両10枚目
最新番付
西 十両10枚目
出身地
福島県 福島市
本名
丹治 純
生年月日
平成18年(2006)6月5日(20歳)
身長・体重
185cm・149kg
所属部屋
荒汐部屋
初土俵
令和4年(2022)3月(15歳9ヵ月)
新十両
令和8年(2026)9月(20歳3ヵ月)
優勝
無し
通算成績
116勝71敗5休/185出場(勝率:62.7%)
直近7場所
7勝3敗(幕下以下:27勝12敗3休)
7場所勝率
70.8%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
丹治が勝ちの決まり手(34勝)※不戦勝1含む
押し出し10
寄り切り9
押し倒し3
寄り倒し2
突き落とし2
突き出し2
その他5
丹治が負けの決まり手(15敗)※不戦敗1含む
寄り切り4
押し出し4
突き出し1
寄り倒し1
肩透かし1
突き落とし1
その他2
令8年9月
西 十両10枚目(4枚半上昇・最高位更新)
7勝3敗
●○○○□|○●●○○|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 幕下筆頭(5枚上昇・最高位更新)
4勝3敗
○-○-●|○--●-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 幕下6枚目(6枚半上昇・最高位更新)
6勝1敗(幕下同点)
-○-○○|--○○-|●-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 幕下12枚目(20枚半上昇・最高位更新)
5勝2敗
○--○●|--○○-|-●--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 幕下33枚目(15枚降下)
6勝1敗
○-○-○|--●-○|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 幕下18枚目(6枚半上昇)
2勝2敗3休
ややややや|や-○-●|○---●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下24枚目
4勝3敗
○--●-|■-○-○|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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輝 大士 (高田川部屋・石川県七尾市)

輝 大士(かがやき たいし)は石川県 七尾市出身、高田川部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年9月場所の番付は東 十両11枚目。

石川県金沢市に生まれ、小学1年次から穴水少年相撲教室で相撲の基礎を学び始めた。西南中学校の3年次には全国都道府県中学生選手権に出場して団体と個人の双方で優勝を飾る。なお、この時の団体戦で共に戦ったチームメイトの中村は、のちに宮城野部屋へ入門する炎鵬(現・伊勢ヶ濱部屋)であった。

足のサイズが32センチに達するほどの規格外の体格を持ち、入門前から「1日も早く横綱になりたい」と力強く公言していた。新弟子検査前には三段目と互角に渡り合い、9代高田川(元関脇・安芸乃島)から「しこやてっぽうの音が違う。骨から出している」と絶賛される鳴り物入りで、平成22年(2010年)3月場所に本名の「達(たつ)」で初土俵を踏んだ。

幕下での挫折と若の里との絆

初土俵から所要8場所で幕下へ昇進する順調な滑り出しを見せたが、そこから上位の壁に阻まれ、3年もの長きにわたり足踏みを経験する。「このまま一生勝ち越せないのではないか」と自暴自棄になりかけた時期もあったが、師匠からの「初心に戻れ」という助言で立ち直り、基本運動を徹底して苦境を乗り越えていった。

この苦しい時期を支えたのが、二所ノ関一門の同門であった関脇・若の里(のちの12代西岩)の存在であった。若の里の付け人を務める中で相撲のイロハや力士としての心構えを学び取っていたが、ある日、若の里から「付け人が関取になって巡業で飯を奢ってもらうのが夢」と聞かされた達は、「自分が関取になったら必ずご馳走しよう」と心に強く誓い、それを厳しい稽古のモチベーションの一つとした。

努力が実を結び、平成26年(2014年)11月場所で念願の新十両昇進を果たす。そして翌年夏の巡業中、かつての約束を果たすべく若の里を食事に誘い、自ら支払いをしようとした。実際には若の里が「昔言ったことを覚えていて、声を掛けてくれただけで嬉しいんだよ。本気で金を出してもらおうなんて思ってないから」と語って自ら支払いを済ませたが、関取として成長した姿で立派な恩返しとなった。また、若の里の現役最後の巡業では自ら志願して最後の締込を締めるなど、偉大な先輩との間には深い絆が結ばれていた。

新幹線由来の四股名と幕内定着

関取昇進を機に、四股名を「輝 大士」へと改名する。「輝」は翌春に地元・石川県まで延伸開業する北陸新幹線の最速列車「かがやき」に因み、「大士」は親戚にあたる第54代横綱・輪島大士にあやかったものである。

改名にあたり、師匠の9代高田川は輪島の下の名を「たいし」と勘違いして命名の許可を申し入れた。輪島からは「いいよ。でも、これはひろしって読むんだぞ」とやんわり指摘されつつも快諾を得ており、輪島が現役時代に愛用した金色の廻しも受け継ぐなど、周囲の絶大な期待を背負って関取の土俵に上がった。

十両の土俵で着実に勝ち星を重ね、平成28年(2016年)1月場所において新入幕を果たす。最高位は東前頭3枚目を記録し、長身と長いリーチを存分に生かした突っ張りと、左のおっつけから相手を土俵外へ出す正攻法の相撲で長く幕内の土俵に定着した。一方で、腰の高さから相手に潜り込まれての寄り切りや、叩きにばったりと落ちる脆さも課題として指摘されている。

稽古熱心な素顔と不屈の闘志

角界屈指の稽古熱心な力士として知られている。場所中であっても、夜のちゃんこを食べ終えると自発的に稽古場へ足を運び、四股やすり足、鉄砲、さらにはその日の取組の反省を繰り返すというストイックな習慣を持ち、その真摯な姿勢は他の力士たちにも大きな影響を与えている。

上位陣とも激しい取組を重ねていたが、令和3年(2021年)には年6場所すべてで負け越しを喫するという極度の不振に陥った。この結果、平成28年(2016年)7月場所から32場所連続で務めてきた幕内の地位から陥落し、大きな試練を迎えることとなった。

それでも決して相撲への情熱を失うことなく、十両へ陥落した後も地道に白星を積み重ねて幾度となく幕内への復帰を果たした。令和6年(2024年)7月場所では、得意の突き押しだけでなく土俵際での逆転技なども見せて10場所ぶりの幕内勝ち越しを決めるなど、ベテランらしいしぶとさも発揮している。

近年は番付の昇降を繰り返す苦しい土俵が続いているが、大相撲の伝統と基本を大切にする姿勢は入門時から変わらない。偉大な先輩や横綱から受け継いだ魂と、故郷からの大きな期待を胸に秘め、愚直なまでに真っ直ぐな突き押し相撲で今なお奮闘を続けている。

💡 石川県出身一覧💡 高田川部屋の力士

四股名
輝 大士(かがやき たいし)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両11枚目
出身地
石川県 七尾市
本名
達 綾哉
生年月日
平成6年(1994)6月1日(32歳)
身長・体重
192cm・169kg
所属部屋
高田川部屋
改名歴
達 → 輝
初土俵
平成22年(2010)3月(15歳9ヵ月)
新十両
平成26年(2014)11月(20歳5ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)1月(21歳7ヵ月)
優勝
無し
通算成績
619勝623敗0休/1242出場(勝率:49.8%)
直近7場所
52勝48敗
7場所勝率
52.0%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
輝が勝ちの決まり手(52勝)
押し出し24
突き落とし6
引き落とし4
寄り切り4
押し倒し3
叩き込み2
その他9
輝が負けの決まり手(48敗)
押し出し16
叩き込み10
寄り切り8
突き落とし5
引き落とし4
掬い投げ1
その他4
令8年9月
東 十両11枚目(変動なし)
10勝0敗
○○○○○|○○○○○|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両11枚目(4枚降下)
7勝8敗
●○○●●|○●○●○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両7枚目(2枚降下)
5勝10敗
●○●●○|●●○●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両5枚目(2枚半降下)
7勝8敗
○●○●●|●●●●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両2枚目(1枚半上昇)
6勝9敗
●○●●○|●●○●○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両4枚目(変動なし)
9勝6敗
●○○○●|○○○●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両4枚目
8勝7敗
●○○○●|●●●●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)