対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

東方:日翔志 英忠 (追手風部屋・東京都立川市)

日翔志 英忠(ひとし ひでただ)は東京都 立川市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両12枚目。

東京都立川市に生まれ、相撲好きの祖父の影響で兄が相撲を習い始めたことに付いていく形で、5歳の頃から地元の立川錬成館で相撲を始めた。中学校からは親元を離れて新潟県の糸魚川市立能生中学校へと相撲留学し、3年次には全国中学校相撲選手権大会で個人3位に入賞するなど早くからその才能を発揮した。

中学卒業後は名門である埼玉栄高校へ進学し、1年次から高校総体や弘前大会で団体優勝を経験する。その後も数々の主要大会で同校の団体優勝に大きく貢献し、3年次には個人3位の成績も残して全国的な強豪選手へと成長を遂げた。高校卒業後は日本大学へ進学して相撲部で研鑽を積む。4年次には全国学生無差別級優勝や全国学生選手権代替大会優勝など輝かしい実績を残した。

大学卒業後は日本大学事業部に就職し、実業団選手として活動しながら日大相撲部のコーチを務めた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会が中止となり、自分と向き合う時間が増えたことで角界入りへの思いが強くなる。大学職員という安定した道を捨てることに対して父親からは反対されたが、それを押し切って追手風部屋への入門を決断する。年齢制限緩和措置の適用を受け、令和3年(2021年)5月場所に23歳で初土俵を踏んだ。

四股名の由来と凄絶な大怪我

初土俵の場所は本名と師匠(元前頭・大翔山)の四股名の一字を合わせた「沢田翔」を名乗ったが、翌場所からは本名の下の名「日登志」の字を変えた「日翔志」へと改名した。同年9月場所では7戦全勝で序二段優勝を飾り、順調な滑り出しを見せた。

しかし、その直後の稽古で首に深刻な怪我を負い、約1ヶ月間にわたり寝たきりの状態となってしまう。頭から当たる相撲が取れなくなるほどの重傷であり、3場所連続での全休を余儀なくされた。さらに、休場中の令和4年(2022年)3月には入門を反対していた父親が急逝するという深い悲しみにも見舞われた。

師匠の言葉と不屈の幕下優勝

失意の底にあったが、同部屋の力士たちの激励や、師匠からの「絶対十両に上がれる」という力強い励ましの言葉に支えられて復帰を決意する。怪我を乗り越えて同年5月場所で土俵へ戻ると、続く7月場所で2度目の序二段優勝を飾り、同年11月場所では三段目優勝を果たすなど、休場のブランクを感じさせない圧倒的な強さで番付を戻していった。

幕下上位へ進出した後は壁に跳ね返される時期もあったが、西幕下3枚目で迎えた令和5年(2023年)9月場所で6勝1敗の好成績を収め、7人による優勝決定戦を制して幕下優勝を飾る。決定戦の直後には「辞めなくて良かった」と目を輝かせた。この実績が評価されて新十両昇進が決定し、会見では高校の同期である琴ノ若(現・琴櫻)の名を挙げ、「早く追いつけるように頑張りたい」と意気込みを語った。

新入幕と怪我を抱えての土俵

しかし、新十両として迎えた同年11月場所では、2日目の取組で右足を痛めて車椅子で退場する不運に見舞われる。翌日は痛み止めを打って強行出場し、執念で関取としての初白星を掴み取ったものの、怪我の影響から2勝13敗と大敗して1場所で幕下への陥落を余儀なくされた。

その後は再び幕下上位で地力を蓄え、令和7年(2025年)3月場所で十両への復帰を果たした。再十両後は持ち前の実力を発揮して勝ち越しを続け、同年9月場所で見事に新入幕を果たした。

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首の怪我の後遺症により頭から思い切り当たることができないハンデを抱えながらも、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。新入幕の場所は7勝8敗と負け越して十両へ陥落したが、アマチュア時代の実績に裏打ちされた確かな地力と、度重なる怪我を乗り越えた不屈の精神を胸に、幕内の土俵への定着を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
日翔志 英忠(ひとし ひでただ)
最高位
前頭17枚目
最新番付
東 十両12枚目
出身地
東京都 立川市
本名
沢田 日登志
生年月日
平成9年(1997)8月14日(28歳)
身長・体重
182cm・152kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
沢田翔 → 日翔志
初土俵
令和3年(2021)5月(23歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)11月(26歳3ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)9月(28歳1ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝2回
通算成績
140勝108敗21休/248出場(勝率:56.5%)
直近7場所
33勝44敗(幕内:7勝8敗)
7場所勝率
43.5%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
日翔志が勝ちの決まり手(40勝)
叩き込み13
押し出し9
寄り切り8
送り出し2
押し倒し2
引き落とし1
その他5
日翔志が負けの決まり手(50敗)
押し出し20
寄り切り12
叩き込み4
引き落とし3
突き出し2
送り出し2
その他7
令8年5月
東 十両12枚目(6枚降下)
0勝2敗
●●   |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両6枚目(3枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両9枚目(8枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両筆頭(1枚降下)
2勝13敗
●○●●●|●●●○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭17枚目(6枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両6枚目(変動なし)
10勝5敗
○○●○●|●○●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両6枚目
7勝8敗
●○●○○|●●○●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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西方:錦木 徹也 (伊勢ノ海部屋・岩手県盛岡市)

錦木 徹也(にしきぎ てつや)は岩手県 盛岡市出身、伊勢ノ海部屋の力士で最高位は小結。令和8年5月場所の番付は西 十両11枚目。

岩手県盛岡市に生まれ育つ。父親は国体に3回出場した実績を持つアマチュア相撲選手であったが、自身は盛岡市立米内中学校時代に卓球部のエースとして活躍した。当時から極度の近視により、トレードマークとなる眼鏡をかけている。

中学卒業を控え、伊勢ノ海部屋の部屋付きであった10代甲山(元前頭11枚目・大碇)が相撲健康体操の指導で岩手県を訪れた際に勧誘を受けた縁から、角界入りを決断する。平成18年(2006年)3月場所、伊勢ノ海部屋から本名の「熊谷」で初土俵を踏んだ。

恵まれた体格を持ちながらも出世は決して早くはなく、序ノ口から幕下まで地道に番付を上げていく長い下積み生活を経験することになる。

伝統の四股名と関取昇進

幕下の土俵で一進一退の攻防を続けていたが、平成24年(2012年)7月場所より四股名を「錦木」へ改名する。この四股名は、文化年間に活躍した伊勢ノ海部屋の大関であり、のちに初代二所ノ関となった同郷の先達・錦木塚右エ門に由来する由緒ある名である。

歴史ある四股名を頂いたことで「おめおめと故郷には帰れない。絶対に関取にならなければ」と覚悟を決め、同年11月場所では7戦全勝の見事な成績で幕下優勝を飾った。

この優勝を機に幕下上位へと定着してさらに実力を磨き、平成27年(2015年)5月場所で念願の新十両昇進を果たす。初土俵から所要54場所という苦労の末に掴み取った関取の座であり、盛岡市出身の力士としては実に63年ぶりの快挙であった。

幕内定着と遅咲きの三役昇進

十両の土俵を1年間務め上げ、平成28年(2016年)5月場所で新入幕を果たす。その後は幕内と十両の往復も経験したが、平成29年(2017年)5月場所では千秋楽に取り直しの熱戦を制して十両優勝を飾り、同時に通算300勝という節目に花を添えた。これを機に徐々に幕内の土俵へと定着していった。

幕内でも地道に努力を重ね、東前頭筆頭で迎えた令和5年(2023年)7月場所で大きな飛躍を見せる。横綱・照ノ富士から金星を獲得し、関脇陣にも全勝する活躍で10勝5敗の成績を収め、自身初となる殊勲賞を受賞した。初土俵から所要103場所での初三賞は、制度制定以降で最も遅い受賞記録であった。

続く同年9月場所では、初土俵から所要104場所というスロー記録で新三役となる小結へ昇進する。昇進会見では自身の歩みを「記録に名前が残ることはうれしい」と喜びを噛み締めた。令和6年(2024年)9月場所でも11勝4敗の好成績で敢闘賞を受賞するなど、ベテランの域に達してからも上位陣を脅かす確かな存在感を示した。

剛腕の左四つと愛される素顔

取り口は、左四つからの寄りや押しを主体とする。立ち合いの遅さを指摘されることもあるが、それを補って余りある並外れた腕力と重い腰を最大の持ち味としている。長年の課題であった脇の甘さもベテランとなってから克服し、相撲の質をさらに高めた。

コンタクトレンズを敬遠しており、土俵外や花道では常に眼鏡を着用している。取組後に相手を気遣う優しさや、いも焼酎を愛する素朴な酒豪エピソードも相まって、多くの相撲ファンから愛されている。

近年は十両への陥落も味わうなど苦しい土俵が続いているが、日々の朝稽古を欠かさない生真面目さで、由緒ある四股名を胸に地道に奮闘を続けている。

💡 岩手県出身一覧💡 伊勢ノ海部屋の力士

四股名
錦木 徹也(にしきぎ てつや)
最高位
小結
最新番付
西 十両11枚目
出身地
岩手県 盛岡市
本名
熊谷 徹也
生年月日
平成2年(1990)8月25日(35歳)
身長・体重
186cm・186kg
所属部屋
伊勢ノ海部屋
改名歴
熊谷 → 錦木
初土俵
平成18年(2006)3月(15歳7ヵ月)
新十両
平成27年(2015)5月(24歳9ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)5月(25歳9ヵ月)
新小結
令和5年(2023)9月(33歳1ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
通算成績
657勝689敗2休/1345出場(勝率:48.8%)
直近7場所
27勝35敗(幕内:8勝22敗)
7場所勝率
38.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
錦木が勝ちの決まり手(35勝)
寄り切り16
押し出し9
寄り倒し2
引き落とし2
上手投げ2
送り引き落とし1
その他3
錦木が負けの決まり手(55敗)
寄り切り18
押し出し11
叩き込み9
突き落とし3
送り出し2
引き落とし2
その他10
令8年5月
西 十両11枚目(半枚上昇)
0勝2敗
●●   |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両12枚目(変動なし)
8勝7敗
●●●○○|●●●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両12枚目(5枚半降下)
7勝8敗
●○●●○|○●○●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 十両6枚目(7枚半降下)
4勝11敗
○●○●●|●●●●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭16枚目(2枚上昇)
2勝13敗
●●●●●|●●○●●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両筆頭(1枚半降下)
8勝7敗
●●●●○|○○○○○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭16枚目
6勝9敗
○○○○○|●●●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)