対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

王鵬 幸之介 (大嶽部屋・東京都江東区)

王鵬 幸之介(おうほう こうのすけ)は東京都 江東区出身、大嶽部屋の力士で最高位は関脇。令和8年9月場所の番付は東 前頭10枚目。

第48代横綱・大鵬を祖父に、元関脇・貴闘力を父に持つ相撲一家の三男として育つ。幼少期より地元の相撲道場で稽古に励み、名門である埼玉栄高校へと進学。3年次には相撲部の主将を務め、国民体育大会での団体優勝に貢献するなどの実績を残した。

高校卒業を控えた平成30年(2018年)1月場所において、17代大嶽(元十両・大道)が師匠を務める大嶽部屋から初土俵を踏んだ。入門当初の四股名は、本名の「納谷」であった。

序ノ口優勝と三世代にわたる関取誕生

初めて番付に名前が載った翌3月場所では、高校時代から切磋琢磨してきた同期入門の豊昇龍を破り、7戦全勝で序ノ口優勝を飾る。その後も順調に白星を重ね、同年9月場所で幕下へ昇進した。

以降は幕下上位の分厚い壁に挑みながら着実に地力を蓄え、幕下筆頭で迎えた令和2年(2020年)11月場所において6勝1敗と勝ち越す。初土俵から丸3年となる令和3年(2021年)1月場所、20歳11ヶ月の若さで新十両へ昇進した。

スポンサーリンク

この関取昇進を機に、四股名を「王鵬」へと改名する。祖父の四股名から「鵬」の一字を受け継ぎ、「王道を進んでほしい」という願いが込められたものであった。これにより、祖父、父に続く三世代にわたる関取が誕生した。

幕内での躍進と初金星

新十両の場所は5勝10敗と大きく負け越して幕下へ陥落したが、再起後は安定した成績を積み重ねて十両を突破し、令和4年(2022年)1月場所で新入幕を果たす。恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでも取れる相撲を武器に幕内に定着し、令和6年(2024年)3月場所では横綱・照ノ富士を破って自身初となる金星を獲得した。

因縁の優勝決定戦と新関脇への昇進

西前頭3枚目で迎えた令和7年(2025年)1月場所では、順調に白星を重ねて12勝3敗の好成績を挙げ、因縁のライバルである豊昇龍と優勝決定戦を争った。惜しくも敗れて優勝同点となったものの、その堂々たる戦いぶりから技能賞を受賞している。

続く同年3月場所では新関脇へと昇進した。この場所は6勝9敗と負け越して平幕へ番付を落としたが、直後の5月場所において、先の決定戦を制して横綱へと昇進していた豊昇龍から2つ目となる金星を奪う意地を見せた。その後も関脇や小結など三役の地位を含め、幕内上位で激闘を続けている。血脈の重圧を自らの力へと変え、さらなる高みを目指して現在の土俵を務めている。

💡 東京都出身一覧💡 大嶽部屋の力士

大嶽部屋 王鵬 | 直近7場所の歩み

東前頭10枚目の今場所は、すでに負け越しが決まっていますが、ここ2日は白星が続き、5勝8敗としています。1月場所に小結へ昇進しています。7月場所に続いて、2場所連続の負け越しです。直近7場所の通算は44勝59敗で、黒星が多くなっています。

スポンサーリンク

四股名
王鵬 幸之介(おうほう こうのすけ)
最高位
関脇
最新番付
東 前頭10枚目
出身地
東京都 江東区
本名
納谷 幸之介
生年月日
平成12年(2000)2月14日(26歳)
身長・体重
192cm・185kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
大嶽部屋
改名歴
納谷 → 王鵬
初土俵
平成30年(2018)1月(17歳11ヵ月)
新十両
令和3年(2021)1月(20歳11ヵ月)
新入幕
令和4年(2022)1月(21歳11ヵ月)
新小結
令和8年(2026)1月(25歳11ヵ月)
新関脇
令和7年(2025)3月(25歳1ヵ月)
優勝
序ノ口優勝1回
受賞・金星
技能賞1回,金星2個
通算成績
332勝295敗0休/626出場(勝率:53%)
直近7場所
44勝59敗
7場所勝率
42.7%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
王鵬が勝ちの決まり手(44勝)※不戦勝1含む
押し出し14
叩き込み8
寄り切り6
突き落とし4
寄り倒し2
肩透かし2
その他7
王鵬が負けの決まり手(59敗)
寄り切り23
押し出し10
寄り倒し4
掬い投げ3
上手投げ3
渡し込み2
その他14
令8年9月
東 前頭10枚目(9枚半降下)
5勝8敗
●○●●●|●○○●●|●○○  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 小結(3枚上昇)
2勝13敗
●●●○●|●●●●●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 前頭3枚目(変動なし)
9勝6敗
●○●□●|●○●●○|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 前頭3枚目(3枚半降下)
7勝8敗
●●○●●|○●○●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 小結(半枚降下)
4勝11敗
●●●○○|●●○○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11月
西 関脇(3枚上昇)
7勝8敗
○○●●●|○●●○●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭2枚目
10勝5敗
●●○○●|●○○○○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク

千代翔馬 富士雄 (九重部屋・モンゴルウランバートル市)

千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)はモンゴル ウランバートル市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年9月場所の番付は西 前頭14枚目。

父親はモンゴル相撲の大関であり、幼い頃はどこへ行くにも父親に同行し、柔道や相撲の練習に連れられて育った。第68代横綱・朝青龍の父親とも交友があり、いずれ角界入りする思いを抱いていたという。地元モンゴルを訪れていた13代九重(元横綱・千代の富士)の紹介を受け、明徳義塾高校へ相撲留学するために来日した。

九重部屋への入門と試行錯誤

高校2年次に同校を中退し、13代九重が率いる九重部屋へと入門。平成21年(2009年)5月場所において初土俵を踏んだ。入門当初の体重は87キロしかなく、初土俵が同じ田子ノ浦部屋の碧山(のちに春日野部屋の関脇)など、既に体格の出来上がっていた同期には全く歯が立たなかった。圧力に欠けるため上手投げ主体で引き技を多用し、まともな寄りや押しに屈する場面が多かったという。それでも、母国で人気を集めていた父親の顔を潰してはならないと諦めずに相撲に打ち込んだ。

初土俵からは「翔馬」を名乗っていたが、新三段目昇進に合わせて「千代翔馬」へ改名する。幕下に定着するまでは同い年の千代皇や千代丸に先を越されて悔しい思いをした時期もあったが、猛稽古によって体重が120キロに迫るようになると、次第に引き技が影を潜めた。代わって廻しを引いてのしぶとさが生きるようになり、特に両廻しを取った際の力強さには定評があった。稽古場ではその引き付けを生かして180キロの千代丸を圧倒することもあったが、一方で本場所に弱い一面があり、弟弟子の千代大龍から不思議がられることもあった。

先代の秘蔵っ子と恩師の急逝

師匠である13代九重は弟子を滅多に褒めないことで知られていたが、千代翔馬の際立った稽古熱心さに対しては「一番稽古するのは千代翔馬だ」と珍しく称賛の言葉を口にしていた。毎日師匠の現役時代の相撲を映像で見て勉強し、翌日の稽古で試す研究熱心さがあり、「先代の秘蔵っ子」として手塩にかけて育てられた。

平成28年(2016年)1月場所において新十両へ昇進。会見で13代九重から「まあ、しょせん無理だろうけど」と愛のある厳しい言葉で釘を刺されつつも、「親方のように前褌を取って攻める相撲を取りたい」と力強く抱負を語った。しかし、関取として歩み始めた矢先の同年7月、最大の理解者であり目標であった恩師・13代九重が急逝する。突然の悲報による深い喪失感と悲しみは計り知れないものであったが、その試練を乗り越え、直後の同年9月場所において見事に新入幕を果たした。14代九重(元大関・千代大海)が部屋を継承して初の入幕力士となり、新入幕の会見では「先代の相撲を毎日、映像で見て勉強していた」と亡き恩師への尽きせぬ思慕を語った。

幕内での長年の活躍と相撲スタイル

幕内に昇進して以降は、長きにわたって幕内の土俵に定着している。しぶとさと思い切りの良さで動きながら勝つ相撲を身上とする一方で、入幕当初は引き技や変化が多く、「投げばかり」と評されたり、「変化を減らして踏み込んで上手を早く取る相撲を」と注文を付けられたりすることもあった。本人も「立ち合いだけしっかり当たって、あとは体に任せる」「自分の持ち味がない」と語っており、得意の張り差しを多用しすぎて相手に読まれ、諸手突きで露骨に対処されるなど課題を露呈する場面もあった。

それでも、気迫あふれる闘志と長年培った技術を武器に、金星を獲得するなどベテランの域に達してからもなお上位陣を脅かす確かな存在感を示し続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 九重部屋の力士

九重部屋 千代翔馬 | 直近7場所の歩み

西前頭14枚目の今場所は、すでに負け越しが決まり、13日目も黒星で6連敗、4勝9敗となっています。5月場所から続く負け越しは、今場所で3場所連続となりました。昨年11月場所に幕内へ復帰してから、ここ6場所は幕内の土俵が続いています。直近7場所の通算は49勝54敗で、黒星がやや多くなっています。

四股名
千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)
最高位
前頭2枚目
最新番付
西 前頭14枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ガンバータル・ムンクサイハン→石橋 翔馬
生年月日
平成3年(1991)7月20日(35歳)
身長・体重
184cm・144kg
出身高校
明徳義塾高校・中退
所属部屋
九重部屋
改名歴
翔馬 → 千代翔馬
初土俵
平成21年(2009)7月(18歳0ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)9月(25歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
金星1個
通算成績
599勝598敗20休/1196出場(勝率:50.1%)
直近7場所
40勝48敗(十両:9勝6敗)
7場所勝率
47.6%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
千代翔馬が勝ちの決まり手(49勝)
寄り切り13
叩き込み8
上手投げ4
押し出し4
肩透かし3
下手投げ3
その他14
千代翔馬が負けの決まり手(54敗)
寄り切り16
押し出し15
押し倒し6
叩き込み4
下手投げ2
掬い投げ2
その他9
令8年9月
西 前頭14枚目(4枚降下)
4勝9敗
●●○○○|●○●●●|●●●  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭10枚目(3枚半降下)
5勝10敗
●●○●●|○●●○●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭7枚目(7枚上昇)
5勝10敗
●●○○●|○○●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 前頭14枚目(3枚降下)
10勝5敗
●○○●●|○○○●●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭11枚目(6枚上昇)
6勝9敗
●○○●●|●●○●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11月
東 前頭17枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○●●●|○○○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両2枚目
9勝6敗
●○●○●|●○○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)