対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

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  • キャリア13年差!大相撲歴23年6ヶ月の【佐田の海】と、同10年の【翠富士】の対決!

翠富士 一成 (伊勢ヶ濱部屋・静岡県焼津市)

翠富士 一成(みどりふじ かずなり)は静岡県 焼津市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年9月場所の番付は東 十両7枚目。

静岡県焼津市に生まれ、小学生の頃から相撲を始めてわんぱく相撲全国大会に出場した。中学時代に一時相撲から離れた時期もあったが、3年次に再開すると全国中学校相撲選手権大会の団体戦でベスト8に進出する。飛龍高校へ進学し、2年次の全国高等学校総合体育大会の団体戦では、佐藤貴信(のちの大関・貴景勝)を擁する埼玉栄高校の4連覇を阻む活躍を見せ、同校初の団体3位に大きく貢献した。個人戦でも全日本ジュニア体重別選手権80キロ未満級や全国選抜100キロ未満級で優勝するなど、確かな実績を積んだ。

伊勢ヶ濱部屋への入門と錦富士とのライバル関係

高校卒業後は近畿大学へ進学し、1年次に全国学生相撲個人体重別選手権大会100キロ未満級で優勝を果たした。しかし「いずれプロになろうと思っていたので早い方がいい」と決意し、大学を中退して伊勢ヶ濱部屋へと入門した。時を同じくして大学を中退し、同部屋へ入門した同級生の小笠原(現・錦富士)とは、互いに切磋琢磨する良きライバル関係となる。

平成28年(2016年)9月場所において本名の「庵原」で初土俵を踏む。初めて番付に名前が載った翌11月場所の序ノ口、そして四股名を「翠富士」へ改名して臨んだ続く平成29年(2017年)1月場所の序二段において、二場所連続で錦富士との同部屋・同期生による優勝決定戦となり、そのいずれも敗れて優勝を逃すという悔しい経験をしている。

十両昇進と十両優勝

その後も幕下上位で地力を蓄え、東幕下2枚目で迎えた令和2年(2020年)1月場所を5勝2敗で勝ち越し、翌3月場所での新十両昇進を決めた。静岡県出身力士としては栃飛龍(元十両7枚目)以来7年ぶり、焼津市出身としては片山(元前頭13枚目)以来16年ぶりとなる関取誕生であった。

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関取となってからも着実に実力を発揮し、東十両2枚目で迎えた同年11月場所では、千秋楽に旭秀鵬との優勝決定戦を制して自身初となる十両優勝を飾った。

新入幕と立ちはだかる壁

翌令和3年(2021年)1月場所において新入幕を果たすと、9勝6敗の好成績を収め、静岡県出身力士として史上初となる三賞(技能賞)を受賞した。しかし、場所後の稽古中にヘルニアを発症して歩行困難となり、同年5月場所を全休して十両へ陥落する苦労も味わった。

その後、幕内へ定着して迎えた令和5年(2023年)3月場所では、初日から10連勝を飾って優勝争いを牽引したが、そこから4連敗を喫し、最終的に10勝5敗で惜しくも三賞を逃す。さらに翌場所での新三役の枠にも恵まれないなど、上位の壁に跳ね返される悔しさも経験している。また、令和7年(2025年)5月場所では、初日から9連敗した後に6連勝するという極めて珍しい星取を残すなど、記憶に残る歩みを見せている。

「肩透かし王子」と多彩な技

幕内の中では小柄な部類に入るが、それを補って余りある俊敏な動きと多彩な技、そして驚異的な粘り強さを最大の武器としている。特に代名詞とも言える強烈な「肩透かし」は左右どちらからでも打つことができ、一場所で白星の半数以上を肩透かしで挙げることもあるほどで、「肩透かし王子」の愛称で親しまれている。

多彩な決まり手も持ち味で、十両の土俵で24年ぶりとなる「頭捻り」や、幕内で11年ぶりとなる「割り出し」を決めて館内を大いに沸かせた。さらに、自分より一回りも二回りも大きな力士を相手に粘り強く相撲を取るため平均取組時間が長く、令和5年(2023年)11月場所では北青鵬を相手に、令和に入って初、8年半ぶりとなる「水入り」の大熱戦(7分近くの死闘)を演じた。

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令和8年(2026年)3月場所では、心不全の治療により初日から全休を余儀なくされるという試練に見舞われた。

💡 静岡県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
翠富士 一成(みどりふじ かずなり)
最高位
前頭筆頭
最新番付
東 十両7枚目
出身地
静岡県 焼津市
本名
庵原 一成
生年月日
平成8年(1996)8月30日(30歳)
身長・体重
174cm・116kg
出身高校
飛龍高校
出身大学
近畿大学・中退
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
庵原 → 翠富士
初土俵
平成28年(2016)9月(20歳1ヵ月)
新十両
令和2年(2020)3月(23歳7ヵ月)
新入幕
令和3年(2021)1月(24歳5ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
技能賞1回
通算成績
368勝322敗30休/690出場(勝率:53.3%)
直近7場所
21勝19敗(幕内:19勝26敗15休)
7場所勝率
47.1%
得意技
押し・肩透かし
決まり手傾向(直近7場所)
翠富士が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り9
肩透かし6
押し出し5
突き落とし4
送り出し3
下手投げ2
その他11
翠富士が負けの決まり手(45敗)
押し出し11
寄り切り10
叩き込み7
寄り倒し7
上手投げ6
突き出し1
その他3
令8年9月
東 十両7枚目(1枚上昇)
4勝6敗
●○○○●|○●●●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両8枚目(2枚半上昇)
8勝7敗
○○○●○|●○○○●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両10枚目(12枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○○●●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 前頭15枚目(3枚降下)
0勝0敗15休
休場
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭12枚目(3枚降下)
6勝9敗
●●●○○|●●○●○|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭9枚目(変動なし)
6勝9敗
●●○●○|●●○○○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭9枚目
7勝8敗
○●●○●|●●●○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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佐田の海 貴士 (境川部屋・熊本県熊本市東区)

佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)は熊本県 熊本市東区出身、境川部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年9月場所の番付は東 十両5枚目。

右四つの速攻相撲で活躍した出羽海部屋所属の元小結・佐田の海の長男として東京都に生まれ育つ。幼稚園の頃から力士を志していたが、父親からは「勉強はしなくていいから、何でも好きなことをやれ」と言われ、あえて相撲のアマチュア経験を積まずに野球に打ち込んでいた。小学6年次から中学2年次までは父親の相撲協会退職に伴い愛知県犬山市で過ごした。

中学卒業が近づくと父親の現役時代に憧れ、角界入りを決意する。本人は当初、当然のように父親の古巣である出羽海部屋へ進むものと考えていた。しかし、父親から「男を磨くならこの部屋だ」と熱心な説得を受け、出羽海部屋時代に父親の弟弟子であった13代境川(元小結・両國)が師匠を務める境川部屋への入門を決断した。

平成15年(2003年)3月場所において、本名の「松村」で初土俵を踏む。日本相撲協会には父親の故郷である熊本県熊本市(現在の東区)を出身地として届け出ている。入門当初は軽量に苦労しながらも、師匠の厳しくも愛情あふれる指導のもとで着実に実力を身につけていった。

父の四股名継承と怪我の試練

平成16年(2004年)1月場所において、父親の現役時代の四股名である「佐田の海」を継承した。本人は当初「名乗るのは恐れ多い」と遠慮したものの、師匠から「来場所から佐田の海で行くぞ。親父さんには俺から言っておくから」と力強く背中を押され、父親の四股名を背負うこととなった。

長らく幕下の土俵で実力を磨き、平成22年(2010年)1月場所において幕下優勝を飾り、同年7月場所において念願の新十両昇進を果たす。栃東親子以来14年ぶりとなる史上9組目の親子関取誕生であった。十両昇進後は8場所にわたり十両に定着したが、平成23年(2011年)9月場所千秋楽に大きな悲劇が襲う。7勝7敗で迎えたこの一番で、寄り倒されそうになりながらも勝ち越しへの執念から無理な体勢で残そうとした結果、右足首を脱臼骨折する大怪我を負い、十両からの陥落を余儀なくされた。

陥落後は豪栄道の付け人やちゃんこ番をこなす生活へと戻り、関取経験者でありながら雑務をこなす惨めさや辛さを味わったが、父親からの温かい励ましを受けて再起を図っていた。ところが、平成25年(2013年)3月場所では左目の眼底骨折という更なる不運に見舞われ、一度は引退も頭をよぎった。しかし、懸念された手術が無事に成功したことに加え、知人から浴びせられた手厳しい叱咤の言葉に発奮して現役続行を決断する。本人は怪我の要因を「下がりながらの投げ技が足首に負担をかけていた」と分析し、稽古を重ねて出足を重視した相撲へと磨き上げ、翌平成26年(2014年)1月場所に13場所ぶりとなる十両復帰を果たした。

新入幕と史上初の「親子三賞」

十両復帰後は好調を維持し、平成26年(2014年)5月場所において初土俵から所要66場所で新入幕を果たした。これにより史上8組目の親子幕内力士となる。幕内昇進会見では「父を超えることが親孝行」と意欲を語り、師匠の13代境川も「お父さんから15歳の彼を預かった時からの男の約束だった」と感慨深げに語った。

新入幕の同場所では、持ち味を存分に発揮して10勝5敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞した。父親も新入幕の場所に敢闘賞を受賞しており、この受賞によって大相撲史上初となる「親子での新入幕場所三賞獲得」という歴史的な快挙を成し遂げた。

幕内の土俵に定着した翌平成27年(2015年)5月場所では、東前頭3枚目の地位で横綱・日馬富士を取り直しの末に破り、自身初となる金星を獲得して場内を大いに沸かせた。

ベテランとしての存在感と取り口

その後も長く幕内と十両の土俵を務め、平成30年(2018年)3月場所では11勝4敗の好成績で自身初の十両優勝を飾っている。令和4年(2022年)5月場所では西前頭12枚目で千秋楽まで優勝争いに絡み、11勝4敗の優勝次点の成績を残して2度目の敢闘賞を受賞した。さらに令和7年(2025年)5月場所でも西前頭13枚目で10勝5敗の好成績を挙げて3度目の敢闘賞を受賞するなど、衰えぬ実力を証明し続けている。

取り口は、父親と同じく右四つに組んでからの速攻や力強い寄り、真っ向勝負を最大の持ち味とする。一方で父親よりも手足が長いため、「俺にはない投げがある」と父親から評されている。厳しい稽古で培われた足の裏の感覚が良く、土俵際での並外れた粘り腰を見せることから「行司泣かせ」の異名をとることもある。

ベテランとなってからは引き技に沈む場面も指摘されるが、父親譲りの四股名と伝統の相撲型を胸に、持ち前のしぶとさと豊富な経験を生かして最高峰の土俵で長きにわたり奮闘を続けている。

💡 熊本県出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)
最高位
前頭筆頭
最新番付
東 十両5枚目
出身地
熊本県 熊本市東区
本名
松村 要
生年月日
昭和62年(1987)5月11日(39歳)
身長・体重
181cm・141kg
所属部屋
境川部屋
改名歴
松村 → 佐田の海
初土俵
平成15年(2003)3月(15歳10ヵ月)
新十両
平成22年(2010)7月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成26年(2014)5月(27歳0ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞3回,金星1個
通算成績
793勝825敗22休/1618出場(勝率:49%)
直近7場所
30勝40敗(幕内:10勝20敗)
7場所勝率
40.0%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
佐田の海が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り19
押し出し6
寄り倒し4
突き落とし2
上手投げ2
送り出し1
その他6
佐田の海が負けの決まり手(60敗)
寄り切り21
叩き込み9
押し出し8
掬い投げ4
突き出し3
引き落とし2
その他13
令8年9月
東 十両5枚目(2枚半降下)
2勝8敗
○●●●●|○●●●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両2枚目(半枚降下)
5勝10敗
●●●○○|●●○○●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両2枚目(半枚降下)
7勝8敗
●●●○○|●○○●●|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 十両筆頭(2枚半上昇)
7勝8敗
○●●○●|●○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両4枚目(4枚半降下)
9勝6敗
○○○○●|●○○○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭16枚目(2枚半降下)
4勝11敗
●○●●●|●○●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭14枚目
6勝9敗
○●○○●|●●●●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)