対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

千代翔馬 富士雄 (九重部屋・モンゴルウランバートル市)

千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)はモンゴル ウランバートル市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年5月場所の番付は東 前頭7枚目。

父親はモンゴル相撲の大関であり、幼い頃はどこへ行くにも父親に同行し、柔道や相撲の練習に連れられて育った。第68代横綱・朝青龍の父親とも交友があり、いずれ角界入りする思いを抱いていたという。地元モンゴルを訪れていた13代九重(元横綱・千代の富士)の紹介を受け、明徳義塾高校へ相撲留学するために来日した。

九重部屋への入門と試行錯誤

高校2年次に同校を中退し、13代九重が率いる九重部屋へと入門。平成21年(2009年)5月場所において初土俵を踏んだ。入門当初の体重は87キロしかなく、初土俵が同じ田子ノ浦部屋の碧山(のちに春日野部屋の関脇)など、既に体格の出来上がっていた同期には全く歯が立たなかった。圧力に欠けるため上手投げ主体で引き技を多用し、まともな寄りや押しに屈する場面が多かったという。それでも、母国で人気を集めていた父親の顔を潰してはならないと諦めずに相撲に打ち込んだ。

初土俵からは「翔馬」を名乗っていたが、新三段目昇進に合わせて「千代翔馬」へ改名する。幕下に定着するまでは同い年の千代皇や千代丸に先を越されて悔しい思いをした時期もあったが、猛稽古によって体重が120キロに迫るようになると、次第に引き技が影を潜めた。代わって廻しを引いてのしぶとさが生きるようになり、特に両廻しを取った際の力強さには定評があった。稽古場ではその引き付けを生かして180キロの千代丸を圧倒することもあったが、一方で本場所に弱い一面があり、弟弟子の千代大龍から不思議がられることもあった。

先代の秘蔵っ子と恩師の急逝

師匠である13代九重は弟子を滅多に褒めないことで知られていたが、千代翔馬の際立った稽古熱心さに対しては「一番稽古するのは千代翔馬だ」と珍しく称賛の言葉を口にしていた。毎日師匠の現役時代の相撲を映像で見て勉強し、翌日の稽古で試す研究熱心さがあり、「先代の秘蔵っ子」として手塩にかけて育てられた。

平成28年(2016年)1月場所において新十両へ昇進。会見で13代九重から「まあ、しょせん無理だろうけど」と愛のある厳しい言葉で釘を刺されつつも、「親方のように前褌を取って攻める相撲を取りたい」と力強く抱負を語った。しかし、関取として歩み始めた矢先の同年7月、最大の理解者であり目標であった恩師・13代九重が急逝する。突然の悲報による深い喪失感と悲しみは計り知れないものであったが、その試練を乗り越え、直後の同年9月場所において見事に新入幕を果たした。14代九重(元大関・千代大海)が部屋を継承して初の入幕力士となり、新入幕の会見では「先代の相撲を毎日、映像で見て勉強していた」と亡き恩師への尽きせぬ思慕を語った。

幕内での長年の活躍と相撲スタイル

幕内に昇進して以降は、長きにわたって幕内の土俵に定着している。しぶとさと思い切りの良さで動きながら勝つ相撲を身上とする一方で、入幕当初は引き技や変化が多く、「投げばかり」と評されたり、「変化を減らして踏み込んで上手を早く取る相撲を」と注文を付けられたりすることもあった。本人も「立ち合いだけしっかり当たって、あとは体に任せる」「自分の持ち味がない」と語っており、得意の張り差しを多用しすぎて相手に読まれ、諸手突きで露骨に対処されるなど課題を露呈する場面もあった。

それでも、気迫あふれる闘志と長年培った技術を武器に、金星を獲得するなどベテランの域に達してからもなお上位陣を脅かす確かな存在感を示し続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 九重部屋の力士

四股名
千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)
最高位
前頭2枚目
最新番付
東 前頭7枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ガンバータル・ムンクサイハン→石橋 翔馬
生年月日
平成3年(1991)7月20日(34歳)
身長・体重
184cm・140kg
出身高校
明徳義塾高校・中退
所属部屋
九重部屋
改名歴
翔馬 → 千代翔馬
初土俵
平成21年(2009)7月(18歳0ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)9月(25歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
金星1個
通算成績
585勝570敗20休/1154出場(勝率:50.7%)
直近7場所
31勝45敗(十両:9勝6敗)
7場所勝率
44.0%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
千代翔馬が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り11
上手投げ5
押し出し4
叩き込み4
下手投げ2
送り出し2
その他12
千代翔馬が負けの決まり手(50敗)
寄り切り13
押し出し13
上手出し投げ4
掬い投げ3
押し倒し3
下手投げ2
その他12
令8年5月
東 前頭7枚目(7枚上昇)
0勝1敗
●    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 前頭14枚目(3枚降下)
10勝5敗
●○○●●|○○○●●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭11枚目(6枚上昇)
6勝9敗
●○○●●|●●○●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭17枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○●●●|○○○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両2枚目(10枚半降下)
9勝6敗
●○●○●|●○○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭9枚目(4枚降下)
1勝14敗
●●●●●|●●●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭5枚目
4勝11敗
●●●●●|○○●●●|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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美ノ海 義久 (木瀬部屋・沖縄県うるま市)

美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)は沖縄県 うるま市出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年5月場所の番付は東 前頭6枚目。

木崎家の三男として、のちに同じ木瀬部屋へと入門する弟(元十両3枚目・木﨑海)らと共に沖縄県うるま市で育つ。小学1年生の頃から相撲を始め、中学時代に参加した鳥取城北高校の合宿の厳しさに触発されて同校への進学を決意した。高校の同期にはアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)がおり、3年次には国民体育大会で団体優勝を果たしたほか、個人戦の決勝でもイチンノロブを破って優勝を飾った。その後は日本大学へ進学し、4年次には主将として全国学生相撲選手権大会での団体優勝を牽引するなど、輝かしい実績を残した。

初土俵と四股名の由来

大学卒業後は木瀬部屋の門を叩き、平成28年(2016年)3月場所に本名の「木崎」で初土俵を踏んだ。同年7月場所に序二段、続く9月場所には三段目でそれぞれ7戦全勝での優勝を飾るなど、順調に番付を上げていく。そして平成30年(2018年)7月場所で新十両へ昇進。これを機に、沖縄の方言で「きれい」を意味する「美」を入れた「美ノ海」へと改名した。下の名の「義久」には、相撲を始めるきっかけを与えてくれた亡き祖父の名前を用いている。

苦難を乗り越えての新入幕

ところが、西十両14枚目で迎えた平成30年(2018年)7月場所は、5勝10敗と大きく負け越して十両1場所で幕下へと陥落。令和元年(2019年)3月場所、幕下全勝優勝を挙げて再び十両昇進を決めるが、翌5月場所ではまたしても5勝10敗で1場所陥落。

十両の壁に幾度も阻まれた美ノ海だったが、令和2年(2020年)1月場所で三度十両昇進を遂げて以降は主戦場を十両へと移した。十両の土俵で着実に地力を養うと、令和5年(2023年)11月場所で待望の新入幕を果たす。初土俵から所要45場所での入幕は、決して平坦な道のりではなく、苦労を重ねた末に掴み取った座であった。

幕内での躍進と沖縄県勢初の三賞

持ち味である左四つからの投げや、しぶとい相撲を武器に幕内でも躍動する。令和7年(2025年)3月場所では、西前頭14枚目の地位で千秋楽まで優勝争いに加わる活躍を見せた。最終的に11勝4敗の好成績を挙げ、自身初となる敢闘賞を獲得。これは沖縄県出身力士としては大相撲史上初となる三賞受賞であり、まさに歴史的な記録であった。その後も上位戦線で着実に実績を積んでおり、郷土の期待を背負って土俵で確かな存在感を示し続けている。

💡 沖縄県出身一覧💡 木瀬部屋の力士

四股名
美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)
最高位
前頭2枚目
最新番付
東 前頭6枚目
出身地
沖縄県 うるま市
本名
木崎 信志
生年月日
平成5年(1993)5月6日(33歳)
身長・体重
178cm・152kg
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
改名歴
木崎 → 美ノ海
初土俵
平成28年(2016)3月(22歳10ヵ月)
新十両
平成30年(2018)7月(25歳2ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(30歳6ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
368勝349敗1休/716出場(勝率:51.4%)
直近7場所
44勝47敗
7場所勝率
48.4%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
美ノ海が勝ちの決まり手(43勝)※不戦勝1含む
押し出し17
寄り切り8
送り出し8
寄り倒し3
突き落とし2
下手出し投げ1
その他3
美ノ海が負けの決まり手(47敗)
押し出し13
寄り切り12
叩き込み6
突き落とし4
上手投げ3
上手出し投げ3
その他6
令8年5月
東 前頭6枚目(3枚半降下)
1勝0敗
○    |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭2枚目(3枚上昇・最高位更新)
4勝11敗
●○●○●|●○●●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭5枚目(1枚半上昇)
9勝6敗
○○●●●|○○○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭7枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○○●○●|●○●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭10枚目(2枚半上昇)
9勝6敗
●○○○○|○●●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭13枚目(5枚半降下)
9勝6敗
●●○○○|●●○○●|○○□○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 前頭7枚目
4勝11敗
●●○●●|●●●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)