対戦力士情報

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  • 年の差17歳!39歳のベテラン【佐田の海】と、21歳の【嵐富士】の対決!

嵐富士 奏凪人 (伊勢ヶ濱部屋・福岡県糟屋郡宇美町)

嵐富士 奏凪人(あらしふじ かなと)は福岡県 糟屋郡宇美町出身、伊勢ヶ濱部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる西 十両5枚目。

少年時代から空手や柔道、サッカーなど多岐にわたるスポーツに打ち込み、中学生の時には『SASUKE』に出場した異色の経歴を持つ。柔道で初段を取得して県大会へ出場する一方で、小学4年次から福岡相撲クラブで本格的に相撲を始めた。

鳥取城北高校から社会人での実績

中学卒業後は相撲の名門である鳥取城北高校へ進学する。3年次には高校総体や国体での団体優勝に大きく貢献し、高校総体で個人準優勝、国体でも個人4位に食い込むなど、全国的な強豪選手として輝かしい実績を残した。

高校卒業後はすぐには角界入りせず、鳥取城北高校の1学年先輩にあたる伯乃富士の父親が経営する「有限会社野田組」に所属し、社会人として母校で指導に当たりながら競技を継続した。全日本実業団選手権や国体などのアマチュア大会に出場を続け、国体の成年の部でベスト8に進出して幕下最下位格付出(60枚目格)の資格を獲得する。この実績を引っ提げ、宮城野部屋への入門を決断した。

部屋の転籍と「嵐富士」への改名

令和6年(2024年)3月場所に本名の「松井」で初土俵を踏む。初土俵から持ち前の実力を発揮して5勝2敗と勝ち越し、上々の滑り出しを見せた。しかしこの時期に宮城野部屋が伊勢ヶ濱一門の預かりとなったことに伴い、伊勢ヶ濱部屋への転籍を余儀なくされる激動のスタートとなった。

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環境の変化に見舞われながらも決して腐ることなく、移籍先の伊勢ヶ濱部屋でも激しい稽古に食らいつき、幕下の土俵で着実に地力を蓄えていった。

令和8年(2026年)1月場所には、旧宮城野部屋出身力士の一斉改名に伴い、四股名を「嵐富士」へと改めた。この四股名には「嵐のように土俵で暴れる相撲を取って欲しい」という師匠の思いが込められている。

改名後も安定した成績を残して幕下上位へと番付を上げ、念願の関取昇進を射程圏内に捉えている。持ち前の高い運動神経と豊富なアマチュア経験を生かした相撲で、新十両昇進を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 福岡県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
嵐富士 奏凪人(あらしふじ かなと)
最高位
十両5枚目
最新番付
西 十両5枚目
出身地
福岡県 糟屋郡宇美町
本名
松井 奏凪人
生年月日
平成16年(2004)10月12日(21歳)
身長・体重
172cm・123kg
出身高校
鳥取城北高校
所属部屋
宮城野 → 伊勢ヶ濱部屋
改名歴
松井 → 嵐富士
初土俵
令和6年(2024)3月・幕下60付出(19歳5ヵ月)
新十両
令和8年(2026)7月(21歳9ヵ月)
優勝
無し
通算成績
73勝49敗1休/121出場(勝率:60.3%)
直近7場所
16勝9敗(幕下以下:21勝14敗)
7場所勝率
61.7%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
嵐富士が勝ちの決まり手(37勝)
押し出し25
引き落とし2
押し倒し2
肩透かし2
叩き込み1
寄り切り1
その他4
嵐富士が負けの決まり手(23敗)
叩き込み7
押し出し4
送り出し3
寄り切り2
押し倒し2
勇み足1
その他4
令8年9月
西 十両5枚目(7枚半上昇・最高位更新)
5勝5敗
●○○●●|○●○●○|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両13枚目(3枚上昇・最高位更新)
11勝4敗(十両同点)
○○○○○|○○●○○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 幕下2枚目(5枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○●-○|-○●--|○---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 幕下7枚目(2枚半上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○-○○|--○●-|-○●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下9枚目(2枚上昇)
4勝3敗
○--○-|○●--●|-●-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下11枚目(2枚半降下)
4勝3敗
●-○--|●○--●|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下9枚目
3勝4敗
-○-●○|--○-●|●--●-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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佐田の海 貴士 (境川部屋・熊本県熊本市東区)

佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)は熊本県 熊本市東区出身、境川部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年9月場所の番付は東 十両5枚目。

右四つの速攻相撲で活躍した出羽海部屋所属の元小結・佐田の海の長男として東京都に生まれ育つ。幼稚園の頃から力士を志していたが、父親からは「勉強はしなくていいから、何でも好きなことをやれ」と言われ、あえて相撲のアマチュア経験を積まずに野球に打ち込んでいた。小学6年次から中学2年次までは父親の相撲協会退職に伴い愛知県犬山市で過ごした。

中学卒業が近づくと父親の現役時代に憧れ、角界入りを決意する。本人は当初、当然のように父親の古巣である出羽海部屋へ進むものと考えていた。しかし、父親から「男を磨くならこの部屋だ」と熱心な説得を受け、出羽海部屋時代に父親の弟弟子であった13代境川(元小結・両國)が師匠を務める境川部屋への入門を決断した。

平成15年(2003年)3月場所において、本名の「松村」で初土俵を踏む。日本相撲協会には父親の故郷である熊本県熊本市(現在の東区)を出身地として届け出ている。入門当初は軽量に苦労しながらも、師匠の厳しくも愛情あふれる指導のもとで着実に実力を身につけていった。

父の四股名継承と怪我の試練

平成16年(2004年)1月場所において、父親の現役時代の四股名である「佐田の海」を継承した。本人は当初「名乗るのは恐れ多い」と遠慮したものの、師匠から「来場所から佐田の海で行くぞ。親父さんには俺から言っておくから」と力強く背中を押され、父親の四股名を背負うこととなった。

長らく幕下の土俵で実力を磨き、平成22年(2010年)1月場所において幕下優勝を飾り、同年7月場所において念願の新十両昇進を果たす。栃東親子以来14年ぶりとなる史上9組目の親子関取誕生であった。十両昇進後は8場所にわたり十両に定着したが、平成23年(2011年)9月場所千秋楽に大きな悲劇が襲う。7勝7敗で迎えたこの一番で、寄り倒されそうになりながらも勝ち越しへの執念から無理な体勢で残そうとした結果、右足首を脱臼骨折する大怪我を負い、十両からの陥落を余儀なくされた。

陥落後は豪栄道の付け人やちゃんこ番をこなす生活へと戻り、関取経験者でありながら雑務をこなす惨めさや辛さを味わったが、父親からの温かい励ましを受けて再起を図っていた。ところが、平成25年(2013年)3月場所では左目の眼底骨折という更なる不運に見舞われ、一度は引退も頭をよぎった。しかし、懸念された手術が無事に成功したことに加え、知人から浴びせられた手厳しい叱咤の言葉に発奮して現役続行を決断する。本人は怪我の要因を「下がりながらの投げ技が足首に負担をかけていた」と分析し、稽古を重ねて出足を重視した相撲へと磨き上げ、翌平成26年(2014年)1月場所に13場所ぶりとなる十両復帰を果たした。

新入幕と史上初の「親子三賞」

十両復帰後は好調を維持し、平成26年(2014年)5月場所において初土俵から所要66場所で新入幕を果たした。これにより史上8組目の親子幕内力士となる。幕内昇進会見では「父を超えることが親孝行」と意欲を語り、師匠の13代境川も「お父さんから15歳の彼を預かった時からの男の約束だった」と感慨深げに語った。

新入幕の同場所では、持ち味を存分に発揮して10勝5敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞した。父親も新入幕の場所に敢闘賞を受賞しており、この受賞によって大相撲史上初となる「親子での新入幕場所三賞獲得」という歴史的な快挙を成し遂げた。

幕内の土俵に定着した翌平成27年(2015年)5月場所では、東前頭3枚目の地位で横綱・日馬富士を取り直しの末に破り、自身初となる金星を獲得して場内を大いに沸かせた。

ベテランとしての存在感と取り口

その後も長く幕内と十両の土俵を務め、平成30年(2018年)3月場所では11勝4敗の好成績で自身初の十両優勝を飾っている。令和4年(2022年)5月場所では西前頭12枚目で千秋楽まで優勝争いに絡み、11勝4敗の優勝次点の成績を残して2度目の敢闘賞を受賞した。さらに令和7年(2025年)5月場所でも西前頭13枚目で10勝5敗の好成績を挙げて3度目の敢闘賞を受賞するなど、衰えぬ実力を証明し続けている。

取り口は、父親と同じく右四つに組んでからの速攻や力強い寄り、真っ向勝負を最大の持ち味とする。一方で父親よりも手足が長いため、「俺にはない投げがある」と父親から評されている。厳しい稽古で培われた足の裏の感覚が良く、土俵際での並外れた粘り腰を見せることから「行司泣かせ」の異名をとることもある。

ベテランとなってからは引き技に沈む場面も指摘されるが、父親譲りの四股名と伝統の相撲型を胸に、持ち前のしぶとさと豊富な経験を生かして最高峰の土俵で長きにわたり奮闘を続けている。

💡 熊本県出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)
最高位
前頭筆頭
最新番付
東 十両5枚目
出身地
熊本県 熊本市東区
本名
松村 要
生年月日
昭和62年(1987)5月11日(39歳)
身長・体重
181cm・141kg
所属部屋
境川部屋
改名歴
松村 → 佐田の海
初土俵
平成15年(2003)3月(15歳10ヵ月)
新十両
平成22年(2010)7月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成26年(2014)5月(27歳0ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞3回,金星1個
通算成績
793勝825敗22休/1618出場(勝率:49%)
直近7場所
30勝40敗(幕内:10勝20敗)
7場所勝率
40.0%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
佐田の海が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り19
押し出し6
寄り倒し4
突き落とし2
上手投げ2
送り出し1
その他6
佐田の海が負けの決まり手(60敗)
寄り切り21
叩き込み9
押し出し8
掬い投げ4
突き出し3
引き落とし2
その他13
令8年9月
東 十両5枚目(2枚半降下)
2勝8敗
○●●●●|○●●●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両2枚目(半枚降下)
5勝10敗
●●●○○|●●○○●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両2枚目(半枚降下)
7勝8敗
●●●○○|●○○●●|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年3月
西 十両筆頭(2枚半上昇)
7勝8敗
○●●○●|●○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両4枚目(4枚半降下)
9勝6敗
○○○○●|●○○○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭16枚目(2枚半降下)
4勝11敗
●○●●●|●○●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭14枚目
6勝9敗
○●○○●|●●●●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)