対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

風賢央 厳太 (押尾川部屋・愛媛県西予市)

風賢央 厳太(かぜけんおう げんた)は愛媛県 西予市出身、押尾川部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる東 十両4枚目。

愛媛県西予市に生まれ、幼少期はサッカーや空手、柔道と複数のスポーツを習っていた。小学5年次から地元の春日館相撲道場で相撲を始め、小学6年次にはわんぱく相撲全国大会に出場する。中学からは親元を離れて寮生活を送り、西予市立野村中学校を経て愛媛県立野村高校へ進学。四国大会で団体優勝や個人優勝を飾ったほか、金沢大会の団体戦でベスト8に進出するなど、全国的な強豪選手として頭角を現した。

高校卒業後は中央大学へ進学し、相撲部で研鑽を積む。2年次には東日本学生相撲選手権大会の団体優勝に貢献したほか、4年次には全国学生選抜相撲大会で個人ベスト16に入るなど着実に地力を蓄えていった。

大学4年次に同校OBの22代押尾川(元関脇・豪風)からの勧誘を受け、角界入りを決断する。令和4年(2022年)2月に新設されて間もない押尾川部屋へと入門し、同部屋にとって記念すべき初めての新弟子として同年3月場所の前相撲で初土俵を踏んだ。

押尾川部屋初の新弟子と四股名の由来

初土俵から名乗った「風賢央」の四股名は、22代押尾川が所属した尾車部屋の伝統である「風」の一字を頭に置き、野村高校時代の恩師から「賢」、母校である中央大学から「央」の字を頂いたものである。この「風」の字は、8代尾車(元大関・琴風)から弟子たちへと大切に受け継がれてきたものであり、押尾川部屋において新たな形で継承されることになった。同部屋の歴史の第一歩を刻む弟子として、大きな期待を背負っての船出であった。

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初めて番付に名前が載った同年5月場所では、序ノ口の土俵で持ち前の力を発揮する。7番相撲で敗れて6勝1敗で並ぶ混戦となったが、4人による優勝決定戦を制して見事に序ノ口優勝で門出を飾った。その後も安定して白星を重ね、令和5年(2023年)1月場所において幕下へと昇進する。初めて番付に載った序ノ口から新幕下の場所にかけて、5場所連続で6勝1敗という安定した成績を残し、順調な滑り出しを見せた。

玉春日以来の快挙と関取昇進

幕下に昇進してからも勝ち越しを続けたが、次第に幕下上位の壁に跳ね返されるようになる。令和5年(2023年)後半からは入門以来初となる負け越しも経験し、一進一退の攻防が続いた。それでも厳しい稽古で心技体を鍛え直し、西幕下13枚目で迎えた令和6年(2024年)3月場所で7戦全勝の幕下優勝を果たす。

直近の足踏みを払拭する好成績が評価され、念願の新十両昇進が決定した。これは押尾川部屋から誕生した初めての関取であり、愛媛県出身力士としても玉春日(のちの14代片男波)以来実に29年ぶりとなる歴史的な昇進であった。十両昇進に際しては、地元・愛媛県相撲連盟から西予市のイメージキャラクター「せい坊」が描かれた化粧廻しが贈呈されている。

陥落からの再起と取り口

新十両として迎えた同年5月場所は、千秋楽の取組に敗れて7勝8敗と負け越し、続く7月場所では怪我による途中休場も重なって幕下への陥落を余儀なくされる。しかし幕下上位の厳しい土俵で勝ち星を積み重ね、令和7年(2025年)3月場所で再十両を果たすと、8勝7敗の成績を収めて関取として初の勝ち越しを決めた。

その後は十両の土俵で一進一退の攻防を続ける。令和8年(2026年)1月場所では5勝10敗と大きく負け越して陥落の危機を迎えたが、他力士の成績との兼ね合いで番付運に救われて十両に残留した。この好機を生かし、続く同年3月場所では中日まで7連勝を飾って優勝争いに加わり、9勝6敗の好成績を収めて意地を見せている。

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取り口は、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い攻めを主体とする。一度は関取の座を失う試練を味わいながらも不屈の闘志で土俵へと這い上がり、持ち前の馬力でさらなる上位への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 愛媛県出身一覧💡 押尾川部屋の力士

四股名
風賢央 厳太(かぜけんおう げんた)
最高位
十両4枚目
最新番付
東 十両4枚目
出身地
愛媛県 西予市
本名
住木 厳太
生年月日
平成11年(1999)6月4日(27歳)
身長・体重
187cm・158kg
出身高校
野村高校
出身大学
中央大学
所属部屋
押尾川部屋
初土俵
令和4年(2022)3月(22歳9ヵ月)
新十両
令和6年(2024)5月(24歳11ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
155勝116敗1休/270出場(勝率:57.4%)
直近7場所
51勝49敗
7場所勝率
51.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
風賢央が勝ちの決まり手(51勝)
押し出し27
引き落とし6
叩き込み5
寄り切り4
突き出し3
突き落とし3
その他3
風賢央が負けの決まり手(49敗)
押し出し14
叩き込み11
突き落とし5
寄り切り5
引き落とし3
掬い投げ3
その他8
令8年9月
東 十両4枚目(2枚半上昇・最高位更新)
5勝5敗
○○○●○|●●○●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両6枚目(4枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
●○○○●|●○●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両11枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○○○○|○○○●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両14枚目(4枚降下)
9勝6敗
●○○○○|○○○●○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両10枚目(1枚半降下)
5勝10敗
●●○●●|○●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両8枚目(2枚半上昇)
6勝9敗
●○●○○|○●●○○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両11枚目
8勝7敗
●○●○○|●○○●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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阿武剋 一弘 (阿武松部屋・モンゴルオブス県)

阿武剋 一弘(おうのかつ かずひろ)はモンゴル オブス県出身、阿武松部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年9月場所の番付は西 十両3枚目。

モンゴルのオブス県に生まれ、幼少期から中学時代にかけてはサッカーに親しんだ。数学オリンピックのオブス県大会で優勝するほどの頭脳明晰な一面を持っていたが、15歳で来日し、新名学園旭丘高校(神奈川県)の相撲部留学生1期生として本格的に相撲を始めた。語学も堪能で、高校2年次には日本語のノートをつける必要がなくなるほど習熟していたという。

学生横綱のタイトルと幕下付出

相撲においても高校3年次に全国高校総体(インターハイ)の個人戦で優勝力士に次ぐ成績を収めた。高校卒業後は日本体育大学へ進学し、中村(横綱・大の里)ら強力な同期たちと切磋琢磨した。4年次に全国学生相撲選手権大会で優勝して「学生横綱」のタイトルを獲得し、これにより幕下15枚目格付出の資格を取得した。大学3年時に大相撲の土俵へ進むことを決心しており、卒業後は阿武松部屋の門を叩いた。

恩師の名を刻んだ四股名とスピード出世

令和5年(2023年)9月場所に新弟子検査に合格し、興行ビザの取得を経て同年11月場所に幕下15枚目格付出で初土俵を踏んだ。同年9月の理事会で付出資格が改定され、幕下付出が最下位(60枚目)格に一本化されたことに伴い、旧制度である「幕下15枚目格付出」として初土俵を踏む最後の力士となった。四股名は「自分に打ち勝つ」という意味を込めて下剋上の「剋」の字を入れ、下の名前である「一弘」は、日体大相撲部の齊藤一雄監督の「一」と、旭丘高校相撲部の岸田光弘監督の「弘」からそれぞれ一字を頂戴したものであり、自身を育ててくれた二人の恩師への感謝が込められていた。

初土俵の場所を5勝2敗で勝ち越すと、続く令和6年(2024年)1月場所は東幕下8枚目で6勝1敗の成績を収めた。同年3月場所を西幕下2枚目で5勝2敗とし、所要3場所での新十両昇進を確定させた。

十両通過と幕内の土俵での戦い

同年5月場所、東十両12枚目で迎えた新十両の土俵では13勝2敗という優勝力士に次ぐ成績を挙げた。続く7月場所も西十両筆頭で9勝6敗と勝ち越し、十両をわずか2場所で通過して同年9月場所において西前頭14枚目で新入幕を果たした。新入幕の場所は7勝8敗と負け越したものの、続く11月場所で9勝6敗と勝ち越すなど、右四つからの力強い寄りや突き押しを武器に前頭の地位に定着した。

令和7年(2025年)3月場所から2場所連続で10勝5敗の2桁勝利を挙げ、上位陣との対戦圏内へと番付を伸ばした。令和8年(2026年)3月場所では左足を負傷し、途中休場と再出場を挟んで再び休場するという初土俵以来初の休場を経験した。

入幕間もない頃、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)からは、左の使い方の巧さを高く評価される一方で、「圧力のない日馬富士関」とかつてのライバルに例えてパワー不足を指摘されたこともあった。この課題を克服し、自身の四股名に込めた「自分に打ち勝つ」という信念を胸に、日々の激しい稽古に励みながら厳しい勝負の世界で踏ん張り続けている。

大相撲の歴史や教養を学ぶ相撲教習所を「優等賞」で卒業するなど、数学オリンピックの県大会で優勝した経歴に違わぬ知性を角界でも発揮している。昇進会見では流暢な日本語で受け答えを行い、好きな日本の歌に河島英五の『時代おくれ』を挙げるなど、日本の文化にも深く馴染んでおり、今後のさらなる飛躍が期待されている。

💡 モンゴル出身一覧💡 阿武松部屋の力士

四股名
阿武剋 一弘(おうのかつ かずひろ)
最高位
前頭3枚目
最新番付
西 十両3枚目
出身地
モンゴル オブス県
本名
バトジャルガル・チョイジルスレン
生年月日
平成12年(2000)5月5日(26歳)
身長・体重
184cm・165kg
出身高校
新名学園旭丘高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
阿武松部屋
初土俵
令和5年(2023)11月・幕下15付出(23歳6ヵ月)
新十両
令和6年(2024)5月(24歳0ヵ月)
新入幕
令和6年(2024)9月(24歳4ヵ月)
優勝
無し
通算成績
127勝106敗8休/231出場(勝率:55%)
直近7場所
14勝11敗(幕内:26勝41敗8休)
7場所勝率
44.4%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
阿武剋が勝ちの決まり手(40勝)※不戦勝2含む
寄り切り23
押し出し5
叩き込み3
上手出し投げ2
引き落とし1
上手投げ1
その他3
阿武剋が負けの決まり手(52敗)※不戦敗2含む
寄り切り24
押し出し11
叩き込み4
寄り倒し2
掬い投げ2
突き落とし2
その他5
令8年9月
西 十両3枚目(5枚降下)
5勝5敗
●○○●○|●●○●○|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 前頭15枚目(2枚上昇)
4勝11敗
●●●●●|○●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両筆頭(11枚降下)
9勝6敗
●○○●●|○○○○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 前頭6枚目(変動なし)
1勝6敗8休
●■やや●|○●●■や|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭6枚目(変動なし)
7勝8敗
●●○●○|○●●●○|○□□●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭6枚目(半枚降下)
7勝8敗
●○●●○|●○●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭6枚目
7勝8敗
○○●○●|●○○●●|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)