対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

\ この取組の注目ポイント /
  • 年の差12歳!39歳のベテラン【佐田の海】と、27歳の【風賢央】の対決!

風賢央 厳太 (押尾川部屋・愛媛県西予市)

風賢央 厳太(かぜけんおう げんた)は愛媛県 西予市出身、押尾川部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる東 十両4枚目。

愛媛県西予市に生まれ、幼少期はサッカーや空手、柔道と複数のスポーツを習っていた。小学5年次から地元の春日館相撲道場で相撲を始め、小学6年次にはわんぱく相撲全国大会に出場する。中学からは親元を離れて寮生活を送り、西予市立野村中学校を経て愛媛県立野村高校へ進学。四国大会で団体優勝や個人優勝を飾ったほか、金沢大会の団体戦でベスト8に進出するなど、全国的な強豪選手として頭角を現した。

高校卒業後は中央大学へ進学し、相撲部で研鑽を積む。2年次には東日本学生相撲選手権大会の団体優勝に貢献したほか、4年次には全国学生選抜相撲大会で個人ベスト16に入るなど着実に地力を蓄えていった。

大学4年次に同校OBの22代押尾川(元関脇・豪風)からの勧誘を受け、角界入りを決断する。令和4年(2022年)2月に新設されて間もない押尾川部屋へと入門し、同部屋にとって記念すべき初めての新弟子として同年3月場所の前相撲で初土俵を踏んだ。

押尾川部屋初の新弟子と四股名の由来

初土俵から名乗った「風賢央」の四股名は、22代押尾川が所属した尾車部屋の伝統である「風」の一字を頭に置き、野村高校時代の恩師から「賢」、母校である中央大学から「央」の字を頂いたものである。この「風」の字は、8代尾車(元大関・琴風)から弟子たちへと大切に受け継がれてきたものであり、押尾川部屋において新たな形で継承されることになった。同部屋の歴史の第一歩を刻む弟子として、大きな期待を背負っての船出であった。

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初めて番付に名前が載った同年5月場所では、序ノ口の土俵で持ち前の力を発揮する。7番相撲で敗れて6勝1敗で並ぶ混戦となったが、4人による優勝決定戦を制して見事に序ノ口優勝で門出を飾った。その後も安定して白星を重ね、令和5年(2023年)1月場所において幕下へと昇進する。初めて番付に載った序ノ口から新幕下の場所にかけて、5場所連続で6勝1敗という安定した成績を残し、順調な滑り出しを見せた。

玉春日以来の快挙と関取昇進

幕下に昇進してからも勝ち越しを続けたが、次第に幕下上位の壁に跳ね返されるようになる。令和5年(2023年)後半からは入門以来初となる負け越しも経験し、一進一退の攻防が続いた。それでも厳しい稽古で心技体を鍛え直し、西幕下13枚目で迎えた令和6年(2024年)3月場所で7戦全勝の幕下優勝を果たす。

直近の足踏みを払拭する好成績が評価され、念願の新十両昇進が決定した。これは押尾川部屋から誕生した初めての関取であり、愛媛県出身力士としても玉春日(のちの14代片男波)以来実に29年ぶりとなる歴史的な昇進であった。十両昇進に際しては、地元・愛媛県相撲連盟から西予市のイメージキャラクター「せい坊」が描かれた化粧廻しが贈呈されている。

陥落からの再起と取り口

新十両として迎えた同年5月場所は、千秋楽の取組に敗れて7勝8敗と負け越し、続く7月場所では怪我による途中休場も重なって幕下への陥落を余儀なくされる。しかし幕下上位の厳しい土俵で勝ち星を積み重ね、令和7年(2025年)3月場所で再十両を果たすと、8勝7敗の成績を収めて関取として初の勝ち越しを決めた。

その後は十両の土俵で一進一退の攻防を続ける。令和8年(2026年)1月場所では5勝10敗と大きく負け越して陥落の危機を迎えたが、他力士の成績との兼ね合いで番付運に救われて十両に残留した。この好機を生かし、続く同年3月場所では中日まで7連勝を飾って優勝争いに加わり、9勝6敗の好成績を収めて意地を見せている。

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取り口は、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い攻めを主体とする。一度は関取の座を失う試練を味わいながらも不屈の闘志で土俵へと這い上がり、持ち前の馬力でさらなる上位への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 愛媛県出身一覧💡 押尾川部屋の力士

四股名
風賢央 厳太(かぜけんおう げんた)
最高位
十両4枚目
最新番付
東 十両4枚目
出身地
愛媛県 西予市
本名
住木 厳太
生年月日
平成11年(1999)6月4日(27歳)
身長・体重
187cm・158kg
出身高校
野村高校
出身大学
中央大学
所属部屋
押尾川部屋
初土俵
令和4年(2022)3月(22歳9ヵ月)
新十両
令和6年(2024)5月(24歳11ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
155勝116敗1休/270出場(勝率:57.4%)
直近7場所
51勝49敗
7場所勝率
51.0%
得意技
押し
決まり手傾向(直近7場所)
風賢央が勝ちの決まり手(51勝)
押し出し27
引き落とし6
叩き込み5
寄り切り4
突き出し3
突き落とし3
その他3
風賢央が負けの決まり手(49敗)
押し出し14
叩き込み11
突き落とし5
寄り切り5
引き落とし3
掬い投げ3
その他8
令8年9月
東 十両4枚目(2枚半上昇・最高位更新)
5勝5敗
○○○●○|●●○●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両6枚目(4枚半上昇・最高位更新)
8勝7敗
●○○○●|●○●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両11枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○○○○|○○○●○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両14枚目(4枚降下)
9勝6敗
●○○○○|○○○●○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両10枚目(1枚半降下)
5勝10敗
●●○●●|○●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両8枚目(2枚半上昇)
6勝9敗
●○●○○|○●●○○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両11枚目
8勝7敗
●○●○○|●○○●○|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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佐田の海 貴士 (境川部屋・熊本県熊本市東区)

佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)は熊本県 熊本市東区出身、境川部屋の力士で最高位は前頭筆頭。令和8年9月場所の番付は東 十両5枚目。

右四つの速攻相撲で活躍した出羽海部屋所属の元小結・佐田の海の長男として東京都に生まれ育つ。幼稚園の頃から力士を志していたが、父親からは「勉強はしなくていいから、何でも好きなことをやれ」と言われ、あえて相撲のアマチュア経験を積まずに野球に打ち込んでいた。小学6年次から中学2年次までは父親の相撲協会退職に伴い愛知県犬山市で過ごした。

中学卒業が近づくと父親の現役時代に憧れ、角界入りを決意する。本人は当初、当然のように父親の古巣である出羽海部屋へ進むものと考えていた。しかし、父親から「男を磨くならこの部屋だ」と熱心な説得を受け、出羽海部屋時代に父親の弟弟子であった13代境川(元小結・両國)が師匠を務める境川部屋への入門を決断した。

平成15年(2003年)3月場所において、本名の「松村」で初土俵を踏む。日本相撲協会には父親の故郷である熊本県熊本市(現在の東区)を出身地として届け出ている。入門当初は軽量に苦労しながらも、師匠の厳しくも愛情あふれる指導のもとで着実に実力を身につけていった。

父の四股名継承と怪我の試練

平成16年(2004年)1月場所において、父親の現役時代の四股名である「佐田の海」を継承した。本人は当初「名乗るのは恐れ多い」と遠慮したものの、師匠から「来場所から佐田の海で行くぞ。親父さんには俺から言っておくから」と力強く背中を押され、父親の四股名を背負うこととなった。

長らく幕下の土俵で実力を磨き、平成22年(2010年)1月場所において幕下優勝を飾り、同年7月場所において念願の新十両昇進を果たす。栃東親子以来14年ぶりとなる史上9組目の親子関取誕生であった。十両昇進後は8場所にわたり十両に定着したが、平成23年(2011年)9月場所千秋楽に大きな悲劇が襲う。7勝7敗で迎えたこの一番で、寄り倒されそうになりながらも勝ち越しへの執念から無理な体勢で残そうとした結果、右足首を脱臼骨折する大怪我を負い、十両からの陥落を余儀なくされた。

陥落後は豪栄道の付け人やちゃんこ番をこなす生活へと戻り、関取経験者でありながら雑務をこなす惨めさや辛さを味わったが、父親からの温かい励ましを受けて再起を図っていた。ところが、平成25年(2013年)3月場所では左目の眼底骨折という更なる不運に見舞われ、一度は引退も頭をよぎった。しかし、懸念された手術が無事に成功したことに加え、知人から浴びせられた手厳しい叱咤の言葉に発奮して現役続行を決断する。本人は怪我の要因を「下がりながらの投げ技が足首に負担をかけていた」と分析し、稽古を重ねて出足を重視した相撲へと磨き上げ、翌平成26年(2014年)1月場所に13場所ぶりとなる十両復帰を果たした。

新入幕と史上初の「親子三賞」

十両復帰後は好調を維持し、平成26年(2014年)5月場所において初土俵から所要66場所で新入幕を果たした。これにより史上8組目の親子幕内力士となる。幕内昇進会見では「父を超えることが親孝行」と意欲を語り、師匠の13代境川も「お父さんから15歳の彼を預かった時からの男の約束だった」と感慨深げに語った。

新入幕の同場所では、持ち味を存分に発揮して10勝5敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞した。父親も新入幕の場所に敢闘賞を受賞しており、この受賞によって大相撲史上初となる「親子での新入幕場所三賞獲得」という歴史的な快挙を成し遂げた。

幕内の土俵に定着した翌平成27年(2015年)5月場所では、東前頭3枚目の地位で横綱・日馬富士を取り直しの末に破り、自身初となる金星を獲得して場内を大いに沸かせた。

ベテランとしての存在感と取り口

その後も長く幕内と十両の土俵を務め、平成30年(2018年)3月場所では11勝4敗の好成績で自身初の十両優勝を飾っている。令和4年(2022年)5月場所では西前頭12枚目で千秋楽まで優勝争いに絡み、11勝4敗の優勝次点の成績を残して2度目の敢闘賞を受賞した。さらに令和7年(2025年)5月場所でも西前頭13枚目で10勝5敗の好成績を挙げて3度目の敢闘賞を受賞するなど、衰えぬ実力を証明し続けている。

取り口は、父親と同じく右四つに組んでからの速攻や力強い寄り、真っ向勝負を最大の持ち味とする。一方で父親よりも手足が長いため、「俺にはない投げがある」と父親から評されている。厳しい稽古で培われた足の裏の感覚が良く、土俵際での並外れた粘り腰を見せることから「行司泣かせ」の異名をとることもある。

ベテランとなってからは引き技に沈む場面も指摘されるが、父親譲りの四股名と伝統の相撲型を胸に、持ち前のしぶとさと豊富な経験を生かして最高峰の土俵で長きにわたり奮闘を続けている。

💡 熊本県出身一覧💡 境川部屋の力士

四股名
佐田の海 貴士(さだのうみ たかし)
最高位
前頭筆頭
最新番付
東 十両5枚目
出身地
熊本県 熊本市東区
本名
松村 要
生年月日
昭和62年(1987)5月11日(39歳)
身長・体重
181cm・141kg
所属部屋
境川部屋
改名歴
松村 → 佐田の海
初土俵
平成15年(2003)3月(15歳10ヵ月)
新十両
平成22年(2010)7月(23歳2ヵ月)
新入幕
平成26年(2014)5月(27歳0ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回
受賞・金星
敢闘賞3回,金星1個
通算成績
793勝825敗22休/1618出場(勝率:49%)
直近7場所
30勝40敗(幕内:10勝20敗)
7場所勝率
40.0%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
佐田の海が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り19
押し出し6
寄り倒し4
突き落とし2
上手投げ2
送り出し1
その他6
佐田の海が負けの決まり手(60敗)
寄り切り21
叩き込み9
押し出し8
掬い投げ4
突き出し3
引き落とし2
その他13
令8年9月
東 十両5枚目(2枚半降下)
2勝8敗
○●●●●|○●●●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両2枚目(半枚降下)
5勝10敗
●●●○○|●●○○●|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両2枚目(半枚降下)
7勝8敗
●●●○○|●○○●●|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年3月
西 十両筆頭(2枚半上昇)
7勝8敗
○●●○●|●○○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両4枚目(4枚半降下)
9勝6敗
○○○○●|●○○○○|●●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭16枚目(2枚半降下)
4勝11敗
●○●●●|●○●○●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭14枚目
6勝9敗
○●○○●|●●●●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)