対戦力士情報

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  • ■【埼玉栄高校】出身の同窓対決!

日翔志 英忠 (追手風部屋・東京都立川市)

日翔志 英忠(ひとし ひでただ)は東京都 立川市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年9月場所の番付は西 十両11枚目。

東京都立川市に生まれ、相撲好きの祖父の影響で兄が相撲を習い始めたことに付いていく形で、5歳の頃から地元の立川錬成館で相撲を始めた。中学校からは親元を離れて新潟県の糸魚川市立能生中学校へと相撲留学し、3年次には全国中学校相撲選手権大会で個人3位に入賞するなど早くからその才能を発揮した。

中学卒業後は名門である埼玉栄高校へ進学し、1年次から高校総体や弘前大会で団体優勝を経験する。その後も数々の主要大会で同校の団体優勝に大きく貢献し、3年次には個人3位の成績も残して全国的な強豪選手へと成長を遂げた。高校卒業後は日本大学へ進学して相撲部で研鑽を積む。4年次には全国学生無差別級優勝や全国学生選手権代替大会優勝など輝かしい実績を残した。

大学卒業後は日本大学事業部に就職し、実業団選手として活動しながら日大相撲部のコーチを務めた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会が中止となり、自分と向き合う時間が増えたことで角界入りへの思いが強くなる。大学職員という安定した道を捨てることに対して父親からは反対されたが、それを押し切って追手風部屋への入門を決断する。年齢制限緩和措置の適用を受け、令和3年(2021年)5月場所に23歳で初土俵を踏んだ。

四股名の由来と凄絶な大怪我

初土俵の場所は本名と師匠(元前頭・大翔山)の四股名の一字を合わせた「沢田翔」を名乗ったが、翌場所からは本名の下の名「日登志」の字を変えた「日翔志」へと改名した。同年9月場所では7戦全勝で序二段優勝を飾り、順調な滑り出しを見せた。

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しかし、その直後の稽古で首に深刻な怪我を負い、約1ヶ月間にわたり寝たきりの状態となってしまう。頭から当たる相撲が取れなくなるほどの重傷であり、3場所連続での全休を余儀なくされた。さらに、休場中の令和4年(2022年)3月には入門を反対していた父親が急逝するという深い悲しみにも見舞われた。

師匠の言葉と不屈の幕下優勝

失意の底にあったが、同部屋の力士たちの激励や、師匠からの「絶対十両に上がれる」という力強い励ましの言葉に支えられて復帰を決意する。怪我を乗り越えて同年5月場所で土俵へ戻ると、続く7月場所で2度目の序二段優勝を飾り、同年11月場所では三段目優勝を果たすなど、休場のブランクを感じさせない圧倒的な強さで番付を戻していった。

幕下上位へ進出した後は壁に跳ね返される時期もあったが、西幕下3枚目で迎えた令和5年(2023年)9月場所で6勝1敗の好成績を収め、7人による優勝決定戦を制して幕下優勝を飾る。決定戦の直後には「辞めなくて良かった」と目を輝かせた。この実績が評価されて新十両昇進が決定し、会見では高校の同期である琴ノ若(現・琴櫻)の名を挙げ、「早く追いつけるように頑張りたい」と意気込みを語った。

新入幕と怪我を抱えての土俵

しかし、新十両として迎えた同年11月場所では、2日目の取組で右足を痛めて車椅子で退場する不運に見舞われる。翌日は痛み止めを打って強行出場し、執念で関取としての初白星を掴み取ったものの、怪我の影響から2勝13敗と大敗して1場所で幕下への陥落を余儀なくされた。

その後は再び幕下上位で地力を蓄え、令和7年(2025年)3月場所で十両への復帰を果たした。再十両後は持ち前の実力を発揮して勝ち越しを続け、同年9月場所で見事に新入幕を果たした。

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首の怪我の後遺症により頭から思い切り当たることができないハンデを抱えながらも、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。新入幕の場所は7勝8敗と負け越して十両へ陥落したが、アマチュア時代の実績に裏打ちされた確かな地力と、度重なる怪我を乗り越えた不屈の精神を胸に、幕内の土俵への定着を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

追手風部屋 日翔志 | 直近7場所の歩み

西十両11枚目の今場所は、すでに勝ち越しを決めており、13日目は白星を挙げて9勝4敗としています。昨年9月場所に新入幕を果たしています。ここ6場所は十両の土俵が続いています。直近7場所の通算は46勝57敗で、黒星がやや多くなっています。

四股名
日翔志 英忠(ひとし ひでただ)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両11枚目
出身地
東京都 立川市
本名
沢田 日登志
生年月日
平成9年(1997)8月14日(29歳)
身長・体重
182cm・158kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
沢田翔 → 日翔志
初土俵
令和3年(2021)5月(23歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)11月(26歳3ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)9月(28歳1ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝2回
通算成績
163勝126敗21休/289出場(勝率:56.4%)
直近7場所
39勝49敗(幕内:7勝8敗)
7場所勝率
44.7%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
日翔志が勝ちの決まり手(46勝)
叩き込み14
押し出し10
寄り切り8
送り出し3
押し倒し2
突き落とし2
その他7
日翔志が負けの決まり手(57敗)
押し出し22
寄り切り11
叩き込み7
突き出し4
引き落とし3
送り出し2
その他8
令8年9月
西 十両11枚目(1枚半降下)
9勝4敗
○●●○○|○○○●○|○●○  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両10枚目(2枚上昇)
6勝9敗
○○●○●|●●●●○|●○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両12枚目(6枚降下)
8勝7敗
●●○○●|○○●●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両6枚目(3枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両9枚目(8枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11月
東 十両筆頭(1枚降下)
2勝13敗
●○●●●|●●●○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭17枚目
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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北の若 大輔 (八角部屋・山形県酒田市)

北の若 大輔(きたのわか だいすけ)は山形県 酒田市出身、八角部屋の力士で最高位は前頭14枚目。令和8年9月場所の番付は東 十両6枚目。

酒田市立宮野浦小学校の3年次から地元の酒田相撲教室に通い始めて相撲の基礎を学んだ。4年次からは3年連続でわんぱく相撲全国大会に出場する活躍を見せ、4年次には全国3位、6年次には全国2位に輝くなど、早くから全国トップクラスの実力を誇っていた。

中学校卒業後は、さらなる高みを目指して相撲の名門である埼玉栄高校へと相撲留学する。3年次には高校総体の個人戦で優勝して高校横綱のタイトルを獲得したほか、高校総体の団体優勝、国体の個人・団体優勝、全日本選手権への出場など輝かしい実績を残した。

高校横綱の栄光と八角部屋入門

小学生時代に同部屋へ宿泊した際に大岩戸ら関係者に優しくしてもらった思い出や、8代八角(元横綱・北勝海)の師匠にあたる第52代横綱・北の富士の親族が酒田市で営むちゃんこ料理店で、北の富士本人から直接声を掛けられた縁から、八角部屋への入門を決意した。平成31年(2019年)3月場所に、北の富士にちなんで命名された「北の若」の四股名で初土俵を踏んだ。

鳴り物入りで角界入りしたが、すぐにプロの壁に直面する。序二段では大学出身の実力者や相撲未経験者の力士にも敗れ、高校横綱経験者が序二段で2敗を喫し、さらに2場所以上にわたり在位するという史上初の屈辱を味わった。三段目でも優勝決定の7番相撲で敗れるなど、もどかしい足踏みが続いた。

プライドの呪縛とプロの壁

入門当初は差しに行ったり、変化気味に深い上手を取りに行ったりする安易な相撲が目立っていた。師匠の8代八角からは「高校横綱としてのプライドが邪魔をして、前に出る押し相撲の重要性を理解するのに2年かかった」と指摘されるほどであったが、部屋の厳しい指導によって次第に前に出る相撲へとモデルチェンジしていった。

前へ出る相撲に徹するようになると着実に星を伸ばし、令和3年(2021年)11月場所に念願の新十両昇進を決めた。酒田市からの関取昇進は史上4人目であり、入門の世話をした大師匠の北の富士からは「努力すれば普通に三役になれる」と大きな期待を寄せられた。

足踏みと北の富士からの辛口エール

しかし十両昇進後もプロの壁に苦しみ、実に11場所にわたって足踏み状態が続いた。北の富士からもその停滞ぶりを嘆かれていたが、令和5年(2023年)9月場所で勝ち越して翌11月場所でついに新入幕を果たした。酒田市からの幕内昇進は史上2人目であったが、入幕の報告を受けた北の富士からは「遅い」と辛口の激励を受けている。

新入幕の場所は5勝10敗と負け越し、1場所で十両へと陥落する。その後も幕内への復帰と十両陥落を繰り返すなど、上位の分厚い壁に跳ね返される苦しい土俵が続いていた。

大師匠への誓いと大怪我からの復活

幕内定着を目指す中、令和6年(2024年)11月場所中に自身を気にかけてくれた北の富士がこの世を去る。北の富士の命日は奇しくも北の若の誕生日であり、場所後に地元で開催された激励会で「亡くなった日は自分の誕生日でもあり、何かメッセージを残してくれたように感じる。来年は幕内で初めての勝ち越しを地元に届けたい」と恩返しへの強い決意を語った。

その誓いを胸に、令和7年(2025年)1月場所で4度目の入幕を果たし、序盤は4勝3敗と白星を先行させた。しかし、中日の取組で敗れた際に右腓骨骨幹部を骨折する大怪我を負い、無念の途中休場を余儀なくされてしまう。

この深刻な怪我の影響は長引き、続く同年3月場所を全休したことで幕下へと陥落する。東幕下筆頭で迎えた同年5月場所でも抜け抜けの星から13日目に敗れて負け越すなど、関取復帰を逃す大きな試練を味わった。

それでも決して腐ることなく土俵に立ち続け、同年7月場所で勝ち越しを決めると、続く9月場所では西幕下筆頭の地位で5勝2敗の好成績を収め、4場所ぶりとなる十両復帰を果たした。高校横綱のプライドを捨てて身につけた相撲と、亡き大師匠への報恩の思いを胸に、持ち前のスケールの大きな相撲で幕内への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 山形県出身一覧💡 八角部屋の力士

八角部屋 北の若 | 直近7場所の歩み

今場所は東十両6枚目で、すでに勝ち越しを決めており、13日目も白星で9勝4敗としています。先場所は東十両5枚目で7勝8敗と負け越しています。幕内を務めたこともある北の若ですが、昨年11月場所に十両へ復帰してから、ここ6場所は十両の土俵が続いています。直近7場所の通算は53勝42敗で、白星が先行しています。

四股名
北の若 大輔(きたのわか だいすけ)
最高位
前頭14枚目
最新番付
東 十両6枚目
出身地
山形県 酒田市
本名
齋藤 大輔
生年月日
平成12年(2000)11月12日(25歳)
身長・体重
191cm・159kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
八角部屋
初土俵
平成31年(2019)3月(18歳4ヵ月)
新十両
令和4年(2022)1月(21歳2ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(23歳0ヵ月)
優勝
無し
通算成績
268勝218敗28休/483出場(勝率:55.5%)
直近7場所
48勝40敗(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
55.8%
得意技
突っ張り・右四つ・寄り・上手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
北の若が勝ちの決まり手(53勝)※不戦勝1含む
寄り切り12
押し出し12
叩き込み6
上手投げ5
突き出し4
寄り倒し4
その他9
北の若が負けの決まり手(42敗)
押し出し11
寄り切り9
叩き込み5
上手投げ4
突き落とし3
引き落とし2
その他8
令8年9月
東 十両6枚目(1枚降下)
9勝4敗
○○○○○|○○●●●|●○○  
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両5枚目(半枚上昇)
7勝8敗
○●●○□|○○●●●|○●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 十両5枚目(3枚上昇)
8勝7敗
○●●●●|○○●○○|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年3月
西 十両8枚目(変動なし)
9勝6敗
●○○○○|○●○●●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両8枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●○○○●|○●●●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11月
東 十両12枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○●○●●|○○○○●|○●●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下筆頭
5勝2敗
○-○-○|-○-○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)