対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

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  • 【モンゴルウランバートル市】の同郷対決!
  • キャリア10年差!大相撲歴17年2ヶ月の【千代翔馬】と、同6年10ヶ月の【出羽ノ龍】の対決!

出羽ノ龍 和希 (出羽海部屋・モンゴルウランバートル市)

出羽ノ龍 和希(でわのりゅう かずき)はモンゴル ウランバートル市出身、出羽海部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる東 十両筆頭。

モンゴル ウランバートル市に生まれ、小学生の頃から相撲を始めた。中学生の頃はバスケットボールにも打ち込んでいたが、8歳の頃から春日山部屋に所属した北春日(元三段目18枚目)に相撲の基礎を教わり、朝青龍杯で団体優勝を経験する。中学時代には高田川部屋に所属した前乃雄(元幕下25枚目)から指導を受けて白鵬杯の団体優勝を経験するなど、大相撲を経験したモンゴル出身の力士たちから直接の薫陶を受けて育った。

「いつか日本で相撲取りになりたい」との強い思いから、より高いレベルでの稽古を求めて日本の希望が丘高校へ相撲留学する。同校の相撲部では、2年次に高校総体でベスト16に入り、3年次には金沢大会と十和田大会で団体8強、世界ジュニア相撲選手権大会の重量級で準優勝という優秀な成績を残した。主要なタイトル獲得には一歩届かなかったものの、全国的な実力者として頭角を現した。

高校卒業後は知人の伝手を通じて16代高崎(元前頭2枚目・金開山)を紹介されたことが縁となり、名門・出羽海部屋への入門を決意する。研修期間を経て、令和元年(2019年)11月場所の前相撲で初土俵を踏んで、本格的に角界での歩みを開始した。

四股名の由来と幕下での苦闘

四股名の「出羽ノ龍」は、出羽海部屋の「出羽」と、番付が上に昇っていくようにという思いを込めた「龍」を合わせたものである。下の名の「和希」は、師匠である11代出羽海(元小城乃花)の本名・現役名・年寄名に共通する「昭和」の「和」と、母校・希望が丘高校の「希」に由来している。

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初めて番付に名前が載った令和2年(2020年)1月場所は序ノ口で6勝1敗の好成績を収めると、続く同年3月場所では7戦全勝で見事に序二段優勝を飾った。その後も順調に番付を上げて幕下へ昇進したが、令和3年(2021年)1月場所に新幕下で入門以来初の負け越しを喫するなど、上位の厚い壁にぶつかる時期を経験する。

三段目への陥落を経て復帰した同年5月場所では、7番相撲で三役経験者の阿炎に敗れて幕下優勝こそ逃したものの、6勝1敗の好成績を残した。しかし、勝ち越せば関取昇進が見える西幕下3枚目まで番付を上げた令和4年(2022年)3月場所では、直前に首を痛めた影響で全休を余儀なくされるなど、一進一退の攻防が続いた。

度重なる壁の突破と関取昇進

その後も幕下上位へ進出しては跳ね返される悔しさを味わう。令和6年(2024年)9月場所では東幕下3枚目で2勝5敗、翌令和7年(2025年)5月場所でも西幕下2枚目で迎えた最後の相撲で十両・大奄美に敗れて負け越すなど、幕下5枚目以内の壁に幾度も阻まれた。

しかし、決して腐ることなく稽古に邁進し、西幕下3枚目で迎えた令和7年(2025年)11月場所についに殻を破る。10日目の取組で十両の日向丸を破って5勝目を挙げ、場所後の番付編成会議にて念願の新十両昇進が決定した。初土俵から約6年をかけて掴み取った関取の座であった。

新十両として迎えた令和8年(2026年)1月場所では8勝7敗と勝ち越しを決めると、続く同年3月場所では東十両10枚目の地位で11勝4敗という好成績を収める。同場所の千秋楽では若ノ勝との優勝決定戦を制し、自身初となる十両優勝を飾った。

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御嶽海を慕う押し相撲

取り口については、アマチュア時代は四つ相撲を主体としていたものの、大相撲入門後は同部屋の兄弟子である大関経験者・御嶽海を目標として押し相撲主体へとスタイルを大きく変化させた。

序二段時代にはもろ差しから寄り切る取組を見せるなど四つに組む技術も持ち合わせているが、基本的には恵まれた体格を生かした力強い突き押しを最大の持ち味としている。

長い幕下での下積みと怪我による試練を経て開花した実力を武器に、偉大な兄弟子の背中を追いかけながら、上位の土俵を目指してスケールの大きな相撲を展開している。

💡 モンゴル出身一覧💡 出羽海部屋の力士

直近7場所の歩み

自己最高位となる東十両筆頭で迎えた今場所は、10日目に白星を挙げ、6勝4敗としています。3月場所には十両優勝を果たしています。1月場所に十両へ昇進しています。ここ5場所は十両の土俵が続いています。直近7場所の通算は52勝32敗で、白星が大きく先行しています。

四股名
出羽ノ龍 和希(でわのりゅう かずき)
最高位
十両筆頭
最新番付
東 十両筆頭
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
トムルバートル・テムレン
生年月日
平成13年(2001)3月7日(25歳)
身長・体重
181cm・154kg
所属部屋
出羽海部屋
初土俵
令和1年(2019)11月(18歳8ヵ月)
新十両
令和8年(2026)1月(24歳10ヵ月)
優勝
十両優勝1回,序二段優勝1回
通算成績
185勝120敗10休/304出場(勝率:60.9%)
直近7場所
41勝29敗(幕下以下:11勝3敗)
7場所勝率
61.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
出羽ノ龍が勝ちの決まり手(52勝)
寄り切り28
押し出し8
送り出し3
下手投げ2
上手投げ2
寄り倒し2
その他7
出羽ノ龍が負けの決まり手(32敗)
寄り切り8
押し出し4
叩き込み4
上手投げ3
下手出し投げ3
肩透かし2
その他8
令8年9月
東 十両筆頭(2枚半上昇・最高位更新)
6勝4敗
○●●○○|●○●○○|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 十両3枚目(半枚降下)
9勝6敗
●○○○●|●○○○●|○○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両3枚目(7枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
●●●●○|○●●●○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
東 十両10枚目(3枚半上昇・最高位更新)
11勝4敗(十両優勝)
●○●○○|○○○○○|○○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両13枚目(4枚上昇・最高位更新)
8勝7敗
○○○○●|●●○○○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 幕下3枚目(11枚半上昇)
5勝2敗
-○○-●|-○-○○|----●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下15枚目
6勝1敗
○-●-○|-○--○|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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千代翔馬 富士雄 (九重部屋・モンゴルウランバートル市)

千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)はモンゴル ウランバートル市出身、九重部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年9月場所の番付は西 前頭14枚目。

父親はモンゴル相撲の大関であり、幼い頃はどこへ行くにも父親に同行し、柔道や相撲の練習に連れられて育った。第68代横綱・朝青龍の父親とも交友があり、いずれ角界入りする思いを抱いていたという。地元モンゴルを訪れていた13代九重(元横綱・千代の富士)の紹介を受け、明徳義塾高校へ相撲留学するために来日した。

九重部屋への入門と試行錯誤

高校2年次に同校を中退し、13代九重が率いる九重部屋へと入門。平成21年(2009年)5月場所において初土俵を踏んだ。入門当初の体重は87キロしかなく、初土俵が同じ田子ノ浦部屋の碧山(のちに春日野部屋の関脇)など、既に体格の出来上がっていた同期には全く歯が立たなかった。圧力に欠けるため上手投げ主体で引き技を多用し、まともな寄りや押しに屈する場面が多かったという。それでも、母国で人気を集めていた父親の顔を潰してはならないと諦めずに相撲に打ち込んだ。

初土俵からは「翔馬」を名乗っていたが、新三段目昇進に合わせて「千代翔馬」へ改名する。幕下に定着するまでは同い年の千代皇や千代丸に先を越されて悔しい思いをした時期もあったが、猛稽古によって体重が120キロに迫るようになると、次第に引き技が影を潜めた。代わって廻しを引いてのしぶとさが生きるようになり、特に両廻しを取った際の力強さには定評があった。稽古場ではその引き付けを生かして180キロの千代丸を圧倒することもあったが、一方で本場所に弱い一面があり、弟弟子の千代大龍から不思議がられることもあった。

先代の秘蔵っ子と恩師の急逝

師匠である13代九重は弟子を滅多に褒めないことで知られていたが、千代翔馬の際立った稽古熱心さに対しては「一番稽古するのは千代翔馬だ」と珍しく称賛の言葉を口にしていた。毎日師匠の現役時代の相撲を映像で見て勉強し、翌日の稽古で試す研究熱心さがあり、「先代の秘蔵っ子」として手塩にかけて育てられた。

平成28年(2016年)1月場所において新十両へ昇進。会見で13代九重から「まあ、しょせん無理だろうけど」と愛のある厳しい言葉で釘を刺されつつも、「親方のように前褌を取って攻める相撲を取りたい」と力強く抱負を語った。しかし、関取として歩み始めた矢先の同年7月、最大の理解者であり目標であった恩師・13代九重が急逝する。突然の悲報による深い喪失感と悲しみは計り知れないものであったが、その試練を乗り越え、直後の同年9月場所において見事に新入幕を果たした。14代九重(元大関・千代大海)が部屋を継承して初の入幕力士となり、新入幕の会見では「先代の相撲を毎日、映像で見て勉強していた」と亡き恩師への尽きせぬ思慕を語った。

幕内での長年の活躍と相撲スタイル

幕内に昇進して以降は、長きにわたって幕内の土俵に定着している。しぶとさと思い切りの良さで動きながら勝つ相撲を身上とする一方で、入幕当初は引き技や変化が多く、「投げばかり」と評されたり、「変化を減らして踏み込んで上手を早く取る相撲を」と注文を付けられたりすることもあった。本人も「立ち合いだけしっかり当たって、あとは体に任せる」「自分の持ち味がない」と語っており、得意の張り差しを多用しすぎて相手に読まれ、諸手突きで露骨に対処されるなど課題を露呈する場面もあった。

それでも、気迫あふれる闘志と長年培った技術を武器に、金星を獲得するなどベテランの域に達してからもなお上位陣を脅かす確かな存在感を示し続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 九重部屋の力士

直近7場所の歩み

西前頭14枚目の今場所は、10日目も黒星で3連敗、4勝6敗となっています。先場所、先々場所と2場所続けて負け越しています。この1年は幕内と十両の土俵が続いています。直近7場所の通算は49勝51敗で、白星と黒星がほぼ並んでいます。

四股名
千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)
最高位
前頭2枚目
最新番付
西 前頭14枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ガンバータル・ムンクサイハン→石橋 翔馬
生年月日
平成3年(1991)7月20日(35歳)
身長・体重
184cm・144kg
出身高校
明徳義塾高校・中退
所属部屋
九重部屋
改名歴
翔馬 → 千代翔馬
初土俵
平成21年(2009)7月(18歳0ヵ月)
新十両
平成28年(2016)1月(24歳6ヵ月)
新入幕
平成28年(2016)9月(25歳2ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
金星1個
通算成績
599勝595敗20休/1193出場(勝率:50.2%)
直近7場所
40勝45敗(十両:9勝6敗)
7場所勝率
49.0%
得意技
押し・左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
千代翔馬が勝ちの決まり手(49勝)
寄り切り13
叩き込み8
上手投げ4
押し出し4
肩透かし3
下手投げ3
その他14
千代翔馬が負けの決まり手(51敗)
寄り切り16
押し出し13
押し倒し6
叩き込み3
下手投げ2
掬い投げ2
その他9
令8年9月
西 前頭14枚目(4枚降下)
4勝6敗
●●○○○|●○●●●|     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭10枚目(3枚半降下)
5勝10敗
●●○●●|○●●○●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭7枚目(7枚上昇)
5勝10敗
●●○○●|○○●●●|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令8年3月
東 前頭14枚目(3枚降下)
10勝5敗
●○○●●|○○○●●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭11枚目(6枚上昇)
6勝9敗
●○○●●|●●○●○|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭17枚目(3枚上昇)
10勝5敗
○○●●●|○○○●○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両2枚目
9勝6敗
●○●○●|●○○●○|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)