対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

栃大海 雄 (春日野部屋・埼玉県越谷市)

栃大海 雄(とちたいかい ゆう)は埼玉県 越谷市出身、春日野部屋の力士で最高位は前頭18枚目。令和8年9月場所の番付は東 十両14枚目。

埼玉県越谷市に生まれ、小学校までは水泳や野球にも取り組んでいた。小学3年次から入間市の入間少年相撲クラブに通って本格的に相撲を始め、平成26年(2014年)の全国中学校相撲選手権大会で優勝して中学横綱のタイトルを獲得した。

中学卒業後は名門・埼玉栄高校へ進学する。同期には手計(のちの琴勝峰)や納谷(のちの王鵬)らがおり、1年次から団体戦のレギュラーとして活躍して高校総体や国体の団体優勝に大きく貢献した。高校卒業を待たずに春日野部屋への入門を決断し、在学中の平成29年(2017年)11月場所に本名の「塚原」で初土俵を踏んだ。

琴勝峰とのライバル対決

初めて番付に名前が載った翌平成30年(2018年)1月場所は、序ノ口の土俵で持ち前の実力を発揮する。本割で高校の同期である琴手計(のちの琴勝峰)に敗れたものの、優勝決定戦で再び琴手計と対戦して見事に勝利を収め、序ノ口優勝を飾った。続く3月場所の序二段では、一番相撲で琴手計に勝利した勢いそのままに7戦全勝とし、二場所連続となる各段優勝を果たした。

幕下の壁と関取への道

その後は順調に幕下へ昇進したが、関取の座を目前にして足踏みが続いた。番付運に恵まれず昇進を見送られる不運や、勝ち越せば十両昇進が有力視される東幕下筆頭の地位で極度の重圧から大きく負け越すなど、幾度も跳ね返される苦しい時期を過ごした。

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それでも決して腐ることなく稽古を重ね、令和6年(2024年)3月場所で西幕下4枚目の地位で5勝2敗の好成績を収める。終盤に十両力士を連破して掴み取った白星であり、初土俵から6年余りの苦労の末についに念願の新十両昇進を決めた。

関取昇進に合わせて、四股名を「栃大海」へと改名する。師匠(元関脇・栃乃和歌)の「栃」に、自身が海を好むことに因んだ「海」を合わせた名で関取としての第一歩を踏み出した。

部屋の記録継続と新入幕

新十両の場所で勝ち越したものの、続く同年7月場所で負け越して1場所で幕下へ陥落する試練を味わう。しかし、東幕下筆頭で迎えた翌9月場所を4勝3敗で勝ち越し、幕下陥落が避けられなくなった同部屋の兄弟子・碧山と入れ替わる形で再十両を果たした。これにより、昭和10年(1935年)から続いていた春日野部屋の「現役関取連続在籍記録」を自身の手で死守する形となった。

再十両の同年11月場所では10勝5敗と関取初の二桁勝利を挙げ、翌令和7年(2025年)5月場所で見事に新入幕を果たした。中学横綱のタイトル獲得から実に11年越しで掴み取った幕内の土俵であった。

記録途絶からの不屈の再起

恵まれた体格を生かしたスケールの大きな相撲を最大の持ち味とする。新入幕の場所は上位の壁に跳ね返されて陥落し、十両での土俵が続いた。

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令和8年(2026年)1月場所には右膝内側側副靱帯の損傷により途中休場を余儀なくされ、翌3月場所で再び幕下へ陥落する。これにより、先人たちから自身へと受け継がれてきた春日野部屋の関取連続在籍記録がついに途絶えることとなった。重い歴史が途切れる悲哀と大怪我の試練に見舞われたが、同場所では1勝3敗と後がない状況から連勝で盛り返し、十両力士を破って勝ち越しを決めてわずか1場所での関取復帰を確定させた。名門部屋の看板を背負う誇りと不屈の闘志を胸に、持ち前のスケールの大きな相撲で幕内への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 埼玉県出身一覧💡 春日野部屋の力士

四股名
栃大海 雄(とちたいかい ゆう)
最高位
前頭18枚目
最新番付
東 十両14枚目
出身地
埼玉県 越谷市
本名
塚原 隆明
生年月日
平成11年(1999)10月12日(26歳)
身長・体重
193cm・161kg
出身高校
埼玉栄高校
所属部屋
春日野部屋
改名歴
塚原 → 栃大海
初土俵
平成29年(2017)11月(18歳1ヵ月)
新十両
令和6年(2024)5月(24歳7ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)5月(25歳7ヵ月)
優勝
序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
241勝213敗5休/453出場(勝率:53.2%)
直近7場所
32勝43敗5休(幕下以下:4勝3敗)
7場所勝率
44.4%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
栃大海が勝ちの決まり手(36勝)
叩き込み13
押し出し7
引き落とし3
突き落とし3
上手投げ2
押し倒し2
その他6
栃大海が負けの決まり手(46敗)※不戦敗1含む
押し出し16
引き落とし6
寄り切り6
叩き込み5
上手投げ3
突き落とし2
その他7
令8年9月
東 十両14枚目(変動なし)
2勝3敗
●○○●●|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 十両14枚目(変動なし)
7勝8敗
○●●●●|○●○○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両14枚目(1枚半上昇)
7勝8敗
●○○●○|○●●○○|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 幕下筆頭(8枚半降下)
4勝3敗
●●--○|-●-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両7枚目(1枚半降下)
3勝7敗5休
○●●○●|●●○●■|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両5枚目(半枚降下)
6勝9敗
●○●○●|●○○●●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両5枚目
7勝8敗
●●●●○|○○●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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旭富士 英毅 (伊勢ヶ濱部屋・モンゴルウランバートル市)

旭富士 英毅(あさひふじ ひでき)はモンゴル ウランバートル市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士。令和8年9月場所の番付は最高位更新となる西 幕下筆頭。

母国では遊び半分でボクシングやバスケットボールを楽しんでいたが、平成30年(2018年)春に来日し、神奈川県の私立新名学園旭丘高校に入学。ここから本格的に相撲を始めた。高校1年の2月に初めて全国大会に出場したが3回戦敗退。2年次の関東大会や国体個人戦でも初戦・2回戦敗退が続くなど、当初から順風満帆だったわけではない。しかし、稽古を重ねるごとに徐々に頭角を現し、関東大会団体8強、茨城国体団体8強、さらには世界ジュニア選手権で団体2位・個人重量級3位とその底力を見せ始めた。

「史上最強の研修生」としての4年半

高校卒業後は令和3年(2021年)春に伊勢ヶ濱部屋に入門したが、外国出身力士枠(1部屋1人)の関係で、すぐに初土俵を踏むことはできなかった。しかし、腐ることなく研修生として4年半にわたり稽古を継続。やがてその実力は稽古場で関取衆を圧倒するまでになり、関係者の間では「史上最強の研修生」との呼び声が高まるほどであった。

令和7年(2025年)1月に部屋の大先輩である横綱・照ノ富士が引退・襲名したことで外国出身枠が空いた。同年4月に移籍してきた旧宮城野部屋預かりの聖白鵬(現・寿之富士:モンゴル出身)との兼ね合いもあったが、あくまで預かり弟子との見解から正式に研修生として認められた。半年間の研修期間を経た9月場所、ようやく新弟子検査を受検し無事合格。翌11月場所で23歳にして念願の初土俵へと漕ぎ着けた。四股名は、研修期間に指導を続けてくれた9代伊勢ヶ濱(元横綱・旭富士)からの提案で、先代師匠と同じ「旭富士」を継承。「史上最強の研修生」への期待の高さがうかがえる。

💡 モンゴル出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
旭富士 英毅(あさひふじ ひでき)
最高位
幕下筆頭
最新番付
西 幕下筆頭
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
バトツェツェゲ・オチルサイハン
生年月日
平成14年(2002)5月17日(24歳)
身長・体重
187cm・148kg
出身高校
旭丘高校
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
初土俵
令和7年(2025)11月(23歳6ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
通算成績
29勝2敗0休/31出場(勝率:93.5%)
直近7場所
29勝2敗
7場所勝率
93.5%
得意技
両四つ・上手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
旭富士が勝ちの決まり手(29勝)
寄り切り12
押し出し5
上手出し投げ3
上手投げ3
下手投げ2
小手投げ1
その他3
旭富士が負けの決まり手(2敗)
上手投げ1
突き出し1
令8年9月
西 幕下筆頭(9枚半上昇・最高位更新)
2勝1敗
○●--○|     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 幕下11枚目(55枚上昇・最高位更新)
6勝1敗(幕下優勝)
-○○--|○○-●-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 三段目6枚目(82枚半上昇・最高位更新)
7勝0敗(三段目優勝)
○-○--|○○-○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 序二段8枚目(110枚半上昇・最高位更新)
7勝0敗(序二段優勝)
○--○○|--○○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 序ノ口19枚目(出世)
7勝0敗(序ノ口優勝)
○--○○|--○○-|○-○--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
前相撲