対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

明生 力 (立浪部屋・鹿児島県大島郡瀬戸内町)

明生 力(めいせい ちから)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、立浪部屋の力士で最高位は関脇。令和8年5月場所の番付は西 十両6枚目。

鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島)の出身。本名は川畑明生(めいせい)である。5歳の時に地元の相撲道場に通い始めたが、小学1年次に道場が活動停止となり、一時相撲から離れる経験をした。

小学2年の終わりに隣町の相撲クラブへ移籍して稽古を再開し、6年次には全日本小学生相撲優勝大会で優勝を果たす。中学時代も全国大会へ出場したが目立ったタイトルはなく、大相撲で通用するか不安を抱いて高校進学も検討した。しかし、父親から厳しく一喝されたことで腹を括り、立浪部屋への入門を決意した。

平成23年(2011年)5月場所で初土俵を踏む。順調に番付を上げて幕下へ昇進したが、腰のヘルニアを患い成績が低迷した。本気で引退を考えるほど苦しんだが、父親から「やめたら家には戻ってくるなよ」「気持ちが弱いんだ」と厳しく突き放されたことで奮起する。

日馬富士の言葉と大怪我

独学で食事法やプロテインの摂取法を学んで健康な肉体を取り戻し、体重を増やして幕下へ定着する。10代での関取昇進という目標には届かなかったものの、親孝行を胸に猛稽古へ邁進した。

出稽古先で横綱・日馬富士から「チャンスは誰にでもある。ただ何回もやって来るものじゃない。来たチャンスを自分でつかみなさい」と声をかけられ、その言葉に発奮して平成28年(2016年)11月場所で新十両へ昇進する。

平成30年(2018年)7月場所で新入幕を果たす。幕内へ定着し始めた矢先、令和元年(2019年)の年末に稽古で左上腕部と肘の筋肉を部分断裂する大怪我を負った。翌場所を途中休場し、長らく守っていた幕内の座から陥落する。

異例の巴戦と三役昇進

令和2年(2020年)7月場所は東十両筆頭に陥落したが、怪我を乗り越えて10勝5敗の成績を挙げる。この場所は6人の力士による優勝決定戦にもつれ込み、最後は明生、豊昇龍、天空海という立浪部屋の力士3人による異例の巴戦となった。この混戦を制して見事に自身初となる十両優勝を決めた。

幕内へ復帰すると、令和3年(2021年)7月場所で新三役となる小結へ昇進する。入門当初から公の場で「師匠の番付を抜くこと」を目標に掲げており、まずは師匠(元小結・旭豊)と肩を並べた。続く同年9月場所では新関脇へと番付を上げ、ついに恩師の最高位を超えて長年の目標を達成した。

令和5年(2023年)春には、医師から「このまま放っておくと目が見えなくなる」と宣告されたため、長年悩まされていた逆さまつ毛の手術に踏み切った。これにより目の違和感が消え、相撲に集中できる環境が整った直後の同年5月場所では、横綱・照ノ富士を破って自身初となる金星と殊勲賞を獲得した。

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再びの怪我と図太い相撲

その後も上位で奮闘していたが、令和7年(2025年)10月に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受ける。ご当地である九州での同年11月場所は初日から休場したものの、十両陥落が濃厚となる中で10日目から途中出場し、意地の1勝をもぎ取って地元の声援に応えた。翌令和8年(2026年)1月場所では5年半ぶりとなる十両への陥落を余儀なくされた。

取り口はスピードと腰の重さを生かした左四つからの寄りを最大の武器としている。上手からも下手からも投げを打つが、相手を抱えたり掬ったりする相撲は少ない。

立合いでは相手が横綱であっても先に手を付かせてから自分が仕切るこだわりがあり、先輩力士にも平気で張り手を放つ図太い土俵態度を見せる。度重なる怪我による番付の乱高下を経験しながらも、決して折れない強い心で土俵を務め上げている。

💡 鹿児島県出身一覧💡 立浪部屋の力士

四股名
明生 力(めいせい ちから)
最高位
関脇
最新番付
西 十両6枚目
出身地
鹿児島県 大島郡瀬戸内町
本名
川畑 明生
生年月日
平成7年(1995)7月24日(30歳)
身長・体重
180cm・150kg
所属部屋
立浪部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(15歳10ヵ月)
新十両
平成28年(2016)11月(21歳4ヵ月)
新入幕
平成30年(2018)7月(23歳0ヵ月)
新小結
令和3年(2021)7月(26歳0ヵ月)
新関脇
令和3年(2021)9月(26歳2ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
通算成績
529勝507敗16休/1035出場(勝率:51.1%)
直近7場所
18勝16敗(幕内:18勝33敗9休)
7場所勝率
42.4%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
明生が勝ちの決まり手(34勝)
寄り切り8
叩き込み5
突き落とし4
押し出し4
寄り倒し3
引き落とし2
その他8
明生が負けの決まり手(47敗)
叩き込み9
寄り切り7
押し出し6
押し倒し5
上手投げ3
突き出し3
その他14
令8年5月
西 十両6枚目(半枚上昇)
2勝2敗
●○○● |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両7枚目(1枚上昇)
8勝7敗
●●●○○|○●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両8枚目(7枚降下)
8勝7敗
○○○●●|○●●○○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭18枚目(5枚降下)
1勝5敗9休
ややややや|やややや●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭13枚目(7枚半降下)
5勝10敗
○●●○●|●●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭5枚目(4枚半上昇)
3勝12敗
●●○●○|●●○●●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭10枚目
9勝6敗
○●○●○|●○○○○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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友風 想大 (中村部屋・神奈川県川崎市川崎区)

友風 想大(ともかぜ そうだい)は神奈川県 川崎市川崎区出身、中村部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は東 十両5枚目。

神奈川県川崎市に生まれ、幼少期は極真空手やバスケットボール、中学時代は柔道に打ち込むなど多くのスポーツを経験した。中学の柔道部顧問が相撲経験者であった縁から大会に出場し、関東大会で団体優勝を経験する。進学した向の岡工業高校から本格的に相撲へ打ち込み、2年次に出場した全国選抜高校相撲弘前大会において準優勝を果たした。なお、この時の優勝者はアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)であった。

高校卒業後は日本体育大学へと進学し、4年次に全日本大学選抜宇和島大会で優勝を飾るなど数々の実績を残した。大学時代から同校の先輩にあたる嘉風(元関脇、のちの13代中村)より技術指導を受けており、その深い縁から尾車部屋への入門を決断する。入門にあたり「嘉風関と同じ、初土俵から所要9場所での十両昇進」という目標を掲げ、平成29年(2017年)5月場所において本名の「南」で初土俵を踏んだ。

驚異のスピード出世と大記録

翌場所から四股名を「友風 勇太」と改名して本格的に角界での歩みを開始し、序ノ口と三段目で全勝優勝を飾る。入門時の思いを胸に快進撃を続け、平成30年(2018年)11月場所において見事に目標通りの所要9場所で新十両への昇進を果たし、そのまま12勝3敗で新十両優勝を飾った。

さらに十両も所要2場所で通過し、平成31年(2019年)3月場所において初土俵から所要11場所という史上4位タイのスピード記録で新入幕を果たす。これは「嘉風関の所要12場所での新入幕記録を抜く」という目標を見事にクリアするものであった。令和元年(2019年)7月場所では横綱・鶴竜から初金星を獲得し、初土俵から所要14場所という当時の史上最速タイ記録を打ち立て、殊勲賞を受賞した。翌9月場所でも鶴竜を破って2場所連続で金星を獲得し、同場所中に引退した兄弟子・嘉風への恩返しを果たした。

凄絶な大怪我と絶望の淵

しかし、西前頭3枚目で迎えた令和元年(2019年)11月場所の2日目、取組中に土俵下へ転落して右膝に凄絶な大怪我を負ってしまう。4本の靭帯断裂や大腿骨・脛骨の骨折、半月板損傷などに加え、右膝から下は皮膚と内側側副靭帯、血管1本だけが繋がっているような状態であった。「切断寸前の重傷で、一生歩くことができない可能性もある」と医師から宣告されるほどの深刻な事態であった。

初土俵以来初の休場から計4回の大手術を受け、5ヶ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされる。腓骨神経麻痺の後遺症が残り、装具の支えがなければ日常の歩行にも支障をきたす状態で、後に身体障害者手帳の交付も受けた。当初は引退を疑わず、日常生活に戻れるかどうかの不安に苛まれる絶望の淵に立たされた。

不屈の復活劇と恩師との歩み

それでも、毎日看病に駆けつけた母親の献身的な支えや、リハビリ施設で懸命に頑張る小さな子供たちの姿に勇気をもらい、現役続行を決意する。過酷なリハビリ期間中には、同じく怪我で引退した13代中村からの科学的な指導にも支えられ、痛みに耐え抜いて再び土俵へと向かった。

令和3年(2021年)3月場所、1年4ヶ月の長期休場を経て西序二段55枚目の地位で土俵への復帰を果たす。その後、令和4年(2022年)2月に尾車部屋の閉鎖に伴って二所ノ関部屋へと移籍する。新しい師匠となった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)からも「ケガをしてなかったら三役に上がっていただろう」と何度も励まされ、恐怖心と闘いながら白星を重ねていった。

令和5年(2023年)1月場所後の番付編成会議で17場所ぶりとなる再十両昇進が決定し、幕内経験力士が序二段まで降格した後に再十両となる史上3人目の快挙を達成する。同年11月場所においてはついに幕内の土俵へと復帰し、大相撲史に残る奇跡の復活劇を成し遂げた。令和6年(2024年)6月には、恩師である13代中村が中村部屋を創設したことに伴い同部屋へと転籍している。四股名も「友風 想大」へと改め、大怪我の後遺症を抱えながらも押し相撲を主体としつつ、機を見た叩き込みなどの引き技を交えながら、不屈の精神で土俵を務め上げている。

異色の「ピアノ力士」

趣味は小学2年次から始めたピアノの演奏である。一時は音楽大学への進学を勧められたほどの腕前を持ち、小学生時代に作曲した運動会の曲は卒業後も母校で使われ続けているという。トークショーで「引退後はピアニストを目指す」と語ったこともある。

リチャード・クレイダーマンやX JAPANのYOSHIKIを好み、大相撲入門後も巡業先の食事会場に置かれたピアノで見事な演奏を披露して関取衆からのリクエストに応えるなど、角界では異色の「ピアノ力士」として多くのファンに親しまれている。

💡 神奈川県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
友風 想大(ともかぜ そうだい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両5枚目
出身地
神奈川県 川崎市川崎区
本名
南 友太
生年月日
平成6年(1994)12月2日(31歳)
身長・体重
185cm・179kg
出身高校
向の岡工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
南 → 友風
初土俵
平成29年(2017)5月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)11月(23歳11ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,金星2個
通算成績
298勝221敗73休/517出場(勝率:57.6%)
直近7場所
26勝23敗(幕内:20勝25敗)
7場所勝率
48.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
友風が勝ちの決まり手(45勝)※不戦勝1含む
叩き込み28
押し出し10
寄り切り1
突き落とし1
上手投げ1
掬い投げ1
その他2
友風が負けの決まり手(45敗)
押し出し25
叩き込み5
引き落とし4
押し倒し4
寄り倒し2
寄り切り2
その他3
令8年5月
東 十両5枚目(2枚半降下)
1勝3敗
●●●○ |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両2枚目(6枚降下)
6勝9敗
●●○●●|○●●○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭13枚目(1枚降下)
4勝11敗
●○●●○|○●●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●●●●|○●○○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭16枚目(4枚上昇)
9勝6敗
○●○○○|○●●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両2枚目(4枚半上昇)
9勝6敗
○●○●○|○●○●○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両7枚目
10勝5敗
●○●○○|○○●○○|○●□●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)