対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

東方:豊昇龍 智勝 (立浪部屋・モンゴルウランバートル市)

豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)はモンゴル ウランバートル市出身。立浪部屋の横綱。

モンゴルに生まれ、5歳から柔道を、11歳からレスリングを始めた。叔父に第68代横綱・朝青龍を持つ相撲に縁のある家系であったが、当初は日本体育大学柏高校(旧・柏日体高校)へレスリング留学のため来日した。しかし、高校1年の春に授業で両国国技館を訪れたことをきっかけに大相撲へ関心を持ち、叔父と相談のうえで相撲への競技転向を決断して立浪部屋へと入門した。

叔父からの金言と、四股名に込めた意志

角界入りに際してモンゴルへ帰郷した折、叔父からは「山の上じゃなくて、足の下の石を見ろ」というモンゴルのことわざを授けられた。「一歩一歩、地道に自分の力で強くなれ。引いてはダメだ」という言葉を胸に、厳しい勝負の世界へと足を踏み入れた。

平成29年(2017年)11月場所で初土俵を踏んだ。四股名の「豊昇龍」は、師匠(元小結・旭豊)の「豊」と叔父の「龍」に、「横綱まで昇り詰めたい」という自身の強い意志を示す「昇」の字を当てたものである。当初は「豊青龍」の予定であったが、師匠からの助言を受けて現在の四股名に決まった。

多彩な技による躍進と、大関昇進

足技や投げ技などの多彩な攻めを武器に順調に番付を上げ、令和元年(2019年)11月場所で新十両へ昇進した。令和2年(2020年)9月場所での新入幕以降も幕内上位で安定した成績を残し、令和4年(2022年)3月場所で小結へ昇進して新三役となった。令和5年(2023年)7月場所、東関脇の地位で12勝3敗の成績を収めて自身初となる幕内最高優勝を飾り、この実績が評価されて翌9月場所での大関昇進を果たした。

第74代横綱への昇進と、受け継がれた「雲龍型」

大関としては苦しい星の場所もあったが、次第に持ち前の勝負強さを発揮した。令和7年(2025年)1月場所では12勝3敗の成績で優勝決定戦に進出し、これを制して2度目の幕内最高優勝を果たした。場所後の横綱審議委員会において全会一致で推薦され、第74代横綱への昇進が決定した。昇進伝達式では「気魄一閃の精神で精進致します」と力強く口上を述べた。

横綱土俵入りでは、叔父・朝青龍と同じ「雲龍型」を選択し、偉大な背中を追う覚悟を示した。

新横綱の重圧と、万能型への進化

最高峰の地位は決して平坦ではなかった。新横綱として臨んだ令和7年(2025年)3月場所は、右肘関節内遊離体および頸椎捻挫のため10日目から途中休場を余儀なくされた。この場所での3個の金星配給は昭和39年(1964年)の栃ノ海以来61年ぶり、新横綱の途中休場は昭和61年(1986年)の双羽黒以来39年ぶりという歴史的記録となり、横綱の重圧と厳しさを味わう結果となった。

しかし、休場明けの5月場所で横綱として初めて15日間皆勤して12勝3敗で優勝力士に次ぐ成績を残すと、同年9月場所と11月場所でも連続して優勝争いに加わるなど、確かな実力を証明した。

取り口は右四つを得意としつつ、足技や投げ技と多彩な引き出しを持っていた。一時は「型がない」と評されることもあったが、大関時代から立ち合いの突き押しに磨きをかけ、相手の体勢を瞬時に察知する鋭い相撲勘を加えた「組んで良し、離れて良し」の万能型の相撲を確立させた。偉大な叔父の背中を追い、最高峰の土俵で堂々たる存在感を示した。

💡 モンゴル出身一覧💡 立浪部屋の力士

四股名
豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)
最高位
横綱
最新番付
東 横綱
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
スガラグチャー・ビャンバスレン
生年月日
平成11年(1999)5月22日(26歳)
身長・体重
188cm・148kg
出身高校
日体大柏高校
所属部屋
立浪部屋
初土俵
平成30年(2018)1月(18歳8ヵ月)
新十両
令和1年(2019)11月(20歳6ヵ月)
新入幕
令和2年(2020)9月(21歳4ヵ月)
新小結
令和4年(2022)3月(22歳10ヵ月)
新関脇
令和4年(2022)9月(23歳4ヵ月)
新大関
令和5年(2023)9月(24歳4ヵ月)
横綱昇進
令和7年(2025)3月(25歳10ヵ月)
優勝
幕内優勝2回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回,技能賞2回
通算成績
394勝226敗20休/613出場(勝率:64.3%)
直近7場所
64勝26敗15休
7場所勝率
72.7%
得意技
右四つ・寄り・投げ
決まり手傾向(直近7場所)
豊昇龍が勝ちの決まり手(64勝)※不戦勝1含む
寄り切り15
押し出し8
寄り倒し6
叩き込み6
掬い投げ3
上手投げ3
その他22
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豊昇龍が負けの決まり手(26敗)※不戦敗2含む
叩き込み5
寄り切り5
上手投げ3
押し出し3
外掛け1
寄り倒し1
その他6
令8年3月
東 横綱(変動なし)
11勝4敗
○○○●○|○○●○○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 横綱(半枚上昇)
10勝5敗
○○●○○|○○●●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 横綱(変動なし)
12勝3敗(幕内同点)
●○○○○|●○○○○|○○○●□
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
西 横綱(半枚降下)
13勝2敗(幕内同点)
○○○○○|○○○○○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 横綱(変動なし)
1勝4敗10休
○●●●■|ややややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 横綱(変動なし)
12勝3敗
○○●●○|○○○○○|○●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 横綱
5勝5敗5休
●○○○●|○○●●■|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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西方:高安 晃 (田子ノ浦部屋・茨城県土浦市)

高安 晃(たかやす あきら)は茨城県 土浦市出身、田子ノ浦部屋の力士で最高位は大関。令和8年3月場所の番付は西 関脇。

茨城県土浦市に生まれ、小中学校時代は野球に打ち込んでおり相撲には関心がなかった。しかし、父の勧めで中学卒業後に鳴戸部屋へ入門し、平成17年(2005年)3月場所に本名で初土俵を踏んだ。

父の大手術と猛稽古による飛躍

恵まれた体格を持っていたものの、入門当初は厳しい環境に馴染めず、松戸の部屋から土浦の実家まで自転車を漕いで逃げ帰るなど、部屋からの脱走を都合7度も繰り返した。そのため、周囲からの期待は決して高くはなかった。この相撲に対する姿勢が変わる転機となったのは、父が癌の大手術を受けたことであった。

これを機に心機一転して稽古に打ち込むようになり、同部屋の兄弟子である稀勢の里(のちの第72代横綱)の胸を借りた厳しい稽古によって実力を開花させた。着実に地力をつけ、平成22年(2010年)11月場所において、平成生まれの力士として初めてとなる新十両昇進を果たした。

師匠の急逝と、平成生まれ初の三役

さらに平成23年(2011年)7月場所で新入幕を果たす。しかし同年11月、初代師匠である13代鳴戸(元横綱・隆の里)が場所直前に急逝するという悲報に見舞われる。「入門して7年、温かく見守ってくれていた師匠に恩返しができなかった」??その言葉を胸に刻み、高安は土俵に立ち続けた。

平成25年(2013年)9月場所では平成生まれとして初めて三役(小結)に昇進。一進一退を繰り返しながらも、着実に番付を上げていった。

大関昇進と、口上に込めた四文字

関脇の地位に定着した平成29年(2017年)は、3月場所で12勝3敗、続く5月場所でも11勝4敗の好成績を収め、場所後に念願の大関昇進を果たした。フィリピンにルーツを持つ力士として史上初の大関誕生でもあった。昇進伝達式の口上では「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と述べた。「正々堂々」は三役に定着する1年ほど前から温めていた言葉であり、亡き師匠への誓いが凝縮されていた。

土俵入り後の突如休場と大関陥落

大関昇進後も幾度となく優勝力士に次ぐ好成績を残したが、怪我の影響などもあり苦しい土俵が続いた。3度目の角番で迎えた令和元年(2019年)11月場所では、中日に土俵入りを済ませた直後、支度部屋での準備中に腰痛の悪化を訴えて突如休場を発表。土俵入りの後にいきなり休場が発表されるという大相撲史上初の出来事は、客席を大きくざわつかせた。この場所を負け越したことで、大関在位15場所での陥落が決まった。

不屈の土俵と、懐の深い相撲

大関陥落後も幕内の上位に留まり続け、幾度も優勝争いへ加わった。令和7年(2025年)3月場所でも平幕の地位で12勝3敗を挙げて9回目となる優勝次点の成績を残す。さらに技能賞と金星を獲得するなど、ベテランの域に達してもなお第一線で実力を示している。

突き押しで前に出て四つに組み止める相撲は「型がない」と評されることもあるが、本人は「理想は相手を組み止めて寄っていく相撲。一番安定して勝てるスタイル」と語っている。突き、押し、左四つ、上手ひねりを状況に応じて使い分ける懐の深さが、角界入り20年を超えてなお幕内上位で戦い続ける原動力となっている。

💡 茨城県出身一覧💡 田子ノ浦部屋の力士

四股名
高安 晃(たかやす あきら)
最高位
大関
最新番付
西 関脇
出身地
茨城県 土浦市
本名
高安 晃
生年月日
平成2年(1990)2月28日(36歳)
身長・体重
188cm・173kg
所属部屋
鳴戸 → 田子ノ浦部屋
初土俵
平成17年(2005)3月(15歳1ヵ月)
新十両
平成22年(2010)11月(20歳9ヵ月)
新入幕
平成23年(2011)7月(21歳5ヵ月)
新小結
平成25年(2013)9月(23歳7ヵ月)
新関脇
平成28年(2016)9月(26歳7ヵ月)
新大関
平成29年(2017)7月(27歳5ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞6回,技能賞3回,金星6個
通算成績
817勝623敗156休/1427出場(勝率:57.3%)
直近7場所
58勝47敗
7場所勝率
55.2%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
高安が勝ちの決まり手(58勝)
寄り切り9
突き出し9
押し倒し6
叩き込み6
上手投げ5
押し出し5
その他18
高安が負けの決まり手(47敗)
寄り切り14
押し出し9
突き落とし3
送り出し3
叩き込み3
上手出し投げ2
その他13
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令8年3月
西 関脇(変動なし)
7勝8敗
○○○○○|●○●●●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 関脇(1枚上昇)
8勝7敗
○●○○○|●○○●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 小結(半枚降下)
8勝7敗
●○○○○|●●○●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年9月
東 小結(半枚上昇)
7勝8敗
●●●●●|●○○●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 小結(半枚降下)
10勝5敗
●○○○○|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 小結(4枚上昇)
6勝9敗
●●○●●|●○●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年3月
東 前頭4枚目
12勝3敗(幕内同点・技能賞・金星)
○○○●○|○○○○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)