対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

東方:友風 想大 (中村部屋・神奈川県川崎市川崎区)

友風 想大(ともかぜ そうだい)は神奈川県 川崎市川崎区出身、中村部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両4枚目。

神奈川県川崎市に生まれ、幼少期は極真空手やバスケットボール、中学時代は柔道に打ち込むなど多くのスポーツを経験した。中学の柔道部顧問が相撲経験者であった縁から大会に出場し、関東大会で団体優勝を経験する。進学した向の岡工業高校から本格的に相撲へ打ち込み、2年次に出場した全国選抜高校相撲弘前大会において準優勝を果たした。なお、この時の優勝者はアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)であった。

高校卒業後は日本体育大学へと進学し、4年次に全日本大学選抜宇和島大会で優勝を飾るなど数々の実績を残した。大学時代から同校の先輩にあたる嘉風(元関脇、のちの13代中村)より技術指導を受けており、その深い縁から尾車部屋への入門を決断する。入門にあたり「嘉風関と同じ、初土俵から所要9場所での十両昇進」という目標を掲げ、平成29年(2017年)5月場所において本名の「南」で初土俵を踏んだ。

驚異のスピード出世と大記録

翌場所から四股名を「友風 勇太」と改名して本格的に角界での歩みを開始し、序ノ口と三段目で全勝優勝を飾る。入門時の思いを胸に快進撃を続け、平成30年(2018年)11月場所において見事に目標通りの所要9場所で新十両への昇進を果たし、そのまま12勝3敗で新十両優勝を飾った。

さらに十両も所要2場所で通過し、平成31年(2019年)3月場所において初土俵から所要11場所という史上4位タイのスピード記録で新入幕を果たす。これは「嘉風関の所要12場所での新入幕記録を抜く」という目標を見事にクリアするものであった。令和元年(2019年)7月場所では横綱・鶴竜から初金星を獲得し、初土俵から所要14場所という当時の史上最速タイ記録を打ち立て、殊勲賞を受賞した。翌9月場所でも鶴竜を破って2場所連続で金星を獲得し、同場所中に引退した兄弟子・嘉風への恩返しを果たした。

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凄絶な大怪我と絶望の淵

しかし、西前頭3枚目で迎えた令和元年(2019年)11月場所の2日目、取組中に土俵下へ転落して右膝に凄絶な大怪我を負ってしまう。4本の靭帯断裂や大腿骨・脛骨の骨折、半月板損傷などに加え、右膝から下は皮膚と内側側副靭帯、血管1本だけが繋がっているような状態であった。「切断寸前の重傷で、一生歩くことができない可能性もある」と医師から宣告されるほどの深刻な事態であった。

初土俵以来初の休場から計4回の大手術を受け、5ヶ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされる。腓骨神経麻痺の後遺症が残り、装具の支えがなければ日常の歩行にも支障をきたす状態で、後に身体障害者手帳の交付も受けた。当初は引退を疑わず、日常生活に戻れるかどうかの不安に苛まれる絶望の淵に立たされた。

不屈の復活劇と恩師との歩み

それでも、毎日看病に駆けつけた母親の献身的な支えや、リハビリ施設で懸命に頑張る小さな子供たちの姿に勇気をもらい、現役続行を決意する。過酷なリハビリ期間中には、同じく怪我で引退した13代中村からの科学的な指導にも支えられ、痛みに耐え抜いて再び土俵へと向かった。

令和3年(2021年)3月場所、1年4ヶ月の長期休場を経て西序二段55枚目の地位で土俵への復帰を果たす。その後、令和4年(2022年)2月に尾車部屋の閉鎖に伴って二所ノ関部屋へと移籍する。新しい師匠となった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)からも「ケガをしてなかったら三役に上がっていただろう」と何度も励まされ、恐怖心と闘いながら白星を重ねていった。

令和5年(2023年)1月場所後の番付編成会議で17場所ぶりとなる再十両昇進が決定し、幕内経験力士が序二段まで降格した後に再十両となる史上3人目の快挙を達成する。同年11月場所においてはついに幕内の土俵へと復帰し、大相撲史に残る奇跡の復活劇を成し遂げた。令和6年(2024年)6月には、恩師である13代中村が中村部屋を創設したことに伴い同部屋へと転籍している。四股名も「友風 想大」へと改め、大怪我の後遺症を抱えながらも押し相撲を主体としつつ、機を見た叩き込みなどの引き技を交えながら、不屈の精神で土俵を務め上げている。

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異色の「ピアノ力士」

趣味は小学2年次から始めたピアノの演奏である。一時は音楽大学への進学を勧められたほどの腕前を持ち、小学生時代に作曲した運動会の曲は卒業後も母校で使われ続けているという。トークショーで「引退後はピアニストを目指す」と語ったこともある。

リチャード・クレイダーマンやX JAPANのYOSHIKIを好み、大相撲入門後も巡業先の食事会場に置かれたピアノで見事な演奏を披露して関取衆からのリクエストに応えるなど、角界では異色の「ピアノ力士」として多くのファンに親しまれている。

💡 神奈川県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
友風 想大(ともかぜ そうだい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
東 十両4枚目
出身地
神奈川県 川崎市川崎区
本名
南 友太
生年月日
平成6年(1994)12月2日(31歳)
身長・体重
185cm・176kg
出身高校
向の岡工業高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
尾車 → 二所ノ関 → 中村部屋
改名歴
南 → 友風
初土俵
平成29年(2017)5月(22歳5ヵ月)
新十両
平成30年(2018)11月(23歳11ヵ月)
新入幕
平成31年(2019)3月(24歳3ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,金星2個
通算成績
310勝234敗73休/542出場(勝率:57.2%)
直近7場所
28勝31敗(幕内:20勝25敗)
7場所勝率
46.2%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
友風が勝ちの決まり手(35勝)
叩き込み24
押し出し7
寄り切り1
突き落とし1
上手投げ1
掬い投げ1
友風が負けの決まり手(40敗)
押し出し22
叩き込み5
押し倒し4
引き落とし3
寄り倒し2
反則1
その他3
令8年7月
東 十両4枚目(1枚上昇)
5勝9敗
○●○●●|●●●●○|●○○● 
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両5枚目(2枚半降下)
8勝7敗
●●●○○|○○○●●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両2枚目(6枚降下)
6勝9敗
●●○●●|○●●○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 前頭13枚目(1枚降下)
4勝11敗
●○●●○|○●●●○|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●●●●|○●○○●|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭16枚目(4枚上昇)
9勝6敗
○●○○○|○●●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両2枚目
9勝6敗
○●○●○|○●○●○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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西方:日翔志 英忠 (追手風部屋・東京都立川市)

日翔志 英忠(ひとし ひでただ)は東京都 立川市出身、追手風部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年7月場所の番付は東 十両10枚目。

東京都立川市に生まれ、相撲好きの祖父の影響で兄が相撲を習い始めたことに付いていく形で、5歳の頃から地元の立川錬成館で相撲を始めた。中学校からは親元を離れて新潟県の糸魚川市立能生中学校へと相撲留学し、3年次には全国中学校相撲選手権大会で個人3位に入賞するなど早くからその才能を発揮した。

中学卒業後は名門である埼玉栄高校へ進学し、1年次から高校総体や弘前大会で団体優勝を経験する。その後も数々の主要大会で同校の団体優勝に大きく貢献し、3年次には個人3位の成績も残して全国的な強豪選手へと成長を遂げた。高校卒業後は日本大学へ進学して相撲部で研鑽を積む。4年次には全国学生無差別級優勝や全国学生選手権代替大会優勝など輝かしい実績を残した。

大学卒業後は日本大学事業部に就職し、実業団選手として活動しながら日大相撲部のコーチを務めた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会が中止となり、自分と向き合う時間が増えたことで角界入りへの思いが強くなる。大学職員という安定した道を捨てることに対して父親からは反対されたが、それを押し切って追手風部屋への入門を決断する。年齢制限緩和措置の適用を受け、令和3年(2021年)5月場所に23歳で初土俵を踏んだ。

四股名の由来と凄絶な大怪我

初土俵の場所は本名と師匠(元前頭・大翔山)の四股名の一字を合わせた「沢田翔」を名乗ったが、翌場所からは本名の下の名「日登志」の字を変えた「日翔志」へと改名した。同年9月場所では7戦全勝で序二段優勝を飾り、順調な滑り出しを見せた。

しかし、その直後の稽古で首に深刻な怪我を負い、約1ヶ月間にわたり寝たきりの状態となってしまう。頭から当たる相撲が取れなくなるほどの重傷であり、3場所連続での全休を余儀なくされた。さらに、休場中の令和4年(2022年)3月には入門を反対していた父親が急逝するという深い悲しみにも見舞われた。

師匠の言葉と不屈の幕下優勝

失意の底にあったが、同部屋の力士たちの激励や、師匠からの「絶対十両に上がれる」という力強い励ましの言葉に支えられて復帰を決意する。怪我を乗り越えて同年5月場所で土俵へ戻ると、続く7月場所で2度目の序二段優勝を飾り、同年11月場所では三段目優勝を果たすなど、休場のブランクを感じさせない圧倒的な強さで番付を戻していった。

幕下上位へ進出した後は壁に跳ね返される時期もあったが、西幕下3枚目で迎えた令和5年(2023年)9月場所で6勝1敗の好成績を収め、7人による優勝決定戦を制して幕下優勝を飾る。決定戦の直後には「辞めなくて良かった」と目を輝かせた。この実績が評価されて新十両昇進が決定し、会見では高校の同期である琴ノ若(現・琴櫻)の名を挙げ、「早く追いつけるように頑張りたい」と意気込みを語った。

新入幕と怪我を抱えての土俵

しかし、新十両として迎えた同年11月場所では、2日目の取組で右足を痛めて車椅子で退場する不運に見舞われる。翌日は痛み止めを打って強行出場し、執念で関取としての初白星を掴み取ったものの、怪我の影響から2勝13敗と大敗して1場所で幕下への陥落を余儀なくされた。

その後は再び幕下上位で地力を蓄え、令和7年(2025年)3月場所で十両への復帰を果たした。再十両後は持ち前の実力を発揮して勝ち越しを続け、同年9月場所で見事に新入幕を果たした。

首の怪我の後遺症により頭から思い切り当たることができないハンデを抱えながらも、恵まれた体格を生かした突き押しや、四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。新入幕の場所は7勝8敗と負け越して十両へ陥落したが、アマチュア時代の実績に裏打ちされた確かな地力と、度重なる怪我を乗り越えた不屈の精神を胸に、幕内の土俵への定着を目指して日々の稽古に邁進している。

💡 東京都出身一覧💡 追手風部屋の力士

四股名
日翔志 英忠(ひとし ひでただ)
最高位
前頭17枚目
最新番付
東 十両10枚目
出身地
東京都 立川市
本名
沢田 日登志
生年月日
平成9年(1997)8月14日(28歳)
身長・体重
182cm・158kg
出身高校
埼玉栄高校
出身大学
日本大学
所属部屋
追手風部屋
改名歴
沢田翔 → 日翔志
初土俵
令和3年(2021)5月(23歳9ヵ月)
新十両
令和5年(2023)11月(26歳3ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)9月(28歳1ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝2回
通算成績
153勝122敗21休/275出場(勝率:55.6%)
直近7場所
39勝50敗(幕内:7勝8敗)
7場所勝率
44.2%
得意技
右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
日翔志が勝ちの決まり手(33勝)
叩き込み11
寄り切り7
押し出し6
送り出し2
肩透かし1
引き落とし1
その他5
日翔志が負けの決まり手(42敗)
押し出し17
寄り切り10
叩き込み4
送り出し2
突き出し2
引き落とし2
その他5
令8年7月
東 十両10枚目(2枚上昇)
5勝9敗
○○●○●|●●●●○|●○●● 
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 十両12枚目(6枚降下)
8勝7敗
●●○○●|○○●●○|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両6枚目(3枚上昇)
5勝10敗
●○●●●|○●●○●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 十両9枚目(8枚降下)
9勝6敗
●○●○○|○○●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 十両筆頭(1枚降下)
2勝13敗
●○●●●|●●●○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭17枚目(6枚上昇・最高位更新)
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両6枚目
10勝5敗
○○●○●|●○●○●|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)