対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

\ この取組の注目ポイント /
  • キャリア11年差!大相撲歴14年8ヶ月の【玉正鳳】と、同4年の【嘉陽】の対決!

東方:玉正鳳 萬平 (片男波部屋・モンゴルウランバートル市)

玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両12枚目。

モンゴル・ウランバートル市に生まれ育つ。父親はモンゴル相撲と柔道の監督を務め、のちに大相撲で活躍する朝青龍や日馬富士、朝赤龍や時天空などを教え子に持つ名将であった。太りにくい体質であったが、食事稽古に励みながらプロの土俵を目指した。

13代高島(元関脇・高望山)が率いる高島部屋への入門を目指して来日したが、新弟子検査を受ける前に所属力士が不在となり同部屋が閉鎖される不測の事態に見舞われる。急遽、20代春日山(元幕内・春日富士)の春日山部屋へ引き取られる形で新弟子検査を受け、平成23年(2011年)9月場所に「高春日 望」の四股名で初土俵を踏んだ。この四股名は、入門予定であった高島部屋の「高望山」から「高」と「望」、そして春日山部屋の「春日富士」から「春日」を頂いて命名された。

5つの部屋を渡り歩く数奇な運命と改名

入門後はお家騒動や師匠の不祥事などに度々巻き込まれ、所属部屋と一門を次々と変える数奇な運命を辿ることになる。平成28年(2016年)の春日山部屋閉鎖に伴って追手風部屋へ移籍し、翌年には独立した15代中川(元幕内・旭里)に従って新設された中川部屋へ移籍した。この間、後援者の名前に由来する「種子島 万来」への改名を経て、15代中川の四股名とモンゴルの空に因んだ「旭蒼天 万来」へと改名している。

しかし、令和2年(2020年)7月場所前にはその中川部屋も閉鎖処分を受ける。これに伴い、実の姉の夫であり義理の兄にあたる玉鷲が所属する片男波部屋への移籍が決定した。この移籍を機に、14代片男波(元関脇・玉春日)の「玉」と、正しく生きてほしいという願いを込めた「玉正鳳 萬平」へと改名し、偉大な義兄と同じ環境で猛稽古に励んだ。

大物食いの幕下優勝とスロー出世

長く幕下以下の土俵で下積みを続けたが、片男波部屋へ移籍して以降は着実に地力を蓄えていく。東幕下23枚目で迎えた令和4年(2022年)11月場所では、元大関の朝乃山を破る活躍を見せ、7戦全勝の好成績で幕下優勝を飾った。

東幕下筆頭まで番付を上げた翌令和5年(2023年)1月場所でも4勝3敗と勝ち越しを決め、翌3月場所で念願の新十両昇進を果たす。片男波部屋からの新関取誕生は義兄の玉鷲以来15年ぶりであり、初土俵から所要68場所での新関取は外国出身力士として史上2番目のスロー記録であった。

外国出身最遅の新入幕と取り口

十両昇進後は肉離れなどの怪我による足踏みも経験したが、東十両4枚目で迎えた令和6年(2024年)11月場所を10勝5敗の好成績で終え、翌令和7年(2025年)1月場所で見事に新入幕を果たした。31歳9ヶ月での新入幕は戦後8位の高齢記録であり、初土俵から所要79場所での新入幕は外国出身力士として史上最も遅いスロー出世記録であった。師匠からは「奇跡」と称されたが、本人は「スロー出世は気にしていない。これからという感じ」と力強く語り、念願であった義兄・玉鷲との幕内での揃い踏みを実現させた。

スポンサーリンク

取り口は、春日山部屋時代までは四つ相撲であったが、中川部屋への移籍を境に押し相撲へとスタイルを変えている。突き放してからの叩き込みや、上手からの出し投げを得意とし、「右前みつを取れば負けない」と語るように右を引いての攻めにも絶対の自信を持つ。幾度も部屋の消滅劇に翻弄されながらも決して相撲への情熱を失うことなく、身近で背中を見せ続ける義兄からの刺激を胸に、持ち前のしぶとさで幕内の土俵への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両12枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
エルデンビィールグ・エンクマンライ
生年月日
平成5年(1993)3月6日(33歳)
身長・体重
189cm・121kg
所属部屋
春日山 → 追手風 → 中川 → 片男波部屋
改名歴
高春日⇒種子島⇒旭蒼天 → 玉正鳳
初土俵
平成23年(2011)9月(18歳6ヵ月)
新十両
令和5年(2023)3月(30歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)1月(31歳10ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
390勝379敗0休/768出場(勝率:50.8%)
直近7場所
39勝51敗(幕内:4勝11敗)
7場所勝率
41.0%
得意技
右四つ・寄り・投げ
決まり手傾向(直近7場所)
玉正鳳が勝ちの決まり手(35勝)
叩き込み14
寄り切り6
押し出し4
突き落とし3
上手投げ2
引き落とし2
その他4
玉正鳳が負けの決まり手(55敗)
押し出し25
寄り切り15
叩き込み5
突き出し4
上手出し投げ2
引っ掛け1
その他3
令8年5月
西 十両12枚目(3枚半降下)
8勝7敗
○○○●●|○○●○○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両9枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|●●●○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両5枚目(6枚上昇)
5勝10敗
○●●○●|○●●○●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両11枚目(4枚降下)
10勝5敗
○○●○○|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両7枚目(3枚半降下)
4勝11敗
●●○○●|●○●●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両3枚目(3枚半降下)
6勝9敗
○○●●●|○○●●●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭17枚目
4勝11敗
●●○●●|○●○○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

スポンサーリンク

西方:嘉陽 快宗 (中村部屋・沖縄県那覇市)

嘉陽 快宗(かよう やすとき)は沖縄県 那覇市出身、中村部屋の力士で最高位は前頭16枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両9枚目。

千葉県市川市に生まれ、小学4年次に地元の市川市相撲教室へ通い始めて相撲の基礎を学んだ。中学からは親元を離れ、新潟県糸魚川市の能生中学校へと相撲留学し、卒業後はそのまま新潟県立海洋高校へ進学する。名門校の厳しい稽古に耐え抜いて全国的な実力者へと成長を遂げ、2年次に出場した十和田大会で団体優勝に大きく貢献した。

高校卒業後は日本体育大学へ進学し、相撲部でさらなる研鑽を積む。4年次に出場した全国学生相撲選手権大会で個人ベスト8の好成績を残し、当時の規定における三段目最下位格(90枚目格)付出の資格を獲得した。

大学卒業にあたり、13代二所ノ関(元横綱・稀勢の里)から熱心な誘いを受け、「稀勢の里さんの頼みなら入門を断れない」と責任重大な覚悟を胸に二所ノ関部屋への入門を決意する。なお、憧れの力士には入門会見に同席した部屋付きの13代中村(元関脇・嘉風)の名を挙げていた。令和4年(2022年)5月場所に本名の「嘉陽」で初土俵を踏む。入門当初は出身地を「千葉県市川市」としていたが、同年7月場所より両親の出身地である「沖縄県那覇市」へと変更している。

幕下での足踏みと中村部屋への転籍

初土俵から3場所は持ち前の実力を発揮して大きく勝ち越し、入門4場所目で幕下へ昇進する。幕下に昇進してからも着実に番付を上げたが、関取の座を目前にして番付運に見放されるなど、もどかしい時期を経験した。

令和5年(2023年)11月場所は西幕下6枚目で6勝1敗、翌令和6年(2024年)3月場所は西幕下3枚目で4勝3敗の好成績を残したが、いずれも新十両には届かなかった。それでも腐ることなく、西幕下筆頭で迎えた同年5月場所で5勝2敗と勝ち越し、ついに新十両昇進を決める。昇進会見では師匠の二所ノ関から「ちょっと遅かった。大の里を超えるくらい昇進してほしい」と厳しくも愛のある期待を寄せられた。

新十両昇進が決定した直後、憧れの存在であった13代中村が独立して中村部屋を新設したことに伴い、同部屋への転籍が決定する。これにより、中学から大学、そして二所ノ関部屋までずっと苦楽を共にしてきた「兄弟のような存在」である同期生の白熊とは別の部屋で土俵に立つこととなった。

新入幕と大の里との絆

また、大学の1年後輩である大の里は「弟のような存在」であり、互いを「ヤス」「ダイキ」と呼び合いボウリングに出かけるなど私生活でも仲が良い。大相撲入り後はスピード出世を果たす大の里に大きく先を越されたが、「早く追いつき、追い越したい」と強い対抗心を燃やして自身の起爆剤とし、新天地の中村部屋で着実に星を伸ばしていった。

新十両として迎えた令和6年(2024年)7月場所は7勝8敗と負け越したものの、続く9月場所では11勝4敗の大勝ちを見せる。その後も十両上位で一進一退の攻防を続け、東十両2枚目で迎えた令和7年(2025年)3月場所で9勝6敗の成績を収め、翌5月場所で見事に新入幕を果たした。

新入幕の場所は東前頭16枚目で7勝8敗、続く7月場所は4勝11敗と上位の壁に跳ね返されて十両へ陥落したが、幕内の土俵で得た経験を糧に再び入幕を目指している。

特殊な稽古と取り口

取り口は突き・押しを最大の武器とする。二所ノ関部屋時代に稽古で胸を出していた師匠から「下に入る(相手の懐へ低く入り込む)相撲を取る」と証言されるように、低い立ち合いから下から上へと突き上げる相撲を長所としている。さらに中村部屋へ移籍した後は、組み合った状態から相撲を始める特殊な申し合い稽古を通じて、四つの力と技術にも磨きをかけている。

170センチ前半と決して長身ではないものの、170キロを超える分厚い体格を生かした強烈な押し相撲を持ち味とする。幕内と十両の往復を経験しながらも、持ち前の馬力と粘り強さ、そして良きライバルたちからの刺激を力に変えて、幕内の土俵への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 沖縄県出身一覧💡 中村部屋の力士

四股名
嘉陽 快宗(かよう やすとき)
最高位
前頭16枚目
最新番付
西 十両9枚目
出身地
沖縄県 那覇市
本名
嘉陽 快宗
生年月日
平成11年(1999)7月14日(26歳)
身長・体重
175cm・172kg
出身高校
新潟海洋高校
出身大学
日本体育大学
所属部屋
二所ノ関 → 中村部屋
初土俵
令和4年(2022)5月・三段目90付出(22歳10ヵ月)
新十両
令和6年(2024)7月(25歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)5月(25歳10ヵ月)
優勝
無し
通算成績
147勝124敗0休/271出場(勝率:54.2%)
直近7場所
33勝42敗(幕内:11勝19敗)
7場所勝率
41.9%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
嘉陽が勝ちの決まり手(39勝)
押し出し12
押し倒し6
寄り切り4
叩き込み4
送り出し3
引き落とし3
その他7
嘉陽が負けの決まり手(51敗)
寄り切り20
押し出し14
叩き込み7
引き落とし2
突き出し2
上手投げ2
その他4
令8年5月
西 十両9枚目(3枚降下)
5勝10敗
●●●○●|●●●○●|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両6枚目(3枚上昇)
7勝8敗
○●●○○|●○○●○|●○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 十両9枚目(1枚半降下)
9勝6敗
○○●○○|○○●●●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両8枚目(2枚降下)
6勝9敗
●●●●●|○○●○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両6枚目(7枚半降下)
6勝9敗
●○○●●|●●●●●|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 前頭16枚目(変動なし)
4勝11敗
●●●●●|●●○●○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭16枚目
7勝8敗
●●●●○|○○○●●|○○○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)