対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

玉正鳳 萬平 (片男波部屋・モンゴルウランバートル市)

玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)はモンゴル ウランバートル市出身、片男波部屋の力士で最高位は前頭17枚目。令和8年5月場所の番付は西 十両12枚目。

モンゴル・ウランバートル市に生まれ育つ。父親はモンゴル相撲と柔道の監督を務め、のちに大相撲で活躍する朝青龍や日馬富士、朝赤龍や時天空などを教え子に持つ名将であった。太りにくい体質であったが、食事稽古に励みながらプロの土俵を目指した。

13代高島(元関脇・高望山)が率いる高島部屋への入門を目指して来日したが、新弟子検査を受ける前に所属力士が不在となり同部屋が閉鎖される不測の事態に見舞われる。急遽、20代春日山(元幕内・春日富士)の春日山部屋へ引き取られる形で新弟子検査を受け、平成23年(2011年)9月場所に「高春日 望」の四股名で初土俵を踏んだ。この四股名は、入門予定であった高島部屋の「高望山」から「高」と「望」、そして春日山部屋の「春日富士」から「春日」を頂いて命名された。

5つの部屋を渡り歩く数奇な運命と改名

入門後はお家騒動や師匠の不祥事などに度々巻き込まれ、所属部屋と一門を次々と変える数奇な運命を辿ることになる。平成28年(2016年)の春日山部屋閉鎖に伴って追手風部屋へ移籍し、翌年には独立した15代中川(元幕内・旭里)に従って新設された中川部屋へ移籍した。この間、後援者の名前に由来する「種子島 万来」への改名を経て、15代中川の四股名とモンゴルの空に因んだ「旭蒼天 万来」へと改名している。

しかし、令和2年(2020年)7月場所前にはその中川部屋も閉鎖処分を受ける。これに伴い、実の姉の夫であり義理の兄にあたる玉鷲が所属する片男波部屋への移籍が決定した。この移籍を機に、14代片男波(元関脇・玉春日)の「玉」と、正しく生きてほしいという願いを込めた「玉正鳳 萬平」へと改名し、偉大な義兄と同じ環境で猛稽古に励んだ。

大物食いの幕下優勝とスロー出世

長く幕下以下の土俵で下積みを続けたが、片男波部屋へ移籍して以降は着実に地力を蓄えていく。東幕下23枚目で迎えた令和4年(2022年)11月場所では、元大関の朝乃山を破る活躍を見せ、7戦全勝の好成績で幕下優勝を飾った。

東幕下筆頭まで番付を上げた翌令和5年(2023年)1月場所でも4勝3敗と勝ち越しを決め、翌3月場所で念願の新十両昇進を果たす。片男波部屋からの新関取誕生は義兄の玉鷲以来15年ぶりであり、初土俵から所要68場所での新関取は外国出身力士として史上2番目のスロー記録であった。

外国出身最遅の新入幕と取り口

十両昇進後は肉離れなどの怪我による足踏みも経験したが、東十両4枚目で迎えた令和6年(2024年)11月場所を10勝5敗の好成績で終え、翌令和7年(2025年)1月場所で見事に新入幕を果たした。31歳9ヶ月での新入幕は戦後8位の高齢記録であり、初土俵から所要79場所での新入幕は外国出身力士として史上最も遅いスロー出世記録であった。師匠からは「奇跡」と称されたが、本人は「スロー出世は気にしていない。これからという感じ」と力強く語り、念願であった義兄・玉鷲との幕内での揃い踏みを実現させた。

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取り口は、春日山部屋時代までは四つ相撲であったが、中川部屋への移籍を境に押し相撲へとスタイルを変えている。突き放してからの叩き込みや、上手からの出し投げを得意とし、「右前みつを取れば負けない」と語るように右を引いての攻めにも絶対の自信を持つ。幾度も部屋の消滅劇に翻弄されながらも決して相撲への情熱を失うことなく、身近で背中を見せ続ける義兄からの刺激を胸に、持ち前のしぶとさで幕内の土俵への定着を目指して奮闘を続けている。

💡 モンゴル出身一覧💡 片男波部屋の力士

四股名
玉正鳳 萬平(たましょうほう まんぺい)
最高位
前頭17枚目
最新番付
西 十両12枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
エルデンビィールグ・エンクマンライ
生年月日
平成5年(1993)3月6日(33歳)
身長・体重
189cm・121kg
所属部屋
春日山 → 追手風 → 中川 → 片男波部屋
改名歴
高春日⇒種子島⇒旭蒼天 → 玉正鳳
初土俵
平成23年(2011)9月(18歳6ヵ月)
新十両
令和5年(2023)3月(30歳0ヵ月)
新入幕
令和7年(2025)1月(31歳10ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
通算成績
388勝375敗0休/762出場(勝率:50.9%)
直近7場所
37勝47敗(幕内:4勝11敗)
7場所勝率
41.4%
得意技
右四つ・寄り・投げ
決まり手傾向(直近7場所)
玉正鳳が勝ちの決まり手(35勝)
叩き込み14
寄り切り6
押し出し4
突き落とし3
上手投げ2
引き落とし2
その他4
玉正鳳が負けの決まり手(55敗)
押し出し25
寄り切り15
叩き込み5
突き出し4
上手出し投げ2
引っ掛け1
その他3
令8年5月
西 十両12枚目(3枚半降下)
6勝3敗
○○○●●|○○●○ |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両9枚目(4枚降下)
6勝9敗
○●●●●|●●●○○|●○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両5枚目(6枚上昇)
5勝10敗
○●●○●|○●●○●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両11枚目(4枚降下)
10勝5敗
○○●○○|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 十両7枚目(3枚半降下)
4勝11敗
●●○○●|●○●●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 十両3枚目(3枚半降下)
6勝9敗
○○●●●|○○●●●|●○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭17枚目
4勝11敗
●●○●●|○●○○●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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日向丸 晃宏 (木瀬部屋・宮崎県延岡市)

日向丸 晃宏(ひむかまる あきひろ)は宮崎県 延岡市出身、木瀬部屋の力士で最高位は十両13枚目。令和8年5月場所の番付は東 幕下4枚目。

少年時代からスポーツが好きで、水泳、柔道、サッカーに取り組んでいた。体が大きかったため周囲から勧められて相撲の大会に出場し、小学6年次にわんぱく相撲全国大会まで進出する。これを機に地元の北方相撲クラブに入って本格的に相撲を始めた。中学校には相撲部が無かったため柔道部に所属し、夜は道場へ通って稽古を重ねた。2年次に出場した全国都道府県中学生相撲選手権大会で個人ベスト8の好成績を残し、中学卒業後の角界入りを志したものの、3年次は怪我により思うような実績を残せず、入門を見送って高校進学を選択した。

飛龍高校での実績と木瀬部屋入門

静岡県の飛龍高校へ進学して実力を磨き、2年次に全国選抜大会の団体優勝に貢献したほか、3年次には高校総体で個人ベスト8に進出する。全国的な強豪選手へと成長を遂げて複数の部屋からスカウトを受ける存在となり、その中から木瀬部屋への入門を決断した。高校在学中の令和5年(2023年)1月場所に本名の「長村」で初土俵を踏んだ。

圧倒的な稽古量と三段目優勝

入門後は誰よりも熱心に稽古へ打ち込み、師匠の11代木瀬(元前頭筆頭・肥後ノ海)に「部屋で一番の稽古量」と言わしめるほどであった。三段目時代には、部屋の休日でさえ自ら他部屋へ出稽古に出向くほどの情熱を見せている。こうした努力が実を結んで順調に番付を上げたが、新幕下として迎えた令和6年(2024年)1月場所では、上位の壁に阻まれて3勝4敗と入門以来初となる負け越しを喫してしまう。

この負け越しにより翌3月場所では三段目へ陥落したものの、決して気持ちを切らすことなく地力の高さを見せつける。同場所では快進撃を続けていた安青錦の初土俵からの連勝記録を「20」で止める活躍を見せ、7戦全勝で見事に三段目優勝を飾った。

新十両昇進と「日向丸」への改名

再び幕下へ復帰した後は上位へ定着し、西幕下2枚目で迎えた令和7年(2025年)9月場所では、14日目に十両の宮乃風を破って5勝2敗と勝ち越しを決める。場所後の番付編成会議にて念願の新十両昇進が決定し、合わせて四股名を故郷に因んだ「日向丸」へと改名した。

十両陥落からの奮闘と突き押し相撲

新十両として迎えた同年11月場所は5勝10敗と負け越し、1場所で幕下への陥落を余儀なくされる。東幕下2枚目で迎えた翌令和8年(2026年)1月場所は、序盤で1勝3敗と後がない状況に追い込まれたが、そこから意地の3連勝で盛り返す。12日目に組まれた十両の白鷹山との7番相撲にも勝利して勝ち越しを決めた。結果的に1場所での十両復帰は見送られたものの、関取復帰を射程圏内に捉える活躍を続けている。

取り口は、相撲を始めた小学6年次から一貫して突き押し相撲を磨き続けている。小柄ながらも豊富な稽古量で鍛え抜かれた体を生かし、真っ直ぐに出る力強い相撲で再び関取の座を掴み取るべく日々の精進を続けている。

💡 宮崎県出身一覧💡 木瀬部屋の力士

四股名
日向丸 晃宏(ひむかまる あきひろ)
最高位
十両13枚目
最新番付
東 幕下4枚目
出身地
宮崎県 延岡市
本名
長村 晃宏
生年月日
平成16年(2004)6月30日(21歳)
身長・体重
173.5cm・144kg
出身高校
飛龍高校
所属部屋
木瀬部屋
改名歴
長村 → 日向丸
初土俵
令和5年(2023)1月(18歳7ヵ月)
新十両
令和7年(2025)11月(21歳5ヵ月)
優勝
三段目優勝1回
通算成績
85勝61敗0休/146出場(勝率:58.2%)
直近7場所
25勝15敗(十両:5勝10敗)
7場所勝率
54.5%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
日向丸が勝ちの決まり手(27勝)
押し出し15
突き出し4
突き落とし2
寄り倒し1
送り出し1
寄り切り1
その他3
日向丸が負けの決まり手(23敗)
押し出し8
寄り切り3
叩き込み3
上手投げ3
押し倒し1
突き落とし1
その他4
令8年5月
東 幕下4枚目(3枚降下)
3勝2敗
-●○-●|-○-○ |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 幕下筆頭(1枚上昇)
3勝4敗
○-●-○|-●-○-|●-●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 幕下2枚目(3枚降下)
4勝3敗
●-●-○|-●-○-|○○---
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 十両13枚目(3枚半上昇・最高位更新)
5勝10敗
●○○●●|●●●●●|●○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 幕下2枚目(12枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○●-○|-○-●-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下14枚目(5枚半上昇)
6勝1敗
-○-○○|-●--○|-○--○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 幕下20枚目
4勝3敗
-●●--|○●--○|-○-○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)