対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

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  • キャリア11年差!大相撲歴21年4ヶ月の【高安】と、同10年4ヶ月の【朝乃山】の対決!

東方:朝乃山 広暉 (高砂部屋・富山県富山市)

朝乃山 広暉(あさのやま ひろき)は富山県 富山市出身、高砂部屋の力士で最高位は大関。令和8年7月場所の番付は東 前頭10枚目。

小学4年の頃からハンドボールと並行して相撲を始め、富山市立呉羽中学校で相撲部へ入部した。中学3年次に左肘を負傷して競技を辞めることも考えたが、富山商業高校の浦山英樹監督から「俺が強くしてやる」と声を掛けられて同校へ進学する。高校時代には浦山から徹底的に鍛えられて相撲の基礎を仕込まれた。近畿大学へ進むと国体の団体優勝などに貢献し、4年次に全日本相撲選手権大会でベスト4に入り、三段目最下位格(100枚目格)付出の資格を獲得した。

高砂部屋入門と恩師の死

大学卒業後は帰郷するつもりであったが、恩師の浦山監督からの強い後押しと、15代若松(元前頭筆頭・朝乃若)からの勧誘により高砂部屋への入門を決めた。平成28年(2016年)3月場所に三段目付出制度の初適用第1号として本名の「石橋」で初土俵を踏んだ。

初土俵から順調に番付を上げていき、西幕下7枚目で迎えた平成29年(2017年)1月場所で7戦全勝で幕下優勝を果たし、翌場所での新十両昇進を決めた。この1月場所は、高砂部屋創設以来138年間続いていた関取が不在となっていた場所であったが、1場所での不在解消となった。新十両昇進を機に四股名を「朝乃山 英樹」へと改めた。これは部屋伝統の「朝」に、故郷の富山、同郷の横綱・太刀山、そして恩師である浦山の「山」を頂いたもの。下の名前は、幕下優勝を決めた一番を病床で見届けた翌日に、膵臓がんで逝去した恩師・浦山の名を頂いたものであった。

令和初の優勝と大関昇進

新十両場所では優勝決定戦に進出。惜しくも十両優勝は逃したが、その後も順調に番付を上げて平成29年(2017年)9月場所で新入幕。この場所では14日目まで優勝争いに加わる活躍で敢闘賞を獲得した。その後も幕内中位で奮闘していたが、西前頭8枚目で迎えた令和元年(2019年)5月場所において、12勝3敗で自身初となる幕内最高優勝を飾る。富山県出身力士として103年ぶりの賜杯であり、新元号「令和」における初の幕内優勝力士として相撲史に名を刻んだ。この年は年6場所制以降の最少勝ち星となる55勝で年間最多勝も獲得している。

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令和2年(2020年)3月場所後に大関へ昇進。学生出身力士としては元大関・琴光喜以来13年ぶりの大関誕生であった。昇進伝達式では「相撲を愛し、力士として正義を全うし、一生懸命努力します」と誓いの言葉を述べた。

出場停止処分と広暉への原点回帰

大関として土俵を務めていたが、令和3年(2021年)5月場所中、日本相撲協会の新型コロナウイルス対応ガイドラインに違反する不適切な行動があったとして、6場所の出場停止という重い懲戒処分を受ける。謹慎期間中には父親が急逝する悲運にも見舞われた。

「不祥事を起こした今、先生の名前を名乗れない」との思いから、四股名の下の名前を本名の「広暉」へと戻して迎えた令和4年(2022年)7月場所、西三段目22枚目にて土俵復帰を果たす。この場所を優勝し「一番つらかったのは不祥事を起こした時に相撲協会にウソをついたこと」と懺悔の思いを口にした。

度重なる大怪我と二度目の奇跡

ここから順調に番付を上げていき、令和5年(2023年)5月に幕内へと復帰。令和6年(2024年)5月場所では東小結にまで番付を戻していたが、場所前の巡業中に右膝を負傷したことで三役復帰場所を全休。さらに翌7月場所の4日目に左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負い、再び長期休場を余儀なくされる。大関経験者が2度にわたり幕下以下へ陥落するのは大相撲史上初の出来事であった。

それでも過酷なリハビリに耐え抜き、令和7年(2025年)3月場所の三段目で土俵へ復帰して全勝優勝を果たす。その後も勝ち星を重ね、令和8年(2026年)1月場所において二度目となる幕内への返り咲きを果たした。

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本格派の四つ相撲

取り口は正攻法の本格的な四つ相撲を主体とする。右を差して左の上手を深く引き、恵まれた体格を生かして胸を合わせ、一気に出る力強い寄りを最大の武器としている。天国と地獄を味わい、度重なる試練に見舞われながらも不屈の精神で土俵へと這い上がり、スケールの大きな相撲を展開している。

💡 富山県出身一覧💡 高砂部屋の力士

四股名
朝乃山 広暉(あさのやま ひろき)
最高位
大関
最新番付
東 前頭10枚目
出身地
富山県 富山市
本名
石橋 広暉
生年月日
平成6年(1994)3月1日(32歳)
身長・体重
188cm・175kg
出身高校
富山商業高校
出身大学
近畿大学
所属部屋
高砂部屋
改名歴
石橋 → 朝乃山
初土俵
平成28年(2016)3月・三段目100付出(22歳0ヵ月)
新十両
平成29年(2017)3月(23歳0ヵ月)
新入幕
平成29年(2017)9月(23歳6ヵ月)
新小結
令和1年(2019)11月(25歳8ヵ月)
新関脇
令和2年(2020)1月(25歳10ヵ月)
新大関
令和2年(2020)7月(26歳4ヵ月)
優勝
幕内優勝1回,十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝2回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星1個
通算成績
429勝213敗159休/636出場(勝率:67.5%)
直近7場所
33勝23敗3休(十両:24勝6敗)(幕下以下:5勝2敗)
7場所勝率
67.4%
得意技
押し・右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
朝乃山が勝ちの決まり手(46勝)
寄り切り22
押し出し8
掬い投げ5
寄り倒し3
上手出し投げ3
叩き込み2
その他3
朝乃山が負けの決まり手(22敗)※不戦敗1含む
寄り切り6
上手投げ6
押し出し3
肩透かし2
突き落とし1
寄り倒し1
その他2
令8年7月
東 前頭10枚目(変動なし)
9勝5敗
○●●○○|○○○○○|●●○● 
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭10枚目(2枚半上昇)
7勝5敗3休
○●○●○|○●○○○|●■ややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
●○●○○|○●●○○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
東 前頭16枚目(5枚半上昇)
9勝6敗
●○○○○|●○●○○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両4枚目(9枚上昇)
12勝3敗
●●○○○|○○○●○|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両13枚目(2枚上昇)
12勝3敗
○●○○○|○○●○○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 幕下筆頭
5勝2敗
○●--○|-●-○-|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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西方:高安 晃 (田子ノ浦部屋・茨城県土浦市)

高安 晃(たかやす あきら)は茨城県 土浦市出身、田子ノ浦部屋の力士で最高位は大関。令和8年7月場所の番付は西 前頭7枚目。

茨城県土浦市に生まれ、小中学校時代は野球に打ち込んでおり相撲には関心がなかった。しかし、父の勧めで中学卒業後に鳴戸部屋へ入門し、平成17年(2005年)3月場所に本名で初土俵を踏んだ。

父の大手術と猛稽古による飛躍

恵まれた体格を持っていたものの、入門当初は厳しい環境に馴染めず、松戸の部屋から土浦の実家まで自転車を漕いで逃げ帰るなど、部屋からの脱走を都合7度も繰り返した。そのため、周囲からの期待は決して高くはなかった。この相撲に対する姿勢が変わる転機となったのは、父が癌の大手術を受けたことであった。

これを機に心機一転して稽古に打ち込むようになり、同部屋の兄弟子である稀勢の里(のちの第72代横綱)の胸を借りた厳しい稽古によって実力を開花させた。着実に地力をつけ、平成22年(2010年)11月場所において、平成生まれの力士として初めてとなる新十両昇進を果たした。

師匠の急逝と、平成生まれ初の三役

さらに平成23年(2011年)7月場所で新入幕を果たす。しかし同年11月、初代師匠である13代鳴戸(元横綱・隆の里)が場所直前に急逝するという悲報に見舞われる。「入門して7年、温かく見守ってくれていた師匠に恩返しができなかった」その言葉を胸に刻み、高安は土俵に立ち続けた。

平成25年(2013年)9月場所では平成生まれとして初めて三役(小結)に昇進。一進一退を繰り返しながらも、着実に番付を上げていった。

大関昇進と、口上に込めた四文字

関脇の地位に定着した平成29年(2017年)は、3月場所で12勝3敗、続く5月場所でも11勝4敗の好成績を収め、場所後に念願の大関昇進を果たした。フィリピンにルーツを持つ力士として史上初の大関誕生でもあった。昇進伝達式の口上では「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進します」と述べた。「正々堂々」は三役に定着する1年ほど前から温めていた言葉であり、亡き師匠への誓いが凝縮されていた。

土俵入り後の突如休場と大関陥落

大関昇進後も幾度となく優勝力士に次ぐ好成績を残したが、怪我の影響などもあり苦しい土俵が続いた。3度目の角番で迎えた令和元年(2019年)11月場所では、中日に土俵入りを済ませた直後、支度部屋での準備中に腰痛の悪化を訴えて突如休場を発表。土俵入りの後にいきなり休場が発表されるという大相撲史上初の出来事は、客席を大きくざわつかせた。この場所を負け越したことで、大関在位15場所での陥落が決まった。

不屈の土俵と、懐の深い相撲

大関陥落後も幕内の上位に留まり続け、幾度も優勝争いへ加わった。令和7年(2025年)3月場所でも平幕の地位で12勝3敗を挙げて9回目となる優勝次点の成績を残す。さらに技能賞と金星を獲得するなど、ベテランの域に達してもなお第一線で実力を示している。

突き押しで前に出て四つに組み止める相撲は「型がない」と評されることもあるが、本人は「理想は相手を組み止めて寄っていく相撲。一番安定して勝てるスタイル」と語っている。突き、押し、左四つ、上手ひねりを状況に応じて使い分ける懐の深さが、角界入り20年を超えてなお幕内上位で戦い続ける原動力となっている。

💡 茨城県出身一覧💡 田子ノ浦部屋の力士

四股名
高安 晃(たかやす あきら)
最高位
大関
最新番付
西 前頭7枚目
出身地
茨城県 土浦市
本名
高安 晃
生年月日
平成2年(1990)2月28日(36歳)
身長・体重
188cm・173kg
所属部屋
鳴戸 → 田子ノ浦部屋
初土俵
平成17年(2005)3月(15歳1ヵ月)
新十両
平成22年(2010)11月(20歳9ヵ月)
新入幕
平成23年(2011)7月(21歳5ヵ月)
新小結
平成25年(2013)9月(23歳7ヵ月)
新関脇
平成28年(2016)9月(26歳7ヵ月)
新大関
平成29年(2017)7月(27歳5ヵ月)
優勝
幕下優勝1回
受賞・金星
殊勲賞4回,敢闘賞6回,技能賞3回,金星6個
通算成績
829勝629敗167休/1444出場(勝率:57.4%)
直近7場所
52勝41敗11休
7場所勝率
56.5%
得意技
突き・押し
決まり手傾向(直近7場所)
高安が勝ちの決まり手(40勝)
寄り切り7
突き出し7
押し倒し5
突き落とし3
上手投げ3
押し出し3
その他12
高安が負けの決まり手(36敗)※不戦敗1含む
寄り切り13
押し出し4
突き落とし3
上手投げ2
送り出し2
叩き込み2
その他9
令8年7月
西 前頭7枚目(7枚降下)
10勝4敗
○○○●○|○○●○○|○●●○ 
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
西 小結(1枚降下)
2勝2敗11休
○○●■や|ややややや|ややややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 関脇(変動なし)
7勝8敗
○○○○○|●○●●●|●●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年1月
西 関脇(1枚上昇)
8勝7敗
○●○○○|●○○●○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 小結(半枚降下)
8勝7敗
●○○○○|●●○●●|●●○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 小結(半枚上昇)
7勝8敗
●●●●●|●○○●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 小結
10勝5敗
●○○○○|○●○●○|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)