対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

\ この取組の注目ポイント /
  • 【平成28年(2016年)3月場所】初土俵の同期生対決!
  • 平成5年度(1993年度)生まれの同学年対決!

朝乃山 広暉 (高砂部屋・富山県富山市)

朝乃山 広暉(あさのやま ひろき)は富山県 富山市出身、高砂部屋の力士で最高位は大関。令和8年9月場所の番付は東 前頭6枚目。

小学4年の頃からハンドボールと並行して相撲を始め、富山市立呉羽中学校で相撲部へ入部した。中学3年次に左肘を負傷して競技を辞めることも考えたが、富山商業高校の浦山英樹監督から「俺が強くしてやる」と声を掛けられて同校へ進学する。高校時代には浦山から徹底的に鍛えられて相撲の基礎を仕込まれた。近畿大学へ進むと国体の団体優勝などに貢献し、4年次に全日本相撲選手権大会でベスト4に入り、三段目最下位格(100枚目格)付出の資格を獲得した。

高砂部屋入門と恩師の死

大学卒業後は帰郷するつもりであったが、恩師の浦山監督からの強い後押しと、15代若松(元前頭筆頭・朝乃若)からの勧誘により高砂部屋への入門を決めた。平成28年(2016年)3月場所に三段目付出制度の初適用第1号として本名の「石橋」で初土俵を踏んだ。

初土俵から順調に番付を上げていき、西幕下7枚目で迎えた平成29年(2017年)1月場所で7戦全勝で幕下優勝を果たし、翌場所での新十両昇進を決めた。この1月場所は、高砂部屋創設以来138年間続いていた関取が不在となっていた場所であったが、1場所での不在解消となった。新十両昇進を機に四股名を「朝乃山 英樹」へと改めた。これは部屋伝統の「朝」に、故郷の富山、同郷の横綱・太刀山、そして恩師である浦山の「山」を頂いたもの。下の名前は、幕下優勝を決めた一番を病床で見届けた翌日に、膵臓がんで逝去した恩師・浦山の名を頂いたものであった。

令和初の優勝と大関昇進

新十両場所では優勝決定戦に進出。惜しくも十両優勝は逃したが、その後も順調に番付を上げて平成29年(2017年)9月場所で新入幕。この場所では14日目まで優勝争いに加わる活躍で敢闘賞を獲得した。その後も幕内中位で奮闘していたが、西前頭8枚目で迎えた令和元年(2019年)5月場所において、12勝3敗で自身初となる幕内最高優勝を飾る。富山県出身力士として103年ぶりの賜杯であり、新元号「令和」における初の幕内優勝力士として相撲史に名を刻んだ。この年は年6場所制以降の最少勝ち星となる55勝で年間最多勝も獲得している。

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令和2年(2020年)3月場所後に大関へ昇進。学生出身力士としては元大関・琴光喜以来13年ぶりの大関誕生であった。昇進伝達式では「相撲を愛し、力士として正義を全うし、一生懸命努力します」と誓いの言葉を述べた。

出場停止処分と広暉への原点回帰

大関として土俵を務めていたが、令和3年(2021年)5月場所中、日本相撲協会の新型コロナウイルス対応ガイドラインに違反する不適切な行動があったとして、6場所の出場停止という重い懲戒処分を受ける。謹慎期間中には父親が急逝する悲運にも見舞われた。

「不祥事を起こした今、先生の名前を名乗れない」との思いから、四股名の下の名前を本名の「広暉」へと戻して迎えた令和4年(2022年)7月場所、西三段目22枚目にて土俵復帰を果たす。この場所を優勝し「一番つらかったのは不祥事を起こした時に相撲協会にウソをついたこと」と懺悔の思いを口にした。

度重なる大怪我と二度目の奇跡

ここから順調に番付を上げていき、令和5年(2023年)5月に幕内へと復帰。令和6年(2024年)5月場所では東小結にまで番付を戻していたが、場所前の巡業中に右膝を負傷したことで三役復帰場所を全休。さらに翌7月場所の4日目に左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負い、再び長期休場を余儀なくされる。大関経験者が2度にわたり幕下以下へ陥落するのは大相撲史上初の出来事であった。

それでも過酷なリハビリに耐え抜き、令和7年(2025年)3月場所の三段目で土俵へ復帰して全勝優勝を果たす。その後も勝ち星を重ね、令和8年(2026年)1月場所において二度目となる幕内への返り咲きを果たした。

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本格派の四つ相撲

取り口は正攻法の本格的な四つ相撲を主体とする。右を差して左の上手を深く引き、恵まれた体格を生かして胸を合わせ、一気に出る力強い寄りを最大の武器としている。天国と地獄を味わい、度重なる試練に見舞われながらも不屈の精神で土俵へと這い上がり、スケールの大きな相撲を展開している。

💡 富山県出身一覧💡 高砂部屋の力士

高砂部屋 朝乃山 | 直近7場所の歩み

先場所から4枚番付を上げ、東前頭6枚目で迎えた今場所は、11日目に白星を挙げて8勝3敗とし、勝ち越しを決めました。これで7月場所から2場所続けての勝ち越しとなりました。大関を務めたこともある朝乃山ですが、1月場所に幕内へ復帰してから、ここ5場所は幕内の土俵が続いています。直近7場所の通算は65勝33敗3休で、白星が大きく先行しています。

四股名
朝乃山 広暉(あさのやま ひろき)
最高位
大関
最新番付
東 前頭6枚目
出身地
富山県 富山市
本名
石橋 広暉
生年月日
平成6年(1994)3月1日(32歳)
身長・体重
188cm・172kg
出身高校
富山商業高校
出身大学
近畿大学
所属部屋
高砂部屋
改名歴
石橋 → 朝乃山
初土俵
平成28年(2016)3月・三段目100付出(22歳0ヵ月)
新十両
平成29年(2017)3月(23歳0ヵ月)
新入幕
平成29年(2017)9月(23歳6ヵ月)
新小結
令和1年(2019)11月(25歳8ヵ月)
新関脇
令和2年(2020)1月(25歳10ヵ月)
新大関
令和2年(2020)7月(26歳4ヵ月)
優勝
幕内優勝1回,十両優勝1回,幕下優勝1回,三段目優勝2回
受賞・金星
殊勲賞2回,敢闘賞3回,技能賞1回,金星1個
通算成績
437勝217敗159休/648出場(勝率:67.4%)
直近7場所
41勝27敗3休(十両:24勝6敗)
7場所勝率
67.0%
得意技
押し・右四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
朝乃山が勝ちの決まり手(65勝)
寄り切り30
押し出し13
掬い投げ5
突き落とし4
上手投げ4
寄り倒し3
その他6
朝乃山が負けの決まり手(33敗)※不戦敗1含む
寄り切り8
押し出し7
上手投げ5
肩透かし3
寄り倒し3
引き落とし2
その他4
令8年9月
東 前頭6枚目(4枚上昇)
8勝3敗
○○●○○|○●○●○|○    
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
東 前頭10枚目(変動なし)
9勝6敗
○●●○○|○○○○○|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭10枚目(2枚半上昇)
7勝5敗3休
○●○●○|○●○○○|●■ややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 前頭12枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
●○●○○|○●●○○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 前頭16枚目(5枚半上昇)
9勝6敗
●○○○○|●○●○○|○○●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
西 十両4枚目(9枚上昇)
12勝3敗
●●○○○|○○○●○|○○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両13枚目
12勝3敗
○●○○○|○○●○○|○○●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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美ノ海 義久 (木瀬部屋・沖縄県うるま市)

美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)は沖縄県 うるま市出身、木瀬部屋の力士で最高位は前頭2枚目。令和8年9月場所の番付は西 前頭3枚目。

木崎家の三男として、のちに同じ木瀬部屋へと入門する弟(元十両3枚目・木﨑海)らと共に沖縄県うるま市で育つ。小学1年生の頃から相撲を始め、中学時代に参加した鳥取城北高校の合宿の厳しさに触発されて同校への進学を決意した。高校の同期にはアルタンホヤグ・イチンノロブ(のちの関脇・逸ノ城)がおり、3年次には国民体育大会で団体優勝を果たしたほか、個人戦の決勝でもイチンノロブを破って優勝を飾った。その後は日本大学へ進学し、4年次には主将として全国学生相撲選手権大会での団体優勝を牽引するなど、輝かしい実績を残した。

初土俵と四股名の由来

大学卒業後は木瀬部屋の門を叩き、平成28年(2016年)3月場所に本名の「木崎」で初土俵を踏んだ。同年7月場所に序二段、続く9月場所には三段目でそれぞれ7戦全勝での優勝を飾るなど、順調に番付を上げていく。そして平成30年(2018年)7月場所で新十両へ昇進。これを機に、沖縄の方言で「きれい」を意味する「美」を入れた「美ノ海」へと改名した。下の名の「義久」には、相撲を始めるきっかけを与えてくれた亡き祖父の名前を用いている。

苦難を乗り越えての新入幕

ところが、西十両14枚目で迎えた平成30年(2018年)7月場所は、5勝10敗と大きく負け越して十両1場所で幕下へと陥落。令和元年(2019年)3月場所、幕下全勝優勝を挙げて再び十両昇進を決めるが、翌5月場所ではまたしても5勝10敗で1場所陥落。

十両の壁に幾度も阻まれた美ノ海だったが、令和2年(2020年)1月場所で三度十両昇進を遂げて以降は主戦場を十両へと移した。十両の土俵で着実に地力を養うと、令和5年(2023年)11月場所で待望の新入幕を果たす。初土俵から所要45場所での入幕は、決して平坦な道のりではなく、苦労を重ねた末に掴み取った座であった。

幕内での躍進と沖縄県勢初の三賞

持ち味である左四つからの投げや、しぶとい相撲を武器に幕内でも躍動する。令和7年(2025年)3月場所では、西前頭14枚目の地位で千秋楽まで優勝争いに加わる活躍を見せた。最終的に11勝4敗の好成績を挙げ、自身初となる敢闘賞を獲得。これは沖縄県出身力士としては大相撲史上初となる三賞受賞であり、まさに歴史的な記録であった。その後も上位戦線で着実に実績を積んでおり、郷土の期待を背負って土俵で確かな存在感を示し続けている。

💡 沖縄県出身一覧💡 木瀬部屋の力士

木瀬部屋 美ノ海 | 直近7場所の歩み

西前頭3枚目の今場所は、11日目に白星を挙げて8勝3敗とし、勝ち越しを決めました。先場所は西前頭2枚目で7勝8敗と負け越しています。この1年は幕内の土俵が続いています。直近7場所の通算は54勝47敗で、白星が先行しています。

四股名
美ノ海 義久(ちゅらのうみ よしひさ)
最高位
前頭2枚目
最新番付
西 前頭3枚目
出身地
沖縄県 うるま市
本名
木崎 信志
生年月日
平成5年(1993)5月6日(33歳)
身長・体重
176cm・157kg
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
日本大学
所属部屋
木瀬部屋
改名歴
木崎 → 美ノ海
初土俵
平成28年(2016)3月(22歳10ヵ月)
新十両
平成30年(2018)7月(25歳2ヵ月)
新入幕
令和5年(2023)11月(30歳6ヵ月)
優勝
幕下優勝1回,三段目優勝1回,序二段優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
391勝366敗1休/756出場(勝率:51.7%)
直近7場所
54勝47敗
7場所勝率
53.5%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
美ノ海が勝ちの決まり手(54勝)※不戦勝1含む
押し出し23
寄り切り10
送り出し5
突き落とし3
寄り倒し3
押し倒し3
その他6
美ノ海が負けの決まり手(47敗)
押し出し16
寄り切り12
突き落とし6
叩き込み3
掬い投げ2
上手出し投げ2
その他6
令8年9月
西 前頭3枚目(1枚降下)
8勝3敗
○●○○○|○●○○●|○    
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年7月
西 前頭2枚目(3枚半上昇)
7勝8敗
●●○●●|●●○○●|○○○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年5月
東 前頭6枚目(3枚半降下)
9勝6敗
○○●○●|○○●○●|○□●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令8年3月
西 前頭2枚目(3枚上昇・最高位更新)
4勝11敗
●○●○●|●○●●●|●●○●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭5枚目(1枚半上昇)
9勝6敗
○○●●●|○○○○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年11
東 前頭7枚目(3枚半上昇)
8勝7敗
○○●○●|●○●○●|○●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭10枚目
9勝6敗
●○○○○|○●●○●|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)