対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

寿之富士 大聖 (伊勢ヶ濱部屋・モンゴルウランバートル市)

寿之富士 大聖(としのふじ たいせい)はモンゴル ウランバートル市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士。令和8年5月場所の番付は最高位更新となる西 十両7枚目。

恵まれた長身を活かした右四つからの力強い相撲で土俵を沸かせる寿之富士。モンゴルの名門相撲一家に生まれ、日本の大学相撲を経て角界入りを果たした若武者は、部屋の移籍という激動を乗り越え、同志社大学出身者として29年ぶりとなる関取の座を掴み取った。

「モンゴル相撲の血」と「白鵬杯」での相撲との出会い

相撲のルーツは確固たる血脈にある。父はモンゴル相撲で4度の優勝を誇る横綱であり、45歳まで現役を退かなかった鉄人。さらに曽祖父は、元横綱・白鵬の父であるムンフバト氏にモンゴル相撲を指導したという深い縁を持つ。

幼少期はバスケットボールを中心に多彩なスポーツに取り組んでいたが、平成29年(2017年)2月に日本で開催された「白鵬杯」観戦に訪れた際、鳥取城北高校からスカウトを受ける。同年4月に同校の2年生として編入し、ここから本格的に相撲の道を歩み始めた。その後は同志社大学神学部へ進学し、大学4年次には全国学生相撲選抜金沢大会で優勝を飾るなど、着実に実績を積み上げた。

宮城野部屋への入門と、激動の移籍

父からの強い勧めもあり、縁の深い元横綱・白鵬が師匠を務めていた宮城野部屋への入門を決意する。令和6年(2024年)3月場所、聖白鵬の四股名で初土俵を踏んだ。恵まれた体格を武器に、同年7月場所では序二段で7戦全勝の優勝を飾るなど順調に番付を上げていく。

しかしその直後、宮城野部屋の事実上の閉鎖という予期せぬ事態に見舞われ、伊勢ヶ濱部屋へと移籍。環境が大きく変わる激動の最中にあっても、真面目にコツコツと努力を重ねる持ち前の性格で、ひたむきに稽古へ打ち込み続けた。

「寿之富士」への改名と新十両昇進

幕下上位の壁に直面していたが、伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)から指導された下半身強化やベンチプレスなどの筋力トレーニングを中心に行ったことが大きな転機となる。昇進を懸けた令和8年(2026年)1月場所を前に、四股名を「聖白鵬」から「寿之富士」へと改名。自身の名前に「聖」の字を残したい思いがあったが、同部屋に兄弟子の聖富士がいたため、師匠と話し合いを重ねて新たな名で再出発を切った。

心技体が噛み合い始めたこの1月場所、西幕下2枚目の地位で5勝2敗と見事に勝ち越し、初土俵から所要12場所で悲願の新十両昇進を決定づけた。

同志社大学出身力士の新十両昇進は、平成9年(1997年)5月場所の大碇(のちの甲山親方)以来、実に29年ぶりという歴史的な大快挙として大学関係者をも大いに沸かせた。師匠からの「立ち合いが高くなるので、低く立つように」という教えを胸に、右四つからの寄りや強烈な上手投げにさらなる磨きをかけ、関取としての新たな戦いへ挑んでいく。

💡 モンゴル出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
寿之富士 大聖(としのふじ たいせい)
最高位
十両7枚目
最新番付
西 十両7枚目
出身地
モンゴル ウランバートル市
本名
ウスフバヤル・デミデジャムツ
生年月日
平成12年(2000)8月24日(25歳)
身長・体重
195cm・145kg
出身高校
鳥取城北高校
出身大学
同志社大学
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
聖白鵬 → 寿之富士
初土俵
令和6年(2024)3月(23歳7ヵ月)
新十両
令和8年(2026)3月(25歳7ヵ月)
優勝
序二段優勝1回
通算成績
67勝28敗0休/95出場(勝率:70.5%)
直近7場所
13勝5敗(幕下以下:23勝12敗)
7場所勝率
67.9%
得意技
右四つ・寄り・上手投げ
決まり手傾向(直近7場所)
寿之富士が勝ちの決まり手(33勝)
寄り切り9
下手投げ4
送り出し3
上手出し投げ3
上手投げ3
押し出し3
その他8
寿之富士が負けの決まり手(17敗)
押し出し6
寄り切り6
叩き込み2
引き落とし1
上手出し投げ1
浴せ倒し1
令8年5月
西 十両7枚目(4枚上昇・最高位更新)
3勝0敗
○○○  |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
西 十両11枚目(5枚上昇・最高位更新)
10勝5敗
○○○●●|○●○○○|○○●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 幕下2枚目(3枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○○-○|-○-●-|●--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 幕下5枚目(4枚半上昇・最高位更新)
4勝3敗
-○-○○|--●-●|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 幕下10枚目(11枚上昇・最高位更新)
5勝2敗
●-○--|●-○-○|○--○-
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 幕下21枚目(7枚半上昇・最高位更新)
5勝2敗
-○○--|○○-●-|●---○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
西 幕下28枚目
4勝3敗
-●○-○|-○-○-|-●●--
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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明生 力 (立浪部屋・鹿児島県大島郡瀬戸内町)

明生 力(めいせい ちから)は鹿児島県 大島郡瀬戸内町出身、立浪部屋の力士で最高位は関脇。令和8年5月場所の番付は西 十両6枚目。

鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島)の出身。本名は川畑明生(めいせい)である。5歳の時に地元の相撲道場に通い始めたが、小学1年次に道場が活動停止となり、一時相撲から離れる経験をした。

小学2年の終わりに隣町の相撲クラブへ移籍して稽古を再開し、6年次には全日本小学生相撲優勝大会で優勝を果たす。中学時代も全国大会へ出場したが目立ったタイトルはなく、大相撲で通用するか不安を抱いて高校進学も検討した。しかし、父親から厳しく一喝されたことで腹を括り、立浪部屋への入門を決意した。

平成23年(2011年)5月場所で初土俵を踏む。順調に番付を上げて幕下へ昇進したが、腰のヘルニアを患い成績が低迷した。本気で引退を考えるほど苦しんだが、父親から「やめたら家には戻ってくるなよ」「気持ちが弱いんだ」と厳しく突き放されたことで奮起する。

日馬富士の言葉と大怪我

独学で食事法やプロテインの摂取法を学んで健康な肉体を取り戻し、体重を増やして幕下へ定着する。10代での関取昇進という目標には届かなかったものの、親孝行を胸に猛稽古へ邁進した。

出稽古先で横綱・日馬富士から「チャンスは誰にでもある。ただ何回もやって来るものじゃない。来たチャンスを自分でつかみなさい」と声をかけられ、その言葉に発奮して平成28年(2016年)11月場所で新十両へ昇進する。

平成30年(2018年)7月場所で新入幕を果たす。幕内へ定着し始めた矢先、令和元年(2019年)の年末に稽古で左上腕部と肘の筋肉を部分断裂する大怪我を負った。翌場所を途中休場し、長らく守っていた幕内の座から陥落する。

異例の巴戦と三役昇進

令和2年(2020年)7月場所は東十両筆頭に陥落したが、怪我を乗り越えて10勝5敗の成績を挙げる。この場所は6人の力士による優勝決定戦にもつれ込み、最後は明生、豊昇龍、天空海という立浪部屋の力士3人による異例の巴戦となった。この混戦を制して見事に自身初となる十両優勝を決めた。

幕内へ復帰すると、令和3年(2021年)7月場所で新三役となる小結へ昇進する。入門当初から公の場で「師匠の番付を抜くこと」を目標に掲げており、まずは師匠(元小結・旭豊)と肩を並べた。続く同年9月場所では新関脇へと番付を上げ、ついに恩師の最高位を超えて長年の目標を達成した。

令和5年(2023年)春には、医師から「このまま放っておくと目が見えなくなる」と宣告されたため、長年悩まされていた逆さまつ毛の手術に踏み切った。これにより目の違和感が消え、相撲に集中できる環境が整った直後の同年5月場所では、横綱・照ノ富士を破って自身初となる金星と殊勲賞を獲得した。

再びの怪我と図太い相撲

その後も上位で奮闘していたが、令和7年(2025年)10月に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受ける。ご当地である九州での同年11月場所は初日から休場したものの、十両陥落が濃厚となる中で10日目から途中出場し、意地の1勝をもぎ取って地元の声援に応えた。翌令和8年(2026年)1月場所では5年半ぶりとなる十両への陥落を余儀なくされた。

取り口はスピードと腰の重さを生かした左四つからの寄りを最大の武器としている。上手からも下手からも投げを打つが、相手を抱えたり掬ったりする相撲は少ない。

立合いでは相手が横綱であっても先に手を付かせてから自分が仕切るこだわりがあり、先輩力士にも平気で張り手を放つ図太い土俵態度を見せる。度重なる怪我による番付の乱高下を経験しながらも、決して折れない強い心で土俵を務め上げている。

💡 鹿児島県出身一覧💡 立浪部屋の力士

四股名
明生 力(めいせい ちから)
最高位
関脇
最新番付
西 十両6枚目
出身地
鹿児島県 大島郡瀬戸内町
本名
川畑 明生
生年月日
平成7年(1995)7月24日(30歳)
身長・体重
180cm・150kg
所属部屋
立浪部屋
初土俵
平成23年(2011)5月(15歳10ヵ月)
新十両
平成28年(2016)11月(21歳4ヵ月)
新入幕
平成30年(2018)7月(23歳0ヵ月)
新小結
令和3年(2021)7月(26歳0ヵ月)
新関脇
令和3年(2021)9月(26歳2ヵ月)
優勝
十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞1回,敢闘賞1回,金星2個
通算成績
529勝506敗16休/1034出場(勝率:51.2%)
直近7場所
18勝15敗(幕内:18勝33敗9休)
7場所勝率
42.9%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
明生が勝ちの決まり手(34勝)
寄り切り8
叩き込み5
突き落とし4
押し出し4
寄り倒し3
引き落とし2
その他8
明生が負けの決まり手(47敗)
叩き込み9
寄り切り7
押し出し6
押し倒し5
上手投げ3
突き出し3
その他14
令8年5月
西 十両6枚目(半枚上昇)
2勝1敗
●○○  |     |     
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年3月
東 十両7枚目(1枚上昇)
8勝7敗
●●●○○|○●○○●|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
東 十両8枚目(7枚降下)
8勝7敗
○○○●●|○●●○○|●●●○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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令7年11
東 前頭18枚目(5枚降下)
1勝5敗9休
ややややや|やややや●|○●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
東 前頭13枚目(7枚半降下)
5勝10敗
○●●○●|●●●○●|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭5枚目(4枚半上昇)
3勝12敗
●●○●○|●●○●●|●●●●●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 前頭10枚目
9勝6敗
○●○●○|●○○○○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)