大相撲用語解説。今回は「懸賞金(けんしょうきん)」について解説します。
勝ち名乗りを受けた力士が、土俵上で軍配からずっしりとした熨斗(のし)袋を受け取るシーン。大相撲でお馴染みの光景ですが、あの袋の中には一体いくら入っているのか、どのような仕組みなのかをご存知でしょうか。
この記事の目次
懸賞金とは
大相撲における「懸賞金(けんしょうきん)」とは、民間企業や団体などのスポンサーから提供される賞金のことです。懸賞が懸けられた取組に勝った力士だけが、その場で受け取ることができます。
この懸賞金、実は非常に古い歴史と、力士の生活を支えるための細やかなシステムが隠されているのです。
「投げ纒頭」から始まった懸賞金の歴史
懸賞のルーツはなんと平安時代、天皇が宮中でご覧になった儀式「相撲節会(すまいのせちえ)」にまで遡ります。このときの勝者には、お米や、麻・絹といった織物、衣類などの褒美が贈られていました。
これが江戸時代になると、贔屓(ひいき)の力士が勝った際、観客が個人的に祝儀を渡すようになります。この祝儀は「纒頭(はな)」と呼ばれ、明治時代末期にはさらにエスカレートしていきました。
贔屓の力士に軍配が上がると、観客席から土俵に向かって自分の帽子や羽織を投げ込む「投げ纒頭(なげはな)」が流行したのです。力士は投げ込まれた衣服や帽子を拾って支度部屋に持ち帰ると、その投げ込んだ持ち主は支度部屋にひょっこりと現われ、自分が投げ込んだ物と交換にお金などを渡すという、なんとも粋なやり取りが行われていました。
しかし、初代国技館が完成した明治42年(1909年)に安全上の理由から「投げ纒頭」は正式に禁止となります。その後、現在のように現金が熨斗袋に入れて手渡される形式になったのは、昭和35年(1960年)9月場所からのことです。
気になる中身!懸賞金1本の内訳(7万円の秘密)
現在、相撲協会では懸賞金1本の金額を7万円(税込)に設定しています。過去には平成26年(2014年)までは6万円、その後6万2千円でしたが、令和元年(2019年)9月場所から現在の7万円に増額されました。
「土俵の上で渡される袋の中に、そのまま7万円が入っているの?」と思われがちですが、実は違います。スポンサーが支払う7万円は、3つの内訳に分かれています。
※以下は令和7年(2025年)5月場所以降に適用される最新の内訳です。
- ① 協会の事務経費(1万円):取組表への掲載費、場内アナウンス費などとして相撲協会が受け取ります。
- ② 力士への手取り(1万円):これが土俵の上で力士が直接手にする「熨斗袋の中身」です。現金が包まれているこの熨斗袋は、東京・麻布十番にある老舗「長門屋商店」で制作されています。
- ③ 納税充当金・積立金(5万円):残りの5万円は、相撲協会が獲得者本人名義の「預り金」として天引きします。これは確定申告時の納税に充てられ、余剰分は引退時に退職金と併せて支給されるという、生活設計に配慮されたシステムです。
かつては「手取り3万円・積立金3万円」という配分でしたが、多額の現金を持ち歩くセキュリティ面への配慮や、管理担当者の負担軽減などの理由から、令和7年より「手取り1万円・積立金5万円」へと変更されました。
懸賞金を懸けるためのルールと指定方法
懸賞金を出す、または受け取るためには、大相撲ならではの様々なルールが設けられています。
① 原則として「幕内」の取組のみ
懸賞金が懸けられるのは、原則として幕内(まくうち)の取組のみです。十両以下の取組には懸けることができません。
ただし、十両の力士であっても、取組編成上の都合(対戦相手の休場や人数調整など)で幕内の土俵に上がることがあります。その一番に懸賞が懸かっており、さらに勝つことができれば、十両力士であっても懸賞金を受け取るチャンスがあります。
② 個人での申し込みは「原則NG」
政治利用などを避ける目的から、懸賞金を申し込めるのは企業や団体に限られており、個人名義で懸賞を出すことは認められていません。
ただし、過去には極めて稀な特例もありました。大の相撲好きとして知られるポール・マッカートニー氏が、平成25年(2013年)11月場所において、自身の新アルバムの宣伝として臨時の懸賞を提供したエピソードは有名です。
③ 懸賞を懸ける取組の指定方法(3パターン)
大相撲は毎日対戦相手が変わります。そのため懸賞を懸ける際は、主に以下の3つの方法から取組を指定します。
- 力士を指定する:応援する特定の力士を指定し、1場所15日間、その力士が登場する取組に毎日懸ける方法。(※対戦相手が誰であっても、その力士の取組に懸かります)
- 取組の順番(位置)を指定する:出場力士に関わらず、毎日「結びの一番」や「中入後の最初の一番」といった特定の順番の取組を15日間指定して懸ける方法。
- 特定の1日・1番を指定する:「〇日目の〇〇対〇〇の取組」といった具合にピンポイントで指定する方法。かつては1場所15日間毎日懸けるのが原則でしたが、平成12年(2000年)以降は「5本以上であれば1日だけでもOK」「1つの取組に複数本をまとめて懸けるのもOK」と柔軟な出し方が可能になりました。
※大相撲の対戦相手は前日に決まるため、「どうやって特定の取組を指定するの?」と疑問に思うかもしれません。これには期限の決まりがあり、「申し込み自体は原則として取組の5日前まで」「具体的な取組の指定は、取組前日(千秋楽を除く)の14時まで」と定められています。これにより、直前に決定した好カードにも懸賞を懸けることができるのです。
④ 場内アナウンスと「15文字以内」のルール
懸賞旗が回る際、場内では企業名やキャッチコピーが読み上げられますが、この文字数には「15文字以内」というルールが設けられています。これは、特定の企業のアナウンスだけが長くなりすぎないよう、公平性を保つためです。
ただし、この「15文字」というのは、正確には入場者に配られる取組表に印刷される「活字の文字数」の制限です。スペース(空白)も1文字としてカウントされます。
実際の場内アナウンスでは、印刷された漢字を読み上げるため、発音される音数(ふりがな)は15文字より長くなることもあります。観戦時に配られる取組表には、例えば以下のように各スポンサーの宣伝文句がズラリと記載されており、これを見ながらアナウンスを聞くのも現地観戦の楽しみの一つです。
- 「お茶といったら伊藤園お~いお茶」(15文字)
- 「スペーシアXで上質旅を東武鉄道」(15文字 ※「X」はエックスとアナウンスしてくれる)
- 「たんたん にしたんクリニック」(14文字 ※空白含む)
- 「イエス!イエス!高須クリニック」(15文字)※同じ文言で同一取組に複数懸けて、宣伝文を強調することも
- 「味ひとすじお茶づけ海苔の永谷園」「さけ茶づけの永谷園」「5月17日はお茶づけの日永谷園(同じ取組に違う文言で複数懸けて、宣伝文を強調する手法)
⑤ 相手が休場した場合はどうなる?
対戦相手が休場(または場所中に引退)して「不戦勝」となった場合、勝った力士は懸賞金を受け取ることができません。この場合、協会から企業へ連絡が入り、懸け主は「同日の他の取組に懸け替える」か「懸賞を取り止める」かを選択します。
このルールによりドラマが生まれたのが、令和6年(2024年)1月場所の14日目です。結びの一番で照ノ富士の不戦勝が急遽決まったため、そこに懸かっていた懸賞のうち14本が、一つ前の「琴ノ若 vs 霧島」の取組に懸け替えられました。その結果、1つの取組としては史上最多となる「63本」の懸賞が懸かるという珍事が起きました。
※呼出が掲げて回る「懸賞旗」の具体的な制作方法やルール、呼出の驚くべき裏方の働きについては、以下の記事で詳しく解説しています。
1つの取組につき「最大60本」の上限制限
現在は原則として、1つの取組につき最大60本(※森永賞が入れば計61本)までという上限が設けられています。※上記の63本の例は、急な懸け替えによる特例措置です。
実は、かつては無制限だった時代もありましたが、懸賞の数が多すぎると「仕切りの制限時間の間、懸賞旗が延々と土俵を回り続けることになり、取組前の張り詰めた緊張感を削いでしまう」という意見が出たため、平成18年(2006年)1月場所から「1つの取組につき50本(東京場所は森永賞を含めて51本)まで」という制限が設けられました。
その後、稀勢の里(現・二所ノ関親方)が初優勝を飾った平成29年(2017年)1月場所の千秋楽において懸賞の申し込みが殺到し、特例として60本まで引き上げられ、その後正式に現在の上限である60本へと改められました。
この「60本」という制限には、呼出の物理的な限界も関係しています。制限時間内に呼出が懸賞旗を持って土俵を回る際、一度に回れる限界が「20本×3周の計60本」だからです。それ以上の申し込みがあった場合は、呼出が回りきれなくなってしまうため、相撲協会側で調整を行って本数を減らすことになっています。
懸賞金の受け取り方と「手刀」の作法
土俵上で懸賞金を受け取る際にも、厳格な作法が存在します。
行司は勝ち名乗りの後、軍配を「三方(さんぽう:神仏への供物を載せる台)」の代わりにして、その上に懸賞袋を乗せて勝ち力士に差し出します。力士はこれを右手で「三つ手刀(てがたな)」を切ってから受け取ります。
手刀を切るルーツと意味
実は、昔はもっと無造作に懸賞金を受け取っていました。手刀を切る作法を始めたのは、昭和の名大関・名寄岩(なよろいわ)です。彼が無造作な受け取り方を「見た目にも良くない」として手刀を切り始めたのがきっかけで、他の力士にも広まりました。
名寄岩自身は、空中に「心」という字を描く意味を込めて「左→中央→右」の順で切っていましたが、現在では「勝負をつかさどる三柱の神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)への感謝の意」として、「左→右→中央」の順で手刀を切るという解釈が定着しています。受け取った後に、右へサッと払う力士も多く見られます。
「左利き」でも右手で切るのがルール?
昭和30年代までは手刀を切る左右の手に決まりはありませんでしたが、当時の時津風理事長(元横綱・双葉山)により「右手で切る」ことが原則とされました。
その後も、左利きの力士(逆鉾など)が左手で切ることは黙認されていましたが、横綱・朝青龍が左手で手刀を切った際、横綱審議委員会の内舘牧子氏がこれを問題視する出来事がありました。これを受け、協会は改めて「所作は右が基本」という見解を示し、以降は朝青龍も含め、左利きの力士でも右手で手刀を切るようになっています。
受け取る際は、手刀を切った片手で取るのが基本ですが、近年は懸賞の本数が増えて束が非常に分厚くなることも多いため、両手でしっかりと受け取る光景も珍しくありません。極めて稀に手が当たって袋を土俵に落としてしまうこともありますが、その際は「足の指に挟んで拾う(手をつくと負けを連想させるため)」という習わしがあるとも言われています。
「懸賞金」のまとめ
大相撲の懸賞金は、平安時代から続く伝統を受け継ぎながら、現代の企業スポンサーシップと力士の安心な生活設計(積立金システム)を両立させた、非常に合理的な仕組みです。
袋の中身のリアルな金額、15文字のキャッチコピー、そして力士たちが三つの神へ感謝を示す美しい手刀の所作。これらのルールや背景を知ることで、大相撲観戦の最高の醍醐味である「懸賞金」のシーンがさらに面白く感じられるはずです。
※2023年までの「歴代力士別の年間懸賞獲得本数ランキング」や、獲得額のデータを確認したい方は、ぜひこちらのランキング記事もあわせてご覧ください!
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