対戦力士情報

対戦力士同士の詳細な情報です。

錦富士 隆聖 (伊勢ヶ濱部屋・青森県十和田市)

錦富士 隆聖(にしきふじ りゅうせい)は青森県 十和田市出身、伊勢ヶ濱部屋の力士で最高位は前頭3枚目。令和8年5月場所の番付は西 前頭9枚目。

青森県十和田市に生まれ、十和田市立三本木小学校の3年次から相撲を始めた。6年次にはわんぱく相撲全国大会でベスト8に進出する。青森県立三本木農業高校へ進学し、同級生であった打越(のちの小結・阿武咲)らとともに稽古に励んだ。高校卒業後は近畿大学へ進学したが、一足早く高校を中退して角界入りしていた阿武咲の活躍に刺激を受けたことに加え、「大学を卒業した後では形が決まってしまい、直せなくなる」という本人の考えから、大学を中退してプロの世界へ進むことを決意した。

伊勢ヶ濱部屋入門と翠富士との絆

入門にあたっては、三本木農高相撲部監督と親交があった同郷の兄弟子・安美錦(現8代安治川)の仲介と、9代伊勢ヶ濱(第63代横綱・旭富士)の熱意があり、大学2年次に中退し、同級生の庵原(現・翠富士)とともに伊勢ヶ濱部屋へと入門した。平成28年(2016年)9月場所において本名の「小笠原」で初土俵を踏む。

初めて番付に名前が載った翌11月場所で序ノ口優勝を果たし、その直後に四股名を安美錦に由来する「錦富士」へと改名した。続く平成29年(2017年)1月場所でも序二段優勝を飾るが、この二場所連続の優勝はいずれも同期入門である翠富士との優勝決定戦を制したものであった。平成29年(2017年)1月場所から安美錦が現役を引退するまで付け人を務めるなど、同郷の大先輩から多くの薫陶を受けた。

怪我との闘いと関取昇進

幕下へ昇進した後は度重なる怪我に苦しんだ。平成30年(2018年)1月場所に左膝を負傷して途中休場を経験したほか、東幕下3枚目で迎えた令和元年(2019年)9月場所前には左肘の筋を断裂し、場所の途中休場と手術、そして翌場所は全休という苦難を味わう。

しかし不屈の闘志で這い上がり、復帰2場所目となる令和2年(2020年)3月場所において7戦全勝で幕下優勝を果たす。この場所で身につけていたサガリは、引退した兄弟子の駿馬が使用し、照ノ富士や翠富士も使用した絆のサガリであった。東幕下3枚目で迎えた同年7月場所でも5勝2敗と勝ち越したことで、翌9月場所での新十両昇進を決定付けた。

十両での苦労と新入幕

新十両として迎えた同年9月場所から2場所連続で負け越し、幕下への陥落を経験する。しかし、西幕下5枚目で迎えた令和3年(2021年)1月場所を6勝1敗の好成績で終えて1場所で十両へ復帰すると着実に実力を蓄え、令和4年(2022年)5月場所では11勝4敗の成績で自身初となる十両優勝を飾った。

翌7月場所において新入幕を果たすと、持ち味を存分に発揮して10勝5敗の好成績を収め、自身初となる敢闘賞を受賞した。

青森の系譜を守る執念

その後は幕内の土俵に定着したものの、令和6年(2024年)に入ると怪我による休場や番付の降下が続く。同年7月場所は、当時幕内に在位している青森県出身力士が錦富士ただ一人であり、141年間続いてきた「青森県出身の幕内力士」の系譜が途絶える危機の中で迎えた場所であった。幕尻の地位で6勝9敗という十両陥落必至の成績に終わるも、他力士の成績との兼ね合いにより史上初となる「6勝9敗での幕内残留」という珍事態に救われ、ひとまずその危機を切り抜けた。

その後も頸椎疾患などの怪我により十両への陥落と途中休場を経験した。令和7年(2025年)9月場所では、青森県出身唯一の幕内力士であった尊富士が休場したことにより、他の青森出身力士の成績次第では、明治16年(1883年)の一ノ矢入幕以来142年間継続してきた記録が途絶えかねない最大の危機を迎える。その中で西十両3枚目の錦富士には幕内復帰と記録継続の期待が懸かっていたが、この重圧を見事に跳ね返して11勝4敗の好成績を収め、再入幕を確実なものとした。続く11月場所では東前頭15枚目で幕内の土俵に上がり、故郷の看板と歴史ある継続記録を自らの手で守り抜いた。

左四つの相撲

取り口は左四つに組んでからの力強い寄りを最大の武器とする。立ち合いから突き放して左を差す形や、体格を生かした前に出る攻めを持ち味としている。度重なる怪我や苦境を味わいながらも、同部屋のライバル・翠富士らとの厳しい稽古で己を鍛え上げ、歴史ある故郷の看板を背負って持ち前のしぶとい相撲を展開している。

💡 青森県出身一覧💡 伊勢ヶ濱部屋の力士

四股名
錦富士 隆聖(にしきふじ りゅうせい)
最高位
前頭3枚目
最新番付
西 前頭9枚目
出身地
青森県 十和田市
本名
小笠原 隆聖
生年月日
平成8年(1996)7月22日(29歳)
身長・体重
184cm・160kg
出身高校
三本木農業高校
出身大学
近畿大学・中退
所属部屋
伊勢ヶ濱部屋
改名歴
小笠原 → 錦富士
初土俵
平成28年(2016)9月(20歳2ヵ月)
新十両
令和2年(2020)9月(24歳2ヵ月)
新入幕
令和4年(2022)7月(26歳0ヵ月)
優勝
十両優勝1回,幕下優勝1回,序二段優勝1回,序ノ口優勝1回
受賞・金星
敢闘賞1回
通算成績
338勝290敗28休/624出場(勝率:54.2%)
直近7場所
24勝18敗3休(十両:26勝17敗2休)
7場所勝率
60.2%
得意技
左四つ・寄り
決まり手傾向(直近7場所)
錦富士が勝ちの決まり手(50勝)
押し出し18
寄り切り14
突き落とし5
叩き込み3
突き出し2
寄り倒し2
その他6
錦富士が負けの決まり手(35敗)※不戦敗2含む
叩き込み7
寄り切り7
押し出し6
突き落とし3
引き落とし2
上手投げ1
その他7
令8年5月
西 前頭9枚目(5枚上昇)
0勝0敗
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令8年3月
西 前頭14枚目(3枚降下)
9勝6敗
○○●○●|○●●●○|●○○○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭11枚目(3枚半上昇)
6勝6敗3休
○○●●○|●○○○●|●■ややや
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
東 前頭15枚目(6枚上昇)
9勝6敗
●○○○○|●○○●○|○●●●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 十両3枚目(5枚半上昇)
11勝4敗
○○●○●|○○○○○|○●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
東 十両9枚目(4枚降下)
10勝3敗2休
○●○○○|○○○○●|■やや○○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両5枚目
5勝10敗
○●○●●|●●○●●|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

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御嶽海 久司 (出羽海部屋・長野県木曽郡上松町)

御嶽海 久司(みたけうみ ひさし)は長野県 木曽郡上松町出身、出羽海部屋の力士で最高位は大関。令和8年5月場所の番付は東 前頭14枚目。

クリスマスの日にフィリピンで生まれ、4歳の時に長野県木曽郡上松町へ移住した。小学1年次に出場した相撲大会で自分より体の小さな相手に負けたことをきっかけに地元の相撲クラブへ入り、父親と約束して毎日自宅の庭石の上で400回の四股を踏んで鍛え上げた。中学時代に全国ベスト8、高校時代に国体少年の部で3位の実績を残す。東洋大学相撲部の濱野文雄監督から「復活のために力を貸してほしい」と熱心に勧誘されて同校へ進学すると才能を開花させ、個人タイトル15冠を獲得。4年次には学生横綱とアマチュア横綱の二冠に輝き、大相撲史上3人目となる幕下10枚目格付出の資格を取得した。

和歌山県庁内定から出羽海部屋再興へ

相撲部屋の厳しい稽古を恐れ、当初は角界入りする意向を持っておらず和歌山県庁への就職が内定していた。しかし、名門・出羽海部屋を継承して間もない11代出羽海(元前頭2枚目・小城乃花)から「部屋の再興の為に力を貸して欲しい」と熱烈な勧誘を受ける。この言葉に心を動かされ、就職を辞退して出羽海部屋への入門を決断した。

四股名は故郷・長野の名峰である御嶽山と出羽海部屋の海を合わせて「御嶽海」と名付けられ、平成27年(2015年)3月場所において初土俵を踏む。初土俵から所要2場所で新十両へ昇進し、同年7月場所では十両優勝を飾った。その後も順調に番付を上げ、同年11月場所において新入幕を果たした。

歴史的快挙と二度の優勝

幕内の土俵に定着すると、平成28年(2016年)11月場所において新三役となる小結へ昇進する。長野県出身の三役力士は高昇(元関脇)以来実に84年ぶりのことであった。東関脇で迎えた平成30年(2018年)7月場所では、13勝2敗の好成績を収めて念願の幕内最高優勝を果たす。優勝制度が制定されて以降、長野県出身力士として初の賜杯であり、出羽海部屋にとっても第57代横綱・三重ノ海以来38年ぶり、通算50回目となる歴史的な優勝であった。

令和元年(2019年)9月場所では、貴景勝との優勝決定戦を制して2度目の優勝を飾る。しかし、大関取りが懸かった翌11月場所では取組中に右目の上を切る怪我を負い、そこから失速して負け越し大関昇進が白紙になるなど、好不調の波の激しさを指摘されることもあった。

雷電以来の郷土大関誕生とワースト記録

それでも東関脇で迎えた令和4年(2022年)1月場所において、事前の厳しい昇進ノルマを跳ね返し、13勝2敗の成績で3度目の幕内最高優勝を果たした。直近3場所での安定した成績が評価され、場所後に念願の大関昇進が決定する。長野県出身の大関は江戸時代の伝説的な強豪力士である雷電為右衛門以来227年ぶりであり、フィリピン系の大関としては史上2例目、東洋大学出身者としても史上初の大関誕生となった。伝達式では「感謝の気持ちを大切にし、自分の持ち味を生かし、相撲道に邁進して参ります」と口上を述べた。

しかし、大関昇進後は怪我などで苦しい星が続く。自身初の角番で迎えた同年7月場所では序盤から負けが込む中、新型コロナウイルスへの感染により途中休場を余儀なくされた。この休場に対しては大関の地位に据え置かれる特例的な救済措置が取られ、異例の「2場所連続角番」となる。しかし続く同年9月場所でも不調を拭えずに負け越し、在位わずか4場所での大関陥落というワースト記録の辛酸を舐めた。

度重なる別れと不屈の土俵

その後も両親や祖母との立て続けの死別という深い悲しみに見舞われ、極度の不調から令和7年(2025年)5月場所では大関経験者として十両へ陥落する試練も味わった。それでも決して土俵を投げることなく、同場所で勝ち越して1場所で幕内へ復帰し、再入幕の場所で2桁勝利を挙げるなど不屈の闘志を見せている。突き押しを武器とし、出足の鋭さと重い腰を生かした力強い相撲で、長きにわたり幾多の試練を乗り越えながら相撲道に邁進している。

💡 長野県出身一覧💡 出羽海部屋の力士

四股名
御嶽海 久司(みたけうみ ひさし)
最高位
大関
最新番付
東 前頭14枚目
出身地
長野県 木曽郡上松町
本名
大道 久司
生年月日
平成4年(1992)12月25日(33歳)
身長・体重
182cm・178kg
出身高校
木曽青峰高校
出身大学
東洋大学
所属部屋
出羽海部屋
初土俵
平成27年(2015)3月・幕下10付出(22歳3ヵ月)
新十両
平成27年(2015)7月(22歳7ヵ月)
新入幕
平成27年(2015)11月(22歳11ヵ月)
新小結
平成28年(2016)11月(23歳11ヵ月)
新関脇
平成29年(2017)7月(24歳7ヵ月)
新大関
令和4年(2022)3月(29歳3ヵ月)
優勝
幕内優勝3回,十両優勝1回
受賞・金星
殊勲賞6回,敢闘賞1回,技能賞3回,金星2個
通算成績
524勝437敗13休/958出場(勝率:54.7%)
直近7場所
39勝36敗(十両:8勝7敗)
7場所勝率
52.2%
得意技
突き・押し
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決まり手傾向(直近7場所)
御嶽海が勝ちの決まり手(47勝)
押し出し19
寄り切り14
叩き込み5
上手投げ4
突き落とし2
掬い投げ1
その他2
御嶽海が負けの決まり手(43敗)
寄り切り18
押し出し15
上手投げ3
叩き込み2
送り出し2
肩透かし1
その他2
令8年5月
東 前頭14枚目(1枚半上昇)
0勝0敗
令8年3月
西 前頭15枚目(1枚降下)
8勝7敗
○○●●●|●●○○○|●○○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令8年1月
西 前頭14枚目(1枚降下)
7勝8敗
●○●○○|●●●○●|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

▼ さらに過去の成績(4場所分)を見る
令7年11
西 前頭13枚目(1枚降下)
7勝8敗
●●○●○|○●○●○|●●○○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年9月
西 前頭12枚目(4枚上昇)
7勝8敗
●●○●○|○●●●○|○●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年7月
西 前頭16枚目(1枚半上昇)
10勝5敗
○○○○○|○●●○○|●●○●○
取組詳細(対戦相手・決まり手)

令7年5月
東 十両筆頭
8勝7敗
●○●○●|○●○○●|○○●○●
取組詳細(対戦相手・決まり手)